Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

21 / 43
 


第19話 傍観者達

 横浜暫定基地、モニタールーム。かつては近隣の横浜ハイヴ及び佐渡島ハイヴにおけるBETAの動向監視を主としていたが、日本に存在していた二つのハイヴが消滅した現在は突如出現した巨大怪獣、ガメラの監視が主な任務となっている。

 とはいえ監視と言ってもハイヴ殲滅の時以外、ガメラは殆ど深度1000メートル以上の海底に潜っており、監視しようにもその姿を見る事はほぼ不可能と言ってもいい。精々ガメラが潜った地点から現在ガメラが眠っているであろう地点を推測する事しか出来ない。

 現状ガメラは人類に敵対的な様子は無く、人類の生存域に侵攻する素振りは見せていないものの、それでもその戦力が万が一敵へと回ろうものなら脅威であることには間違いない。それ故にモニタールームは24時間体制でガメラを監視しているのだ。

 

 「……で、香月博士は現在睡眠中、と?」

 

 「は、暫くゆっくり眠りたいから誰も起こさないで欲しい、とおっしゃっていましたので…。如何いたしましょう、司令」

 

 そのモニタールームにおいて、ラダビノッド司令とピアティフ中尉はこの場に居ない夕呼についてそんな会話を交わしていた。

 量子電導脳構築に必須である数式の完成…、オルタネイティヴ4完遂において必須ともいえるそれがついに完成したという事実にラダビノッド司令も喜びを隠せなかった。

 ガメラの出現という嬉しい誤算も重なり、これで人類の勝利にまた一歩近づいた、己と己の同胞達が故郷へ凱旋するのもきっと夢ではないという希望が心に沸々と沸き上がっていた。それは目の前のピアティフ中尉も同じであろう。

 で、肝心の夕呼なのだが、現在研究室で仮眠をとっているとのことで、起きたら連絡するため起きるまでは誰も研究室に近づかないで欲しい、とピアティフ中尉を介して伝言してきたのである。

 もうすぐ彼女の大好きな“イベント”が始まるかもしれないという時に…、どうしたものかとラダビノッド司令は溜息を吐く。

 彼女は量子電導脳開発の研究の為にここ最近一睡もしていない。その疲労も既に限界に来ているはずだろう。正直言ってラダビノッド司令も彼女を無理矢理にでも休ませなければならないと考えていたところだったのだ。

 ならばこれは好機、数式も完成した事だし彼女には今日一日ゆっくり休んでもらったほうがいい。これから映る“イベント”に関しては録画して彼女に送ればいい。ラダビノッド司令はそう判断して軽く頷いた。

 

 「……仕方がない。彼女も疲れているのだろうし、今日はゆっくりと休ませるべきだろう。映像は後で録画したものを送るとしよう。……そして、明日の食事は」

 

 「中華ですね、すでにPXに伝えてあります」

 

 「うむ、それでいい。さて…」

 

 ピアティフ中尉と言葉を交わしたラダビノッド司令は視線をモニターへと移す。

 そこは何処とも分からない空の上、高度はおよそ8000メートルにも達するだろう。

 地上の景色は真っ白な雲海に隠れ、その真上にはサファイアブルー一色の青空が広がっている。

 その生身の人間では到底見る事も叶わぬであろう世界を飛行する影が一つ、甲高いジェット音を響かせながら高速回転して飛行する、さながら空飛ぶ円盤のような飛行物体がマッハを越える速度で飛行していた。

 普通の人間ならばやれ宇宙人の襲撃だのスクープだのと仰天するであろう光景、だが、この場に居る職員にとっては既に見慣れている光景であった。

 

 「ガメラ、日本海から南西に向かい飛行中、このままの進路でいけば…」

 

 「重慶、その次は敦煌か……。次といってもガメラが何のトラブルも無く重慶を攻略出来れば、という条件付きだが…」

 

