艦隊の祥、艦娘の鳳   作:瑞穂国

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二日連続投稿!

いやー頑張った俺・・・よく耐えた・・・

個人的には、由良さんのクリスマスボイスがどストライク過ぎてやばい

どうぞ、よろしくお願いします


ホーリー・ナイト

「メリークリスマス、提督!」

 

 

 

鹿屋基地では、朝からクリスマスの準備が着々と進んでいました。執務や近海哨戒の合間をぬって、料理の準備、食堂の飾り付け、買い出しなどが行われています。

 

今年も、このクリスマス会を仕切っているのは漣ちゃんです。去年と同じ―――いえ、少しアレンジがされていました。サンタを思わせる赤の可愛らしい衣装に身を包んで、食堂や執務室、倉庫の間を元気に行き来しています。

 

「ねえ、漣。これはどうすんの」

 

「あー、これはねー」

 

朝からそんな会話が繰り返されていました。漣ちゃんと同じ衣装を着た七駆の皆は、さすがの連係プレーで準備に当たっています。

 

それに負けてはいられませんね。私と彼もまた、普段より少ない書類をテキパキと片づけていきました。一時間ほどがして、全ての書類が終わります。

 

「終わりましたし、会場の方覗いてきましょうか」

 

腕を伸ばして彼が言います。

 

「それじゃあ、私は着替えてきますね」

 

「・・・あ、漣ちゃんの作った衣装ですか」

 

「は、はい。そうです」

 

私はほんの少し熱くなった頬を誤魔化しながら答えます。

 

漣ちゃん、びっくりするほどに手先が器用で、去年は私と七駆の皆の分のクリスマス衣装を作ってくれていました。今年は基地全員分用意しようと張り切っていたみたいで、実は今朝方、それぞれの部屋の前に完成した衣装がサプライズで置かれていました。私と七駆の衣装も細かな装飾が変えられていたりと、実に手の込んだ仕事だったのですが・・・。

 

去年の思い出がよみがえります。今年も、衣装の基本デザインは変わっていないわけで。

 

衣装を着ること自体は嫌ではないのですが・・・。恥ずかしくないと言えば、嘘になります。

 

ですが。

 

「楽しみにしていますね」

 

そう言って、心底楽しみにしている彼の笑顔を見ると・・・やはり、そうですね。もう、ズルいですよ。

 

「ツリーの受け取りがお昼過ぎですので、その時にはまた手伝ってもらえますか?」

 

「はい、わかりました」

 

去年同様、彼は食堂に飾る用のもみの木を頼んでいました。その搬入を手伝う約束を残して、私は執務室を後にしました。

 

 

 

食堂では、部屋の装飾はもちろん、クリスマス会の料理の準備も進んでいます。担当してくれているのは、去年に引き続いて鳳翔さんです。料理の得意な助っ人は、大助かりでした。テキパキと下ごしらえを終わらせていきます。衣装に着替え、その上からエプロンを羽織った私も、そこに加わりました。

 

「ふふっ、なんだか懐かしいですね。こうして一緒に台所に立つなんて」

 

鳳翔さんが手を止めずに笑いかけました。去年もこうして、二人並んでクリスマス会の料理を準備したものです。

 

早いですね、あれからもう、一年になるのですか・・・。

 

「ええ。また鳳翔さんと料理ができて、嬉しいです」

 

「それは何よりです」

 

ニコニコという音が聞こえそうな、優しげで暖かな笑顔。そうですね、どこか―――彼に似たものを感じる笑顔ですね。一緒にいたい、安らぎを与えてくれる、そんな笑顔です。

 

「それにしても・・・」

 

私たち二人は、示し合わせたように横を向きました。私の右隣、そこに立つ淡い桃色のエプロンを付けた曙ちゃんは、包丁の手を止めて、私たちと目を合わせました。

 

「な、なによ」

 

曙ちゃんが用意しているのは、クリスマス会とは別の、これから食べる昼食です。実は去年、みんなして昼食の存在を忘れていたのです。もしも肉屋のおじさんの差し入れがなかったら、夜までお預けになるところでしたからね。

 

そういうわけで、曙ちゃんが昼食の準備をしています。そして―――

 

「曙、これはこんな感じでよかったのか?」

 

一緒に台所に立っているのは、なんと元帥その人でした。彼に借りたという前掛けをして、流しの前に立つ姿は、元帥の落ち着いた雰囲気も相まって、どこからどうみても子煩悩なお父さんです。

 

・・・本当に、何者なんでしょう、この方は?台所に立つ元帥・・・いえ、言われてみれば、彼もたまに私たちを手伝ってくれますし、提督にはそれほど珍しいことではないのでしょうか?

