Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 どうも申し訳ありません。だいぶ遅めの更新になってしまいました。
 最近始めたネトゲにはまってしまい、すっかり執筆が遅くなってしまい…。
 どうにか最新話完成しましたので投稿します。…本当はここで防衛線終わらせたかったんですけど…。


第6話 Krieg der Abreibung-消耗戦ー

 バラナビチ基地から10キロ先の地点に広がる吹雪吹き荒れる雪原。

 本来一面の銀世界であり、生命の息吹も感じさせぬほどの静けさに満ちていたであろうそこは、今や爆音と共に幾条もの噴煙が立ち上り、毒々しい紫色の血と肉片が大地を染め尽された戦場と化している。

 敵は基地へと迫りくるBETAの大集団その数は大型小型含めおよそ三万以上、それを迎え撃つのは基地に駐留するポーランド人民軍派遣軍所属の戦術機部隊、規模はおよそ二個中隊規模。

 部隊の任務は基地へ向けて猛進するBETAの大群を可能な限り殲滅する事、流石に二個中隊、24機程度のバラライカだけで三万ものBETAを相手にする事等できない。ましてや群れの中には航空兵力を無力化する光線級までいるのだ。航空兵力や核兵器によって一掃する等という手段はとれない。それ故に戦術機、戦車といった地上兵器によって攻略する以外には無いのだ。

 本来ならば戦術機部隊によるレーザーヤークトによって光線級を排除してからの航空爆撃による群れの一掃こそが定石であるのだが、あいにくとポーランド人民軍にはレーザーヤークトに割けるだけの戦術機が無い。故に戦術機部隊は全軍を持ってBETAを足止め、援軍を要請した東ドイツ国家人民軍の到着までの事実上の時間稼ぎを担う事となったのだ。

 最もただでさえ数に違いがありすぎるうえに武器弾薬に限りがある戦術機部隊のみで三万ものBETA群を足止めできるはずもなく、結果的に何百体ものBETAを素通りさせる結果となっている。それでもポーランドの戦術機部隊はどうにかBETAを排除し、その数を一匹でも多く削り取ろうと銃弾をばら撒き、短刀、長刀を振り回しながら果敢にBETAの大軍勢へと向かっていくのだ。

 

 『ニェトペーゼ08、弾丸5割きりました!!畜生!こいつら次から次へと…!!』

 

 『ニェトペーゼ10、此方も弾丸残り5割です!!……ああクソ!!近寄るんじゃねえ化け物共!!』

 

 その戦術機部隊を構成する戦術機中隊の一つ、第401戦術機中隊『蝙蝠(ニェトペーゼ)』中隊もまた、無限とも思える巨蟲の群れへと攻撃を仕掛けていた。

 跳躍ユニット、ジェットユニットを駆使して出来得る限り地に足をつけず地面すれすれを飛行しながら群がるBETA目掛けて弾丸を撃ち込む12機のバラライカ。大地には数え切れないほどの戦車級、闘士級が群れをなして這い回っており、文字通り足の踏み場もない。万が一地面のBETAを踏みつぶして降下したとしても直ぐに戦車級に取りつかれ、戦術機はスクラップ、中の衛士は奴らに喰われるという事はもはや火を見るよりも明らかだ。

 だからと言ってあまり高く空を飛ぶわけにもいかない。何故なら……。

 

 『く、クソッ!!このサソリもどき共が!!こんなのの相手なんざしてられっか!!』

 

 『!?お、おい!!待てニェトペーゼ11!!あまり高く飛ぶな!!』

 

 コシチュシュコ大尉の忠告を無視して地上を這うBETAの手の届かない上空へと飛翔するバラライカ。搭乗していた衛士はひとまず危機を逃れられた事にホッと安堵の溜息を洩らす。…その行動がどれほど危険な事なのかも忘れて…。

 

 『は、ハハ……、し、死ぬかと思ったけどほんの少し高度上げりゃあこんな蟲共恐ろしくもなんとも……『高度を下げろおおおおおおおお!!!!』……へ?ちゅうたいちょ……』

 

