艦隊の祥、艦娘の鳳   作:瑞穂国

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こちらではお久しぶりです

大変お待たせしました、鹿屋基地のクリスマス!

今回はイブ編です。明日も投稿する予定

書いててあまりの甘さに壁をぶち抜きそうになった

どうぞ、よろしくお願いします


聖夜の基地に愛を込めて

冬を告げる凍てつく風が、不意に髪を揺らします。マフラーにコートを着ていても、陽の傾きだした空の下では、チクチクと刺すように寒さが感じられました。身震いをひとつして、私は歩いていきます。

 

今日はクリスマス・イブ。一年の終わりに訪れるこのイベントに、街はどこもかしこも賑やかです。ただそれは、お祭りとは違う、どこか静かで優しい賑やかさでした。

 

街頭には、数々のクリスマスソングが溢れだします。歩道脇に植えられた木々には、夜を待つイルミネーションが散りばめられていました。その間を、私たちは並んで歩いていました。

 

・・・ここまで平静を装ってきましたが、もう無理です。限界です。

 

私の唯一外気に晒されている顔は、今にも発火しそうなくらい熱くなっていました。なぜならば。

 

私の隣に、同じようにして顔を赤らめる彼―――弱冠十九歳の鹿屋基地提督がいるからです。

 

クリスマス・イブに、お慕いしている殿方と、並んで街中を歩く。どこからどう見てもデートです。それを意識するたびに、顔が焼けるように熱くなりました。もう、冬空の寒さなんて忘れてしまいそうなほどです。

 

「寒いですね」

 

ポツリと呟いた彼は、赤さの見える顔で笑いました。

 

「ええ、本当に」

 

「どうしますか?何か暖かいものでも飲んでからの方が、いいと思ったんですが・・・」

 

「あ、いいですね」

 

彼の提案に、手袋をポンと叩いて賛同します。

 

少し、子供っぽかったでしょうか。私の仕種を見た彼はニコリと笑って、

 

「それじゃあ、どこか喫茶店に入りましょう」

 

嬉しそうに、そう言いました。

 

 

 

丁度近くにあった喫茶店に入った私と彼は、空いていた席に座るとそれぞれカプチーノとカフェオレを頼みました。クリスマス・イブということで、平日にも関わらず、店内には人が多いです。この辺りでは一番大きな街ですし、クリスマスのイベントも多数開催されるとのこと。商店街とは、また別の賑わいですね。

 

「寒い日は、暖かい飲み物に限りますね」

 

カフェオレを口にした彼は、ほっとした吐息をつきました。普段、執務室では大抵お茶を飲んでいますから、新鮮な感じです。

 

そういえば、一度だけ彼がコーヒーを飲んでいるのを見たことがありました。去年のクリスマス、パーティーの終わった食堂で、瑞鳳と鳳翔さん、青葉さんと一息をついていた時です。珍しく青葉さんが淹れてくれたのが、人数分のコーヒーでした。彼は一口口をつけた後、「自分には、まだ早かったみたいです」と苦笑して、角砂糖を入れていました。

 

今も彼のカフェオレには、角砂糖が一個入っています。

 

「とても、落ち着きます」

 

私も呟いて、頬を緩めます。手にした一杯のカプチーノで、先程までの緊張は感じなくなりました。

 

「この後は、買い物ということでいいですか?」

 

お互いに雑談を交えながら、半分ほどを飲んだとき、彼がこの後の予定を確認しました。常に次の行動を考えてしまうのは、海軍軍人ゆえですね。かくいう私も、特に目的もなくブラブラと歩くのは苦手です。

 

「はい、そうしましょう」

 

実は、私たちにはあまり時間がありませんでした。

 

クリスマス・イブとはいえ、執務はあります。年末年始にもまとまった休みがない艦娘に、せめてクリスマスは楽しんでもらおうと、海軍もその前後には仕事を心持ち減らしてくれます。それでも、朝始めた執務は正午までかかりました。

 

