艦隊の祥、艦娘の鳳   作:瑞穂国

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連載読んでいただいてる方は、ごきげんよう。

こちらだけの方は、ご無沙汰してます。

書きたいって言ってた瑞鳳編です。

シリアス(的な何か)です。多分色々ぐだぐだ。

あと、いつもより長めです。

どうぞ、よろしくお願いします。


想ヒト願ヒト

さて、と。どこから話そうかな。

 

そう、そうねまずは自己紹介から。

 

わたしは、祥鳳型航空母艦二番艦の“瑞鳳”です。先日、前の配属先である横須賀から、ここ鹿屋へと転属になりました。

 

南国の陽気も合わさって、わたしの気分は最高潮です。なんてったって、鹿屋基地には私の同型艦―――姉がいたんだから!!

 

横須賀の元帥さんには、感謝しないと。かなり無茶なことを言ったはずなのに、嫌な顔ひとつせず便宜を図ってくれたから。

 

「他ならぬ瑞鳳の頼みだからね」

 

なんて言ってもう、不覚にも惚れるところでしたよ。

 

まあ何はともあれ、わたしは今こうして鹿屋基地で、姉や仲間と共に楽しくやっています。

 

ただ一点。

 

この人のいることを除いて。

 

「しょ~ほ~さ~ん!!」

 

ほら、早速おいでなすった。

 

定期の哨戒・対潜任務を終えて母港へと帰投した私たちに、足早に近づいてくる影が。

 

彼が、わたしたちの指揮官。この基地の提督。

 

なんでも、弱冠十八歳にして提督に選ばれるほどの逸材だとか。全然そうは見えないけど。

 

でもって、彼が今正に駆け寄ろうとしている艦娘、しっとりとした黒髪に、空母特有の、巫女服をアレンジしたような制服の似合う、長身で、すらっとした、プロポーション抜群の女性が、わたしの姉、軽空母“祥鳳”。

 

「はううっ!?て、提督!?」

 

妹の贔屓目かもしれないけど、はっきり言ってお姉ちゃんは、超が付く位の美人だと思う。所作、立ち居振る舞い、悲鳴までもが可愛い。ほんとにもう、わたしが敵わない位に可愛い。

 

それはいいんだけれども。

 

お姉ちゃんが悲鳴を上げた原因は、提督がお姉ちゃんの胸元にダイブしたのが原因な訳で。

 

うらやま・・・じゃなくて、何やってるの!?最初の時は、驚愕で口が利けなくなりました。しかも、これが日課だと言うから驚きです。

 

日課って何よ、日課って・・・別に、羨ましくなんてないし!

 

まあ、傍から見ても、お姉ちゃんは優しいたちだから、ある意味納得と言えば納得なんだけれども。

 

それにしたって、ちょっち無防備すぎやしないかな?一応、仮にも相手は、それ相応の歳の男性なんだから。もっとこう、適切な距離があるはずだって。

 

「相変わらず、やってるのね」

 

わたしの気持ちを代弁するような声は、すぐ横から聞こえてきました。特型駆逐艦の艤装をつけて、大きな花の髪飾りでまとめた長い髪を右に流している彼女、駆逐艦娘の曙ちゃんは、気の強そうな表情で、お姉ちゃんと提督のやり取りを眺めています。

 

「わかってくれるのね、曙ちゃ~ん」

 

「やっ、ちょっと、急に抱きつかないでよ!」

 

あんたもあれと同類か、と軽くチョップを喰らわせた彼女に対して、てへっと笑ってみせる。一応彼女とは、横須賀にいたときから知り合いなの。

 

「あたしは早くお風呂に行きたいの」

 

「そっか。いってらっしゃい!」

 

まったく、みたいな顔をしているけれど、あれは彼女の照れ隠しだってわかっちゃってますから。そういうところが、また可愛いところです。

 

「瑞鳳ちゃんも、お疲れ様でした」

 

いつの間にやらお姉ちゃんから離れた提督は、軽く帽子を整えて、わたしの方へ歩いてきました。うーん、こう見ると、すごく絵になるんだよなあ、悔しいけど。

 

「お風呂沸いてますので、ゆっくり浸かってくださいね」

 

こちらを労う声。心の底からそう思ってくれていることが伝わってきます。

 

ああー、うんまあ、こういうところが、皆が彼を慕う理由なのかなと思います。根っからのお人よし。今までに会ったことのない感じの指揮官。

 

でも、だからこそ。

 

こんなどこの骨とも知れない、ひょろっひょろのもやしみたいな男に、

 

お姉ちゃんは、渡さないんだからねっ!!