 

まあ、それは一旦置いておきましょう。

 

「お二人とも、仲がよろしいんですね」

 

私の抱いた直感的な感想を、鳳翔さんはいつもの笑顔のまま、柔らかな声音で言いました。

 

曙ちゃんの肩が、わかりやすく跳ね上がりました。

 

「な、なに言ってんのよ。それは、知り合いではあるけど・・・」

 

不思議そうに曙ちゃんを覗き込んでいた元帥さんと目が合った瞬間、カアっと頬が赤くなり、ふいとそっぽを向いてしまいました。それから何とかして厳しい目つきになると、必死に反論します。

 

「べ、別にそんな、仲いいって程じゃないわよ!!大体、二年も会ってないんだし!!」

 

「あら、そうですか」

 

「うぐぐ・・・!」

 

せっかくの弁明も鳳翔さんに笑顔で流されてしまい、何とも言えない―――漣ちゃんがいたら、間違いなく茶化そうとするほど可愛らしく、どこか艶やかな表情で、曙ちゃんは悶えていました。それを見た鳳翔さんもまた、優しく微笑みました。

 

「ちょっとあんた!手が止まってる!ちゃっちゃとやんなさいよ!!」

 

「ええ・・・」

 

理不尽に向けられた矛先に、元帥さんも苦笑気味です。ここまで乱れる曙ちゃんを見たのは初めてかもしれません。漣ちゃんたちとじゃれている時とは、また違った雰囲気ですね。ふふ、これはこれで可愛らしいと言いますか、微笑ましいです。

 

「哨戒終わりましたー」

 

「お疲れー」

 

曙ちゃんが黙々と作業を続ける中、哨戒に出ていた瑞鳳と朧ちゃん、潮ちゃんが戻ってきました。それに続くようにして、ひらひらとスカートを揺らしながら、漣ちゃんも食堂に顔を出します。

 

「あれ、提督は?ここにいると思ったから、そのまま報告しちゃおうと思ったんだけど」

 

鳳翔さんの出してくれたココアに口をつけながら、瑞鳳がきょろきょろと辺りを見回しました。

 

「商店街に行ったわよ。もうすぐ帰ると思うけれど」

 

「ふーん。商店街?」

 

「今日は商店街もクリスマス会だから、そっちに挨拶だけでも、って。青葉さんと一緒に」

 

「なるほど」

 

私の説明に納得したのか、瑞鳳は両手でカップを持ち、再びココアを啜ります。

 

「報告は口頭でいいって言ってたから、私から伝えておくわね」

 

「あ、じゃあお姉ちゃんにお願いするー」

 

そんな一幕の後、瑞鳳たちも着替えのために各自の部屋へと戻っていきました。それと入れ替わりにして、彼と青葉さんとは別に、商店街へ買い出しに行っていた海風ちゃんと江風ちゃんが、それぞれに買い物袋を腕から下げて帰ってきました。

 

「ただいま戻りました」

 

「お疲れさまです」

 

「師匠ー、水くれー」

 

「だから、師匠言うな」

 

二人の買い物袋には、夕食の材料や、部屋の飾りつけをする小物、その他漣ちゃんに頼まれていたものが入っています。二人は、手際よく食材を冷蔵庫に入れ、小物類を部屋の隅に集めています。

 

「あ、そうだ。肉屋のおっちゃんにフライドチキンもらったぜ」

 

そう言って、江風ちゃんが買い物袋を掲げます。

 

お肉屋さんには、今年もターキーを発注していましたが、どうやらそのおまけでくれたようです。それでも基地全員分となると結構な量です。なんだか、申し訳ないですね。その辺りのこともあって、彼は商店街へあいさつに行っています。