そこから昼食を取り、こうして街に出た時には、すでに二時をまわっていたのです。

 

「とりあえず、デパートに行きましょうか。色々お店も入ってますし、大きなクリスマスツリーで有名ですし」

 

「クリスマスツリーですか?」

 

「はい。商店街のと一、二を争うそうで、お互いに毎年工夫を凝らしているんだそうです」

 

そういえば、電気屋さんがそんなことを言っていました。「今年も負けられない」と、どこか楽しそうに張り切っていたものです。

 

「でも、屋内ですよね?あそこまで高くはできないんじゃ・・・?」

 

私は去年見た商店街のクリスマスツリーを思い出していました。広場の中央に天まで届くほどの大きさのもみの木がそびえる様子は、壮麗の一言につきます。

 

「うーん、どうなんでしょう。自分も見たことありませんので、なんとも」

 

彼も詳しくは知らないそうです。百聞は一見にしかずと言いますし、こういうことは、やはり実際に見た方が早いですよね。

 

でも、その前に。

 

私たちはゆっくりとカップを傾け、少しばかり温くなった薫りを楽しみました。

 

 

ことの始まりは、今朝の会話まで遡ります。

 

鹿屋基地に所属する艦娘と彼、合わせて十人は、いつも通りに机に並んで、朝食を取り始めました。

 

今朝の食事当番は、海風ちゃんと江風ちゃん。二人は十一月の始めに新しく艦隊に加わっていました。瑞鳳以来の新任艦娘ということで、着任当日は基地を上げての大騒ぎになったものです。

 

二人とも今ではすっかり馴染んだようで、今日も仲良く並んで、机を囲んでいました。

 

朝食に並んでいるのは、目玉焼きとベーコン、野菜炒め、そしてトースト。なんとも家庭的な、洋朝食です。ちなみに目玉焼きは、片焼きと両面焼き、各々の好みに合わせて準備されていました。私は両面派です。

 

「んー、絶妙ー」

 

半熟の片焼きを頬張る漣ちゃんの様子に、海風ちゃんはほっと胸を撫で下ろしていました。

 

「なー、そういえばさー」

 

他愛ない雑談の合間、そう切り出したのは江風ちゃんでした。半分に切られたトーストにジャムを塗りながら、私と彼を交互に見ています。

 

「今日って、クリスマス・イブだよな」

 

「?それがどうかしたの?」

 

海風ちゃんが尋ねます。一方で、周りの皆は江風ちゃんが何を言おうとしているのか察したらしく、同じような視線を私と彼に送ってきました。

 

・・・言うまでもなく、なんだか嫌な予感が。

 

「二人はデートとか行かねーの?」

 

口に含んだ牛乳を、危うく吹き出してしまうところでした。

 

「ふぇっ!そ、そういうこと」

 

なぜか赤くなった海風ちゃんが、私と彼を見て、あわあわと言っています。大変可愛らしいのですが、私としてはそれどころではありませんでした。

 

なんとか顔を上げて、彼と目線を交わします。

 

―――ど、どうしますか提督?

 

―――そう・・・ですね。

 

少しずつ心を落ち着かせ、会話を続けます。

 

―――い、行きたい気持ちは山々なんですけど・・・。さすがに、自分が基地を空けるわけには。

 

・・・そうですよね。

 

鹿屋基地を指揮しているのは、提督である彼一人です。彼が鎮守府を離れることは、特別休暇でも取らない限りできません。

 

眉を八の字に下げる彼に、気に病まないでくださいという意味を込めて頷きます。

 

「予定は、ないですね」

 

彼は江風ちゃんに向いて答えました。

 

「ふーん。なんで?」

 

「自分は一応鹿屋基地の提督ですから、空けるわけにいかないので・・・」

 

「ンじゃあさ、二人はデート、行ったことねーの?」

 

この質問だけで真っ赤になってしまう辺り、私たちもまだまだですよね・・・。恥ずかしながら、二人で外出、というのは商店街に少し買い物に行く程度です。

 

