Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 …まことにすいません。こうも長らく更新できずに本当に申し訳ありません。
 やれ仕事やら趣味やらに没頭していたのもありましたがまさか2カ月もあいてしまうとは、本当に言い訳のしようがありません…。
 


第7話 Trennung-別れ

 ポーランド人民軍によるバラナビチ基地へと侵攻するBETA群への迎撃作戦。それが開始してからもう一時間が経過しようとしていた。たった一時間、と考える人間もいるかもしれない。もう一時間も経過したのか、と考える者もいるだろう。

 だが、その一時間の間に多くの命が失われた。ある者は戦車ごと突撃級に引きつぶされ、ある者は光線級のレーザーで戦術機もろとも撃ち抜かれ、またあるものは戦車級の集団によって五体をもぎ取られ…。

 体が9割でも残っていた者は幸いだろう。殆どは残っていたとしても指の一欠けら、大抵のものは遺体すらも残されていない。誰もかれもが己の事に、生きている人間の事に精一杯で死体の事に構っているような余裕は無いのだ。

 そんな地獄の戦場で、ポーランド人民軍は押されていた。そもそも物量が桁違いなうえに航空兵力は使えない、しかもポーランド人民軍が保有する戦術機の中で稼働可能なモノは精々2個中隊規模でありレーザーヤークトを行うには数が足りない。

 だからこそBETAの殲滅もままならず足止めで精一杯、そしてもはやその足止めすらもままならなくなっている状態であり、このままいけば遠からず基地へのBETAの侵入を許してしまうであろう状況であった。

 現在戦線は、ポーランドとの同盟国である東ドイツ国家人民軍所属の戦術機部隊の参戦によりある程度は持ち直しつつあった。が、参戦した部隊は精々二個中隊規模、危機が去ったとは到底言い難い状況であった。

 この状況を一変させる手段は一つ、戦術機で敵陣深く侵入し光線属種を排除するレーザーヤークトのみ。そして、それを行えるであろう部隊はただ一つ、第666戦術機中隊『黒の宣告』所属の7機のみ…。

 

 

 

 

 

 光線属種殲滅の為にBETA群へと突入した第666戦術機中隊7機は目の前に群がるBETAを切り払い、撃ち抜いてどうにか突破口を開きながら光線属種を探す。

 大まかな位置はモニターの熱源表示によって分かるものの光線級は全高2メートル程度しかない小型のBETAであるため、大型種である要撃級、突撃級の影に隠れたり、小型種の戦車級の群れの中に紛れ込んだりしており、発見するのは容易ではない。

 だがそれでも、手段が無いわけではないのだ。少なからず危険を伴うものの…。

 眼前に群がる戦車級を短刀で排除しながら中隊メンバーの一人、テオドールは考える。この手段は少なからず、否、かなり危険な賭けではある。下手をすれば己がお陀仏となりかねないだろう。

 

 (…このままこいつら潰して探しても埒が明かねえ…。…なら!)

 

 テオドールは表情を引き締めると跳躍ユニットを吹かして機体を僅かに上昇させる。機体の高度は丁度要撃級の攻撃が命中しないであろう高度、突然のテオドールの自殺行為としか思えない行動に中隊のメンバーは皆揃って仰天する。

 

 『!?な、何をしている同志少尉!!貴様みすみすレーザーの餌食になって……』

 

 「少し黙っててください同志中尉!!こっちにも考えがあるんだ!!」

 

 案の定すさまじい剣幕で此方に食ってかかるグレーテルの言葉を遮りながら、テオドールはジッと“その瞬間”を待つ。

 そして、それは直ぐにおとずれた。

 突然眼前のBETAの群れから要撃級を始めとする大型種が横へと移動を開始したのだ。まるで“何か”の通り道から体をどけるかのように次々と移動していくBETAの集団、それを目撃した瞬間、テオドールの脳裏に電流が走った。

 

 「……そこか!!」

 

 テオドールは瞬時に機体を旋回させ、多目的追加装甲を前面に構えるとそのまま一気にジェットを噴射、BETAが居なくなった結果出現した一本道へと飛び込んで行く。

 突き進む先にあるもの…、それはまぎれもなく自分達が掃討するべき標的、光線級BETA。その巨大な目玉に似たレーザー照射器官は煌々と光を放っており既に発射間際といった具合だ。距離が遠い、此処からでは弾丸も届かないだろう。接近しようにももはやレーザーは発射寸前になっている。射程距離に入る前にレーザーは照射され戦術機が蒸発する事は想像に難くない。

 

 「…そう簡単に死んでたまるかよ…!!」

 

 テオドールの搭乗するバラライカはコックピットの存在する前面を多目的追加装甲で隠しながら光線級めがけて突撃する。瞬間、前面に展開された多目的追加装甲から何かがバーナーで焼き切られているかのような嫌な音が響いてくる。光線級のレーザーが盾へと照射されているのだ。

 一撃で爆撃機すらも撃ち落とす精度と貫通力を誇る閃光の槍、如何に多目的追加装甲に対レーザー用の蒸散剤が散布されており、重金属雲の影響でレーザーの出力が落ちているといっても精々もって数秒程度であろう。

 だが、テオドールにとってはたった数秒で充分であった。既にレーザーを照射している光線級は突撃砲の射程距離範囲内に入っている。

 

 「…貰った!!」

 

 此方めがけてレーザーを照射する光線級の姿を視認したテオドールは間髪いれずに36mmチェーンガンの引き金を引く。

 レーザー照射中で動けない光線級は放たれた弾丸2発を受けてモノ言わぬ肉塊と化す。どうにか一体の光線級を葬ったテオドールであったが、彼は油断せず左右へと視線を配る。

 案の定BETAの群れに隠れて二体の光線級が此方へ顔を向けていた。無論、発見するや否や36mm弾で始末をする。

 

 「これで……全部か?」

 

 光線級を合計三体仕留めたテオドールはなおも視線を巡らせる。まだBETAの群れに紛れて光線級が混じっているかもしれない。もし仕留めそこなっていたのならば此方の胴体に風穴があく羽目になる。が、あまりのんびりしているわけにもいかない。

 既に周囲のBETAの群れが此方に大挙して押し寄せようとしている。もはや光線級のレーザーで同志討ちになる心配もない故に遠慮なく此方を喰らおうと迫ってきていた。

 

 「…チッ、此処はひとまず上に逃げて……!?」

 

 前後左右、文字通り全方位から迫りくるBETAの群れに、テオドールは流石に相手をしていられないと戦術機を空中へと浮上させようとした、が、その瞬間複数の銃声が響き渡り、テオドール搭乗のバラライカへと群がろうとしていたBETAを次々と吹き飛ばしたのだ。

 

 『…全くなんとも無茶な真似をしてくれたものだな、エーベルバッハ少尉。だが、上出来だ』

 

