A memory for 42days   作:ラコ

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電話の音に踊らされ

 

 

朝、目が覚めると涙が出ていた。

 

とても寂しい夢を見たような。

 

大切な人とのお別れ。

 

たぶん、昨夜に読んだ十文字三雲先生の小説のせいだろう。

大切な人の幸せを願うために、大切な人との別れを選ぶ主人公。

それを後悔しないように自然な振る舞いをし、いつしか別れを受け入れている自分に気づく。

 

 

そういえば先輩を含む奉仕部の面々は卒業後どうなったのだろう。

先輩の口から2人の名前を聞いた覚えはないし。

 

私は涙を拭いて寝ぼけた頭を覚ますために洗面所へ向かう。

今日の目覚めは最悪だ。

なんだかわからないのに悲しい気持ちにさせられて、挙句に憂鬱な気分で朝を迎えてしまったのだから。

 

 

「せんぱーい。おはよーございまーす」

 

「……朝から何で不貞腐れてんだよ」

 

「不貞腐れてるわけじゃ……。ん?先輩、携帯鳴ってますよ」

 

 

カップ棚の隅に充電されながら置かれた先輩の携帯がチカチカと光っている。

このご時世にまだガラケーを使っている希少種だ。

少しぼろぼろになった二つ折りのガラケーを開き、先輩は耳に当てた。

 

 

「ん。どうした?……、は?今日?来週じゃなかったか?……。」

 

 

携帯相手に話す先輩。

 

私には電話相手が誰か分かってしまう。

 

先輩がこんな風に柔らかく話す相手を、私は高校生の頃にあの部室でよく見ていた。

 

相手に気を許している証拠だろうか、先輩はいつもより少しトーンの高い声をだしている。

 

 

「だろ?だから来週だって言ったじゃねぇか。……あぁ、わかってるよ。ちゃんと覚えてるよ。むしろおまえの方が心配だよ。……、あいよ。じゃぁな」

 

 

携帯の通話を終了させ先輩は携帯を棚に置き直すと、何事もなかったかのように開店の前準備に取り掛かる。

 

 

「……、結衣先輩達と、関係続いていたんですね」

 

「あ?なんだよ?」

 

「……。今の電話、結衣先輩でしょ?」

 

「……ん、まぁな。聞こえてたのか」

 

「聞こえなかったですけど……」

 

 

全てを無くした私には先輩しか居ない。

私はそれを望んだから。

先輩さえ居てくれればいいと思ったから。

 

でも、先輩は違う。

 

先輩には誰よりも強く結ばれている2人が居る。

私が立ち入ることを許されない領域に彼女たちは居るんだ。

 

そんなことは分かっているつもりだったのに、こうもまざまざと目の前で見せつけられると心が折れてしまいそうになる。

 

 

「……」

 

「おまえどうしたんだ?」

 

「なんでも……、ないです」

 

「そんなことないだろ。顔青いぞ?」

 

 

「何でもないですよ!!」

 

 

ガタン!と、椅子をひっくり返してしまう。

息荒く立ち竦む私を、先輩は少し驚いたように見ている。

感情がこんなに揺れるなんて思わなかった。

ただ電話をしている姿を見ただけで。

 

気付くと目から涙が漏れている。

ただの我儘なのはわかっている。これは私の願望だ。

 

先輩にとっても私だけが唯一の存在であってほしいなんて。

 

 

「……一色」

 

 

先輩が困ったように私の名前を呼ぶ。

 

やめて。

 

そんな風に私の名前を呼ばないで。

 

いつも困らせてばっかりの私だけど、そんな哀れんだ風に私の名前を呼ばないで。

 

 

私は喫茶店を飛び出した。

雪で滑りそうになる地面を踏みつけて、私は当てのない逃走を試んだ。

 

どこへ行くかもわからない。

 

自分がなんで泣いているのかもわからない。

 

先輩の顔を見ないように。

 

こんな私を見られないように。

 

 

私は先輩の優しさから逃げ出した。

 

 

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