 そう一人ごちながらラダビノッド司令はモニター画面の空飛ぶ円盤、先程日本海から出現した怪獣ガメラの姿を眺める。

 突如硫黄島より出現してから瞬く間に横浜、佐渡島両ハイヴを殲滅し、その後はユーラシア大陸を飛び回ってBETAとハイヴを殲滅している人類の希望、と言っていいのかは未だに分からないものの、それでも心の底ではそうであって欲しいという思いを抱いてしまう存在。

 BETAとハイヴを敵とみなすかの怪獣が次に目指す目標は、中国大陸に建設された二つのハイヴ、H16重慶ハイヴとH14敦煌ハイヴであろう。規模は双方共にフェイズ3。つい先日殲滅したH15クラスノヤルスクハイヴとはほぼ同規模の大きさである。

 当然ハイヴ内部に内包されているBETAの物量もまた膨大な数であり、仮に人類がこの規模のハイヴを攻略するとなれば、犠牲となる兵士の数は確実に数万を越える事は間違いないと予測されている。

 だが、人類にとっては脅威であろう物量すらも、ガメラにとっては脅威たり得ない。現にガメラはこれまでもBETAの圧倒的な物量という“数の有利”を己の純粋にして圧倒的な“個”の力のみでねじ伏せ、焼き払ってきたのである。

 故にハイヴに出現するBETAが今まで通り物量戦法を行ってくるのみであったならば、まず間違いなくガメラは勝利するだろう。ハイヴはBETA諸共炎に包まれ、人類は再び勝利への道程へと一歩足を踏み進める事になる。……そう、今まで通りであったならば。

 

 「……あの、超巨大未確認BETA、ですね…?」

 

 「うむ……」

 

 ただ一つの懸念、それは新たに判明した超大型未確認BETA。全長およそ1㎞以上というもはやBETAの中でも規格外としか言いようのない巨体を誇る地球上最大のBETA、別なる世界においては母艦級と呼称されているBETAであった。

 クラスノヤルスクハイヴにて確認されたあの個体に関するデータは現状ガメラと交戦している映像以外存在しない。なにしろクラスノヤルスクは現状放棄されているとはいえ米国と並ぶ大国にして共産主義国家の盟主、ソ連領内に存在する都市だ。共産主義特有の秘密主義であるあの大国の気性からいって、いかに国連軍とはいえどもそう簡単に自国の領地に立ち入らせてくれるとは考えられない。故に現状あのBETAの生態、戦力等のデータに関してはガメラとの交戦データを参考にする以外には無い。

 その結果得られた情報は、あの巨大なBETAの表皮はガメラの火球でも完全に貫通するには至らない程の強度を持つ事、地中から出現したことから鑑みて主に地中深くで活動をしている事、そしてあのBETAは要塞級同様体内にBETAを収納しているという事の計三点であった。

 特に体内に収納されているBETAに関しては、映像で万を越えるBETA、それも小型種だけではなく突撃級、要撃級、要塞級と言った大型種までもを出現させている。このことから国連軍副司令の香月夕呼は、あのBETAは恐らく侵攻地点までBETAを運搬する役割を持っているのではないか、これまで発見されていなかったのはあのBETAが地底深くを侵攻していたからであって、あのBETAはBETA大戦初期からこの地球に存在していた可能性があるのではないか、そしてあのBETAはガメラに殲滅されたあの一体のみではなく、この地球の底に同種の超大型BETAが存在する可能性がある、と己の見解を述べていた。

 無論これに関しては幾分かの推測も存在するだろう。だが、恐らく彼女の見解は当たっているだろう、とラダビノッド司令は確信していた。

 だとするならばクラスノヤルスクハイヴ以外にもあの超大型BETAが潜んでいる可能性がある。もしも潜んでいるとするのならば、今回のハイヴ攻略も一筋縄ではいかないだろう…。ラダビノッド司令は厳しい表情でモニターを睨みつける。

