Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

42 / 43
 どうもすいません……。
 リアル生活が忙しくなったのとネトゲにかまけていたらここまで時間が空いてしまって……。
 もうすでに忘れ去られているんじゃなかろうかと若干不安もありまして、はい……。


第13話 Stasi―国家保安省―

 

 ソビエト社会主義共和国連邦、ハンティ・マンシ自治管区。かつてそこの最大の都市であった街、スルグート。

 1950年から60年代にかけて石油、天然ガスの油田が発見されて以来都市として発展しつづけていた400年近くの歴史を誇るロシア有数の古都、だがその古より続いた都も既に、BETAの魔の手に落ちて生きるものの存在しない廃墟へと、否、もはや何も存在しない荒涼とした雪原へと変貌していた。

 かつて歴史ある建物が立ち並んでいた都市には金属色に輝く巨大建造物、BETAの根城であるハイヴが建立され、その周囲には己達の巣を防御するために数千、数万ものBETAが監視の目を光らせている。空からの爆撃、ミサイルによる制圧を行おうにも光線級、重光線級による対空砲火がそれを許さない。

 難攻不落、その一言が相応しいであろう鉄壁の要塞、それこそがBETAの居城たるハイヴなのである。人類の戦力を持ってこの要塞を攻略出来た事は現状皆無、航空機に代わって対BETA用に製造された戦術機をもってしても、未だにハイヴの深奥にまで到ったケースは存在しない。

 人類には現状攻略不能なBETAの巣窟、ハイヴを陥落させる手段を人類が手にするには、今の時代から数えて15年後の未来、アメリカによるG弾開発まで待たなくてはならない。……そして真に人類が勝利を手にする瞬間を目撃するにはそれからあと3年……。

 すなわち現状の人類の戦力ではハイヴ一つも攻略する手段は存在しない。世界すら滅ぼせると豪語された核兵器すらも、着弾する前に光線属種に撃ち落とされ、仮に着弾したとしてもBETAの物量の前では焼け石に水でしかない。

 出来る事と言えばハイヴから湧き出てくるBETAをこれ以上別の場所へと進出させない為に間引く事くらいなもの、それでも精々が時間稼ぎ程度にしかならず、一つ一つ、確実にハイヴを増加させられる結果となっており、人類は終始劣勢の状態であったのだ。

 

 ……そんな鉄壁の城塞が今、落城の時を迎えていた……。

 

 

 

 BETAによって均されて、一面凹凸物の存在しない平面と化した大地、本来なら積雪による純白の絨毯が敷き詰められているであろう荒野……。

 そこが今、赤く赤く燃えている。純白の雪を蒸発させるほどの炎が、大地一面を隙間なく覆い尽して燃え盛っている。

 地上を這い回っていた数万ものBETAは既に何処にもいない。何故ならその全てが炎に焼かれ、遺骸すらも灰となって殆ど残されていない。名残といえるのは原型をとどめぬほどに焼かれ、まるで炭の塊のような有様へとなり果てた死体とすらも言えない残骸のみ。

 そこにはもう生命の息吹は存在しない。厳密にはBETAは生物と言える存在ではないのだが、少なくともこの地上で蠢く者は、虫一つとして存在しない。

 一体何が起きたのか、ただの天災か、それとも人類の反抗による結果か……。

 否、どちらも否である。

 この地獄の光景を作り上げたのは地球の荒ぶる天災でも、人類軍による反攻作戦によるものでもない。

 その原因はこの地の底、スルグートハイヴの奥深くに潜んでいた。

 

 

 『グルルルルルル……』

 

 

 そこはスルグートハイヴの最深部、BETAのエネルギー源にして通信装置、そしてハイヴの心臓部とも言うべき反応炉こと頭脳級BETAが配置されているメインホール。だが、そこには既に反応炉は存在しない。