「江ちゃん、この二人はピュアなのさ」

 

やれやれといった様子で、助け舟になってない助け舟を出してくれたのは漣ちゃんでした。

 

「きっとまともに手を繋いだことすらないって」

 

・・・図星です。だってそんなタイミングなんてなかったのですから。

 

「えー、勿体ねえ。せっかくのクリスマスなンだからよ」

 

「心配するだけ無駄よ」

 

曙ちゃんがやっと助け舟を出してくれました。

 

「てゆうか一度くっついたら二度と離れないくらいベタベタしだすと思うから、やめてほしい」

 

前言撤回です。曙ちゃんも弄る気満々でした。うう、この基地に味方はいないのでしょうか。

 

「師匠の容赦が完全にねえ」

 

「師匠言うな」

 

「ほーい。で、ンじゃ二人は、クリスマスの間中基地にいるわけ?」

 

「・・・そのつもりです」

 

勿体ないなー。江風ちゃんがもう一度呟いて、その話題は終わりました。

 

 

 

と、思ったのですが。思わぬところで、この話題がもう一度盛り上がることになりました。

 

朝食後、今日の執務を始めた私たちのもとに、ある人が訪ねてきました。

 

哨戒中だった瑞鳳、江風ちゃん、海風ちゃん、朧ちゃんを除いた鹿屋基地の艦娘全員と彼が、基地の正門に並びます。

 

正門前に止まったタクシーから降り立ったのは、二人の人物。

 

「みなさん、お久しぶりです」

 

そう言って変わらぬ笑みを見せてくれたのは、今は中央に戻っている鳳翔さん。そしてもう一方は、

 

「みんな元気そうだな」

 

「元帥・・・!」

 

横須賀の元帥さんでした。突然の訪問に誰もが唖然としていましたが、一番驚いた様子だったのは、曙ちゃんでした。

 

元帥さんのことは、私ももちろん知っています。直接会うことはあまりありませんでしたが、よく訓練の様子を見にきていました。それに横須賀所属だった瑞鳳も、随分と親しくしていたようですし。おそらく、この基地で元帥さんに会ったことがないのは、青葉さんだけです。

 

「お久しぶりです、元帥」

 

若干緊張気味の彼が、敬礼をしかけて止めます。今の元帥さんは、海軍の定める軍装を着ていませんでした。

 

「急ですまなかった」

 

「どうかされたのですか?」

 

「休暇の消化がてら、お忍びでね。ここには、まだ一度も来ていなかったことだし」

 

元帥さんはどこか感慨深げに言いました。

 

「私が無理を言ってお願いしたんです。鹿屋に行きたい、と」

 

ニコニコと笑いながら、鳳翔さんが続けました。その様子に、彼はどこか釈然としないものを感じていたようでしたが、すぐに微笑を浮かべて、答えました。

 

「わかりました。寮にはいくらか空きがありますし、そちらでよろしければ」

 

「私の部屋は残っていますか?」

 

「はい。掃除もしてあります」

 

「では、私はそこにします。元帥はどうされますか?」

 

当の元帥さんは、どこからか突撃してきた青葉さんの取材を受けていました。

 

「空いてる部屋を一つ案内してくれれば、そこで構わないよ」

 

「わかりました。青葉さん、お願いしてもいいですか?」

 

「りょーかいです!」

 

そういうことで話がまとまり、私たちは執務へと戻っていきました。

 

 

 

ですが、もちろんここで話が終わるわけはなく。執務をしながらひしひしと感じていた嫌な予感は、一時間ほどしてすぐに現実のものとなりました。

 

「提督っ!!」

 

十一時を時計が知らせてすぐに、執務室のドアが開かれました。哨戒から戻った江風ちゃんが、深紅の髪をなびかせて入ってきます。その手には、元帥の腕がしっかりと掴まれていました。

 

「も、もうっ!江風!」

 

その後を追うようにして、海風ちゃんも入ってきます。

 

「二人とも、午後からデート行ってこいよ!」

 

