A memory for 42days   作:ラコ

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深い眠りは秘密とともに

 

仕事の疲れをお風呂で癒し、いつもの部屋で髪を乾かしながら小説を捲る。

忘れられたこの本は、今だに持ち主が迎えに来ない。

きっと捨てられちゃったんだね。

かわいそう本。

 

私は主人公の青年が気になり、最初のページから本を読み直している。

1ページ1ページ、繊細な書き込みが私をのめり込ませた。

作者の名前は十文字 三雲。

どうやら新人作家で、この小説が処女作らしい。

 

 

『あなたって、本当に意気地が無いのね。だったらこうしましょう。お互いに、秘密を一つ打ち明けたら、お願いを一つ叶えられる』

 

『え?どうゆうこと?』

 

『私とあなた、隠し事のない信頼関係を築きましょうってこと。でも、ただ秘密を話すのではつまらないから、秘密と同時にお願いも叶えられる。そうすればイーブンでしょ?』

 

『……わかったよ』

 

『でも、エッチなお願いはだめだからね?』

 

 

……なるほど。

十文字先生は面白い事を思いつくものだ。

先輩にたくさん隠し事をしている私にはうってつけのアイディアじゃないの。

 

私は乾きかけの髪をそのままにし、1階のお店に居るであろう先輩の所へ向かった。

 

 

「先輩!私の秘密を打ち明けますので今夜は添い寝してください!」

 

「……。寝ぼけてるの?」

 

「寝ぼけてないですよー。さぁさぁ、こっちに座ってお話しましょう」

 

「ちょ、おまっ」

 

 

私は先輩の腕を引っ張りカウンター席に座らせる。

どうせなら少しだけ雰囲気も良くしたいと思い、棚に仕舞われていたワインとグラスを用意した。

閉店した店内にはもちろん私と先輩だけ。

いつもは流れているクラシックのBGMも消えている。

 

 

「このワインって先輩の趣味ですか?」

 

「あ?ちげえよ。それは貰ったやつだ」

 

「へぇ、高級そう」

 

 

コルクを抜き、2人のグラスに注ぎ入れると、私はグラスを手に持ち先輩の方へ傾ける。

渋々ながらグラスを手にした先輩と、私のグラスが小粋な音をたて、それが店内に鳴り響くように反響した。

 

 

「…うん。おいし。それでさっきの話ですけど」

 

「……あぁ」

 

「そろそろ、私の事を先輩に知ってもらわなきゃと思うんです」

 

「まぁ、名前くらいしか知らんからな」

 

「いやいや、流石にもっと知ってるでしょ」

 

「って言われてもなぁ……」

 

「もう……。でも、私は先輩のことをいっぱい知ってるつもりです。もっともっと知りたいです」

 

 

もっとよく知りたい。

先輩とお別れしてしまったあの時から今までの6年間のことを。

 

喫茶店のことも。

 

あの2人のことも。

 

そして、私の事をもっと知ってもらいたい。

 

 

「私、前の会社で上司にセクハラを受けていました」

 

 

私の悲惨な過去。

誰にも言わずに溜め込んだ負の遺産。

たとえ親であろうと絶対に打ち明けなかった秘事が、先輩の前では栓の抜けたジュースのように零れ出す。

 

先輩はワインを一口舐め、グラスを置く。

 

変わらぬ態度がありがたい。

 

弱った心に漬け込む男性には辟易とするからだ。

 

 

「少し、媚すぎたんだと思います。好かれよう好かれようとして……、そしたら相手も調子に乗っちゃって」

 

「……」

 

 

私の隠し事の一つ。

こんなの序の口なんだから。

 

先輩、こんな重たい女でごめんなさい。

 

あなたはきっと、私の過去も背負おうとしてくれる。

 

いや、絶対に背負おってしまう。

 

優しい人だから。

 

 

「さぁ、秘密を一つ打ち明けました。願いも一つ聞いてもらいますよ?」

 

「そのルールは始めて聞いたんだが……」

 

「へへ、どうしようかなぁ…。……、じゃぁ、力一杯抱きしめてください」

 

「えー、……、なにその合コンみたいなノリ。王様ゲームとかリア充だけでやってろよ」

 

「ちゃんと目を見て抱きしめてください。離さないように、逃がさないように。私を守るように」

 

 

酔いが口を軽くする。

ここまで言う気はなかったのに、ただ触れてもらえればよかっただけなのに。

どうしても本心が溢れ出てしまう。

 

嫌そうな顔をする先輩を見ながら、私は先輩の胸に抱きついた。

 

照れてる顔は可愛らしい。

 

厚い胸板は男らしい。

 

コーヒーの匂いが染み付く先輩の胸で、私はいつしか眠りに落ちていた。

 

 

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