 

―――お礼を申し上げます。

 

今頃同じようにしているであろう彼に、私たち全員分の感謝が上乗せされるよう、私はしばらく目を閉じます。暖かな鶏肉の、温かな香りが、冬の昼間に漂っていました。

 

 

 

昼食は、全員で曙ちゃんの料理とできたてのフライドチキンを頂きました。そこから先は、クリスマス会の準備も大詰めです。

 

去年と同じように、搬入口から青々としたもみの木が入ります。事前に頼まれていた通り、私は彼と一緒に、業者さんから受け取りに行きました。目測三メートルのもみの木を台車に乗せて、食堂まで押していきます。

 

ふっと、風が吹きました。昨日より気温は高いのですが、さすがに風が吹くと鳥肌が立ってしまいますね。去年よりも布面積は増えていますが、漣ちゃん作のミニスカサンタの衣装は、コートを羽織っていても寒いです。

 

「大丈夫ですか、祥鳳さん?」

 

私の様子に気づいた彼が、殊更心配するように私に聞きました。

 

「風が吹くと、寒いですね」

 

「そうですね。早く、中に入りましょうか」

 

「はい」

 

そう言って、歩調を早めます。ですが搬入口は、基地の端に位置しており、庁舎の入り口までは遠いです。それにツリーの大きさの関係で、食堂に直接搬入するしかありませんので、大回りとなってしまいます。その間、風が吹くたびに、身を震わせる冷たさが背中を伝いました。

 

と、その時。私を伺いながら歩いていた彼が、ピタっと足を止めました。

 

どうしたのでしょう。私が疑問に思って、彼を呼ぼうとしたときです。

 

 

 

ぎゅっ。

 

 

 

・・・?

 

・・・・・。

 

・・・・・・・!?

 

何が起こったのかを理解するのに、一分近く掛かってしまいました。

 

私の背中に回った彼は、まったくの唐突に、ゆっくりと私の体を抱きしめました。震えていた私の肩を、凍える私の胸を、そっと包み込むように、彼の暖かな胸元へと引き寄せています。

 

ど、どどど、どういう状況ですかこれ!?心の準備が全くできていなかった私は、一気に茹で上がった意識を、必死に繋ぎ止めるので精一杯です。

 

「・・・あの、暖かいですか?」

 

耳元で囁いた彼の吐息がかかり、今にも頭が蕩けてしまいそうです。は、破壊力が・・・!!

 

「~~~っ!!」

 

もう、見えなくてもわかります。今の私の顔は、きっと耳の先まで、茹でだこのように真っ赤になっていることでしょう。というか、今の顔を誰かに見られたら、恥ずかしさで轟沈できる自信があります。リミッターが今にも吹き飛んでしまいそうです。

 

「・・・な、なんだか、これは恥ずかしいですね」

 

「て、提督がやられたんじゃないですか!」

 

「そうでしたね・・・」

 

そう言いつつも、しばらく彼の抱擁が続きました。体温が、鼓動が、愛情が、これ以上ないほどに私の心と体を温めてくれました。少し温めすぎたくらいです。

 

「あ、あの、ありがとうございます。暖かくなりました」

 

そして恥ずかしいです・・・。顔から火が出そう・・・。

 

「それなら、よかったです」

 

彼の腕の感触が離れていきます。振り返ると、軍帽の下の彼の顔も、真っ赤になっていました。

 

「い、急ぎましょうか」

 

「は、はい」

 

二人して、ぎこちない動きになります。不自然に周りを見やり、ふと思い出したように彼の方を見ると、

 

「・・・あ」

 

ばっちり目が合ってしまいました。慌てて目をそらし、もう一度伺うと、同じように視線がぶつかります。

 

私も彼も、思わず苦笑してしまいました。

 

彼と、通じ合ったような感覚。以心伝心、周波数がぴたりと一致したような、そんな子供っぽい喜び。

 

食堂までの短い時間は、幸せな寒さで満たされていました。

 

 

「かんぱーい!!」

 

「メリークリスマース!!」

 

