「とまあ、そんな前半だ」
「というか、そんな幼少期を送っていたのねアンタ」
「ま、別に親がいようがいまいが、ある程度成長したら生きてはいけるってことさ。こちとら、生きるのに必死だったしな」
「あれ? ノエルさんがあんな感じになったのはどうしてなのかな。聞いた感じじゃ、再会してゴールインか。幼馴染みが他の男と結ばれていましたって感じのパターンだけど」
「後者はあり得た未来かもしれないが、感じのアイツは鈍感系主人公の女性バージョンみたいなもんだよ。好意を向けられてもそれは友情しかわかんねーみたいだったし」
「そうなんだ」
雷斗はコーヒーを入れ直して再び座る。すると今度は桃子がカウンターから出てきた。
「ふー、スッキリしたわー♪」
「桃子さん。頬に赤いのが」
「あらやだ。ケチャップがこんなところに」
(ケチャップってあんなに液体化してたっけ?)
人はそれを返り血という。ナチュラルにスルーするメンバーはもはや異常なのだが、なのはがこうなって以降、バイオレンスなことがバッチコイになってしまった。
そんな桃子がなのは達が恋ばなをしていると勘違いしたのか座り込む。
「ねーねー。誰の話かしら? 誰の恋ばななのかしら?」
「雷斗くんのラブストーリー」
「ちげーよ。俺の前世の話だっての」
「あらあら。雷斗くんの恋ばななのねー♪」
「ちげーって言ってるだろ」
「それよりもノエルさんがああなった理由はなんでなのかまだわからないんだけど」
すずかの問いにうっかり忘れていた雷斗は改めて考え込む。腕を組んで唸っていると、何かを思い出したのか手をポンッと叩く。
「奴隷として売られたからかな?」
「予想外に重い内容!?」
「いやそれしかねーもん。アイツ、お前らが思った以上に女性の尊厳踏みにじられて世界を憎むくらいに歪みきってるから」
「そう聞くとノエルさんがそれのせいで狂ったようにしか思えないね」
「狂ってるよアイツは。まあ、今のように変態行為を積極的にやるようなヤツじゃなかったけど」
雷斗はしみじみに思い出しながら続きを話し始める。
ノエルの村が盗賊によって滅ぼされたのを聞いたのは彼が、『神器』の力をマスターした後だった。
帰郷した故郷は廃村となっており、焼けた家々が被害がどれほどだったのか嫌でも理解できた。
肝心のノエルはどうなったのか不明。死んだのかはたまた奴隷として売られたかの二択しかない。
雷斗は彼女の遺体――または彼女の行方を捜しに旅を出た。長き旅、様々な人と出会いと別れ、時には『変人』と呼ばれる錬金術師と出会ってコンビを組んだこともあった。
まぁ、その人物とは『新しい未知』に心引かれたため別れ、また一人で旅することとなる。
そんなときだ。ある噂が酒場で流れていた。
「『混沌をもたらす女』が現れた」
「今度の被害者はどこかの貴族だ」
「色欲まみれの貴族だったが、あんな無惨に殺されるなんて」
「この間の大盗賊団も無惨に殺されていたな」
「いや、その前の遠い貴族領地がゾンビだらけの地になっていたぞ」
「ここに現れるのかねー。くわばらくわばら」
と呟く声に耳を傾ける雷斗は、その女の特徴を聞いて目を丸くする。
女はエメラルドヘアーの髪をまとめたロング。
花柄のヘアピンをしている。
間違いないノエルだ。彼女は生きていた。……凶悪犯罪者として。
彼女をそうさせてしまったのはなんなのかはだいたい予想できる。ノエルは奴隷として売られて、ひどい目にあっていた。
その末に彼女は狂ったのだろう。
雷斗はそう考え、カップにあるコーヒーを飲み干した。そしてカウンターから出てきた女性に話しかける。
「『混沌の女』の情報を売ってくれ」
「はーい♪」
茶髪の女性は情報屋だ。そう、名前は『モモーコ=タカマーチ』という――――
