Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

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 もうすぐ10月も終わり、季節が過ぎるのは早いものです。
 どうにかして最新話投稿できましたが、最近更新ペースが落ちているような…。
 柴犬ももうすぐ発売になりますが……、どうしようかな。買おうにもお金ないからノベル版のみで我慢するべきか…。


第21章 深まる謎

 「あ、そうそうすっかり忘れてたわ。二人共、食べながらでいいから聞いてもらえるかしら?」

 

 「…ムグ?」「ふえ?どうかしたんですか副司令さん?」

 

 あの後ブチ切れたまりもと夕呼の口喧嘩は10分以上続き、終わる頃には折角の料理も冷めきってしまっていた。やむを得ず料理は再び温め直してもらい、4人はようやく朝食にありつく事となった。ちなみにまりもの激辛ラーメンに関しては料理を温め直す際にまりもがウェイトレスに必死に頼み込んで餡かけチャーハンに変更して貰っている。

 そんなこんなで遅めの朝食となってしまった一行、特に朝早くトレーニングをしていた武と純夏は餓えた獣か何かのように料理を頬張っていた。一方のまりもは何とか激辛料理を回避できたことに歓喜の涙を流しながら餡かけチャーハンをかき込んでいる。そんな親友を何所か呆れた表情で眺めながら合成フカヒレスープを口に運んでいた夕呼は、ふと何かを思い出したように武と純夏へと声をかける。食事をしていた二人はキョトンとした表情で夕呼に視線を向けるが、夕呼はそれに構わず口を開いた。

 

 「実は今貴方達が住んでる病室の代わりの部屋がようやく見つかってね、ここ最近ごたごたがあったから後回しになっちゃったんだけど、ちょうど空いてる部屋が二つあるんだけれど…」

 

 夕呼は一度口を閉じるとまるで値踏みでもするように武と純夏へと視線を巡らせると、ニマッと笑みを浮かべる。

 

 「率直に聞くわよ、相部屋がいい?それとも個室?」

 

 「へ?」「相部屋と個室って……、何でですか?」

 

 夕呼の口から飛び出たセリフに、武と純夏は思わず揃ってキョトンとしてしまう。そんな二人の反応を夕呼はニヤニヤ面白そうに笑いながら眺め、対してまりもは餡かけチャーハンを口に運びながら、「また始まった……」とでも言いたそうな表情で夕呼に視線を送っている。そんな彼女の視線にも構わずに夕呼は話を続ける。

 

 「いえね、私としては個室でも相部屋でもどっちでもいいんだけれど一応二人の希望も聞いておきたくてね?特に白銀、貴方には、ね?」

 

 「お、俺…?な、何で俺に…」

 

 「何でってそりゃあ貴方も男なんだから答えは一つでしょう?相部屋になれば鑑とは必然的に一緒に寝る事になるんだし、結果的には一線越えて子作りにまで行っちゃうとか……ああそう言えば今居る病室も相部屋だから既に鑑と一線越えて……」

 

 「ふえええええええええ!?ふ、副司令さん何言ってるんですかああああああ!!!!」

 

 夕呼のあんまりにもアレな爆弾発言に純夏は思わず顔を真っ赤にして絶叫する。確かに今居る病室もベッドは違うといえども同じ部屋に居る訳だから相部屋と言ってもいいだろう、その気になればどちらか一方がもう一方のベッドに潜り込んで一緒に寝るなんて事も出来ちゃったりするだろう。そこからキス、最終的には一線を越えて……、そこまで想像した瞬間に純夏の思考回路は限界を越えてオーバーヒートを起こして「あうう…あうううう~…」と呻き声をあげ始める。

 一方隣に座っていた武も純夏と同じ事を想像したのか顔全体を真っ赤に染めてポカンと口を開けて呆けている。こちらは呻き声は挙げてはいないもののショックなのか何なのか知らないが何もしゃべれないようであった。

 そんな二人の初心な反応を夕呼はしてやったりと言いたげな意地悪げな笑顔で眺めていた。

 

 「クフフフフ♪なーに?てっきりもうヤッてると思ってたけど案外初心だったのねぇ?これは一度教育しないとダメかしら?何ならお姉さんが一肌脱いで…」

 

 「……やめときなさいよ夕呼、アンタに任せた途端に碌な事にならないのは私が良く分かってるんだから」

 

