艦隊の祥、艦娘の鳳   作:瑞穂国

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遅くなりましたが、祥鳳さんと鹿屋基地のクリスマスです。

こっちを書くなら連載やれよ、三週間更新なしってどういうことなのさ日向~

感想、お待ちしています。


鹿屋基地のクリスマス

雲ひとつない冬晴れの空が、頭上一杯に広がっています。いくら南の方といっても、建物の間を抜ける風は体を震えさせるほどに冷たく、正に冬のそれでした。

 

早いものです。今年も、もうすぐ終わろうとしています。

 

新年がそこまで迫った十二月二十五日。世間一般ではクリスマスと呼ばれる今日、鹿屋の街はいつもと違った活気と賑わいを見せていました。色とりどりに飾られた商店街、中央の広場には大きなもみの木が置かれ、赤と白の特徴的な衣装を身に着けた売り子さんたちが声を張り上げています。

 

買い物を終えた私―――軽空母“祥鳳”は、その熱気の中を基地へと歩いていました。

 

心は今にもスキップをしだしそうです。何せ今日は、漣ちゃんの提案でクリスマスパーティーを開くことになっているのですから。

 

 

 

「ご主人様、クリスマスパーティーをやりましょう!」

 

そう言って漣ちゃんが執務室に飛び込んできたのは、つい数日前のことです。執務を終えた彼とお茶で一息入れていた私は、その提案に興味をそそられました。

 

クリスマス。なんだか楽しそうです。聞いたところによれば、その日は恋人や家族と過ごすのだそうです。

 

恋人・・・はともかくとして、基地の皆は私の家族のようなものです。パーティーを開ければ、どれほど素敵なクリスマスになることでしょう。

 

「どうですか祥鳳さん!?」

 

漣ちゃんはキラキラと目を輝かせて、なぜか私に尋ねてきます。

 

「そう、ですね・・・」

 

確かに魅力的なプランではありますが、私の一存で決められることではありません。パーティーともなればそれなりの手間と時間、お金が掛かりますから。ひとまずは、彼に聞いてみましょう。

 

「どう思われますか、提督?」

 

私の淹れたお茶を飲んでいた彼―――若干十八歳の鹿屋基地提督は、「ん?」という顔で見つめてきます。

 

「楽しそうですね、やりましょうか」

 

即決でした。

 

こうして鹿屋基地では、ささやかながらクリスマスパーティーが開催されることとなりました。

 

 

 

「あ、艦娘のお姉ちゃんだ!」

 

暖かそうなマフラーを巻いた女の子が、隣のお母さんの袖を引っ張っています。手袋をしたもう片方の手で、私に向って手を振りました。

 

「こんにちは」

 

私も笑顔で答えます。女の子は白い歯を見せて、お母さんと共に歩いていきました。

 

今日は私服を着ていたのですが、意外とばれてしまうものですね。

 

鹿屋基地では、提督の意向もあって、対外向けの広報誌『艦娘報』を月一で発行しています。

 

鹿屋基地は、海軍の鎮守府・基地の中でも一番市街地に近い位置に開設せざるを得ず、そのため周辺住民の方から理解を得ることも重要な任務とされていました。色々と協議した結果、青葉さん提案の対外広報誌が採用され、今に至ります。元々隊内向けの情報誌制作のノウハウがあったそうで、その辺についてはお手の物のようでした。

 

この広報誌によって、商店街の皆さんにはすっかり顔を覚えられてしまいました。いつも声を掛けてもらえるのはとても嬉しいことですが、反面まだ慣れない気恥ずかしさもあります。

 

私は買い物袋をそっと握り締め、少しだけ歩調を速めて帰り道を行きました。

 

 

 

「あ、おかえり、お姉ちゃん」

 

基地へ戻った私を出迎える声がありました。

 

軽空母“瑞鳳”。私の妹です。夏の大規模作戦前、この基地へと配属になりました。

 

「ただいま。提督は?」

 

買ってきた物を袋ごと瑞鳳に渡して、私は彼の所在を尋ねます。

 

そういえば着任すぐの頃、瑞鳳はよく提督に、反発といいますか、突っ掛かるようなことがありましたね。最近はそんなこともなく、姉としては嬉しい限り、なのですが・・・

 

「提督なら、外にツリーを受け取りに行ってたよ。どうせだからお姉ちゃんも行ってきなよ」

 

