艦隊の祥、艦娘の鳳   作:瑞穂国

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曙編の完結編です

何でここまでの超大作になった・・・なぜなんだ・・・

最後、どうぞよろしくお願いいたします


想いの射程距離―4―

ああ、そういえば。大演習の後、ちょっとして。夜中に、潮があたしの部屋を訪ねてきたことがあった。

 

「曙ちゃん、ちょっといいかな?」

 

「何よ、今寝ようとしてたところなんだけど」

 

寝間着代わりのジャージを着ていたあたしの前で、潮がへにゃっと笑う。潮だけの笑い方だ。

 

「お話ししたいな、って」

 

「・・・何よ、それ」

 

「何でもだよ。曙ちゃんとお話ししたい」

 

柔らかく、いつもと同じ口調の端には、わずかに有無を言わせない響きが混じっていた。

 

鹿屋基地は、部屋数が少なくて、あたしたちは相部屋を使ってるけど、呉は部屋数に余裕があったから、一人一部屋が割り振られてたってわけ。まあ、部屋の中で話してもいいけど。どうせだから、共用スペースに移って話すことにした。

 

あたしは別に問題ないんだけど、潮はお茶を飲むと眠れなくなる。生憎、あたしの部屋にはお茶しか常備してなかったから、共用スペースのハーブティーを二人で飲むことにした。潮のお気に入りはカモミールだ。

 

あたしも、カモミールは好きだ。香りが柔らかくて、落ち着いて飲める。

 

「白露ちゃんたち、すごかったね」

 

カモミールティーの入ったカップを置いた潮が、やっぱりいつも通りの、柔らかい声でそう言った。

 

「そうね」

 

潮と話していると、あたしの口調まで緩くなる。普段は全然できないくせに、こんな時だけ自然に。それが、甘えなのかどうか、あたしにはいまいちわからなかった。ただ、潮はそれを、甘えとは受け取っていなかったみたいだ。

 

「ま、あんだけ厳しくしたのに、あたしの訓練についてこれたんだから、当然って言えば当然ね」

 

「確かに、曙ちゃん気合い入ってたもんねえ」

 

「別に、そんなことないわよ」

 

目を逸らし気味にカップに口づけたあたしを、潮はニヨニヨと笑顔で見ていた。ち、調子狂うわね・・・。

 

「ちょっと・・・寂しい?」

 

思わずカモミールティーを吹きそうになったわ。

 

「な、何で寂しいのよ」

 

咳き込みながらも切り返す。潮の目尻は、これ以上ないほど下がっていた。

 

「かわいい教え子が、巣立っちゃうから、かなあ」

 

「何寝ぼけたこと言ってんの。嬉しいことでしょうが、それは」

 

「そっかあ、そうだよね」

 

何て言いつつも、潮の笑顔は変わらない。本当に調子が狂うわ。

 

「わたし、思ったんだ。白露ちゃんたちは、私たちのライバルなんだなあ、って」

 

カモミールティーを置いた潮が、天井の方へ視線を彷徨わせながら言った。その言葉が、すんなりとあたしの腑に落ちる。

 

そっか。あの娘たちは、あたしのライバルなんだ。共に切磋琢磨していく、仲間なんだ。

 

「だからね、大丈夫だよ。皆―――わたしも、朧ちゃんも、漣ちゃんも、白露ちゃんたちも、いなくなったりしないよ。だって、大切な仲間だもん」

 

潮のくせに。まったく、似合わないことを言ってくれる。頬を真っ赤にして、精一杯あたしに“何か”を伝えようとして、言葉を紡ぎ、笑っている。

 

クシャッと、思わずその頭を、強く撫でていた。風呂上がりで整えられたばかりの髪が乱れてしまうくらい、強く。

 

「・・・曙ちゃん?」

 

「ん、何でもない」

 

若干涙目になりながら、潮は乱れた髪を整えてこちらを窺っていた。その瞳が、全てを語っている。あたしの大切な、仲間の想いを、全て。

 

カモミールティーを一気に飲み干す。あたしはもう、寝るつもりだった。

 

「もう寝るわ。潮も早く寝なさい。明日も訓練だから」

 

「う、うん。わかった」

 

去り際。小さく呟いた「ありがと」が、潮には届いていないことを願った。

 

 

それ以来、あたしは度々、訓練の内容を白露たちに任せるようになった。

 

「む、無理だよそんなの!」

 