 コシチュシュコ大尉の必死の絶叫に一瞬キョトンとするニェトペーゼ11。だが、その言葉は最後まで紡がれる事は無かった。

 何の前触れもなくBETAの群れの中から放たれる一条の閃光、それが空中を浮遊するバラライカの胸部を、衛士搭乗ユニットが備えられているそこを寸分違わず貫いたのだ。

 閃光が一瞬で消えさると、残されていたのは胴体部に巨大な空洞を抉られたまま空中に浮遊するバラライカのみであった。

 搭乗ユニットを衛士もろとも失ったバラライカはそのまま空中から落下、地面に激突と同時に爆発炎上した。その一部始終を目撃していたコシチュシュコ大尉は苦々しげに表情を歪め、それ以外の隊員の表情からは血の気が引いている。

 バラライカを貫いた光線の正体、それはまぎれもなく光線級によるレーザー照射に他ならない。数千メートル以上の超高空を飛ぶ爆撃機を撃ち落とす精密性、戦艦の装甲すらも溶解、蒸発させるほどの貫通力を誇るBETAの持ちうる最強にして唯一の対空砲火。

 如何に戦術機が高機動であるとはいえ、光速で発射される閃光の槍にはなすすべなく貫かれる以外には無い。唯一の救いは、バラライカに搭乗していた衛士はほんのわずかな痛みも感じる事無く、否、己が死んだ事にすらも気づかずに逝けた事のみであろう。

 

 『……チッ!総員傾注!!見ての通りだ!!もしレーザーで腹にでかい穴開けられたくなかったら空に飛ぶな!!』

 

 『……!!りょ、了解!!!』

 

 コシチュシュコ大尉の怒鳴り声に残る衛士達はBETAと応戦しながら上擦った声で返答を返す。もはやこの世界、この戦場で見慣れたものであるとはいえ、今まで己の隣で戦っていた戦友がレーザーに撃ち抜かれなすすべなく死んでいく姿は見ていて気分がいいものではない。

 

 (もっとも、そんなものはもう飽きるほど見てるんだけど、ね…)

 

 シルヴィアは冷静かつ冷徹にそんなことを考えながら眼前に迫る要撃級の人間の頭部に酷似した尾節へと弾丸を叩きこむ。既に同胞の死ぬところを幾度となく見ているシルヴィアにとって、先程の戦友の死に眉をひそめる事はあっても動揺することはもはや無い。

 決していい気分ではないのであるが…。

 

 「安心なさいな、仇はちゃんと取ってあげるから」

 

 まるで先程死んだ衛士への弔辞の如くそう呟いたシルヴィアは崩れ落ちる要撃級には目もくれず、その背後から押し寄せる戦車級の群れを迎え撃とうと、主腕と補助腕に構えた二丁の突撃砲の銃口を向けた。

 

 

 

 

 そして場所は変わって此処は基地から数キロ離れた雪原。此処もまた基地めがけて猛進するBETAの集団と基地を護らんと迫りくるBETAの軍勢を食い止めんと砲撃を雨霰と叩きこむ戦車の軍勢がさながら鉄の壁の如く立ちはだかっている。

 鉄の壁の如く立ち並ぶ戦車に向け、此方も壁か、さながら津波の如く迫りくるBETAの集団。戦術機部隊によってある程度削られているとはいえそれでも機動力の低い戦車部隊にとって脅威であることには変わらない。

 だからこそ戦車部隊は主砲、備え付けの機関銃等を用いて近寄るBETAを次々と排除していく。砲弾は着弾と共に爆発し、複数体のBETAを巻き込み吹き飛ばしていくが、それによって生まれた空白は再び押し寄せてくるBETAの集団によって瞬時に修復されていく。幾ら潰してもきりが無い状況に、戦車部隊の兵士達の間には焦燥の雰囲気が漂っていた。

 

 「くっ…、こいつら次から次へと…。隊長!このままじゃあ……」

 

 「…落ち着け!…だが確かにこのまま撃ち合っててもこっちがじり貧であることには間違いねえな…。このまま少しずつ後退しながら砲撃続行!!突撃級は足を狙い、要撃級はあの気色悪い尾っぽを狙え!!小型種共は密集してるところをまとめて吹き飛ばせ!!いいな!!」