 何事かと視線を上げたテオドールの目の前に現れたのは、さながら伝説の一角獣の如きシルエットの大型センサーユニット付随の頭部が特徴的なMiG‐21PFバラライカ改、『黒の宣告』中隊長アイリスディーナ・ベルンハルト大尉の搭乗機である。彼女の機体の背後にはテオドール以外のメンバーが搭乗する戦術機計五機が並んでいる。

 突然の味方の救援に流石のテオドールも唖然としてしまう。

 

 「あ…ど、同志大尉…」

 

 『話はこの数だけは揃っている虫けら共を掃除してからだ。まだ光線級は残っている、気合いを入れて行けよ』

 

 そう言ってモニターのアイリスディーナは微笑を浮かべる。その笑顔にテオドールは思わず顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。

 そんな彼の反応にアイリスディーナは面白そうにクックッと一度笑い声を上げると直ぐに表情を引き締める。

 

 『総員傾注、同志少尉の無茶な突撃のおかげでこの辺りの光線級は殲滅できた。が、未だ完全に殲滅できたわけではない。早急に群れを突破して残った光線属種を始末するぞ!!』

 

 『『『『了解!!』』』』

 

 アイリスディーナの言うとおり、テオドールが殲滅した光線級は僅か三体。空に浮かぶ光線属種積乱雲と網膜投射の熱源モニターの状況から言っても、まだ群れの中に光線級が紛れ込んでいる可能性が高い。ならば早々に残りも始末せざるを得ないだろう。最も先程の無茶な行動は流石にもうできないだろうが…。

 テオドールは中央に二つの穴が開いた多目的追加装甲に目をやりながら疲れたように息を吐き出した。と、唐突に網膜投射のモニターにグレーテルの顔が映し出される。その表情はひたすらに、ただひたすらに不機嫌そうであり、今にも此方に向かって小言やら説教やらを飛ばしてきそうな雰囲気である。

 が、予想に反してグレーテルはじと目でテオドールを睨みつけながら、忌々しげに軽く舌打ちをするのみであった。

 

 『…帰ったらヴァルトハイム共々政治的指導をしてやる。覚悟しておけ』

 

 「…此処から無事帰れたら、ですけどね」

 

 蚊の鳴くような小声でそう呟くグレーテルに、テオドールもそう冗談めかしながら返答する。テオドールの返答に一瞬眉を歪めたグレーテルの映像はすぐに消えて視界はBETAの群がる雪原の光景へと戻される。

 まだBETAは山ほどいる。己達はその中に隠れた光線級を再度探して潰していかなくてはならない。先程のような手はもはや使えない以上、今度こそ慎重かつ迅速に行動していかなくてはならない。

 

 「……もう少しだけ、待ってろ…」

 

 テオドールはバラナビチ基地で待っているであろうカティアの姿を思い返し、手汗が滲む掌で操縦桿を強く握りしめる。

 

 

 戦いは、まだ終わらない―。

 

 

 バラナビチ基地SIDE

 

 その頃BETAの通り道に位置しているバラナビチ基地では、既に東ドイツ軍の援軍がBETAと交戦を開始した事、それと共に自軍の戦術機部隊が後退を開始した事を告げる方が入ってきていた。

 

 「…報告!東ドイツ軍からの援軍が到着、現在二手に分かれてBETA群と交戦中とのことです!」

 

 「そうか…、派遣された軍の規模は?」

 

 「約二個中隊規模とのことです!!」

 

 部下からの報告を受ける軍医は目の前の患者を治療する手を止めずに、ただ眉を僅かに顰める。二個戦術機中隊…、他国への援軍という意味合いでは妥当な数なのかもしれないがこの状況を一変させるに至るかどうかといえば…、難しいと言わざるを得ない。

 医療担当とはいえ己も軍人である、兵力の差による戦況の有利不利というものに関してはよく分かっているつもりだ。これが人間対人間ならば兵器、兵の錬度の差、あるいは作戦等によって覆すことも可能だろうが相手は人外の、人の思考の範囲外に存在する化け物の集団であり対人戦の常識は通用しない。

 せめて光線級さえどうにかなれば…、と内心苦々しく思いながらも彼は眼前で血を流し痛みに呻く兵士への治療の手を休める事は無い。此方もまた別の意味で一刻を争う状態であるのだから。

 一方軍医の補佐をしていたカティアは兵士からの報告を聞いた瞬間驚きのあまり作業の手を止めて兵士へと視線を向けた。

 

 「……!?す、すみません!派遣された部隊の番号については分からないでしょうか!?」

 

 「ば、番号?た、確か第502中隊と第666中隊、だと思ったが…」

 

 「…第666…!!テオドールさん達が…」

 

 兵士の返答を聞いたカティアはほんの僅かな時間茫然としてしまう。

 テオドール達が、己の所属する中隊のメンバーが援軍としてきてくれた…、その事実だけでカティアの胸は熱くなる思いであった。が、それと同時に不安も湧き上がってくる。

 今の第666戦術機中隊はカティアが抜けた為に人員が一人足りず、いつも通りの陣形を敷く事が難しくなっている。それ故に今回のレーザーヤークトでは今まで通りの戦術は行えない。如何に中隊のメンバーの錬度が高く、アイリスディーナが優れた指揮官であったとしても苦戦は避けられないだろう。

 攻めて自分が参戦できれば…、そんな考えが頭をよぎりカティアはギリリと奥歯を噛みしめる。と…。

 

 「…よし、とりあえずこれでいい…。少尉!!次の患者の治療をします!!一人でも多く人を救いたいというのならそんなところで呆けていないでください!!」

 

 「……!!は、はい!!」

 

 軍医の怒鳴り声に我に返ったカティアは包帯や薬を抱えて急いで彼の後についていく。

 どの道戦術機が使い物にならない以上、向こうを助ける事等できるはずが無い。

 ならば自分は、今ここで自分のできる事をするしかない…。カティアは表情を硬く引き締めた。

 

 

 

 

 一方その頃最前線にて基地へと向かうBETAを食い止めんと展開されている戦車大隊は、もはや壊滅も時間の問題となりつつあった。

 既に主砲どころか補助武器の機関銃の弾も無くなり、一機、また一機と脱落していく戦車が続々と出てきている。ある戦車は突撃級に踏みつぶされ、ある戦車は要撃級の剛腕に叩きのめされ鉄くずとなり、またある戦車は無数の戦車級に取りつかれ、装甲を食い破られた挙句に乗員は一人残らず戦車級に生きたまま食い殺されるという悲惨な結末を迎える事となった。

 無理もない、戦車には戦術機ほどの機動力も無く、立体軌道もできない。出来る事は動く砲台としてBETAの集団へと砲弾を叩きこむ程度であり、撃つ弾が無くなれば後退するしかない。ほんの数秒でも後退が遅れれば、即座にBETAの餌食となる。