 そこは地上部以上に灼熱の炎が燃え盛る、文字通り地獄の釜と化していたのだから……。

 反応炉、否、かつて反応炉と呼ばれていたものの残骸は炭のように黒く崩れ、やがて炎と共に空に舞っていく。

 その炎の赤と闇の黒の二色に彩られた空間の中に、巨大な影が屹立している。

 全高80メートル以上はあるであろう巨体、背中にはまるで巨大な岩盤か何かのような巨大な甲羅を背負っており、二足歩行である事を除けばそれは亀に酷似している。

 無論、それはこの地球上で進化の果てに誕生した生命体では無い。それは地球という星の意思が産み出した地球の守護神、ガメラ。本来の歴史ならばこの地上に、この世界線には存在しないであろう怪獣である。

 地球の生態系と地球の生命の守護を目的とするガメラにとって、外宇宙からの侵略者であり地球の自然を破壊しようとするBETAは不倶戴天の敵に他ならない。

 この時代に降り立って早5年、大分ブランクは開いてしまったもののそれでもハイヴの殲滅は順調に行えている。第二形態へと進化しより強く、より強固になったこの身には人類にとっては脅威であるBETAの牙も爪もレーザーも掠り傷一つ負わせることはできない。

 既に殲滅したハイヴはスルグートを入れて4つ、残りはあと半分、カシュガルに存在するオリジナルハイヴを除けばその他のハイヴの規模の差等精々ドングリの背比べ程度でしかない。

 このまま順調にいけば難なく地球上からBETAを一掃する事が出来るだろう。ガメラの目的も容易く達成できるはずだ。

 そう、その筈なのだが……。

 

 『………』

 

 ガメラは勝利の雄たけびを上げることなくハイヴの巨大な縦穴を、正確にはそのはるか上方に存在するであろう空をジッと睨みつける。

 それはまるで、此処ではないどこか、そこにいるであろう仇敵を思い返しているかのようであった。

 BETAか?否、そんなガメラの手によって容易く葬られている蟲どもでは無い、これはガメラの中にある記憶、この世界に降り立つ前の、かつての世界で戦っていた時の記憶……。

 その記憶と本能がガメラへと告げている。『奴がいる』と。

 考えられない話では無かった。己と言う存在はこの世界にとっては異物、イレギュラーとも言える存在だ。その己の存在に引きつけられてこの世界にある程度の“歪み”が起きる事は想定できた。

 しかしそれでも、ガメラは少なからず楽観視していた。何せ良くも悪くも地球上はBETAによって蹂躙されている。ならば『奴ら』はまだ産まれる前にBETAの手により潰されているのではないかと、たとえ産まれたとしても光線属種のレーザーによってまだ小型のころに殲滅されるであろうとも考えていた。

 しかし、今BETA戦線はガメラがハイヴを殲滅している結果として大幅に後退している。本来BETAによって蹂躙されているであろう土地がBETAに蹂躙されることなく無傷で残っている。それはすなわち破壊されるはずの“卵”が残っているという事でもあるのだ。

 ガメラは喉の奥で唸り声を上げる。もしも奴らが既に目覚めているのなら、そして既に人間を襲い、成長してその数を増やしているというのなら、放っておくわけにはいかない。

 あれはBETAとは違う、この世界の人類の戦術は通じない。現在の人類の主力である戦術機では成長しきったあれを倒すことは困難と言わざるを得ない。ガメラは己の中にあるかつての戦士としての記憶と知識で分析する。

 ……いずれにせよまずはハイヴを殲滅する。まだ余力がある以上それを使いハイヴを残り二つ叩き潰す。“奴”を探し出すのはそれからで十分だろう。ガメラはそう結論付けると両腕を翼のように広げ、後ろ足からジェットを噴射してメインホールから飛び立った。

 目指す先はカザフスタン州エキバストゥズ、そこに建造されているH6エキバストゥズハイヴ。その次はカザフスタン州ウラリスクに存在する地球上で第三に建造されたハイヴ、H3ウラリスクハイヴだ。これで一気にオリジナルハイヴへと王手をかける。不安要素の排除はその後だ。

 吹き荒ぶ吹雪を切り裂いて飛行するガメラの巨体、向かう先はエキバストゥズハイヴ。だが、ガメラの目に映っているものはもはやハイヴなどでは無い。

 その目に映るのは、その脳裏をよぎるのはかつての敵……。

 

