今回はついに、朧が主人公です!
今年も、雨の季節がやってきた。
シトシトとしたたる雨粒の音が、アタシの部屋にも柔らかく響いている。窓の前に置いた机に頬杖をついて、アタシ、朧はぼんやりと外を眺めていた。
梅雨の季節は、嫌いじゃない。そりゃあ、洋上にいて雨に降られるのは、できればごめん被りたいけど。それでもこの季節は、嫌いじゃない。
小さな紫陽花の花を、雨粒が打つ音。窓をゆっくり伝っていく水滴。曇りがちな窓に、指を走らせるのも心地いい。そんなこんなしながら窓の外を眺めているのは、ちょっと・・・いい気分。
アタシの・・・というか、鹿屋基地の部屋からは、基本的に埠頭が見える。対潜哨戒の部隊が出撃したり、帰ってくる場所だ。降りしきる雨で霞んでるけど、コンクリート製の埠頭がわかった。
その埠頭には今、二つの人影がある。赤の和傘を差している、しっとりとした黒髪の方が祥鳳さん。それに寄り添うようにして立つ、長身の白い制服が鹿屋基地の提督だ。
あはは、今日も仲いいねえ。基本的にアツアツの二人だけど、雨が降ってると特にその距離が近い。梅雨っていう季節は、二人の距離も縮めるんだ。
二人は、今哨戒に出ている瑞鳳さん、曙、海風、江風の帰りを待っている。人数分の傘とタオル。雨に濡れて、風邪でも引いたら大変だ。
「ボーロ。何してる?」
ひょっこり、って擬音が聞こえそうな登場の仕方で、アタシの同室である漣が顔を出した。帰還してくる哨戒部隊のために、お風呂を沸かしに行っていた。
「んー。ダラダラしてる」
「そっかー」
そう言いながら、漣もアタシの左に腰を下ろした。
「今日もお熱いねえ」
埠頭の二人を見た漣が、苦笑しながらそう言った。まったくもって同感だね。
ただ・・・。二人がああしているのは、少し羨ましい。もちろん、アタシが提督に恋愛的な感情を抱いているわけじゃないけど。ああいう距離間には、憧れがある。
と、そんな時だった。
ポスッ
アタシの肩に、温かいものが寄りかかる感覚がした。見れば、漣のピンク色の髪が、そっとアタシの肩に置かれている。心地よさそうに目を閉じて、口元が楽しそうに笑っていた。
「・・・どうしたの?」
「んー?」
その位置のまま、漣は柔らかく頬を緩める。いつもと同じ、どこかイタズラっぽい表情は変わらない。それでも優しく、温かい存在感。
「ちょっと、お姉ちゃんに甘えたくなった、かなあ」
―――・・・もう。
漣は。アタシの妹は。いつも飄々として、おちゃらけているように見えて、誰よりも周りのことを気にかけてくれている。まあ、提督の初期艦に選ばれるくらいだしね。今もきっと、アタシのちょっとした雰囲気の変化を、感じ取ったんだと思う。
「・・・ありがとう」
「んー?」
雨音の中で呟いた言葉に、漣は何も言わず、そのままアタシに体重を預け続ける。
「いいよ、好きなだけ甘えなって」
「アザーッス」
おどけたその声も、いつもより穏やかだ。露の光る季節を邪魔しない、温かな声。「甘える」何て言っといて、アタシを甘えさせてくれる、優しい姉妹。
まったくもって。どうしてこう、アタシの妹は。みんな揃って、こんなにも優しいのだろうか。こんなにも、温かいのだろうか。
・・・願わくば。アタシも妹たちにとって、そういう存在になれたら。
シトシトと雨は降り続ける。時折風に吹かれて、窓に打ち付け、紫陽花を揺らし、傘を鳴らす。
いつの間にやら、窓の外の人影が増えている。祥鳳さんと提督の隣に、潮もまた、水玉の傘を差して立っていた。そろそろ戻ってくる哨戒部隊を待っているんだろう。
青葉さんは、食堂でみんなの夕ご飯を準備している。後少ししたら、アタシもそっちに行こう。温かいご飯を、みんなに用意しよう。
その時は。きっと漣も手伝ってくれる。
雨で下がった気温にも、ほのぼのとした温もりが室内を満たす。それは今、肩に寄りかかっている漣のおかげ。梅雨が近づける、二人の距離のおかげ。隣に感じることのできる、人肌の温もり。
左手で、漣の手を握る。空いた右手で、サラサラとした髪を撫でる。そうすると、漣は殊更心地よさそうな声を漏らすのだ。それが、たまらなく愛おしい。
ありがとう。今度は心で呟いて、アタシはしばらく、大切な姉妹の頭に手を添え続けた。
梅雨の間。雨が降った日には、夕ご飯のおかずが一品増えるようになった。
今回は短めで終わりましたね
曙潮編はもう少しお待ちください。今週中には投稿します