お茶を口にしていた私と彼は、同時に吹き出しそうになって咳き込みました。

 

う、海風ちゃんの心配も、少しわかる気がします。よくも悪くも、行動派なのが江風ちゃんです。そこのところ、どこか瑞鳳に共通するものがあると思います。

 

「す、すみません。どういうことですか?」

 

なんとか息を整えたところで、彼が江風ちゃんに尋ねました。

 

江風ちゃんはキシシッとイタズラっぽい笑みを浮かべて、元帥さんの腕を引きました。

 

「なー、元帥。横須賀は留守にしてきてよかったの?」

 

「ん?ああ、赤城が代わりに指揮してくれてるから、特に問題はないよ。何かあったら、コレに連絡くれるしね」

 

そう言って元帥さんが取り出したのは、黒の質素なスマートフォンです。なにかあれば、そこに連絡が入るから、ということでしょうか。

 

「だってさ」

 

意味ありげな笑みを、江風ちゃんは私と彼に向けました。

 

・・・なるほど、彼女の言いたいことが段々とわかってきました。

 

「なー、提督ー。せっかくのクリスマスなンだしさー。たまにはどっか出掛けて来なよー。後のことは江風たちに任せてさ」

 

そういうことらしいです。

 

お節介、と言えばそうなのかもしれません。ですが彼に詰め寄るその目には、微塵も茶化しているような雰囲気はありません。江風ちゃんは本気で、彼―――彼と私に、クリスマスを楽しんでもらいたい、と思っているようです。

 

「あ、あの!提督、祥鳳さん!」

 

それまで後ろで不安げに見守っていた海風ちゃんも、一生懸命な様子で口を開きました。

 

「わたしも、江風に賛成です。お二人はいつもわたしたちのことを気にかけてくれてて、だから・・・。わたしにできることは何でもやります!ですから、ぜひ行ってきてください!」

 

「指揮権が心配なら、俺が一時的に引き受けてもいい」

 

元帥さんも海風ちゃんに続きます。一息を吸ったあと、ほんの少し真剣な声音になりました。

 

「やれるうちに、できることをするのは、大切なことだ」

 

実感と、重み、それから―――後悔でしょうか、それを含んだ言葉でした。

 

ほんの数秒、じっと元帥を見ていた彼が、不意に苦笑を浮かべました。それから立ち上がって、かぶっていた軍帽を執務机に置くと、どこか緊張した様子で、私の方を向きました。

 

「祥鳳さん。自分と―――デート、行きませんか?」

 

恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになって、化学反応を起こします。おかげで頭の中が真っ白になりました。

 

もちろん、答えは決まっていました。

 

 

「わあ・・・!!」

 

デパートの入り口で、今年何度目になるかわからない感動の声を、私は上げていました。

 

目の前には、白銀に輝く大きなクリスマスツリーが、デパートの中に所狭しとそびえています。五階まで突き抜けた入口のホールに、あたかも雪が降っているような、そんな錯覚を覚える光景です。赤や緑といった装飾も鮮やかで、それでいて落ち着いたたたずまいを壊すことのない上品さを湛えていました。

 

「大きいですね。商店街の方と同じくらい、でしょうか」

 

横で見上げる彼も見惚れています。マフラーから、若い喉元が覗きました。

 

って、どこ見てるの私!?

 

「これは、お互いにライバル視するのもわかりますね」

 

寒さ以外の理由で赤くなった私に、彼は笑いかけました。爽やかな笑顔に、油断すれば気を失いそうです。彼と付き合いだして、時たま見せるこの笑みが、さらに魅力的に感じられるようになりました。

 

「暗くなったら、また綺麗でしょうね」

 

彼の笑顔に答えます。

 

「少し時間を潰せばすぐ日の入りですし、色々見て回りましょうか」

 

彼の提案に賛成して、ツリーの前に設置された案内図を確認します。

 

