Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 気が付いたらすでに23話目になってしまいました…。しかもまだ完結には遠いという…。始めた時には一年かそこらで完結すると思ってたばかりに自分でも驚いています…。
 今回は久しぶりの蹂躙シーンありです。…途中までですけどね。


第23話 上映会

 南シナ海深海、未だにBETAに侵されることなき深き暗黒の聖域で、守護神は眠りについていた。

 一日で二つのハイヴを殲滅するという『作業』、さらにハイヴを守護する数十万のBETAの『掃除』は流石にガメラにとっても負担となる。いかに相手が雑魚だといってもそれが一度に何万も、さらにその軍勢が休む間もなく襲い来るのである。強靭な生命力をもつガメラであってもさすがに疲労する。

 無論油断は無い、手加減も無い。だが、それでも疲労困憊した状態であの雲霞のごとき大軍と戦おうものならほんの僅かな隙を突かれて思わぬ不覚を取りかねない。負けは無いにしても相応に苦戦して負わなくてもいい傷を負うことになるだろう。

 故にガメラはハイヴの破壊は二回に留め、終われば海底にて丸一日眠り、疲労を癒す。疲労が癒え、眠りから覚醒するとハイヴへと襲撃を仕掛ける…、この繰り返しだ。

 今回は重慶、敦煌両ハイヴを殲滅し、その疲労の回復の為にガメラは海底深くへと没していた。

 丸一日の休眠、既に体の疲労は癒えている。ならばそろそろ目覚めの時…。

 次の標的はビルマ領内に存在する今眠る場所から最も近いハイヴ、H17マンダレーハイヴと、インド領内に存在する、ヒマラヤから南進してきたBETAによってはじめて建設されたハイヴ、H13ボパールハイヴ。この二つを殲滅すれば残るハイヴはあと半分、ユーラシア東部はほぼ人類の手に戻ることとなるだろう。

 ボパールの規模はおよそフェイズ4、フェイズ5の一歩手前だ。その内に棲むBETAの物量もまた他のハイヴを凌ぐに違いない。

 ならばその物量をも上回る“力”を持って蹂躙するのみ。

 漆黒の帳に覆われた深淵の世界、そこに眠りし巨神の眼がゆっくりと開かれる…。

 

 

 武、純夏SIDE

 

 「ハッ、ハッ、ハッ、……、そ、そういえば、さ、た、たけるちゃ」

 

 「ハッ、ハッ…、な、なん、すみ、か、話なら、ジョギング終わってからに…ハッ、ハッ、ハッ」

 

 「そ、そ、だね……ゼエ……ゼエ……や、やっぱり十周はきつい、よお……」

 

 早朝の横浜暫定基地グラウンド、そこで武と純夏はもはや日々の習慣と化している朝の自主トレを行っていた。鉄棒を使って懸垂、グラウンドを十周ジョギング等々、時折ここを訪れる教官や同じく朝練をしにやってくる衛士達のアドバイスを受けながら二人は毎朝体を鍛えている。武は幼馴染である純夏を今度こそ守れるように、純夏はもう武の足手纏いなどにならないようにというそれぞれの願いの為に。

 そして現在二人はトレーニングの一環であるジョギングの真っ最中である。それなりに広い国連軍基地のグラウンドは十周するだけでもそれなりの運動にはなる。とはいえこの程度の運動ならば武と純夏は慣れている。何しろ二人ともかつて通った学校でそれなりに軍事教練および教育は受けていたのであるから。

 1980年、日本帝国はユーラシア大陸における対BETA戦線での戦況、人員損耗をかんがみた結果徴兵制度を復活、その1年程前には教育法を改正し、衛士養成のための環境作りが開始されている。その後、度重なる徴兵年齢の引き下げ、本格的な衛士育成のための法改正が行われ、最終的に16歳以上の女子までもが徴兵対象に選定されることとなった。

 その結果小学、中学では義務教育は必要最低限にまで切り捨てられ、優秀な衛士の育成のための教育、教練が主体となり、武と純夏も例外なくそれを受けていた。

故に二人とも毎朝の朝練が苦にならない程度の身体能力は持ち合わせているのだ。最も衛士訓練学校で専門の教練を受けている訓練兵に比べたら大幅に劣るであろうし、ましてや戦術機を乗り回すレベルには到底及ばないが。

 そしてそんな日課としてやっているジョギングの最中、純夏が突然武へ声を掛けてきた。が、流石にジョギング中にお喋りできるほど武の肺は丈夫ではないため、結局適当に返事をして会話を打ち切り、ジョギングを続行する。かく言う純夏も走りながら喋っていたせいか苦しそうな顔で喉から笛のような音を鳴らしており、話ができるような状態ではない。

