Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー 作:天秤座の暗黒聖闘士
この作品も早く次に進めないと…。せめて柴犬アニメが始まる前に…。
「ふぅん…、成程。白銀の言う事を整理すると…、白銀が例の“夢”を見始めたのはガメラに救出されてから、見ている内容はガメラが見たことも無い怪獣と戦っている場面、あるいはこの世界とは全く違う平和な世界で生活している白銀と鑑の日常風景、そしてその夢の内容を夢とは思えないレベルで記憶している……てな処かしら?」
「そのとおりです…。俺も何でこんな夢を見るようになったのか全く見当がつかなくて…。ひょっとしたらガメラに助けられた時とかBETAにぶん殴られた時とかに頭打ってそのせいなんじゃないか、なんて…」
「武ちゃん…」
夕呼から武に対する“夢”に関する質問は2、30分ほど続いた。武は己が見るようになった“夢”に関して分かる限りの事を話した。曰く、夢は昔から見ていたものではなく、ガメラに救出されてから突然見始めた者である事、夢は主に己と純夏が見たことも無い平和な世界で学友達と平穏な生活を営んでいる夢と、ガメラが己の知らない怪獣と戦っている夢の二つであるという事、そして何故かその夢の記憶は薄れることなくはっきりと武の脳に記憶されているという事、等々…。夕呼は武の話を黙って頷きながら聞き、武の隣に座る純夏も何所か心配そうな表情で武の顔を見ながら幼馴染の話を聞いている。
話が終わると夕呼は神妙な顔つきで何やら考え込む。デスクに置かれたコーヒーカップそこに並々と淹れられている合成コーヒーの漆黒の水面にただただジッと視線を向けながら、顎に手を当てて何かを考えている。
夕呼の沈黙は三分以上続いた。その間武と純夏は彼女に話しかける事も出来ず黙って夕呼の反応を待つしかなかった。が、やがて夕呼は顔を上げて武へ視線を向け直す。
「…ねえ白銀、確か貴方ガメラに救出されたときに重傷負ってたって言ってたわね?」
「は、はい…、兵士級が純夏に襲いかかろうとしたからそれを止めようとして、そしたら兵士級に腹をぶん殴られて…」
「あ、あの時武ちゃんすごく痛そうにしてて、口から血まで吐いていたんです…」
「…成程、最低でも肋骨へし折れていたか、内臓の一つ二つは潰れていた、か…。それにもかかわらず救出された時にはなんともなかった…………白銀」
「は、はい……」
突然鋭い視線を武に向けてくる夕呼、こちらを射抜くような視線に思わず武も身を固くしてしまう。夕呼はガチガチに固まっている武に構わずに口を開いた。
「もしかしてだけれど…、貴方の身体を治療したのはガメラなんじゃあないのかしら?貴方の見る夢はその副作用、なのかもしれないわね」
「……はい?」
夕呼の思わぬ発言に、武は思わず「何を言ってるんだこの人は」とでも言いたげな表情を浮かべてしまう。同じく夕呼の言葉を聞いていた純夏もまた同様の表情をしていた。だがそれも無理も無い。
どう考えてもあの巨大な怪獣が重傷の武を治療するなど、幾らなんでも無理がありすぎる。というより、武自身もガメラに治療された記憶など欠片も無いし、ずっと彼の傍に居た純夏もガメラが武を治療しているところなどこれっぽっちも見ていない。
一方二人に奇異なものを見るような視線を向けられている夕呼はと言うと、こちらは二人の視線に居心地が悪そうに顔を顰めている。
「そんな変人を見るような目で見るのはやめなさいっての!コレだって殆ど私の推測なんだからしょうがないでしょ!?……一応根拠がないわけじゃないのよ根拠が」
「あ、そ、そうですか…」
夕呼の怒鳴り声に武と純夏は慌てて頷く。確かに仮にも国連軍基地の副指令を任されている夕呼が何の根拠もなしにそんな突拍子もない事を言うはずがないだろう。とはいえ武が無傷だったのはガメラが治療したから、等と言われてもそう簡単に信じられるはずがない。夕呼自身もそれは分かっているのか苦虫をかみつぶしたような顔つきで二人に説明を始める。