 以上の事から戦車部隊の損耗率は戦術機部隊以上とも言われており、その証拠に最初40台存在していた戦車部隊であったが、現在はもはや5台を残して全滅している。一方BETAの数と勢いは未だに衰える様子もなく、戦車部隊めがけて猛進してきている。もはやだれが見ても負け戦、そうとしか思えない状況であった。

 

 「…チッ、クソ…、まだ来やがるってのか…。……おい、戦車の残り砲弾数は」

 

 その生き残っている戦車の内の一台、フレデリック・コルベとその部下三人が搭乗するT-62Mは迫りくるBETAを迎撃しつつ後退していた。本来濃い緑色をしていたはずの機体は取りついてきたBETAの返り血によってか毒々しい紫色になっている。

 周囲に他の戦車の姿は無い。既に退避したのかあるいはBETAに踏みつぶされたのかは分からないし知る気もない。というよりそんな余裕すらもありはしない。此方も今にも殺されそうな状況であるのだから。

 フレデリックの問い掛けに部下の一人は躊躇い気味に口を開く。

 

 「……砲弾0です。機関銃の弾も切れました。も、もうこれ以上の戦闘続行は…!!」

 

 「……なら逃げるぞ!!弾もない以上此処で逃げても上の人間は文句言わねえだろ!!」

 

 「りょ、了解!!」

 

 上官からの怒鳴り声に部下は急ぎ戦車を走らせる。無断での敵前逃亡は軍隊では重罪、特に社会主義国家ではほぼ確実に銃殺刑確定ではあるものの、撃つべき弾もない状況で撤退しないのはただの自殺行為であり無謀としか言いようがない。

 それに上層部からは危機的状況においては特別に撤退を許可する旨の命令も受けている。ならば此処で逃げても軍法会議にかけられる事は無い、よしんば掛けられてもそこまできつい罰にはならないだろう。

 振動で体を揺らしながら、フレデリックはそのような事を考える。

 

 「ぐ、軍曹基地からの指令です!!只今増援の東ドイツ軍によるレーザーヤークトが完了!!今そちらの救援に向かっているからただちにその場から退避せよとのことです!!」

 

 「遅い!!こっちはもうとっくに逃げてるわ!!今更そんな指令だすんじゃねえ!!」

 

 通信係の部下の報告にフレデリックは反射的に怒鳴り声を上げる。もう既に戦車のほとんどは全滅しており、そんな状況で撤退命令を出されてもどうしようもない。確かに基地防衛という緊急事態ゆえにそう簡単に撤退させるわけにはいかない理由も分かるがそれにしたって遅いと言わざるを得ない。

 レーザーヤークト成功は確かにめでたいのだろう。これで何の気兼ねもなく航空兵力を使う事が出来る。最もその前に自分達が死ぬ危険性があるのだが。

 

 「…早急に此処から逃げ出さなけりゃ…………!?」

 

 と、突如走行していた戦車が動きが急停止してしまった。突然の事態にフレデリックは思わず目を見開いて部下達へと視線を巡らせる。てっきり部下が何かへまをやらかしたんじゃなかろうかと勘繰ったのだが、三人とも必死な表情で首を横に振っている。

 ならガス欠か?と燃料メーターを確認したもののまだ燃料は充分にある。

 まさかこんな所で何処か故障したんじゃないだろうな、とフレデリックが考え始めたその時…。

 

 突如戦車の天井からガリガリと何かをひっかく、あるいは削るような音が響き始める。

 その音を聞いた瞬間戦車内に居た四人の表情が一瞬で青ざめた。当然だろう、何故ならそれは彼らにとってはまさに死刑宣告といってもいい代物であったのだから…。

 その音の正体は戦車級がその巨大な顎で装甲を齧る音、そして戦車が突如停止したのも戦車級によるものに違いあるまい。

 フレデリックは一度口にたまった唾を飲み込むとそっと手元にカラシニコフを引き寄せる。その後ろでは三人の部下がすぐそこまで迫ってきている死の恐怖で震えている。

 

 「ぐ、軍曹……」

 

 「震えている暇はねえぞ、死にたくなかったら腹をくくれ」

 

 フレデリックは一度首のお守りを指で撫でるとゆっくりとカラシニコフを持ち上げる。

 直ぐそこまで迫る死神の顎に、あくまで抵抗せんとするかのように…。

 

 

 

 第666戦術機中隊SIDE

 

 

 一発の弾丸が今にもレーザーを放とうとする光線級の頭部を撃ち抜いた。

 紫色の体液と肉片を撒き散らしながら仰向けに倒れる光線級の死骸を眺めながら、テオドールはホッと息を吐き出した。

 モニターの反応を見る限りこれが最後の光線級のはずだ。無論BETAが増援を送ってくるなり要塞級の体内に格納されているなりされているのならば話は別であるが今のところBETAの増援は確認されてはおらず、要塞級もこの群れには存在していない以上これが最後とみて間違いは無い筈だ。

 安堵の息を吐き出しながらもテオドールは左右に油断なく眼を配る。確かに光線級は排除したものの周りにはBETAが山ほどいる。警戒を怠ろうものなら即座に地獄逝きであろう。

 

 「…光線級、排除完了」

 

 『ご苦労だった。……総員傾注!!たった今エーベルバッハ少尉が最後の光線級を排除した、これより我等は戦線を離脱する!!』

 

 『『『『了解!!』』』』

 

 アイリスディーナの号令と同時に七機の戦術機はBETAの群がる地上から飛翔して離脱を開始する。光線級の脅威の無い今ならば普段よりも高い高度を飛翔したとしても問題は無い。地上から100mほどの上空で、テオドールはようやく一仕事終える事が出来たために深々と安堵の溜息を吐きだした。

 

 『さて、任務で疲れてすぐさま帰還してベッドに潜り込みたいであろう諸君たちには申し訳ないが……次の任務の要請が入った』

 

 が、そのいい気分も突如として響いてきたアイリスディーナの台詞の前に粉微塵に砕かれる。ようやく一仕事終えたというのにまだ何かあるというのか、そんな不満を込めてテオドールは顔を顰める。が、アイリスディーナは特に気付いた様子もなく話を続ける。

 

 『大した任務、というわけではないがな。ポーランド人民軍の戦車部隊が全滅寸前とのことで救援要請を出してきた。これより我らで彼らの救援に向かう。レーザーヤークトに比べれば気楽な任務だろうが………気は抜くなよ?』

 

 『『『『了解』』』』

 

 「……了解、はあ……」

 

