艦隊の祥、艦娘の鳳   作:瑞穂国

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お久しぶりです!

大変長らくお待たせいたしました、曙編の続きです

今回の執筆にあたり、曙編の順番等を大きく変更しました。何卒よろしくお願いいたします


想いの射程距離―3―

さて、あいつから、あたしに声がかかったのは、輸送船団の襲撃から一月ほど経ったころだった。

 

呉にはようやく戦艦と空母が加わって、艦隊らしい体を成してきていた。ま、相変わらず巡洋艦戦力が足りなくて、仮設二水戦の旗艦はあたしが務めてたわけだけど。

 

午前中は戦艦が使うから、午後から訓練をすることになって、少しのんびりしていようと思った時に呼び出しが来たから、若干不機嫌だったのは許してほしいものね。

 

「秘書艦をやってみないか?」

 

そして、この唐突な一言。あいつは、結論を真っ先に言うから、あたしはいつも首を傾げるか、怪訝な表情になっていた。

 

今回は怪訝な表情だ。

 

「は?秘書艦?」

 

一体何の話なのか。あいつは説明を始めた。

 

「何て言うか・・・艦娘の代表だな。俺では手の届かないこと、皆の意見なんかを取りまとめる役目だ。もちろん、作戦等で助言を求めたりもする」

 

「何であたしが?そういうのは大型艦がやるもんでしょ」

 

「・・・俺が、曙にやってもらいたいから。それじゃダメか?」

 

「っ!!」

 

こ、こいつは!こういうことを平気で言うのだ。変に意識してしまう。

 

はあ。ま、信頼してもらってるのは・・・別に、悪い気分じゃない。

 

「わかったわよ・・・。やればいいんでしょ、やれば」

 

精一杯投げ槍に答えたつもりだったんだけど、どうしようもなく鈍感なあいつには、全く通用しなかったみたいで。

 

「ありがとう。助かる」

 

うっすらとした微笑みに、熱くなる頬を誤魔化すはめになってしまった。

 

 

 

そんなわけで、秘書艦をやることになったあたし。二週間が経つ頃には、それなりに慣れてきた。

 

秘書艦になって一番驚いたのは、あいつが担当している書類の量の多さだ。山なんて表現が生ぬるく感じられるほどの、紙、紙、紙。半分くらい羊にあげても、文句ないんじゃない?

 

まあ、実際には羊にあげるわけにもいかず、代わりにあたしが半分ほど引き受けることにした。あたし自身意外な、自らのお人好し加減だった。遠慮したあいつを言いくるめてまで引き受けたんだから、相当なものだ。

 

二人でやれば、効率は二倍。まあ、あたしの動きはあいつほど早くないから、実際には一・六倍ぐらいだけど。

 

そうやって浮いた時間の分、あいつはあたしたちと関わるようになった。演習を見に来たり、出撃を見送ったり、遠征を出迎えたり。少しずつではあるけれど、あたしたちとあいつ―――艦娘と提督の距離は、縮まっていた。

 

その分、あいつの仕事も、あたしの仕事も増えた。これは、主に長期休暇とそれに伴う外出を許可するようになったからだ。陳情のあった内容をあたしとあいつで精査し、実現にこぎつけたものだった。

 

まあ、それを巡って上から色々言われたみたいだけど、それを突っぱねるぐらいには、呉の戦果は大きかった。そこに、少なからずあいつの関わり方があったのは、呉の誰もが認めることだ。

 

提督と艦娘の距離は、艦娘の戦果に影響を及ぼす。

 

断言するにはまだ早い。でも、鎮守府の雰囲気がよくなることは、大いに結構ね。

 

あたしたちは、艦娘。軍艦でもあり、年頃の娘でもあるのだ。

 

 

『鎮守府対抗大規模演習』

 

そう、大々的に銘打たれた書類が呉に届いたのは、秋も深まって少しばかり肌寒くなってきた頃だった。

 

「何・・・これ」

 

ていうか、これにあたしがこんなにも驚いているのは、その書類が、横須賀鎮守府―――あの、いけ好かない野郎が提督のはずの鎮守府から送られてきたものだったからだ。

 

一体、何を考えているのか。疑いの目線で書類を見つめるあたしに、あいつが気づいた。

 