 

「・・・覗かないでよね」

 

「覗きませんよ!?」

 

「どうかなあ~?前科もちでしょ~」

 

「うっ・・・それは・・・」

 

ちょっとからかってみると楽しい。ちなみに前科っていうのは、以前提督がお姉ちゃんの着替えを覗いたことだったりするんだけど。

 

あたふたしている提督にクスリと笑いを漏らして、とりあえずは艤装を整備に出すべく工廠へと向かいます。それからちょっとゆっくりして、報告から帰ってきたお姉ちゃんとお風呂に行こうかな、なんて考えると、自然と足取りも軽くなりました。

 

 

 

「ふああ~、いいお湯」

 

思わず声が漏れてしまうほど、一糸纏わぬ体を沈めたお風呂は、心地よく感じられるものです。特に出撃の後は、体の節々まで温もりが染み入って、まさに極楽の一言に尽きます。こうして艦娘でいられることの幸福を、十分に感じることが出来るひと時です。

 

湯気で曇ったお湯を特に意味もなく掬います。テレビとかでやってるの見るけど、これって何か意味があるのかなあ。まあ、きっと「極楽極楽」みたいに特にこれといって意味はないんだろうけど。

 

「ほんと、気持ちいい」

 

声だけでわかります。お姉ちゃんは、わたしの隣にゆっくりと腰を下ろして、湯船で軽く伸びをしました。

 

こうして見ると、本当にお姉ちゃんってスタイルがいい。お風呂の湯気でつやつやと光り輝く黒髪が、張りのいい肌と合わさってなんともいえない艶っぽさを醸し出しています。

 

やばいやばい、鼻血出して倒れるレベル。こっちが見惚れてしまうほどに色っぽい。

 

「?どうしたの、瑞鳳」

 

ボーっとお姉ちゃんを見つめていたわたしは、その声で我に返って、頭を振ります。恥ずかしさと熱い湯加減で、頬が上気してくるのがわかりました。

 

「ううん、なんでもない」

 

「ふふふ、おかしな瑞鳳」

 

特に怪しむ様子もなく、お姉ちゃんは前を向いて首まで湯に浸かりました。髪を後ろで纏めているために覗くうなじが、おそらくわたしに足りない大人の美しさを感じさせます。

 

「お姉ちゃんの髪って、すっごい綺麗だよね」

 

「そう、かな。一応、手入れはきちんとしているつもりなんだけど」

 

わずかに頬を朱に染めたお姉ちゃんは、後ろでお団子になっている自分の髪に手を添えました。

 

・・・はは~ん?

 

「もしかして、提督に見てもらいたいから?」

 

ビックンとお姉ちゃんの肩が跳ね上がりました。急降下爆撃は大当たりだったみたい。

 

「それは、その・・・そうなんだけど・・・」

 

さらに潜ったお姉ちゃんが、ブクブクとお湯の中で乙女プラグインしていました。可愛い。

 

「まあでも、提督もそれなりに意識してるみたいだし、成功なんじゃない?」

 

「えっ、そうなの・・・?」

 

さっすが鈍感お姉ちゃん、全く気づいてなかったか。まあそういうところが魅力だし、可愛いんだけどね。

 

「・・・お姉ちゃんは、提督のことが好きなんだよね?」

 

潜水艦“祥鳳”は、無音で湯船に潜航していきました。やがてメインタンクをブローして、急速浮上してきます。

 

「も、もう!瑞鳳!!」

 

顔をりんごのように真っ赤にしたお姉ちゃんは、わたしを押し倒さんばかりに接近してきます。潤んだ瞳が目の前に迫ります。このままでは迎撃が間に合わずに、理性が轟沈しかねません。

 

「でも、事実でしょ?」

 

「それは、なんというか・・・もちろん、嫌いじゃなくて、むしろ好」

 

そこまで言った後、急沸騰したお姉ちゃんはわたしを掴んで揺すぶります。

 

「って、もう!何言わせるのっ!!」

 

