このベットで目覚める2日目の朝。
窓の外には冷たそうな朝露が滴る。
この部屋から見える町並みは、都内のビル群を秘密の場所から見上げているような幻想を思わせる。
私は硬くなった身体をゆっくりと起こし背を伸ばした。
時計の短針はぴったりと5を指している。
「……昨日1日寝ちゃったんだ」
レモネードが入っていたカップが無くなっている。
先輩が片付けたのだろうか。
もしかして私の寝顔を……。
コンコン
「は、はい」
「よぅ。起きてたのか。熱はどうだ?」
身体が軽い、もちろん頭も痛くない。
薬が効いたのか、それとも先輩の看病が効いたのか。
「……あ、えっと…私」
「…風呂、入るか?」
「へ?あ、あぁ…。匂いますか?」
「いや。あの頃と同じ匂いがする」
学生の頃からトリートメントやコンディショナーの類は一切変えていない。
先輩、覚えていてくれたんだ。
「熱も下がったみたいだし風呂入っても大丈夫だろ。タオル置いとくから勝手に入れ。俺は下の店に居るから」
「……あ、ありが」
バタん。
「……とう」
扉に遮られた私のありがとうはゆっくりと床に落ちた。
そんな感覚。
私は浴場で自らの脱いだワイシャツをきちんと畳む。
先輩のワイシャツであろうメンズのMサイズ。
そういえば、自分で着替えた記憶がない……。
「……ぁ///」
先輩に見られたの?
……、まぁ、いいか。
お互い良い大人なんだ。
なんて、自分に言い聞かせても身体が熱くなってくる。
少し大きな浴槽にはお湯が張っていた。
先輩が用意してくれたのかな。
見たことのないシャンプーとコンディショナーで髪を洗い、手でボディソープを泡だて身体を包み込む。
浴槽に張られた湯船で身体がゆっくりとほぐれていった。
先輩、変わらないなぁ。
先輩が高校を卒業してから今の今まで一度も会えなかったのに、どうしたこんな惨めな時に会っちゃうんだろう。
でも、本当に夢みたいな出来事だった。
辛い時、誰にも頼れない。
それは社会人として仕方がないこと。
私のプライドも邪魔する。
”助けて”の一言が口から出ない。
だからいつも思ってたんだ。
あの人が、……先輩がそばに居てくれたらって。
お風呂から上がり脱衣所でタオルを身体に巻くと、律儀に畳まれたタグの付いたスウェットを手に持ち、ゆっくりと着替える。
こんな格好で先輩の前に出るのか…。
私は喫茶店へと繋がる階段を降り、ゆっくりと扉を開ける。
「…ん。髪くらい乾かせよ」
「乾かしてください」
「甘えんな。あぁ、そのスウェット新しい奴だから」
「そんな、勿体ないですよ。先輩のお古でよかったのに」
「そうゆうわけにもいかんだろ。そこ座れよ。朝飯、食うだろ?」
先輩はトーストとサラダを机に並べながら私を座らせるために椅子を引いてくれた。
ありきたりな軽食なのにすごく美味しそうに見える。
ホットコーヒーを飲みながら、先輩は私にカップを手渡してくれた。
あったかい。
ここでは何もかもがあたたかい。
お店も。
カップも。
先輩も。
「冷めるぞ?」
「あ、は、はい。いただきます」
「ん」
トーストを口に運ぶと、またしても涙が溢れてきそうになってしまう。
本当に何回目だろう。
涙腺にブレーキが効かない。
「泣くほど美味いか?商品にしてみようかな」
「…ぅ、ぅぐ、…美味し…です。本当に」
「……」
何も声を掛けてこない。
これがこの人の優しさなんだ。
きっと、こうゆう所に皆は惹かれていく。
泣きすぎて、お腹が減って、喉が渇いて。
私はまるで壊れてしまった人形のように自我を制御できない。
まるで子供のよう。
あったかいコーヒーカップを飲んで落ち着こう。
きっと甘い甘いコーヒーだ。
先輩が好きな甘いコーヒー。
私も好きで堪らない。
あなたが居たから好きになったコーヒー。
私はゆっくりとカップを傾けた。
「……苦い」
「……マッ缶、買い溜めが無くなっちゃった」
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