「まあ根拠と言っていいかどうかは分からないけど…、知ってると思うけど兵士級の筋力はゴリラ以上の代物でね、そんなのに殴られれば戦術機や機械化歩兵ならともかく、生身の人間だったら良くて内臓破裂、悪ければ一撃で即死しかねないレベルなのよ。それ以前に幾ら軽い怪我でも僅か数時間程度で人間の怪我が治癒する事なんてほぼありえないのよ。なのにアンタの傷は治癒している……。人間の自然治癒によるものじゃないのならば可能性は一つ……、何者かによって治療されたか、それしかないわ」
「ま、まあそりゃそうなんでしょうね…、てかゴリラ並みの腕力って…、良く生きてたな俺…」
そうね、本当に幸運だわ、と武の言葉に対してぼやきながら夕呼は手元のコーヒーを啜る。
「…で、鑑はまず確実に治療なんてできない、とするともはや消去法でガメラが何かしたとしか思えないのよ。何かは知らないけど」
「…なんとなく分かった様な分からないような…。じゃ、じゃあの夢は…」
「ガメラが他の怪獣と戦っている夢は…、恐らくガメラの過去の記憶か何かと推測はできるけどもう一つの方は分からないわね…。いずれにしろ情報が足りないわ」
「そうですか……」
夕呼の返答に武は少しがっかりした様子で溜息を吐く。とはいえ今のところあの夢のせいでどうにかなったという事は無い。不眠症になるわけでも体に異常が起きるわけでもないし、最悪放っておいても問題は無いかもしれない。
最も害の有る無しと己自身の気分は別問題ではあるのだが、当の夕呼自身も良く分からないのではどうしようもない。かくいう武自身も何故あれほどの重傷が突然治癒したのか皆目見当がつかない。ガメラが突然咆えた瞬間全身に走る激痛が瞬時に消え去り、そのまま意識を失ってしまったのだから分かるはずがない。まさかただ咆えただけで傷がいえるはずもないだろうし…。
「…まあいいわ。とりあえず白銀、今日からでいいから見た夢に関して私に報告に来なさいな。流石に毎日やれとは言わないから週一回は夢の内容をノートか何かに纏めて私の研究室に来る事、それでいい?」
「ほ、報告!?そ、そこまでするんで…」
「ごちゃごちゃ言わないの!見ている夢の正体知りたいんでしょうが!」
「は、はあ……」
夕呼の剣幕に押されて結局武は頷いてしまう。実際此処で拒否しようものなら夕呼に何をされるか分かったものではない。流石に基地を追い出される、等と言う事は無いと信じたいが今朝まりもが食わされそうになった激辛ラーメンを己達も食う羽目になるかもしれない。そればかりはご免こうむりたい。隣の純夏に視線を向けると彼女も夕呼の迫力に気おされたのか顔を引き攣らせている。
「…ん、じゃあとりあえずこれで話は終わり。PXまでの道は、分かるわよね?」
そう言って夕呼は研究室の出入り口を顎で指し示す。用は済んだから出ていけ、という事なのだろうか。夕呼のそっけない態度よりもようやく開放されることへの安堵で武と純夏は大きく息を吐き出しながら椅子から立ち上がると夕呼へと頭を下げる。
「そ、それじゃあ失礼します」
「きょ、今日は武ちゃんの相談につき合ってくれて、ありがとう、ございます?」
「ハイハイ……。ああそうそう二人とも、明日は空いているかしら?」
「へ…?ま、まあ特に予定とかはありませんけど…なあ純夏?」
「う、うん…、私も特にないけど…」
戸惑い気味な武と純夏の返答に対して、夕呼は満面の笑みで頷いた。
「そお♪実はね、明日ちょっと特別なイベントがあるかもしれないからそれに二人を招待しようと思ってね♪」
「い、イベント?また訳の分からない事を…。一体何があるっていうんです?」
夕呼の口から飛び出した“イベント”の言葉に武と純夏は揃って首を傾げる。
確かに横浜、佐渡島からハイヴは消滅し、日本帝国はBETAの脅威から解放された。だが、それまでに国連軍の受けた損害は決して小さいものではない。度重なるBETA侵攻からの防衛戦、そしてハイヴから次々と出現するBETAの間引き等によって横浜暫定基地の兵力は少なくない損害を受けている。現在はBETAの脅威が遠のいたのを好機とみて横浜基地は軍事力の再編に力を注いで入るものの、何がしかのイベント、お祭りをやるような余裕はそこまでないはずである。
