A memory for 42days   作:ラコ

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冷徹な答え

 

 

 

答えは分かっていた。

 

彼は誰にでも優しく、暖かく、甘いから。

 

表面上の厳しさに、砂糖を溶かしたような甘い先輩はいつも私のことを大事に考えてくれる。

 

それでも私は特別じゃない。

 

何度も言うが、彼は誰にでも優しいから。

 

 

だから決意と覚悟の意味を込めた告白は実ることなく空気に変わり、そして酸素として身体に吸い込まれる。

そうやって二酸化炭素になった覚悟は空気中を彷徨い宇宙に消えるんだ。

 

 

……だから。

 

 

先輩。

 

 

私の告白を受け入れるなんて、ありえない事を言わないでください。

 

 

 

ーーーー

 

 

薄暗い照明に照らされたバーカウンターで、私は出されたカクテルに手も付けず、隣に座った彼女の話に耳を傾けた。

 

まさかこの人と2人でバーに来るとは微塵も考えていなかったが、今は藁にもすがる気持ちで誰よりも大人な彼女に相談を持ちかけたのだ。

 

 

「言っちゃったんだ。ホヘトちゃん」

 

「……いろはです」

 

「あ、ごめんごめん!私、興味がないと覚えられないタチで」

 

「……。先輩が言ってました。あなたは頼られると断れない。厳しいけどそういう優しさを表現したような人だって……。陽乃さん」

 

「……ふーん。比企谷くんがね。……そう思うの勝手だけどさ、頼る人を間違えてるんじゃない?」

 

「そうかもしれませんね」

 

「私は雪乃ちゃんの味方だよ?」

 

 

知っている。

彼女が雪ノ下先輩のために裏で走り回っていることも、客観的に、危なっかしい先輩を見守っていることも。

 

 

「それでも、ここに来てくれました」

 

「気まぐれだよ」

 

「それでもいいんです」

 

「?」

 

「聞きたいことがあったから」

 

「聞きたいこと…」

 

 

私は喫茶店が停電で暗闇に飲み込まれた日の事を思い出す。

 

罪を食べた悪魔。

 

罪滅ぼし。

 

見捨てた。

 

先輩と私の間にある一方通行の記憶。

 

 

「そもそも、私を居候させてくれているわけ」

 

「……」

 

「優しくする理由」

 

「……」

 

「先輩の隠し事って、何ですか?」

 

 

陽乃さんは小さくため息を吐き、私の顔を見ずに呟き始める。

暗い店内のせいで、彼女の表情は確認できない。

 

 

 

 

 

陽乃sideーーー

 

 

 

 

私はいろはちゃんの目を見て狼狽えてしまった。

誰かに助けを求める、弱々しい目。

それは、どこか半年前の彼を思い出されるから。

 

……

.

 

 

半年前、ちょうど比企谷くんの2作品目のプロットが完成した日。

普段は原稿のやり取りや打ち合わせを隼人に任せていたが、完成の記念も込めて、私は自らの足で彼の居る喫茶店へ向かった。

 

2年前に出した処女作は、ベストセラーとまではいかないが、駆け出しの小説家としては上々過ぎる出版数で、母からの評価も少なからず上がっていた。

 

大衆の評価に賛否両論はあったものの【偽善の鬼才、十文字三雲】として地位を築いたのだ。

 

 

「ふふ。雪乃ちゃんからのプレゼント。驚くかなぁ」

 

 

セダンの後部座席で比企谷くんの照れ隠しの姿を想像しながら私は胸を弾ませる。

 

 

見知った喫茶店の近くに車を止めさせ、私は扉を勢い良く開けた。

 

 

「やっはろー!久しぶりー!!私だよー!由比ヶ浜ちゃんかと思ったでしょ!?」

 

「……。いらっしゃぁせぇー」

 

「その淡白な反応……、間違いない、君は比企谷くんだ!」

 

「はいはい。そこ座っててください」

 

「はーい。マスターも板についてきたねー」

 

 

私は彼のおすすめだと言うコーヒーフロートを頼むと、目の前にストローとガムシロップと一緒に置かれた。

 

ちょっと、どれだけ甘くさせる気なの?

