『僕がいつまでも隣に居るとは限らないんだよ』
夢の中で反芻する言葉に嫌な気配が漂う。
多くは望まないと決めたが、唯一の救いである支えすら、私から離れていってしまうのか。
その言葉はしっかりと耳に残る。
夢だとわかっているのに……。
朝の目覚めは最悪で、どうしても布団から出ることが出来ない。
寝返りを打とうとすると枕の隣に置かれた文庫に腕が当たり、それがベットの下に落ちてしまった。
拾う気力も湧かず、落ちた物を目で確認すると十文字先生の小説だと分かる。
昨夜、内容的に佳境を迎える所まで読んだ記憶がある。
そうだ、夢に出てきたあの言葉は小説の登場人物が言った言葉だ。
私は気だるい身体を無理矢理起こして背を伸ばす。
窓の外は小雪が降っている。
午後から本格的に降り出す予報のようだ。
……
…
.
「ん、おはよ」
「おはよーございまーす。あれ?先輩、私服?」
「あぁ、ちょっと出掛ける」
「え?お、お店はどうするんです?」
「任した。まぁ、適当に」
コートを羽織りマフラーを巻いた先輩は、窓の外を眺めるなり傘を持ち出し扉を開ける。
普段から口数が多い方じゃない先輩だが、今日のそれはいつも以上に少なく、どこか突き離すような冷たさを伴っていた。
「い、いってらっしゃい!!」
グレーを基調とした成り立ちで、黒に白のワンポイントが入った傘を差した先輩の背中を見つめ続ける。
その光景はどこか見覚えがあり、そんなに遠くない過去に引っかかった。
「………」
思い出、と言うには気持ちの良い記憶じゃない気がする。
具体的に、どこで、いつ、なんで、その後ろ姿を見たのか、何も思い出せない。
本当はただの勘違いかもしれない。
ただ私は、黒に白のワンポイントが入った傘を差す先輩の後ろ姿を舞散る雪の結晶に隠されるまで見つめ続けていた。
猫のテバサキ(先輩命名)が私の足首に顔をなすり付けながら小さな声で鳴く。
寒いから扉を閉めろと言うことであろう。
「テバサキごめんねー、寒かったねー」
私はテバサキを抱き上げ、再度先輩の後ろ姿を確かめる。
もう雪の中に姿は見えない。
白く染まる道に残った一つの足跡は数分もすれば消えるだろう。
胸に残る引っかかりがゆっくりとだが確実に消えていくように……。
27/42days
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-35day
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私は影の中で生きている。
飲み会では愛想良くビールを注ぎ、上司の隣でつまらない話に手を叩いて笑う。
学生の頃のような楽しい飲み会はここに存在しない。
明るみではバレてしまうのではないかと思ってしまうほど、私の笑顔は凍りついていた。
飲み会は仕事。
飲み会は接待。
飲み会は苦痛。
だから、私は比較的年齢が近い庄司さんの誘いに乗ってしまったのだ。
一次会終了後、
”おつかれ、大変だったね”
の言葉に、私は初々しくも騙されてしまった。
疑いもせず、愛想から逃げるように、私は庄司さんの誘いに乗ってしまった。
愚痴を聞いてくれる人が欲しかった。
愛想の仮面を外せる人に会いたかった。
高校の頃に出来上がった”優しい先輩”と言う残像が、庄司さんに無理矢理重ねたように。
だから、庄司さんに腕を強く掴まれラブホテルに連れ込まれたとき、私は先輩の思い出を汚されたように悔しくなった。
ホテルの入り口で、助けを求める私の目に写ったのは…………。
黒に白のワンポイントが入った傘を差した、男性の姿だった。
-30days end