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…
……
………
屋根から雪が落ちる音で目を覚ます。
朝焼けに照らされた雪とその解け水がキラキラと輝いていた。
昨日、先輩に聞いた話が鮮明に浮かぶ。
先輩、雪ノ下先輩、結衣先輩。
3人は今でも笑えているのだろうか。
先輩がこの喫茶店を、そして雪ノ下先輩を救ったように思えた美談。
なのに、どうしてここに雪ノ下先輩は現れないのか。
結衣先輩はどうして先輩に会うことを躊躇ったのか。
先輩は何を犠牲にしたのか。
私はまとめることの出来ない情報を頭に詰め込み、喫茶店へと続く階段を降りる。
変わらぬ風景が広がる扉の向こう側に、私は脚を踏み入れた。
今日も一日が始まる。
ーーーー
「ありがとうございましたー!」
コーヒーとケーキを食べ終えた若い女性客が店を後にした。
昼時を過ぎここらで客足は途絶えることだろう。
「先輩。お昼休みに少し外に出てもいいですか?」
「おー。時間には帰ってこいよ?」
「できれば一緒に……」
「あ?……」
「一緒に来てくれませんか?」
私は冷えた手で先輩の制服を引っ張る。
どこか懐かしいような、思い出深い感触。
近くに居るだけで気持ちが安らぐ。
ずっと一緒に居たい。
「……あざといんだよ」
ーーーーー
2人でのお出掛けは何度目になるだろう。
歩道脇に追いやられた雪は照らされた日により水へと変わり、私達の歩く足場をびしょびょしに濡らした。
「ふふ、雪ノ下先輩も雪の上を歩いたんですかね?」
「……そのドヤ顔辞めてくれる?腹立つから」
「上手いこと言ったのに!」
「結衣先輩、綺麗になってました」
「……そう、かもな」
「素直ですね。……雪ノ下先輩はどうでしょうね」
「……。案外変わらないんじゃないか?もともと大人びいてたし」
先輩は雪ノ下先輩を大人びいていると評価した。
それは、実際にはまだ大人じゃないと言っているかのようで、遠くを眺めながら懐かしむ先輩の横顔の方がよっぽど大人びいている。
きっと、3人はあの頃のまま。
「雪ノ下先輩とは、……会わないんですか?」
「……ん。会わないよ。…正確には会えない」
「会ってはいけない理由が?」
「はは、貴族じゃあるまいし。ただ、あいつが遠くに居るから……」
「遠く?」
「ああ」
吹き抜ける風に髪をさらわれながら、先輩は空を見上げた。
「雪ノ下は、海外留学してるから」
「……え。…そ、それは先輩が辞めさせたんじゃ……っ!」
「留学は悪いことじゃない。……ただ、そっちで学を身に付けた後は、あいつの自由にさせて欲しい。そう約束しただけだ」
「……、いつ、帰ってくるんですか?」
「3年後、……今年だな」
空には一線の飛行機雲が描かれている。
冷えた空気は乾燥を伴い私達を包み込んだ。
「……やっと、取り戻せるんですね」
「別に奪われてたわけじゃない。前に戻るだけ」
前に戻るだけ…。
先輩は恥ずかしそうに口先を尖らせてはいるが、少しだけ頬が緩んでいた。
「……つぅか寒みぃよ。もう戻ろうぜ」
「もう少し、歩きましょうよ」
「……どこか行きたい所があったんじゃないのか?」
「えっと……。少し、外でお話がしたかっただけってゆうか」
「この寒い中に馬鹿なの?」
「……お店は、暖か過ぎるんですよ」
暖か過ぎるのも良し悪しだ。
心地良さが押し寄せてくるから。
風が吹き付け寒さが増した時に、静かに私の手は先輩に握られる。
「……ほら。冷たくなってる」
「……」
「風邪ひいちゃうだろ。帰るぞ」
握られた手は離れることなく導かれる。
引っ張る先輩に抵抗することなく私は後ろを歩き続けた。
「……暖かいです。先輩」
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