 テオドールは重々しく息を吐き出しながらがくりと肩を落とした。

 もはや弾丸も推進剤も余裕がないというのに今度は戦車部隊の救出任務…、此方は早々にカティアを連れて基地に帰りたいというのにとんだ災難だ、と忌々しげに舌打ちする。

 だがやむを得ない。アイリスディーナは己の上官、上官の命令は如何に理不尽でも絶対だ。上官反逆は下手をしなくても銃殺刑。最もこれまでの経験からして他はともかくとして流石にアイリスディーナはそこまでの事ははしないであろうが…。

 

 (…しかし、あのお漏らし娘が果たして待っていられるか、ねえ…)

 

 戦術機で重苦しい雲の下を飛行しながら、テオドールはそんな馬鹿馬鹿しい事を考える。

 まるで、これから始まる戦いの為に少しでも緊張を和らげるかのように…。

 

 

 ポーランド人民軍戦車部隊SIDE

 

 

 そして、その頃フレデリック達の所属する戦車部隊、否、この場合はフレデリック達4人というべきであろうか、彼らは今まさに死と隣り合わせともいえる状況へと追い込まれていた。

 

 「クソがっ!!こっちに近寄るなサソリ野郎!!…おい!!ボサッとしてないでテメエらも手を貸せ!!」

 

 「りょ、了解!!ちくしょおおおおお!!こんなところで死んでたまるかよおおおおお!!!」

 

 「お、おい!!今度はこっちからも戦車級が装甲を齧る音が…」

 

 「一々そんなものにビビってんじゃねえ!!死にたくなかったら撃ちまくれ!!」

 

 フレデリックと彼の部下達は戦車の車体に空いた穴から侵入してこようとする戦車級へとアサルトライフルや拳銃の弾丸を次々と叩きこんでいく。銃弾が肉体に突き刺さるたびに戦車級からは紫色の、まるで鉄錆と硫黄が混ぜ合わさったかのような刺激臭が漂う血液が噴出して戦車内部とフレデリック達へと容赦なく振りかかる。強烈なにおいに思わず鼻を塞ぎたくなる衝動に駆られるものの、こんな場所でこんな状況でそんな事をしていられる余裕はない。フレデリックは眼前の化け物の大きく開いた口へと容赦なく弾丸を叩きこんでいく。

 やがて生命活動を停止した戦車級は崩れ落ちて車体から滑り落ちる。しかしすぐさま別の戦車級が穴の隙間から姿を現す。それだけではない。今度は別の個所から装甲を食い破ろうとする咀嚼音が響いてくる。それも一つだけではなく二つ、三つ……。

 もはやこの戦車はただの鉄の棺桶であった。此処に居ては自分達はいずれこの化け物共に一瞬で骨も残さず食い殺されるであろう。早急に此処から逃げ出さなければ己達の命は無い。だが、恐らく戦車の周囲はBETA共によって包囲されている。そんな中をどうやって突っ切れというのか……。フレデリックは唇を噛みしめる。

 

 (今度こそ……終わりか……)

 

 首飾りの赤い石を、強く強く、それこそ指先が白くなるほどに握りしめながら彼は今度こそ己と部下の死を覚悟する。もはや己達は助からない、それこそ奇跡でも起きない限り…。

 

 (奇跡と言えば……、どうせなら、最後にもう一度、“あいつ”に会ってみたかったな…)

 

 フレデリックの脳裏をよぎる光景、それは5年前、あの仲間達が全員死んでいったあの地獄の中でただ一人生き残ったあの時…。そして、自分の事を助けてくれたあの巨大な怪獣の事……。

 あれ以来一度も姿を見せず、あれは幻覚なのではと考えてしまったことも何度かあった。

 でも、それでもあれは現実なのだと最後は信じ、そしていつか再びあの怪獣に会いたいと心の中で思い続け、それまで死ねないと今日まで生き続けてきた。

 その誓いも此処で儚く潰えてしまう、それがフレデリックの残す数少ない心残りの一つであった。

 だが、たとえ死ぬとしてもただでは死なない。せめて一匹でも多くこの化け物共を道連れにしてやる、フレデリックは弾装を入れ替えるとライフルの銃口を戦車級へと向ける。

 そして、ついに戦車級が穴を押し広げて戦車の内部へと侵入を開始した、その時…。

 

 空を引き裂くような轟音が連続して響き渡り、それと同時にこちらへ身を乗り出していた戦車級が突如として戦車の天井もろとも木っ端微塵に砕け散ったのである。

 

 「……あ、あれは…」

 

 何事かとフレデリックは天井が吹き飛ばされて出来た巨大な空洞から空を見上げる。重苦しい漆黒の雲に覆われた空、そこから数機の巨大な人型が地上へ向けて降りてくる。

 そのシルエットの正体に、フレデリック達は直ぐに気付く。それは自国においても使用されている戦術歩行戦闘機、Mig-21バラライカに間違いない。まさか基地の連中が自分達の救出に来てくれたのか?一瞬そう考えたフレデリックであったが直ぐにその予想は否定される事となった。

 着地の際に巻き上がった雪煙が消えて姿を現した七機のバラライカ、否、厳密には一機だけ明らかにバラライカとは違うシルエットの機体も存在するが、それらの機体のカラーリングはポーランド人民軍に配備されているものとは異なっている。さらに右肩にペイントされている国旗はポーランドのものではなく、東ドイツ国家人民軍所属を示すもの。左肩には部隊章なのだろうか666の文字を冠した角の生えた髑髏らしき絵がペイントされている。

 

 「この機体は…、確かあの嬢ちゃんが所属しているっていう……」

 

 その部隊章に心当たりのあったフレデリックは思わず息を飲む。何故ならそれは確か自軍がつい最近保護した女性衛士が所属していると言っていた部隊の部隊章そのものであったのだから。

 部隊名は第666戦術機中隊、通称『黒の宣告』中隊。巷ではやれ『選別中隊』だの『死神中隊』だのとあだ名をつけられて嫌われているものの、『幾つものレーザーヤークトを成功させ続けてきた東ドイツ最強の戦術機中隊』という一点で評判の高い部隊である事はフレデリックもよく知っていた。実のところあのカティアとかいう少女がその中隊の隊員であることにはフレデリック自身も最初は疑いの目を持っていたものだった。

 そんな腕利きの部隊がこんな絶体絶命の状況で救助に来てくれた、もはや偶然とは思えないこの状況にただただ唖然とするしかない。が、いつまでもこんな処でボーっとしているわけにはいかない。

 

 「……よし!!お前ら今のうちに逃げるぞ!!BETA共が東ドイツの連中に引きつけられているうちに此処から脱出する!!だが武器と弾は最低限持っておけ、少なくとも戦車級一頭は片付けられる量をな!!」

 

 「「「りょ、了解!!」」」

 