 「なによ~、随分な事言うじゃないまりも~。もしかしてあれ?自分が彼氏居ないからってひがんでるの?女の嫉妬は醜いわよ?」

 

 「ほっときなさいよ!!」

 

 夕呼を嗜めるつもりが逆に茶化されてまりもは不貞腐れながら餡かけチャーハンをかき込み始める。唐突にやけ食いを始めたまりもの姿に武と純夏は一度顔を見合わせたが、やがて二人も黙って食事を再開するのだった。夕呼もまた三人の食事風景を眺めながらフカヒレスープを蓮華で掬って口に運んでいる。

 

 「……ま、じっくり考えて頂戴ね。私としてはどっちでもいいことなんだけれど荷物運んだりとかいろいろ面倒な作業とかあるだろうし。ま、それはそれとして……」

 

 夕呼はフカヒレスープの最後の一匙を口にすると、蓮華を置いて武と純夏に視線を向ける。

 

 「白銀、鑑。食事が終わったらまた研究室に来てもらえるかしら?先日話が途中でおわっちゃったでしょ?その続きでも…」

 

 「えっと……、それってあの南明日香村で起きたBETAの同士討ちの事ですよね?」

 

 「……あれ?知ってたの?それとも誰かから聞いた?まあいいわ。そ、例の京都防衛戦の最中に奈良で起きた稀な事象についての話よ。まあそれもあるんだけど…」

 

 夕呼は視線を武一人へと向けながら、何を考えているのか全く読みとれない表情で薄笑いを浮かべる。その笑顔に何か不気味なものを感じた武は体を硬直させるが、そんな武に構わず夕呼は話を続ける。

 

 「…白銀、鑑から聞いたところによると貴方最近変な夢を見るみたいね?ちょっとそれについても調べたいのよ。貴方の夢の中に何故私やまりも、……おっと、そのそっくりさんだったかしら?まあいいわ。とにかく貴方の見た夢に関して色々と調べたい事があるのよ」

 

 「夢…?一体何の話よ夕呼」

 

 「まりもには関係の無い話よ。あくまでこちらの話だしどうせまりもに話したとしても信じられないわよ」

 

 「……ハイハイそうですか、なら聞きませんよ全く…。じゃあ私はこれから訓練兵への教導があるからこれで失礼させてもらうわ」

 

 夕呼のそっけない返答にまりもは若干不満そうにブツブツ呟きながら席から立ち上がると、そのままPXの出口へと歩いて行く。武と純夏はその背中を黙って見送った。

 つい一週間ほど前のガメラの横浜ハイヴ襲撃の影響で訓練兵の教導は一時中断されていたのだが、2日前から再開となり、教導館であるまりももまた忙しい日々を送っている。かつてと同じく勉強を見て貰ったりトレーニングを指導して貰うのは難しくなってくるであろう。武と純夏はその事に少しばかり寂しさを覚えていた。

 

 「…なんか寂しくなっちゃいますね、私達、軍曹さんに勉強とかいろいろ教えて貰ってましたし…。」

 

 「まあ暫く休暇が続いていたしね、訓練兵達にも休暇をあげた分びしばしやらなきゃならないでしょうから暫くは忙しくなるんじゃないかしら?どうしてもって言うのなら私の権限でどうにかしてあげても…」

 

 「だ、大丈夫ですよトレーニングも勉強も一人でできますし、神宮寺軍曹だって本業の方が大切でしょうから」

 

 「あらそう?遠慮なんかしなくてもいいのに。ま、それはともかくとして二人共早く食事食べちゃいなさいな。残したら食堂のおばちゃんの雷が降るわよ?」

 

 「…あ」「そ、そうですね、早く食べよ、武ちゃん」

 

 夕呼に促された二人は食事を再開する。二人とも空腹であった事もあり、瞬く間に目の前の料理を平らげてしまった。

 食事を終えて一息ついた武と純夏は、以前と同様に夕呼に連れられて彼女の研究室へと向かう事となった。道順そのものはなんとなく覚えてはいるもののいかんせん臨時とはいえそれなりに広い横浜基地内部、その奥の関係者以外立ち入り禁止のエリアに存在する夕呼の研究室までの道のりはそこそこ長い為、気を抜いてしまえば迷子になってしまうかもしれない。帰り道はみちるに教えて貰ったものの、果たして迷わずに自分達の部屋までたどり着けるか…。

