P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
「リトさんと一夏の差は何だと思う?」
「おい鈴」
「なに?」
「そこで一夏を比較して何になると言うんだ。というかこれは何の話だ?」
「まぁいいじゃない。どうせヒマなんだしさ」
箒は多少納得出来ない思いを抱えつつも、素直に彼女の話を聞くことにした。
「優しい、ハーレム型、イケメン……二人には共通事項は多いわ」
「え?リト……さん、にイケメン設定なぞあったか?」
「充分見た目イケメンでしょうが。そもそもモテモテの可愛い妹がいんのに、血の繋がった兄貴の顔がイケてないなんて、そんなのある?」
「確か僅かに非血縁の可能性が触れられていたような」
「つまり共通することが多いというなら、何かと批判されることの多い一夏も、リトさんのように誰からも尊敬される漢になれる道はあるということね」
「人の話を聞け」
箒は釈然としない様子で腕組みをする。
「一夏の地位向上については、ISのヒロインとして願う気持ちは同じでしょ?」
「別にいいじゃないか。非難しているのはどうせ一夏に嫉妬している可哀想……」
「ハーイ早くも本日最初のストップです。箒さん、際どい言い回しは極力控えましょうね」
「……批判や非難ってものは無くならないさ。どうあってもな」
「うん?」
「お前が言うリトさんにしても、全てがみな尊敬とやらを抱いていると思うか?私はそうは思わない。ただ他と比べて非難の声が小さいというだけの話だ。別にあの主人公自体に魅力があって好かれているわけじゃないだろう?」
箒が小さく鼻を鳴らす。
「何より例え悪気がないとしても、あの男が女性にセクハラをかまし続けている事実には変わりないじゃないか。お前の方こそ女性の一員としてそういう行為になんとも思わないのか?」
箒の反撃に鈴の方も腕組みをして、暫し思考する。
確かに被害を受ける側として考えると、同じ女性として何も思わないわけではない。しかし……。
「それでもリトさんなら、リトさんならきっと何とかしてくれる……!」
「何とかしてくれるのはハレンチな場を提供することだけだろ」
希望を乗せた鈴の言葉。しかし箒が一刀両断する。
「お前があの男を持ち出して何を言いたいのか分からんが、私はあの男が一夏の指標となるべき男には到底思えないな。視覚的に楽しませてくれる主人公として、男からは需要があるかもしれないが、女から見れば許されざる者だろ」
「むむむ」
このカタブツめ好き勝手言いやがって。鈴は小さく唸って箒をジト目で睨み付けた。
偉大なるリトさんをなんと心得る。
「まぁでも、なんつーか……所詮男と女じゃ求めているものに違いがあるってことかなぁ」
鈴がしみじみとした様子で言う。
「少年漫画にラノベ……恋愛モノ、学園モノはそれこそ星の数ほど話があって、それぞれに主人公がいる。でもその実態は時に例外こそあれ、大体は同じようなタイプでしょ?」
「ふん」
「草食系に鈍感難聴巻き込まれ型エトセトラ。それがテンプレじゃない」
「……かもな」
「一方の少女漫画じゃ人気の男の子って、大抵オラオラの肉食系俺様タイプじゃない?そこまで極端でなくとも、引っ張ってくれる強い人がスタンダードで、次点で完璧王子様タイプって感じでしょ?至極単純な女の子の総意で言えば、こういう男子が好かれるのよ」
「それで?」
「その理論で言えば、行動力皆無の草食主人公がモテるわけないっつーの。はっきり言えばそういうのって女の子から見ればむしろ嫌な男子じゃない。なのに作中ではそんな行動力もなく、モテる努力さえしない主人公に女性が群がっていく……不思議よね~」
鈴はそう言ってやれやれと首を振る。
ハーレム系ヒロインの一角として、この時代の風潮に一言物申さずにはいられなかった。
「だからあたしはここに力強く宣言したいの。それはリトさんに学ぶ……」
「アホかお前は」
今度は逆に箒さんが鈴ちゃんの言葉を無情に遮った。
「お前の言うとんでも理論、漫画なんかの鉄則に当てはめるなら確かにその側面は多少はあるだろうさ。私も行動もせず、努力もしない男は嫌いだからな。でもそれを言うなら少女漫画の主人公も同じだろ」
「ほへ?」
「至って平凡な女が『S気質の美男子に振り回される、今までとは少し変わった学校生活』なんてのがスタンダードだろうが。平凡な女が少し変わった美男子に振り回され想い合っていくという意味では、立場が入れ替わっただけで男の願望と本質的には変わらない」
「む……」
「ヒロイン、ヒーローという相手役のことを考えると、確かに男女が憧れる理想には大きな差異があるだろう。だが結局は自己投影が大きい『主人公』という概念で見れば男女の願望に差異なんて無いんだ。要は自分では変わる努力もしないくせに、変わりたいという願望だけを持っているヤツにとっての都合のいい権化というわけだ」