「でも、鳳翔さんのお手伝いをすることになってるのだけど」

 

「ああん、そんなのいいから行ってきなよ、ていうか行けえい!」

 

何と言いますか、無理やり私と彼をくっつけようとしている節があると言いますか、いえ、それはもちろん彼と一緒にいられるのは嬉しいですが・・・。

 

「も、もう、瑞鳳、そんな無理矢理。ちょっと、押さないで」

 

「ほらほら。むしろお姉ちゃんは奥手過ぎだよ、もっとガツンと行かないと。せっかくのクリスマスでしょ」

 

何の話よ、もう・・・。

 

結局、妹の押しの強さに負けて、私はもみの木を受け取りに行っている彼のところへ向うことになりました。瑞鳳は、満面の笑みで手を振っています。間違いなく、確信犯です。

 

 

 

「ありがとうございました」

 

彼は、基地の搬入口の方で大きなもみの木を受け取っていました。目測で三メートルはあるでしょうか、会場になっている食堂には、丁度よい大きさです。葉っぱも青々として、ツリーとしては申し分のないものです。

 

しかしながら、パーティーの開催が決まってからのこの短期間でこれだけ立派なもみの木を用意できる人脈を持っているとは、彼は一体何者なのでしょうか。

 

さて、ここでまた私は考えます。

 

いざ来てはみたものの、何と声を掛けたものでしょうか。突然のことで、心の準備がまだ・・・。

 

瑞鳳に押し切られて?いえ、これではまるで無理矢理に、嫌々来たように思われてしまいますね。実際のところは、確かに強制的に押し出された感がありましたが、この切り出し方は頂けませんね、却下です。

 

では、提督の様子が気になって?・・・あの、何だかこれは意味深過ぎませんか。私が気にし過ぎているだけでしょうか。

 

「・・・あ、あれ?思ったより重いぞ、これ」

 

彼は三メートルもある木を持ち上げて、台車に載せようとしています。ですがどうも予想以上に重かったらしく、一人で唸っています。

 

・・・思えば。なぜ私は、こんなことで悩んでいるのでしょうね。ただ声を掛けるだけです。いつも―――出撃や戦果報告の時には、普通に話せるのに。一緒に食事を取るときも、何の気兼ねもなく会話が出来るのに。心配性の彼を抱きしめ、慰めることはできるのに。

 

どうして、自ら話し掛けるのに、これほど勇気がいるのでしょう。おかしなものです。

 

私はそっと、彼に歩み寄ります。

 

「提督」

 

踏ん張っていた彼は、ふっと私の方を振り向きました。

 

「あ、お帰りなさい、祥鳳さん」

 

「お手伝い、しましょうか?」

 

さっきまでの懊悩が嘘のようです。一度話し掛けてしまえば、何も気にせず話せるのですが。

 

「いえ、大丈夫ですよ。このくらいなんとも・・・」

 

彼はそう言ってまた力みますが、ツリーの入った花壇はほんの少し浮いただけでした。そんな彼の様子が可笑しくて、私は小さく微笑をもらしました。

 

「反対側持ちますね」

 

「すみません・・・お願いします」

 

二人で花壇を持ち上げ、台車に載せます。輸送先は基地艦娘食堂『釣掛』。私たちはいつものように談笑して、ゆっくりと基地内へ歩いて行きました。

 

 

 

「漣、その飾り取って」

 

「ほいさっさー」

 

「はい、潮。これはあっちの方にお願い」

 

「ええっと、この辺?」

 

七駆の子たちが、運び込んだツリーを飾り付けているようです。ようです、と言うのは、私は漣ちゃんに手渡されたクリスマス用の衣装に着替えた後、鳳翔さんと厨房でパーティーの料理を作っているからです。

 

青葉さんは『艦娘報』に掲載するための写真撮影をしながら、瑞鳳と会場の準備をしています。ちなみにこの基地の提督であるはずの彼は、

 

「後はわたしたちでやるので、どっかその辺をほっつき歩いていてください」

 

と漣ちゃんに追い出されてしまいました。彼は困惑の表情を浮かべながらも、その言葉に従って基地周辺の散策に出掛けて行きました。

 

時刻はまもなく五時。パーティーの準備もいよいよ大詰めです。丁度よい時間に焼き上がるよう、ターキーをオーブンに入れます。会場の飾り付けを終えた瑞鳳と青葉さんは、全員分の取り皿を出していきます。リースや即席で用意したLEDを巻き付けたツリーの周りから、梯子が撤去されていきました。