 フレデリックはアサルトライフルと弾丸をありったけ掴み取ると大きく穴のあいた戦車の天井から外へと這い出る。その後ろから部下達が続く。

 外に出た瞬間、全身に叩きつけるかのように吹雪と雪が襲いかかってくる。フレデリックはゴーグルを装備すると全身に襲いかかる冷気と霰と雹が叩きつけられる痛みに眉をひそめながらも小走りで雪原を走りだす。

 吹き荒れる吹雪の中、時折何やら人間大の影やら何かが蠢くような音やらが聞こえてくるがそれらは無視する。それが何なのかはもはや見ずとも分かるしそんなものに気を取られている暇すらもない。

 ひたすら前を向いて走るフレデリック達の背後からは銃撃音と爆発音、そして何か果物が潰されるかのような音が響いてくる。このままここに居れば自分達も流れ弾を喰らいかねない、早急に脱出しなければ…。

 せめて無事生き延びてくれよ、と心の中で呟きながら雪原を走るフレデリック、が……。

 

 「う、うわああああああああああああああ!!??」

 

 「!?」

 

 突如として背後から響き渡った部下の絶叫に反射的に足を止め、振り向いてしまう。

 そして、振り向いた彼の目に飛び込んできたものは、いつの間に出現したのか此方めがけて接近してくる二体の戦車級と、恐らく雪に足をとられたのか転倒して動けずにいる部下の一人と彼を護ろうと戦車級に銃撃を加える部下二人の姿であった。

 部下達は脱出時に持ちだしたアサルトライフルを構えて戦車級めがけて弾丸を雨霰と撃ち込んでいく。銃弾に構わず接近する戦車級であったがやがて一体は全身に穿たれた銃痕から紫色の血を噴き出して地面へと倒れ込む。が、もう一体は身体を穿つ銃弾などものともしない様子で三人に向かって迫っていく。

 

 「……チッ!!」

 

 フレデリックは軽く舌打ちしながら自身もアサルトライフルの銃口を戦車級に向ける。

 銃口から連続で発射された銃弾が次々と戦車級に突き刺さり、紫色の血と赤黒い肉片が周囲へと飛び散っていく。

 横からの銃撃に戦車級は動きをいったん停止するとまるでのっぺらぼうか何かのような眼も鼻も口も存在しない赤い頭部をフレデリックへと向ける。此方へと頭を向けた戦車級にフレデリックは銃口を向けながらニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「ド・ヴィゼーニャ(さよならだ)」

 

 小声と共に放たれた銃弾が、戦車級の頭部をズタズタに引き裂いていく。やがて頭部を原形をとどめないレベルにまで破壊された戦車級は一瞬身体をふらつかせると、地面に突っ伏すかのように倒れ伏した。戦車級の死を確認したフレデリックは深々と溜息を吐きだした。そんな彼の姿に、部下達は信じられなさそうに眼を丸くして凝視している。

 

 「ぐ、軍曹……」

 

 「はあ……、はあ……、ったく、少しはしゃんとしやがれ…。一々俺に世話焼かせないでくれよ全く…。まあいい、とっとと弾を補充して此処をいど………」

 

 「軍曹おおおおおおお!!!後ろ、後ろに!!」

 

 「……ああ?お前ら一体何を……」

 

 部下達の焦った表情に怪訝な顔をしながら背後へと振り向くフレデリック。その視線の先に居たのは………。

 

 「………あ?」

 

 此方に向けてゾウの鼻の如き触腕を振りかざす闘士級BETAの姿であった。

 

 

 バラナビチ基地SIDE

 

 

 「……報告です、東ドイツ派遣軍の活躍で敵BETA集団の光線属種の殲滅に成功、もうすぐ我が軍による爆撃が行われるとのことです!!この戦い、我々の勝利です!!」

 

 「……そうか、了解した……」

 

 兵士からもたらされた報告に軍医は目の前の患者を治療しながら相槌を打った。が、彼のそんな淡々とした反応とは逆に、基地からはざわざわとどよめきが湧き上がり始めていた。

 

 「……勝った」「俺達、勝ったんだ……」「今日も、今日もどうにか生き延びたんだ…」

 

 口々に声を上げ始める周囲の兵士達と患者達、そんな姿を横目で見ながら軍医は溜息を吐きつつ患者の傷に包帯を巻いていく。そんな軍医の素っ気ない態度に彼の補佐をしていたカティアは訝しげに眉をひそめる。

 

 「あ、あの……、せっかく勝ったのに嬉しくないんですか…?もう基地から危機は去ったっていうのに…」

 

 「こんなものは勝利でも何でもありませんよ。大元であるミンスクハイヴを潰さない限り、この戦いは終わらない、戦いが終わらなければ勝利でも何でもない。だったら喜べるはずがないでしょう?」

 

 「……!!す、すみません……」

 

 「…いえ。ああ、そこの包帯をとってください少尉」

 

 カティアの謝罪に淡々と返答する軍医、彼に包帯を渡しながらカティアはほんの一瞬でも舞い上がってしまった己を恥じる。

 彼の言うとおりまだ戦争は終わっていない。この戦争が終わるのはミンスクハイヴが陥落するか、あるいは派遣軍が全滅して戦闘続行不可能になるかのいずれかしかあり得ない。

 そして現状では後者の可能性の方が高い。今回の襲撃でポーランド人民軍は相当な痛手を被った。もしも再度襲撃があろうものなら果たして防衛しきれるかどうか、そして、借りに基地が突破されたとしたら次に標的となるのは……。

 カティアは未来に待ち受けているであろう己達の末路を思い、恐怖で体を震わせる。

 作戦は成功した、とのことだが味方がどれほどの損耗を受けているか、等という知らせは聞いていない。もし、もしも中隊の誰かが墜ちていたら、そしてそれがアイリスディーナやテオドールであったのなら……。

 心を過る不吉な予想、カティアは無理矢理それを抑え込んでけが人の治療に専念する。

 

 「…失礼します!!当基地所属の第401戦術機中隊が帰還しました!また、東ドイツ国家人民軍派遣部隊所属の二個中隊も戦車部隊の隊員を救出したとのことで当基地に…」

 

 「……!?て、テオドールさん達が…!!……あ、すみません」

 

 兵士からの報告に図らずも大声を上げてしまったカティアは、すぐさま口を閉じて治療を続ける軍医に謝罪する。が、軍医は特に気にした様子もなく、一旦手を止めるとカティアの方へと顔を向ける。

 

 「…気にしてはいません。ですが、そうですね……、もう私一人でどうにかなりそうですので少尉は中隊の方々と合流なされてはいかがでしょうか?…おい、少尉の案内を頼む」

 

 「ハッ!了解しました!!」

 

 「……え!?で、でもこれだけの人をたった一人で……」

 