「横須賀は、提督が変わったんだ」

 

「・・・あっそ」

 

そっけなく答えてみても、あいつには通じなかったみたい。

 

「前の提督は、色々と問題があって、更迭されたらしい。今は俺の同期が提督をやってる。その大規模演習の誘いは、あいつからだな」

 

聞けば、昔から細かいことは気にしない、というか破っていくスタイルの将校だったらしい。それで成績は主席だっていうんだから、タチが悪いったらありゃしない。

 

「で?出るの、これ?」

 

書類をひらひらさせると、あいつは興味ありげに覗き込もうとする。

 

「まあ、なんにせよ、中身を読んでからだ」

 

「そうね」

 

確認した演習の内容は、次の通りだった。

 

『水雷戦隊による、戦艦部隊の襲撃』

 

駆逐艦六隻で構成された艦隊で、戦艦一隻を含む艦隊を襲撃するというものだった。

 

これに加えて、今後も、三ヶ月に一回程度こうした合同演習を執り行い、艦隊の練度向上に努めていこうとも添えられていた。

 

―――あの娘たちの実力を計るには、丁度いいかもしれないわね。

 

「仮設二水戦の実力を試すには、丁度いいな」

 

あいつと考えていることが全く同じで。ちょっと悔しいような、それよりももっと―――

 

いや、その先を考えるのは、今の私がやったところで意味のないことだ。

 

まあ、こうして、提督と秘書艦の一存により、『鎮守府対抗大規模演習』への仮設二水戦の参加が決まった。

 

『鎮守府対抗大規模演習』への参加を伝えると、仮設二水戦―――特に白露型の六人は意気込んだ。開催までの二週間。いつも以上に気合いを入れる仮設二水戦の面々に、旗艦であるあたしも、ついつい力が入ってしまった。

 

 

 

「えー!?曙は参加しないの!?」

 

大規模演習前夜。横須賀の食堂には、各鎮守府から参加する艦娘たちが一堂に会して、親睦会が開かれていた。その席で、あたしが翌日の演習に参加する艦娘を発表したら、白露がそんな声を上げた。

 

オレンジジュース片手に立食形式でテーブルを行き来する駆逐艦娘たちが、一斉にこっちを振り向いた。

 

「声大きい」

 

テーブルから手羽先を取って摘まみながら、集まっている六人の白露型を自分の方に寄せる。さっきまでやる気満々だった六人の瞳には、若干の不安が浮かんでいた。

 

「せっかくの機会だから、あんたらの実力のほどを試してきなさい」

 

「でも・・・」

 

「でももかかしもない。旗艦は白露ね」

 

ごくり。六人が唾を呑んだ。まったく、普段はあれだけ元気なのに。

 

大丈夫、できる。なんて言葉は、あたしの柄じゃない。

 

「あたしが入ったら、戦艦なんかイチコロでしょうが。いいハンデだと思いなさい」

 

うん、嘘は言ってない。言ってないわね、うん。

 

でも。わざわざ何かを言い募る必要は、ない気がする。この娘たちはできる。あたしが育てた、なんて大それたことは言えないけど。あたしが訓練をして、それに着いてくるだけの実力と、仲間を思う強い気持ちがある。

 

必ず、近いうちに。彼女たちは一、二を争う駆逐艦娘になる。あたしが敵わないような、すごい駆逐艦娘に。

 

―――第一関門、ってとこね。

 

精一杯やって、それで勝ってきなさい。

 

「・・・いいじゃない!やってやろうじゃん!」

 

白露が真っ先に闘志を燃やした。

 

「おう、腕が鳴るってもんでい!」

 

「そうだね。皆で、頑張ろう」

 

「戦艦なんかに負けないっぽい!」

 

「他の娘たちにも、いいとこ見せてあげよっ」

 

「が、頑張りましょう」

 

―――それでこそ、あんたたちよ。

 

前だけ見て、まっすぐな娘たち。

 

全員で手を合わせると、「エイエイオー!」と気合いを入れる。腕を高く突き上げた後は、まずは腹ごしらえとばかりに、色々な料理を取ってきて食べている。

 

「皆、やる気だね」

 