 それからグラウンドを三周周り、ようやくジョギングを終えた二人は肩で息をしながらグラウンドの端に座って休憩をしていた。

 

 「ハア…ハア…、…よし、今日のノルマ達成、っと…。……んで純夏、さっき走ってるとき一体何言おうとしたんだよ?」

 

 「……ふえ?あ、あれね。…ねえ武ちゃん」

 

 武の問いかけに純夏は息を弾ませながらゆっくりと口を開く。

 

 「…ねえ、副司令さんが言ってたことなんだけど…。武ちゃんは個室と相部屋、どっちがいいの?」

 

 「……ああ!?お、おまっ、いきなり何言ってやがるンだお前はああああ!!!」

 

 「だってこういうこと早く決めたほうがいいじゃない。ちなみに私はどっちでも良いよ。武ちゃんの好きなように決めて?」

 

 「俺に決めろって、言われても、なあ…」

 

 純夏の唐突な発言に武は赤らんだ顔を背けて頬を掻く。ジョギング中に一体何を聞きたいのかと気になってはいたがまさか昨日副司令が言っていた部屋割についてだとは正直思わなかった。まあ確かにそれも重要といえば重要なのだが…。

 武は考える、自分と純夏は今の今まで同じ病室で過ごしてきた、事実上の相部屋生活であったのだから今更相部屋でも文句は言わないだろう、だが相部屋になるということはお互いの着替えも何もかも同じ部屋でやることになる。ただでさえ病室生活では度々純夏の着替えをうっかり覗いてしまったり、逆に自分の着替えを純夏に覗かれたり、その挙句に純夏の鉄拳を食らう羽目になったりで存外生傷が絶えなかったような……。

 

 「………個室にしよう」

 

 「え?」

 

 「個室にしよう、やっぱり着替えとかそういうのは別々のほうがいいしな。うん。俺ももう純夏の鉄拳は食らいたくないし、うん」

 

 「ちょっと武ちゃん!!私の鉄拳ってどういうことよ!!それじゃ私が拳骨振り回す暴力女みたいじゃない!!」

 

 「…違うのか?」

 

 「違うよおおおおお!!!んもー!武ちゃんの馬鹿―!!」

 

 怒りの絶叫をグラウンドへと轟かせた純夏は顔を真っ赤にしてゼエゼエとまるで喘息にでもなったかのように息を荒くしながら肩を上下に動かしている。ただでさえランニングの後で息を整えている最中だったというのに大声を張り上げたせいで喉にいらない負荷がかかってしまったようである。一方すぐ隣で純夏の怒鳴り声を聞いていた武はうるさそうに顔を歪めながら耳を塞いでいた。

 

 「……と、とにかく、部屋は個室ってことでいいな、純夏?」

 

 「ゲホッゲホッ……、もういいよ、フンッ」

 

 結局純夏は不機嫌そうに頬を膨らませて顔を背けてしまう。少々からかいすぎたか?と武は弱った表情で機嫌を損ねた幼馴染の横顔を眺めている。一方純夏は時折武へ向かってちらりと視線を投げかけるが直ぐに思い出したかのように視線をあらぬ方向へと逸らす。

 その後二人の間にはなんとも言えない気まずい空気が流れ、ただただ無言の時間のみが過ぎ去っていく。と、突然二人の背後から何者かがこちらへと近付いてくる足音が聞こえてくる。訓練兵が朝連でもやりに来たのだろうか、と思った武は何気なく背後を振り向く。

 

 「ああ、そこにいたのね二人共。日々の日課で朝練、ね。うんうん感心感心」

 

 「あ、神宮司軍曹!おはようございます!」

 

 「え?あ!おはようございます軍曹さん!えっと、軍曹さんも朝練ですか?」

 

 そこにいたのは二人の顔なじみである国連軍所属の教導官、神宮司まりも軍曹であった。

 武と純夏はズボンについた土を払いながら地面から立ち上がるとまりもへと挨拶する。そんな二人の汗まみれながら元気そうな表情にまりもは表情を綻ばせる。

 

 「フフ、おはよう二人共。今日は朝練じゃなくて二人に用事があってきたんだけれど」

 

 「え?」

 

 「な、なんで俺達……、ああ香月副司令に頼まれて俺達を呼びに来たとか?」

 

 まりもが自分達を来た理由を思い至った武の質問に、まりもは先程の笑顔から一転して苦虫をそれこそ百匹は噛み潰したかのような渋い表情になる。

 

 「そうなのよ…、ゆう、香月副司令からの命令でね、貴方達をモニタールームまで至急連れて来いって。全く…、私もこれから教練やらの準備があるっていうのに…」

 