 かつて古代文明が増加した人類を粛清するという狂った思想の下に産み出した凶器の落とし子……。

 

 あらゆる生命体の遺伝子を持ち、ただ一頭いるのみで無限に増え続け、無限に進化をし続ける完全なる生命体……。

 

 この世のありとあらゆる生命を喰らい尽す為に生れてきた文字通りの殺人兵器。

 

 『ギャオス……』

 

 空高く舞いながら、ガメラは心のうちでその名を呟く。

 かつての己の仇敵の名を。

 この世界に存在するかもしれないBETA以上の脅威となりえるそれを。

 

 

 1983年3月13日、H7スルグートハイヴ陥落。

 その5時間後にはH6エキバストゥズハイヴ、それからさらに6時間後には地球第三のハイヴ、H3ウラリスクハイヴが陥落した。

 再び地球上に存在するハイヴを3つ陥落させたガメラは、そのまま地中海沖へ向けて飛行し、その後海底へと没して消息を絶った。

 残るハイヴはH2マシュハドハイヴと始まりのハイヴ、H1カシュガルオリジナルハイヴ……。

 BETAへと事実上の王手とも言うべき状況に辿り着いた人類、最もその立役者は人類ではなく現在海底で眠りにつくガメラであったのだが。

 そして今、ガメラは眠り力を蓄える。

 

 来るべき敵との戦いに備えて……。

 

 

 ベアトリクスSIDE

 

 

 「……成程、捜査を敢行した結果新たに別の基地スタッフ一人が殉職、そして捜査員の一人が殉職した、と……」

 

 「……今回の捜査員殉職の責任は私にあります。同志長官、いかなる罰でも受ける覚悟です」

 

 ベルリン、リヒテンブルクに存在する国家保安省本部ビル、それ自体が東ドイツ国民にとっての恐怖の象徴ともいえるその建物の最上階の一室にて、ベアトリクス・ブレーメ少佐は直立不動の姿勢で椅子に腰かけた一人の男と会話を交わしている。

 あの基地跡での化け物共との遭遇の後、どうにか残ったメンバーと共にその場を脱出したベアトリクスは、すぐさま近隣の基地に増援の要請の為に向かった。

 しかし、結局そこには例の怪物たちの姿は残っておらず、残されていたのは凄惨な事件の現場と無残にも食い散らかされた部下の死体のみであった。

 幸いどうにかあの化け物の写真及び画像を監視カメラ等から入手できたベアトリクスは、すぐさま本部へと帰還して画像を解析、己の上官へと提出したのである。

 彼女の眼前でベアトリクスの話を聞きながら報告書に目を通す男がベアトリクスのボス、他のシュタージのメンバーとは対照的な純白の軍服を纏いまるで石膏で作られた胸像か何かのように無表情を浮かべるこの男こそが東ドイツを恐怖で統べるシュタージの長、エーリヒ・シュミット上級大将である。

 一通りの説明を終えていかなる罰も受けると目を伏せて沈黙するベアトリクスに対して、シュミットは報告書に落としていた視線をベアトリクスへと持ち上げる。

 

 「いや、今回の件に関しては他と比べてもイレギュラーな案件であるという事はこの報告書を見ずとも知っている。彼女の件については残念なことになってしまったがそれに関しては今回は不問としよう。それよりも……」

 

 シュミットは報告書をテーブルに放り投げる。そこにはベアトリクス達が遭遇したあの化け物の姿が映された写真がクリップで挟まれている。遠距離から撮影されたもの、至近距離から撮影されたものもどれも全体像をはっきりとらえたものではないが現状これが今回の事件の犯人へとつながる重要は証拠の一つなのは間違いない。

 

 「……この事件の犯人と思しきこの化け物をどうするか、だ。私も長い事この仕事に携わってきたがこんな化け物は見た事がない。同志少佐、君はどう思う?この化け物はBETAの一種なのか、それとも全く別の生物なのか」

 

 「……結論から申し上げるのならば、違うのではないかと。今日に至るまでBETAに飛行能力を持つ種族は存在せず、形状も明らかに今日まで確認できるBETAのどの種族のものとも異なっています。

