P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
「ふぅ……。なぁ一夏、これこそ芸術の極みだよな」
五反田弾は感極まったように言うと、あたかも今目にした決定的瞬間を心に焼き付けるかのようにそっと目を瞑った。テレビでは一人の漢が毎度変わらず、身体を張って女性の股の間に顔を突っ込んでいる。
「ああ。そうだな」
織斑一夏はその言葉に頷くと、友に倣い目を閉じる。そして暫くしてから目を開けると、隣の同士を見つめた。そして目を合わせた二人の漢は、同じ志をその胸に力強く言い放った。
「「やっぱTOLOVEるは最高だぜ!」」
滅茶苦茶キモイ笑顔で。
なぜ一夏が弾と一緒に萌えハレンチアニメなぞ見ることになったのか。
それは数時間前、凰鈴音と篠ノ之箒が街中でどう見ても自分が原因で口論を始めた時のこと。その様子を居心地悪く見守っていた一夏は、千冬からの電話にこれ幸いとばかりにその場を脱出した。
しかし実際は千冬からの電話などではなく、悪友弾からの電話だったのである。一夏は咄嗟に弾からの電話を千冬と偽ることで、いずれはその怒りをこちらに向けてくるであろう幼馴染ーズからの逃走を思いついた。一夏は傍若無人な彼女らが唯一千冬には無条件で従うことを利用したのだ。まさに策士一夏。
こうして無事幼馴染ーズからの逃走を成し遂げた一夏は弾と合流し、そして疲れた心を癒す為、気が置けない友人とアニメ鑑賞なぞに興じることにしたのである。
「あ~あ。オレもこんな風に美少女に囲まれて生きたかった」
「実際はそんなにいいもんじゃないけどな」
DVDを取り出して、余韻に浸るようにしみじみと呟く弾に、一夏が渋柿を食ったような苦い顔で返した。
「けっ、体験者は語るってか?いいご身分だぜ全く」
「弾には分からないさ。隣の芝の色が本当は何色かなんて……」
一夏の心底疲れたような顔に一瞬弾がたじろぐ。
「そ、そういや新作では唯のハレンチが満載で、俺得過ぎる話だったぜ」
弾が話を変えるため、見ていたDVDの感想を持ち出す。
「古手川唯か。そういやお前あの子がお気に入りだったな」
「ああ。あのツンツンした所がデレる瞬間が堪らねぇぜ!」
「……ふぅん」
「一夏は誰押しだっけ?」
「やっぱ春菜ちゃんかな。現代の日本人女性が無くした優しさ、慎ましさなんかを持っている女の子だし。あれこそ大和撫子ってやつだよ」
そう答えながらも一夏の脳裏にとある幼馴染が宿る。
外見、立ち振る舞いは大和撫子そのものであるのに、如何せんあの性格と、すぐ手を出すのがなぁ。
「ふーん。まぁ一夏が好みそうなタイプ、か?」
「ん?」
「いや何でも。それより他の子はどうよ?」
「実は最近その良さに改めて気付いた子がいる。春菜ちゃんに勝るとも劣らない気持ちだ」
「おっ!誰だれ?もしかして……」
弾は興奮気味に続きを促した。ここで「実はナナちゃん!」なぞ一夏が言おうものなら、それはあの旧友の酢豚娘が大勝利することに近付くからだ。だって性格から髪型、更にはナイチチまでそっくりだし。
そんな友達思いのDANが期待する中、一夏がゆっくり口を開く。
「ルン。あの真っ直ぐな一途さにキュンとくるんだよなぁ」
「え?ルンって、あのルン?……え~?」
「……何だよ弾。その『え~』は?」
「いやお前いくら何でもあの子はねーだろ。あれだけ沢山魅力的な女の子がいる中で、なんでリストラ要因の不人気な……」
バン!
