Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

18 / 43
 今回は前話から一転して人類SIDEの話、ガメラにかかわるアレに関する話となります。
 …本当はもっと長めに書く予定だったんですけどね。


第16話 石版と勾玉

 

 白銀武はまた、夢を見ていた。

 

 あの時と同じ、この世界とは全く違う世界の夢を…。

 

 BETAのいない平穏な日常、平穏な世界。そこにある己の部屋で彼、“武”は目を覚ました。最も朝の弱い武の事、そこから蒲団をかぶって二度寝し、結局母親か純夏に無理矢理起こしてもらう事となる。

 そこからいつも通り学校に行き、授業を受け、友人達と何でもない会話をし、家に帰り、眠る。時折友人とゲーセンやらコンビニやらに寄ったりすることはあるものの、平凡で平穏な、それこそ戦術機に乗ってBETAと殺し合う事などフィクションでしかないであろう日常…。

 それが今日もまた始まると夢の中の武も夢を見ている武も信じて疑わなかったことだろう。

 

 ……そう、目を覚まして寝がえりをうった瞬間に、目の前に美少女が添い寝しているというぶっとんだ光景を目の当たりにしなければ…。ついでにその光景を己を起こしに来た幼馴染に目撃され、激昂した幼馴染の手によってお空に輝く一番星にされなければ…。

 

 結局純夏と揉めに揉めた末にあの美少女は幻覚、あるいは幽霊の類であったと結論付けられた。一度部屋から離れた時に謎の美少女は忽然と跡形も無く消えていたし。

 幻覚や幽霊にしてはやけに温もりや感触が現実的ではあったものの、それも寝起きだったからだろうと武は半ば無理矢理結論付けた。大体武はあんな美少女と面識は無い。もし面識があったのならばまず間違いなく脳裏に記憶が残っているはずだ。それが無いという事はあの美少女は現実の人間ではない=幽霊という事で間違いないのではないか。武の強引な説得に純夏も半信半疑ながらとりあえず信じてくれたようであった。

 こうして朝っぱらに武の横で添い寝していた幽霊騒動についてはこうして決着がついた。……決着がついた、はずだった。

 学校での朝礼で担任の神宮寺まりもから転校生が来るという話が出た。

 もう卒業間近なこんな時期に転校生とは珍しいな~、だの物好きな奴もいたもんだ、等とぼんやり考えていた武、だったのだが、まりもに呼ばれて教室に入ってきた転校生の姿を見た瞬間、驚愕のあまりに椅子から転げ落ちそうになってしまった。

 教壇の横に立つ転校生の姿、添い寝していた時の白い襦袢ではなく柊高校の制服を着て、何やら刀らしきものを携えてはいたものの、その顔は見間違えようも無く、間違いなく今朝己の隣で添い寝していたあの謎の美少女その人だったのである。

 美少女、御剣冥夜という名の少女は教壇でのあいさつを終えると武へと近寄り……、

 

 『そなたに感謝を』

 

 『昨日は、夢心地であった。一晩中そなたの温もりを感じていられたのだから…』

 

 等という爆弾発言をかましてくださったのだ。その結果“武”が純夏の拳によって再度宙を舞う羽目になったのは言うまでも無い…。

 

 こうして“白銀武”の平穏な日常は崩れ去った。

 とはいっても別にBETAとの戦いよろしく何かと命懸けの戦いをするわけではない。 

 ただその日を境に“武”の周囲に少女達が、それも傍目から見れば美少女としか言いようのない少女達が集まってくるようになったのである。

 鑑純夏、御剣冥夜、榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫…。彼女達と触れあい、時にはぶつかり合い、やがて、“武”は少女達の内の一人と愛し合い、結ばれる事となる…。

 

 ……夢にしてはやけにリアルな夢、まるで夢を見ている本人が本当に目の前の光景を体験しているかのようである。とはいえどれだけリアルでも所詮は夢、夢を見ている武が目の前の“武”と同じ感覚を味わう訳でもないし、目が覚めてしまえばこの光景も直ぐに消え去って現実へと引き戻されることだろう。

 現に目の前で“武”が誰かと口付けし合う光景、それが段々と白い靄がかかるかのように消えていっている。もうすぐ己は元の場所へ戻る。純夏とともに居候する横浜暫定基地の病室へと……。

 だが、現実へと戻る瞬間、目の前の光景が完全に消え去るほんの一瞬、武はポツリと蚊の鳴くような声で呟いた。

 

 “うらやましい”と……。

 

 

 

 

 「……てな夢見ちまってさ…。本当最近の俺どうなってるんだか…」

 