 無論つい最近産まれた新種である可能性も否定できませんがその場合だと今までの戦闘でその姿が確認できていない事の理由が説明できません。

 それに何より……あの化け物は人間を喰っていました」

 

 「……それが?」

 

 ベアトリクスは己の部下が捕食されるところを、あるいは基地の兵士が化け物に生きたまま食い荒らされている場面を思い出したのか一瞬表情を歪めた。が、直ぐに表情を元に戻すと説明を続ける。

 

 「BETAは基本的に人間を捕食しません。現状何をエネルギーとしているかは不明ですが過去の戦闘を見る限りBETAは人間を含む地球上の生物を殺傷する事はあっても捕食する事はありませんでした。少なくとも捕食対象と認識していないと考えられます。

 ですがあの化け物は違う。あれは間違いなく人間を餌と認識し、捕食していました。ですのであれはBETAでは無い、全く未知の生命体であると考えられます」

 

 ベアトリクスの推理を聞いたシュミットは一度顎に手を当てて考えるような仕草を取る。が、直ぐに納得した様子で再度視線をベアトリクスへと向ける。

 

 「……よく分かった。確かに君の言う事も筋が通っている。実際はより調査しなければ判らんだろうが。

 で、それを踏まえたうえで聞きたいのだが、君はこの化け物……いや、未確認生物と言うべきなのか、これをどうするべきだと考えるのかね」

 

 「言うまでもありません。早急に絶滅させるべきと考えます」

 

 シュミットの問いが終わるか否かというタイミングでベアトリクスは真顔のままそう返答する。阿吽の呼吸の如きその返答にシュミットも思わず肩を竦める。が、ベアトリクスは構わず捲し立てる。

 

 「知っての通りあの生物による此方の被害は甚大です。既に基地も襲われ多数の人員に犠牲者が出た以上躊躇する理由は有りません。保護の選択肢もあり得ません。既に人間の味を覚えている以上殺処分以外の選択肢は存在しえません。それになにより、あの生物は12羽存在します」

 

 ベアトリクスはあの基地での光景を思い出す。沈みゆく太陽の中で、同胞の遺体を無残に貪る三羽の化け物と、夕陽の中を舞う9つの影……。無意識に両手に力がこもる。

 

 「もしもあの12羽の中に番がいたなら、そしてそれが複数いたとするならば、あの化け物共は繁殖している可能性があり得る、今後さらに脅威が増大していく可能性もあり得ます。ですので今のうちに奴らを殲滅するべきです。そのためにも同志長官、どうか戦術機使用の許可を」

 

 「………」

 

 ベアトリクスの強い言葉に対してシュミットはまるでそう言う事が分かっていたかのように無表情でベアトリクスを観察している。

 

 「あの飛行能力に対抗するには此方も空中での戦闘が可能な兵器を使用せざるをえません。万一の場合戦闘中に空中へと逃げられる可能性も考えられます。さらにその体の大きさから考えても並みの対人用兵器でも傷をつけるのは難しいと考えられます。ですので空中での戦闘も可能かつ十分な火力を持つ戦術機ならばあの怪物を確実に殲滅できます。ですのでどうか……」

 

 「……話は分かった。確かに知る限りの情報をまとめるのならば君の言うとおり戦術機を使用した方がこの事件も早く片付くだろう。確かにこの事件はあまり長引かせるわけにもいかない。人的被害もさることながら、碌に成果も出せないまま他の組織、特に国家人民軍の介入を招くのはこちらとしても望むべきものではないしな」

 

 ベアトリクスの話を遮るようにシュミットは言葉を紡ぐ。一見すると承諾したかのように聞こえる言葉であったがベアトリクスは厳しい表情を崩さない。事実、次のシュミットの言葉で彼女の要請は事実上却下される事になった。

 

 「が、しかし、これだけの証拠で戦術機使用の許可を出すわけにはいかない。何しろ私の一存によって国家保安省は動くわけではないし、何より戦術機は動かすだけでも金が飛ぶからね」

