P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
この世には「許される」一握りの選ばれた勇者は確かに存在する。
「なーんでこうなるのかなぁ……」
「こっちのセリフだ」
IS学園が誇る幼馴染両名は顔を見合わせると、同時に顔を顰めた。
それは一時間前のことであった。
丁度エセ外人軍団がドラゴンボールを見ながら、サイヤ人についてあーだこーだ話しているその時、酢豚ちゃんこと凰鈴音は皆のアイドル一夏君を口八丁で連れ出し、抜け駆けデートすることに成功していた。
いつも通りポケーっとする一夏の隣で、鈴は小さく気合を入れる。こういう数少ないチャンスを物にしたものが、いつの世も最終的な勝者となるのだから。
三馬鹿外人はアニメ鑑賞、更識姉妹の好感度はまだカンストしていない。故に今こそ好機!と力を込める鈴ちゃんであったが、一人忘れていた。真の仲間、もとい真のヒロインである彼女のことを……。
「……一夏、鈴。奇遇だな、こんな所で何をしている?」
そう我らがISの正ヒロインである箒さんのことを。
「そんで現在、何故かアンタと二人きりでお茶かぁ……」
「フン。文句があるのはこちらも同じだ」
「アンタさぁ、学園からこっそりあたし達の後ついてきてたの?ストーカー?」
「なんだと!」
箒が大声を出して立ち上がる。カフェに居た周りの客からの非難の視線集中砲火を受けて、鈴はとりあえず他人の振りをした。
箒も恥ずかしくなったのか、すぐに座り直す。
「そもそもアンタ何してたのよ。シャルロットたちと一緒しなかったの?」
「どういうことだ?」
「へ?いや、その……誘われたんじゃないの?」
「いいや?あ、そういえばさっきシャルロットにメールを打ったのだが、返信こないな」
鈴はそっと目を閉じる。
先日セシリアから聞いた、正ヒロイン云々による彼女達の闇は思った以上に深いのかもしれない。
「はぁ……」
「ため息をつくな鈴」
「せっかく二人きりだったのに。……どこぞのエセ大和撫子さんのせいで」
「な……!フン、そうは言っても結局一夏は千冬さんの鶴の一言で、お前を置いてさっさと帰って行ったじゃないか」
「……うっさいわね」
我らが一夏は既に千冬からの電話によりこの場から去っていた。彼曰く「千冬姉からの大事な用事だよ、困るよなー」らしいが真相は分からない。電話を受け喜々とした様子で帰っていく姿からは困っている感じは微塵も見えなかったが。
とはいえ天下の往来で、自分のことで歯をむき出しに言い争う女の子を前にして、居心地が悪くならない男は居ないだろう。一夏の場から逃亡したかった気持ちは、彼と同じ女難の相を持つ男性なら理解できるものかもしれない。
とにかくスタコラサッサと小走りに去っていく想い人の背中を見て、アホらしくなった幼馴染ーズは近くのカフェでお茶をする運びとなったのである。
「あーあ。こんなことになるなら、あたしもセシリア達とドラゴンボールでも見てればよかった」
「ドラゴンボール?あいつら今そんなもの見ているのか?」
「らしいわよ。あたしは誘いを断ったから、詳しくは分かんないけど」
「……私は誘われてない」
「あ、やべっ」
鈴はしまった、という風に小さく舌を出す。
ハブリ関連で彼女を傷つけることは本意ではないからだ。
「ま、まぁ気にしなさんな。深い意味はないと思うよ」
「……別に気にしていない」
少し居心地の悪い空気が二人を包んだ。
「だが、アイツらは何で今更ながらにドラゴンボールなぞ見ているのだ?」
沈黙を嫌った箒が、取り直すように言う。
「さぁ?聞くところによると、先日誰かさんが調子ぶっこいたこと言ったらしいじゃない。何でも自分を正ヒロインだの、皆にサブとして頑張れだの。その憂さ晴らしじゃないの?……あたしはその場に居なかったから分からないけどー」
「うぐ……」
鈴のイヤミったらしい物言いに、箒が小さく唸って押し黙る。
その様子を見て鈴はフンと鼻を鳴らす。後にセシリアから聞いた、箒の腸煮えくる発言を思い出していた。
「鈴は私が置いてきた」だと?ふざけやがって。
「聞いたのかお前。私が言ったことを」
「さてね。何のことやら」
「怒っているのか?」
「べつにー。どうせあたしはただのその他ヒロインですしー。誰かさんみたいに神の寵愛なんて受けてないですしー」
追い討ちをかけるように鈴は更にイヤミを返す。その言葉に箒が表情を変えたが、生憎謝るつもりなどは毛頭無かった。
「……鈴、お前はどうなんだ?」
「何がよ」
「何も思わないのか?次から次へと新たなヒロインが量産されるこの状況が。『いらない子』としてモブに落とされるかもしれない恐怖はないのか?」
「モブ……」
「私は正直怖い。正ヒロインなどと奴等の前では大見得を切ったが、実は不安で仕方なかったんだ!そうでも言って自分を鼓舞しなければやってられなかったんだ!立ち位置的に正ヒロインでありながらライバルは増えるばかりで、一夏との距離は一向に縮まらない。周りからは神の寵愛を受け過ぎている、贔屓だと陰口を叩かれる。それに、それに……!」