 「ふ~ん、そうなんだ~、武ちゃんが他の女の子と、ねえ…。ふ~ん…」

 

 「……おいおい何不機嫌そうな顔してんだよ純夏」

 

 「べっつに~。なんでも無いもんね~。……ふんだっ、武ちゃんの馬鹿」

 

 その日、朝起きていつものトレーニングを終えた二人は再びまりもに誘われてPXへと歩いていた。移動する最中に武が何気なく純夏に昨夜見た夢の事を話していると、最初は興味深そうに聞いていた純夏は、今や凄まじく不機嫌そうな表情で顔を顰めてそっぽを向いてしまっている。

 突然の幼馴染の態度の豹変に武も少なからず戸惑いを覚えている。一方二人の会話を聞いていたまりもは何故純夏が不機嫌なのかを察して苦笑いを浮かべている。

 

 「し、白銀君…。恐らく鑑さんは白銀君が他の女の子と付き合ってるって話を聞いて焼きもちを焼いているんだと思うわ。鑑さんは白銀君の事大好きだから、幾ら夢の話でも他の女の子と恋人になったって話を聞いたら面白くないと……」

 

 「ふええええええええええええ!!???ぐ、ぐぐぐぐぐぐ軍曹さん!!こ、恋人ってそんなのまだ早すぎますよおおおおおおお!!!!」

 

 「そ、そうっすよ軍曹!!そ、そんな俺が純夏と恋人って……、い、いやまだあり得ないし、というか今の俺達はただの幼友達って感じで……」

 

 まりもの発言に純夏は顔を真っ赤にしてそれこそ基地中に響き渡るような絶叫を張り上げる。両腕をブンブン振り回して大声を張り上げる純夏に流石に百戦錬磨の神宮寺まりもも怯んで顔を引きつらせてしまう。その隣で武が何か言っているが純夏の声にかき消されてまりもには届かない。が、すぐ隣の純夏ががっくりと肩を落としているところから見て、どうやら彼が空気の読めない事を言ったことは確かなようである。

 

 「……ま、まあいいわ。とりあえず早く行きましょう…。夕呼…、もとい香月副指令が待ってるから…」

 

 「そ、そうっすね…。もうキムチじゃなきゃいいんですけど…」

 

 「どうせなら普通のご飯とお味噌汁が良いです…。うう…」

 

 「……だ、大丈夫よ…。昨日殲滅されたのはウランバートルとクラスノヤルスク……。モンゴルとロシア…。き、キムチは無いはず…」

 

 2日前のキムチ尽くしのメニューを思い出し、一気に沈んだ表情へと変わる武と純夏、そんな二人を励ましながらもまりもは心の中で『ロシアとモンゴルの料理に辛いの無かったわよねぇ!?』と必死に頭を巡らすのであった。

 

 

 その後三人は無言で廊下を歩き続け、気が付いたらPXの入り口前まで来ていた。入口からこっそり中をのぞくと、やはりというべきか何というべきか夕呼が先日と同じ席で腕を組みながら待っている。少々不安ではあるもののこのまま此処で棒立ちしているわけにもいかず、逃げようものなら夕呼に何をされるか分かったものではない。

 

 「……行きましょうか」

 

 「は、ハイ…」

 

 「何事もありませんように……」

 

 三人は決心してPXへのドアを開ける。PXの席は夕呼の座っている席を除いて全部埋まっており、衛士やスタッフが談笑しながら食事をしている。よくよく見るとテーブルの上には何やら鉄の鍋らしきものが置かれてあり、皆はその上に合成肉や合成野菜を乗せて焼き、焼き上がったそれを手元のたれに漬けて食べている。

 

 「…朝から焼き肉、なのか…?まあ確かにうまそうだけど…」

 

 「すごく美味しそうだよね…。で、でも私達が食べるのって…」

 

 「ゴクッ………、ハッ!いけないいけない…。ま、まだ油断はできないわ…。ひょっとしたらとんでもない代物が出るかもしれないし…」

 

 夕呼の待つ席へと歩きながらテーブルで焼かれる肉の匂いに唾を飲む三人。

 朝っぱらから焼き肉というのもどうかと思うがそれでもこの香ばしい匂いは空きっ腹にはたまらない。モンゴルとロシアのハイヴが陥落したというのに何故焼き肉なのかは知らないが、この食欲をそそる香りの前にはどうでも良くなってくる。最もあの夕呼が素直に三人が喜ぶメニューを出してくるかは微妙であったが…。