そんな武と純夏の思考を知ってか知らずか夕呼は相変わらず笑みを絶やさない。
「ん?何その顔?心配しなくてもこのイベントには一銭もお金はかかってないわよ。それに趣味と実益も兼ねているし……ね」
「……??」
意味有りげな笑みを浮かべてこちらを眺める夕呼に首を傾げながら、武と純夏は再度一礼して研究室から外へと出て行った。
廊下に出た二人はとりあえずPXへ向かう事にする。武と純夏は先程の研究室での一見について雑談しながら己達の記憶を頼りに廊下を歩いて行く。。
「あーあ…、結局何も分かんないままだったな。あの夢についても、突然身体が治った事についても…」
「ん~、でも武ちゃん今のところ何ともないんでしょ?だったらきにしなきゃいいのに…」
「そりゃそうなんだけどな…、にしても夢の日記を毎日付けて提出しろって…。何でそんなことしなくちゃならないのやら…。……まあ多分何がしか意味はあるんだろうけど…」
「分からないよね~…。そう言えばあの子一体何してたんだろうな~。副司令さんの寝室からこっち覗いてたけど…」
「あの子?」
純夏の口から飛び出した言葉に武は怪訝な表情を浮かべる。純夏は武の反応に対して逆に意外そうに眼を見開く。
「あれ?気がつかなかったの?副司令さんの寝室のドアから女の子がこっちを覗いていたんだよ。外国の子かな~、髪の毛は銀髪っぽくて何だかウサギみたいなカチューシャ付けてたけど…」
「ふーん……俺全然気がつかなかったよ。主に副指令がおっかなくて」
「あはは、私だって怖くて声出せなかったもん。だからしょうがないよ」
そんなふうに談笑しながら廊下を歩く二人。関係者以外立ち入り禁止のエリアなためか自分達以外には廊下を歩いている人間は誰も居ない。廊下も照明が少ないせいか若干薄暗く、ほんの少しばかり不気味な雰囲気を醸し出している。夕呼やみちると一緒に居る時には気にならなかったが流石に二人だけで此処にいつまでも居るのはあまり気分によろしくない。
さっさとPXに行ってしまおうと武と純夏は速足で歩きだそうとした、が、その時…。
「すまないそこの二人、少しいいかな?」
「うおおおおおおおああああああああああ!!!!????」
「わきゃあああああああああああああ!!!!!!!!」
突然背後から聞こえた何者かの声に思わず悲鳴を上げて飛び上がった。弾かれるように後ろを振り向くと、そこには何時の間に居たのか目深に帽子をかぶったトレンチコートの、声色からして恐らく男性と思われる人物がこちらを向いて立っていた。
トレンチコートの男は自分をまるで幽霊か何かを見るような目で睨みつけている武と純夏の姿に己がいきなり声をかけたせいだと分かっていても苦笑いを浮かべている。
「こらこらそんな幽霊か何かを見たように怯えないでくれ。私は見ての通り立派な生きている人間だよ。それで聞きたい事があるのだが、君達が横浜ハイヴの生存者、白銀武君と鑑純夏ちゃんでいいのかな?」
「え?あ、は、はい…」
「わ、私は鑑純夏ですけど、お、おじさんは…?」
純夏の質問に謎の男は帽子のつばを持ち上げながら口の端を吊り上げる。その笑顔は何処となく夕呼のものと似ている、何を考えているのかを全くこちらに窺わせない不敵な表情であった。
「おっとこれは失礼、他人に名乗らせておいて己が名乗らないのは流石に失礼だな。私の名前は鎧衣左近。とある貿易商社の課長をしているものでね、こちらの基地にも色々と品を卸させて貰っているのだよ」
「は、はあ…、あ、俺は白銀武です。こちらの基地で純夏と一緒にお世話になっています」
「鑑純夏です。えっと、よろしくお願いします、課長さん」
「ハッハッハ、普通に鎧衣、あるいはおじさんと呼んでくれて構わないよ。フム、見た目からして君達の年齢は14、5と言ったところか。いや私にも君達と同じ年頃の子供がいてね、生憎私は仕事上世界を飛び回る身の上であるからあまり会う事が出来ずにいるんだが…」