 

 「「「了解!!!」」」

 

 (…と、言ってももう弾も残り少ない…。それは他の連中も同じだろうがな。さて、どうするか……)

 

 その戦車部隊の戦車の一機、そこに三人の部下達と搭乗するフレデリックは檄を飛ばしながらもこの状況を如何にするべきかと思考を巡らせていた。主砲の弾も機関銃の弾丸も有限である以上、遅かれ早かれ弾切れを起こす。そうなったらどうするか、日本のカミカゼよろしくBETA共目掛けて特攻でもするか?フレデリックはがらでも無くそんな自虐的な事を考えてしまう。それほどまでにこの状況は圧倒的に不利であった。

 

 (やっぱり頼みの綱は東ドイツの援軍、か…)

 

 フレデリックの脳裏をよぎるのはこの基地に保護されてきた東ドイツの衛士の少女、かつて居た西ドイツから亡命してきたという奇特な少女の顔…。

 この状況を覆すには爆撃機、ミサイルによる面制圧爆撃以外には無い。だが、BETAの集団には光線属種が紛れ込んでいる以上、航空兵力は無力化される。航空兵力を使用可能にする手段は現状ただ一つ、レーザーヤークトによって光線属種を排除する以外には無い。しかしポーランド人民軍の戦術機部隊の現状の兵力ではレーザーヤークトを行う事は困難と言っていい。ならば此処は幾度もレーザーヤークトを行い、それを成功させてきた実績を持つ東ドイツ軍の援軍に頼るよりほかは無いだろう。他国に頼るしか手段が無いというのはあまりにも情けない話ではあるが…。

 

 「…ま、背に腹は代えられねえ、か…!!こうなったら踏んばるぞ!!どうにか弾が切れるまで持ちこたえろ!!」

 

 「も、もし弾が切れたら!?」

 

 「その時は逃げる!!全速力でだ!!どの道此処でBETA止めなきゃ俺達はお陀仏だ!!死にたくなかったら気合い入れろ!!」

 

 「「「りょ、了解!!」」」

 

 フレデリックの怒鳴り声に部下達も大声を張り上げる。眼前に迫りくるのは突撃級、その前方に展開された甲殻はダイヤモンドを越える硬度を持ち、並みの砲弾など弾き返してしまうだろう。狙うべきは脚部、時速100㎞以上の速度で侵攻する突撃級の、常に稼働しつづけるその部位に砲撃を叩きこむのは至難の業であるが、奴らの足を止めるにはこれ以外に方法は無い。

 

 「軍曹!砲弾装填完了しました!!」

 

 「よし、狙いをつけてギリギリまで引きつけろ!!……撃てえ!!!」

 

 号令と共に轟く轟音、砲弾は突撃級の脚部へと命中、爆発と同時に巨体を支える脚部が二本粉々に吹き飛ばされる。巨体を走行させる要となっていた脚部の片方を失った事で突撃級は勢い余って急停止、地響きとともに地面に倒れ込む。

 倒れ込んだ突撃級は起きあがろうと残った足でじたばたともがいているものの、左右三対合計六本の足の内、片方の足2本を破壊されてしまった以上、立ち上がることは不可能といってもいい。よしんば立ち上がれてもその足では先程の驚異的なスピードで走行することは不可能であろう。

 まだ生きてはいるもののこれで実質突撃級は止められた。だが、戦車兵達の表情に安ども歓喜の表情も無い。地面でもがく突撃級の背後から、さらに複数体のBETAが姿を現したからだ。

 突撃級と同じ大型種である要撃級、そしてその周囲を護衛するかのように取り巻く戦車級が数十頭…。動きの遅い戦車にとって、すばやく集団で襲いかかる戦車級は最も恐るべき天敵である。フレデリックは緊張で息を呑む。

 

 (こりゃ、あのときみたいに奇跡でも起きなきゃ、駄目かね…)

 

 モニターに映るBETAの大集団を凝視しながら、フレデリックの右手は無意識にネックレスの赤い石をギュッと握りしめる。あの時、五年前のパレオロゴス作戦の時にただ一人生き延びたあの戦場で、突如現れて自分を救ってくれたあの巨獣…。