 夕呼の座る席は、きっちりと三人分の椅子が空いている。良く見るとテーブルの中央には周囲のテーブルと同じく熱せられた鍋が置かれている。その形状はどことなく帽子に見えなくもない。

 

 「おはようお二人さん♪どうやら元気そうねえ?お姉さん安心したわよ?」

 

 にこやかな笑顔で武と純夏を出迎える夕呼。だが先日のキムチ尽くしの料理のせいで、三人から見れば彼女の笑顔が何故か不穏なものに映って仕方がないのだ。

 

 「お、おはようございます香月副司令…。あ、あの~今日の朝食は何なんでしょうか?昨日みたいなキムチはご勘弁を…」

 

 「ん~?ああアレは今日無いから安心なさいって。あのメニュー衛士達からも不評だったみたいでうちの司令に抗議文が大量に寄せられたそうよ?で、この食堂の料理長も『もうしばらくキムチだけは作らないからね!!』ってすっごい怒っててね~。ん~、やっぱりキムチだけってのは不評だったかな~…」

 

 「いや、そりゃそうですよ副司令さん。うう…、な、何だか思い出しただけで口に辛みが…」

 

 あの激辛キムチ鍋の味を思い出したのか純夏の目が涙目になる。同じく夕呼の隣に座るまりもの顔も真っ青に青ざめていた。

 

 「そ、それで夕呼!きょ、今日のメニューって一体何!?確かモンゴルとロシアの料理には辛いのなんて無かったはずだけど…」

 

 「はいはい落ち着きなさいってまりも~。って言うか三人とも、今日の朝食見て分からない?食堂に居る人間全員が食べてるじゃない?」

 

 「え?」

 

 夕呼の言葉に武と純夏は食堂中を見回す。テーブルに座っている人間が食べているもの、それは焼き肉。それは分かるが…。

 

 「えっと…、今日の朝ご飯って…、焼き肉ですか?」

 

 「ん~…、残念!確かに焼き肉だけど名前が違うわよ?良く見なさいよ、鍋の形が普通の鍋と違うでしょ?」

 

 「え?確かに帽子みたいな形をしてますけどこれが何か?」

 

 武の問い掛けに夕呼はニコニコ笑いながらパチンと指をはじく。するとそれが合図だったのか厨房からウェイトレスの少女が大きな皿をもって武達の座る席へと走り寄ってくる。

 一度『失礼します!』と頭を下げた少女は合成肉や合成野菜がふんだんに載せられた皿をテーブルに置くと再び頭を下げて厨房へと下がっていく。その後ろ姿を見送った夕呼は皿の上に載せられた合成肉を一枚取り、それを鍋の上へと乗せて焙り始める。

 

 「フフッ♪じゃあまりもに質問。この肉は何の肉でしょうか?当然合成食品だけどある動物の肉により味を似せているものなのよね~。さあ何?」

 

 「ええ!?ん~…と、鶏肉じゃあないような気がするし……、ぶ、豚か牛、かしらね…」

 

 「ノンノンノ~ン、は・ず・れ!これは合成羊肉よ。まあ牛肉と豚肉と鶏肉が主流だから分からないのも分かるけどね~」

 

 「ひ、羊~!?ってちょっと待って。羊肉で焼き肉、変な形の鍋……ってこれ、もしかして……」

 

 夕呼の返答にまりもは今日の朝食が何か気がついたようで、夕呼へと視線を向ける。一方鼻歌を歌いながら鍋の上に次々と肉やら野菜やらを乗っけていた夕呼は改めてまりもに視線を向けるとニヤッと笑みを浮かべる。

 

 「そっ!今日の朝食はジンギスカンよ。やっぱりモンゴル料理と言ったらジンギスカンで決まりでしょ~?多分次ガメラが攻略するのはウランバートルだって中りつけて合成羊肉買い集めておいて正解だったわ~。ああついでにロシア料理って事でボルシチもあるんだけどそれは今日さっぱりみたいね~」

 

 「お、おお~、あ、朝からジンギスカンって豪勢ですね~…」

 

 「うわ~武ちゃん、このお肉合成品だけどすごく美味しそうだよ…」

 

 「……こんな朝っぱらから何でこんな重たい物食わせるのやら…。まあ激辛キムチよりかマシかな…」

 

 目の前で焼き上がる肉と野菜に目を輝かせる武と純夏、そして朝から鍋という重い物を喰わせる親友に少々文句を言うまりも、そんな三者三様な態度に夕呼は鍋でグ剤を焼きながらクックッと笑い声を上げている。

 