 

 

「比企谷くん。あ、間違えちゃった。先生!」

 

「それやめてもらえません?」

 

「先生、新作のプロット見ましたよー。相変わらず期待の斜め上を行く物語を作るね」

 

「……、そうっすか」

 

「救いのあるバッドエンドが君らしいよ」

 

「俺らしい……」

 

 

彼の表情はどこか浮かない。

2作目も好調な売り出しを期待できるというのに、彼はどうして喜ばないのだろうか。

 

 

「比企谷くん…?どうかした?」

 

「……良くも悪くも、俺にはバッドエンドしか書けないようです」

 

「……。そんなことないんじゃない?」

 

「書こうとしても書けないんです。俺はいつも欺瞞に溢れて、本物を知らないから」

 

 

どこか思い詰めたように、下を向きながら、痛々しい声色で彼は言葉を吐き出していた。

 

彼らしくない。

 

彼は弱みを誰にも見せないから。

 

こんな彼を見るのは初めてだった。

 

 

「……。君から溢れているのは欺瞞なんかじゃないよ。雪乃ちゃんや、由比ヶ浜ちゃんのことを何度も救ってあげたじゃない」

 

「……見捨てたんです」

 

「え?」

 

「俺は手を伸ばせば救えるのに、見て見ぬフリをしました……」

 

 

何のことを言っているのか分からなかった。

ゆっくりと、ゆっくりとだが確かに吐き出す。

 

 

「一瞬誰か分からなかったけど、確かに目があった時に”あいつ”だと分かった。それでも不確かな要素ばかりを探して”あいつ”じゃないと決めつけました」

 

 

あいつ?

比企谷くんの言うあいつとは誰なのか。

雪乃ちゃんや由比ヶ浜ちゃんなら分からないはずがない。

ましてや助けないはずがない。

 

 

「……。君はヒーローじゃないよ。誰でも助けられるわけじゃない」

 

「誰もは助けませんよ。俺の偽善が届く範囲だけです」

 

 

下らないと吐き捨ててしまっても構わなかった。

比企谷くんには自分の心配だけをしていてもらいたかったから。

片手間に解決出来るほど、ウチのお母さんは甘くないのだから。

 

 

「……わかった。私が助けてあげるよ」

 

「は?」

 

「比企谷くんが助けられなかったその人を、私が代わりに助けておいてあげる」

 

「た、助けるも何も…」

 

 

その人が誰かなんてわからないし、何があったのかもわからない。

 

でも、彼はこうでも言わないと立ち直ってもらえないから。

 

雪乃ちゃんのことだけを考えてもらえないから。

 

 

 

「私は雪ノ下陽乃だよ?出来ないことなんてないのだ!!」

 

 

 

………

……

.

 

 

 

「……そっか。私は見捨てられたんですね」

 

「そうだよ。でも2度目は救われた」

 

 

あの時、私が庄司にラブホテルへ連れ込まれた時に見た傘を差した後ろ姿。

手を伸ばせば嫌々ながらも捕まえてくれる安心が遠ざかっていった絶望を思い出す。

 

 

「……、そっか。あれは先輩だったんですね」

 

「何か心当たりでもあった?」

 

「…はい」

 

「…あなたがあの喫茶店に居たとき、直ぐにピンときた。比企谷くんが見捨てた人はあなただと」

 

「……」

 

「私が関与する前に、勝手に住み着いちゃってさ。比企谷くんは私があなたをあの喫茶店に向かうように操作したと思ってるみたいだけど」

 

 

違う。

私が何も考えずに辿り着いてしまった安心の場所。

そして、優しく迎え入れてくれた人。

 

 

「どっちが引き寄せたんだか」

 

「….…私、ずっと思ってました」

 

「なにを?」

 

「…先輩が、居てくれたらって」

 

 

「へぇ。よかったね」

 

 

陽乃さんは冷たく微笑む。

彼女は本当に雪ノ下先輩が好きなんだ。

先輩に負けず劣らずのシスコン。

敵だと思うととことん冷徹で、でも言ってることは真実で。

 

 

 

「見捨てられたおかげ一緒に居れて。よかったね」

 

 

 

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