 

 「……では、さらなる証拠が必要、と?」

 

 「まあそういうことだ。よりはっきりとした映像か写真、あるいは組織サンプル、欲を言うならば生け捕りにした個体か死骸が欲しいところだ。それを此方に持ってきてくれるのならばよりスムーズにいくだろう」

 

 「………」

 

 何を無茶な、とベアトリクスは心の中で舌打ちする。

 ただでさえ巨体なうえに飛行能力まで持つという、通常の歩兵の装備ですらも相手に出来るか怪しい存在を捕獲、あるいは殺傷しろなどと無茶としか言いようがない。

 押し黙るベアトリクスにシュミットは機嫌を悪くした様子もなく肩をすくめた。

 

 「君の不満も分かるがね、どうにか承諾してはくれんかね。しつこいだろうが何度も言っているだろう?戦術機を動かすのには相応に金がかかる、それに最近上や軍部がうるさい事も君は知っているはずだ。『武装警察軍にもう戦術機は不要だ』とね」

 

 忌々しげに呟くシュミットにベアトリクスも内心同意する。

 シュタージが独自に保有する軍隊、第二の国家人民軍とも呼ばれる武装警察軍、それにも当然戦術機部隊が存在する。

 亡命する衛士や軍人を捕縛するという名目の元、ソ連から送られてくる最新鋭の装備で固めた精鋭部隊、唯でさえ予算や装備を横取りされているという事から周囲からの不満の多い部隊ではあったが、近頃『武装警察軍の戦術機部隊不要論』という話題が持ちあがってきているのだ。

 そもそも第二次パレオロゴス作戦時、戦場は東ドイツ国内では無くベラルーシ州であり、基本国内でしか活動を許されていない武装警察軍には活躍の舞台は無く、そんなものにこれ以上予算を割く必要性はない、寧ろ武装警察軍に積極的に配備されているMig-23チボラシュカ等の新型兵器を最前線の国家人民軍に配備するべきであり、武装警察軍はバラライカ程度で十分であるという話まで出ていた。

 結局チボラシュカに関しては政治将校に優先配備、他は追々と言う感じでどうにか妥協案を引き出せたものの、そうこうしているうちに例の巨大怪獣の襲撃によってミンスクハイヴは陥落、他のハイヴも軒並み陥落させられてしまった結果、もはや完全に欧州戦線は過去のもの、BETAの危機は遠くへと去って行ってしまったのである。

 そのため現在東欧諸国では軍備増強をいったん停止してBETAから受けた傷を癒す為の復興作業が始まろうとしている。ハイヴというBETAの前線基地が壊滅し、BETAの脅威が遠のいた現状、軍備整備よりもインフラの復興、国民の生活の安定を取り戻す事が急務なのだ。

無論東欧諸国の大半はBETAの侵略による被害、そしてその防衛のための軍事費増大によって国力に余裕がない為BETAの被害を受けていないであろう同じワルシャワ条約機構加盟国、すなわちポーランドや東ドイツからの支援を受けることになるであろうが。

当然後々東欧諸国に政治的な意味での影響力を持てるであろうその機会を東ドイツが逃すはずもなく、上層部は支援を承諾、しかし元より東ドイツは元々軍事費捻出のために国民生活を相当切り詰めていたが為に経済的にそこまで余裕があるわけではない。だからこそ今度は無駄な軍事費、あるいはもはや不要と判断された部門の費用を削る為に頭を悩ませる羽目になったのである。

 そしてそのやり玉に挙げられたのが武装警察軍である。もはやBETAの危機が無くなった以上対BETA用の戦術機等対人専門の武装警察軍には不要、寧ろ過剰武装であるという意見が東ドイツ国内で次々と沸き上がったのである。それも一般民衆や軍部だけでなく、党内の上層部からも。

 そんな状況下でたかが殺人事件ごときで戦術機を出す等と言う真似をしようものなら予算の無駄遣いだの過剰防衛だのと連中をさらに勢いづかせることになり、流石に解体は無いにしても下手をすれば武装警察軍戦術機部隊は規模縮小と言う憂き目に遭いかねない。