 

「お姉ちゃん、鳳翔さん、そっちはどう?」

 

厨房を覗いた瑞鳳が尋ねます。

 

「もう少しです。サラダの方は、出しちゃってくれますか」

 

鳳翔さんは、スープの味を見ながら答えました。大皿に綺麗に盛り付けられた彩り豊かな野菜たちが、今か今かと待ちわびています。

 

「そろそろクソ提督を呼んだほうがいいんじゃない?てか、何でわざわざ追い出したのよ」

 

「それはほら、美少女たちがクリスマスコスでご主人様を迎えるという、サプライズ的な?」

 

あいかわらず、どんな時も基本スタンスを崩さない二人の会話でした。そんな七駆のみんなは、メイド服をモチーフとしたサンタ風の衣装で、とっても愛らしい感じです。まるでおとぎ話に出てきそうな、そんな雰囲気ですね。

 

「妖精さんたちが来ましたよー」

 

食堂の入口にいた朧ちゃんから報告が入ります。普段は工廠に詰めていることの多い妖精さんたちも、今日ぐらいはゆっくりと羽を伸ばしていただけたら。

 

入ってきた数人の妖精さんたちは、ちょこちょこと綺麗に列を整え、私たちに「ビシッ」と効果音が聞こえそうな敬礼をしました。「お招きいただき、ありがとうございます」とのことです。すると、一人の妖精さん―――確か、艦載機の担当で、いつも私の艤装を手入れしてくれるその妖精さんが、てとてと、私の前にやってきました。

 

「これ、は・・・」

 

その妖精さんは、私にリボンの結ばれた一機の戦闘機を手渡しました。見たことのない機体です。新型機でしょうか。零戦にどことなく似ていますが、より頑丈そうです。以前一度だけ見せてもらったことのある紫電改ともまた違います。

 

「ちょっ、それってもしかして“烈風”!?」

 

瑞鳳が驚きの声を上げました。

 

“烈風”。次期主力戦闘機として期待される新型艦戦です。ですが、元となる機体の資料が少なく、中央の工廠部でも開発に難儀しているそうです。そんな幻に近い機体が、目の前に。

 

妖精さんたちは「えっへん」と胸を張っています。聞いたところによると、「上から回してもらった資料を基に色々適当にやってたらできちゃった」らしいのです。それって、とんでもなくすごいことなのでは・・・。

 

妖精さんはこれを私たちにくれるそうです。クリスマスプレゼント、なんだとか。

 

提督もそういったものをくれるのだろうか、などとのんきに考えていたのも束の間、そういえば、彼にあげるプレゼントを用意していませんでした。

 

「提督も、何かプレゼントくれないかなあ」

 

ね、お姉ちゃん。瑞鳳は、まるで私の心を読んだかのように、何気ない様子で言いました。

 

「でも、お返しとか、用意してないから・・・」

 

私も確かに欲しいですが、貰いっ放しというのはなんとなく嫌でした。出来れば、彼にもプレゼントを受け取ってもらいたいです。

 

「お姉ちゃんは、そんな心配しなくていいんじゃないの?」

 

「お返しのこと?」

 

「うん」

 

「でも、やっぱり貰いっ放しは・・・」

 

「いやいや、そうじゃなくて。別に物じゃなくてもいいじゃない、例えば―――熱いベーゼとか」

 

瞬間、私はものすごい勢いで机に突っ伏しました。顔が耳の先まで熱くなるのがわかります。

 

「ベーゼって何?」

 

「その話、詳しくお願いします!」

 

本当に、穴があったら入りたい気分です。わかってやっているのか、瑞鳳は唐突にこういうことを言い出すので、心の迎撃準備が全く整いません。

 

「瑞鳳・・・」

 

ようやく立ち直った私が、顔を上げて、妹に文句を言おうとした時、部屋の扉がノックされました。

 

彼です。なんというタイミング。ただでさえ、瑞鳳のせいで意識してしまっているのに。それに今の私は・・・。

 

彼が漣ちゃんに案内されて入ってきます。七駆のみんなのコスプレには驚いたようでしたが、似合っているね、と声を掛けています。

 

と、私は誰かに背中を押されました。いえ、なんとなくわかりますけど。

 