陽もとっぷりと暮れた鹿屋基地の食堂“釣掛”に、十人の艦娘と二人の提督、そして妖精さんたちの音頭が響きました。今年も、年齢的にお酒を飲めない娘ばかりですから、各人の掲げるグラスには、お茶やジュースが注がれています。それらが控えめに鳴らされた後、半分近いグラスが一気に空になりました。

 

「ぷはー!」

 

「生き返るー」

 

まるで呑兵衛みたいな声を上げる漣ちゃんと江風ちゃんに、曙ちゃんが溜息をつき、海風ちゃんが苦笑しました。

 

食堂のテーブルには、私と鳳翔さん、そして途中から瑞鳳も加わって作った料理が並べられています。今日はパーティーですから、皆で楽しく取り分けられるよう、大皿に盛られています。

 

「潮、そっちのサラダ取って」

 

「ささ、元帥。オレンジジュースのお代わりをどうぞ」

 

「ターキー切るね」

 

一つのテーブルの上を、料理を取り分けてもらおうとする声が行き交います。それこそ、まるで家族が団欒しているような、当たり前でいつも通り、そして愛すべき時間。

 

「今年も賑やかでしたね」

 

向かいに座る彼が、感慨深げに呟くのもわかります。こうして一年、私はまた新しい年を過ごしました。変わらないようで、色々なことが移ろっていった年。思い起こせば、いくつもの季節が、鮮やかな思い出とくすぐったいほどの心と共にありました。

 

―――幸せを、ありがとう。

 

それは、サンタクロースにだってできないことだから。

 

“あなた”にしか、できなかったことだから。

 

「ええ。賑やかで・・・楽しかったです」

 

「同感です。祥鳳さんのおかげで、幸せな一年でした」

 

「も、もう。提督は」

 

そんなに真っ正面から言われると、照れてしまいます・・・。

 

「二人とも、相変わらずのようで何よりです」

 

そんな私たちを見て、鳳翔さんも静かに微笑んでいました。

 

「そういえば司令官、プレゼントはどうするんですか?」

 

テーブル中を回りながら、一通りシャッターを切っていた青葉さんが、ポテトサラダを切り崩しながら尋ねました。そういえば、執務室に大きめの荷物がありました。もしかして、あれのことでしょうか。

 

「ばれてましたか・・・」

 

「青葉に隠し事は利きませんよ」

 

「それもそうでした。もう少し後にと思ってます」

 

「りょーかいです。楽しみにしてます」

 

プレゼント、ですか。結局、選び損ねてしまったと言いますか・・・なかなか適当なものが見つからなくて、何も用意していませんでした。それは、他の皆も同じようで、駆逐艦の六人は、代わりに歌を歌うと言っていました。六人の愛らしいサンタが歌う様子を想像すると、今から頬が緩みそうです。

 

こほん。そういう訳で、私も何か代わりになるものがあるといいのですが・・・。

 

と、スープにスプーンを入れながら考えていると、横からちょいちょいと袖を引かれました。瑞鳳です。

 

「ねえ、お姉ちゃんは、プレゼント用意したの?」

 

瑞鳳も同じことを考えてたみたいです。姉妹同士、こういうところ似るのでしょうか。

 

「ちょっと難しくて・・・なにも用意してないの」

 

「うーん、そうだよね」

 

自作した、クリスマスとは雰囲気のかけ離れた―――しかし、よい彩りとなっている卵焼きを口に運びながら、瑞鳳も唸ります。

 

「瑞鳳は、何か欲しいものはある?私にできることなら、プレゼント代わりにしてあげる」

 

「ほんとに!?うーん、と・・・ね」

 

それは楽しそうに考え始めるものですから、私も自然と、柔らかい表情になりました。可愛い可愛い、私の妹です。それこそ、ぎゅっと抱きしめて、包み込んであげたいほどに。

 

「よしっ、決めた!」

 

柏手を打って大げさに言うものですから、「何々?」と、皆も瑞鳳のお願いごとに興味津々です。それから若干恥じらい気味に、ぽっと赤らめた頬を手で押さえながら、瑞鳳が口を開きました。

 

「お姉ちゃんに・・・ぎゅっとしてもらいたい」

 

・・・私が考えていたことと全く同じでした。若干の上目遣いで、瑞鳳がこちらを伺います。なんでしょう、この可愛い生き物は。

 