 

 「……まあもしもの時は基地の人に道聞けばいいか…」

 

 「ん?何の事よ」

 

 「いえ、副司令の研究室から病室まで結構離れてますから無事辿り着けるかって心配になって…。前は伊隅大尉に送ってもらったんですけどね…」

 

 「あー…、でもPXまでの道のりは分かるわよね?そこまで分かるんなら大丈夫じゃないの?どうしてもって言うなら案内を呼んであげてもいいけど?」

 

 「あ…、いえ、そこまでしてもらわなくても……、あはは」

 

 夕呼の提案に対して遠慮の言葉を述べる純夏、彼女の反応に夕呼は「そう」とだけ返すとそのまま背を向けて研究室へと脚を進める。武と純夏も彼女の後を追って廊下を歩いて行く。

 PXからでて廊下を歩く事3、4分ばかり、ようやく三人は夕呼の研究室の前へと到着した。夕呼はドアの近くの機械へと己のIDカードを通してロックを解除、同時にドアがスライドされて研究室への入り口が開かれた。

 

 「さ、遠慮せずにどうぞ。一応前よりは片づいているからそこそこ見栄えは良くなっているわよ?少なくとも前のように紙の山が崩れ落ちてくるような事は100%あり得ないようにはなっているわ、そこは保証してあげる」

 

 そう笑いながら夕呼は武と純夏を己の研究室へと招き入れる。武と純夏は恐る恐ると言った感じで研究室へと足を踏み入れる。何せ二人とも以前研究室を訪れた際に頭上から降り注いできた紙の山に押しつぶされるという目にあったのだ。幾ら夕呼が大丈夫だと言っても身体と理性は反射的に身構えてしまう。

 が、二人の心配は杞憂に終わった。夕呼の言葉通りまるで森のように立ち並んでいた紙の山は研究室から姿を消しており、デスクの上に数十枚の紙の束が置かれるのみとなっている。そのおかげかまるで研究室が広くなったかのような印象を武と純夏は感じている。

 

 「どう?大したものでしょ?うちの部下達を総動員して丸一日で此処まで片付けたのよ。やっぱり大掃除には人海戦術が一番よねぇ。速さが違うわ」

 

 二人の驚き顔に夕呼は機嫌を良くしたのかニンマリと笑顔を浮かべている。ちなみにこの部屋掃除には、最近任官した新米の男性衛士二人もまた動員された。本来戦術機を駆ってBETAをなぎ倒すことが仕事のはずなのに一番最初の仕事が部隊揃って副司令の部屋の片付け&掃除であった為、相当に不満たらたらであったようではあるが…。

 現状夕呼直属の特殊部隊A-01にはそこまで急ぎの任務がない。というより日本国内及び近隣のハイヴをガメラが根こそぎ破壊してしまった為に本来戦うはずのBETAが居なくなってしまった為に、主任務であるBETA掃討、捕獲の任務が現状行えない状態にある。

 故に現在は戦術機による戦闘訓練等を交えながら、香月夕呼のボディーガード兼小間使いのような任務を行うのが主となっている。最も戦術機を駆って戦闘する事と比較するとよく言えば安全、悪く言えば退屈な任務が続く為に新入りだけではなく一部の隊員にも不満を漏らしている人間がいるとのことだ。

 そんな衛士達の奮闘の結果ゴミ屋敷の如き有り様からきれいに整理整頓された部屋へと生まれ変わったそこを、武と純夏は興味深そうに見回している。と、純夏が突然何かを見つけた様子である一点へと視線を向ける。

 

 「あれ?ねえ武ちゃん、あんなドアあったっけ?」

 

 「ん?…ああ確かに。前は紙に埋もれて分からなかったけど…、あんなのあったんだ」

 

 純夏の言葉に武が何気なく視線を純夏の指差す方向へと向ける。見ると、以前は気がつかなかったが本棚のすぐ近くに何やら壁と同じ色合いのドアがある。どうやら山ほど積まれていた紙束に埋もれて隠れていたものが、その紙束が根こそぎ処分されたおかげでようやく姿を現したものらしい。

 

 「ん?ああそこは私の仮眠室よ。って言っても今の今まで全く使ってなかったんだけどね。なにせ中で寝たくても色々道を塞いでて中に入れなかったしねぇ」

 