 未だにけが人は100人近く居る。中にはもはや死体同然の治療しても手遅れであろう患者もいるがそれを除いたとしても彼一人で全員診きるのは難しいと言わざるを得ない。

 そう視線で訴えるカティアに軍医は淡々と言葉を紡ぐ。

 

 「…失礼ですが、これ以上素人に手伝っていただく事はありません。此処は我ら医者の戦場、少尉には少尉の戦場があるはずですが…」

 

 「……!!」

 

 軍医の台詞にそれ以上言葉を継げずに押し黙るカティア。彼は話は終わったとばかりに患者へと向き直り治療を再開する。カティアはその姿を黙ってみているしかなかった。が、いつまでもそこに居るわけにはいかない。

 

 「少尉、こちらです」

 

 「……はい、お願いします」

 

 兵士の後についていくカティア。彼女は後ろを振り返る事無くその場を立ち去って行った。

 

 

 

 兵士の案内によって戦術機格納庫に到着したカティア。そこには既に基地への帰還が完了した戦術機が並んで整備兵達による修理を受けている。

 だが、その数は出撃前に並んでいた数から半分近く減少している。残っている機体もまた腕部、脚部の喪失、跳躍ユニットの破損等の重度の損傷が目立ち、無傷の機体は何一つ残っていない。

 無論帰還できただけでもマシな方だ。此処に機体の無い者の末路はもはや言うまでもないのだから。

 格納庫のあちこちに強化装備を纏った衛士達の姿が見える。どの人間の表情も疲労と無気力に満ちており、床に座り込んだり壁にもたれかかったりして動こうとしない。

 そんな中でカティアは見知った顔を見つける。長い豊かな銀髪が特徴的な強化装備の女性、第401戦術機中隊『ニェトペーゼ』所属の衛士、シルヴィア・クシャシンスカ少尉であった。そのすぐ近くには中隊長のコシチュシュコ大尉、カティアの尋問を担当した政治将校も居る。三人とも大した怪我は無いようではあるがどの表情も疲労で満ちている。

 

 「皆さん…!!無事だったんですね!!」

 

 カティアが声を上げると三人はゆっくりと顔を上げてカティアに視線を向ける。

 

 「ああ……、誰かと思ったら東ドイツ軍の少尉じゃないの…。どうやら無事生き残れたようね、ま、戦闘参加してないなら当然だけど」

 

 「あ、はい…。皆さんは、えっと………」

 

 カティアはそこまで言うと口を閉ざして視線を彷徨わせる。シルヴィアはどうでも良さそうに視線を反らし、コシチュシュコ大尉は暗い表情のまま沈黙している。政治将校も二人同様にしばらく沈黙していたが、やがて沈痛な面持ちでゆっくりと口を開いた。

 

 「……三人、殉職した。二人レーザー、一人は要撃級に、な……。もしも援軍が遅れていたのなら………我々もこの場にはいなかったかもしれないな……」

 

 「………」

 

 二の句が継げない。勿論カティアとて衛士だ、BETAとの戦闘によって誰もが死ぬ可能性がある事も、少なからず犠牲が出る事もいやというほど知っている。だが、それでも言葉が出ない。自分を救ってくれた部隊の人達に、少なからず犠牲が出た事に…。

 

 「…この程度の犠牲、BETA戦ではよくあることだ。貴官の気にする事ではない…」

 

 「そう、ですよね……」

 

 カティアは肩を落として顔を俯かせる。分かっている、分かってはいるのだが納得できない。そんなやるせない思いがカティアの心に渦巻いている。

 顔を俯かせて押し黙るカティア、この基地において部外者な己に、この戦いで碌に役に立たなかった己には彼らにかける言葉が無い。故にカティアはただただ黙って立ちすくむ事しかできなかった。一方の三人ももう話す事がないのか、あるいはその気力もないのか黙りこんでいる。

 四人の間に再度沈黙が漂い始めた、が、その時…。

 

 「…カティア!!」「ヴァルトハイム少尉!!」

 

 突如として耳に聞きなれた声が聴こえてくる。カティアはハッと顔を上げると声の聞こえた方向へと顔を向け、瞬時に大きく眼を見開いた。

 

 「…え?あ、アネットさん!?イングヒルトさん!?ファム中尉にテオドールさんも!!」

 

 「無事そうでよかったわカティアちゃん。…ほらテオドール君も何か言ってあげたら」

 

 「………漏らしてねえだろうな、お前」

 

 「も、漏らしてません!!それが久しぶりに会った人間に対する態度ですかテオドールさん!!最低ですっ!!」

 

 そこに居たのは己と同じ第666戦術機中隊のメンバーであり己の先輩であるアネット・ホーゼンフェルト少尉とイングヒルト・ブロニコフスキー少尉であった。その背後にはファム・ティ・ラン中尉、そしてそっぽを向いて此方を見ようともしない中隊で数少ない男性衛士、テオドール・エーベルバッハ少尉がいる。が、何故か残るメンバー三人、中隊長アイリスディーナ・ベルンハルト大尉と副官ヴァルター・クリューガー中尉、そして中隊付きの政治将校グレーテル・イェッケルン中尉の姿がどこにも見当たらなかった。

 一先ずテオドールのぶしつけな発言への怒りを収めたカティアはファムへと視線を向ける。

 

 「えっと、あの、ベルンハルト大尉とクリューガー中尉、イェッケルン中尉は?」

 

 「同志大尉たちなら第502戦術機中隊の隊長と一緒に基地の責任者と話をしに行ってるわよ。今回の戦闘の事とカティアちゃん、貴方の事で、でしょうね」

 

 ファムの返答にカティアも納得する。仮にも自分はこの基地に保護されていた身だ。上司であるアイリスディーナが中隊を代表して礼を言いに行くのも当然かもしれない。ついでに自分を連れて帰ることについて色々と話をしているのかもしれない。

 カティアがそんな事を考えていると、いつの間に此方に気がついたのかコシチュシュコ大尉がファム達に向かって歩みよって来る。

 

 「貴官らが第666戦術機中隊の。ポーランド人民軍第401戦術機中隊隊長のヤン・コシチュシュコ大尉という。貴官らのお噂はかねがね」

 

 「国家人民軍第666戦術機中隊所属ファム・ディ・ラン中尉です。どうせ碌な噂じゃないでしょう?まあそれはともかく、ヴァルトハイム少尉を保護してくださった事、中隊長に代わってお礼申し上げますわ」

 

 「いやいや、こちらこそ窮地を助けていただき感謝している。そちらの中隊長にあったのならば改めて礼を言うとしよう」

 

 互いに笑顔で握手するファムとコシチュシュコ大尉。とはいえ両者共に油断なく相手を見据えており、さらに政治将校は笑顔もなくファム達をジッと観察するかのように眺めている。一方のシルヴィアは関心なさそうに顔を俯かせている。

 何だかんだあるもののにぎやかに会話する衛士達、であったが……。

 