「そ、それでいいの?」

 

「うんっ」

 

とてもいい笑顔です。きっとどんな方でも、こんな可愛い眼差しに射竦められたら、心が蕩けてしまうことでしょう。

 

「なになに、祥ちゃんに抱きしめてもらえるの!?」

 

と、真っ先に漣ちゃんが食いついてきました。

 

「餌を見つけた秋刀魚か、あんたは」

 

曙ちゃんの突っ込みが入ります。それもお構いなしに、漣ちゃんは続けました。

 

「漣もしてもらいたいかな~」

 

「さ、漣ちゃんも?」

 

「いやー、祥ちゃんなら、ぼのちゃんと違って柔らかそうだイダダダッ!?」

 

素早く漣ちゃんを引き寄せた曙ちゃんが、端から見ててもきついのがわかるくらいに、漣ちゃんを抱きしめて―――いえ、締め付けていました。

 

「いいわよ、そんっなに抱きしめてほしいならあたしがやってあげるわよ?」

 

「イダイイダイ!ちょっと、ぼのちゃんギブギブ!」

 

「遠慮なんてあんたらしくないわよ」

 

曙ちゃんの目が据わってます・・・。でも、ちゃんとふざけているのがわかるような、そんな優しい口元をしているので、全員が二人のじゃれあいを苦笑して見守っていました。

 

「曙ちゃん、ストップストップ」

 

目元に涙まで浮かべて笑っていた潮ちゃんが、ようやく仲裁に入って、漣ちゃんは解放されます。ゼーゼーと肩で息をして、何か訴えたげに曙ちゃんを見ました。

 

「潮のも柔らかそう」

 

「ОK、言い残すことはそれだけね?」

 

再び、漣ちゃんが羽交い絞めにされてしまいました。

 

 

 

七駆と海風ちゃん、江風ちゃんによる歌の披露に、私たちが拍手を送ります。なぜか八百屋のおばちゃんに譲ってもらったというアコーディオンを弾いていたのは、恥ずかしげに照れている潮ちゃんでした。二週間の練習とは思えない出来栄えに、涙を流す妖精さんまでいます。

 

「いやー、キンチョーしたー」

 

そう言いながら席に戻ってきたのは江風ちゃんです。

 

「歌なンて初めてだぜー」

 

「でも、楽しかったわよね?」

 

「キシシ、ンまあねー」

 

海風ちゃんも笑います。それを見て、合唱を提案したらしい朧ちゃんは、満足気に頷きました。

 

「潮、あんたなかなかやるわね」

 

「えへへ、そうかな?」

 

「大したもんよ、二週間であんだけ弾けるようになるなんて」

 

曙ちゃんにべた褒めされた潮ちゃんは、リンゴのように真っ赤な頬を抑えて照れています。それを見た漣ちゃんが、自分も褒めてと期待の眼差しを向けていました。

 

「こっちもバッチリです!」

 

折角だからと、ビデオカメラを持ち出して撮影していた青葉さんが、撮った内容を確認して満面の笑みを浮かべます。そのデータ、是非とも私も欲しいです。

 

「相変わらず歌うまいな、七駆は」

 

元帥さんが言いました。

 

「そうなんですか?」

 

「呉では有名でな。着任歓迎会でよくお呼びがかかってた」

 

「なるほど」

 

二人の提督の会話に、曙ちゃんがそっぽを向きながら口を挟みます。

 

「な、何よ。そんなに褒めてもなにもでないわよ」

 

「今のは翻訳すると、照れるからやめてになります」

 

すぐさま曙語を翻訳した漣ちゃんが、ヘッドロックを極められました。

 

「それでは、次は自分の番ですね」

 

彼が言います。

 

「提督は、どんなものを?」

 

「どうせなら、皆で使えるものがいいと思いまして・・・」

 

私の問い掛けに、彼はたっぷりともったいつけるように時間を持たせて、イタズラっぽく答えました。

 

「炬燵にしてみました」

 

「炬燵!?」

 

江風ちゃんが体を前に乗り出します。

 

興味をそそられたのは、私も同じです。炬燵といえば、冬の代名詞。大人数で囲む布団付きの机にみかんを乗せて、足元を暖かくしながらゆっくりと過ごせれば、どれだけ幸せなことか。