「ねえねえ提督、私たちのはどう?」

 

瑞鳳は容赦なく私を前に放り出して、彼に尋ねます。当の私は、彼に見られているだけで消えて無くなってしまいそうです。出来れば今すぐに、しゃがみ込むなり、この場を立ち去るなりしたいものですが、それは叶いそうにありませんでした。

 

「し、祥鳳、さん・・・?」

 

彼の反応も頷けます。漣ちゃんから渡された私のクリスマス衣装は、先程商店街で見かけた売り子さんと同じ、赤と白の短いコートにミニスカートというものです。さすがにニーソは履いていますが、それでもみんなの中で一番露出が多いのに変わりありません。いえ、確かに普段の衣装も、特に戦闘中は随分露出が高い部類ではありますが、それはそれ、これはこれです。

 

顔がゆでだこのように熱くなっているのがわかりました。私は元来恥ずかしがり屋です。こんな隙だらけの状態で彼の視線にさらされるなんて、もう今にも魂が抜けそうです。

 

「あの・・・ど、どうでしょうか」

 

私は恐る恐る、彼の表情を窺います。心なし、彼の顔に一瞬赤みが差したような気がしました。

 

「似合っていると、思います・・・。それに、その・・・とっても可愛いです」

 

「・・・えっ・・・あ、その、えっと・・・」

 

もう、死んでもいいと思いました。

 

 

 

「お待たせしました」

 

最後まで厨房にいた鳳翔さんが席について、パーティーの準備が整いました。基地にいる全員が、この食堂に集まっています。

 

「ではでは、早速始めましょうか」

 

青葉さんの合図で、各自に飲み物が回されていきます。彼が未成年なので、といいますか、この中のほとんどの人が、おそらくお酒を飲める年齢にはないので、酒類は用意されていません。

 

―――いつかは提督と、お月見でもしながら晩酌などしたいですね。

 

私はそんなことを思って、少し頬を赤らめました。

 

「それではご主人様、乾杯の音頭をお願いします」

 

全員分の飲み物が出回ったところで、漣ちゃんが彼に振りました。

 

「自分で、いいんですか?」

 

「何言ってんのよ、あんたが取らないで誰が取るって言うのよ」

 

「あ、無難な文言は記事的に面白くないので、ガツンとしたのをお願いします」

 

「私も異議なしですよー」

 

もちろん、異論はありません。それじゃあ、と言って彼がコップを持って立ち上がるのに合わせ、皆も自分のそれに手を掛けました。咳払いをして、彼は話し始めます。

 

「みんなのおかげで、今年も無事に終わりそうです」

 

ふと、思い返します。

 

「二月の末にここが開設されて、提督になったその日は、本当に不安で一杯でした」

 

この基地に配属になって。そして、彼と出会って。

 

「自分に人類を守れるのか、未来を守れるのか、皆を守れるのか」

 

初めての出撃。失敗と、後悔と、自分の存在と。

 

「でも、漣ちゃんがいて、すぐに七駆の皆が来て」

 

“艦”と“娘”、私はどっちなのか、悩みました。

 

「鳳翔さん、祥鳳さん、青葉さん」

 

それでも。仲間と、そして彼と。

 

「ちょっと遅れて、瑞鳳ちゃんも加わって」

 

一緒に航海をしてくれた皆がいました。

 

「皆が“提督”って呼んでくれて、励ましてくれて」

 

ですから、今は思うのです。

 

「今は最初みたいに、不安に思うことはなくなりました」

 

“艦”としてではなく、自らを“娘”と思える心があって。

 

「ありがとう」

 

妹に、仲間に、そして彼に触れられる“娘”の体があって。

 

「ちょっと長くなっちゃいましたが、これからの皆の健康と安全を願って、乾杯の挨拶としたいと思います」

 

嬉しいと、幸せだと。ですから、

 

「それでは、」

 

いつまでになるかはわかりませんが、今のこの体と心を、精一杯楽しもうと思います。

 

 

 

乾杯。メリークリスマス。の声が響きました。聖夜に、漆黒に輝く海に、艦娘たちの声が反響します。今を一生懸命に生きる彼女たちを受け入れ、そっと見守るかのように。




色々暴走したのはわかってます。

特に瑞鳳が・・・瑞鳳・・・

できれば、瑞鳳の話も書いてみたいです。

読んでいただいた方、ありがとうございます。

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