いつの間にか隣に寄ってきた潮が笑いかける。いつも控えめで、決して前には出てこないけど、こうしてひとのことをよく見ているのだ。丁度空になっていたオレンジジュースの替えに、ラムネまで持ってきてくれている。

 

「ま、やる気だけが取り柄みたいなもんだから」

 

「本当は、曙ちゃんも一緒にやりたいんじゃない?」

 

「あたしはいいわよ」

 

受け取ったラムネを、くいっと飲み干す。シュワシュワとした炭酸の涼しさが、のどに痛いくらいおいしかった。

 

「そういえば、提督は?さっきまでいたよね?」

 

辺りを見回した潮が尋ねる。溜息を漏らして、あたしは答えた。

 

「あいつなら、横須賀の同期にどっか引っ張られていったわよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「酒でも飲んでるんじゃない」

 

見渡せば、最初の頃はちらほらと見えた将校の姿は、もうなかった。多分、そっちはそっちで、どっかで集まっていたりするんだろう。別に、あたしには関係ないけど。

 

 

 

と、のん気に構えてたところ。

 

親睦会がお開きとなり、明日の演習に備えて各々が部屋へと戻っていく。片付け要員で残っていたあたしと潮は、とっぷり陽の暮れた鎮守府内を、寮の方へと歩いていた。

 

「さすがに、寒いわね」

 

「そうだねえ」

 

上着を羽織っていないと、横須賀の夜は身に沁みる。親睦会の会場となった講堂から寮までは、少しばかり距離があった。所々で光る電灯のせいで、星空はあまりよく見えない。

 

と、そんな寮までの道すがら。倉庫のような建物の横にあるベンチでうずくまる影を、あたしたちは見つけた。

 

すわ、海軍にはつきものの、幽霊とか妖怪の類か。なんて思ったのは、その影が紺の第一種軍装を着ていたからだ。海軍っていう組織は、ほんとこういう噂に事欠かない。

 

「あ、曙ちゃん・・・」

 

「だ、大丈夫よ」

 

そろりそろり。確かめないわけにもいかず、あたしたちはゆっくりと近づいていく。

 

すっ。こちらの気配に気づいたのか、影が顔を上げた。ひっ。思わず息を呑む。

 

「・・・曙と、潮か」

 

「・・・あんた」

 

幽霊の正体は、なぜか顔が蒼白なあいつだった。まったく、ビックリさせてくれる。

 

「ちょっと、こんなとこで何やってんのよ?風邪引いたらどーすんの」

 

「・・・酒」

 

「は?」

 

「飲み過ぎた・・・」

 

呆れて言葉が出てこなかったわ。盛大に溜息を吐いて、あたしはあいつの横に腰掛けた。

 

「ほら、戻るわよ。潮、悪いけどこいつの部屋、先行ってて。布団の準備お願い、後水も」

 

「うん、わかった」

 

頷いた潮は、カーディガンを揺らして、官舎にあるあいつの部屋へと駆けて行った。

 

残ったあいつは、頭を押さえて、まだ座っていた。

 

「あんた、大人でしょうが。飲み方ぐらい考えなさいよ」

 

「言葉もない」

 

珍しく、しおらしい返事だった。余程弱っているのだろうか。

 

・・・ああ、もう!し、仕方がないわね。

 

「ほ、ほら。肩貸すから。いつまでもこんなとこにいたら、風邪引くでしょ」

 

しばらくの沈黙があったけど、結局あいつは、素直にあたしの肩へ腕をかけた。そのまま、ゆっくりと立ち上がる。あいつの体は、意外なほど軽かった。

 

あいつの歩くのに合わせて、官舎の方に向かっていく。せっかくの静かな夜も、楽しんでいる時間はなかった。足取りは確かだけど、やはり顔色は良くない。早々に水を飲ませて、寝かせるのが一番だ。

 

「曙ちゃん、こっちこっち」

 

官舎の入り口で、潮が手招きした。扉を開いて待ってくれている。細かいことに気付く、優しい姉妹艦だ。

 

「ん、ありがと。部屋はどこ?」

 

「一階。すぐそこだよ」

 

潮が言った。先導を任せて、部屋まであいつを連れていく。自分で歩く、なんて言っていたけど、またどこかで倒れられても困るから、そのまま肩を貸し続けた。

 

