ハムと卵焼き、レタスとトマトを挟んだトーストを食べながら、私は先輩の後ろ姿を眺める。
朝になるといつも用意されている朝食は、熱々なわけでもなく冷めているわけでもない。
先に食べ終えている先輩は、カウンター内でコーヒーを啜りながら新聞とにらめっこをしていた。
「新聞って文字が多くて読みにくいですよねぇー」
「おまえらがメールで使ってるヒエログリフの方が解読しにくいだろ」
「ヒエログリフ?ぷっ、何言ってんですか?あはは」
「……」
そんな下らない小言を交わしながら、先輩は私の食べ終わるタイミングを見計らってコーヒーを出してくれる。
「ありがとうございます。ふーふーふー」
「……。昨日、雪ノ下さんに会ってたんだって?」
「ほぅ?誰から聞いたんです?」
「雪ノ下さん……、姉の方から聞いた」
「ややこしいですね……」
「……」
先輩は頬を描きながら新聞から目を離した。
「……あんまり無理はしなくてもよかったんだぞ?」
「む?何ですかその口の利き方は。私は先輩のために奔走したんですからね?」
「……そっか。はは」
「…?」
けらけらと笑う先輩は、ゆっくりとエプロンを外しながら私の側に寄ってくる。
暖かく、柔らかい先輩の手が私の頭を撫でながら、ふわりとコーヒーの香りが私を包んだ。
「ふわぁ。……せ、先輩?」
「……ありがとな」
「ふぇ……、ふふ、へへへ」
「…なんだ?その気持ちの悪い笑い方は」
「失礼ですねぇ。……どうですか?私の抱き心地は」
「……ふむ。小町に次ぐ抱き心地だな」
小町ちゃんには勝てなかったかー。
てゆうか、小町ちゃん意外の女の子を抱いたことがあるのか?
奥ゆかしく過ぎていく時間を惜しみながら、先輩は何事もなかったかのように私の身体を離す。
それでも、数分の間を包まれた私の身体には、先輩の暖かさとコーヒー香りが残っていた。
.
…
……
………
「ふぅ、お客様の流れも止まりましたし、私達もお昼休憩にしましょうか」
「ん。看板片付けておいてくれ」
「はーい」
かこん。
準備中っと。
しばらくして、先輩がお皿を器用に運ぶとテーブルの上には綺麗なお花が咲いたように彩られる。
私の好きなカルボナーラと先輩の好きなナポリタン。
「ほら、食べるから手ぇ洗ってこい」
「もー!子供じゃないんですからね!」
「はいはい。じゃ、いただきます」
「いただきまーす!」
クルクルとパスタを巻きつけながら、私はもふもふと口に含んでいく。
カチャカチャと音を鳴らして食べる私に対して、先輩は行儀良く静かにパスタを巻いていた。
「パスタなう」
「あ?ツイッター?」
「はい。リアルつぶやきです」
「は?あ、あぁ、そうか、スマホ捨てたもんな」
「そろそろ買い直しましょうかねぇ」
「不便っちゃ不便だよな」
「そういえば先輩」
「あ?」
「約束は反故になりましたけど、小説は書き続けるんですか?」
「……話題が急展開過ぎてドリフトしてるな」
先輩はフォークに巻きつけたパスタをしばらく空中で遊ばせると、何かを決意したかのようにそのフォークをお皿に置き直した。
「まぁ……、雪ノ下さんとの約束もあったっちゃあったが、物を書く……、いや創るのは嫌いじゃないからな」
「へぇ」
「それに、ここの売り上げだけじゃ食えんし」
「ほー」
「……あと、おまえの事もちゃんと考えねぇとな」
「わ、私のこと?……と、言いますと?」
一度置き直したフォークを再度口に運びながら、先輩は黙って私を見つめた。
「……結婚。すんだろ?」
「……」
一つ、二つと時計の針が次に向かって動いていく。
だから私も、私達も動き出さなくちゃいけない。
壁を越えたからといって足を止める言い訳にはならないんだ。
だなら、私はパスタを頬張りながら先輩に問いかける。
「その話は、2人を交えたときにしましょう。私の事も、2人の事も。……なにより、先輩のことを」
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