「わわわわわわわかったからあああああああ、揺すらないでえええええ」

 

頭がシェイクされたわたしは、それでも、と思いなおします。

 

彼は―――提督は、あくまで提督なんです。どんなに仲良くなっても、親しくても、越えられない壁があるんです。それは、上司と部下なんて簡単な関係じゃないの。人と艦娘、似て非なる二つの違い。

 

お姉ちゃんは、それをわかっているのかな。

 

横須賀の元帥さんの話を聞いているだけに、それが心配でなりません。

 

だから、きっとわたしが守らなくてはいけないんです。たった一人の、大切なお姉ちゃんだから。

 

「あああああああたあああああまあああ、ふうううううらああああなああああいいいいでええええええ」

 

うん。その前に、自分の脳みその心配をしようかな。

 

 

「俺には、かつて愛した艦娘がいた」

 

横須賀の元帥さんがそんなことを言い出したのは、わたしが出撃した秘書艦の代わりに、執務室につめていたときです。

 

最初は何の話か、全くわかりませんでした。その日の執務を終えて、縁側で海を眺める彼は、懐かしむような、何かを悔いるような背中で語り始めました。

 

「・・・どうしたんですか、急に?」

 

お茶を持って、縁側に届けたわたしは、彼に誘われるまま、その横に腰を落としました。

 

丁度差し始めていた夕陽が、帽子をはずした彼の横顔を照らします。でも、光の反対には、必ず影があるわけで。

 

「気にしないでくれ。君のお姉さんの話を聞いて、ちょっと昔を思い出しただけさ」

 

ま、そんな言うほど昔じゃないんだけどな。彼はそう言って、薄くはにかみました。

 

「横須賀に来る前、俺は呉で提督をやっていた」

 

二年ほど前のことだそうです。彼女―――元帥さんが恋した艦娘とは、その時に出会ったんだとか。

 

「どんな子だったんですか?」

 

「容赦のない子だった」

 

失笑を漏らしながら、彼は楽しそうに即答しました。

 

わたしの淹れたお茶を一口すすって、また話は続きます。

 

「容赦がなかったけど、誰にでも優しい子だった。仲間想いで、何より笑顔が素敵だった」

 

滅多に笑ってくれなかったけどね。一言一言を懐かしみ、噛み締めるように彼は語ります。横に腰掛けたわたしは、それを黙って聞いていました。

 

「いつだったかな、その子が他の子を庇って大破したことがあったんだ」

 

わたしのせいで。泣きじゃくる仲間を、彼女は優しく慰めていたそうです。自らは傷つき、血を流していたのに。気丈に微笑んで、頭を撫でたその横顔が、たまらなく愛おしく感じたと、元帥さんは再び湯飲みに口をつけました。

 

「その時思ったんだ。この子を、心から守りたいと。強くね」

 

余計なお世話かもしれないけど、自己満足だとしても、もし彼女のよりどころになれるとしたら。それでいい。

 

それは、提督としては危険な考えかもしれないと、彼は思ったそうです。艦娘という、軍艦の能力を持った少女たちを統べる者として、あるべき姿ではないかもしれないとも。

 

「多分、その時にはもう、俺は彼女に惚れてたんだと思う」

 

いや、もっと前かな。彼は頭を掻きました。短く刈りそろえられた若白髪交じりの頭髪は、最初期の提督としての複雑な思いと苦労が染み付いていました。

 

「俺は元軍人だから、作戦指揮にも、部下の扱いにも、手を抜かないと決めてた。それが後身の提督たちの指針になれば、と。だからきっと、ゆるめた厳粛さを、彼女たちも不審がったんだろうね」

 

「今の提督からは、考えられないですねえ」

 

あえてわたしは、そこで相槌を打ちました。だって、本当に思っていたことだから。今の元帥さんは、こうしてわたしに気さくに話しかけてくれるぐらい、優しくて親しみの湧く人柄だから。

 

「いやあ、そうかなあ。これでも厳しいつもりなんだけど」

 

俺も歳を取ったのかな。彼のわざとらしいしわがれ声で、わたしは思わず噴き出してしまいました。

 

「その時からなんですか?提督が今みたいになったのは」

 

「まあ、そうなる・・・のかな?」

 

最初は、かなりぎこちなくなっていたそうです。

 

