艦隊の祥、艦娘の鳳   作:瑞穂国

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曙編が想像以上に長くなったので、分割しました


想いの射程距離―2―

あの事件は、今思い出すだけでもぞっとする。被害があの程度で済んだのは奇跡だ。あの娘たちが訓練で学んだことを、しっかり実践してくれたから。

 

油断してたのはあたしの方。

 

深海棲艦の襲撃を受けたのは、あたしたちが担当していたタンカーの船団だった。定期の航路、気のゆるみがなかったといえば嘘になる。

 

水柱を確認したときには、もう遅かった。重巡洋艦クラスを先頭にして、深海棲艦はすぐそこまで迫っていた。とっさにタンカーを近くの港に退避させ、あたしたちは奴らに立ち向かう。

 

駆逐艦だけでは、分が悪いのなんてわかりきっていた。でも、きっとそういう性なのは、軍艦だった頃から変わらない。駆逐艦ってのは、損な性分ね。

 

全艦がなにかしらの損害を受けたけど、あたしたちの奮闘は奴らを追い払い始めていた。なかでも、五月雨はすごかった。火力の薄くなったところに、的確に支援を入れてくれる。

 

後の話だけど、彼女が初期艦に推薦されたのも頷ける。

 

前しか見てない娘だ。でも、

 

 

 

あたしは、いつだって下を見てしまう。

 

 

 

だから気づいた。五月雨に伸びる白い航跡に。

 

一気に加速して、五月雨を突き飛ばす。あたしには、それしかできなかった。

 

いつかのそれに似た衝撃で、あたしは吹き飛ばされた。

 

 

 

惨めなもんだった。タンカーを守ったとはいえ、あたしたちの被害は馬鹿にならなかった。

 

全部あたしのせい。悪いのは責任者であったあたしであって、あの娘たちじゃない。そう思っていたのに。

 

「嫌です!わたしも行きます!!」

 

ところどころ制服が破れているのに、五月雨はそう言って譲らなかった。

 

「ダメ。これはあたしの仕事なんだから」

 

自分で言うのもなんだけど、あたしは融通の利かない性格だ。強引に押し留めて、あたしだけ執務室に入る。

 

「失礼します」

 

声は、必然的に固くなった。

 

怒られるのはいつものことだ。でも、慣れる訳じゃない。

 

「よく帰ってきた。報告を聞こう」

 

答えるあいつもどこか固くて。

 

「護衛任務中に襲撃を受けました。タンカーは無事でしたが、護衛の駆逐艦娘が何人か損傷しています。責任は全て、あたしにあります」

 

固唾を呑む。それを悟られないように、殊更冷静に。

 

けど、そのすぐ後に、部屋の静寂は破られた。あたしの後ろで、勢いよくドアが開かれたから。

 

「違うんです、提督!」

 

被弾して、制服がボロボロになった五月雨。その瞳に涙をためて、あたしと、その奥のあいつを見つめていた。

 

五月雨だけじゃない。白露、時雨、涼風、遠征に参加した全員が、執務室の前に立っていた。

 

「あんたたち・・・」

 

「曙ちゃんは悪くないんです!」

 

五月雨が必死に訴えかけた。右手をきゅっと胸の前で握り締めて、今にも涙を流しそうになりながら。

 

「わたしが注意を怠ったんです!曙ちゃんはそれをかばって!」

 

「お願いします、提督!曙は五月雨を助けてくれた!だから責めないで!」

 

「注意してなかったのは僕たちもなんだ!曙が処分を受けるなら、僕たちも一緒に!」

 

・・・。

 

ああ、もう。好き勝手言って。

 

甘いったら・・・本当に。

 

ひねくれて、頑固なあたしには、これくらいしかできない。あたしは五月雨の頭に、そっと手を乗せる。少しでも、優しく伝わるように。あたしのこの気持ちが、ほんのわずかでも届くように。

 

「・・・あんたのせいなんかじゃないわよ」

 

まくし立てていた四人は、一旦口を閉じてくれた。代わりにあたしの方を見てくる。

 