 「さーてと、まだ焼き上がるまで時間かかるけど今日はお祝い以外に二人に話があるのよ。実はね、つい昨日の話だけどガメラについてのある調査結果が入ってね…」

 

 「が、ガメラの!?それ本当ですか!?」

 

 夕呼の言葉に武と純夏は思わず身を乗り出した。夕呼の隣に座るまりもも興味ありげな視線でこちらを見ている。三人の視線を浴びながら夕呼はご機嫌そうに鍋の上の具材を炙っている。

 

 「本当も本当よ。ま、詳しい話は後でするんだけどガメラの背中から発見された石板と勾玉の分析結果がようやく出てね、まあ折角だから二人に教えてあげようって思ったんだけど……どう?教えてほしいなら食事の後に私の研究室にご招待するけど?」

 

 「え、ええ!?そ、それはまあ願ったりかなったりですけど、でも、いいんですか?勝手に研究室なんかお邪魔して…」

 

 純夏は恐る恐ると言った感じで夕呼に問いかける。基地副司令の研究室と言うからには、恐らく他者に見られては困るような書類やら何やらがあるに違いない。まあ恐らく彼女の事だからそういうどうしても見られたく無い物は金庫やら何やらに隠しているんだろうがそれでも己の私室に自分達二人を入れて大丈夫なのだろうか、と少なからず心配になってしまう。

 そんな彼女の問い掛けに対して、夕呼は余裕のある表情を崩さない。

 

 「フフ、問題ないわよ。どうせ中には貴方達が見ても訳が分からない書類しかないし、それに、貴方達はそんなスパイまがいなことなんてしないでしょ?」

 

 「す、スパイって…!そんなことしません!ハイ!絶対に!なっ、純夏!」

 

 「え?う、は、はい!私も副司令さんから聞いたことは絶対に外に漏らしません!ゴーモンされてもしゃべりませんから!!」

 

 「いや別に貴方達に話すことは誰かに話そうが関係ないんだけど。どっちみち発表することだし…。ま、そう言う訳だから貴方達を私の研究室に入れるのは問題ないって判断したの。勝手に侵入するならまだしも私が直々に招き入れたんなら問題ないでしょ?」

 

 夕呼はニヤニヤと面白そうに笑いながら焼き上がった具材を次々と己の皿に取り分けていく。確かに夕呼の言うとおり、二人が勝手に忍び込むならまだしも、部屋の主が態々招き入れてくれるのならば全く問題は無いだろう。

 そう判断した武と純夏は互いに見合うと夕呼に向かって一礼する。

 

 「あ、ありがとうございます。本当に何から何まで…」

 

 「こ、このお礼はいつかちゃんとしますから!」

 

 「フフッ、別にいいわよ。言ったでしょ?お礼は後払いって。返す時にきっちりと返してもらうから安心なさいな。ま、それはそれとしてもう焼き上がってるからいい加減食べましょうか?残したら京塚のおばちゃんに何言われるか分からないし」

 

 「は、ハイ!じゃあいただきます!」

 

 「い、いただきます!うわー…、合成肉なのにおいしそう…」

 

 「はあ…、朝っぱらからカロリー高そうなのを…。まいっか…。いただきます」

 

 話を終えた四人は鍋の上で焼き上がった合成肉や合成野菜を各々たれにつけて口に頬張る。確かに合成食材であるが故に本物程の味わいは無いものの、それでもこの香ばしい香りと口にあふれる肉汁の味わいは他には代えがたい。武と純夏は勿論のこと、最初は朝っぱらから焼き肉を食らう事に難色を示していたまりももまた今では夢中になって箸を動かしている。そんな三人を横目で見ながら、夕呼もまた久しぶりの焼き肉に舌鼓を打つのであった。

 

 

 

 「……そう言えばどうでもいいけど夕呼、確かジンギスカンってモンゴルじゃなくて日本の料理じゃなかったかしら?」

 

 「……ハイ?」

 

 「いや私の聞いた話だとジンギスカンって確か北海道辺りで生まれた料理でモンゴルとは名前以外関係ないはずなんだけど……」

 

 「………」

 

 「…もしかして知らなかったの?」

 

 「サーテアタラシイグザイヤキマショウカー」

 

 「……知らなかったのね」

 

 「知らなかったんですね」

 

 「見たいですね」

 

 

 

 

 

 PXでの朝食を終えた武と純夏は夕呼に連れられて彼女の研究室へと歩いていた。ちなみにまりもは朝食の後に訓練兵達の教練があったため三人と別れている。

 二人の先に立って歩く夕呼の後ろをついて歩く武と純夏は、歩きながらひそひそと蚊の鳴くような声で会話をしていた。

 

 (ね、ねえ武ちゃん……、副司令さんの研究室って、ど、どういうのなのかな…?)