「彼女には、露骨に怪訝な顔をされたよ。何考えてるの?頭大丈夫?ってな」

 

なるほど、かなり容赦ない。普通は上官に言うような言葉じゃないですね。

 

「事情を話すわけにはいかなかいから、何とかごまかして俺の考えを伝えたら、もっと呆れられた。他にやりようはないのかって」

 

でも、それとなく協力してくれる辺り、優しいんだよなあ。のろけ丸出しで呟いた彼の横顔は、今までに見たことがないほど、だらしなくて格好の悪いものでした

 

わたしは続きを促します。

 

「それからしばらくして、うちの鎮守府が挙げる戦果は、格段に上がった。まあ、俺のお節介が原因じゃないかもしれないけど、普段から肩肘張らなくなった分、鎮守府の雰囲気はよくなってた。俺の仕事は増えたけどね」

 

ローテーションで長期休暇と外出を認めたためらしいです。今でこそ当たり前の制度に、そんな過去があったとは思いませんでした。

 

「彼女もすごかったよ。当時は巡洋艦の戦力が足りてなかったから、彼女に駆逐隊の練成をお願いしてたんだけど、一度各鎮守府の合同演習でトップの成績を取ったんだ」

 

嬉しそうに笑う駆逐艦娘たちと、それを一歩離れて誇らしげに、満足そうに眺める彼女。傾きかけた夕陽の中で、その笑顔が眩しく輝く、そんな光景が浮かぶくらいに、彼は大事そうにその思い出を語っていました。

 

―――「どう?ま、あたしに掛かればこんなものよ」

 

―――「さすがだな。ありがとう、助かったよ。―――いや、いつも助かってる、ありがとう」

 

―――「・・・ふうん。あんたにお礼を言われるほどのことじゃないわ。―――どういたしまして」

 

「その時は珍しく彼女から話しかけてくれて。だからかな、結構素直に、お礼は言えたと思う」

 

正直照れたけど。その表情は、差し詰め憧れの女の子に話しかける男子中学生といった所でしょうか。こんな表情もするんだなあと、純粋に驚きました。

 

 

 

「ケッコンカッコカリは、知ってるな?」

 

元帥さんの発した言葉に、わたしはあまり驚きませんでした。途中からなんとなく、最後はこの話題に行き着く気がしていたから。

 

わたしが頷くのを見て、彼はさらに続けました。

 

「あの制度が導入されたとき、俺は真っ先に彼女に使うことに決めた。高い錬度を持ってたし、何より俺の想いを伝える、絶好の機会だと思ったから」

 

ケッコンカッコカリ―――一定の錬度に達した艦娘が、更なる能力向上のために提督との絆、具体的には結婚指輪を模した装備を身につける。司令部から支給されるこの制度を、誰が名づけたか、艦娘はそう呼びました。

 

「まあ、一世一代の賭けってとこかな。彼女は受け取ってくれるだろうけど、俺の気持ちに応えてくれるかは全くわからなかった」

 

「・・・じゃあ、今一緒にいないってことは」

 

「ああ・・・惨敗だったよ」

 

彼は苦笑しました。それはもう振り切れたのか、それともまだ引きずっているのか。

 

「しばらくして、彼女は転属願いを持ってきた。駆逐隊の錬度が足りてないところへ配属してくれって。まったくもって彼女らしい」

 

「それじゃあ、提督は・・・」

 

「許可した。軽巡も加わって、断る理由が無くなってしまったからね。本音を言えば、もちろんそばに置きたかったさ。たとえ彼女が俺の気持ちに応えるつもりがなくても、俺たちの信頼は変わらないと思っていたから」

 

数日後に、荷物をまとめて鎮守府から去っていく彼女を、彼はずっと見つめていたそうです。その姿が見えなくなっても。

 

「その後、その子とは?」

 

「ここの提督になった時に、再会した。でも、二年も経ってたからかな。お互いに前みたいにはいかなかったよ」

 

「え!?それじゃあ、その子は今この鎮守府に―――」

 

「いいや、また転属になった。その時は新設の鎮守府とか基地が多かったから、そのうちのひとつに」

 

半年ほど前、まだわたしが基礎訓練中だったときです。その時は、お姉ちゃん含め多くの艦娘が転配属されていました。その中に、元帥さんの想い人が―――。

 