真っ先に指名された白露は、いつもの自信はどこへやら、両手を全力で振って否定した。甘いわね。あんたたちに拒否権はないのよ。

 

あたしが思うに。訓練で大事なのは、今、自分が何をやっているのか、理解することだ。以前のあたしみたいにただ受動するのではなく、何をすべきか考えること。やっていることが理解できれば、反復も簡単だし、体に染み付くのも早くなる。それを、あたしは仮設二水戦の旗艦を務めて痛感した。

 

あの娘たちは、いつかトップクラスの駆逐艦になる。多くの後輩艦娘が、彼女たちを手本にする。そんな時、これからの艦娘たちに戦い方を―――生き残る術を、あの娘たちは教えなくちゃいけない。だから、もっと多くのことを、あたし以外から吸収してほしい。

 

あの娘たちは、自分たちなりに研究して、色々な演習方法に挑戦した。時には失敗して全身びしょ濡れになったり、艤装が故障したり。でもそれは、確実な前進。一歩を踏み出している証。

 

今も、呉の駆逐隊は最も高い練度を誇っている。それは間違いなく、あの娘たちの試行錯誤があったからだ。あの娘たちの、どうしても伝えたい想いがあったからだ。

 

丁度あの頃。横須賀から、正式に軽巡が配属されることになった。仮設から繰り上げられた二水戦を、彼女が率いる。あたしはやっと、お役御免になったわけ。はあ。たく、これでせいせいするわ。

 

波瀾万丈だった半年間。ようやく、平穏が訪れようとしていた。

 

だけど。

 

あたしは、忘れてた。

 

自分が艦娘であることを。今の自分を、あたしがどう思っているかを。まだ気づいていない想いを、どう感じているかを。

 

自分が、どうしようもなく捻くれていることを。

 

呉での半年は、楽しいあたしの思い出。苦く終わった、あたしの思い出。

 

その最期の日々は、突然訪れた。

 

 

 

ケッコンカッコカリ。司令部から送られてきた新システムをそう名付けたのは、誰だっただろうか。

 

艤装の能力をさらに高めるためのシステムが開発中だって噂は、前からあった。艦娘だって女の子だから、その手の噂は上の知らないところで出回っている。けど、そのシステムの中核が、指輪型の艤装だっていうのには、正直驚いた。

 

仕組みはよくわからないけど。ともかく、量産できるものではないらしい。だから、特に提督が、この娘こそって思う艦娘に渡すらしい。

 

・・・あいつは、誰に渡すつもりなんだろうか。

 

呉にも、ケッコン指輪が一つ届いたと聞いてから、なんだか落ち着かなかった。あいつの執務を手伝っていても、ついその顔を窺ってしまう。その度に、不思議そうな顔で見られた。

 

あいつのことを意識しちゃってるってのは、正直わかってた。でも、勘違いがよかった。あたしにとって、あいつは初めて、戦友と呼んでもいい提督だったから。今のままがよかった。何度も何度も、振り払おうとした。

 

・・・でも、できるはずがないのよ。

 

艦娘は、軍艦の力を宿した娘たちだ。心がある。好きなもの、嫌いなもの、何かで笑って泣いて。仲間たちとしゃべるのが好きで、時々一人が寂しくて。

 

恋だってする。

 

認めたく、なかった。たった半年、それだけだったのに。

 

でも、認めざるをえなかった。

 

 

 

「受け取ってくれ、曙」

 

 

 

ある日の執務終わりに、あいつが差し出した紺の箱。その中できらめく、白銀の指輪。

 

それを見た時に、もうわからなくなった。

 

 

 

「俺は曙のことを愛している。今の呉があるのは、君のおかげだ。君の優しさが、この鎮守府を導いてきた。艦娘たちを導いてくれた君の優しさに、どんどん惹かれていった」

 

 

 

違うのに。優しさなんかじゃないのに。それでもあいつがあたしを認めてくれたことが、何よりも嬉しかった。

 

 

 

「俺にはこの指輪を渡す相手を、君以外考えることはできない。誰よりも愛している君に、この指輪を受け取ってほしい」

 

 

 

言葉が出なかった。目を逸らせなかった。あいつのことが、愛おしくてたまらなかった。

 

 

 

でも・・・でも、違うんだ。

 

違う。

 

「・・・がう」

 

違う。

 

「違う!」

 

違うのに。嬉しくてしょうがないのに。口をついて出てきたのは、全てを否定する言葉だった。

 