 片づいたから今日からそこで寝るつもりだけど、と付け加えながら夕呼は部屋の隅に置かれたコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。心なしかその表情はご機嫌そうだ。

 夕呼の作業用デスクの前に二つのパイプ椅子が置かれている。どうやら二人が来る事を想定してあらかじめ用意しておいたものらしい。とはいえこの部屋の主の許可なく勝手に座るわけにもいかない為に二人は椅子の傍で棒立ちしており、コーヒーを淹れ終えた夕呼の「あら、勝手に座ってもいいのに…」という言葉を聞いて二人は夕呼に「失礼します…」と一礼すると椅子へと腰掛けた。

 二人が座るのを見て夕呼も己専用の椅子へと座り、淹れたばかりで湯気を漂わせるコーヒーを一口啜る。

 

 「…フウ、合成品でもこのカフェインの苦みは堪らないわね。……あ、二人はどうかしら?生憎ミルクも砂糖も無いんだけれど」

 

 「あ、いえ、お構いなく…」「わ、私も…苦いの苦手ですから…」

 

 「フーン、ま、いいわ。さてと、で、きのう話忘れた事なんだけど…」

 

 夕呼はデスクの引き出しを開けるとそこから一枚の資料用紙を取り出して、二人へと差し出す。武と純夏は用紙を受け取ると、その内容へと目を通した。

 その用紙のタイトルは『奈良防衛戦におけるBETAの暴走、及びそれに関する研究結果』。文字通り1998年の京都防衛戦最中の奈良での戦線、そこで起きた異変に関して記されている。

 その内容はみちるから聞いたものと同じ、突如一部のBETAが他のBETAへと攻撃を開始し、最後は互いに殺し合った末に自滅した、それが起きたのは南明日香村から半径3kmの範囲内であるという事、その後BETAの遺体が回収されて綿密に検査、研究が行われたものの何の異常も見受けられなかった事等が書かれている。

 資料へと食い入るように目を通す二人、夕呼はそれを眺めながらコーヒーカップを傾ける。

 

 「…詳細はそこに書かれている通りよ。BETAが突然同士討ちを始めて派遣された部隊は無傷で帰還した。その後BETAの死骸を調べたけれども何の異常も無かったってことだけよ。…まあ二人ともすでに知っているみたいだけれども、ね」

 

 「は、はい…、伊隅大尉から教えて貰って…。流石に驚きました」

 

 「ふーん、伊隅がねぇ…。ま、いいわ。正直この事件を始めて知った時は私も驚いたものよ。何しろ今の今までBETAが同士討ちをしたなんて事例は聞いたことも無かったんだし。最もその原因はそこに書かれている通り全く分かっていないんだけどね」

 

 そう言って夕呼は肩を竦める。元来BETAは同士討ちを行う事は無い。既に生命活動を停止して死骸と化している個体を除けば積極的に同胞を攻撃することはBETA大戦がはじまって以来一度たりとも確認されていない。

 故に奈良防衛戦で起きた異変に関しては帝国、否、世界中の研究者達の頭を悩ませていた。一体BETAに何が起きたのか、何故一部のBETAのみが暴走したのか、等々…。

 

 「一応色々と仮説は挙げられているんだけれどね、どれもこれも決め手に欠けているうえに証拠がないから確実なもの、とは言えないのよ。…恐らくBETAが暴走したあの土地、南明日香村付近に何かがあるというのだけは分かるんだけれど、ね」

 

 意味深な言葉を呟きながらコーヒーを啜る夕呼。そんな彼女の説明を聞きながら資料へと視線を落とす武と純夏。

 夕呼とみちるの話、そしてこの資料に書かれている内容から、BETA同士の同士討ちというものがいかに異常な事なのかはBETAに関する知識がそこまでない武と純夏にも理解できた。だが、それでも二人にはまだ理解できない事がある。

 

 「えっと……副司令。BETA同士の同士討ちが本来あり得ないってことは分かりましたけど……コレとガメラがどう関係が…?」

 

 資料から顔を上げた武はおずおずと夕呼に問いかける。その隣では純夏も顔を上げて夕呼を無言で見ている。

 どうにも二人にはBETAの同士討ちとガメラが結びつかない。奈良にガメラ、あるいは別の巨大生物が出現してBETAを殲滅したというのならばまだ分かるが、同士討ちではたんに一部のBETAに異常が起きただけとも言い切れない。