 また、来てくれるのか…、もし来てくれれば、あるいは……。そんな希望的観測を思わず彼は抱いてしまう。

 

 「…ったく、奇跡が起きるんなら、起きてほしいもんだよ……」

 

 ポツリと一言、誰にも聞こえないほどの小声で呟くフレデリック。そんな彼の思いと裏腹に、BETAの新たな群れが彼らめがけて迫ろうとしていた…。

 

 

 同時刻、バラナビチワルシャワ条約機構軍軍事基地では、前線から次から次へと送られてくる負傷者で溢れかえっていた。

 軍医は勿論、看護師や手の空いている整備兵までもが治療に駆り出されている。それほどまでに手が足りない。それほどまでに負傷者が膨大なのだ。

 切り傷、打ち身などといった軽傷の人間など一人もいない。腕を失った者、足を千切られた者、開いた傷口から内臓が飛び出ている者等々、一刻も早く治療をせねば命を失うであろう重症患者のみがこの場に集められているのだ。

 居両区画には到底おさまりきらず、基地の廊下は負傷者のうめき声、悲鳴、すすり泣く声で溢れかえり、地獄の如き様相を呈していた。その地獄の真っただ中、カティア・ヴァルトハイムもまた負傷兵の救護に当たっていた。

 医務室や倉庫から必死に薬品、包帯等を運び、時には衛生兵に呼ばれて負傷者の看護もする。

 カティアが目にするのはもはやいつ死んでも可笑しくない程の傷を負った人間達、否、中には人間としての姿も留めていない肉塊同然の者もいた。彼らを運んだり、包帯を取り換えたりしていたカティアのBDUは、既に兵士達の返り血によって殆どの部分が真赤に染まっている。だが、今のカティアにはそんなことに構っている暇も、精神的余裕もありはしない。眼前に広がる地獄、致命傷を負いながらも死ぬ事が出来ずにうめき苦しむ兵士達の姿に衝撃を受けていたのもあるが、それ以上に己もまたこの中の一人となるのではなかろうか、という不安が心の奥底から沸々とわき上がってきたのである。

 

 「……酷い。こんな……」

 

 「これでもまだましな方ですよ。BETA戦では生き残るどころか体の一部が残っているだけでも珍しいんです。……それは歩兵も衛士も変わりません」

 

 包帯を取り換えながら悲嘆と恐怖が入り混じった表情を浮かべるカティアに対し、そばで兵士の治療をする軍医は淡々と無表情で答える。痛みを訴える声や悲鳴を聞いても動じることなく淡々と治療をこなしていく軍医はどことなく職人のようである。恐らくはこのような光景など数え切れないほど見ているのだろう。カティアなどよりもずっと…。

 重傷者の治療を終えた軍医は一度廊下を見回す。未だに治療が終わっていない患者、治療すらしていない患者が襲い来る激痛に呻き、すすり泣いている。ある者は腹から腸がはみ出、ある者は顔が半分潰れ、またある者は両手両足がもぎ取られただるま同然の姿をさらしている。

 そんな人間が何十人も、苦しみながらも救いを求めている。そんな彼らに対して軍医は…………黙って背を向けて歩きだした。まだ助けを求める人間は山ほどいるというのに仕事は終わった、と言わんばかりの軍医のその姿にカティアは眼を見開いた。

 

 「…!?ま、待ってください!!まだそこに……!!」

 

 「…もう無理です、助かりません。彼等に施せる薬は自決用の青酸カリのみです」

 

 「……!!」

 

 彼の容赦なくバッサリと切り捨てるかのような返答にカティアは一瞬口ごもる。軍医は彼女に構わず言葉を続ける。

 

 「…残っている患者はもう持ちません。治療を施したとしても無駄な苦しみを強いるだけです。それよりもまだ生存の可能性のある患者を優先する方が効率的です。多くの命を救うため、やむを得ない事です」

 

 「で、ですけど……!!」

 

 「失礼ながら少尉の所属されている戦術機部隊も、同じような事をされていると聞きましたが…」

 