「あたしは艦娘なのっ!あんたとは、違う!どんなに・・・どんなに頑張っても、人間になれる訳ないのよ!」

 

違う。嘘だ。それはあたしが一番よく知っている。

 

わかり合えないと思っていた。人間とは相容れない存在、それが艦娘だと思っていた。けど、そんなのはあたしの勝手な思い上がりだった。

 

呉に来て。あいつと出会って。白露たちと出会って。一緒に戦って。一緒に笑って泣いて。

 

艦娘たちの輪の中には、いつもあいつがいた。その場にいなくても、たとえ一緒に出撃できなくても、いつもあたしたちは一緒だった。お互いに想い合うことができた。

 

愛することができた。

 

なのに・・・なのにあたしは、最後に逃げた。あいつの気持ちから、あたしの心から。

 

「愛することなんて・・・できないのよ」

 

怖かったんだ。誰かを愛していると自覚することが。あいつを失ってしまうことが。

 

「・・・そうか」

 

寂しげに微笑んでいるであろうあいつの顔を見ることができなくて、あたしはそのまま執務室を飛び出した。涙は流れなかった。泣くことなんてできなかった。全てを裏切ってしまったあたしが張ることのできる、最後の意地だった。

 

結局、あたしは甘えていたのだろう。あの時の、自分自身に。

 

 

 

数日後、あたしの提出した転属願いは、滞りなく受理された。受け取った時、あいつは物凄く驚いていたみたいだった。それでも何も言わず、何かを問いかけることもなく、書類にサインをし、判を押してくれた。

 

・・・本当は、引き留めてほしかった。行かないでくれって、言って欲しかった。でもそれが、どれだけ自分勝手な願望であるかは、あたしが一番わかっていたつもりだ。

 

あたしの次の任地は、大湊警備府。できたばかりの、まだまだ練成の足りていない部隊だった。あたしにピッタリと言えば、ピッタリね。

 

転属のことを話した時、七駆の三人も、白露たちも、目をまん丸くしていた。当然と言えば当然か。あたしが勝手に、突然決めて、話したんだから。

 

何で一言も相談してくれなかったのか。朧はそう言いたげだったけど、黙ったまま、あたしを送り出してくれた。

 

呉を経つ日。代わる代わるワンワンと泣きついてくる白露、時雨、村雨、夕立、五月雨、涼風を一人ずつ引っぺがし、微苦笑のままあたしを見つめていた朧、漣、潮に頷いた。その時、鎮守府の方から掛けてくる足音がした。

 

あいつだ。冬の空気に白い息を吐き出して、あたしたちの方へと駆け寄ってきた。

 

あたしの正面に、あいつが立つ。せめてもの罪滅ぼしに、あたしはあいつの目を、真っ直ぐ見つめていた。

 

お互いに、交わす言葉はほとんど残っていなかった。ただ一言、

 

「大湊を頼む」

 

それだけ言って、あいつは何かを差し出した。あたしは黙って、それを受け取った。

 

呉から大湊へは電車だ。鎮守府近くの駅へ、あたしは歩き出す。

 

あの角を曲がれば、鎮守府はもう見えなくなる。そんな時、ふと今出てきた正門を振り返った。

 

あいつが立っていた。キッチリと着こなした濃紺の第一種軍装が、何も言わず、ただ静かに立っていた。

 

角を曲がって、鎮守府が―――あいつが見えなくなった時。あたしは初めて泣いていた。

 

 

 

包装された入れ物に入っていたのは、大きなミヤコワスレの髪飾りだった。

 

 

あれから三年が経って。あたしとあいつの話は、それでもう終わりだと思っていた。二度と紡がれることのない、半年間の思い出だと思っていた。

 

でも違った。

 

クリスマスに再会して、思い知った。あたしは、まだあいつが好きなんだ。

 

久しぶりに話をした。ココアを供に、懐かしく笑った。苦労を窺い知ることのできる白髪が増えて、いくらか老け込んで見えても、あいつはあいつのままだった。

 

あたしが呉を去った後も、あいつが誰ともケッコンしていないのは、以前鹿屋に所属していた鳳翔から聞いていた。それは、あいつもあたしのことを、まだ好きでいてくれてるって、思ってもいいのだろうか。

 

・・・今のあたしは、あの頃とは違う。と、思う。

 

今のあたしは、クソ提督と祥鳳を知っている。お互いに恥ずかしがり屋で、奥手。見てるこっちがヤキモキするくらい。それでも二人は、お互いを大切に想って、その気持ちを大事にしている。