このデパートは、一階から五階まで店舗が入り、地下部分が駐車場になっています。一階部分は生鮮食品や日用品、五階にフードコートを含めたレストラン街があり、二階から四階は服や靴、本屋などで構成されています。六、七階には小さいながら映画館もありますし、どちらかというとショッピングモールに近い印象です。

 

時刻は三時半。さすがに映画を見ているほどの時間はないでしょうか。デートといえば定番ですし、いつか別の機会にでも、彼と見に来たいものです。

 

・・・そういえば。

 

「提督、夕御飯はどうするんですか?」

 

時間的に、鎮守府に戻って食べる余裕はありませんし、夕御飯は食べてから帰ることになっていました。

 

「それなんですけど、自分に任せてもらってもいいですか?」

 

どこか、行きたいところがあるようです。私も何か当てがあって聞いた訳ではありませんし、彼に異存はありません。

 

「はい、もちろんです」

 

「よかった」

 

彼は安堵したように微笑みました。

 

「あの、どんなお店に?」

 

「それはですね・・・」

 

彼は少し考えた後、満面の笑みでこう答えました。

 

「後のお楽しみです」

 

 

 

二人で悩んだ末、私たちは三階フロアの書店へと向かうことにしました。彼も私もそれなりに本を読みますし、商店街には入っていないので、こういう機会でもないと自分で本を見ることなんてできません。それに、彼と共通の話題で盛り上がれたらな、と。おすすめの本とかも聞いてみたいですし。

 

「あ、これ続き出てたんだ」

 

入口すぐの新刊コーナーで、彼は早速目当ての本を見つけたようでした。シリーズものの文庫本のようで、書店員さん手作りのカードには「話題のシリーズ第四弾!」と可愛らしい字で書かれています。よく見てみると、私の知っている作家さんでした。

 

「提督は、この方の本、よく読むんですか?」

 

「いえ、自分はあまりそういうのは気にしないたちでして。表紙買いと言いますか・・・そのお店の店員さんが推していたもので、面白そうだなと思った本を買うことが多いですね」

 

彼が手にした本も、そういう経緯があって出会ったものだそうです。

 

「まだ、普通の高校に通っていた頃に薦められて。それ以来、お気に入りなんです」

 

・・・言われてみれば。彼は、弱冠十八歳で鹿屋基地の提督に任命されました。とすれば、少なくともその一年前には、海軍の士官養成学校に入学しているはずです。それが、おそらく十六、七歳の時。その前は、普通の高校に通う学生だったのでしょうか。

 

なぜ、彼は十八歳という異例の若さで、提督になることを選んだのでしょう。私は、彼の成り立ちを全く知りません。

 

「・・・祥鳳さん?」

 

彼が私の顔を覗いて、首を傾げました。

 

「大丈夫です、なんでもないですよ」

 

せっかくのデートです。今は、後にしましょう。そのうち、聞く機会もあるかもしれません。

 

「どういうお話なんですか?」

 

「男子高生の仲良し三人組が、とにかく色んなことに挑戦していく話なんです。その中で壁にぶつかったり、大人との軋轢があったり、将来に悩んだり」

 

スラスラとあらすじを語る彼の横顔は、友人を紹介しているような、心底楽しそうな表情でした。ここまで、彼が自分のことを話すことって、あまりありませんでしたから。珍しさもあって、私は話しに聞き入っていました。

 

「きっと、主人公たち三人は、誰もが学生の時やってみたかったことをやってるんです。だから、共感できる。今でも、たまに思い出して読み返してしまうんです」

 

そういう本、わかる気がします。誰でも一冊は、そういう本があるものではないでしょうか。

 

「今回で完結してしまうんです。だから楽しみだった半面、ちょっと寂しくて・・・」

 

なんだか複雑です。そう言って文庫本の表面を撫でながら、彼は苦笑して頭を掻きました。

 

そういえば私、まだシリーズの小説を最後まで読み切ったことってありませんでした。大抵が一巻で完結してますから。シリーズものは、最近読み始めた一作だけです。

 

「やっぱり、寂しいものですか?」

 