 ただひたすら回転しながら飛行するガメラ、だが突如としてガメラは回転を停止すると甲羅に空いた穴から頭部と両腕を引き出した。

 そして、まるでそれを待ち構えていたかのように雲を切り裂いて幾筋もの光の帯がガメラめがけて照射される。それは間違いなく光線属種によるレーザー照射。コレが照射されるという事はすなわち、ガメラが光線属種の攻撃有効圏内、すなわちBETAの領域であるハイヴに接近しつつあるということに他ならない。

 

 「ガメラ、重慶ハイヴ付近の地点に到達!地上からの光線属種からの攻撃を受けています!!………ガメラ、地上に向けて降下を開始!!」

 

 「………いよいよだ、な」

 

 レーザーの集中照射を浴びながらもそれをものともせずに地面に急降下するガメラ、ついに始まるガメラとBETA、個VS集団の戦争の開幕戦をラダビノッド司令は硬い表情で眺めていた。

 

 

 

 

 ガメラSIDE

 

 

 それから約2時間後……。

 

 『グルアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオンンンンンン!!!』

 

 焼け落ちる重慶ハイヴモニュメントを背に、ガメラは高らかに勝利の咆哮を張り上げていた。すでにハイヴを巣としていたBETAは全滅し、今や大地を覆う紅蓮の炎に焼かれ、灰と化している。ハイヴモニュメント直下の縦坑からはさながら噴火する火山の如く火炎が立ち上り、噴煙は空へ空へと昇っていく。

 ハイヴの反応炉は既に破壊されている。ガメラのプラズマ火球の一撃によって粉微塵に吹き飛ばされた。これで重慶ハイヴは機能停止、すなわち“死んだ”事となる。

 今回は先日のクラスノヤルスクとは違い、母艦級の出現も無くただハイヴから湧き出て闇雲に突っ込んでくるBETAを掃除するだけであった為に特に苦戦という苦戦も無く、目立った傷もなしに終わる事が出来た。文字通り一方的に蹂躙できたと言っていい。

 この調子ならばあと一つ、重慶ハイヴと同じく中国大陸に存在するもう一つのハイヴ、敦煌ハイヴもまた攻略できるであろう。…母艦級が出現しなければ、という条件付きだが。

 

 『…そもそも、だ。何でアレがクラスノヤルスクハイヴに居たのやら。反応炉潰されたから慌てて駆け付けたとか…、そんな所なのかね…』

 

 『さて、今回のハイヴ攻略ではあの超巨大BETAが姿を現さなかったことから推測するとそうとも言えなくもないな。もしもオリジナルハイヴが我々の事を警戒してハイヴに護衛として送り込んだとするのならば重慶ハイヴに出現してもおかしくないはずだ。ならば…』

 

 『……あれはたまたま偶然そこに出現しただけ、か…。ならいいんだけどな』

 

 ガメラ、シロガネタケルとオリジナルガメラは脳内でそんな会話をする。

 クラスノヤルスクハイヴで出現した母艦級、それが今回の重慶ハイヴでの戦闘では出現しなかったところを見ると、どうやらあの母艦級は重頭脳級が意図して送り込んだものではないようである。地中を移動していたところでクラスノヤルスクハイヴの反応炉破壊に気がつき、急ぎ駆け付けてきた…、そんなところなのかもしれない。

 

 『…我らがこの時代で活動を開始してから既に9日…。BETAと反応炉は全て潰しているし、よしんば生き延びて我々の情報を巣に持ち帰ったBETAが居たとしても…、情報を整理し対抗策を練るには約19日が必要、ならばまだBETAは我々への対抗策を練れていないはずだ』

 

 『ああ、確か夕呼先生の話しだとそうらしいけどな。最もこのペースでいけば19日経つ頃にはオリジナル以外の地球上のハイヴ全部ぶっ潰せるから多分問題は無いと思うけどな』