「この話をしたのはさ、なんだ―――俺がふられた時に、彼女に言われた言葉があって」

 

―――「あたしは艦娘なのっ!あんたとは、違う!どんなに・・・どんなに頑張っても、人間になれる訳ないのよ!」

 

ストレートにぶつけられた、言葉。一体、どれだけの想いが込められているのか。

 

「思い知ったよ。艦娘でいることが、君たちにとってどれだけ複雑で、難しいことなのか」

 

「それは・・・」

 

とっさに言葉が出てきませんでした。この体になって、なによりお姉ちゃんに会えて、わたしは嬉しい。でも、同じくらい戸惑っているのも、事実だもの。

 

「・・・鹿屋の提督は、さ。俺の知ってる限り、誰よりもお人よしだ。それに若い。艦娘とはなにか、きっとその違いを、理解していない」

 

「ご存知なんですか?」

 

「あいつが候補生だった時の実地研修が、呉でな。それが終わってすぐ、俺は横須賀に来たんだ」

 

つまり、提督の、『提督としての師匠』は元帥さんだったんだってこと。

 

「その頃から、誰に対しても―――艦娘に対しても優しい奴だった。だけど、その優しさが、もしかしたら仇になるかもしれない。俺以上の試練に、直面するかもしれない」

 

それが何を意味するのか、なんとなく、わたしにはわかりました。その渦中に、お姉ちゃんが巻き込まれようとしていることも。

 

「それを乗り越えられれば、本当の指揮官になれる。今まで誰も成し得なかった、真の艦娘たちの提督として、歩んで行くことができる。けどそれには、常にそばにいて、苦痛の道を共に歩んでくれるひとが必要なんだ」

 

そこで元帥さんは、意味ありげにわたしの方を見つめてきました。

 

「・・・それは、もしかしたら、君のお姉ちゃんかもしれないね」

 

「え・・・」

 

そんな・・・そんなの、だめ!

 

勝手なのはわかってるけど、やっと会えたお姉ちゃんがそんな道を選ぶなんて、わたしには耐えられない。認めたくない。また離れ離れになるのは、絶対に嫌!!

 

「いずれにしろ、俺にはなにもできない。あいつがどんな結論を出すか・・・」

 

絶句したわたしをよそに、元帥さんもまた、険しい顔をしていました。

 

「ねえ・・・提督は・・・」

 

「うん?」

 

最後に、訊きたい事が一つ。

 

「その人を好きになったこと、後悔してる・・・?」

 

彼はわずかに目を見開いて、そうして制帽を目深にかぶると、水平線を見つめて答えました。

 

「さあ・・・どうだろうね」

 

 

「なるほどね・・・それであんたは、祥鳳とクソ提督の間に割って入ってた、と」

 

わたしが話し終わると、全てを察したように、曙ちゃんが答えました。

 

今わたしがいるのは、第七駆逐隊のみんなの私室。折り入って話があると言ったら、ここに案内されたわけです。ちなみに、部屋の隅では漣ちゃんが漫画を読んでいます。

 

「そのつもり、だったんだけど・・・」

 

うう、なんて言うべきだろう・・・。今のわたしの気持ちは、曖昧すぎてよくわからない・・・。

 

「で?つまり、祥鳳のこと見てたらやりにくくなったってことね」

 

「・・・うん、多分」

 

認めるのは悔しいけど。ひっじょーに、悔しいけれども。

 

元帥さんの言ってた通り、提督はお人よしで、有体に言っていい人で。そんな彼を、鈍感なりに―――基、健気に慕うお姉ちゃんがいて。

 

そんな二人を―――一人と一隻を、応援したいと思ってる自分がいるんです。

 

お姉ちゃんには、元帥さんが言っていたような道をたどって欲しくない。そう思っていたはずなのに。

 

・・・ああ、もうっ!なんなのよ、これは!?なんで、わたしがこんなに悩まなきゃいけないの?