 

 (そんなの分からねえよ…。でも何かの研究者だって言ってたからひょっとしたら色々あったりしてな。例えば人体模型とか生き物の標本とか……。下手したらヒトの脳みそとかもあったりしてな)

 

 (ん、んも~!!武ちゃんったら変な事言わないでよ!!そんな学校の理科室や病院じゃないんだから……)

 

 「…………ちょっと、二人とも聞いてるの?」

 

 「「……ヒイ!?」」

 

 ひそひそ話している最中に突然夕呼の声が掛けられたため、武と純夏は仰天してその場で飛び上がる。一方の夕呼はそんな二人が何をやってるのか分からないのか訝しげな視線を送っている。

 

 「な、ななななななんでしょうか副司令さん!?お、俺達何も言ってませんよ!?」

 

 「いや、もう研究室着いたって言ってるんだけどね。何?何か面白い事でも話してたの?だったらお姉さんにも聞かせてくれないかなあ?」

 

 そう優しげな笑顔と優しげな声音で二人に問いかける夕呼、だが二人はその笑顔と口調から何だか訳の分からない凄味を感じ、威圧されていた。まるで首に刃物を押しつけられて自白を強要されているかのような、さらに言えばもし言わなかったら己達の身体や命が……、等々不吉かつ不穏なイメージが次々と二人の頭に浮かんでくる。

 

 「い、いいいい言います!!いや、副司令の研究室ってどういう部屋なのかな~って!!純夏と話してたんですよ!!なんか恐竜の化石とか人体模型とかあったりするのかな~って!!なっ、純夏!?」

 

 「う、ううううん!そうです!お魚さんやカエルさんの解剖された標本とかが置かれてたらどうしようとかそんな事を武ちゃんと話してて……」

 

 「OKOK、もういいわ……。……あのさ、私初対面の時に物理学者って話したと思うんだけど。考古学者でも生物学者でもないんだからそんなもの置いてあるわけないじゃないのよ…はあ…」

 

 黙っていたら命にかかわると本能的に察した武と純夏は洗いざらい話していた事全てを夕呼に自白する。最も夕呼はもう少し面白い話題を想像していたのか少し拍子抜けしたような顔で溜息を吐いているが…。

 

 「えっと…、怒ってないんですか?」

 

 「怒ってないわ、呆れてるだけよ。全く……、安心なさいって。どうせ部屋の中なんて見たところで貴方達からすればつまらない物ばかりだから」

 

 そう言いながら夕呼はドアのロックを解除して、研究室へと二人を招き入れる。

 夕呼の研究室、それは二人が予想していたモノとは全く違っていた。

 部屋にあるのはパソコン、電話が乗せられたデスクと三台の本棚のみであり、女性の部屋にありがちな華美な装飾やら置物などは全くと言っていいほどに無い。本棚に治められているのは何十何百という分厚い本で、背表紙には日本語以外にも英語、ドイツ語で書かれたものがあり、二人には何て書いてあるか読む事が出来ない。

 そしてそれ以上に驚くべきなのは床に積まれた山のような紙の束。二人の背丈すらも越えるほどの高さまであるその紙束の山が幾つも聳え立っているのだ。

 ほんの少しでも揺らせば崩れてきそうな紙の林の間を夕呼は慣れた様子ですり抜けていき、デスクの近くの椅子へ座ると二人へ向かって手招きをする。

 良く見るとデスクの前には二つのパイプ椅子が置かれている。どうやら夕呼は最初から二人を研究室に招く予定だったようである。二人は紙の山にうっかり触れて崩さないように用心しながらデスクの前まで移動し、パイプ椅子にゆっくりと腰掛けた。 

 椅子に座っても茫然と紙の山を見上げる二人に夕呼はクスリと笑いながら肩を竦める。

 

 「如何かしら?私の研究室は。ご覧のとおり殺風景な部屋でしょ?」

 

 「……いや、別の意味で刺激的な部屋ッスね。うん、ぶったまげました」

 

 「わ、私も……、色々な意味で驚いちゃいました…」

 

 「そう、それは何よりだわ。さてと、じゃあ早速本題に入るんだけれど…」

 

 二人の反応に満足げな笑みを浮かべながら夕呼はデスクの引き出しから一枚のプリント用紙と透明な小箱を取り出して二人の前に差し出す。プリント用紙には何かのスケッチらしき幾何学模様と文字らしきものが描かれており、透明な小箱の中には赤黒い色をした鉤状の石、勾玉が収納されている。

