小さな一歩を踏み出す。
GPSで探しても見つからない目的地に向かって。
互いの間で暗黙の内に出来上がっていたルール。
そのルールから目を背け、私は前に向かって歩き続けていたと勘違いしていた。
”過去に触れない”
私達の生活を支えていた欺瞞の関係。
それは積み重なって疑いとなり、嫌悪となり、いつかは関係を破壊に導く。
そうならないために、私は一歩を踏み出したんだ。
……
…
.
.
私は内側から叩かれるような頭の痛みに目を覚ます。
昨夜、私は先輩の帰宅と同時に悪飲みを開始した。
飲み会を始めて1時間、体内に蓄積されたアルコール分は雄に許容範囲を超えていただろう。
『高校を卒業してから、あの2人とは会ってますか?』
酔いに任せて放った言葉に、先輩の顔が機微に暗くなった。
おそらく、長く一緒に居る私でなければ分からない程の機微。
だからこそ、その後に先輩が言った言葉に耳を疑った。
『……会えるといいな』
その言葉を最後に、私の意識は遠くへ消えた。
気絶するほど飲んだのは始めてかもしれない。
この頭の痛みに堪えるくらいならアルコールは当分我慢した方が良い。
ベットから立ち上がることも億劫な身体に、昨夜の言葉が重くのしかかる。
”会えるといいな”
扉を叩く小粋なノック音と開閉時に鳴る錆びつく金具音。
いつもと変わらぬ先輩の姿がそこに現れる。
「ようバカ。二日酔いは大丈夫かよ?」
「む、バカとは失礼ですね」
先輩は飲み物が入ったマグカップをベットの近くにある机に置いた。
湯気がゆらゆらと暖かそうに踊っている。
「とっとと飲んで寝ろ」
「頭痛くて寝れませんよ。これ、いただきます」
「はぁ……。おまえ飲み過ぎだぞ。少しは加減を覚えろ」
「子供じゃないんですから。……、ん。これおいし。ハチミツレモンですか?」
「温めたヨーグルトにハチミツとカボスを混ぜた特製ジュースだ」
何かと手が込んだ人だと思う。
どういう経緯でそんなおいしそうな飲み物を思いつくのだろう。
ふと、私は思ったことを聞いてみる。
「……これ、他に飲んだことのある人っています?」
今は体調が悪い。
気持ちの歯止めも緩くなっているようだ。
「……。そうだな、小町には作ったことあるかもな」
「へぇ、……。他には?」
「あ?……そんなの覚えてねぇよ」
「雪ノ下先輩は?結衣先輩は?」
「……何だよ。今日はやけに突っかかるじゃねぇか。まだ酒が抜けてないのか?」
私はベットから起き上がり先輩の胸元に顔を寄せた。
驚くように弾んだ身体に腕を回す。
胸元から顔を上げると、私の視線は少し狼狽した先輩の視線とぶつかった。
「私だけ助けられてばっかり……。少しだけでも、先輩の役に立たせてください」
背けられていた目が真っ直ぐに私を見つめる。
近くにいるからこそ感じられる先輩の体温と鼓動は徐々に上がっていった。
「………。何も教えてもらえなくてもいいんです。先輩が隣に居てくれれば……」
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