 そうなれば自慢のヴェアヴォルフ大隊を此処まで育て上げてきた彼女の苦労も水の泡だ。ならばそう簡単には戦術機は使えない、文字通り奥の手とも言っていいだろう。

 しかしそれでもこれ以上犠牲者を出すわけにはいかない。亡命者ならばまだ良いとしても、シュタージの職員及び基地にこれ以上の被害が出すわけにはいかないのだ。

 そんな思いも込めて若干厳しい眼光を上司に向けるベアトリクス、一方その眼光を受けとめるシュミットは涼しい表情のままだ。

 

 「まあ戦術機は無理だとしても、戦闘ヘリくらいは用意できるだろう。悪いがそれでどうにかしてくれ」

 

 「……了解しました。出来得る限りこれ以上の犠牲者が出ないよう国家、そして党の為に尽力いたします」

 

 内心舌打ちをしたいのを我慢しながらベアトリクスはそう呟くとそのままシュミットに一礼して部屋から出て行った。彼女の後姿を眺めながらシュミットは不満げに眉を歪めながら鼻を鳴らす。

 

 「……フン、まあ腹立たしい気持ちは分からなくはないがな。此方としても面倒事を幾つも持ちこまれてそれを処理しなければならんからたまったものでは無いよ。……やれやれ、どうしてこうなったのやら……」

 

 シュミットは机に放られた資料を眺めながら不満げにそうぼやくのだった。

 

 

 

 

 長官室から出たベアトリクスは若干肩を怒らせながら廊下を歩く。

 予想できたこととはいえ結局戦術機使用の許可は与えられる事はなかった。戦闘ヘリは用意してくれるようではあるが、それでもどれほど効力があるか……。

 

 (ヘリ以外の兵器は戦車、装甲車……駄目ね、空に逃げられたら元も子もない。やはり戦術機がないとすれば地上に落ちた瞬間に仕留めるしかない、か……)

 

 シュミットからの条件であるが生け捕りに関しては現状困難、肉食かつ飛行できるという事以外にあの生物の生態も習性も碌に分かっていないというのに捕獲作戦は難しいと言わざるを得ない。

 ならば狙うは殺処分となるのだが、これも言うほど簡単ではない。

 あの化け物は空を飛行している。地上からの砲撃ではそう簡単に届かないだろうし簡単に避けられてしまうだろう。ヘリに搭載可能な兵器をもってしても命中させられるかどうかは微妙なところだろう。

 ならば方法は一つ、地上に降りている間に仕留めるしかない。しかしどうやって地上に下ろすか……。

 戦術機無しという状況でどうやってあの化け物を仕留めるか頭を巡らせるベアトリクス、と……。

 

 「おやおやいかがなされました同志少佐?そのように眉を寄せていては折角の美貌が台無しですよ?」

 

 突如背後から聞こえた気障ったらしい声にふいに思考を中断させられる。ベアトリクスは不快そうに眉を顰めると後ろを振り返る。そこにいたのは同じく黒を基調とした国家保安省の制服を纏った、赤毛の何処か俳優染みた容貌の男。最もベアトリクスからすればその甘いマスクが浮かべる笑みも、どこぞの詐欺師が浮かべる胡散臭いものにしか見えない。

 実際この男の性根は詐欺師同然のものだろう、否、下手をすればそれ以下であろうか。

 ハインツ・アクスマン中佐。『褐色の獣』の異名を取る武装警察軍の作戦参謀。武装警察軍編入以前は亡命者狩りで名を鳴らしており、現在でも己の邪魔になる人間やほんの少しでも『隙』を見せた人間を密告して己の手柄としているとのもっぱらの噂だ。

 

 「これはこれは同志中佐。貴方こそどうしたのです?私に何かご用でも」

 

 「いやなに、たまたま長官室から出てくる少佐のお姿を拝見したので何かあったのかと思いましてね。例の事件について何か進展でもあったのかと思いまして……」

 

 「ええ、まあ進展と言えば進展でしょうね。喜ばしい事かどうかは分かりませんが」

 