 そんな二人の考えに気がついたのか夕呼はカップをテーブルへと下ろすと再び引き出しから一枚のプリント用紙を取り出す。

 

 「実は南明日香村の元住民が、自宅からとある絵巻物を持ちだしていてね。そこには南明日香村に伝わるとある伝承について描かれていたものがあるのよ。そのコピーがこれなんだけれど…」

 

 夕呼が差し出したその資料を受け取る武と純夏。最も二人は最初、夕呼の言葉に半信半疑の表情を浮かべていた。だが、そこにプリントされている絵を見た瞬間、二人は目を大きく見開く事となった。

 

 「!?こ、これって…」

 

 そこにプリントされていた絵、それは一頭の二足歩行の亀と、幾本もの尾羽が生え、虹色の二対の翼を広げたまるで鳳凰の如き姿をした鳥が相対しているものであった。随分と昔に描かれたものらしく大分色あせてはいるものの、その絵に描かれている二足歩行の亀の姿には武と純夏は覚えがあった。

 そう、それは紛れもなく自分達を救い、日本帝国をBETAの脅威から救い出してくれたあの怪獣…。

 

 「ガメラ、だよな…?」「う、うん…、そっくりだよ、ね…?」

 

 二人の言葉通り、その絵に描かれている亀は細部に違いこそあるものの、間違いなくガメラであった。だがもしもこれがガメラだとするなら何故こんな古い絵に、そしてガメラと相対しているこの鳥のようなものは一体…。

 プリント用紙を凝視する二人の姿を夕呼は冷静な表情で眺めている。

 

 「…予想通りの反応ね。まあ無理も無いか。私だって最初見た時には驚いたわ。でも同時に一つの確信を得る事が出来た。…あの村、南明日香村にはガメラに繋がる“何か”がある、ってね。そしてその“何か”の影響でBETAが同士討ちを始めたんじゃないか、ってね」

 

 まるで独り言でも言うかのように話す夕呼。武と純夏は彼女の話を聞きながら、絵巻物のコピーを黙って眺めている。絵巻物の端には何やら文字らしきものが書かれている。一見すると漢字、あるいはガメラの背で発見されたというあのルーン文字にも見えるであろうその文体は武と純夏の知識にはないもので、当然二人には何と書いてあるのか理解できない。

 

 「…副司令、この文字は、なんて書いてあるんですか?」

 

 「分からないわ。今知り合いの学者に頼んで解読して貰っているところよ。そう長くはかからないと思うけど、ね…」

 

 武の質問にそう返すと夕呼は再びコーヒーカップに口をつける。武は彼女へとさらに問いかける。

 

 「南明日香村に、南明日香村に一体何があるんですか…!?」

 

 「それも現状では不明よ。近々私の部下達を調査の為に向かわせるつもりだからそれで何か掴めるかもしれないけどね。……まあ今はそれどころじゃないんだけれどね」

 

 「え?」

 

 最後に夕呼がボソリと呟いたセリフに武はキョトンとしてしまう。そんな彼の反応に夕呼は何か思い至ったかのようにポン、と手を叩いた。

 

 「ああ知らなかったかしら?実は横浜基地司令部ではね、現在ある横浜基地を新しい場所に移転しようって話が出ているのよ。既にその工事も始まってるし」

 

 「い、移転?それはまた急な話ですけれど何でですか?」

 

 いきなり寝耳に水な話に武は眉を顰める。隣の純夏もまた夕呼の口から飛び出した“基地移転”の話に驚いているのか目を丸くしている。

 確かに此処はあくまで国連軍の暫定基地、いうなれば突貫工事で建設された仮設の基地だ。いざという時の防衛戦用に設備も整えられて対BETA防衛作戦用の基地としての体裁は整ってはいるものの、それでも仮設基地である以上いずれは本格的な基地建設をするのだろうとは予想していたがまさかこんな時に移転の話を聞く事になろうとは二人とも予想していなかった。

 純夏の質問に夕呼は顎に指を当てて少し考えるような素振りをする。

 

 「細かい理由は色々とあるんだけれど……、一番の理由は私が“料理”をする為ね」

 

 「りょ、料理?副司令さんが、ですか?」

 

 「そっ、それも人類の命運を左右するとびっきりの、ね♪」

 