「うーん、皆がみんな、そういうわけではないと思いますが・・・自分は、寂しく感じることが多いですね。大袈裟かもしれませんけど、大好きで読んできた本とか、その登場人物って、友達みたいなものだと思うんです」

 

友達に会えなくなるのは、寂しいです。彼はそう言って、文庫本を手に取りました。

 

「自分だけ、長々としゃべってしまいましたね」

 

恥ずかしそうに謝る彼に、私は首を振りました。

 

「提督が自分のことを話すのは珍しかったので、少し驚きましたけど・・・私は全然、嫌じゃなかったですよ。それに、提督の好きな本は私も気になります」

 

「ならよかったです。昔から、話し出すと止まらなくて。提督になってからは抑えるようにしてたんですけど・・・」

 

「いいと思いますよ。私はおしゃべりな提督も、好きです」

 

そこでなぜか、一瞬の沈黙がありました。

 

・・・思い返すと、私とんでもない事言ってませんでしたか!?か、彼の目の前で、「好き」だなんて・・・うう、リミッターが解除されてない私には刺激が強すぎました。

 

「・・・な、なんだか照れますね。祥鳳さんに―――彼女に好きって言われるのは」

 

「い、言わないでください!」

 

穴があったら入りたいです・・・。

 

「祥鳳さんも、本見たいですよね?」

 

「は、はい」

 

「どうします?少し別行動にしますか?」

 

私は少し考えて、

 

「・・・て、提督と一緒に回りたいです」

 

ほんのちょっぴり、勇気を出しました。

 

 

 

その後も、私たちはデパートの中を歩いて回りました。地図を見た時から思っていたのですが、本当に色々なお店が入っていて、夕御飯の時間まで、まったく退屈しませんでした。ただ、残念なことに、ご飯まで近いということもあって、フードコート内のクレープを諦めざるを得ませんでした。いえ、彼は大丈夫と言ってくれたのですが・・・やはり初デートですし、彼のおすすめのお店を、存分に楽しみたい、と。

 

・・・もしも、このデートに次回があるのなら、クレープを食べてみたいです。

 

せっかくのクリスマスということで、お揃いの小さなストラップを買った私たちは、ご飯を食べるために下りのエスカレーターに乗りました。ガラス張りのホールの向こう側はすでに陽が隠れ、街灯の光に照らされる漆黒へと様変わりしています。それを背景にして、白銀のツリーは先程とはまた違った美しさに包まれていました。

 

「雪が積もったみたいだ・・・」

 

彼のつぶやきが聞こえます。

 

「外のイルミネーションも綺麗ですね」

 

入口の外に広がっているのは、太陽の下では寒々としていた街路樹がきらめく蒼の海に染まっている光景でした。屋内とは対照的な色遣いで、特定のパターンをもって明滅するLEDの波が、より一層クリスマスを引き立てます。

 

少し立ち止まって、ツリーを見上げます。時間帯が時間帯ですし、仕事帰りの人や、買い物に来た家族、恋人が、同じようにツリーに見入っていました。

 

「・・・行きましょうか」

 

「・・・はい」

 

しっかりと目に焼き付けて、彼とデパートを後にします。これから夕食です。

 

イルミネーションきらめく歩道を歩いていきます。

 

「夕御飯はどちらで?近くですか?」

 

「はい。駅の方へ・・・五分ぐらいだと思います。小さなフレンチのレストランです」

 

「フレンチですか!?」

 

び、びっくりしました。かなり本格的なお店ではないですか。

 

「自分も行くのは初めてなんですけどね。それに、あまり一人で入れるお店でもないですし」

 

確かに、なんとなく一人では入りずらいかも・・・。

 

「フレンチですか・・・楽しみです。一度食べてみたかったので」

 

「そうですか。それはよかったです」

 

どこか安堵した様子で、彼が笑います。それにしても、まさかクリスマスに、彼とフランス料理を食べられるなんて・・・。楽しみな反面、どこか緊張が・・・。

 