テーブルに拳を突き立てる激しい音に弾の言葉はそこで切れる。見れば一夏がそれは恐ろしい顔でコチラを見ていた。
「おい、今なんつった?」
「い、一夏?」
「リストラ?弾、お前RUNちゃんdisってんの?」
一夏の剣幕に弾はビビリながらも、反論を試みる。
この『ヒロイン談話』においては譲れない気持ちがあるからだ。
「いや一夏、別に間違ってないだろ。ルンが他のヒロインより人気が無いのは確かだし」
「人気だと?少し人気が他のヒロインに劣るからって何だっていうんだ?」
「そりゃ……そう、例えば出番だ。ルンだけ『ダークネス』になってから、あからさまに出番が少ないし。それはやっぱ人気によるリスト……」
「少し出番が減ったからって、それが即リストラに繋がるってのか?そもそもキャラ人気の有る無しだけで全てを決定していいのか?大切なのは如何にストーリーに関わらせるかじゃないのか?どうなんだよ弾、言ってみろよ」
うわ、コイツ面倒くせぇな。
弾は親友の意外な一面に少し辟易した。
「何そんなにムキになってんだ?読者人気のあるキャラが生き残り、そうじゃないキャラは自然に淘汰されていく、これは全ての鉄則だろ。仕方が無いことなんだよ」
弾は一夏に諌めるように言う。
間違っているとは思わない。悲しいがこれが現実だ。
「……男がお前みたいな奴ばっかだから、俺を取り巻く環境がいつまで経っても変わらないんだ……!」
「なんだよ一夏、その言い方」
悪意の篭った一夏の言葉に、弾がムッとなって返す。そんな友を一夏は嘲るように笑う。
「ストーリーでも構成力でもなしに、キャラ人気を第一に計ろうとすることが、この今の風潮を創りだしたんだろうが」
「はぁ?一夏お前何言って……つーか別にキャラ人気を前面に打ち出すことは悪いことじゃねーだろ」
「じゃあ聞くけど、お前の一押しの古手川唯にしても、お前ホントにその子が好きなのか?実際は違うんじゃないのか?」
「何だと?」
「要はツンデレならなんでもいいんだろ?お前は、いやお前らは。キャラが好きなんじゃなくて、その『ツンデレ』という記号が好きなだけだろ?その仕草を見せてくれるなら、要は誰でもいいんだ」
「おい一夏!言葉に気をつけろ。幾らなんでも超えちゃいけないラインってのがあるだろうが!」
弾が吼える。
「俺のほうこそ間違ってないだろ。猫も杓子もツンデレツンデレ……。ツンデレキャラが居ない作品なぞあるか?ないだろうが。どうせ創る側も『とりあえずツンデレ入れときゃいいだろ』という暗黙の了解の下、そっから話が作られてんだ」
一夏の方も尚止まらない。
「ツンデレさえ見れば無条件にブヒブヒ媚びるくせに。お前らみたいのを『飼いならされた豚』って言うんだよ」
「いい加減にしろよ一夏!」
弾が一夏の胸倉を掴んで暴言を止める。いくら親友の言葉でも許せなかった。
「一夏。どうしたんだよ?お前はそんなこと言う奴じゃないだろ……」
弾は怒りと悲しみが入り混じった声で友に問いつめる。
「……疲れるんだよ」
「えっ」
一夏の内から搾り出すような声に、弾は驚いた。
「ツンデレ……俺の周りには、この属性を持った女の子が多くいる。鈴なんか典型的だし、箒もそうだ。広義の意味で言うならセシリアや、あとまだ分からないけど、更識姉妹なんかもどうやらそれっぽい気が。それに……」
くそったれ!
弾は急に負け犬の気分を味わうことになった。
「自慢か?」
「そうじゃない!そうじゃないんだ……。あれってさ、外から見る分には羨ましいかもしんねーけど、当の本人らからすればキツイこと請け合いなんだよ」
一夏がため息を吐く。
「増えすぎた安易なツンデレキャラによる、これまた安易な『ツン』という名の暴力行為。何かといえば殴られ、罵られ、制裁される。……俺ら主人公の悲哀がお前に分かるか?」
「い、いいや。それはよく分からないな」
「『デレ』を見せるまでの『ツン』お前らがこれにブヒブヒご褒美とのたまうせいで、キャラによるこれらの行為が正当化され、結果特に理由も無き暴力に俺ら主人公は襲われることになったんだ」
一夏がやるせなさそうに続ける。
「明確な理由の下での制裁ならまだ納得できるよ。リトさんのハレンチかさ。でも『遊びの誘いを断った』『他の女の子と親しくした』という理由でなんで制裁されなきゃならないんだ?」
「いやまぁ一夏さん。女の子ってのは難しい生き物じゃないですか。それも愛情の裏返し……」
「俺にしても具体的にどんな目に合ってるのか教えてやろうか?箒からは竹刀で打たれ、鈴からは青龍刀をブン投げられ、セシリアからはビームを放たれ、シャルからは……」
「分かった。もういい」
止まらない一夏に弾は両手を合わせ、それ以上に待ったをかけた。
「一歩間違えれば、あの世に送られてもおかしくない事もあったんだぞ」
「そ、そうなのか」
「その暴力行為の一端を担うツンデレキャラ。そして例えその属性が薄くとも、その『デレ』を拝むまでの『ツン』を後生大事にする奴らのせいで、俺は、いや俺ら主人公はこれからも理不尽な暴力に怯え続けねばならないってのか?畜生」