 「…しっかりしてください軍曹!!やっと、やっと基地に到着したんですから……!!」

 

 「おい、おい誰か!!軍医を呼んできてくれ!!早く!!」

 

 「早く、早くしてくれ!!このままじゃ軍曹の命が!!」

 

 「……え?」

 

 突如として格納庫に響き渡る誰かの怒声。必死な大声で医者を呼んでくれと叫ぶ兵士達が三人、否、もう一人いる。

 一人の兵士が背中に誰かを背負っている。まるで背中に背負われたリュックのようにおぶさっているその誰かは、時折苦しげに呻きながら体を揺すっている。

 その背負われている人間の顔を見た瞬間、カティアの表情が信じられないものを見たかのように凍りついた。

 なぜならその顔は、己がよく知っている人間の顔であったのだから……。

 

 「……フレデリックさん!!」

 

 それはこの基地に保護された自分の世話を命じられ、この基地の案内をしてくれた戦車兵、フレデリック・コルベであった。その姿を見た瞬間、カティアは脱兎のごとく駆けだした。背後からテオドール達が何事か叫んでいるもののそんなものを気にしていられない。

 カティアは兵士に背負われたフレデリックに駆け寄るとその体に触れないよう注意しつつ彼に必死に声をかける。

 

 「フレデリックさん!!フレデリックさん!!しっかりしてください!!」

 

 「なッ!!何だよアンタは!!軍曹の知り合いだったら頼むから軍医呼んできてくれ!!そうでなかったら邪魔だからどいてくれ!!こっちは一刻を争うんだ!!」

 

 フレデリックに近寄るカティアに兵士はいらただしげに声を荒げる。此方は一刻を争う状態なのだ、頼むから邪魔をするな。鬼気迫る勢いにさしものカティアも怯んで後ずさりする。が……。

 

 「……おい、あんまり、女いじめるな……。それも、こんな、年端もいかねえガキに、よお……」

 

 「ぐ、軍曹!?」

 

 「フレデリックさん!!」

 

 突如として意識が戻ったのか、弱弱しげな声で部下を窘めるフレデリック、あまりに突然の事に彼の部下達とカティアは仰天してしまう。そんな彼女達の反応にフレデリックは身体を襲う激痛に耐えながら苦笑する。

 

 「ハ……、それより、いつまでおぶってんだお前ら…。早く俺を、寝かせてくれ…。毛布とかそういうのはいらん、床でいい、から……」

 

 「へ……、は、ハイッ!!」

 

 部下達は急いで床にフレデリックを横たえる。とはいえ流石にそのまま横たえるわけにもいかずに己の着ているジャケットを脱ぐとそれをせめてもの布団変わりに床に敷いてその上にフレデリックの体を横たえる。

 改めて見たフレデリックの体の状態、それは酷いものであった。胸部が何か巨大な鈍器で殴られたかのように深々と陥没しており、砕けた肋骨が数本皮膚と服を突き破って外に飛び出してしまっている。ひょっとしたら内臓も潰れているかもしれない。またその顔色はまるで紙のように真っ白になっており、息苦しそうにゼエゼエと呼吸をしながら時折せき込んで血を吐いてしまう。

 致命傷…、もはやだれが見てもそうとしか思えないほどの重傷、寧ろ此処まで生きている方が奇跡と言えるだろう。暗い、今にも泣き出しそうな表情を浮かべるカティアに、フレデリックは安心させるように笑みを浮かべる。

 

 「何……ちっと……、ドジ踏んじまってな……背後の闘士級に、気がつかねえで……ガハッ!!」

 

 「フレデリックさん!!」

 

 せき込んで大量の血を吐くフレデリックにカティアは悲鳴を上げる。これほどの重傷ではもはや話すことすらも苦痛だろう。だが、フレデリックは笑みを崩さぬまま途切れ途切れに話を続ける。

 

 「これで、良いんだよ……、あの時、死んでたはずの、命だ………、寧ろ、生き過ぎたほうだ、よ……」

 

 「そ、そんな……」

 

 「ごねん、まえの……パレ、オロゴスで……俺は、一度、死にかけ…た…。だけど……生き残った…俺、だけ……仲間は……全員…死んだ、のに……」

 

 話を続けるうちにフレデリックの表情が段々と歪んでくる。まるで過去に起きた悲劇を嘆くかのように、そして何かを後悔するかのように…。その今にも泣き出しそうな表情に、カティアと部下の三人はただただ黙りこむ事しかできなかった。

 

 「……同志軍曹」

 

 と、唐突に頭上から何者かの声が聞こえてくる。思わずカティアが頭上を見上げると、そこにはシルヴィアが腕を組み、いつも通りの無表情でフレデリックを見下ろしていた。よく見ると他にもコシチュシュコ大尉と政治将校、そして666中隊のメンバー4人も此方に集まっている。

 シルヴィアは瀕死のフレデリックを見下ろしながらフン、と嘲るように鼻を鳴らした。

 

 「……ずいぶんな、様ね」

 

 「まあ、な…、悪いが、先、逝くわ……。なあ……、シルヴィア……」

 

 「……何?」

 

 フレデリックはシルヴィアに向かって先程とは打って変わって穏やかな笑みを向けると、ただ一言、言葉を紡いだ。

 

 「お前は……悪くねえ、よ……」

 

 「……その言葉、そっくりそのまま返させてもらうわよ。冥土に、持って行きなさい…」

 

 それだけ告げるとシルヴィアは背を向け、そのまま格納庫から歩き去っていく。その時カティアはシルヴィアの目じりに何か光るものを見たような気がした。が、次の瞬間フレデリックが激しくせき込み始めた為に弾かれるようにそちらに向き直る。

 

 「フレデリックさん!!しっかり、しっかりしてください!!今、今軍医を呼んで……」

 

 「もう、いい!!俺は…助からねえ!!だから、お前に、お前に一つ、言う事が……!!」

 

 死に賭けだというのにどこにそんな力があるのか、フレデリックは握り潰さんばかりの握力で軍医を呼びに駆けだそうとするカティアの腕を掴んで押し留める。カティアは最初その腕を振りほどこうとしていたものの、直ぐに諦めた様子で再び床に座り込んだ。その姿にフレデリックは安堵するかのように大きく息を吐き出すと、カティアに、その周りに居る人間達に語り聞かせるかのように口を開く。

 

 「カティア…、お前ら…、人間って、いうのは、いつか、別れがくるもんだ…。いつだって、突然に………こんな、ふうに……ゲホッ!!ゴホッ!!」

 

 「軍曹……、もう、もう喋らないでください…!!」

 

 文字通り血を吐きながら語る彼を部下は悲鳴交じりの声で止めようとする。が、フレデリックは部下の言葉を無視して言葉を続ける。

 