 私は便利屋か何かか等とブツブツ文句を呟くまりもの姿に武と純夏は苦笑いを浮かべた。

 どうもまりもは昔からの腐れ縁であるらしい夕呼にとって体の言い玩具にされているようだ。自分達を呼びに行かせるだけではなくまりもにとって大の苦手である激辛料理を出したりしてその反応を楽しんだりしている。一方のまりも昔から同じような目に遭っていたらしく、どうやらある程度は彼女に弄られることに慣れているようである。最も流石に限度はあるだろうが。

 

 「…まあそういうわけだから、二人とも来てくれるかしら?ああ勿論シャワーを浴びて着替えてからでいいから」

 

 「は、はあ…、じゃあ直ぐに。行くぞ純夏」

 

 「う、うん…。私達まだ朝ご飯食べてないんだけどな…」

 

 武に呼ばれて彼の後を追いかける純夏。そんな二人の後姿を見ながら、まりもは一人ため息をついた。

 

 「全く…、夕呼はあの子たちに一体何をしようっていうのやら…」

 

 しょっちゅう自分を弄繰り回す腐れ縁の親友の不気味な笑顔を思い浮かべながらまりもは二人の後を追ってとぼとぼと歩き始めた。

 

 

 

 その後武と純夏は現在自分達が寝起きしている病室へ戻り、シャワーで汗を流して着替えると病室の外で待っていたまりもと一緒にモニタールームへと向かった。

 

 「それにしても、香月副司令は俺達に何の用が…」

 

 「それが私にも分からないのよ。モニタールームは国連軍士官でも矢鱈滅多らに入れるような場所じゃないし…、時々夕呼が何を考えているんだかわからなくなるわ…」

 

 武と純夏、そしてまりもは談笑を交わしながらモニタールームへの道を歩いていた。まりも曰くそもそもモニタールームは本来は横浜暫定基地最寄りのハイヴである横浜ハイヴを監視するためのものであったが、横浜、佐渡島両ハイヴがガメラによって殲滅されて以降は地球上のどこかに存在するであろうガメラの行動を監視するという役目に変わったのだそうだ。

 本来ならば基地内で保護されているだけの一般人どころか下級士官程度ではそう簡単に入れるような場所ではないが、今回は当基地のナンバー2である副司令、香月夕呼からの特別な許可が下りているために武と純夏の入室が認められているとのことだ。

 

 「何で私達にそこまでしてくれるんでしょうか…」

 

 「そこは私にも…、ただ副司令が貴方達のことを気に入っていることは確かね。どこをどう気に入っているのかは知らないけど…」

 

 まりもにも何故夕呼がこの二人に目をかけているのかはよく分からない。精々ハイヴからの数少ない生存者だから、程度の事しか分からない。とはいえあの悪友の事だからただ単にもの珍しいからという理由だけというわけではない気はするが…。

 一方武は夕呼が自分達に目をかける理由について、薄々と感付いてはいる。恐らくは自分が見たあの“夢”と“夢”で観たあの数式の為だろう。

 どういうわけかは知らないがあの数式のおかげで夕呼の研究は大幅に進んでいるようであり、さらに彼女は武が観ている“夢”に関しても関心を抱いている。自分達に色々と便宜を図ってくれているのは恐らく“夢”について調査したいというのもあるのだろう。

 

 「……っと、着いた着いた。そこの自動ドアを抜ければモニタールームよ」

 

 と、唐突にまりもが足を止めて二人へと振り返る。彼女の背後には両開きの自動ドアが設置されている。この先にあるのが目的地のモニタールームであるとまりもは語った。

 

 「残念だけれど私はここまでよ。出入りする許可は貰ってないしこれから訓練兵達の教導もあるし…、これで失礼させてもらうわね」

 

 「あ、はい。案内してくれてありがとうございます、神宮司軍曹」

 

 「また軍曹さんのお世話になっちゃって……、いつかお礼させてください!」

 

 「フフ、どういたしまして二人共。それじゃ、私はもう行くからね」

 

 元気にお礼を言う二人にまりもはどこか嬉しそうな笑顔を見せながら元来た道へと戻って行った。遠ざかっていくまりもの背中を見送った武と純夏は、再び正面の自動ドアへと向き直る。夕呼が一体何のようなのかは知らないがとりあえず中に入るしかないようである。二人は自動ドアへゆっくりと近寄った。

 武と純夏が一歩足を踏み出した時、自動ドアは壁内部へと収納されてモニタールーム内部への入り口が開かれた。

 モニタールームは学校の教室よりやや広い程度の広さであり、その名の通り正面には巨大なモニターが幾つも設置されている。モニターにはどことも知れない大海原の光景と、これまたどことも知れない荒野、そしてそこに建つ巨大な金属のような輝きを放つ何らかの建造物らしきものを映している。室内には何人ものスタッフがコンピューターを前にして何らかの作業を行っており、モニタールームのひときわ高い場所では国連軍の軍服を着た壮年の軍人らしき人物と国連軍の制服の上に白衣を纏った女性、香月夕呼が並んで立っている。