 いきなり差し出されたそれを見て戸惑う二人に夕呼は説明を始める。

 

 「今から一週間前、ガメラによって横浜ハイヴが陥落させられて貴方達が保護された日、ガメラは此処から遥か南端の島、硫黄島沖で発見されたのよ。その時のガメラは体表に大量の堆積物が張り付いて、さながら巨大な環礁のような姿をしていたらしいわ。

 硫黄島警護の部隊は突如出現した環礁の調査を行い、結果として発見されたのがこの勾玉とスケッチに書かれている石板だったのよ」

 

 夕呼の説明を聞いた武と純夏は再度目の前のスケッチと勾玉に目を落とす。

 スケッチはまるで二匹の蛇が絡み合っているかのような図柄の中に、何やらアルファベットに似た文字が書かれており、二人には読み解く事が出来ない。もう一つの勾玉は形状そのものは勾玉そのものではあるものの、材質については全く分からない。メノウでもヒスイでもコハクでもない、一見するとただの石にも見えてしまうその赤黒い物質は、蛍光灯の光を跳ね返して鈍い光沢を放っている。

 

 「生憎石板はガメラ覚醒と同時に砕けてしまったんだけど、幸い写真とスケッチが何枚か残っていたからね、司令の伝手で研究の為に硫黄島駐屯地から分けてもらったってわけよ」

 

 「そう、ですか……。あの、副司令、さん、このスケッチには、なんて書いてあるんですか…?」

 

 武がおずおずと夕呼に問いかけると、夕呼は顎に指を当てながらフム、と軽く頷くと椅子から立ち上がって部屋の端へと歩いていく。見るとそこには湯気を出すコーヒーメーカーらしきものがあり、コーヒーの抽出口の下にはコーヒーらしき液体が満ちた透明なビーカーが置かれている。

 夕呼はコップにコーヒーを注ぎながら、そのまま話を続ける。

 

 「この文字の解読については、流石に私でも出来なかったわ。この言語は現在世界で使われているあらゆる言語とも異なっていてね、私じゃ到底手に負えなかったわ。だから私の知り合いの先生にちょっと頼んでね、軽く解読して貰ったのよ。……ああ二人ともコーヒーはどうかしら?」

 

 「え、あ、大丈夫です」

 

 「わ、私も…。苦いの苦手ですから…」

 

 二人の返答に夕呼はそ、と一言だけ答えると椅子に戻ってコップになみなみと注がれたコーヒーを一口啜る。

 

 「で、その先生の話によると、この石板に書かれていた文字は古代北欧、アイルランドで使用されていたルーン文字に酷似しているって結果が出たの。ルーン文字って知ってるかしら?」

 

 「えっと……はい。確か物語の魔法使いが使っていた文字だったような……」

 

 「そうね、それで間違いは無いわ。当時ケルト文明の僧侶、ドルイドって言うんだけれど、彼らが占いや技師議を行う時に使っていたって話があるわ。

 で、その先生曰くこの石板の文字はそのルーン文字と良く似た形状をしていたらしいのよ。それで、現実に存在するルーン文字と当てはめて解読してくれたってわけ」

 

 「か、解読できたんですか!?」

 

 「ええ、現存する文字と同じのが結構あったから割と簡単らしかったわよ」

 

 夕呼は引き出しからもう一枚のプリント用紙を取り出すと武と純夏に差し出した。それを受け取った武と純夏はそのプリント用紙へと視線を落とす。プリント用紙には先程の石板のスケッチに書かれていた文字らしきものと、それを約したものである日本語の文章が記されている。だが、その訳文を見た瞬間、武と純夏の表情が変わった

 

 「“最後の希望 ガメラ、時の揺り籠に託す。禍の影 ギャオスと共に目覚めん”……!?こ、これって…!!」

 

 「あ、あの時武ちゃんが言っていた、夢で出てきた言葉と同じ、だよね…!?」

 

 そう、そこに記されていた言葉はあの時、武と純夏が病室で夕呼に尋問された時、武津が呟いていた言葉そのものであったのだ。当然二人はこんな石板も、勾玉も今の今まで見た事がない、よしんばあったとしてこんな文字を解読できるはずがない。

 一言一句全く同じであり、とてもではないが偶然の一致とは思えない。困惑する二人を夕呼はジッと眺めながらコーヒーカップを傾けている。

 