鎧衣はにこやかな笑顔で笑いながら純夏に言葉を返す。が、その視線は武と純夏をまるで観察するかのようにジッと眺めている。最も、当の二人はそれには全く気がついていないのだが。
「へえ、お子さんがいらっしゃるんですか。それって息子さんですか?」
「ああ、娘のような息子。…いや、息子のような娘だったかな?ううむ…どうも最近会っていないものだから性別がゴチャゴチャに…」
「あ、あの…、性別くらいは覚えておいてあげても…」
「フム、そうしたいの山々なのだが何分私も忙しい身でね。最後に会ったのは何時ごろか……、コラコラそんな白い目で見ないでくれ。冗談だ。ちゃんと性別は娘だと記憶しているよ」
じと目でこちらを睨みつける二人を両手でなだめながらも、鎧衣は相変わらず薄い笑みのままである。本音を覆い隠しているかのようなその表情は、何処となく得体のしれない雰囲気を醸し出しており、流石の武と純夏も警戒して一歩後ろへと下がる。
図らずも二人に警戒心を抱かせてしまった事に鎧衣は失敗したと言いたげな表情で帽子の縁を撫でた。鎧衣からしてもこの二人に無用な警戒心を抱かれてしまうのはあまり本意ではない。
「そんなに警戒しないでくれ。私は君達に害をなす人間じゃあない。…まあとにかく、もしも私の娘に会ったのならば二人とも仲良くしてやってくれ。親の私がこう言うのもアレなのだがね、わが娘は少々マイペース気味な性格でね、だが恐らく君達となら仲良くなれる事だろう」
幾分か雰囲気を和らげながら鎧衣は二人にそう告げるとコートを翻して二人に背を向けると、一度二人へと顔を向ける。
「では、私は香月副指令に用事がある為失礼させてもらおう。…ああそのまえに白銀君、鑑ちゃん、実は君達二人に伝言を預かっているのだった」
「で、伝言?」
武と純夏は鎧衣の言葉に首を傾げる。当たり前だが二人とも鎧衣とは初対面である。何故か向こうは自分達の名前を知っていたものの自分達は彼の事など何も知らない。そんな見ず知らずの人間が一体自分達に何を伝えようというのだろうか…、武と純夏は再度身構えてしまう。
「その、一体誰からですか?」
「さるお方、としか言えないな。こらこらそんな警戒しないでくれ。本当にただの伝言だよ。それに私はただ頼まれただけでね、君達をどうこうするつもりは毛頭ないよ」
二人の警戒を解きながら鎧衣は柔らかい笑みを浮かべて、ゆっくりと“その言葉”を口に出した。
「『そなた達が生きていた事に感謝を。どうかそなた達の行く末に、幸あらん事を』以上だ」
「「……へ?」」
「では、これで失礼」
それだけ告げると鎧衣は二人に背を向けて通路の奥へと去っていく。武と純夏はあっけにとられた表情のまま、通路の奥へと消えていく謎の人物の後姿をただ見送るしかなかった。
夕呼SIDE
一方武と純夏が去った研究室にて、ただ一人残った夕呼はカップに残ったコーヒーを黙って啜っていた。その口元には薄い頬笑みが浮かんでおり、心なしかご機嫌そうである。
「さて、と。社、どうだったかしら?あの二人は」
と、夕呼は何の前触れもなしに寝室のドアへ向かって言葉を投げかける。するとドアがゆっくりと開き、そこからまだ幼げな容姿の少女が姿を現した。
黒いワンピースのような服装は国連軍の制服とそっくりな意匠をしている。髪の毛は若干青みがかった銀髪であり、まるでウサギの耳のような装飾がついたカチューシャを身につけている。その表情には一切の感情が無い全くの無表情であり、少女が生きている人間ではなく等身大の蝋人形か何かのように思わせている。事実彼女は人形なのだろう、そうであるように“造られた”のが彼女であるのだろうから。
社霞、それがこの少女の名前。オルタネイティヴ3の成果にしてオルタネイティヴ4成功のためのピースの一つ。この基地においては歩く機密といっても過言ではない存在である。
夕呼の質問に霞は相も変らぬ無表情のまま二人の去って行った研究室の出入り口へと一度視線を向けると、再度夕呼へと向き直る。
「…………」