素っ頓狂な声を上げる純夏の反応に気を良くしたのか、夕呼はニヤニヤと笑っている。一方の武は夕呼の言う“料理”とやらは恐らく例の“研究”とやらの話だろうと薄々感づいては居た為にそこまで驚く事は無かった。

夕呼はニヤニヤと笑いながら二人に話を続ける。

 

「料理って言っても結構面倒な手順があってね、必要なのはレシピ、材料、そして調理の為の調理場、要は台所なんだけれど…。悲しい事につい最近までレシピが完成しないわ材料も無いわで弱り切っていたのよね~。…まあ白銀のおかげで何とかなったんだけれど、ね♪」

 

「…それが例の数式ですか。俺には何がなんだかさっぱりでしたけど」

 

そうそう、と夕呼は頷きながら残ったコーヒーを飲み干す。

 

「レシピも出来た、材料もある、なら後は調理の為の台所が必要でしょ?まあ此処でも出来ない事は無いんだけれどもやっぱりよりいい環境でより整備されている場所の方が一番でしょ?だから基地を移転新築する事にしたのよ」

 

「ま、まあそれは……そうなのか?」

 

「何で疑問形なの武ちゃん…」

 

武の返答に軽く突っ込みを入れる純夏。実際武も夕呼の説明に関してはそこまで理解できていなかった。

夕呼の言う“料理”というのが開発している対BETA兵器であるとしても、わざわざ基地を移転しなければならない程大規模なものなのだろうか?そもそもレシピと言うのがあの数式だということと台所が新設横浜基地(仮)であるのはまあ分かるが材料と言うのは一体何なのか?どうにも夕呼の説明は一部ぼかしてあって分からない事が多すぎる。

最も己と純夏はガメラに救出された横浜ハイヴからの数少ない生存者、と言うだけのただの一般人であり、仮にも国連軍の副司令とこうして話を出来るだけでもすごい事なのだろうが…。武は軽く溜息を吐いた。

 

「ち、ちなみにその移転先と言うのは?」

 

「それは現在機密事項なので教えられません。でもまあ私が言わなくてもそのうち分かるわよ。いいえ、存外直ぐに感付くかもしれないわね。何せ……、貴方達にとってある意味なじみのある場所ではあるんだから」

 

「なじみのある、ですか…?」

 

「ある意味、だけどね」

 

 夕呼は意味深な視線を武と純夏に向けながらそう呟く。夕呼の返答に武と純夏は揃って首を傾げる。

 己達にとってなじみのある場所…。そんな場所は自分達の住んでいた町と通っていた学校、あるいは幼いころ遊んでいた公園位なもの。確かにあそこは既に瓦礫の山になっていて人一人住んでは居ないようではあるが何故わざわざあんなところに…。

 

 (……いや、ちょっとまてよ…)

 

 だが、そこまで考えた瞬間に武の脳裏にある仮説が思い浮かぶ。一つだけ、ただ一つだけある。自分達になじみがあって、国連軍副司令の彼女が興味を示すであろう場所が…。

 頭に浮かんだその予想、武は恐る恐る夕呼へとその真偽を問おうと口を開く。

 

 「も、もしかしてそこって…」

 

 「ハイストップ、それ以上は駄目よ。うーんちょっとヒント出し過ぎたかしらね、まあいいわ。どうせ上の連中はもう知ってる事だしね」

 

 が、口を開こうとした瞬間に夕呼に人差し指を突きつけられて黙らされる。いつか見たときのように、その視線には有無を言わさぬ迫力が宿っており、武は反射的に口を閉じてしまう。

 どうやら己の予想は正しかったらしい。国連軍が新しく横浜基地を建設する場所、それは…。武は横に座る純夏へと視線を向ける。純夏もまた何所か不安げな表情でこちらをジッと見ている。その表情からすると、彼女もまた気がついたのだろうか…。

 

 「……さて、と、ガメラに関する話はこれでお終いとしましょうか。次は白銀、貴方の番、ね」

 

 夕呼は感情を伺わせない頬笑みを浮かべながら、武へと視線を向けると、彼女にとっての“本題”を切りだした。

 

 「じゃあ、詳しく話してもらおうかしら?貴方が何時例の“夢”を見るようになったのかを、そしてその“夢”の内容について、ね」

 

 

 

 ???SIDE

 

 

 