何を言えばいいのかなんて、全くわからなかった。いや、違う。多分わかってた。でも、言葉を知らなかった。やるべきことがわからなかった。

 

戸惑って、結局、軽く頭を叩くことしかできなかった。

 

「言ったでしょ?生きて帰ること、って」

 

海を思わせる青い髪を、壊れ物のように慎重に扱う。今思えば、滑稽極まりない。

 

「・・・無事でよかった」

 

「っ・・・!・・・うっ・・・ひっく・・・っ!」

 

「な、泣くんじゃないわよ。ったく、なんなのよ、もう・・・」

 

内心の動揺を悟られないように、あたしは五月雨の頭を撫で続けた。彼女が、やがて泣き止むまで。

 

 

 

「少し、落ち着いたか?」

 

あいつがようやく口を開いたのは、五月雨が目元の水滴の跡をぬぐい終わってからだった。

 

その場の全員が、あいつを固唾を呑んで見つめていた。あいつは切り替えるように咳払いを一回して、それから話し始める。

 

「何か勘違いしているようだから、最初に言っておく。今回の件で、俺は誰かに責任を負わせるつもりはない」

 

「なっ・・・」

 

後ろで安心の声を上げる白露型と対照的に、あたしは絶句してしまった。すぐには理解が追い付かなくて。あいつの顔を、まじまじと見つめてしまう。

 

「むしろ、君たちに謝らなければならないのは俺の方だ。俺の方に慢心があったことは間違いない。あの状況を招いた責任は俺にある」

 

あいつはおもむろに立ち上がった。今まで執務机に腰掛けているところしか見たことがなかったあいつの背格好は、決して大きくなくて。それでも、どこかあたしたちと同じ、戦う者の匂いがして。

 

ゆっくりと帽子を取る。短く揃えられた髪の毛が、すっと前に倒れてきた。

 

「あの状況で、よく戦ってくれた。すまない。ありがとう」

 

一瞬の沈黙ののち、全員―――あたしも含めて、首を小さく振る。突然の出来事に、できることはそれしかなかった。

 

あいつの顔が、ようやく上がる。

 

「無事で何よりだった」

 

―――あんたは、何を考えてるのよ。

 

 

 

「ね、たまにはいいでしょ、こういうのも」

 

その夜。入渠を終えたあたしは、姉妹艦と二度目のお風呂に入っていた。治ったばかりの傷口には、熱いお湯が染みる。朧は呟きながら、ゆっくりとあたしの横に腰を下ろした。

 

「朧が風呂に誘ってくるなんて、珍しいこともあったもんね」

 

「そりゃあ、一応姉だし。妹が被弾したって聞いたら、心配だってするよ」

 

「・・・そ」

 

気恥ずかしいっていうのが、本音。姉妹というより、友人とか、そういう感じに近いあたしたちだけど、こういう時にひょっこりと顔を出すのが、姉らしい朧の一面だった。

 

広い浴場に、二人しかいない。積もる話があるわけでもなし、しばらくはお互い静かに浴槽に浸かっていた。

 

「・・・あの、さ」

 

なんでかな。誰かに聞いてもらいたかったから?隣に、頼りになる姉妹艦がいたから?口を開いたのは、あたしが先だった。

 

「何?」

 

朧が、急かすことはない。そこに少し甘えて、一回の深呼吸を挟む。

 

「よく、わかんないの」

 

「提督のこと?」

 

「・・・うん」

 

今だから言えることだけど。あの時、結果的にあいつに庇ってもらうことになって。とっても嬉しかった。あたしを大切にしてくれてるんだと。

 

けど、当時のあたしは。きっと無意識に、それを認めようとしてなかった。勝手にもやもやして、空回り。ほんと馬鹿みたい。

 

「今日だって、あたしのこと庇うみたいなことしてさ」

 

「そっか」

 

「今まで、そんなことされたことなくて・・・。何考えてんだか・・・」

 

うんうんと朧が頷いている。

 

あたしの言葉は、そこで途切れてしまう。自慢じゃないが、未だに口下手では定評があるのだから。端から見たら、あたしの言いたいことなんて何一つ伝わってないって言われてしまいそうだ。

 

でも、そこは朧だった。あたしの、姉妹艦だった。

 

ちょっとした間があって、朧がおもむろに口を開いた。

 

「ねえ、曙はさ」

 

「ん?」

 

「提督のこと、好き?」

 

「ぶっ!?」

 

ナチュラルな質問に、盛大に噴き出した。な、何を言い出すのよ、いきなり!?

