後悔など微塵も無い。
どうぞ、よろしくお願いします。
鹿屋基地にも、梅雨の季節がやって来ました。
陽気は春から夏に向け、次第に太陽の色が濃くなっていきます。しかしその暑さを遮るように、こうして時たま雨が降ります。
しとしと。今日の雨は、そんな擬音語が似合う、優しく細い雨でした。軽く小さな雨粒が、ほんの僅かに飛沫を上げて地面に飛び散ります。薄く霧がかかった辺りは、普段にはない静寂に包まれていました。
紫陽花の淡い色合い。露に濡れて輝く一輪一輪が、束の間の季節をそっと喜んでいます。
霞んだ視界の中、私、祥鳳は、埠頭の端に立っていました。弓道着は袖を上げずに、それに合わせた和傘を、か弱く叩く雨音に身を任せています。
こうしていると、冷気を含んだ清々しい空気が体中に染み入る気がします。埠頭に寄せる波の音も、いつもよりいくらか木霊するようでした。
―――でも、やっぱり冷えるわね。
左手で体を抱えるようにして、右の袖を掴みます。急に、自分がとても小さな存在に感じられました。それがまた、縮こまった体に肌寒さを実感させます。
と、足音が近づいてきました。
「祥鳳さん」
優しい温もりを持った声。間違いなく彼でした。
振り向いた私の左に、彼はそっと立ちました。
「瑞鳳ちゃん待ちですか?」
「・・・はい」
雨は、元々少ない二人の口数をさらに減らしました。それでも不思議と、彼との間には心安らぐ空間が満ちるのです。これまでの一年を越える時間を共有して、互いに通じ合う何かがわかった気がします。
「やっぱり、祥鳳さんが持って来てたんですね、傘」
しばらくして、彼が私の左腕を見て言いました。そこには、仲良く並んで三本の傘が掛かっています。
「ええ、濡れてしまうと思って」
艦娘である私たちは、洋上にいる限りある程度の寒さに対応できますし、海水で濡れることもありません。ですが陸に上がれば、私たちはただの少女と変わりなく、濡れて冷えたりすれば風を引きます。
「玄関の傘が四本無かったので」
彼はそう言って微笑みました。彼もまた、定期の哨戒に出ている瑞鳳と曙ちゃん、潮ちゃんを迎えに来ようとしていたのでしょう。
雨は降り続けます。はたと傘を打つ粒が、私たちの間にまた静寂をもたらしました。時折風に吹かれた水玉が、私の髪をしっとりと濡らします。
お互いに傘を差したまま、並んで海上を見つめます。言葉はありません。間にあるのは、梅雨を含んだ空気と雨音だけ。
―――ああ、幸せ・・・。
雨の日に、お慕いする殿方と並んで待つというのは、想像以上によいものですね。まあ、このままですと瑞鳳にからかわれそうですが。
そっと、横の彼との間に目を向けます。そこにあるのは、遠いようで近い彼との距離。そして―――
顔の温度が急激に上昇するのが自覚できました。
こ、ここここういう時って、どうしてもその・・・彼の、空いた右手が意識されてしまって。その、握ってみたいと言いますか、なんといいますか・・・。
私は勝手に赤面して、中空に視線を泳がせる羽目になりました。
ふとそこで、左手の力が弱まっているのに気がつきます。肌寒さに強張っていた体から、力が抜けていることにも。それは、私という者の居場所が見つかった、そんな気がしました。
ふわり。
私の肩に、何かが乗りかかるのがわかりました。ほんのりとした温かさと、確かな存在感を感じさせる重さが、私の肩を覆って体を包み込みました。深い紺色のそれは、弓道着の上から外套のように私に羽織られていました。
「っ!?て、ててて、提督!?」
動転した私は、より一層顔に血液が集中するのを感じました。私の肩に掛けられたもの、それは紛れもない彼の第一種軍装だったのですから。
上着を脱いだ彼は、私と同じように顔に朱を差して、言い訳のように早口でしゃべりました。
「い、いえ、あの。し、祥鳳さんが寒そうだったので」
よかったら使ってください。彼はそう言って、またうっすらとした波間に目を向けました。照れているのでしょうか。これで返すのも逆に悪い気がして、私もそのまま、彼の第一種軍装をきゅっと握り締めました。
計らずも、彼のにおいが雨の香りに混じって鼻孔をくすぐります。もう、心がパンクしそう・・・。
お互いの顔をみれず、代わりに哨戒部隊の帰りを、海を眺めて待ちます。先程までの寒さは、もう微塵も感じませんでした。
やがて哨戒部隊が見える頃には、顔の熱さもいくらかマシになりました。未だ降りしきる雨の中、洋上の三人の艦娘が、大きく手を振りました。
くっ・・・おのれ運営・・・よくも、我々のハートを打ち抜いてくれたな・・・!!
でも祥鳳さんが最っ高に可愛かったのでよかったです。
読んでいただいた方ありがとうございます。