「だんまり、ね。まあいいわ。それじゃあ白銀の見た夢については?」
裕子の再度の質問に霞は黙って寝室へと戻っていく。が、すぐにドアを開けて夕呼の前に姿を現した。その胸には先程は持っていなかった一冊のスケッチブックが抱えられている。霞は黙って夕呼に近寄るとそのままスケッチブックを差し出す。夕呼は霞の態度に特に気を悪くした様子もなく黙ってスケッチブックを受け取り、それをパラパラとめくり始める。
スケッチブックに書かれていたもの、それは少年と少女、白銀武と鑑純夏の絵、そしてカメのような怪獣、ガメラの絵であった。子供らしい稚拙な絵で、お世辞にも上手とは言えないもののそれぞれの絵はモデルとなっている人間の特徴を捉えて描かれている。
絵の内容は様々であり、武と純夏が手をつないでいる姿、ベッドで寝ている武を起こそうとしている純夏の姿、学校の教室らしき場所で授業を受けている武の姿等々、殆どが武と純夏を中心に描かれているものである。だがその中の内2枚は武と純夏の姿が描かれておらず、ガメラ、そして謎の怪獣らしきものが描かれているものがあった。
一枚目は燃え盛る街らしき場所にてガメラと蝙蝠、あるいは翼竜ともとれるシルエットの怪獣が対峙している絵、もうひとつは真っ白な雪に包まれた世界にて、ガメラと背中に無数のとげをはやしたトカゲのような怪獣が向き合っている絵である。
もしこの場に武がいたのなら、そしてこの絵を見たとしたならば、彼は驚愕のあまりあいた口が塞がらなかっただろう。なぜならこのスケッチに書かれている絵はすべて、彼が夢で見た風景そのものであったのだから…。
霞はただの少女ではない。その正体はソ連主導で行われたオルタネイティヴ第三計画、通称オルタネイティヴ3にて産み出された人工ESP能力発現体、いうなれば人工的に産み出された超能力者ともいうべき存在である。
オルタネイティヴ3とはそもそも、霞を始めとする人工ESP発現体を産み出し、彼ら彼女らの能力を用いてBETAとの意思疎通、情報入手をすることを目的とした計画であり、結果として能力者の94%を犠牲にして得たものとは、BETAにも思考が存在する、そしてBETAは人類を生命体とはみなしておらず、ありとあらゆる訴え、交信は不可能であるというたった二つの事実のみであった。
霞は第三計画にて産み出された人工ESP発現体の第六世代、ソ連における正式名称はトリースタ・シェスチナ(第6世代300番)という。彼女の能力はプロジェクション(思考投影)とリーディング(思考読解)。それぞれ己の思考をイメージとして相手の思考へと投影する能力と、相手の思考をイメージとして、感情を色として読み取る能力。元々BETAとのコミュニケーション、思考読解の為の能力であるこれは人間にも有効であり、この能力を用いて白銀武の『夢』の記憶をリーディングし、そのイメージをスケッチブックに描き写したのだ。
「……成程、これが白銀武の観た夢、ね…。怪獣の記憶はともかくとして、“コレ”は詳しく調べる必要がありそうね。ただの夢なのか、あるいは……」
スケッチブックの内容、正確にいえばそこに描かれている武と純夏の日常の絵をパラパラ捲って眺めながら夕呼は楽しげな微笑みを浮かべる。と…、
「おやおや香月副司令、ノックもなく勝手に入ってしまいましたが……どうやらお邪魔でしたようですねぇ…」
「……!!」
突如研究室に響いた声を聞いた瞬間、夕呼の顔から笑みが消える。その視線は声の聞こえた方向、研究室唯一の出入り口であるドアの方向へと向けられている。
先程まで誰もいなかったはずのドアの前、そこには渋い色合いのコートと同じ色の帽子をかぶった年齢からして4、50代程の男が口元に薄笑いを浮かべながら立っている。それはほんの数分ほど前、武と純夏が廊下の帰り道ですれ違い、二人に何者かからの伝言を伝えた鎧衣左近その人であった。