 

「あはは、ごめんごめん」

 

横でごほごほ言ってるあたしを、朧はおかしそうに見ていた。

 

「じゃあ、ちょっと言い方を変えるね?―――曙は、提督のこと、嫌い?」

 

少しばかり、息が詰まった。

 

「それは・・・?」

 

「うん。今までと、同じだと思う?」

 

今まで。あの時の記憶。そして、横須賀。あたしが出会った、“指揮官”と名乗る人たち。

 

ふるふると、首を振る。前髪についていた水滴が、遠心力で飛び散った。

 

「違う。あいつは・・・いつも、あたしたちのこと考えてて・・・。その・・・何考えてるかわからないけど、あたしたちをちゃんと見ててくれてる。信頼してくれてるし、大切にしてくれてる・・・と思う」

 

自信はなかった。今まで、そんな風にされたことなんてなかったから。この気持ちが何なのか、掴めなくて。艦娘になったら、きっと誰でも、一度は経験することだと思う。あの戦争では持ち合わせていなかったものを持って、あたしたちは戦っているんだ。

 

「だから・・・好き?」

 

「すっ・・・!え、えっと、好き、とかそういうのはよくわからないけど・・・嫌いじゃ、ない・・・かな」

 

「そっかそっか」

 

朧は、相変わらずニコニコとしている。なんだろう、あの「何でも知ってますよ」みたいな顔は。

 

「うーん、そうだなー」

 

朧はそう言って下唇に指を添えた後、たっぷりと間を取ってから、続きを話し出した。

 

「えっとね、曙は・・・十分、強いと思う」

 

「・・・は?」

 

飛躍しすぎだ。何の話か、一瞬わからなかった。

 

「曙自身がどう思ってるかは別にして。アタシは、今の曙が、一生懸命強くなろうとしてるように見える」

 

「それは・・・当たり前のことでしょ」

 

「そう。艦娘になったから―――ううん、その前から、アタシたちは強くなろうとしてる。でもね、そういうことじゃなくて」

 

「どういう意味よ」

 

「なんて言ったらいいかな・・・『強くなる』っていうより、誰にも『弱いところを見せたくない』って言ったらわかるかな?今の曙は、そんな感じ」

 

答えに詰まった。きっと、どこかで納得してしまったから。

 

あいつに、仮設二水戦の指揮を任されたからじゃない。それよりも前から、自分の奥底に根ざしている責任。

 

「もちろん、それ自体はすごいことだと思う。誰にでもできることじゃない。そうやって『強い曙』でいてくれることは、みんなにとってすっごくすっごく頼りになることだから。勝手な解釈だけど、それが曙なりの優しさなんだって、アタシは思ってる」

 

けどね。朧は続けた。

 

「それは、みんなに優しいわけじゃ、ないよ。曙の言う『みんな』と、アタシの言う『みんな』は違う。『みんな』の中には、曙も入ってなくちゃ」

 

柔らかい表情で、厳しい言葉が並べられている。なんでだろう、艦娘になったのはほとんど同じころだったのに、朧の方が、ずっと大人に見えた。

 

「だから、ね。曙には、甘えられる人が必要だと思う。その人にだけは、優しくなくたっていい。そういう人が」

 

だんだんと、朧の言わんとしていることがわかってきた。

 

「アタシたちに甘えてなんて言わない。それは曙が決めることだろうから」

 

「・・・」

 

何も答えない。

 