 「それは、お前たちだって、例外じゃねえ…、だから……、俺で、俺で慣れておけ……」

 

 「フレデリック、さん……」

 

 「「「軍曹…」」」

 

 「同志軍曹…」

 

 「………」

 

 フレデリックの言葉に、周りの人間は押し黙る。そしてカティアは瞳から涙をこぼしそうになりながら、フレデリックの告げた言葉を噛みしめる。

 別れ…、己もこれから先多くの人間と別れていくことになるのだろう。幼いころに父と別れたあの時のように…。それは仲間の死によるものかもしれないし己の死によるものかもしれない。

 それでもいつかは別れの時が来る。今所属している中隊の仲間たちとの別れも、5日突然に……。だから自分が死ぬのを見てその時に備えておけ、とフレデリックは言いたいのだ。

 分かっている、こんな泥沼の戦いの繰り広げられている戦場では己も仲間達も、今まで知り合った人たちもいつ死ぬか分からない状況であることも、常々それを覚悟しておくことが常識である事も分かっている。

 それでもカティアは、この理不尽な現実を受け入れられない。たった一日知りあっただけだったとしても、その人がこうもあっさりと死んでいくこの残酷な現実が……。

 悔しそうに拳を握り締めて震えるカティア、そんな彼女にフレデリックは腕をブルブルと震わせながら彼女に何かを差し出した。

 

 「カティア……、これを……」

 

 「……!!こ、これ…!!」

 

 フレデリックがカティアに差し出したもの、それは彼がお守りと言って大事にしていたあの赤い石のペンダントであった。唐突に差し出されたそれに、カティアは思わず茫然としてしまうが、フレデリックは手を震わせながらペンダントを彼女へと差し出している。

 

 「貰って……くれ…。どうせ…俺は、死ぬから、な…。もう、持っていて、も、意味は、ねえ、から……」

 

 「で、でも、こんな大事な物…。私なんかじゃなくて、せめて、せめて家族とか恋人とか………」

 

 「俺に……もうそんなのは……いねえ、よ……。いいから……黙って、受け取れ……。何故かな……これは……お前が持つべきだって……感じちまってな………。構いませんよね?同志……中尉?」

 

 そう政治将校に視線を向けて問いかけるフレデリック。政治将校は暫く沈黙していたがやがて重々しくコクリと頷いた。カティアは暫く躊躇していたもののやがておずおずとペンダントを受け取るとそれを己の首にかける。それを見届けたフレデリックは咳き込みながらも満足げに笑みを浮かべる。

 

 「…ハハ……ったく、最初から……素直に、受け取っておけっての……ま、いい……。おい……お前ら……」

 

 「「「……はい」」」

 

 フレデリックの呼びかけに部下の三人は返事を返す。三人とも己の上官がもうすぐ逝ってしまう、それが分かっているが故か覇気も無く蚊の鳴くような声であった。本当ならば直ぐにでも叱りつけたいところであったが、生憎今の己には時間が無い、故に早々に要件を伝えなければ……。フレデリックは荒い息を吐き出しながら一言、唯の一言彼らに言葉を送る。

 

 「……生きろ、何が、あってもな……」

 

 「「「……!!!」」」

 

 静かな、しかしはっきりと耳に届いたその言葉に三人の部下は驚愕したように眼を見開いた。が、直ぐに姿勢を正して敬礼し、「…了解」と絞り出すような声を出す。

 フレデリックは次にカティアの背後で此方を見つめる第666中隊のメンバー、その中の一人であるテオドールへと視線を向ける。

 

 「すまなかった、な……わざわざ、助けて、くれてよ……。まあ……俺は、こんな、様だが……。……あの子を、頼む……」

 

 「……」

 

 フレデリックの言葉にテオドールは言われるまでも無いと言わんばかりに黙って頷く。そんな彼の姿に苦笑いしながら、フレデリックは安心したかのように大きく息を吐き出す。

 悔いは無い。何一つ。

 どうせ5年前に死ぬはずだった命、それが運命の悪戯か神の采配か知らないがこうして5年も生き延び、BETA共と戦う事が出来たのだ。まあハイヴのつぶれるところが観れなかったのは残念ではあったが流石にそれはぜいたくというものだろう。後は彼らに任せるしかない。

徐々に意識が遠くなり、瞼が重くなる中フレデリックは満足げに笑う。

 

 「ああ……でも……一つ、あるとすりゃあ………」

 

 もう一度、あいつに遭いたかった……。

 

 その時彼の脳裏に浮かんだもの、それは5年前に迫りくるBETAを一掃したあの巨大な怪獣の姿。傷だらけでありながらも己を護ろうとするかのように二本の足で大地を踏みしめ立つ雄大なる巨獣の姿……。

 

 それが彼、パレオロゴス作戦唯一の生還者であるフレデリック・コルベ軍曹の最後の言葉、最後に思い浮かべたとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声が聞こえた。そんな気がした。

 

 深い深い海の底、進化の為に眠りについている守護神は、うっすらと瞳を開ける。

 

 何者かが叫ぶ声が、祈るかのような声が聞こえた気がする。少なくとも、己の知る人間ではない誰かの…。

 

 名も知らぬ、顔も分からぬ、見ず知らずのだれかの絶唱、だが、それは眠れる守護神の心に、魂に深く深く響き渡る…。

 

 世界を、己の国を、そこに住む人々を護ってほしい…。襲い来る脅威を滅してほしい…。そんな願いが…。

 

 『グルルルルル……』

 

 巨体の蠢きと共に周囲の水も大きくかき乱される。その体表には長き眠りの間にこびり付いた海藻、フジツボにびっしりと覆われており、一見すると海底に埋まっていた巨岩が動いているかのような様相である。

 

 暗黒の世界の中、永い眠りより覚めた巨神は頭上へと視線を向ける。闇の世界を抜け、青き海を抜け、その先に広がっているであろう紺碧の空を、あるいはこの星のものではない生命によって蹂躙されつつある地上へとその鋭い射抜かんばかりの眼光を送る。

 

 『グルアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!!!』

 

 目覚めの時は来たー。長き眠り果て、傷を癒し進化を遂げた星の守護神は深き闇の世界で高らかに咆哮を張り上げる。

 

 咆哮の音圧で震える海底、振動する暗黒の世界を逃げ惑う無数の深海魚、それはさながら、漆黒の夜空に広がる星星の如き光景であった……。

 

 

 




 言わずと分かるかもしれませんがコルベ軍曹は今作品においてのクルト・グリーベルの役割になっています。なんせ戦場が東ドイツじゃないせいでクルトさん出番ないもので…。ひょっとしたら出番なるかもしれませんけど、ね…。
 勾玉渡すシーンとか最後のシーンとか雑になってしまったかもしれませんので、どうかご意見等お願いいたします。

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