「ちょい待ちぃ! なんか聞いたことある名前やで!」
「んだよ。今から鮮烈なものが始まるときに。つーか、桃子さんじゃねーぞ。『モモーコ=タカマーチ』だ。既婚者だ」
「ぐ、偶然だよね? お母さんとおんなじ名前なのは偶然だよね」
「当たり前だろ高町なのは。ちなみに夫の名前は『シローウ=タカマーチ』だ」
「絶対高町夫妻やん! 名前からしても、容姿からしても高町夫妻やんか!」
「知るか。いいから続けるぞ」
「ね、ねぇ。お母さんじゃないよね?」
「あらあら。当たり前じゃない。昔の雷斗くんの言ってる『モモーコ』さんは私じゃないわー♪」
「そ、そうだよね! そうだよきっと!」
「ええ。それにしても金髪の子が雷斗くんだったのねー♪」
「……俺が金髪だったのなぜ知ってるんだアンタ」
「乙女の秘密❤」
朗らかに微笑む桃子に雷斗は気にしないことにした。秘密のある女は綺麗になるものだと自分で誤魔化すことにした。
さて、話を続けよう。情報屋から買った情報を元に、ノエルが現れる場所へ彼は向かった。
ノエルに会うことだけがライトの願いだ。もう一度会って、彼女とやり直したい。
あの頃のような関係に戻りたい。そんな小さく儚い願いで、彼はノエルと再会を果たした。
そう、再会した――――現在進行形で、首だけの貴族らしき男の頭を掴みあげた姿で。
「やあ、ライト♪ 久しぶりかな」
ライトに血に染まった笑顔を向ける。それはなんとも歪で不快感を与える笑みだ。
常人がこの場にいたら間違いなく吐いていた現場がほこにはあった。
魚のように目玉が飛び出し、腕や足は原型がないほど歪んでいる。近衛兵らしい男達もまた肋骨をそのままえぐりだされたかのように、身体に大きな穴を開けていたり、骨が剥き出しのまま驚愕したまま亡くなった者もいた。
「スゴいでしょ? これはみーんなみーんなワタシがしたんだよ?」
キャハハハと笑うノエルに、ライトは絶句とはいかないものの呆然としていた。
彼女は狂った。ライトの予想通り狂っていた。
しかし、こうも猟奇的になるほど歪んでいたとは思わなかった。彼女にとって殺された貴族は、彼女を奴隷とした男ではなかったはずだ。
その男は既にノエルの手で殺されていた。にも関わらず、ノエルの快楽殺人は止まっていなかった。
より一層ひどくなっている。
常軌を逸している彼女にライトは絶句するしかなかった。
「なぜそいつらを殺った?」
「なんか正義のためーだとか言っていきなり襲いかかってきたんだよ。馬鹿だよねー。今の今まで人を殺してきても捕まらなかった人間を、捕まえるとかほざくなんてー♪」
ノエルは首を捨てるとそれは空間の渦によって潰された。ライトはノエルから離れ、距離をとってからジャックナイフを構えた。
「あれれ? どうしたのー? そんな険しい顔をして」
「……お前。復讐を果たしてなお、人を殺していたのか?」
「まあねー。復讐はちゃんと果たした。報いを受けさせた」
「けれど、」と続けるノエル。
「ワタシは何も満たされていない。むしろ渇いて渇いて、より一層何かを求めている自分がいる」
それを満たすために彼女は殺人鬼になった。そうすれば何かわかるかもしれない。
復讐することで得た殺人の愉しさが自分を満たすものではないかと考えたのだ。
「でもやっぱりどんなに殺しても、ワタシは満たされなかった」
「だろうな……。お前の殺しには目的や理由がねーから」
「目的? 理由? そんなもの必要なの?」
「当たり前だろ。殺人なんて、常人からしたら猟奇だが、同属からしたら息をするようなものだ」
生き甲斐を得たい。
生きてる意味を実感したい。
そんな理由で殺人鬼になる人間達と戦ってきたことがある。ゆえにライトは、ノエルの快楽殺人は不完全な成り立ちになっていると理解していた。