 夕呼は入り口の自動ドアが開かれた音で気がついたのか、武と純夏の方へと振り向くとにっこりと笑顔を浮かべる。

 

 「いらっしゃい二人共、そんなところでボーっと立ってないでこの特等席にいらっしゃいな。朝食についてはこちらで用意するから心配しなくて大丈夫よ?」

 

 輝くような笑顔を浮かべて二人に向かって手招きする夕呼、一方招かれている武と純夏は一瞬躊躇するものの、いつまでもこんな場所にボーっと立っているわけにもいかないため、二人揃って夕呼と壮年の軍人が並んで立っている場所へと歩いていく。そして、こちらに歩いてくる二人の姿を夕呼はにこやかな笑顔で、軍人はどことなく重苦しい、沈痛な表情で迎える。

 

 「ようこそわが基地のモニタールームへ。もう既に聞いているとは思うけど、ここは元々は横浜、佐渡島両ハイヴの監視の為に設けられた場所で、現在はガメラの監視を主任務としている施設よ。…と、そういえば二人は司令とは初対面だっけ?」

 

 背後の軍人らしき人物を示しながらの夕呼の問いかけに武と純夏はコクリと頷く。二人の反応を見た司令と呼ばれた軍人はチラリと夕呼へ視線を向けて軽くうなずくと武と澄香へと視線を戻す。

 

 「初めまして、と言うべきか。自己紹介が大分遅れてしまったが私はこの基地の司令を務めさせてもらっているバウル・ラダビノッド、階級は准将だ。君達の名前は白銀武君と鑑純夏君、でよかったかな?」

 

 「は、はい。俺、じゃなかった、わ、私の名前は白銀武、年齢は15歳です!」

 

 「私は、鑑純夏っていいます!年齢は武ちゃんと同じ15歳です!」

 

 壮年の軍人、基地司令バウル・ラダビノッド准将の挨拶に続けて武と純夏も慌ててラダビノッド司令に挨拶をする。とはいえ目の前にいる人物が横浜暫定基地の最高責任者であるということに武も純夏も緊張を隠せずにおり、挨拶も少しばかり堅いものとなってしまう。ラダビノッド司令は二人の挨拶を聞くと重々しく頷く。

 

 「うむ、君達の事情は香月博士から報告を受けている。…我々の力不足で君達の故郷がBETAに蹂躙され、あまつさえハイヴ建設までも阻止できなかった。いくら詫びても足りないとは分かっているが…すまなかった」

 

 ラダビノッド司令は表情を変えることなく武と純夏に向かって深々と頭を下げる。唐突に謝罪してきたラダビノッド司令に、武と純夏は思わず仰天してしまう。まさか基地司令が自分達に頭を下げてくるとは二人共予想できておらず、二人とも声も出せずに唖然としている。一方夕呼は特に驚いた様子もなく、それでも両目を見開いているところを見るといきなり頭を下げるとは予想していなかったようではあるが、ラダビノッド司令と武と純夏に黙って視線を送っている。

 

 「…せめてもの詫び、というわけでもないが、君達は横浜ハイヴからの数少ない生存者であり、当基地の客人ともいえる。行く当てが見つかるまで当基地に滞在してくれて構わない。…香月博士からの申し出もあったしな」

 

 「あ、はあ……、あ、ありがとうございます…」

 

 「何だか……、もうここに来て一週間以上経っているから今更な気がするような、しないような……」

 

 ラダビノッド司令は二人の言葉、特に武が最後にぼそりと呟いた小声が聞こえているのかいないのか、硬い表情のまま軽く頷くと二人から視線を外してモニターへと視線を向ける。

 

 「それはそうと香月副司令、今日は俺達を此処に呼んで何かあるんですか?此処って確か一般人は立ち入り禁止のはずじゃあ…」

 

 何やら話しかけづらい雰囲気の司令から、夕呼へと話の矛先を切り替える武。そもそも何で彼女が自分達を此処に呼んだのかが分からない。昨日確かに夕呼がイベント云々言っていたものの詳しい説明を受けておらず、さらに此処まで案内してくれたまりもも知らない様子であったし、此処は夕呼本人に聞く以外にはない。

 一方質問された夕呼はそんな武の質問を待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

 「あら、昨日言ってなかった?今日はイベントがあるって。このモニタールームがイベント会場になるからわざわざ二人を招待したんだけど」

 

 「ふえ?イベントって……何だか全然そういう雰囲気じゃあないんですけれど…」

 