そう、朧の言った通り、あたしは自分のやり方を変えるつもりはない。自分が正しいと思って、実行してきたことを否定するつもりはない。ただ、あたしにはまだ。

 

態度を決めかねている人がいる。

 

朧は、そのことを言っているんだ。

 

「はい、堅い話終わりー。はー、やっぱり説教臭い話って苦手だなー」

 

苦笑した朧が、あたしの方を向く。ぎこちない笑顔で、あたしも答えた。

 

「なんにせよ、まずはお互い話すところからだねー」

 

「・・・それも、そうね」

 

話せるだろうか。このあたしが、あいつと。

 

「ま、気づいてないのは本人たちだけみたいだし」

 

「ん?なんのこと?」

 

「さーて、なにかなー」

 

朧はそう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべる。追及しても無駄ね。

 

「なにそれ、意味わかんない」

 

だからあたしも、笑ってみることにする。朧の表情が、これ以上ないほどに輝いていた。

 

 

朧と話した、次の日。

 

起床したあたしは、ほんの少し昨日のことを引きずって、食堂に向かっていた。

 

いつもと、違うルートだ。今日のあたしは、まっすぐに食堂に向かうわけではなく、寄り道をしている。

 

ゆっくりと立ち止まったのは、執務室の前だった。木製の重厚な扉が、厳かな存在感を放っている。

 

あたしは、あいつに確かめたいことがある。なんて言えばいいのか、そんなのわからない。でも、ただあいつと、話さなければと思っていた。

 

四六時中執務室にいるわけないっていうのに、あいつのいそうな場所なんて、ここしか思い付かなかった。

 

扉に、おずおずと手を伸ばして、そっと触れる。

 

考えてみれば、全てはここから始まったっけ。仮設二水戦を任されて、船団護衛任務をこなして―――あいつとの距離は、近くなったのかな。

 

覚悟を決める。扉から手を離して、ノックをするために再び手を出し、

 

 

 

がちゃっ

 

がつっ

 

 

 

「痛っ!!」

 

突然開いた扉が、あたしの額にクリティカルヒットした。痛むおでこを押さえて、フラフラと一、二歩後ずさる。

 

なんでまた、ここまで間の悪いタイミングで開くのだろうか。涙目で睨むと、扉を開けた張本人が、その隙間から顔を覗かせた。

 

「曙・・・?」

 

もちろん、こいつ以外にいるわけがない。朝だというのに、きっちりと第二種軍装を着こなしたあいつは、あたしを認めるや、扉を閉めてすぐ前に立った。

 

「大丈夫か?すまない、気づかなかった」

 

今まで聞いたことのない声音だった。まあ、元々事務的な会話以外ほとんどしたことがなかったけど。

 

「だ、大丈夫だから。気にしないで」

 

ていうか、近い!こっちの方が気になってしまう。

 

「そうか。なら、よかった」

 

・・・。

 

それっきり、会話が途切れてしまう。お互い、日常会話なんて交わしたことがない。何を喋ればいいのか、どんな顔で話せばいいのか、朧たちには当たり前にできることなのに、今この時だけ、それらがすっぽり抜けてしまったみたいだ。

 

『まずは、話してみないと』

 

朧はそう言ったけど、あたしにとってそれは簡単なことじゃなかった。多分、あいつにとっても。

 

「あの、さ」「曙」

 

ようやく見つけた言葉は、運命が悪戯したかのように重なる。

 

「・・・あ、あんたから先に言って」

 

「・・・わかった」

 

なんだ、この妙な気まずさは。

 

あいつはわずかに逡巡する素振りを見せた後、ゆっくり口を開いた。

 

「今朝は、ホットサンドだったか」

 

「・・・は?」

 

何を言い出したのか、最初はまったく理解できなかった。あいつの言葉はいつも唐突で、あたしは、振り回されてばっかりだった気がする。

 

「間宮の朝食、今朝はホットサンドがあった気がしたんだが・・・」

 

「ああ・・・そういうこと」

 

食堂を切り盛りする間宮さんは、いつも三、四種類のメニューを用意している。確かに今日は、ホットサンドがメニューにあったはずだ。

 