 なおも反論しようとしたカティアは、軍医の口から飛び出した棘のあるセリフに再度閉口してしまう。彼の言うとおり、己の所属する戦術機中隊『黒の宣告』は、レーザーヤークト遂行の為に救援を求める友軍を見捨てる事が多く、そのせいで自軍の兵士達からも忌み嫌われている。

 より多くを救うため、人類の勝利の為――。そのようなお題目を謳ってはいるもののそれでも見殺しにしている事は事実、多くを生かすために致命傷を負った患者を見捨てる目の前の軍医と何の違いがあろうか…。カティアは肩を震わせながら顔を俯かせる。

 

 「何かを犠牲にして、より多くの命を助ける…、それは別に貴方達の部隊だけの事じゃない、この世界の戦場ではごく当たり前の話なのですよ。全てを救う事等無理な話、それが現実というものなのですよ」

 

 「……」

 

 まるで此方をフォローするかのように語る軍医の言葉を、カティアは黙って聞いている。

 軍医はそんな彼女を一瞥すると、今度はまるで独り言でも呟くかのようにポツリと呟いた。

 

 「…それに、もし防衛線が突破されれば、今度は我々がこうなるかもしれないのですから……。最もその時には死体も残らないかもしれませんけどね……」

 

 「……!!」

 

 軍医の言葉にカティアは体を震わせる。そう、今この基地には三万を超えるBETAの軍勢が迫りつつある。もしも奴らがこの基地に辿り着こうものなら、自分、そしてこの基地の人間は皆間違いなく奴らの餌食となる事だろう。

 

 (…どうすれば、いいんでしょうか…、私は……)

 

 一人心の底で思い悩むカティア。そんな彼女の意思とは無関係に、自体は刻一刻と進んでいくのだった。

 

 

 第666戦術機中隊SIDE

 

 

 同時刻、東ドイツ国家人民軍所属第666戦術機中隊『黒の宣告』所属のバラライカ6機とチボラシュカ一機は、BETAの侵攻を受けているバラナビチへと向かって飛行していた。今回の任務は現在BETAの攻撃を受けているバラナビチ基地への救援、正確に言うのならば進撃するBETA群に潜む光線属種の殲滅である。なお、『黒の宣告』中隊と出撃した第502戦術機中隊は中隊とは別行動をとって現在BETA群内にて孤立状態のポーランド人民軍所属戦術機部隊の援護へと向かっている。

 

 『もうすぐ目的地に到達する。我らの任務はいつも通りのレーザーヤークト、BETAの集団から光線属種を探し出して叩き潰す、それだけだ。……何か質問はあるか?』

 

 バラライカに搭乗する部下達に事務的な口調でそう言うアイリスディーナの表情は、いつも通りの冷静さを保っている。彼女から投げかけられた言葉に、暫くその場に沈黙が流れる。が、やがておずおずといった様子でアネットが『あの……』と声を上げた。

 

『…何だ?ホーゼンフェルト少尉?質問があるなら言ってみろ』

 

 『はい、あの……、バラナビチ基地に保護されているカティア……、ヴァルトハイム少尉に関してはどうするのでしょうか…』

 

 質問の内容はこの場に居ない隊員、カティア・ヴァルトハイムに関する事。現在ポーランド人民軍に保護されている彼女は、BETAの軍勢の通り道であるバラナビチ基地に居る。もしもBETAが基地にまで到達しようものなら彼女も基地ごと押し潰されることは間違いない。

 それはこの場に居る誰もが分かっている。無論、テオドールも。顔には出さないようにしてはいるものの内心少なからず焦りを覚えているのだ。他はどうかは知らないものの、少なくともアネットとイングヒルトの二人はカティアの事を心配しているようではあった。

 その質問にアイリスディーナは一瞬沈黙すると、先程と変わらぬ口調で返答する。

 

 『無論、任務終了次第迎えに行く。その為にも早急に任務を成功させる必要がある。文字通り時間との勝負になるぞ、覚悟しておけ』

 

 『…!!りょ、了解!!』

 