 純夏の言うとおり、モニタールームはなんの飾りつけもされておらず、職員も皆真剣な表情で作業をしておりとてもではないがこれから何らかのイベントが行われるようには見えない。が、夕呼に問いを投げかけても意味ありげな笑みを浮かべるだけで返答を期待できそうにない。そこで純夏は今度はこちらに背を向けてモニターを眺めるラダビノッド司令へと視線を移す。ラダビノッド司令はチラリと武と純夏に視線を向けると何やら複雑な表情でううむ…、と唸る。

 

 「むう…、イベントか…。まああながち正解でも、間違いでもないといったところか…。確かに楽しみなイベントだろう、…香月博士からみれば、だが…」

 

 「あら?でも今日のイベントは司令も楽しみにされておられるのでは?」

 

 「…ノーコメントだ」

 

 にこやかな表情で質問を投げかける夕呼に対して、ラダビノッド司令は重々しく溜息を吐きだす。武と純夏は何が何だか分からず互いに顔を見合わせる。が、次の瞬間けたたましく鳴り響くサイレンが二人の意識を無理やり引き戻した。

 

 「……センサーに反応あり!!海底より巨大な生物らしき反応が海面めがけて上昇中!!恐らくはガメラと思われます!!」

 

 「…きたか」

 

 「ええ。さ、二人共こっちにおいでなさいな♪イベントが始まるわよ?」

 

 「え、ええ!?イベントって何だか緊急事態っぽいですけど……というかガメラ!?」

 

 唐突に鳴り響くサイレンとスタッフの怒号、そして夕呼の嬉々とした声に武も純夏も動揺してしまう。いかにも緊急事態といった雰囲気、そしてスタッフの口から出たガメラの名前…、一体これのどこがイベントだというのかという疑問を抱きながら武は純夏と共に夕呼のそばへ走り寄る。

 

 「ちょ、ちょちょちょっと副司令さん!?な、何だか凄く大変な事が起きてるみたいですけど!?」

 

 「そうっすよ!!一体これのどこがイベント何すか!!ま、まさかBETA襲撃からの避難訓練とか防災訓練なんて落ちじゃあ……」

 

 「ハイハイ二人とも落ち着きなさいな。そんな何の面白みも無いものやらないわよ。今から面白いものが始まるんだから、黙ってみてなさいな」

 

 「お、面白いものぉ?い、一体何言って…」

 

 困惑した様子の武の言葉は、目の前のモニターの映像を見た瞬間に途中で途切れることとなった。

 モニターに映されているのは一面の大海原、陸地などはるか地平のかなたであろう青一色の世界。日の光を反射してキラキラと輝く水面には静かに波がたつだけであった。

 だが、次の瞬間その平穏な光景は一変した。突然海面が大きく盛り上がり、まるで地面から間欠泉が吹き出るかのように爆発し、それと同時に海中から巨大な何かが空へと舞い上がったのだ。突如として海中から飛び出した何か、その正体を見た瞬間武と純夏は驚愕のあまり目を剥いてしまう

 それは、楕円形をした巨大な亀の甲羅らしき物体であり、本来両手両足があるであろう甲羅側面に空いた空洞からは青白い炎がジェット噴射のように噴出し、その巨体を中へと浮遊させている。武と純夏は、その甲羅に見覚えがあった、否、その正体を知っていた。

 なぜならあれは、あの地獄で自分達の命を救い、街を救い、帝国を救ってくれた自分達にとっては救世主とも呼べる存在なのだから……!!

 

 「…ガメラ!!お、おい純夏!!」

 

 「うん!武ちゃん間違いないよ!!本物のガメラさんだよ!!」

 

 画面越しとはいえ横浜の廃墟で別れて以来二度目の再開となる“最後の希望”と呼ばれた怪獣の姿に、武と純夏は興奮を隠せないようであった。そんな二人の姿を夕呼は楽しげに、ラダビノッド司令はどことなく穏やかな表情で眺めている。

 

 「フフッ、二人共喜んでくれたみたいねぇ。でもまだまだこれからよ、この上映会は♪」

 

 二人の反応を面白がる夕呼、まるでこれから何が起きるのかを知っているかのような口調でクックッとほくそ笑んでいる

 そうこうしているうちに海中から飛び出してしばらく空を漂っていたガメラの甲羅は段々と高速で回転を始め、ついには扇風機もかくやという速度で回転しながら空の彼方へと飛び去って行った。

 

 「…あ、ガメラさんが…」

 

 「問題ないわ。行き先も見当ついているし追尾もできるし…」

 

 純夏の残念そうな声を遮るように夕呼は自信満々の笑みを浮かべながら指を弾く。すると、モニターの画面が切り替わり、どことも知れない空の彼方、一面雲に覆われた真っ白な雲海へと場面が転換される。そして、そこには雲海を切り裂き、青白い光を放ちながら回転して飛行する空飛ぶ円盤、ガメラの姿があった。画像が切り替わるのを視認した夕呼は武と純夏へと顔を向ける。

