「な、何ですか?これ」
「おまえの制服」
可愛らしいフリルの制服。
少しスカートが短いかと思ったけど、しっかりと膝を覆うよう隠されている。
この喫茶店に合う白とベージュを基調としたカラーリング。
「私の?」
「あぁ、なんだかんだもうおまえが住み着いて4日目だろ?これからも住み続けるっつうなら働け。ただ飯は俺の専売特許だぞ」
働けって言われても……。
喫茶店の仕事なんて分からないし。
それにこのお店、先輩1人で手が回るくらいにしかお客さんも入ってないのに……。
「仕事は簡単。注文を聞いて俺に伝える。それだけ」
「伝えるって…」
「少しは喫茶店っぽくなるだろ?」
……それだ。
そのことについて聞きたいことがある。
なんで先輩は喫茶店のマスターをやってるんですか?
って。
でも、自分のことを何も話さずに住み着いている私が、先輩の事情をづけづけと聞いていいものか…。
「……。わかりました、働きます」
「うん。しっかりと働けよ?」
私は黙ってカウンターの端に立ってみる。
カップを磨く先輩を横目で見ながら、私はカウンターの端に立つ。
店内を改めて見渡すと、やはり信じられないくらいに素敵な装いをしている。
到底、先輩が作り上げ空間とは思えない。
「先輩。素敵な喫茶店ですね。ここ、気に入りました」
「あ?そうか?少し狙い過ぎじゃね?」
「いいえ、本当に素敵だと思います」
「まぁ、俺も少し気に入ってるよ」
そんなたわいの無い話をしながら時間が過ぎる。
時間に焦らされることもなく、空気を気にすることもなく、こうやって無駄を大切に思えるひと時。
こうやって、奉仕部の人達と過ごしてきたんですか?
とても素敵な時間だと思います。
それって、あなたがあの2人に与えた大きな大きな絆なんですよ。
「まぁ、気に入ったんならよかったよ。これからは社畜として頑張りたまえ」
「あははー、こんな社畜なら喜んでなりますよ」
「いずれはおまえに店を任して俺は引退する」
「そこまでですか?……でも、そんなに厄介にはなれませんよ……」
甘え過ぎだ。
心地の良い先輩のそばで、ずっと夢を見続けるなんて。
先輩にとって、それは絶対に良いことではない。
先輩には先輩の人生がある。
それを邪魔することなんて、私には出来ないです。
「……なぁ一色。ちょっと面白い話聞かせてやろうか?」
「なんですか?急に…」
「まぁ聞けって。
昔、とある男の子が大学を卒業しました。
彼には夢も、特技も、やりたいこともありません。
しかし、社会が彼に立ちはだかります。
働かずもの食うべからず。
親の脛を囓る生活を、世間ではニートと呼びます。
そう、俺は小町にニートと呼ばれてしまったんだ」
「先輩の話じゃないですか」
「……。
彼はバイト先の店長に相談しました。
俺は本当はやれば出来る子なんだ。なのに社会と適合できないと言うだけで、俺は弾けものさ。ってね。
すると、店長はこう言った。
じゃぁ、この喫茶店あげようか?
え?いいんす?あざーっす」
「……嘘ですよね?」
「あの時の店長は神にさえも思えた。
まさかの転機に俺は飛びついた。
あ、俺じゃないや、とある少年だった。
まぁ、だからなんて言うか……」
先輩は頬を掻きながら私の頭に手を置く。
少し大きな手から感じる先輩の体温。
香るコーヒーの匂い。
「……俺に楽させろよ。一色」
「……はい」
照れたように笑う先輩の顔は本当に奉仕部に居たあの時のようで。
細い指で私の髪をくしゃくしゃと撫でると、引き立ての豆でコーヒーを入れてくれる。
先輩は少し苦いコーヒーにたっぷりと砂糖を注ぐ。
本当に甘党な人だ。
彼は本当の甘党。
私は彼の甘さに勘違いさせられっぱなしで、ずっとずっと、こうやってあなたに守られていたいって思わされてしまうんだから。
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