 「その様子だと本当にこの文章について知らないみたいね…。私だって最初は驚いたわよ?あの時聞いたセリフと一元一句全く同じな言葉がこんな石板に書かれてるんだから。全くどうなってるのかしらね…。まさか貴方エスパーとかじゃないわよね?」

 

 「ち、ちち、違いますよ!!本当に夢で見ただけなんですって!でかい鳥みたいな怪獣とガメラが戦っていて最後に“最後の希望 ガメラ”がどーのこーのって言葉が流れるんですよ!ああ全く、ガメラに助けられてからずっと変な夢ばっかり見て仕方がない…」

 

 「ま、まあまあ武ちゃん落ち着いて、ね?私は武ちゃんが超能力者なんかじゃないって知ってるから…」

 

 いらただしげに悪態をつく武を宥める純夏、そんな二人を夕呼は疑わしげな目で眺めていたが、やがて諦めた様子で軽く溜息を吐きだした。

 

 「ま、それについては後でみっちり聞くとして…、私が分からないのは石板の碑文だけじゃなくて、この勾玉もそうなのよ」

 

 そう言って夕呼は透明な小箱から勾玉を取り出して二人に見えるように掲げる。赤黒い色彩のそれは一見するとただの石でできた勾玉に過ぎない。だが、何故か武にはその勾玉がただの石だとはどうしても思えないのだ。理由は分からない。だが、ただ直感でそうだと感じるのだ。

 一方純夏は夕呼が掲げる勾玉をただ不思議そうに眺めている。こちらはただ単純にこの勾玉が何故特別なのかが気になるだけのようである。

 そんな二人の視線に夕呼は特に気にした様子も無く話を続ける。

 

 「この勾玉は似たようなものが100以上、ガメラの背中から採掘されたんだけどね…、実は現在地球上に存在する物質で、この勾玉と同じ物質は存在しないのよ」

 

 「へ…?」

 

 「地球上に存在しないって、それってどういう……」

 

 夕呼の言葉に武と純夏は訳が分からずに聞き返すと、夕呼はまるでお手上げと言わんばかりに肩を竦める。

 

 「そのままの意味よ。勾玉って形状から恐らく日本の古墳時代のものと関係があるんじゃないかとは考えられるんだけど、この勾玉に使用されている金属の成分は、分析の結果地球上に存在するあらゆる物質とも異なる全く未知のものだと判明したのよ。

 で、BETA由来の物質じゃないか、という線で分析してみたんだけど、現在確認されているBETA由来の物質にも、これと同じものは一つも無かったのよ。まあすなわち、この勾玉は現在この地球上に存在するあらゆる物質とも異なる全く未知の金属で作られてるってわけ」

 

 「「………」」

 

 地球上のものでもBETA由来のものでもない謎の物質でできた勾玉…。武も純夏も少なからず驚いてはいた。何かあると思っていた武はともかく、純夏からすればただの赤黒い石にしか見えないそれが実はまだ地上で誰も見つけた事がない未知の金属であったとは思わなかった。

 

 「最も、全く手掛かりがないわけじゃあないのよ。かなり眉唾物な話なんだけれどね、過去の文献の中にコレに良く似た鉱石について書かれているのがあったのよ」

 

 「え?そうなんですか?」

 

 純夏の言葉に夕呼は軽く頷いた。

 

 「ええ。ギリシャの哲学者、プラトンの書いたティマイオスって本の記述なんだけれどね、この鉱石と良く似た色、性質のオリハルコンって鉱石の話が出てくるのよ。貴方達知ってる?」

 

 「……お、おりは…?いえ、すみません…。俺知らな…」

 

 「あ!それって確かアトランティスで使われていた金属の事ですよね!紅くてこの世の如何なる物質よりも硬いって言う!!」

 

 「そうそうそれそれ、良くフィクションとかで出てくるから結構有名なのよね~」

 

 純夏の元気のいい返事に夕呼はご機嫌そうに笑っている。が、武は純夏の口にしたとある単語に反応する。

 

 「……ってちょっとまて純夏、アトランティスって言ったら確か…」

 

 “アトランティス”という単語を口にした純夏に思わず問いかける武。と、純夏に代わって夕呼が口を開いた。

 

 「一万二千年も前に突如として海底深くに水没してしまったってされている伝説の大陸よ。プラトンの著作にその記述があるわね。地上を上回る高度な文明を誇っていたらしいけど、突如起きた大津波によって一夜にして滅亡したとされているわ」

 

 「……で、でもそれって伝説、フィクションじゃないんですか?そんな、海底に沈んだ都市なんて……、本当に実在するんですか?」

 