 

 「ね?大丈夫だったでしょ?」

 

 「は、はい。……も、もしかして今日のイベントっていうのは、ガメラを見せてくれることだったんですか!?」

 

 「ん~、少し惜しいわね。ただガメラの姿を見せるためだけじゃあないのよねぇ。私が此処に貴方達を呼んだのは…」

 

 夕呼は再度画面に視線を戻すと、飛行するガメラの姿を眺めながらニヤリと唇を釣り上げた。

 

 「ガメラにハイヴが殲滅されるところを見せてあげようって思ったわけよ♪フフ、病みつきになるわよこれは♪」

 

 そう、素敵な笑顔で笑う夕呼に、ラダビノッド司令はどこか疲れた表情で溜息を吐きだした。

 

 

 ガメラSIDE

 

 

 ビルマ領マンダレー管区マンダレー。かつてはヤンゴンに次ぐビルマ第二の都市であった場所。かつてビルマで栄えた王国の首都であり、壮麗な王宮、僧院が立ち並ぶ美しい街並み出会ったその都市は、いまやその面影すらも残さないほどに破壊された瓦礫の廃墟と化してしまっている。

 夥しいまでの瓦礫の大地、その中央に建造された無機質かつ歪なる王宮、BETAの牙城たるH17、マンダレーハイヴ。

 既にフェイズ2・5にまで成長したそこは、20万以上のBETAを内包する難攻不落の城郭として聳え立っている。その周囲にはまるで大地を覆い尽さんばかりの数のBETAが周囲を這い回っている。大型、小型、そして航空兵力最大の敵である光線属種までもがそこに混じっている。

 これでもハイヴが内包するBETA全体からみれば数パーセント程度、この圧倒的な物量、圧倒的数による肉弾、肉壁こそが人類のハイヴ攻略を妨げる最大の要因と言ってもいい。

 第二、第三世代の戦術機をもってしても容易に埋めることはかなわない物量という戦力差、レーザーによる対空砲火もまた脅威ではあろうが真なる脅威はまさしく“数”、人類最大最凶の兵器たる核をもってしてもなお削り切れぬその圧倒的物量なのだ。

 ……そう、人類にとっては脅威であった。人類にとっては……。

 突然光線級、重光線級が空へとその眼球に酷似したレーザー照射膜を持ち上げる。それは空の彼方に己が排除するべき“災害”を発見したということ。瞬時に標的へレーザーを照射するためにチャージが開始される。…しかし、遅すぎた。

 レーザーが照射される寸前、何の前触れもなく空から6発の火球が大地を這い回るBETAめがけて降り注ぐ。無数に密集していたことが仇となり、火球は目標を過たずにBETAの軍勢のただ中に直撃、大隊、連隊規模のBETAを岩盤もろとも消し飛ばしていく。その中には無論、今まさに光線を放とうとしていた光線属種の姿があった。

 火球の雨を逃れ、レーザーを空めがけて放つ光線属種も無論いた。光線属種のレーザーは、いかなる場合でも獲物を逃すことは無い。おおよそ大気圏内であるのならば何千メートルもの上空にいようとも一撃のもとにいかなる飛翔物をも撃ち落とせるだろう。

 だが、火球は止まらない。むしろレーザーの反撃に呼応するかのようにより大量の火球が大地を這うBETAに、そして鈍い輝きを放つハイヴのモニュメントへと突き刺さっていく。爆発とともに中へと舞い上がる無数のBETAの血、肉片…。灼熱の炎は大地を焼き、爆発による衝撃は岩盤すらもたやすく抉り取っていく。

 やがて、寒々しい廃墟は、無数の蟲で満ちていた大地は完全にその様相を一変させていた。そこは例えるならば地獄。大地は無数の隕石が落ちたかのようなクレーターが穿たれ、辺り一面は炎が満ちている。そして、その炎で焙られる異形の肉片も…。

 そんな地獄へと変貌した荒野へと、降り立つ巨大な影があった。まるで空を飛ぶ円盤のごとく回転するそれは、雲を切り裂き、地上へと到達した瞬間に回転を止め、大地へと落下する。

 轟音、振動、それはさながら地上に隕石でも落ちたかのような衝撃…。落下地点からは膨大な砂煙が舞い上がり、落下物の姿を覆い隠す。だが、それもまたほんの一瞬の事に過ぎなかった…。

 

 『グルアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオンンンンンン!!!!』

 