 慇懃無礼な態度で此方を探るような視線を向けてくるアクスマン。そんな彼に対してベアトリクスも薄笑いを浮かべながら応じる。この男ほど信用できない相手はいない。俗にタヌキやらキツネやらと呼ばれる人間がいるのならばこの男ほどその名に相応しいものはいないだろう。

 本来の歴史ではシュタージはソ連の支配下にあることをよしとする『モスクワ派』とソ連とは袂を分かち東欧諸国との連携を強める事を重視する『ベルリン派』の二つの派閥に分かれて派閥争いが行われていた。ベアトリクスとシュミットはモスクワ派、アクスマンはベルリン派に所属していた。

 無論ガメラの手によるハイヴ殲滅によってこれらの派閥は現状シュタージには存在しない。とはいえこの二人の関係は決して良いわけではない。元より隙を見せればいつ背中を刺されるか分からないのがシュタージと言う組織である。密告が流行っているのは何も軍やベルリン市内だけではないのだ。

 事実この男はこうして何気ない会話を交わしながらもベアトリクスから何らかの情報を探り取ろうとしているのは間違いない。他人の粗探しが何よりも得意な男、文字通り死肉をあさるハイエナのような性根であることは間違いないだろう。

 

 「……ふむ、左様ですか。よろしければそれを教えていただいても?私でよければなんなりと力を貸しますので」

 

 「生憎と守秘義務がありますので。知りたければ今から同志長官にでも伺ってはいかがでしょう?全部あの方に話しましたので」

 

 「いえいえまさか!そのような恐れ多いことはできませんよ!」

 

 ベアトリクスの嫌味にアクスマンは芝居がかった仕草で大仰に手を振る。無論演技である事は丸わかりだが。

 例の化け物の件についてはどうせすぐにばれるだろう。今この場で話しても何の支障もない。とはいえ話してやる義理もないのだが。

 

 「しかし、同志少佐もお忙しい事です。此処最近武装警察軍の戦術機部隊の風当たりは激しさを増しているというのにそれでも例の事件調査の仕事をしていらっしゃるとは……。感服いたします」

 

 「あらあらこれはお世辞とは言え嬉しいですわ同志中佐。ですが中佐もお忙しい事でしょう?自ら率先して武装警察軍の予算を削り、それを恵まれない国へと寄付しようという慈善事業の先鞭を切っておられるのですから、本当に感涙いたしますわ」

 

 「ハッハッハ!これはこれは一本取られましたなあ!いやいや私のしている事等本当に大したものではありませんよ!」

 

 互いに笑顔で嫌味をぶつけ合うベアトリクスとアクスマン、はたから見れば関わり合いたくないであろう光景である。

 何の因果かベアトリクスは武装警察軍に置ける戦術機維持派、アクスマンは戦術機削減派という派閥で対立関係にある。意外かもしれないがシュタージ内部でも戦術機部隊を削減すべきと言う意見が少なからず上がっている。

 主に戦車部隊等の戦術機部隊よりも予算、装備での優先度が低い部隊からの声であるがアクスマンもまた現在その派閥に所属して動いている。

 もっともアクスマンはどこぞの童話の蝙蝠の如く敵方である戦術機維持派にもコネを持っている為、万一削減派が落ち目となれば何らかの手段を用いて此方に鞍替えしてくるであろうことは見えている。所詮は強い者に寄って生きる寄生虫やら虎の威を借る狐のような男であるが、そんな人間性故に此処までの地位に昇りつめたともいえるだろう。

 

 「それでは私は仕事がありますのでこれで」

 

 「ああそうですか、これはお引き留めして申し訳ありませんでした」

 

 「いえいえ、……では」

 

 ベアトリクスは軽く会釈をするとそのままアクスマンと別れて己の執務室へと向かう。

 面倒くさい人間と話して疲れたのかベアトリクスは深々と溜息を吐きだす。

 戻ったら部下に茶でも淹れてもらおうかとも考えながら廊下を歩く。どの道こうしてうじうじ悩んだところで解決法も見つかるまい。一度気分をリフレッシュさせた方が効率的だろう。

