A memory for 42days   作:ラコ

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嵐のように灰舞う思い出

 

休み明けの朝。

会社勤めをしていたころはこんなに憂鬱な時はないと思うくらいに身体を起こすことに億劫になったものだ。

これから長い1週間を過ごすのだと。

 

だけど、今は少し違う。

 

これから楽しい1週間が始まるのだと。

 

待ちわびるように目を覚まし、いつものように身支度をして喫茶店へと続く階段を降りる。

 

 

「先輩!おはようございます!」

 

「おう。……今日はやっかいな客が来るかもしれん」

 

「やっかいなお客さん?」

 

 

先輩はいつものようにカウンター内で前準備に手を動かしているが、どこかいつもよりもキレがない。

喫茶店の制服に着替えた私は先輩に煎れてもらったコーヒーを飲みながら、まだ開店前の店内で一息をつく。

 

すると、入口の扉が無造作に開いたと思いきや、長身でスタイルの良い女性がタバコを加えながら入店された。

 

 

「あ、すいません。まだopen時間じゃ……って、平塚先生!?」

 

「ん?おや、君は一色か?久しいな。君もここの客だったとは」

 

「あ、いや……」

 

「それにしてもその服装はなんだね?少しフリフリが付きすぎじゃないか?君ももういい年齢なんだから……」

 

「あぁ、やっかいなお客さんって平塚先生のことだったんですか」

 

 

先生はカウンター席に腰掛け、先輩から何も言わずに灰皿を受け取る。

記憶にある白衣の格好ではなく、スキニージーンズにレザーコート着飾る格好。

スタイリッシュな大人だと感じさせられる。

 

 

「平塚先生。一色は客じゃないんすよ」

 

「なに?どうゆうことだ?……、ま、まさか!?」

 

「実は私、ここで……」

 

 

「貴様!比企谷の嫁だと言うのか!?」

 

 

「「……」」

 

 

先生は大袈裟に仰け反りながら先輩と私を見比べると、顔を真っ青にさせながらタバコの灰を辺りに散らばめた。

あぁ、せっかく拭いたカウンターが……。

 

 

「……先生、落ち着いて…」

 

「ええーい!!聞きたくない、聞きたくないぞ比企谷!!おまえも私と同類、天涯孤独を貫く人種だったじゃないか!!」

 

「だから話を……」

 

「私は屈指たりせんぞぉ!!おまえのような奴を沢山見てきた、直ぐに私を裏切り幸せを噛み締める。おまえ達は私の不幸を食べて大きくなった幸せの悪魔だ!!」

 

「……」

 

「うぅ、私のS2000の助手席はいつになったら埋まるのだ。結婚して子供に恵まれオデッセイに乗り換えることまで考えているというのに……」

 

「……先生、一色はここの店員です」

 

「私は独りだからといって時間を無駄にしているわけではない。老後を幸せに過ごせる貯蓄だって……、え?」

 

 

先輩は先生の前にブレンドを置くと、先生が散らばした灰を丁寧に拭き取る。

さっきまであんなに静かだった店内は、1人の独りのせいで騒がしく慌ただしい店内へと移り変わる。

まるで冬から夏になったように。

 

 

「だから、一色はここで働いてもらってるんですよ」

 

「ほ、本当に……?」

 

「ほ、本当ですよー。私、ここで働かせてもらってるんです。……そんな、よ、よ、嫁とか…、今はちょっとまだ…」

 

「ふふふ、……はぁーっはっは!そうだと思っていたよ。まさか比企谷にまで先を越されわけはないよな!!すまんすまん、少しばかり取り乱してしまった」

 

 

カウンター席に座り直し、先生はゆっくりとブレンドを傾ける。

タバコに火を付け再度口に運ぶと、白い煙を細く吹き出し先輩に話し掛けた。

 

 

「ふむ。少し雰囲気が変わったか……。まぁ、10代で角が付き、20代で角が取れると言うからな」

 

「そうっすね。30代で丸くなって、40代でまた尖るとも言いますね」

 

「ちょっと待て、何で40代の時に私を見た」

 

「言われのない被害妄想ですよ」

 

「……ふん。まぁ、おまえと一色の組み合わせも珍しいわけではあるまい。あの2人と同様に、一色のことも気に掛けていたものな」

 

 

少し懐かしむように私を見る先生は、昔と変わらずに先生らしい言葉を投げかる。

先輩に睨まれていることに気づくと先生は手でひらひらとあしらい失言だったと小声で言う。

 

 

「一色よ。おまえも少なからず比企谷の支えになっているんだよ。こいつは口下手だからな、口には出さんかもしれんが、こうやっておまえと比企谷が一緒に居る所を見ると奉仕部を思い出す」

 

「そ、そうですか?私は奉仕部じゃなかったですけど…」

 

「ははは。部員じゃなくとも過ごした時間は嘘を付くまい」

 

「…そういうもんですかねぇ」

 

「なら、顧問だった先生も奉仕部の一員だったってことっすね」

 

「……ふむ。そう言ってもらえると悪い気はしないな」

 

 

先輩と先生の懐かしいやり取り。

私はこうやって先生と仲良く話す先輩の姿をよく見たものだ。

仲が良いなぁとは思っていたが、今だに関係が続いていたなんて……。

少し羨ましく思う反面、奉仕部での思い出に自分が残っていることに嬉しくなった。

 

 

先生は「また来るよ」とだけ言い残し、お店を後にした。

嵐のように店内で暴れまわったと思うと、最後は静けさを残し去って行く。

 

 

「本当になんで独身なんでしょうね」.

 

「……人は必要としない物に執着しないもんなんだよ。あの人は独りで生きる力を持ってるから支えなんて要らないんじゃないか?」

 

「へぇ。……先輩は独りで生きて行けます?」

 

「バカかおまえ?俺はすべてを支えてもらいながら生きて行きたいまである」

 

 

「あはは。そうでしたね。だったら今は私がしっかり支えますからね!」

 

 

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