 次の瞬間に放たれたのは裂帛の咆哮。大気を引き裂かんばかりのそれは砂煙を吹き飛ばし、砂煙に隠されたもの、その全容を明らかとする。

 それは、二足歩行で大地に立つ巨大な亀のごとき姿の怪獣。下顎からは長大な牙が二対剥き出しに生え、背負った甲羅はいかなるものをも防ぎきる堅牢さと重厚さを備えている。

 彼こそがBETAを薙ぎ払い、焼き払った者、この星より生まれ、この星に害なす存在を退ける“最後の希望”、ガメラ。

 ガメラの眼光は、既に目の前の標的、マンダレーハイヴへと向けられている。否、厳密にはそこから再度這い出てくる無数のBETAに、だろうか…。

 既に大地に穿たれたハイヴへの門から何千何万ものBETAが湧き出ている。かつて幾多の生命を、大地もろとも喰らい尽してきた魔の軍勢…。幾度も人類の反撃を押しつぶしてきた圧倒的な物量…。だが、ガメラには恐れはない。ただ、目の前の虫けらどもを睥睨するのみ。

 数でこちらを潰すのならば、その数すらも容易く押しつぶす圧倒的な “力”でもって殲滅するのみ―!!ガメラは高らかな轟咆と共に灼熱の火炎、プラズマ火球をBETAの軍勢めがけて叩きつける。

 これが、マンダレーにおけるガメラ対BETAの戦い、否、もはや戦いとは呼べぬ殲滅戦の始まりとなった…。

 

 

 横浜基地SIDE

 

 

 「ガメラ、BETA第二陣へ攻撃開始。火球で前列の突撃級、要撃級を殲滅中、光線属種もレーザーでガメラに応戦していますがガメラには効果なし」

 

 「よし、そのまま監視を続行しろ」

 

 「了解しました」

 

 その頃横浜暫定基地モニタールームでは、マンダレーハイヴにおいてBETAと交戦するガメラをモニター越しに監視していた。最も監視と言っても現場には国連軍どころか人一人存在しないためガメラが何をしようとこちらはなにも干渉できない。故にただモニターで映されるガメラとBETAの交戦風景を眺めるしかない。

 戦いは相も変わらず一方的であった。湧き出るBETAは次々と潰され、焼かれ、砕かれ、引き裂かれ、物言わぬ肉塊、あるいは肉片へと変わっていく。いかなるものをも焼き切り、貫くレーザーすらもガメラの強固な甲羅、皮膚を貫くどころかやけど一つ負わせることすらもかなわない。ガメラはただその巨体と怪力、そして主砲である火球をもって群がる敵を殲滅するのみ…。結果として万を超えるBETAの軍勢は瞬く間に炎に飲まれ、血と肉片

へと変わっていく…。その一部始終を武と純夏はただ眺めるだけであった。

 灼熱の炎が立ち上る焦土で血を這う虫どもに暴虐の力を振るう巨獣…、さながら地獄で亡者を責めさいなむ悪鬼羅刹の如き姿に二人はただただ圧倒され、声も出せずにいる。一方夕呼は歓喜と恍惚に満ちた表情を浮かべ、ラダビノッド司令は硬い表情のままモニター内での戦闘を見守っている。

 第二陣のBETAは瞬時に全滅したものの、それからほとんど間をおかずに第三陣、第四陣の軍勢が姿を現す、が、それもまた瞬く間にガメラの圧倒的な力の前に殲滅させられるのみであった。

 戦闘開始から一時間後、焦土の大地が広がるなか、ガメラはただ一人立ちつくしている。もう生き残っているBETAは存在しない。既にハイヴ内のBETAは一匹残らず殲滅されて枯渇しており、反応炉を守るものは何一つ存在しない。

 ガメラは両足からジェットを吹き出し、空高く舞い上がると、モニュメントめがけてプラズマ火球を発射する。半壊状態であったモニュメントはその一撃で粉微塵に砕け散り、そこにぽっかりと空いた空洞へとガメラは身を投じる。

 ガメラがハイヴ内へと姿を消して、茫然としていた武はハッと我に返るとすぐ横の夕呼へと視線を向ける。

 

 「あ、あの、香月副司令……」

 

 「黙ってなさいな白銀。これからがクライマックスなんだから」

 

 「え……!!??」

 

 武の質問を夕呼が遮った瞬間、それは起こった。

 突如としてハイヴの縦坑から爆発とともに爆炎が噴き上がったのだ。それはさながら噴火する火山の如き光景であった。そして、その噴き上がる爆炎から飛び出す巨影が一つ。ガメラは爆炎噴き上がる縦坑から飛び出し、そのまま空の彼方へと去っていく。灼熱の炎と屍山血河の流れる大地をしり目にして…。

 

 「……マンダレーハイヴ、反応炉破壊による陥落を確認。ガメラは北西に針路を取って飛行中」

 

 「監視を続行、画面を切り替えろ」

 

 「了解しました」

 