何の気配も感じさせず、国連軍であろうともこの基地の副司令か司令、あるいは夕呼直属の部下以外のIDでは侵入できないはずの研究室内に突然出現した怪しげな雰囲気の男に、夕呼は憎々しげな表情で舌打ちをする。そんないかにも嫌そうな態度の彼女に対し、鎧衣は特に気分を悪くした様子もなく笑みを崩さない。その態度が余計に夕呼の逆鱗を逆なでする。
「…誰の許しがあって人の部屋に勝手に入ってきてるのよ、鎧衣。何度も言ったはずよね…?私の研究室に不法侵入するなと……」
「これはこれは私としたことが…。一刻も早く副司令の見目麗しいご尊顔を拝したいが為についつい先走ってしまいました。何分空気が読めない性格なものですので……」
慇懃無礼な調子で鎧衣は夕呼へと軽く頭を下げる。そんな見え見えな形だけの謝罪に、夕呼は苦虫を何匹も噛み潰したかのような表情を浮かべながら、黙って霞に寝室に戻るよう合図を送る。夕呼の合図を受けた霞は相変わらず表情を変えぬまま寝室へと戻っていき、ドアを閉める。
唐突に姿をかくしてしまった霞に、鎧衣は飄々とした態度を崩すことなく肩をすくめる。
「おや、お嬢さんは隠れてしまいましたね?折角ニュージーランドからの土産の品を持ってきたというのに……」
「……要件は何よ、鎧衣」
「そうそう副司令もいかがです?ニュージーランドの先住民族マオリ族が着けていた魔よけの仮面でして、部屋に飾っているだけで災厄を退け幸運を呼ぶという……」
「要件を言え、と言ってるのよ?私は」
有無を言わさない視線で鎧衣を睨みつける夕呼。この男は常々他者をイラつかせる言動、態度を取っている。下手に逆上して向こうのペースに乗せられるわけにはいかない。そうなれば向こうの思う壺である。夕呼はまるでナイフのような鋭い視線を鎧衣に向け、逸らさない。
鎧衣左近、本人は世界を股に掛ける貿易会社の課長などとほざいてはいるがその正体は帝国情報省外務二課課長、端的に言うならば諜報員、スパイである。
ありとあらゆる組織にコネを持ち、数多くの事件の陰で暗躍しているがゆえに、“帝国の怪人”等という渾名で恐れられる人物。その実像を知るものならば一切油断できるような人間ではない。夕呼の視線を平然とした表情で受け止める鎧衣、だったが数秒で降参と言わんばかりに両腕を上げた。
「何、大した用事ではありませんよ。例の怪獣の件について副司令とお話をしようと参っただけです。ついでに殿下からの伝言を横浜ハイヴからの生存者二人に伝えるという命も賜っているのですが」
「白銀と鑑に?殿下が一体何を…」
「何、そこまで大それたものではありませんよ。伝言といってもどうか健やかに生きてほしい、という殿下の御言葉をそのまま二人に伝えただけです。名前以外は見ず知らずである彼ら二人を、殿下は常々案じておりましたからね」
「そ、…で、ガメラの件っていうのは?」
夕呼の質問に対して鎧衣は、どこに隠していたのか分厚い資料の束を取り出すと夕呼へと差し出す。夕呼は全文英語で書き記されたその資料を受け取るとパラパラと捲りながらそれを読み始める。
5分後、資料すべてに目を通し終えた夕呼はそれをデスクの上に乱暴に叩きつけると再度衣へと向き直る。その表情には先程はなかった不敵な笑み、目の前の鎧衣の浮かべているものと同様の笑みが浮かんでいる。
「……フン、ずいぶん詳細に調べたものじゃない。まあどういう手段でこれだけの代物を手に入れたのかは知りもしないし知りたくもないけれど…」
「お褒めに預かり恐悦至極。ああそれは私からのお土産ですので副司令に差し上げます」
それはどうも、と夕呼は鎧衣の言葉を半分聞き流しながらクックッと喉を鳴らして笑い声をあげる。
「…にしても『明星作戦』ね…。随分とまあ綿密にプランが書かれてるけど…、よっぽど“あの国”は自分の作った『おもちゃ』に自信があるみたいね」
「まあ結局ガメラにハイヴを殲滅させられて全ておじゃんになってしまいましたがね。この計画が白紙になったのを聞いて“かの国”のお偉方は皆揃って鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたとか何とか」
「あら、それは是非とも見たかったわね。本当に残念だわ♪」