 

もちろん、私たちには任務も執務もありますから、ずっと入っているわけにはいきませんけど、一日の終わりに、皆で仲良く炬燵に入れたら楽しそうです。

 

「ん?でも待ってくださいよ、さすがにこの人数は入らないんじゃないですか?」

 

青葉さんが首を傾げました。言われてみれば、元々は四人ぐらいしか入れませんよね。艦娘と提督、合わせて十人になる鹿屋基地には手狭な気がします・・・。一緒に夕食は難しいかもしれません。

 

「それなら、」

 

彼が改めて口を開いた瞬間、私の腕が、強く引っ張られました。

 

「お姉ちゃんの隣は、わたしなんだからねっ」

 

・・・ん?

 

瑞鳳でした。どういう意味でしょう。

 

「なるほど、司令官も策士ですねえ」

 

瑞鳳の言わんとしたことを察したのか、青葉さんもニヨニヨと笑っています。でも私には、まだよくわかりません。

 

一体、なんのことでしょうか・・・。

 

「えっと・・・なんのことですか?」

 

困惑気味に首を傾げる彼に、青葉さんがさも可笑しそうに解説を始めました。

 

「炬燵マジックですよ」

 

「炬燵マジック?」

 

「四人しか入れない炬燵。後から来たために空いてない隙間。“仕方がないので”気になるあの娘と同じ位置に入れてもらう・・・。そのままイチャラブです」

 

「い、イチャラブ!?」

 

自信満々に解説した青葉さんが、グッと親指を立てます。やっぱり、下らない事を考えてました・・・。

 

・・・でも。私も、イチャラブしたいです。

 

「瑞鳳ちゃんはそれを心配してるんだよねー?」

 

「そうそう、そうゆうこと」

 

瑞鳳が大げさに頷きます。

 

「その辺り、どーなんでしょーか、司令官?」

 

「あははは・・・。えっと、一応大きいサイズのものにしましたので、十人なら問題なく入れると思います」

 

「と、おっしゃっておりますが、どうですか瑞鳳さん?」

 

「それならよし!」

 

彼も私も苦笑してしまいます。他には鳳翔さんが、意味ありげに曙ちゃんを見つめていました。

 

「・・・あの、堂々としていれば炬燵でイチャラブはいいんですか?」

 

「・・・司令官にできるんですか?」

 

「・・・無理です」

 

がっくりとうなだれた彼が可愛らしくて、私は声を殺して笑いました。

 

こうして、鹿屋基地に炬燵がやってきました。

 

 

 

クリスマスパーティーの片付けも終わり、夜の静けさが訪れる鹿屋基地。最後になってしまいましたが、鳳翔さんとお風呂に入った私は、ほかほかと湯気を立てる体に心地よい冷たさを感じながら、廊下を歩いています。

 

「お二人が幸せそうでなによりです」

 

浴衣を着込む鳳翔さんが、まるでお母さんのように微笑みました。お風呂場で、今まであったこと―――主に私と彼のことを話していたゆえでしょう。彼女の言葉に、私も笑って答えます。

 

「色々あるかとは思いますが、陰ながら、応援しています」

 

「ありがとうございます。鳳翔さんが応援してくれるなら、これほど心強いこともありませんから」

 

「あら。そう言っていただけると、嬉しいです」

 

お風呂上がりで上気した頬が色っぽく緩みました。全てを包み込んでくれるような、包容力、安心感、そんな笑顔が、いつか私にもできるように。

 

それぞれの部屋への途中、食堂の前を見ると、そこから薄い光が漏れています。そして、そこを覗き込む怪しい人影・・・。

 

えっと・・・どう見ても青葉さんですよね。声を掛けていくべきでしょうか。

 

鳳翔さんと目配せをして、ゆっくり青葉さんに近づいていきます。私たちの気配に気づいたのか、食堂を覗き込んでいた青葉さんが、こちらを振り向いて、人差し指を唇に添えました。静かに、ということでしょうか。

 

「どうかしたんですか?」

 