官舎に用意されたあいつの部屋は、士官用らしく小奇麗で簡素だ。中にはベッドと、壁際に机があるだけだった。とりあえず、あいつをベッドに転がすことにした。まるで老人みたいに、ソロソロと腰を下ろしたあいつは、潮の差し出したコップを受け取って、水を流し飲む。

 

「すまない、迷惑をかけた」

 

「そう思うなら、さっさと着替えて寝なさい」

 

「そうしよう」

 

そう言ったあいつを残して、あたしたちは部屋を出ようとした。

 

でも。

 

「・・・ああ、もう。潮、先戻ってて」

 

「え?・・・あ、うん。わかった」

 

七駆に割り当てられた部屋へと戻っていく潮とは逆に、あたしはもう一度、あいつの部屋に入る。ベッドに腰掛けていたあいつは、第一種軍装のボタンに手をかけたまま、後ろに倒れこんでいた。

 

あいつ、普段は酒とか煙草とか、全然やらない。あたしたちに気を遣ってるのか、なんて思ってたんだけど。なんてことはない。元々、弱かったんだ。

 

「着替え、手伝うわよ」

 

あいつの返事なんて、お構いなしだった。

 

明日は、白露たちの晴れの舞台だ。そこに立つあいつが、皺のある服を着ていては、呉の名に関わる。

 

「本当に、すまない」

 

そう言いながらも、あいつはあたしにされるがままだった。重症ね、これ。

 

第一種軍装のボタンに手をかける。上から一つずつ、全てはずして脱がし、皺にならないように部屋備え付けのハンガーにかけた。

 

「下は自分でやって」

 

「ああ。大丈夫だ」

 

寝間着のズボンを渡すと、あいつはそろそろと着替えだした。その間に、タオルを持って洗面所に向かう。この分じゃ風呂は無理そうだから、せめて背中ぐらい拭いてあげないこともない。

 

ズボンを穿き変えた頃を見計らって、洗面所からベッドへ戻る。

 

「ほら、背中出して。風呂は無理そうだから、背中拭いてあげる」

 

「・・・ありがとう」

 

ベッドへ上り、あいつの背中を拭く。よく鍛えられていることがわかる、逞しい背中だ。背格好は決して大きい方ではなかったはずなのに、背中だけは、広く分厚い。

 

貫禄とは、また違う気がする。でもあたしは、それをなんて言ったらいいのか、知らなかった。

 

「いよいよ、明日か」

 

ポツリ、あまりにも唐突に、あいつは口を開いた。ま、明日の演習のことだっていうのは、何を言わなくてもわかるけど。

 

「そ。明日よ」

 

明日は大事な日なんだから、あいつにはシャキッとしてもらわなくては。

 

「なによ、あんたあたしに任せるって言ったじゃない。あの娘たちのこと、疑ってんの?」

 

「・・・よくわからない」

 

ピタリ。思わず背中を拭く手が止まった。あいつの言葉とは思えない答えだったから。

 

「いかん、酒のせいだろうか、どうということもないことを曙としゃべりたくなってしまった」

 

・・・あたしと話したいことまで、お酒のせいにしなくても。

 

「別に、気にしなくていいわよ。あんただって、しゃべりたいこと、あるでしょ」

 

あたしが、聞いてあげないこともない。

 

「そうか。・・・ありがとう」

 

「何のありがとうよ。わけわかんないわ」

 

妙に弱々しいあいつの態度が、あたしの調子を狂わせる。まったく、本当に、よくわからない。何なのだろうか、この気持ちは。

 

「はい、終わり」

 

背中を拭き終えたあたしは、ベッドから降りて、あいつの前に立つ。青白かった表情は、少し良くなっただろうか。ちゃんと寝れば、明日に尾を引くことはないと思う。

 

「おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

あたしも部屋を後にして、明日の演習に向けて備えることにした。

 

 

 

大規模演習が始まった。横須賀、呉、佐世保、舞鶴、四つの鎮守府から集まった艦娘たちは、お互いの日頃の訓練の成果を発揮しようと、その表情を引き締めている。

 

短い訓示の後、いよいよ艦隊演習が始まった。くじで決められた白露たちの順番は、最後。大トリって言うか、運がいまいちって言うか。

 