「なに、食べたいの?」

 

「う、む。どうも、懐かしくてな」

 

なるほど。

 

それまで、普段あいつは、士官担当の料理長から朝食を受け取っていた。

 

ホットサンドにどんな思い入れがあったのかは知らない。ただ、間宮さんのところでホットサンドが出ると聞いて、食べたくなったのか。

 

―――子供みたい。

 

内面は意外とかわいいのかもしれない。大の男にかわいいって言うのは、どうかと思うけど。

 

「料理長には、断りを入れておいた。だから、面倒でなければ、間宮さんに頼んでもらえないか・・・?」

 

そういうことらしかった。

 

直接、食堂に来ないのは、あたしたちに気を遣ってるんだろうか。まあ、あたしたちも、突然提督が現れたらビックリするし、当然の配慮かもしれないわね。

 

が、あたしはそういう、回りくどいことが苦手だ。口下手で、自分の気持ちを素直に言えないくせに、やることは一方通行。矛盾にあふれた、それがあたし。他人のこととなると、っていうのはある気がするけど、この時はまだ、自覚していたわけじゃない。

 

「―――そういうことなら」

 

あたしはあいつの腕をつかむと、渾身の力で引っ張る。そのままずんずんと歩いて行った。もちろん、目的地は食堂だ。

 

「あ、曙・・・?」

 

あいつの慌てた様子なんて、気にも留めなかった。

 

―――楽しい。

 

あたしはなぜか、その時そう思った。艦娘になって初めて、心の底から、楽しいと思った。

 

「ほら、いいからついてきなさい。回りくどいことしないで、直接食堂行くわよ」

 

「い、いや、俺は・・・」

 

「あんたは、いつもどこにいるかわかんないのよ。たまに顔出さないと、みんな顔忘れるわよ」

 

「わ、わかった。自分で歩く」

 

そこでようやく、腕を開放する。困惑した様子のあいつは、それでもおとなしく、あたしの横についてきた。

 

朝陽が絶妙な角度で差し込む廊下に、二人分の靴音が響いた。

 

「・・・本当は、さ」

 

歩いている中、今度はあいつの方から、口を開いた。

 

「急に、君たちの顔が見たくなったんだ」

 

「・・・ん?」

 

意を決したように、あいつは息を吸い込む。

 

「昨日思い知った。君たちを、ずっと軍艦だと思ってた。でも、違ったんだ。君たちは“艦娘”だ。ただの軍艦じゃない。俺は、艦娘としての君たちを、何も知らなかった」

 

軍帽をかぶっていない頭を、無造作に掻いた。

 

「何を食べるんだ?何が好きなんだ?何が嫌いなんだ?何を話して、どんなことで笑って泣いて、心を打たれるんだ」

 

自分に言い聞かせるような、険しい言葉。

 

「俺は知りたい。君たちのことを」

 

真摯な眼差しに、思わずドキリとしてしまう。

 

「曙の、ことを」

 

「!!」

 

・・・こういうの、殺し文句って言うんだっけ。んで、その殺し文句を、無意識で連発するのが、ラノベ主人公に求められる素質だって、漣が言っていた。

 

「・・・あんたの考えてること、わかるなんて言わない」

 

・・・ははは、人のことなんて言えない、か。あいつがラノベ主人公なら、あたしだって典型的な、ツンデレキャラだ。なんて、漣なら言うのかもしれない。素直になれず、捻くれて、そのくせ誰よりも臆病で寂しがり。

 

でもね。

 

なんでも、貫き通せば一流なのよ。

 

あたしは頑固で、素直になれない、口下手な捻くれ者で。だから最大限に捻くれて、あいつにこう切り返した。

 

「あたしたちは“軍艦”。海を駆け、深海棲艦と戦う“軍艦”よ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

あ互いに隣り合って、廊下を進んでいく。あいつの顔を見ることなく、あたしはしゃべっていた。

 