小声になって、私は尋ねます。青葉さんが小さく頷いて、食堂の中を指差しました。それに従って、私と鳳翔さんも中を覗き込みます。

 

「あれは・・・」

 

食堂の中、真ん中に置かれたテーブルには、湯気を立てるココアを二つ従えて、曙ちゃんと元帥さんが座っていました。向かい合う形ですので、曙ちゃんの表情しか窺い知ることはできません。その表情は、今までにないほど幸福と満足感を伴っていて、でもどこか、取り除きようのない影を孕んでいました。

 

やはり、お二人の間には、何かがあったのでしょうか。青葉さんもその辺り、気になって覗き込んでいたのでしょう。

 

曙ちゃんが笑います。容姿に似合わない、大人っぽく艶かしい表情の口元を拳で隠し、肩を揺らしました。

 

「・・・行きましょうか」

 

私たちは、食堂を覗くのをやめ、歩調も緩やかに歩き出しました。

 

「・・・鳳翔さんは、二人のこと何かご存じなんですか?」

 

髪をまとめずに流している青葉さんが訪ねます。鳳翔さんは寂しげに目を細めて首を横に振りました。

 

「すみません、私も詳しくは・・・。私が着任した時から、ずっと仲の良いお二人だったのですが」

 

「呉の時、ってことですか?」

 

「ええ、その通りです」

 

その頃、何かがあったということでしょうか。

 

二人の間に漂う、独特の雰囲気。触れられない過去。

 

今の曙ちゃんには、あの戦争だけではない、呉にいたときの記憶も、生きているのかもしれません。

 

「・・・元帥は、もうすぐ退役なんです」

 

ぽつんと呟いた鳳翔さんが、静かに続けます。

 

「私は、お二人の間に何があったのかを知りません。でも、多分元帥は、退役前に曙ちゃんとのことに決着をつけたかったのだと思います」

 

「それじゃあ・・・」

 

―――元帥さんは、お別れをしに・・・。

 

「・・・曙ちゃんも、その辺りわかってるんでしょうねえ」

 

鳳翔さんに同調して、青葉さんも小さく言いました。

 

静かな海が、窓の外に広がっています。埠頭の向こうに見える波間は夜空のきらめきを反射して幻想的に瞬きます。私たちの間に漂う静けさも、その景色の中へと溶け込んでいきました。

 

「それでは、ここまでで。お休みなさい」

 

鳳翔さんと青葉さんの部屋の前に辿り着き、あいさつを交わします。私が歩き出すと、後ろからゆっくり扉の閉まる音が二つ、仲良く聞こえてきました。

 

ぱた、ぱた。私の足音が、寝静まった廊下に木霊します。ふとその先に、明かりの漏れている部屋を見つけます。彼の私室です。

 

そっとその前に立った私は、一瞬迷ったあと、その扉をノックしました。

 

「はーい?」

 

中から、返事と共に彼が顔を覗かせます。私を認めた後、わずかに目を見開いて、頬を緩めました。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、ちょっと・・・提督の顔が見たくなって」

 

暖かく漏れる部屋の明かりを見たとき、どうしても彼の顔を、見たくなってしまいました。

 

しばらく黙って、お互いを見つめます。彼の優しい目が、私の顔を捉えています。その瞳に、彼よりもいくらか低い位置の私が映り込んでいました。

 

「・・・あ、そうだ提督」

 

このままそれぞれの部屋に戻るのは忍びなく、私はパーティー時から思っていたことを口にします。

 

「あの・・・私、」

 

ほんのちょっぴり、大胆に。

 

「提督にプレゼントがあるんです」

 

彼が殊更嬉しそうに、表情を輝かせました。

 

「ほ、ほんとですか」

 

「はい。大したものじゃないんですけど・・・」

 

「そんな、まったく。祥鳳さんにもらえるだけで、とっても嬉しいです」

 

そ、そうですか。そんなにきらきらとした目で見つめられると、こちらも照れてしまいます。頬が、お風呂とは関係なく上気してきました。

 

「それじゃあ、あの・・・ど、どうぞ、受け取ってください」

 

その言葉と共に。

 

私の目線よりも少し低い彼の襟下をつまむように引き寄せ、逆に私はわずかに踵を上げて、彼に顔を近づけます。お互いの吐息がわかる距離。私はそっと目を閉じます。

 