鎧衣が侵入してきたときと打って変わって実に機嫌のよさそうな夕呼。最も視線は依然として鎧衣を油断なく見据えてはいるが。鎧衣はその視線を受けとめながらこちらもまた悠然とした態度で笑みを崩さない。
「まあそれはともかくとして、逆に言ってしまえばこれでかの国は件の兵器の実験を行う機会を失ってしまったということです。さらにガメラが次々とハイヴを潰している以上、このままではハイヴという実験場すらも失いかねない、もっといえばオルタネイティヴ計画そのものまで破綻しかねない。と、するなら……」
「…例の兵器をガメラに使う可能性もある、か…。……調べたところによるとその兵器、『五次元効果爆弾』、通称“G弾”の威力そのものは相当な代物らしいわね?しかも核兵器のような汚染も無いというおまけつきで」
「…表向きは、ですが。実際のところは核と大して変わらぬレベルの汚染が残る可能性が高いとのことですよ」
鎧衣の返答に夕呼はまるで嘲るかのようにフン、と鼻を鳴らす。どうやら“連中”は人類の存亡云々よりも自国の威信のほうがはるかに大事らしい…。流石にBETAの被害に一切あっていない連中は違う、と夕呼は呆れながらもいろいろな意味で感心していた。
最も仮にもしBETAの被害にあっていたとしてもこの態度が変わるかどうかは知る由もないが。どうも人類は種の存亡がかかった戦いにおいても人種、思想、国境を越えて団結する等ということはできないらしい。なんとも厄介なものだと夕呼は自嘲するかのように笑みを零した。
「…ま、いいわ。それで、他の国はどうなのよ?」
「ソ連はブラゴエスチェンスク、クラスノヤルスク両ハイヴが陥落したことを好機とみて領土回復の為に軍備を整えているとか。統一中華戦線も同様だとか。一部の人間はガメラを“救世主”だの何だのと持て囃して軍の士気高揚に利用しているようですな。特に統一中華戦線ではガメラを同じ亀の姿をした瑞獣である“玄武”“霊亀”等と名付けてありがたがっているとか。先日訪れた時にはこんなものまでありましたから」
鎧衣はそう言って懐から何やら亀のような木製の置物を取り出す。その甲羅には“玄武”という文字が刻まれており、裏面には何やら呪文のような文字が細かく彫られていた。よく見ると亀のの口には牙らしきものが生えている。どうやら本当にガメラをモデルにしたものらしい。夕呼はしげしげと置物を眺めながらそんなことを考える。
「……んで、他の国は?」
「欧州連合は特に動きなしですな。中東連合、アフリカ連合も同様ですね。あわよくばガメラにハイヴを殲滅させて失われた故国への帰還という漁夫の利でも得る考えなのでしょうが…。
大体はこんなところでしょうか。殆どの国は現在のところガメラ放置の方針のようですな」
「…ま、どの国も自国領土は取り戻したいだろうし、“あの国”のような余裕は無いってことね」
「そうなりますな。まあ“かの国”が本当に例の新型兵器をガメラ相手に実験する気かは知りませんが…」
そう呟いて鎧衣は意味深な笑みを浮かべる。彼の言葉、それはすなわち新型兵器が完成へと向かっている、あるいは既に完成している可能性があると言外に告げていた。そのことを知ってか知らずか夕呼は涼しげな表情を崩さない。
「それで、そちらの計画の進行状況はいかがでしょうか博士?」
やがて鎧衣は何気なく、まるで世間話でもするような気軽さで夕呼にそう問いかける。彼を質問を聞いた瞬間、夕呼の表情は再び苦虫をかみつぶしたかのようなそれへと変わる。
「…新兵器云々の話のあとでそれを聞きに来る?ま、いいわ。レシピは完成食材も調達できた。後は調理場ができれば直ぐにでも、ってところかしら」
「成程…。了解しました、では殿下にもそのように」
夕呼の言葉の意味をすぐさま理解したのか、鎧衣は軽く頷くと、これで用は済んだとばかりに夕呼へと背を向ける。
「では、言いたいことも言い尽したことですしこれにて私はお暇させていただきましょうか。まだまだ仕事が残っているものですから」
「あっそ。こっちも色々と立て込んでて忙しいのよ。とっとと帰りなさいな」