「・・・でも、あんたがそう思うなら、それでいいんじゃない?誰も―――あたしたちは、迷惑だなんて思わないから」

 

「・・・そうか」

 

あいつは静かに答えた。

 

「なら、そうさせてもらおう」

 

 

 

「およ?提督?」

 

「えっ、うっそマジで提督!?」

 

「お、おはようございます!」

 

「曙が提督さんを連れ込んだっぽい!?」

 

「夕立、その言い方はどうかと思うよ?」

 

案の定、食堂は大騒ぎになった。まあ、そりゃ当然か。指揮を執る―――上に立つ人間が突然現れれば、誰だって何事かと思う。

 

でも、あたしが想定してたより、みんな状況をうまく消化したらしかった。

 

「おはようございます、提督」

 

真っ先にあいさつに来た朧の言葉が、場の空気を弛緩させた。続くようにして、あちこちから挨拶の声が上がる。

 

「ああ、おはよう」

 

若干戸惑いながらも、あいつは食堂全体に聞こえる声で、答えた。

 

「ほら、間宮さんとこ行くんでしょ」

 

ぐいぐい、腕を強引に引いて、間宮さんの控える調理場のカウンターへ二人で向かう。一枚板の向こう側、割烹着姿の間宮さんが、いつも通りの笑顔で、ニコニコとこちらを見つめていた。

 

「おはようございます、提督、曙ちゃん。今朝は、どうなさいますか?」

 

「・・・ほら、あんたよ」

 

「う、む・・・」

 

あいつはカウンターに手をついて、緊張の面持ちだ。メニューを頼むだけなのに、こういう表現が使われるのはどうなんだろうか。

 

「ホットサンドを、頼む」

 

「はーい。曙ちゃんは?」

 

「A朝食」

 

「かしこまりました、少し待っていてくださいね」

 

ぱたぱたと奥へ入った間宮さんが、早速準備に入った。どうやらあたしたちが最後だったみたいで、注文を取りながら厨房を回すようなことにはなっていないらしい。

 

ふと、後ろを振り返る。先に席についていた七駆―――その中の朧と、目が合った。

 

―――なにがあったの?

 

アイコンタクトで、そう聞いてくる。

 

―――ホットサンド食べたいっていうから、連れてきた。

 

―――そっかそっか。

 

何かを納得したように、朧が大げさにうなずいた。

 

―――よかったね。

 

―――・・・何の話よ。

 

その先は、満面の含み笑いで誤魔化されてしまった。

 

「お待たせしました。ホットサンドと、A朝食です」

 

そんな一幕の後、カウンターにそれぞれの朝食がトレーに乗って準備された。

 

半分にカットされたホットサンドが二つ分と、軽めのサラダ。もう一方は、典型的な和朝食で、白いご飯に味噌汁と、お浸し、焼き鮭の切り身。

 

それぞれのトレーを持って、カウンターを離れる。

 

「ほら、こっち」

 

あたしは七駆が座っているテーブルに、あいつを誘導する。

 

「曙」

 

あいつの声が、ぎりぎりアタシにだけ聞こえる大きさで、耳に入った。

 

「ありがとう」

 

「・・・何の話よ」

 

「色々だ。だが一番は―――俺の話を聞いてくれて、ありがとう」

 

―――そんなことを、考えていたなんて。

 

この時のあたしには、あいつが何を考えていたのかなんて、まだまだわからなかった。だから深く考えもせず、こう答えたのだ。

 

「これから、いくらでも聞いてやるわよ。その代り、あたしの話も聞いて」

 

朧の言っていた、『甘える』っていうのがどういう意味かはわからない。でもあたしにとって、話を聞いてもらうってのは、一番の『優しさ』だった。唯一自分に許された、あたし自身への『優しさ』。

 

「あんたは、あたしの提督なんだから」

 

「・・・ああ、喜んで」

 

柔らかな声音が、印象的だった。

 

 

 

それからは時々、あいつも食堂に来るようになった。




分割したのにこの長さ・・・

あ、愛と思って、温かく見守ってください(汗)

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