店内に伸びた日の光を踏みながら、心地の良い空間で踊るように舞う小さな花びらを手に拾う。
どこから入って来たのだろう。
揺れに揺れて、風に乗る。
そうして落ちた先がこの喫茶店だったのか。
幸せな花びらだ。
私と同じ。
「先輩、もう直ぐ春ですね」
「あ?……まぁ、暦上は初春だな」
「ぶー。相変わらずツンデレなんだから」
「は?」
「暖かくなってきましたので、約束通りにアザレアを飾りましょう」
「……。そんな約束したか?」
遠い昔に交わした約束。
時間が濃密過ぎて、あまりに濃すぎて。
ほんの数日前の出来事なのに。
私はそっと、先輩の腕に私の腕を絡める。
ふわっと、頬をなぞった風には先輩の香りが混じっていたようだ。
ほのかに感じる先輩の暖かさや脈打つ鼓動が私と同期したみたい。
「お出掛けしましょう。店内が寂しくならないように」
「……十分騒がしいと思うがな」
「ふふ。お花に誘われて、大切な人達が戻ってくるかも」
「……。おまえ、何を…」
いぶしげに私を見つめる先輩から逃れるように、私は絡めた腕を引っ張り先輩の懐に抱きついた。
「んー!良い香り!暖かいです!!」
「……」
「……さぁ、着替えてきましょう。買い物に……、お店に飾るお花を買いに行きますよ!!」
.
…
……
………
…………
「ほぅ。ハクモクレン……。雪ノ下先輩みたいな花ですね」
「白いだけだろ。それならこれは由比ヶ浜か?」
「ハナモモ?先輩も単純じゃないですか」
お花に囲まれた店内からは、喫茶店とは違って甘く酸っぱい香りが漂っていた。
右を見ても左を見ても花、花、花。
先輩は興味なさ気に店内を一通り眺めながら私の後を付いて来る。
「あまり客居ない。……不況の煽りか」
「ウチよりは入ってますよ、お客さん」
「ウチはほら、静けさが売りだから」
「だから雰囲気だけでも明るくするためにお花を買いましょう」
「はぁ、猫といい花といい。おまえがちゃんと世話しろよ?」
値札を見ながら先輩は呟く。
その言葉は私の胸を刺すかのように、お腹に溜まった空気が抜かれるように、声にならない声を絞り出すことが精一杯だった。
「だめですよ。これからは先輩が……、しっかりお世話していかないと」
「あ?何か言ったか?」
「……。いえ、何も。……っ、あ、アザレア、アザレアありますよって言ったんです!」
ーーーー。
少し長居し過ぎたようで、来た時には高かった日も今では辺りを赤く染めながら沈みかけていた。
長く伸びた影は幸せそうに。
繋がれた手には、先ほど購入したアザレアがぶら下がっている。
「いい買い物をしましたね!」
「……花って意外に高いんだな」
「それが現実です」
店内のどこに飾るかと考えながら、私は繋がれた手とぶら下がるアザレアを交互に見つめた。
ふと、握られた手が強くなったような気がする。
「明日、楽しみですね」
「……まぁ、な」
「やっと帰ってくるんですね」
「……おう」
「帰ったらアザレアを飾って店内を掃除しましょう」
「うちの店はいつからパーティー会場になったんだ」
「ふふ。先輩も嬉しそうにオーケーしてましたよ?」
「……由比ヶ浜がどうしてもって言うからだ」
「葉山先輩も、三浦先輩も、陽乃さんも、平塚先生も、皆んな来てくれるって言ってます」
「小町も来るって言ってたな。ついでにるみるみも」
「……雪ノ下先輩。きっと、美人になってますよ」
「……かもな」
「……」
「……」
居心地の良いこの場所で、私は夢のような時間を過ごすことが出来た。
いつもいつも楽しくて。
それでも終わりはあって。
いつしか夢に寄りかかっていた私にも前を向く勇気と脚を動かす力を与えてくれる。
旅立ちなんて清々しい言い方は私に似合わない。
逃げ出すように。
消え去るように。
私は先輩の前から居なくなろうと決意していた。
41/42days