 

頭を抱えて悶えるわたしを、曙ちゃんは思案顔で見つめていました。

 

「・・・漣はどう思う?全部聞いてたんでしょ」

 

「あ、そこで漣に振っちゃいますか」

 

おどけた口調は、おそらく終始こちらの話を聞いていた漣ちゃんのもの。基地最古参だけあって、たま~に・・・時々、ごく稀にまともな意見を述べることが、あったりなかったり。

 

「う~ん、漣は恋愛肯定派だよ?てゆか、あの二人に関しては、いい加減くっつかないかとヤキモキしてるぐらいなんだけど」

 

「・・・だそうよ」

 

やっぱり、そうなのかな。

 

お姉ちゃんのことは、よくわかる。長い間別々でも、お姉ちゃんはわたしのお姉ちゃんで、その気持ちは誰よりもわかるもん。もちろん、お姉ちゃんが、提督のことを憎からず想っていることも。

 

提督はどうなのかな。少なくとも、お姉ちゃんを多少なりと意識はしている気はするんだけど・・・。男の人の考えって、よくわからない。

 

「う~・・・」

 

「ぼのちゃん、づほにゃんが唸ってるよ」

 

「わかってるわよ・・・ねえ、瑞鳳」

 

呼びかけられたわたしは、顔を曙ちゃんの方へ向けます。

 

「こんなこと言ってもどうもならないけど。あたしは、漣みたいに肯定派とは言えないわね。あんたが―――元帥が言ったように、あたしたちは人間とは違うから、いらぬ苦労も多い。それを無責任に薦めることなんて出来ないわ」

 

「じゃあ・・・」

 

お姉ちゃんの気持ちはどうなるの。そんな言葉が、喉もとまでせり上がってきました。

 

「でも、」

 

それを遮って、曙ちゃんが続けます。

 

「でもね、それで誰かを好きになる気持ちを、否定したりはしない。その気持ちは、よくわかるつもりだから。もしも諦めて、それで後悔するぐらいなら、どこまでも自分を貫くのも一つの手。押し寄せる波は、越えていくのが艦娘ってものよ」

 

「曙ちゃん・・・」

 

「自分の“心”に素直になって、それで好きな人と一緒になりたいなら、そうすればいい。じゃないと、後で絶対―――きっと後悔する」

 

曙ちゃんはトレードマークの髪飾りに手を添え、髪を撫でながらそう締めくくりました。何でだろう、差し込む夕陽に照らされた横顔は、哀愁を帯びて神々しく、懐かしい空気を湛えた、大人びたものに見えました。

 

「・・・いっやあ、づほにゃん。やっぱりあたしたちに相談したのは間違ってると思うよー」

 

「ちょっと待て、いつから“たち”になったのよ」

 

飄々とした表情の漣ちゃんが肩に掛けてきた手を、曙ちゃんはすばやく―――それでも、大切にしているのが伝わるくらい優しく払いました。先程までの顔は、もうどこにもありません。

 

「まあどっちにしても、まずは祥ちゃんの気持ちを確かめてからでしょ。ありゃどうみても、微塵も気づいてないよ、自分の気持ちに」

 

「・・・あんたにしては、まともなこと言ったわね。ちなみに、どうやって自覚させるの?」

 

「一言余計だぞ、ぼのちゃん。まあ、それはいいとして、そうだなあ・・・」

 

大げさに腕を組み、うんうんと唸りだす漣ちゃん。何かに似てると思ったら、うさぎですね。

 

「面倒だから、適当に理由くっつけて風呂場にご主人様と二人、閉じ込めちゃえば?」

 

「あんたに訊いたのが間違いだった」

 

それからも、くだらない提案を繰り返す漣ちゃんに、曙ちゃんは呆れながらも付き合っています。

 

―――いいなあ。

 

何気ないやり取りだけど、そこには確かに二人分の想いがあって。互いに信頼してるから、言いたいこともずけずけ言えるんだと思う。

 

「いっそぼのちゃんで一回試してみよっか」

 

「あんた、今度の演習覚えてなさいよ」

 

・・・。

 

ずけずけというか、単に曙ちゃんの容赦がないというか・・・。

 

最終的に、曙ちゃんに押さえ込まれて漣ちゃんがギブアップしたところで、問答は終わりました。

 

「・・・まあ、当面は祥鳳に自覚させるのが先決ね。そこを越えなきゃ、何も始まんないわ」

 

「うん・・・うん!そうだよね、ありがとう。相談に乗ってもらっちゃって」

 

「大したことないわよ・・・どういたしまして」

 

 

 

部屋を後にしたわたしは、もうすぐ水平線に沈もうとする太陽に照らされた廊下を、食堂へと歩いていきます。

 