他愛無い会話をしていれば、あっという間にそれらしきお店が見えてきました。彼の言った通り、小さな入り口、遊歩道に面したテラスと、その奥のお店といった非常にコンパクトにまとまった品の良い造りです。

 

「どうぞ、祥鳳さん」

 

「あ、ありがとうございます」

 

彼の開けてくれたドアから入ると、すぐにスタッフの方が現れました。少しの乱れもなく、髪をきれいにまとめた女性のウエイトレスさんです。

 

「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか?」

 

「はい。六時半に、二人です」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

私たちの着ていたコートを預かった彼女は、スタッフルームに消えていきました。十数秒もたたずに、別の―――今度は若い男性のスタッフさんが現れました。

 

「おう。来たか」

 

「お久しぶりです、先輩」

 

・・・ん?ええっと、どういうことでしょうか・・・?

 

私の疑問符を察してくれたのか、彼が男性について紹介してくれました。

 

「士官候補生の時の先輩です」

 

「まあ、提督にはならなかったがな」

 

男性は口角を吊り上げて、薄く笑いました。

 

なるほど、士官候補生としての訓練は受けたけれど、任官は拒否した、ということでしょうか。それ自体は、それほど珍しいことでもないそうです。

 

「レストランを始めるって聞いた時は、びっくりしました」

 

「始めたのは俺じゃなくて、友達だけどな。とにかく、来てくれて嬉しいぜ」

 

そう言いながら、彼と私を店の奥へと案内していく後ろ姿には、慣れて精錬された動きが感じられました。

 

「しかし、運がよかったな。あと十分電話が遅かったら、予約取れなかったぞ」

 

「すみません、急に。今度はもう少し早く電話します」

 

「ああ、そうしてくれると嬉しい。まあ、色々あるのはわかるけどな」

 

彼と男性―――先輩と呼びましょうか。二人の会話を聞いているうちに、私は思い出しました。私たちが出掛けることになったのは、正午前後。そこから彼が予約の電話を入れたのだとすれば、予約が取れたことはとても運のいいことでは・・・。

 

「―――祥鳳、だったか」

 

「・・・え?」

 

唐突に私に話しかけてきた先輩は、目を細めて、さらに続けます。

 

「まさか、艦娘の彼女を連れてくるとは」

 

「あ、あの・・・」

 

「あー、とやかく言うつもりはないぞ。こんなに別嬪さんの彼女がいてうらやましい限りだぜ」

 

「べ、別嬪・・・!?」

 

うう、どうも私、この人のペースが苦手です。何と言いますか、瑞鳳や漣ちゃんとは違う、ガードの難しさがあります。

 

「俺が言うのも変な話だが、こいつのこと、よろしく頼むぜ」

 

不敵な笑みと共に掛けられた先輩の言葉は、表情とは裏腹に、後輩への慈しみに溢れていました。

 

「こちらへ、どうぞ」

 

席へと案内された私たちに、仕事人の顔になった先輩が着席を薦めてきました。引かれた椅子に私が、対面には彼が腰掛けます。

 

「本日は、クリスマスの特別コースとなっております。メインを肉料理、魚料理からお選びいただけますが、どちらにいたしますか?」

 

差し出されたメニューには、コースの内容が書かれています。見たことないようなカタカナの文字列に、軽い目眩を覚えました。こう見ると、料理というのは本当に奥深いものですね。

 

「祥鳳さん、どちらにしますか?」

 

「ええっと・・・私は、魚で」

 

「じゃあ、僕も魚で、お願いします」

 

「かしこまりました」

 

きっちりとしたウエイターらしい対応で、先輩は颯爽と歩いていきました。その後姿を物珍しげに見つめていた彼を私も見つめます。

 

今日一日。いえ、まだ早いですね。私たちの初デート。彼は、どんな感想を持つのでしょうか。

 

今まで、提督以外の彼を見ることがありませんでした。こうして今日、初めて見る彼。普段と違うところ、変わらないところ。そして、想像以上に“普通の女の子”に馴染んでいた自分。どこか掴みどころのない、でもとっても幸せで、大好きな時間でした。