 

それだけじゃない。

 

クソ提督と同じくらい、祥鳳を大切に想っている瑞鳳。

 

皆が大好きで大好きでしょうがない、っていう青葉。

 

姉妹で助け、助けられる、海風、江風。

 

そして、いつもそばにいる、あたしの姉妹たち。朧、漣、潮。あたしの頼もしい家族。

 

皆が教えてくれた。幸せになることは―――誰かを愛することは、怖いことじゃない。

 

今、あたしは鹿屋基地の廊下を、執務室へ歩いている。右手に、長期休暇の申請書を持って。

 

この四月にあいつが退役することは聞いた。四年近くもあたしたちと戦ってきた歴戦の提督は、その任を解かれ、どこか海の見える街で暮らしたいという。

 

・・・あたしは。あたしは、艦娘だ。海を守ることを誇りに思っている。仲間と戦うことを誇りに思っている。

 

あたしのいるべき場所は、ここだ。今この基地が、あたしのいるべき場所。提督を辞めたあいつとは、世界が違う。そのことを、あいつも理解してくれるはずだ。

 

でも。それでもあたしは、あいつと一緒にいたい。あの時否定してしまった気持ちを、今は強く、思っている。

 

どっちかなんて、選べない。いや、どっちも選ぶ必要なんてないんだって、あたしの好きなように、どっちも選んだらいいんだって。朧も、漣も、潮も、そう言ってくれた。

 

だからあたしは、今あいつといることを選びたい。そんでもってこの海も守る。何か文句ある?

 

ガチャリ

 

執務室の扉は、いつものように何の抵抗もなく開いた。中には、机に腰掛けるクソ提督と、秘書艦の祥鳳が立っている。いつもの柔らかな笑みで、陽光の差し込む執務室に立っている。

 

「長期休暇を申請します」

 

「受理します」

 

受け取ったクソ提督が、朗らかに笑っていた。

 

「準備は、終わったんですか?」

 

「とっくに終わってるわよ」

 

「わかりました。元帥にも、よろしく言っておいてください」

 

「・・・ん、わかったわ」

 

一か月。あたしとあいつで出した、答えだ。

 

今回の長期休暇は、クリスマスの時に、あたしから言い出したことだ。一度あいつの気持ちを踏みにじったから、あたしから言わなければと思った。

 

あの時は、ごめん。あたしを好きになってくれて、ありがとう。あたしの提督で、ありがとう。

 

 

 

あたしもあんたのことが好き。今でも、あんたを愛している。

 

 

 

その一つ一つに、あいつは頷いていた。三年がかかったあたしの返事を、聞いてくれた。

 

―――「あたしは、あんたといたい」

 

―――「曙は、皆と戦いたいんだろう?」

 

―――「そうよ。あたしは艦娘で、今のあたしがいる場所はここ。でも、あたしは今、あんたといたい」

 

―――「そうか・・・。嬉しいよ、ありがとう」

 

―――「・・・別に。お礼を言われるようなことじゃないし」

 

―――「・・・よし。じゃあ、二人で暮らすか」

 

あいつは、これ以上ないくらいの笑顔で、そう言った。

 

一か月の間、あたしはあいつのお嫁さんで。一か月の間、あいつはあたしのお婿さんで。

 

束の間の―――ほんの一瞬だとしても、あたしたちは一緒にいたい。

 

執務室を後にしたあたしは、まとめておいた旅行鞄を持って駅へと向かう。呉を去った時も一緒だった、愛用の鞄だ。

 

基地の入り口には、朧と漣、潮が見送りに来てくれた。いつかと同じ、静かな見送りだ。でもあの時よりも、ずっと晴れ晴れとした、明るい笑顔だった。

 

また、帰って来るから。あたしの居場所は、ここにあるから。

 

だから今だけは、あたしでいさせて。あいつを愛した、あたしでいさせて。

 

鹿屋基地の最寄り駅。こじんまりとしたその改札に、見知った顔が立っていた。見慣れた第一種軍装ではなく、年相応に落ち着いた、私服のあいつが。

 

見合わせたお互いの顔が綻ぶ。

 

「お待たせ」

 

三年間分の想いを込めて、あたしは微笑んだ。今の幸せが、あいつに伝わるように。




今回が長かったので、梅雨編は短めです

一応、朧漣編と曙潮編の二つを予定してます

もちろん、祥鳳さんも出ます!今回も梅雨グラ美人過ぎます!

では、また

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