 アイリスディーナの言葉を聞いたアネットは一瞬表情を明るくするとすぐさま表情を引き締める。イングヒルトもどことなく安心した笑顔を浮かべている。

 だが、気を抜いてはいられない。今回のレーザーヤークトは何時ものモノとは違う。人員が一人少ない影響でいつも通りの陣形が取れない上に、時間も限られている。

 難易度だけで言うのならば通常のレーザーヤークトよりも跳ね上がっていると言ってもいいだろう。ほんの僅かの気の緩みが死、否、部隊の全滅にすらも繋がるだろう。

 だが、それでも怯むわけにはいかない。此処で逃げればまず間違いなくポーランド人民軍は全滅し、バラナビチ基地は壊滅する。そうなれば間違いなくカティアの命は無い。それどころか今度はBETAの群れが東ドイツ軍基地にまで雪崩れ込む可能性とてあり得るのだ。

 ならばここで群れを殲滅する、その為にもレーザーヤークトは必ず成功させる…!!テオドールは操縦桿を強く握りしめた。

 目の前には既に数え切れないほどのBETAの群れが視認できている。毎度のことながらあの群れに突入するとなると全身に震えが走る。しかもその何千何万もの群れを掻き分けて光線属種を探し出して殲滅するのが任務なのだ、それをたった七人でやろうというのだからどれだけ無謀な事か…、テオドールは苦笑いを浮かべる。

 

 『総員傾注!!これより我等はBETA群へと突入する!!我らの同胞であるポーランド人民軍を蹂躙せんとする地球外生物共に黒の宣告を下してやれ!!第666戦術機中隊、突撃に、移れええええええええ!!!』

 

 『『『『了解!!!』』』』

 

 アイリスディーナの号令と共にBETAの群れへと突入する第666戦術機中隊。この戦いで誰が生き残れるのか、はたまた誰も生き残る事が出来ないのか…、それは誰にも分からない。

 それでも生きる、生きるために足掻いて見せる。そして……、あの甘ちゃんを迎えに行って思い切り弄ってやろう、その決意を胸にテオドールは群がるBETAへと立ち向かっていった。

 

 

 ポーランド人民軍SIDE

 

 BETA群突入から凡そ10分足らず…、ポーランド人民軍所属第401戦術機中隊『ニェトペーゼ』とBETA軍との戦闘は未だに終わりを見せていなかった。突入当初は12機だったはずの戦術機は9機に減り、残る機体も主腕の欠損、跳躍ユニットの破損等大なり小なりダメージを負っており無傷な機体は一機も存在しない。

 一方のBETAはもはや1000近くは屠っているにも拘らず次から次へと湧き出てくる。これでは倒しても倒してもきりがない。このままではいずれ弾丸も推進剤も底をつくか、否、それよりも先にBETAの物量に押し負けて食い殺されるかのどちらかであろう。

 

 『…総員、残弾は残り何割だ…』

 

 『ニェトペーゼ02、残弾二割』

 

 『03、同じく残弾二割です…』

 

 『こちら04!残弾残り……ゼロです!!近接戦闘に切り替えます!!』

 

 「05、残弾一割………絶体絶命、ね…」

 

 コシチュシュコ大尉の言葉に返答を返しながら、シルヴィアは苦々しげに表情を歪める。

 もう予備弾装もすべて使い果たした、推進剤も残り少ない。本来ならば早急に撤退するべき状況である。それは己だけでなく中隊長である大尉も自軍に所属する政治将校も分かっている事だろうし、今直ぐにでも撤退したいところだろう。

 しかし、目の前のBETA共がそれを許さない。群がる連中が壁となって此方の退路を塞いでくる。思考能力があるかどうかも分からないBETAのことであり、恐らく意識しての行動ではないのだろうがそれでも邪魔である事に代わりは無い。

 かといって光線属種の存在もあり、空を飛ぶわけにもいかない。下手に飛べば連中の良い的だ。

 進む事も退く事も出来ず、このまま嬲り殺しにされるであろう、それが今現在の自軍の状況なのであろう。

 

 (…せめて、せめて援軍が来てくれれば…。あるいは光線属種が掃討されていれば…)

 