「祥鳳さ・・・っ!」

 

私を呼ぼうとしたその口を、私の唇で塞ぎます。ゆっくりと、お互いの熱が交わるように。触れた柔らかな唇同士が、ほんのりとした熱さに満ちていきます。ぎこちなかった彼も次第に力を抜いて、優しく私に寄り添ってくれます。

 

どれくらいがたったでしょうか。一分、二分、それ以上の間だったような気がしましたけど、実際にはほんの十秒程度だったのかもしれません。爪先の力を抜いて、私は浮かしていた踵を元のように戻しました。

 

―――さっきの仕返しです。

 

それこそ、ボイラーの高圧蒸気みたいに熱くなった頬を誤魔化すように、彼の表情を覗いて微笑します。

 

「あの・・・ぷ、プレゼント、私ではダメですか?」

 

未だによく状況が飲み込めていない様子の彼が、さらに目を見開きました。

 

私は、元来恥ずかしがり屋です。ですからいつも、彼や皆に振り回されてばかり。彼の優しさ、愛しさに触れては、頬を赤らめることしかできませんでした。

 

でも、私だって。

 

私だって、彼に伝えたい。私の中にある、このどうしようもなく愛しい、大切な想いを。

 

不器用で言葉を知らない私は、今宵ぐらい勇気を出して、彼に伝わるように。

 

あなたへの、愛しさが。

 

「・・・これは、一本取られました」

 

私の言葉を受けた彼が、恥ずかしげに頬を掻きます。きっと、そんな彼と同じような色をしているであろう自分の表情のことは、この際全て頭の隅に追いやりました。

 

「はい」

 

私も、できるだけ幸せが伝わるように、笑みを浮かべます。

 

「でも、」

 

次の瞬間、彼の若々しさに満ち溢れた腕が、私の腰を抱きすくめ、ぐいっと力強く引き寄せました。突然の出来事に、私の体は重量を失って為されるがまま、踵が再び床から離れます。

 

「きゃっ」

 

思わぬ出来事に、私は小さな悲鳴を上げました。

 

二人の額がピタリとくっつきます。辛うじて、唇が届かない距離。微笑みを湛えた彼は、熱を孕んだ声で囁きました。

 

「二本目は、取らせません」

 

吹き掛かった吐息に、背筋を電撃が走り抜けます。

 

「ん・・・っ!」

 

二度目の口づけは、彼から。今度はゆっくりと長い接吻だとわかるくらいに。背中にまわった彼の腕が、心地よい温かさを伴って私を包み込みます。

 

柔らかな感触。唇を通して、彼の想いが伝わってくるような感覚。込み上げてくる、私の中の大切な感情。

 

漏れ出る光が浸透する漆黒の中、私と彼はたっぷりと時間をもって、お互いの存在を、感情を、想いを確認しました。

 

やがて、私たちはどちらからともなく、唇を離します。名残惜しげな吐息が、私の口から漏れました。

 

「・・・眠れなくなりそうです」

 

苦笑する彼に、私も笑みをもって頷きます。体の火照りは、お風呂上がりのせいと誤魔化しました。

 

「愛してます、提督」

 

「自分もです」

 

「・・・提督も、ちゃんと言ってくれないと嫌です」

 

「それもそうですね」

 

彼は改まったように咳払いを一つ。それから、慈しみと優しさ、愛しさ、そして何よりも―――目一杯幸せに満ちた笑顔で。

 

 

 

「大好きです、祥鳳さん。自分も、あなたを愛しています」

 

 

 

クリスマスが、今年もゆっくりと更けていきます。




だれだよ、こんなに砂糖入れまくったの!←ブーメラン

ベタ甘もいいところじゃないか、まったくだれだよこんなSS書いたの!←ブーメラン

とっても幸せな気分になったのと、とっても壁をぶち抜きたい衝動に駆られたのと、今年はそんなクリスマスでした(血涙)

でも、最高に楽しんでかけたので、皆さんにも楽しく読んでいただけたらと

そしてここまで読み切ったあなたは、猛者です

それでは、しばらく会わないかと思いますが

メリークリスマス

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