 

 『ああ、だが……』

 

 オリジナルガメラは唸り声を上げながら口籠ると、一拍置いて再度口を開いた。

 

 『武、君の記憶には、もう一体超大型のBETAの存在があったはずだが…』

 

 『……ああ、Г標的、通称超重光線級の事、か…』

 

 オリジナルガメラの発した問い掛けを聞いたタケルは、かつてのループにおける記憶を、そこで戦った、あるいは知ったとあるBETAの記憶を思い出す。

 超重光線級、通称Г標的。かつて武が初めてループした世界、オルタネイティヴ4が失敗し、オルタネイティヴ5発動によるG弾集中投下によって崩壊寸前となった世界において突如として出現した史上最大の巨体を誇る光線属種BETA。一説には重光線級、要塞級、反応炉の三種のBETAをかけ合わせた結果誕生したとされている。その巨体は母艦級には劣るものの、既存のBETAとは一線を隔する巨体、そして重光線級の数倍にも達するレーザーと何十何百という数の衝角による遠近共に隙のない規格外の戦闘能力を誇る正に最強のBETAと言ってもいい怪物であった。

 戦いの末にとある一人の衛士によって殲滅され、タケルはそのデータと映像を見る事しか出来なかったのだが、正直にいえば信じられなかった。

 ただレーザーの一撃のみで地上の戦術機部隊を薙ぎ払い、最大出力のレーザー照射ともなれば沿岸に浮かぶ艦隊すらも一撃で蒸発させる…、はっきり言って今まで戦っていたBETAとはケタが違いすぎる…。こんな物にただの一機で挑み、ましてや倒すなど当時の己では無理だ、と確信していた。ガメラとなった今でもそう思っている。

 そんな怪物をただの一機で葬り去った人間が居る……。いったいどんな衛士なのか、男なのか、女なのか、米国人なのか、日本人なのか……、当時自分はその人間に一度会ってみたいと思っていたし、当時を思い返している今でも、その衛士がいったい何者なのかという事をほんの少しばかり気にはなっている。

 結局あの時は目的の人間のことは何も分からず、反応炉を道連れに自爆してループする羽目になったんだっけ…、とタケルは茫然と思い返していた。

 前回の戦いでは結局あの化け物と戦う事は無かったものの今回のループでは出てこないとも限らない。

 

 『っつってもあの化け物が確認されたのは2002年頃、今は1998年だから四年も間がある、か……。なぁガメラ、今の俺であのレーザー耐えられるか?』

 

 『いや、死ぬ事は無いだろうが無傷という訳にはいかないだろう。君の記憶の映像で見た限りでの感想だがな、今の君の耐熱性ではあの熱量は耐えられない。私がフェニックスと戦った時の姿にまで進化すればあの程度のレーザーは訳も無いが…』

 

 『フェニックス…、ああイリスの事か。あの形態って確かレギオンの三年後だから……、軽く四年は寝なきゃならねえって事かよ…。もう桜花作戦終わってるかオルタネイティヴ5発動してるっての……』

 

 ガメラ、タケルは憂鬱そうに深々と大きな溜息を吐きだした。本人からすれば軽く溜息を吐いたようにしか思えないそれはガメラの口内に残留したプラズマ火球の熱を纏い熱風となって焼け焦げた大地を吹き荒れる。これだけで小型BETAならば軽く100は消し炭になっているであろう。

 

 『…ま、超重光線級はまだ出てこないだろうし、今はあのデカブツを警戒するだけでいいよな…。さて、次に行くか…』

 

 『うむ、果たして次も順調にいく事か……』

 

 そうして脳内会話を打ち切ったガメラは脚部のジェットを噴射して空高く舞い上がり、次なる目的地へと飛び去っていく。焦土と化した重慶の大地を背にして…。

 

 1998年12月8日 H16重慶ハイヴ、陥落。なお、クラスノヤルスクハイヴにて確認された超大型BETAに関しては、今回は確認されず。

 