でも、あの娘たちは、動揺せずに、目の前の演習に集中している。他の鎮守府の艦娘たちが、戦艦娘を中心とした部隊を襲撃しようとする様子を、じっと観察していた。

 

何て言うか、犬っぽいのよね。

 

「大丈夫そうだな」

 

いつの間にかあたしの隣にいたあいつが呟く。酔いは完全に冷めたらしい。第一種軍装も皺一つなく、いっそ憎らしいほどにきれいに着こなしていた。

 

「大丈夫に決まってんでしょ」

 

白露たちには聞こえないように、それでもはっきりと答える。「そうか」って応えたあいつの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

 

いよいよ、あの娘たちの番が来た。呼び出された六人はあたしたちの方に手を振って、海に降りていく。すぐに単縦陣を作り、突撃開始の指示に備えていた。

 

あたしには、もう見守ることしかできない。

 

演習開始の通達と共に、彼女たちは一気に加速して目標に突撃を始めた。ほんの三、四か月前まで航行すらおぼつかなかった娘たちとは思えない。まっすぐに整った単縦陣に、海上からどよめきが上がった。

 

もちろん、演習だからそれで終わりじゃない。目標とする戦艦部隊からは、接近を阻もうとする分厚い弾幕が張られ、護衛部隊が飛び出てくる。けど、あの娘たちは慌てることなく、丁寧にそれらを捌いては、着実に距離を縮めていった。

 

―――本当に、あたしの教えることなんてないじゃない。

 

あの娘たちは、もう自分たちで歩いていくことができる。

 

二つの艦隊の距離が縮まれば、それだけ至近弾や命中弾が増えてくる。けれども、致命傷にはならない。六人の歩みが止まることもない。

 

距離四千での投雷は、その日の最高記録だった。与えた被害も桁違い。対する白露たちは、夕立が中破判定、時雨と涼風が小破判定。損害軽微と言えた。

 

完勝だ。文句なし、今回の演習で一番の成績だった。

 

埠頭から上がってきたあの娘たちは、尻尾があったらブンブンと振っていそうな勢いで、あたしに突っ込んできた。一瞬、本能で回避運動を取りかけたわ。

 

「やった!やったよ、曙!私たちやったよ!!」

 

「すごいっぽい!すっごく嬉しいっぽい!!」

 

六人が大はしゃぎで抱き着いてくるので、息が詰まりそうになった。無理やり引っぺがして、何とか息を吸い込む。あいつが苦笑いをしてこちらを見つめていた。

 

全ての演習が終了した後、一位になった部隊―――呉の駆逐隊には、表彰状と間宮さんの甘味詰め合わせが送られた。夕闇の中で、飛んだり跳ねたりするあの娘たちを、あたしは遠巻きに見つめていた。

 

ふっと、隣に人の気配がする。まあ、こんなところに立つのは、あいつくらいしかいないわけだけど。

 

あたしもあいつも、静かにあの娘たちを見つめていた。

 

「言ったでしょ。大丈夫だ、って」

 

「ああ。曙の言った通りだった。心配することなんてなかったな」

 

あいつにしては、嬉しさが一杯に滲んだ言葉だった。

 

「どう?ま、あたしに掛かればこんなものよ」

 

誇らしいのは、あたしもだった。あの娘たちは、ここまでに成長した。もう、あたしの助けなんていらないくらいに。

 

あいつからは、意外な言葉が返ってきた。

 

「さすがだな。ありがとう、助かったよ。―――いや、いつも助かってる、ありがとう」

 

ありがとう、と。真摯な瞳が、夕陽の中であたしを見つめていた。オレンジがその奥底で反射してキラキラと輝く。柔らかく緩んだ目尻が、印象的だった。

 

「・・・ふうん。あんたにお礼を言われるほどのことじゃないわ。―――どういたしまして」

 

何だか、照れくさくて。それまでにないくらい優しげな笑みを浮かべるあいつの表情から、目を逸らしてしまう。熱くなった頬は、夕陽で誤魔化すことにした。

 

あの時が、一番、あいつの気持ちが伝わってきたかもしれない。




梅雨グラ曙がかわい過ぎて辛い

梅雨編の執筆も進めています。そちらはもう少しお待ちいただけると幸いです

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