「これはこれはつれない言葉。…では、お言葉に甘えて私はこれで」
鎧衣は夕呼に向かって深々と礼をすると研究室のドアからそのまま出て行った。鎧衣が居なくなって夕呼一人、厳密には隣の寝室にいる霞もいれれば二人だけとなって静寂に包まれた研究室の中、夕呼は疲れ切った様子で深々と溜息を吐きだした。
「…ったく、あいつはいつもいつも碌にアポも取らずに…。ま、今はそれよりも…」
夕呼は鎧衣が出て行った出入り口のドアへと視線を向ける。この横浜暫定基地でもトップクラスに厳重なロックをかけたはずであるのだが、あの飄々とした冴えない諜報員にあっさりと破られてしまった。無論これは鎧衣が常識はずれなだけであるのだが、元々負けず嫌いである夕呼からすればそんな程度では納得できるはずもない。
「ドアのロック、もう少し厳重にしないとダメかしらねえ…」
ぽつりと呟かれる夕呼の独り言、それを聞いていたのは隣の部屋からこちらをうかがう社霞ただ一人だけであった。
白銀武SIDE
夢を見ていた。
今までに見ていたものとは全く違う、全く別の世界の夢を。
初めて“自分”が目を覚ましたのは己の家の一室だった。だが、そこはかつて己の住み、寝起きしていた部屋とは完全に様変わりしていた。
否、様変わりしていたのは己の部屋だけではない。家の周囲は瓦礫と化し、幼馴染の住む家には巨大な人型ロボットが倒れこんで完全に倒壊している。
まるで戦争か何かがあった後のような、そんな凄惨な世界…。かつて“己”が住んでいた平和な世界とは全く異なる世紀末な世界に“自分”は茫然としていた。
そして何気なく足を運んだ“自分”が幼馴染とともに通っていた白陵高校もまた国連軍の基地へと様変わりしていた。
訳がわからない、理解できない、一体なぜ“自分”が此処にいるのか、一体この世界で何が起こったのか…。
その後基地の副司令である香月夕呼より、この世界が己の住む世界とは違う歴史をたどっていること、人類がBETAという地球外生命体と長きにわたる戦争を繰り広げているということを知ることとなる。
その後夕呼の配慮で訓練兵へと編入させられることとなった武。そこで出会った面々は、かつての世界で共に学び、共に笑いあった友人達…。
御剣冥夜、榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫、そしてなぜか元の世界とは性別が逆転している鎧衣美琴…。恩師である神宮司まりももまた、“自分”達の教官としてこの世界に存在していた。
だが、この世界にはただ一つ、“鑑純夏”の姿だけが存在しなかった…。
「……」
武は何の前触れもなく目を覚ますと、ゆっくりと上体を起こす。頭は寝起きのはずなのにやけに冴えている。
また変な夢を見てしまった。しかも今度は今まで見たものとは全く違う、どちらかというとこの世界とほぼ同じ世界の夢を…。
数少ないこの世界との違いは、横浜基地の場所が己の今いる場所とは違うこと、純夏の姿が影も形も無いこと、そして…。
「…2001年10月22日って…、今から三年後の未来じゃねえか…。一体どうなってやがるんだ…」
武は頭を抱えながら何気なしに隣のベッドへと視線を向ける。
隣で眠る純夏は武が起きていることも知らずに安らかな寝息を立てている。武はその姿に苦笑いを浮かべるとともに、同時にホッとした。
消えていると思ったのだ、何故かは知らないけれどあの夢を見た瞬間、純夏がこの世界から消え去ってしまったのではないかと…。
「…まさかと思うけど、あの夢って俗にいう未来予知ってやつじゃ?いやいやいやいやんなわけねえだろ…」
とっさに浮かんだ己の観た夢が予知夢であるという予感、だが直ぐに武は笑って否定する。予知夢なんてそんなエスパーじゃあるまいし、と…。
ある意味それが的を射ているとも知らず、そして今自分が『真実』へ向けて歩き始めているとも知らずに…。
正直あまり進んでいない…。いやまあこれも後々の複線なんですけれどね。展開遅いのはどうかご勘弁を…。