「お前は不完全以前の快楽殺人鬼だよ。快楽のために人を殺すんじゃなくて、
ライトの言葉にノエルはジッと彼を見据えて、黙り込む。一理あると思ったのだろう。彼女の渇いたものを満たすために、殺人という手段をとったに過ぎない。
別にこの世全ての人間に対して、復讐したいわけでない。幸せそうに生きている人間に腹立たしかったことがあったが、それでも殺したいという気持ちはなかった。
無差別に人を殺していたのは、自身が何を求めていたのか知りたいからだ。それさあ解ればそんな手段はもう必要ない。
「ノエル。お前はいったい何を求めている。それが解れば俺は協力してやる」
「……おかしなことを言うね。ワタシはもう、身体も心もドロドロに汚れている女だよ。そんな危ない女と一緒にいようと考えるなんて」
「関係ねーよ。こちとらそんな女とコンビを組んでいた時期あったっての」
ああ、そうか。ノエルはこのとき理解した。
自身が求めていたものは何か……。
ライトだ。ライトのことをいつも考えていた。
盗賊達に弄ばれ、奴隷として売られ、そして欲望の捌け口にされ続けてなおも生きようと考えていたのは彼を想っていたから。
擦りきれた心と壊れた身体であっても、彼のことを考えていたから生きようと思えたのだ。
ノエルは初めて自分が求めていたものを理解した。そしてその渇きを満たすためには。
「あは……あはははははははははははは!!」
「……!」
狂った笑い声をあげれば、ライトはノエルを警戒する。先ほどは静かで落ち着いていた雰囲気だったが、今は再会したときと同じような目をしていた。暗く濁った瞳をライトを写したノエルは、チャクラムを取りだす。
「そうだ。そうじゃないか! ワタシはライトを求めていた。キミを求めていた! だから欲しい。その身体も、心も、命の何もかも!!」
ノエルの狂喜に、ライトの冷や汗は止まらない。周囲が歪み始め、そしてグニャグニャしていた。ノエルが何をしたのかライトはわからないが、おそらくこの空間は遮断されたと考えた。
「さあ、
狂気に染まった狂喜。
狂喜に満ちた凶器。
凶器を向ける狂気。
「という感じで終了」
「えぇ!? ここで!?」
びっくり仰天。すずかはどこぞの打ち切りエンドのような終わり方に納得できずにいた。それはすずかだけでなく、他の女子も同じ心境だ。
「続きは! 続きは!?」
「ねーよ。少年ライトの物語はこれでしめーだ。つーか、今から忙しくなる時間帯だからここまでだっての」
「そんなぁ!」
「横暴だ!」
「このロリコ「死ね高町なのは」いだだだだだだ! 調子のってすみませんでしたぁ!!」
なのはにアイアンクローをしている雷斗を見ながら、「でも、」とすずかは思う。
(『少年ライト』のお話は終わったってことは、『何かのライト』がそこから始まったってこと?)
すずかの推測は、答えのないまま時間は過ぎていく。
一方、アイアンクローしながら雷斗はあのときを思い出していた。
ライトとノエルの戦いはワンサイドゲームだった。
唐突の巨大な岩の落石。
偽ノエル達集団リンチ。
そして仕舞いには、生きながら心臓を引き抜かれることとなった。
心臓をえぐりだされてなおも生きていられたのは、『神器』による活性化とコンビを組んでいた少女の霊薬で身体が修復されたからだ。
それでもなお、死にたいだったライトは遂に膝についた。
「へぇ、まだ生きているんだ。スゴいよ、ライト。やっぱりライトはスゴい!」
「……うっせー。この怪物。ノータイムで質量攻撃してくるとか反則だろ」
「あっは☆ それがワタシだからさ!」
ノエルが再び接近。ライトはノエルのチャクラムを避ける余力はもはやなかった。なので、
ズシャ!!