 ラダビノッド司令の指示を受けたオペレーターはすぐさま画面を切り替える。

 モニターからは先程の屍山血河の光景が消え再び白い雲に覆われた雲海の光景が映し出される。無論雲海を丸で泳ぐように飛行するガメラの姿も…。

 一方武と純夏はハイヴの爆発の場面に唖然として放心状態であったが、どうにか我に返った純夏は引きつった表情のまま夕呼へと視線を向ける。

 

 「あの……副司令さん…」

 

 「ん?どうしたの鑑?」

 

 夕呼は相変わらずニコニコと笑顔を浮かべている。純夏はいかにもご機嫌な様子の夕呼に少々ドン引きしながらも、恐る恐る問いかける。

 

 「も、もしかして副司令さんが見せたかったイベントって……、コレ、ですか?」

 

 「そ、ガメラがハイヴを殲滅するところを貴方達にも見せてあげようと思ってね♪どう?すっきりするでしょ?私なんか思わず昇天しちゃうところだったわ♪」

 

 「はあ、まあ、すっきりするといえば、するようなしないような……」

 

 ハイテンションな夕呼に少々引き気味な純夏、純夏に遅れて我に返った武もまたじと目で夕呼を眺めている。確かに己の故郷を、家族を奪ったBETAが何もできずに逆に殲滅されている光景は見ているだけで気分がいい。心の中のもやもやとした気分も晴れてすっきりするのは二人も同じである。…が、流石に夕呼のようにハイテンションにはなれない。

 チラリとラダビノッド司令に視線を送ると、彼もまた顔を引き攣らせながらどうにか笑顔を浮かべている。ひどく不自然ではあるが…。

 

 「ほらほらこんな程度で唖然としないの。さっきのはオードブル、メインディッシュはこれからよ?」

 

 夕呼はそう言ってモニターの一つを指し示す。見るとそこには巨大な世界地図が映されており、よくよく見ると地図のあちこちに赤い点が記されている。点にはH1、H2と言った番号が振られており、全部で14存在していたがその内の一つ東南アジアに記されていたH17と記された点が消え去る。それを眺めながら夕呼はクスクスと笑い声を上げている。

 

 「これは全世界に存在するハイヴのマップよ。この赤い点は全てハイヴを表したもので、先程消えた赤い点はH17マンダレーハイヴ、先程ガメラが攻略したハイヴよ」

 

 「次にガメラが攻撃すると予想されるハイヴはH13ボパールハイヴ。インド領ボパールに建設されたハイヴで現在の規模はフェイズ4・5。先程のマンダレーとは規模も桁も違う」

 

 「ふぇ、フェイズ…?」

 

 夕呼とラダビノッド司令が二人に代わる代わる説明をするが、その説明の中で知識にない単語が出たため武は首を傾げる。それを見た夕呼は思い至った様子でポンと手を叩く。

 

 「ああそういえば知らなかったっけ?フェイズっていうのはハイヴの規模を示すものでハイヴの規模によってフェイズ1から6までの数字が割り振られているの。まあひょっとしたら6以上の規模もあるかもしれないけどね。ボパールはフェイズ4以上。そうねぇ、横浜、佐渡島の2、3倍以上の規模と言ったところかしら…」

 

 「…って事はそれだけ大量にBETAが居るってことですか!?」

 

 「まあそうなるわね。でも、案外大丈夫じゃないかしら?既にガメラはボパールに近いフェイズのハイヴを2つ3つ潰してるし」

 

 「……そう簡単にいけばいいが、な…」

 

 夕呼の楽観的な発現に、ラダビノッド司令は硬い表情を崩さない。その脳裏に浮かぶのはかつての己の記憶。己がまだ国連軍所属ではなく、インド戦線にて故国の同胞達とBETAと戦い抜き、敗れ去った苦渋の記憶…。

 あの時の悪夢は未だに脳裏にこびりついて離れない。眠っている時も時折夢で見る。

 故国を奪い、家族を奪い、仲間達を、戦友達を奪ったBETA…、その居城たるボパールハイヴ…、それをかの怪獣は打ち砕いてくれるのか…。己の、否、自分達の悪夢の象徴を粉微塵に砕いてくれるのだろうか…。

 そんな淡い希望と不安を抱きながら、ラダビノッド司令はモニターを注視しつづける。そして……。

 

 「ガメラ、ボパールハイヴ上空に到達!!光線属種の射程圏内です!!」

 

 「さあ…、始まるわよ?」

 

 ガメラとBETAの第二戦、H13ボパールハイヴでの戦いが始まった…。

 




 もうすぐ柴犬も発売予定…。自分はノベル版と放送されるアニメ版で我慢するしかありませんが。…次はオルタアニメこないかなー…。いやその前にエクストラとアンリミが…。

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