箒は勢いよく水を一気飲みすると、そのまま震えながらコップを握り締める。ミシミシと嫌な音を奏でるコップを見て鈴は恐怖に駆られた。コイツなんつー握力してんだよ。
「驚くべきは世間の私に対するアンチだ……。何故こうも皆私を目の敵にするのだ……」
「箒、アンタ」
「言動を咎められ、説教され、酷い時には存在さえ否定される。何だっていうんだ……!」
「おーい箒さーん?」
「『箒はモッピーの方が可愛げがある』とまで言われる始末。私はあんな珍生物以下だというのか……!」
「うーん」
何か雲行きが面倒なことになったなー。
鈴は暗黒に飲まれかけている箒を横目に、楽しい休日の予定が一転こうなったことに、ため息をつくしかなかった。
「まぁ確かにアンタのアンチの多さはちょっと驚きよね」
「何故だ、私が何をしたっていうんだ」
「もしかすると一夏より多いんじゃない?」
「くっ!」
屈辱に震える箒を前に鈴は考える。
友人の贔屓目ではなく、箒は誤解される所もあるが決して悪い娘ではない。更に主格ヒロインであるにも拘らず、この手のハーレムものでは最もヘイトを受けやすい主人公よりも、ある意味それが顕著なのだ。
「ま、気にしなさんな……ってそんな顔しないでよ。怖いなぁ」
「お前にこの辛さが分かるものか。諸悪の根源である不肖のバカ姉ならまだ分かる。だがなぜ私が……」
「ふーむ」
再度コップの限界強度に挑む箒を前に、鈴は腕組みをして考える。
箒のアンチ問題とリストラ。これらは何か細い糸のようなもので繋がっているのでは……?と鈴は不意に思ったが、如何せん酢豚脳の鈴ちゃんでは答えを導き出せるはずもなかった。
何より箒の握り締めるコップにヒビが入っていくのを目の当たりにし、とりあえず話題を変えようと思った。
「もう、やめ!なーんかモヤモヤしてきたからこの話題は一旦ストップしよ」
「お前な、これは私にとっては大事な……」
「まぁまぁ。ところで今晩のこと……ああ、アンタは聞いてなかったかもだけど、ラウラが料理やってみたいって言い出したみたいでさ。箒も参加しない?」
「料理だと?なんでまた急に?しかもラウラが」
「どうせ漫画かアニメの影響じゃない?つーわけでアンタも何か食材持ってきてね」
「おい、食材持ち込みって……何を作るのかさえ決まってないのか?」
「そうみたい。有り合わせのもので皆と一緒に作りたいんだとさ。なーんかセシリアもいるから不安しかないけど。でもまあ、面白そうじゃない?」
「本当に不安しか感じないな。正に闇鍋じゃないか、何かトラブルが起きなければいいが」
そうしてため息を吐く箒を前に、鈴は不意に思考に耽った。
闇鍋……トラブル……箒……すなわちダークネス。
一見意味の無いキーワードが鈴ちゃんの酢豚脳の中で踊る。ハッキリとした形にならない何かを見つけようと、懸命に思考の海に浸る。
それは偉大なる先人達が世の後輩達に示した確かな道筋か。
キーワードを脳内酢豚により勝手に結びつけていった鈴がそこで開眼する。
「要はとらぶるから、リトさんら英雄たちから学べということね!」
「はぁ?」
脳内酢豚物質により、若干ハイになった鈴の発言に箒はただ呆れる。
鈴はなぜかドヤ顔で盛大に鼻息を出すと、備えられている水を豪快に一気飲みした。
「リト?……それってあのラブコメハーレムの主人公『結城リト』のことか?」
「さんを付けろよデコスケ野郎」
鈴のあまりの言い方に箒の沸点が瞬間突破しかけたが、何とかグッと堪えた。
「箒さん、偉大なる先人には敬意を表すのは人として当然ですわよ」
「英国お嬢のようなキモイ話し方やめろ。それより偉大だと?あの男がか?」
「なによぉ、リトさんが不服なの?」
「不服も何もあの男のどこに敬意を表せというのだ。道を歩けば不自然にコケた拍子に女性の胸をまさぐり、更には毎回スカートの中にダイブするような男だぞ。偉大どころか女性から見れば最低な男だろ」
「分かってないなぁ~」
箒の義憤にも鈴はやれやれと手を広げるのみ。ムカツキ度満載の様子に箒が軽くブチッときた。
「リトさんの偉大さが分からないなんて、箒もまだまだお子様ね」
「あ?」
「なぜゆえ彼が世間から広く『さん』付けて呼ばれているのか。それは世間のリトさんに対する尊称の表れなのよ。間違ってもどこぞの宇宙人の『霧が出てきた人』のような蔑称ではないわ」
『さん』付けで呼ばれる者には二種類の人間が存在する。
敬意を持ってそう呼ばれる者と、名前さえ呼びたくないからと揶揄してそう呼ばれる者だ。
「分かった分かった。じゃあそのリトさんが何だって言うんだ?」
「ふっふっふっ」
鈴は再度ドヤ顔を箒に向けると、水差しからコップに水を注ぎそれを豪快にあおった。ただの水を美味そうに飲むことが出来る庶民派ヒロイン。それが凰鈴音という少女。
その後ゲェ~フ、という下品なゲップ音を轟かせる鈴を、箒はまるでテラフォーマーを見るような目で見た。
「では語りますかね」
英国の尻嬢様が捲くし立てている別の場所で、出番を失われていた酢豚並びにモッピーの『幼馴染ーズ』の逆襲が始まろうとしていた。
これをお尻サイドのリストラ編とどうクロスさせるか。