 

 

 モニタールームSIDE

 

 「ガメラ移動開始。目標地点はH15敦煌ハイヴと予想されます」

 

 「監視を続行しろ。……しかし存外早いな…。既に6のハイヴを陥落させているから慣れてきた、という事なのだろうかな」

 

 モニタールームにてガメラによる重慶ハイヴ殲滅を目の当たりにしたラダビノッド司令は、流石にもう何度も見た光景故にそこまで衝撃を受ける事は無かったものの、それでも今までの戦闘と比べてもあまりにも早いハイヴ陥落には驚きを隠せずにいる。

 横浜、佐渡島での戦闘はまだ眠りから覚めて日が浅かったにもかかわらず目立って苦戦する事も無くガメラはBETAを殲滅できた。その後も次々とハイヴを殲滅していく中で、ガメラは間違いなくBETAとの戦闘に慣れてきている。

 BETAの収納量からいえばこの重慶ハイヴはまず間違いなく佐渡島の2倍以上、クラスノヤルスクとほぼ同等と言ってもいいだろう。それを以前佐渡島を攻略した時よりも遥かに早くハイヴを殲滅してのけた、ということはガメラがより強くなっているか、あるいは戦闘に慣れてきていると見ていいだろう。

 

 「願わくば、その力の矛先が我々の方に向かない事を祈るばかり、か…。まあいい。ところでピアティフ中尉。香月博士は……」

 

 「相変わらず起きる気配はありませんね。一応留守電を入れてはおきましたが、果たして敦煌ハイヴ殲滅までに間に合うかどうか…」

 

 「まあ来なかったら来なかったで仕方あるまい。例え機嫌を損ねたとしても録画映像でどうにか機嫌を取るしかないだろう。最もそれで本人が満足するかどうかは知らんが…」

 

 ピアティフからの報告にそう返しながらラダビノッド司令は苦笑いを浮かべる。

 ガメラによるハイヴ殲滅、その光景をモニタールームで見るのは最近の夕呼にとっては研究の合間の唯一の楽しみでもあった。本人いわく“あのジェノサイドシーンを見るたびに脳細胞が活性化してくる”等と言う何とも物騒な理由らしいが。そのシーンを見逃したともなれば夕呼は間違いなく機嫌を損ねるであろう。で、怒りの矛先は己に向かうかピアティフに向かうか、果ては全く関係のない誰かに…。考えただけで嫌な予想しか思い浮かばない。

 一応ご機嫌とり及び資料として記録する為に録画はしてあるものの、それで彼女の機嫌が直るかというと…、正直言えば微妙と言ってもいいだろう。

 

 「……まあいい、それに関してはまた後々考えればいい話だろう。それで、ガメラの進路予測は?」

 

 「はい、ガメラは重慶ハイヴから北北西の進路を飛行中、このままの進路でいけば敦煌ハイヴへと到達する模様です」

 

 「予測通りか、よし、そのまま監視を続行しろ」

 

 「了解しました」

 

 オペレーターの返答を聞いたラダビノッド司令は再度モニターへと視線を戻す。そこに映るのは両足から高出力のジェットを噴射しながら蒼穹を飛行するガメラの姿。そのどこか恐ろしげな、それでいて雄々しい姿にラダビノッド司令は眩しそうに目を細める。

 

 「あの存在が、本当に救ってくれるのかもしれないな…。我が故郷も、この星も…」

 

 まるで独り言のように呟きながら故国インドから追われ、それでもなお故郷への帰還を夢見続ける男は大画面に映る“最後の希望”へと思いを馳せるのであった。

 

 

 香月夕呼SIDE

 

 そして、処変わって此処は香月夕呼専用の研究室。

 

 「……ん、んん?……んあぁぁぁ~…。ちょっと寝すぎちゃったかしらねぇ…」

 