「ちょっ、バカ!」
ヤバイ空気を感じ取った鈴が腰を浮かす。
しかし火がついた箒は止まらない。
「故に『実際はこんな奴がモテるはずが無い』というのは無意味な話なんだよ。所詮は理想の一環なんだからな。そして描く理想はハッピーじゃなきゃ目覚めが悪いだろ?」
「モッ……」
「だから都合のいい異世界ものや、トンデモ非日常系が変わらず人気なんだ。そもそも……」
「ハーイ本日二度目のストップでーす!つーか止めろよモッピー!コンチクショウ」
めずらしく鈴がストップ役となって箒の暴言を止める。リトさんの偉大さを持ち出して、昨今の主人公象に一言言うつもりだったのに、どうしてこうなった。
「アンタどうしたのよ?少し変じゃない?」
「……ふふふ」
「ほ、ほうき?」
乾いた笑いを立てる箒に鈴はドン引きする。
「……疲れたんだよ……」
やるせない、という風で箒が呟く。
時を同じくして、別の場所ではどこぞのワンサマーが似たような台詞を呟いていた。
「なぁ鈴。少なくとも私は……いや、私たちは皆何かしらの辛い思いを乗り越えて、世の怠惰に生きている奴らより、よっぽど努力しての今がある。そうだろう?」
「へ?えーと。まぁ、そーすね」
鈴がしどろもどろになりながら返事する。急に何言い出すのだこの子は。
「私だって身内がアレだという理由で全国を転々とさせられ、いらぬ注目を被ってきた。理由としては多少不純であったとしても剣道にも力を入れて頑張ってきた。なのに何故こうも悪意を受けなければならないんだ?」
箒は深くため息を吐き出す。
「私に対する悪意、いやアンチと言っていいかな。某サイトでの私のアンチ数を知っているだろ?何故ヒロイン中私だけがこんな扱いを受けねばならないんだ」
「でも私達の作品って元々そういう要素満載だし。あんま気にしないほうが」
「だが私はメインヒロインだぞ。メイン、ヒロインだ。……お前らがどう言おうと私がメインヒロインなんだ!」
箒さん絶叫!
「『箒イラネ』『シャルロットをメインに』『箒OUT、モッピーINで』……そんな声はもううんざりなんだ!そもそもメインヒロインというのは本来作品の華のはずだろう?なのになぜ私だけがこんな扱いを受けねばならないんだ!」
「……箒」
「初めは期待の裏返しだと思っていた!一夏と同じで主人公ならぬメインヒロイン故の期待だと。だが月日は流れても、お前らはともかく私の扱いだけは全く変わらない……」
鈴はライバルであり、友であり、同士でもある少女の肩にそっと優しく手を置いた。その手に伝わる小刻みの振動は、篠ノ之箒という少女が持つ苦悩を否が応にも感じさせられる。
鈴は小さく頭を振って、震える少女を思いやった。そして静かに語りかける。
「……かつて『ロゼーン・メイデン』という人形をテーマにした人気作品があったわ」
「なんだその出来の悪いAVに出てきそうなタイトルは。何か違わないか?」
「そうだっけ?まぁ気にしないで。とにかくその作品でもメインヒロインの真紅が、いやヒロインって言っていいのか分からないけど、とにかく主役級の娘が人気面に置いて不遇を囲ったの」
鈴は在りし日を懐かしむように目を細める。
「高飛車な性格もあってか『不人気!不人気!』とファンからもよくネタにされたわ……懐かしいわね」
「……それがどうしたと言うのだ」
「でもそれはその娘の落ち度なのかしら?あたしは違うんじゃないかと思う」
「では何だ?」
「真紅が悪いんじゃなく、他のヒロインの魅力が強すぎた結果じゃないのかしら。読者というのは勝手なのもので、作者のいわゆる『神の寵愛』を多大に受けしキャラには、どうしても厳しい目を向けてしまうものなの。箒なら分かるでしょ?」
「ああ……」
箒は苦々しい顔で呟く。それは確かに身をもって体験している。
「真紅も決して悪いキャラじゃない、むしろとても魅力有る子だったわ。しかしあの作品のように、他のサブヒロインのキャラが立っていて、尚且つまたそれが非常に人気が出た場合、どうしてもメイン格が槍玉に挙げられちゃうのよね」
「鈴。お前は何が言いたいんだ?」
「似てない?あたしたちと」
鈴の問いかけに箒は黙り込む。
「箒の言うとおりメインヒロインってのは作品の華であり、肝でもある。でも一方で振るわなかったり、ストーリー上に問題が起こってしまった場合は、どうしても責任を一身に背負わされてしまう側面があるのよ」
メインヒロインというのはかくも華やかで、残酷なものである。
鈴はメインヒロインと呼ばれし先人達に思いを馳せた。
「それがメインヒロインと呼ばれし者が背負う業というもの。清濁併せ持った諸刃の剣」
「……私は」
「だから気にするだけ無駄よ。あんたがさっき言ったように、こういうのに対する批判ってのは決して無くならないから。アンチ問題も箒が特別悪いんじゃなく、一つの特権として捉えるべきじゃない?」