 シルヴィアはそんな事を思いながらギリリと奥歯を噛みしめる。つくづくレーザーヤークトを行えなかったことが悔やまれてならない。それさえ達成できていれば制空権を一時的とはいえ奪い返せて此処まで苦戦することは無かったであろうに…。

 こうなったら何処かの軍が援軍に来てくれる事を待つのみであったが、それもいつになる事か分かったものではない。下手をすれば自分達が全滅した頃、等という笑えない事態になりかねない。

 

 「……冗談じゃないわ、まだ、まだ復讐を、約束を果たせていないっていうのに…!!」

 

 絞り出すかのような怒声と共に、眼前の戦車級めがけて近接専用の短刀を振り下ろすシルヴィア。そうこうしている間にも周囲には小型種の群れで囲まれ、その後ろには要撃級が控えている。

 流石に絶体絶命か…。己に貼りつこうとする小型級を切りはらいながらシルヴィアは苦々しげに顔を歪める。こうなったら跳躍ユニットを暴走させて自爆するか…、そんな己らしくもない考えまで頭をよぎる。

 

 が、その時であった。突然どこからともなく放たれた弾丸が周囲に群がるBETA共を一掃したのだ。群がっていた小型種はひき肉の如くその身を砕かれ、大型種である要撃級も尾節と頭部を弾丸で穿たれて沈黙する。

 瞬時にニェトペーゼ中隊が戦闘を行っていたそこは、BETA共の死骸が散らばる広場のような空間へと変化する。今にも殺されるかと思っていたシルヴィアを含む中隊の隊員達はしばし呆然としていたものの、此方のすぐ近くへと降下してくる戦術機12機の機影を見た瞬間、ハッと我に返る。

 戦術機の機種は己達ポーランド人民軍が運用するものと同じMiG‐21バラライカに間違いない。だが、左肩の国旗と機体色が自国のモノとは違う。

 その機体の肩にペイントされている国旗は同盟国のドイツ民主主義人民共和国、通称東ドイツのもの、ならばこれらの戦術機は東ドイツ国家人民軍所属の…。

 

 『こちら東ドイツ国家人民軍所属第502戦術機中隊。貴官らの援護及び救出に来た。此処は我らに任せて早急に貴官らは撤退されよ』

 

 『……!!東ドイツの援軍!!有難い!!』

 

 何の前触れもなく現れた同胞からの援軍に、コシチュシュコ大尉は思わず安堵の声を上げる。

 この絶体絶命とも言える危機の中での友邦の軍の参戦、もはや自爆しかないと考えていたシルヴィア、そして中隊のメンバー達にとっては青天の霹靂ともいえ、ただただ唖然とする以外にはなかった。

 

 『既に我等と同じく派遣された第666戦術機中隊がレーザーヤークトに向かっている。完了次第そちらにも連絡がいくはずだ。…最もそう簡単にはいくまいがな』

 

 『了解した、救援感謝する。…どうか武運を』

 

 第502戦術機中隊の中隊長らしき人間からの通信に返答したコシチュシュコ大尉は部下達へと再度通信を繋ぐ。

 

 『総員傾注!!これより我等はBETA群を脱出してバラナビチ基地へと帰投する!!友邦たる東ドイツが作り出してくれた唯一の好機だ!!一機足りとも脱落するなよ!!』

 

 『『『りょ、了解っ!!!』』』

 

 中隊長の怒鳴り声に我に返った中隊所属の衛士達は一斉に上擦った声を上げると跳躍ユニットを吹かして機体を浮上させる。

 正直度の機体も推進剤の量はギリギリ、最短距離を通ってどうにか基地までたどり着けるか否か、というレベルでしかない。下手をすれば途中で推進剤が切れてBETAの群れの真っただ中に垂直落下、等という笑えない事態になりかねないだろう。

 

 (それでも、どうにかなりそう、かしらね…)

 

 推進剤の残量を横目で気にしながら、シルヴィアは疲れ切った表情で深々と溜息を吐く。

 無事基地に辿り着くまで気は抜けないものの、どうにか命は繋げた事に心の中で安堵を覚えるのであった。

 




 

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