 背もたれを倒した椅子をベッド代わりに爆睡していた夕呼は、何の前触れも無く双眸をゆっくりと開くとあくびと共に大きく伸びをしながら椅子から起き上がった。起き上った夕呼はさながらゾンビのようにふらふら身体を揺らしながら研究室備え付けの洗面台へと移動、蛇口をひねって冷たい水を己の顔へとぶちまける。

 顔にかかる水の冷たさに、寝起きで若干鈍くなっていた夕呼の意識は瞬時に覚醒する。夕呼はタオルで軽く顔の水滴をふき取ると再度大きく伸びをする。

 

 「ん~…!良く寝たわねぇ。これだけ寝たのって何週間、いえ、何カ月ぶりかしら?ちょっと思い出せないわね…。ってか今何時?」

 

 夕呼は何気なしに壁に掛けられた時計へと視線を向ける。時計は午前の10時を過ぎており、もうすぐ11時になろうかという時間帯であった。

 

 「あらまあ時間からしてもう14時間以上寝ちゃったのね私。やっぱり疲れがたまっていたのもあるのかしらねえ…。でも久々にぐっすり寝たから頭がすっきりしていて調子がいいわね♪」

 

 夕呼は実にご機嫌な様子で呟きながら無意識に鼻歌を歌い出す。実際、今の彼女はこれ以上ないほどにご機嫌だった。

 己を悩ませた睡眠不足による疲れが解消したのもあるが、それ以上に量子電導脳構築の数式が完成したのがなによりの喜びであった。

 長年彼女を悩ませ続けていた難問が解け、もはや00ユニット完成は成したも同然、オルタネイティヴ4はもはや成ったも同然と言っていいだろう。

 

 「さてと、後は量子電導脳の構築と移植する人格の手はずなんだけれど、それに関しては横浜ハイヴで発見された“素体”を使用すればいい話として………ん?何?留守電?」

 

 これからの方針についてブツブツ独り言を呟きながら考える夕呼、ふと彼女が己の作業用デスクへと視線を向けた時、己の電話機に留守電が入っている事に気がついた。

 

 「一体どこのどなたかしらね、昂星さんかピアティフか、果ては司令かもしれないわね、っと」

 

 一体何の用やら、と考えながら夕呼は着信ボタンを押す。と、電話機から己の専属秘書たるポーランド人女性の淡々とした声が聞こえてくる、が、そこから聞こえてくる音声を聞いた瞬間、夕呼の目の色が瞬時に変わった。

 

 『香月副司令、日本海からガメラが出現しました。只今H16重慶ハイヴへ向けて飛行中。恐らくは如何ハイヴを殲滅するものと……』

 

 「なんですと!?」

 

 夕呼は先程までの余裕ありげな表情から一転してギョッとした目で電話機を睨みつける。

 しかし音声は止まることなく流れ続ける。機械から流れ出てくる音声を聞いている夕呼は、段々身体をわなわなと小刻みに震わせ始めた。

 

 『……と、いう模様です。副司令も目が覚めましたらすぐにモニタールームにお越しください。戦闘経過につきましては一応モニタールームの方で録画をしておりますので……』

 

 「録画じゃなくて生じゃなきゃ全然迫力ないってのよ!!」

 

夕呼は絶叫を上げながらデスクに両腕を叩きつける。その衝撃でデスクに乗せられていた書類の山が一瞬宙に浮くものの夕呼はそれを気にした様子も無く悔しげな表情で電話機を睨みつけている。留守電が来たのは午前7時20分頃……、己がぐっすり夢の中でおねんねしていた時間である。

 

「っく!まさか私が寝ている間にガメラが出現するなんてね、完全に予想外だったわ……ってちょっと待ちなさい。この時間にガメラがハイヴに向かったって事は…」

 

もうすでに重慶は陥落寸前かもしれない…。否、下手をすればもう陥落して次のハイヴに向かっているのでは…?そんな予測を立てた夕呼は血相を変えて研究室から飛び出していく。