鈴は箒の肩を優しくポンポンと叩いて離れる。
しかし箒は未だ顔を歪ませ俯いたままだった。
「……なら私はただ耐えるべきだとお前は言うのか?特権の一つと割り切り、外野が責め立てる私への文句にも耳を防ぎ、ただひたすら我慢しろと?」
低い声で箒が問いかける。
「時に誇張され、歪曲され、人間のクズのように描かれる私の姿にも、お前はただ黙って耐えろと、そう言いたいのか」
「いいえ。そうじゃないわ」
「何?」
「有名な台詞があるじゃない?えっと……『相手に批評するという権利があるなら、僕にだって怒る権利がある。アイツはけなした、僕は怒った。それでこの話はおしまい』ってやつがね」
「それは……」
「あたしらのことも世に出回っている以上、批評は免れることは出来ないわ。批評や批判は人に許された基本的権利だもの」
往年の名作の一説を持ち出した鈴が、更にどや顔で続ける。
「第三者の批判に対し、あたしたちは確かに無力かもしれない。反論の場さえ与えられないかもしれない。でもだからと言ってただひたすら胸に抱えて耐える必要は無いんじゃない?身内でくらい怒ってもいい、愚痴ってもいいのよ」
「……でも、本当にいいのか?」
「当然でしょうが。アンタにしても、そんなささくれるまでストレス溜める必要なんざないの。そもそも真っ当な批判ならともかく、ぶっちゃけこじつけ的なものの方が多いじゃない。批判に対し我が身を正すことも大切よ。でもその全てを箒一人が馬鹿正直に受け止める必要なんてないのよ」
時にあきらかに行き過ぎな批判もある。
生真面目な箒には難しいかもしれないが、スルーすること、何より仲間に頼ることも大切なのだから。
「そうか。そうだな。私は独りじゃないんだ。お前が、皆がいる!」
「うんうん」
鈴が得たりとばかりに頷く。
今、一人の少女の心に巣食う闇を取り払えたことが嬉しかった。
なんか話が変な方向に向かって、尚且つ実はあんま解決していない気もするがたぶん気のせいだ。
「私はどうやら独りで抱え込む節があるようだな」
「そうね。まぁいくら評価される立場のあたしたちでも、愚痴や文句を言う権利くらいはあるってことよ。大切なのはそれを引きずらないこと。愚痴ったら『これでおしまい!』って言える潔さを持ちたいものね」
鈴は偉大なる先生を脳裏に浮かべて言った。
ドラ、キテレツ、エスパー、セールスマン……etc。それぞれ味がある作品、本当に偉大であります。
「な、なぁ鈴」
箒がモジモジと指先を合わせながら、小さな声で尋ねる。
「なによ?」
「その……じゃあさっそく話聞いてもらっていいか?長いし、愚痴になってしまうかもしれんが……」
鈴はふぃーと息を吐き出すと、近くの店員を呼び二人分の飲み物を追加する。
愚痴を聞くというのは、中々どうして気力がいるものである。それでも友達であり、同士でもある娘の頼みだ。一肌脱ぐしかあるまい。
「おーけー。時間はたっぷりあるわ。かかってきなさい!」
そう言って鈴は、想い人にとってのもう一人の幼馴染である少女に笑いかけた。
全く関係ない人物紹介・用語説明・ついでに台詞紹介
『ロゼーン・メイデン』
決して不朽の名作『ローゼン・メイデン』ではない。全くの別物である。
どんな代物か気になる方はまずご自分の年齢を確認し、18歳以上であることを確認したのなら、その足で近くのレンタル店に向かおう。そして店員さんに意気揚々とこう尋ねてみるといい。
「すいませーん!ロゼーン・メイデンっていうタイトルの作品ありますか?いや、アニメじゃなく実写版の」
…運が良ければ真相に辿り着くことが出来るかもしれない。
しかしその過程に生じるであろう、店員さんからの冷たい視線などの心的被害については、当局は一切責任を負いませんので自己責任でお願いしたい。
いくら二次創作とはいえ、超えちゃいけない領域というのを思い知った在りし日の思い出。
『アイツはけなした!僕は怒った!それでこの一件はおしまい!』
藤子不二雄先生の『エスパー魔美』のエピソード『くたばれ評論家』に出てくる台詞。
この台詞の前後の「公表された作品については見る人ぜんぶが自由に批評する権利を持つ」「剣鋭介に批評の権利があれば、ぼくにだって怒る権利がある」
などを含め考えさせられる言葉であった。
時代が変わり、ネット社会という匿名性の強くなった現在では、これをそのまま当てはめるのは難しいことなのかもしれない。
それでも創り手と受け取り手、その一つのあるべき形ではないかと思う。
つまりこれは「酢豚にパイナップルなんて邪道中の邪道だよ」と鼻で笑う人に対し「~(中略)この一件はおしまい!」と言える強さを持てということだ。
…違うか。
一つだけ言えるのはやはり偉大な先生、偉大な作品は変わることなく凄いということである。