「一夏……」
「だからこそ俺はルンがいいんだ。あの子は確かに人気は他のヒロインより低いかもしれない。少し腹黒い所も否定しない。でも暴力や口撃がリトさんに向くことは決して無いだろ?ただひたすら一途にリトさんを想っている。そんな子に憧れるのは悪いことなのか?」
弾には否定も肯定も出来なかった。誰かにそこまで想われる経験も、一夏の境遇に陥ったことも無かったから。
ああ、でも妹からの折檻は日常的にあるな。あれも一種のツンデレか?……違うか。
「あのよ、所詮オレにはお前の辛さは良く分かんねぇけどよ、でもお前はキャラなら誰もが憧れる華の主人公なんだぜ。そこは特権の一つと考えて耐えるしかないんじゃないのか?」
弾は一夏の肩を優しく叩きながらそう諭した。良い思いをする数だけ辛い思いもする。それがおそらく主人公という大役なのだろうから。
しかし一夏は弾の手を振り払い、俯く。
「……いやなんだ」
「おい」
「もう主人公なんて辞めたい……!」
「誰でも一度はそう思うもんだ。多分」
「毎日思ってるよ!」
一夏のシャウトに弾は思わず目を見張った。
「3年も続けられそうにない……」
「一夏……」
「いっつも批判されて、才能も無く成長の描写はないし、偉大な先人達の足手まといになっているだけだ!」
「……口を拭え……」
唾を撒き散らして吼える一夏に、弾はそっとタオルを差し出す。
その友の優しさと、自身の惨めさに一夏は全身を震わせた。
「自分はただ顔がいいだけだって、陰口たたかれてるのも知ってる……」
「……っ!」
堪えきれず涙を流す一夏を弾は驚きの表情で見つめる。
押し殺したような男の悲しき泣き声が微かに聞こえる中、弾は友の心中を思い目を瞑った。
「偉大なるTOLOVEるが世に出て10年……。初めて業界はリトさんに続くハーレムの核となるべき男を得たんだ」
一夏が落ち着くのを見計らい、弾は静かに語り始める。
「それはお前だ。『ワン・サマー』」
更に力強く断言する。
「顔がいいだけ?結構じゃないか。実力や人気は身に付けさすことが出来る。だが……」
「お前をイケメンにすることは出来ない。例えオレがどんな名脇役でもな。……立派な、才能だ」
「……弾」
「一夏よ。お前が成長した時、萌え豚による初の真に愛されたる男性主人公の誕生」
弾は思いを馳せるように、天を仰ぐ。
「オレはそんな夢を見ているんだ……」
「え……」
「ん?おかしいか?こんなダチが」
そして一夏に向き合うと、照れくさそうに笑った……。
「……うん。おかしいよ、黙って聞いてりゃ何訳分からん事言ってんだ?病院に逝け」
「そうか……」
季節外れの冷たい風が二人の少年の間を吹き抜けていく。
弾は内心思い描いた展開にならないことへのやるせなさを感じた。
予想では自分の言葉に感動した一夏が、泣きながら抱きついてくるはずだったのだが。
……田岡先生。上手くいかないものですね……。
「なぁ一夏」
「あん?」
「腹減ってないか?らーめんでも作るよ」
急に気恥ずかしくなってきた弾は、とりあえずこの場から一時離脱することにした。
小走りに去っていく弾の後姿を、一夏は口元に微かな笑みを浮かべて見送った。
ズルズルとらーめんを啜る音だけが部屋に響く。二人の少年は何も喋ることもなく、少し妙な空気が充満する中、ひたすらにチャーシュー、メンマ入りの無駄に凝った、弾特製味噌らーめんを胃に流し込んでいた。
そんな中弾は麺を箸で摘むと、それをジッと見つめる。
「一夏」
「なに?」
「人生ってらーめんに似ているよな」
「はぁ?」
「人間なんて所詮はこのらーめんと同じさ。熱いと美味い、冷めればただのゴミだ」
どこかで聞いたことのあるような言葉を弾は言い放つ。
そういえば、キャラ的に同じような主人公の友人ポジで更には同じ赤毛か。
「今度は何言い出すんだお前」
「つまり叩かれる内が華だということさ。誰も見向きもされなくなったら、それこそ試合終了だよ。……どの作品も必ずいつかは熱が冷める時が来るんだからな……」
一夏は言い返そうと口開きかけたが、思い止まりらーめんを食す作業に戻ることにした。
「弾」
「なに?」
「ご飯も食べたい」
「しゃあねぇなぁ。ちょい待ってろ」
再度部屋を出て行く弾を見送ると、一夏は先程の弾に倣い、既に少しヨレヨレになってきた麺を摘んで、それを見つめた。
「熱いと美味い、冷めればただのゴミね……」
摘んだ麺を豪快に啜り、胃に流し込む。
叩かれる内が華だなんて、そんな風には決して思いたくないけれど。
それでも本当は弾が自分を励ましてくれているのは分かっていた。
「このらーめん美味いな……」
とりあえずシェフ戻ってきたら『美味しい』を改めて伝えようか。
一夏はそう思うと、お楽しみの特大チャーシューを口いっぱいに頬張った。
エセ外国人集団、幼馴染ーズ、駄目人間コンビ。
三者三様の思惑はやがて一つとなって物語は収束する。
……の予定でしたが、こりゃ無理かも。
あきらめるか。