 

それはクリスマスのせい?・・・どうなのでしょう。もう一度、彼とデートをした時に、わかるのでしょうか。

 

私の視線に気づいた彼が、瞬きを一つ。それからにっこりと微笑んで、

 

「ご飯、楽しみです」

 

嬉しそうに言いました。

 

―――そうですね。それだけで、いいのかも。

 

彼の笑顔に自然とほころんだ口元をそのままに、私は彼と同じ―――そしてほんの少し違う意味合いも込めて、幸せを口にします。

 

「はい。楽しみです」

 

―――あなたとの、未来が。

 

クリスマス・イブの夜が、ゆっくりと更けていきます。

 

 

夜も十時近くとなれば、基地前の商店街もその全てが店仕舞いをしてしまっています。ですが店舗部分の上にある住居には、まだ暖かな電気が灯っていました。

 

最寄りの駅から基地への道すがら、私と彼は並んで空を見上げていました。タクシーでも良かったのですが、それほど遠いわけでもありませんし、せっかくなので歩いて帰ろうと提案したのは私です。

 

そうですね・・・正解、だったと思います。昼間は賑やかですが、夜間は街灯ぐらいしか光源のないこの辺りでは、天気が良ければよく星が見えました。

 

「また、冷えてきましたね」

 

星を見上げながら歩く私たちは、手袋越しに伝わる寒さに時折身震いします。でもその冷たさすら、心地のいいくらいです。大げさかもしれませんが、彼といるだけで、この心はこれ以上ないほどに暖かくなるのですから。

 

・・・って、じ、自分で言ってて恥ずかしくなってきました。いえ、事実ですけど!それでも、改めて口にするのは、やはり今の私にはハードルが高そうです。

 

結局、江風ちゃんに言われた、手を繋ぐことはできませんでしたし。それっぽい雰囲気とタイミングはあったんですが・・・ううっ、私の意気地なし・・・。

 

「・・・あ、あの。祥鳳さん」

 

「ひゃい!?」

 

そんなことを考えていたものですから、彼の言葉に少し上ずった声で答えてしまいました。

 

「えっと、すぐそこまでですけど・・・手を、繋いでいきませんか?」

 

・・・。

 

い、一瞬にして頭が真っ白になりました。これ、夢じゃないですよね?大丈夫ですよね?

 

今日一日の思い出が、一瞬すべて飛んでしまうくらいの衝撃に、私はしばし言葉を忘れていました。

 

「あの・・・嫌、ですか?」

 

不安げに尋ねる彼の表情に我に返った私は、慌ててフルフルと頭を振ると、おずおずと手を差し出します。

 

「え、えっと・・・よろしくお願いします」

 

こんな時、なんて言えばいいのでしょうか?今の私には、それだけ言うので精一杯でした。

 

そんな私の手に、彼の手が伸びてきます。最初は指が触れるくらいに。やがて手のひらが重なり、まるで壊れ物でも扱うかのように、柔らかく握ります。

 

手袋を通して伝わってきたのは、さっきまでの寒さではなく、暖かな彼の手の感触。それが私の手のひらを、優しく包み込んでいました。

 

「い、行きましょうか」

 

赤くなった彼の宣言で、私たちはまた歩き出します。

 

ほんの少し。商店街から、基地までのたった数分。永遠とも思えるその時間。幸福という言葉の意味を、人肌の温もりを、きっと人は、手から感じるんです。

 

いつまでも、あり続けるために。彼との、幸せな時間が。

 

包まれた彼の温もりに、私は少し掴む力を強めて、応えます。

 

このどうしようもなく大切なものを、離さないように。




いかがだったでしょうか?

という訳で、新メンバーは海風と江風でした。夏イベからのお気に入り艦です

後、元帥さんが出てきたのは自分でも意外でした(おい)

まあ、一応キーパーソンではあるし・・・どっかで出さないと・・・

明日も楽しみにしていただけると嬉しいです

それでは、また

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