 その頃、横浜、否、日本から遥かに離れたとある場所にて……。

 その何処ともしれない薄暗い部屋には何人もの人間が集まり、部屋の中央のモニターにてある映像を凝視している。

 その映像に写されているのはハイヴ、そして地上を這い回る無数のBETA達…。

 それらが何の抵抗も出来ず、たった一つの巨大な力によって焼かれ、砕かれ、引き潰されている光景であった。

 雲霞の如く迫るBETAを瞬く間に殲滅していく巨大なる生命体…。

 その名はガメラ。そしてこの映像はガメラがH21佐渡島ハイヴを攻略している光景である。

 既に8のハイヴを殲滅し、出現から僅か一週間足らずで全世界にその存在を知らしめた大怪獣、ガメラ。人類の天敵であるBETAとその巣窟であるハイヴを葬り続けるかの存在の雄姿は同胞を、祖国をBETAによって奪われた多くの人間達にとっては希望であり、さながら救世主の如き存在としても扱われている。

 …だが、その逆もまた然り。かの存在を疎ましく思う人間もまた、世には存在しているのだ。

 やがてハイヴが爆発を起こし、その火炎の中からガメラが姿を現し、何処へともなく飛び去っていく……。この瞬間に、映像は途切れた。

 

 「……以上が日本に突如出現した巨大生物、ガメラの戦闘映像になります」

 

 「戦闘…?むしろ一方的な虐殺、と言った方が正しいような気がするがね」

 

 部屋の中央に置かれた円卓に座っている一人の男が、皮肉交じりに吐き捨てるようにそう呟く。だが、誰もその台詞に反論するものは居ない。事実あれは虐殺だった。もはや戦闘ですらない。例えるならば象が蟻の群れを踏みつぶしていくかのような有り様であった。

 元来ならば爽快な光景であろう、憎々しいBETAがなすすべもなく潰され、蹂躙されていくのだ。連中に苦渋を味あわされてきた人間からすればなんとも清々しい光景であろう。

 だが、この場にはそれがない。ただひたすらに重苦しい空気だけが漂っている。そう、それはまるで映像の蹂躙劇が“己達の望んだ事ではなかった”かのように…。

 

 「つい先日は重慶、敦煌両ハイヴが陥落した。統一中華戦線の連中もさぞおお喜びしている事だろうな」

 

 「ソ連もまた何の損害も無くブラゴエスチェンスク、クラスノヤルスク両ハイヴが自国の領土から消えてくれたとほくそ笑んでいるようです。上層部の情報は未だに入ってきませんが、大方あの怪獣をプロパガンダにでも利用する腹積もりなのでしょうな…」

 

 「横浜の女狐は今のところ動きなし…。ガメラを放置してハイヴの掃除でもさせる腹積もりか…。あの女、地球上のハイヴさえ無くなればオルタネイティヴ計画などどうでもいいとでも考えているのか…」

 

 円卓に座る人間達は次々と口を開き始める。その論議には地球上のハイヴが殲滅されたという喜びは何処にもない。さながら“己の獲物をガメラを横取りされた”かのような言葉が飛び出している。

 それから10数分ほど論議が続き、やがて円卓に座っていた人間の中でただ一人だけ沈黙を保っていた人間が口を開いた。

 

 「…で、どうするか、だ…。“明星作戦”の件については白紙に戻り、“あれ”の実戦試験は未だに行えていない。このままガメラがハイヴを殲滅し続ければ第四どころか我が国の計画もまた白紙となりかねん…」

 

 「……ならば、やるべき事は一つでしょう…?」

 

 男は双眸を閉じて再度沈黙する。が、やがて双眸を見開くとモニター前に立つ人物へと視線を投げかけた。

 

 「次のガメラの殲滅するハイヴは?」

 

 「H17マンダレー及びH13ボパールでしょう。その次は恐らく……」

 

 「……H2、か…。……H17とH13はそのまま殲滅させろ。狙うのならば……次だ」

 

 「……よろしいのですか?大統領はガメラに関しては手を出すなと……」

 

 「これもまた国家の為、ひいては我等の為でもある。……何か問題でも?」

 

 「いえ……」

 

 男の静かな、だが有無を言わせぬ口調にモニター前に立っていた彼は口を閉ざす。男は視線を手元の資料、そこに写されているガメラの写真へと落とす。

 

 「全てはこの世界の安定の為、我が祖国の為、だ」

 

 まるで己自身に言い聞かせるように、男はそう呟いた。

 




 

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