身体で受け止める。深く突き刺さったチャクラムを逃がさないようにしっかり掴む。ノエルはハッと気づいたときにはライトは既に行動していた。
「……そんな殺したいなら、殺られてやる。ただし」
バチチチチチチ!!と身体から溢れんばかりの電撃を出しながら、
「テメェも死ね。一緒に死んでやるから終われ!!」
自爆覚悟の大放電。身体が焼け、ビリビリと痙攣するレベルの電流が両者に流れた。
放電が終わるとライトの身体は一部炭化していた。崩れ落ちて、朦朧とする意識の中でノエルを見ていた。
彼女は立っていた。しかし、ライトのように炭化はなく、衣服が焼けて白い肌が露になっただけだった。
「スゴくビリビリしたー……。自爆覚悟でやるとは思わなかったなー」
どう足掻いても届かなかった。ノエルには勝てるはずがなかった。
ライトは悔しそうに力なく歯を噛み締め、そして残念そうに視線を向けて目を閉じる。
(……やっぱり、ノエルにはかなわないなぁ)
ライトの意識はそこで途切れた。そしてノエルはそんな彼の身体を揺すっていた。
「ライト。立ってよ」
「…………」
「いつものように立ってよ。そしたらまた殺り合おうよ」
「…………」
「ライト。このままだと死ぬよ。いいの? 死んじゃうだよ?」
「…………」
ライトは答えない。答えないライトにノエルの眼から雫が零れ落ちる。
「あれ……なん、で?」
涙などもう出ないはずだ。もう自分にはそんな人間らしく泣けるはずがなかったはずだ。
なのに、どうして、こんなにも――――クルシイノダ?
「あ、そっか……」
やっと思い出した。ノエルがライトに何を求めていたのか。
殺し合いじゃない。
そんな物騒なやり取りなんて最初から求めていなかった。
ただ、ずっと側にいてほしかっただけだった。
「ワタシって……ホント馬鹿」
思い出したときには、ライトは傷つき事切れようとしていた。もう、自分が彼の側にいる資格なんてないじゃないか。
「ライト。ごめんね……せめて。せめてその身体をもとに戻してあげるから。だから……」
――――さよなら
そう呟いたときノエルの姿はなく、そしてライトの身体は彼女と再会したときと変わらぬ姿となっていた。
目を開けたライトはなぜかノエルの最後の言葉だけ耳に聞こえていた。
彼女はこれからどうしていくのか。そしてどうなっていくつもりなのか、わからない。
彼は起き上がり、呟いた。
「……逃がすかよ。テメェみたいな傍迷惑な女を野放しにできるかよ」
ライトの旅は続く。その果てに彼女と再び出会えたのかどうかは既にわかりきっていることだが、そのとき彼が彼女をどうやって説得したのかは彼と彼女の秘密である。
――――少年ライトの話は終わり、『閃光のライト』の話が始まった
鈍感系主人公: 客観からすれば天然の最低なキャラ。同時に哀れなキャラ。鈍感キャラってある意味かわいそう末路が待っているパターンがあるよね……
ケチャップ: け、ケチャップだよ? 決して血痕じゃないよ?
モモーコ=タカマーチ: 高町桃子じゃない。うん、高町桃子じゃないよ?(目逸らし)シローウ=タカマーチは高町士郎じゃない(断言)
高町桃子: モモーコの話なると含み笑いを……。裏設定に異世界の記憶があると明記されていたので……? ということは桃子さんの実年齢は異世界のと合わせてばばあ――あ、ちょ、待って。わるかっ――(撲殺)
ノエル: この作品で一番の悲劇のヒロイン(雷斗のヒロインだけど)。世界に対しての憎悪をし、復讐に躍起になっていたが、それ果たしてから彼女は何かに飢え、渇いていた。彼女がもっとも求めていたのはライトの言う通り『こんな自分を受け入れてくれる人』だったが、たくさんの猟奇的な殺人を繰り返したことで愛し方を忘れ、ライトに牙を向けてしまった。……そして、失って初めて彼に対する『愛』に気づき、ライトの幸せを望みながら彼女は誰にも姿を見せないように隠れて暮らすようになった
ライト: ノエルに殺されてから彼女の力で生き返り、彼女を捜す旅を続ける。狂っていても、彼は彼女を『愛』し、裏切らないことを誓いながら旅を続けていた
前世のライトとノエル: 文字通り悲劇のお話。結局のところ、彼はあの日あの場所で彼女に告白し、一緒にいさえすれば、普通に幸せな毎日が待っていたかもしれない。
このお話でわかることは、『後悔するようなことをしてはいけない』ということだと思います