 そうして歩いているうちにいつの間にか己の執務室へと到着した。ベアトリクスが重々しくドアを開くと部屋には数人の己の部下が待っていた。

 

 「同志少佐……!同志長官はなんと?」

 

 すぐさま駆け寄って来るのは己の副官。その後ろに控える部下二人の己の言葉を待っている。皆ベアトリクスの言葉に何らかの期待を持っている感じである。

 そんな彼女達の様子にベアトリクスは若干罪悪感を覚えながらも首を横に振る。

 

 「……戦術機使用は認められない、とのこと。せめて奴の組織サンプルか身体の一部、生け捕りにするか殺傷した死骸を持ってこなければ説得できない、とのことらしいわ」

 

 「なッ……」

 

 ベアトリクスの返答にその場にいた人間すべてが絶句する。事実上戦術機無しで化け物を駆除しろと言われているようなものであるから当然と言えば当然だろう。ベアトリクスは立ち尽くす部下達の間を通ってデスクに腰を下ろす。

 

 「……一応ヘリくらいはつけてくれるらしいけど、それでも厳しい事に代わりはないわね。かなりきつい大仕事になるわよ」

 

 「しかし……、それでもやり遂げなければなりません。今まで死んでいった同志達の仇を討つためにも、あの化け物は早急に始末せねば……!!」

 

 最初動揺していた副官達も、気合いの入った表情を浮かべている。余程己の同僚を殺された事が堪えたのだろう。己の部下達の様子にベアトリクスは満足そうにうすら笑いを浮かべる。

 

 「……ああそう言えば今思い出したけれど例の666の方の調査はどうかしら?何か変わった事でもあったかしら?」

 

 「そちらは特には……、強いて言うのならばポーランド人民軍から衛士が一人派遣された程度でしょうか……」

 

 「ふん、そう。まあ今はどうでもいいわ」

 

 部下の報告を聞き終えるとベアトリクスの思考はすぐさまあの化け物への対処の方へと移って行った。

 元来ならば己のかつての親友であり現在の宿敵とも言うべき人間の率いる中隊の情報に関しては一つ一つ細かく聞き、決して忘れる事はなかったが、今はそんな事等どうでもいいほどの事態となっているのだから……。

 

 

 

 ???SIDE

 

 

 グチャ、バキッ、ボリッ……。

 

 暗闇の中で何かを喰らい、砕き、貪る音が響く。

 

 光の届かないその空間で、“奴ら”は巣穴に引きこんだ餌を必死に貪っている。

 

 そいつらは腹を減らしていた。ただただ飢えた腹を満たしたかった。

 

 獲物はいる。巣穴から出れば小さい弱い餌が何匹も何匹も何匹も……。

 

 一匹一匹の肉の量は少ないがそれは数で補えばいい。

 

 喰らい、貪り、満たし、そしてまた喰らい……。

 

 ただただ本能のままに喰らい喰らい喰らい続ける。

 

 それが“奴ら”だ。それが“奴ら”の生きる意味だ。

 

 腹が減るならただただ喰らう。それがたとえ兄弟同胞であっても喰らう。

 

 純粋な、ただただ純粋で原始的な欲求のままそいつらは暗闇から鎌首をもたげる。

 

 さあ、“狩りの時間だ”。

 

 日が暮れる、夜は己達の時間だ。

 

 羽ばたこう、そして獲物を探そう。喰って喰って、この飢えが治まるまでただひたすらに狩り、殺し、喰い続けよう。

 

 裂けた口から牙がのぞく、口元から血が滴り落ちる。舌で口元を舐めまわしながら“奴ら”は歓喜に喉を震わせる。

 

 “ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!”

 

 また、恐怖の夜が幕を開ける――。

 




 今回はガメラのハイヴ殲滅ノルマ達成と今作餌役集合の話でしたwww
 ファンの皆様には申し訳ありませんがアクスマンとシュミットには貴重な餌役となっていただく所存にございますwwwファンがいるか知りませんが。
 次回からは666中隊側に視点が移動する予定です。……またいつ更新になるか分かりませんが……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。