 

「あ~も~!!ガメラが来たんだったら起こしなさいっての!!折角の楽しみだってのに~!!」

 

絶叫しながら白衣を翻し全速力で廊下を駆ける夕呼。その姿は文字通り韋駄天走り、個の姿を目撃した職員は皆、常日頃研究室に引きこもっている副指令が廊下を鬼気迫る表情で全力疾走している姿に思わずあっけにとられていたという…。

 

 

モニタールームSIDE

 

 

「……ガメラの火球が地上のBETA集団に被弾!地上のBETA損耗率70%!BETA勢光線属種のレーザーで応戦していますがガメラには効果なし!」

 

「相も変わらず圧倒的だな。まあ光線属種を除けば連中は空の上の敵に手出しできない空中からの爆撃をすれば奴らを圧倒できるというのは、既にBETA大戦初期で明らかになっている事だ。よくよく考えれば光線属種さえなければ存外簡単にBETAを一掃できたのかもしれないな…。まあ今さら言っても仕方がないが……」

 

その頃モニタールームではついに始まった敦煌ハイヴでのガメラ対BETAの戦闘の映像を、モニタールーム内の全スタッフ及びラダビノッド司令が固唾を飲みながら観戦している。とはいえ現状は空中からの爆撃で地上のBETAを根こそぎ吹き飛ばしているガメラの圧倒的優勢であり、殆ど心配する余地はなさそうではあるが。

地上での活動を主とするBETAには空からの攻撃が有利、という意見は既にBETA大戦初期から出ていた。事実1973年に行われた中国軍によるカシュガル落下物回収作戦では、地上戦ではBETAの圧倒的物量に悩まされはしたものの、超高空からの戦略爆撃機による絨毯爆撃によって一旦は圧倒的優位に立っていた。結果的にその優位は光線属種の出現によって覆されてしまったが。

だが逆に言ってしまえば光線属種を無力化してしまえばBETAは航空戦力によって容易く殲滅することが可能であるという事だ。現に地上のBETAはレーザーが通用しないガメラに対して文字通り手も足も出せないでいる。ガメラの表皮と甲羅がどれほどの耐熱性を誇るかは知らないが、いずれにしろガメラに対処するにはBETA自身も空を飛べるようになるかガメラの耐熱性を突破できるレベルのレーザーを発射できる新種でも生み出さない限り話にはならないだろう。

 

「そうとも限りません、司令。あの超大型BETAも存在しますし…」

 

「…そういえばそうだったな。ムゥ…、あのガメラの火球にすら耐えきる表皮だ。我等の持ちうる戦力で果たして突破できるかどうか…」

 

ピアティフ中尉の言葉でラダビノッド司令は突如として出現したあの生物としても規格外の巨体を誇る超大型BETAを思い出し、厳しい表情で眉を顰める。

一撃で数百のBETAを消し炭にするガメラの火球にすら耐えきる表皮、あれを貫通出来るとすれば一体いかなる武器を用いるべきであろうか。

恐らく大和級戦艦の主砲による一撃でもあまりダメージは期待できまい、それこそ核レベルの威力を誇る爆弾でもなければ一撃で屠るのは不可能であろう。

唸りながら己の思考に没頭するラダビノッド司令。と、その時突然背後の自動ドアが開く音が聞こえてきたため、反射的に背後へと振り向いた。が、次の瞬間ラダビノッド司令は驚愕のあまり唖然とする羽目になった。

 

「こ、香月博士!?」

 

「ぜえ……ぜえ……、ど、どうにか、間にあったみたい、ね……」

 

そこに居たのは息を切らしながら猫背でこちらを睨みつけるこの基地のナンバー2、そして現在研究室で就寝中のはずの香月夕呼副司令であった。どうやら研究室からモニタールームまで全力疾走してきたらしく顔は汗まみれ、まるで酸欠でも起こしているかのようにヒューヒューと喉から妙な呼吸音が漏れ出している。