今日は、鳳翔さんと夕食を作る約束をしてるんです。何にしようかなあ・・・。和食って言ってたから、卵焼きでも作ろうかな。

 

食卓に並べられた、人数分のごはんとおかず。人員が少ないこの基地において、必然的にご飯は、みんな一緒に取ることが多くなってます。

 

あはは、今からお腹すいてきちゃった。夕食の時間が楽しみです。

 

夕陽が差し込む三階の窓から、眼下の母港を見下ろします。真っ赤に照らされた埠頭や波間が、不思議なほどキラキラと輝いていました。

 

そこへ丁度、哨戒任務から戻ったお姉ちゃんと朧ちゃん、潮ちゃんが見えました。―――ついでに、お姉ちゃんに飛びついてる提督も。

 

最初に見たときほど驚かなくなったのは、きっと妖怪のせい―――ではなく、わたしの慣れってやつですね。恐ろしい限り。

 

いつも通りに、お姉ちゃんと二言三言交わした提督は、三人を労うように、帽子に手をかざします。きっと、お風呂でもすすめてるんですね。

 

そういえば、わたしはお風呂どうしよう。ご飯食べ終わってからかな。そんなことを考えてる間に、提督は立ち去り、歩いてくる三人の艦娘だけになりました。

 

「お姉ちゃーん!」

 

開けた窓から身を乗り出して、手を振ります。

 

「お帰りー!!」

 

こちらに気づいたお姉ちゃんは、オレンジに輝く髪を手で押さえて、手を振り返してきました。さすがはお姉ちゃん。所作一つ一つの美しさが半端じゃない。わたしが男だったらソッコーで惚れてるレベル。

 

三人は工廠へ向かうということで、わたしも自らの職務を全うすべく、歩調を速めます。

 

カラン。コロン。

 

履いた下駄が、床に当たって軽快なリズムを奏でます。銭湯に行くとき、日本人は無意識にこの音を想像しちゃうんだとか。きっと、とっても夕焼けに映える音なんだ。

 

―――そう、そうなんだよね。

 

結局わたしは、これで精一杯。今を生きること、こうして艦娘であることで、毎日はこんなにも満たされてる。新しい発見、知らなかった感覚。下駄の音と同じ、単純だけど、打てば返ってくる音は一日の中で特別な響きを持ってる。

 

きっとそれは、曙ちゃん、漣ちゃん、それにもちろんお姉ちゃんも同じなんだよね。そしてたまたま、お姉ちゃんの響きの中に、提督がいただけ。もしかしたら、その程度のことかもしれない。

 

―――あーあ、何考えてるんだろ、わたし。

 

らしくないよね、考え込んじゃうなんて。わたしらしくない。だってわたしは、今までわたしの思うように、一生懸命やってきただけだから。

 

お姉ちゃんと、提督を応援できるか。それは、まだ決まらない。でもこれだけは決めた。

 

お姉ちゃんの心が決まるまで、誰にも渡さないんだから!!

 

決意も新たに、わたしは両舷強速で進みます。そういえば、決意というのも艦娘であるがゆえにできること、ですよね。

 

軍艦の力を持った少女。艦娘と、人間。

 

答えはまだ、先になりそうです。

 

 

 

「・・・後悔は、しないでよね」

 

「は?なによ、急に」

 

「漣は、いつでも力ぐらいなら貸すよ」

 

「・・・あっそ。でもいいのよ、あたしは。いい思い出だった」

 

「・・・」

 

「あんな終わり方だったのに、こんなものまでくれて」

 

「・・・また会えるよ。だって、ミヤコワスレなんでしょ」

 

「・・・あんたって、ほんっとたまにくさいこと言ってくれるわよね」

 

「これが、漣の本気なのです」

 

「なにそれ。・・・ありがと」

 

「おお、ぼのちゃんがデレた」

 

「うるさいわね、もう二度と言ってやんないわよ!」




暴走を超えた何かになってる気がする・・・

でも、祥鳳さんのイチャラブ(?)を書く以上、こういうのも書いときたかっただけです。

特に深い意味はなし。

そして前回、瑞鳳ちゃんを登場させた後、2-5で初ドロップ。

書けば出るってほんとーですね(煽り)

読んでいただいた方、ありがとうございました。

次は多分、MOかなあ・・・

そして短編とは一体。

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