 

「香月博士!た、確かピアティフ中尉が研究室で休んでいると……」

 

「もー、とっくに、目が覚めましたよ。ゲホッゲホッ…、それで司令達が、私をのけものにイベントを楽しんでるって知って、ゴホッゴホッ、あーもー成れない運動するもんじゃないわ…、ピアティフ!タオルと水!!」

 

「は、ハイ!!」

 

咳をしながら近くにあったパイプ椅子へと座り込んだ夕呼の怒鳴り声を聞き、ピアティフは急いでモニタールームの隅へと走っていく。一方の夕呼は椅子の背もたれにもたれかかりながら呼吸を整え、目の前のモニターで繰り広げられる映像へと視線を送る。

 

「おー、やってるわねー。うんうんコレを見てると今までのイライラがすっきりしてくるのよねー。…で、司令?このハイヴはどこですか?」

 

「敦煌ハイヴだ。重慶は既に攻略されて焼け野原になってるよ」

 

「……チ、ちょっと遅かったわね…。まあいいわ」

 

忌々しげに舌打ちをしながら夕呼は不機嫌そうに脚と腕を組んで尊大にふんぞり返る。いつも通りの見慣れた態度ではあるが、何故か今日の夕呼の顔は血色も良く、先日までなかった生気が満ち満ちているような気がした。

 

「…香月副司令、随分と顔色が良さそうに見えるが…」

 

「まあぐっすりたっぷり14時間休ませていただきましたからね。おかげで今までたまり切っていた疲労もすっかり消えました。…ついでに久しぶりに怒り狂ったせいか頭が冴えて冴えて仕方がありませんわ。たまには怒るのもいいものですね」

 

「そ、そうか…、うむ、それは何よりだ…」

 

一瞬じと目でこちらを睨みつけてくる夕呼にラダビノッド司令は少し引きながら、モニターの戦場へと視線を移す。現在ガメラは地上戦へと移行、こちらでもその圧倒的巨体とパワー、そして火球で持ってBETAを集団単位で潰していく。

その光景は常々このモニタールームで目撃している光景、常に人類を蹂躙する側であるはずのBETAが逆に蹂躙されていくという実に稀有な場面…。BETAにとっては悲劇そのものなのであろう。連中に悲劇というものが分かれば、の話ではあるが…。

 

「圧倒的だな。このままいけば……」

 

「ええ、遠からずこのハイヴも陥落するでしょうね。私の予想通り」

 

夕呼は幾分機嫌を直したのかいつも通りの余裕に満ちた笑みを浮かべながら目の前の蹂躙劇を眺めている。BETAにとっては悲劇でも、彼女にとっては極上の喜劇であるのだ。それも、何度見ても飽きない程の。

 

「……そういえば例の超大型BETAは?重慶では出現しなかったのでしょうか?」

 

「いや、重慶ハイヴでの戦闘では奴は出現しなかったようだ。こちらはまだ始まって一時間も経過していないからまだ不明ではあるが……」

 

「そうですか……」

 

ラダビノッド司令の返答を聞いた夕呼は何を考えているのか分からない、無表情を一瞬浮かべたのちに、ピアティフから受け取ったタオルで顔の汗をぬぐい、ミネラルウォーターで喉を潤しながらモニターに映る映像をジッと凝視していた。

 

その後戦闘は直ぐに決着した。いつも通りハイヴはBETA全てを引きずり出されて殲滅されたのち、ガメラによって反応炉を破壊されて完全に機能を停止した。ガメラはその後南シナ海付近へと飛行しその海底深くへと水没、再度消息を絶つのだった。

 

1998年、H14敦煌ハイヴ陥落、コレによりオリジナルハイヴを除く中国領土内のハイヴは全て陥落した事となった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。