 アトランティス大陸。大西洋にかつて存在したとされている伝説の大陸。

 海の神ポセイドンを祭り、そこに住まう人々は神の恩恵を受けて栄華と繁栄を極めていたという。

 しかし、その強大な軍事力を持って世界の覇権を握ろうとした結果、ゼウスの怒りに触れて大津波に呑まれ、一夜にして海底深くに没してしまったという。

 以上がプラトンの記述したティマイオス、クリティウス二冊の書籍に記されたアトランティス大陸の詳細であり、その中にはアトランティスにて使用された幻の金属、オレイカルコス、すなわちオリハルコンについての記述もある。

 最も僅か一夜で大陸が海底へ没するという事など通常では到底考えられないという事実から、現代ではアトランティスは伝説、あるいは災害で滅んだ都市国家を元にした作り話という説が主流であり、専らオカルト扱いされている。到底物理学者である香月夕呼が語るような代物ではない。

 が、夕呼は武の疑わしげな視線に特に気にした様子も無く、コーヒーを一口啜ると再度口を開く。

 

 「フィクション、ねえ…。そうとも限らないわよ?シュリーマンに発見されたトロイアだって昔はフィクション扱いされていたし、聖書に書かれたノアの大洪水にしても、遥か昔にそれに似た大災害が起きていたって言う証拠があるわ。神話、伝説って言うのはある程度史実も入り混じっているものなのよ。…まあ流石にある程度誇張はあるかもしれないけれどね。すなわちアトランティス文明が存在した可能性も、一夜で洪水によって滅亡した文明が存在する可能性も完全には否定できないのよ」

 

 「……」

 

 夕呼のセリフに武と純夏は何も言えずにいる。

 確かにかつて伝説、空想とされていた文明、遺跡が後の時代に現実に遺跡として発見される実例は存在する。だからと言って一夜で海底に沈んだ伝説の超古代文明などというものをそう易々と信じる人間は居ないと思うが…。

 

 「あ、でも確かアトランティスって大西洋にあった文明ですよね?でもガメラが見つかったのは硫黄島近海だから…太平洋、ですよね?」

 

 「そうね。でも知ってるかしら?沈んだ文明の伝承は何もアトランティスだけじゃないのよ?太平洋のムー、インド洋のレムリア。そして沖縄には海の果てにある楽園ニライカナイの伝承も残されている。太平洋にあったとある文明が何らかの形でギリシャに伝わり、アトランティスの伝説が生まれたとしても何の不思議も無いでしょう?」

 

 夕呼の言うとおり、一夜にして海底に沈んだ文明は、何も大西洋のアトランティスに限った話ではない。

 太平洋にかつて存在したとされる大陸、ムー。かつてインド、アフリカ間に存在したとされている大陸、レムリア。それ以外にも世界中には海の底へと沈没した文明、あるいは大陸の伝承が数多く存在している。

 それらのどれがオリジナルかは不明ではあるが、もしも仮に海へと沈んだ文明が存在するとしたら、その話が世界各地へと伝えられた結果、アトランティスなどの海へと沈んだ文明の伝承へと発展していった可能性はある。

 

 「んー…。なんとなく分かった様な分からないような…。でもですよ副司令、もしも仮にその勾玉がアトランティスのものだったとして、それがガメラとどう関係があるんですか?」

 

 武は率直に夕呼に問いかける。その横では純夏も武に同意するかのようにコクコクと頷いている。そんな二人を横目で見ながら、夕呼は「あくまでこれは私の予想なんだけど…」

と断りを入れて口を開く。

 

 「あの怪獣、ガメラはアトランティスに生息していた…、否、アトランティスが“生みだした”怪獣なんじゃないかって思うのよ」

 

 「え…?」

 

 「生み、出された…?」

 

 夕呼の言葉に武と純夏も唖然としている。夕呼の言葉が衝撃的だったのか、あるいはあまりにも突拍子がなかったからなのかは不明であるが二人とも口と目を丸くして夕呼をジッと凝視している。そんな二人の様子に夕呼は特に気にも留めずにコーヒーを啜る。

 

 「要するにガメラって言うのは古代アトランティスが人工的に生みだした生物、平たく言えば生物兵器の類なんじゃないかって言うのが私の予想なのよ。約80メートルの巨体、両手両足からジェットを噴射して飛行、さらにはBETAを集団ごと焼き払う火球とか、ガメラには地球上で自然発生した生物では到底あり得ない特徴ばかりなのよ。

 あの巨体はともかくとして、ジェット噴射と火球に関して言えば敵を倒す、すなわち戦闘の為に備わっているとしか考えられない。と、するならばガメラは自然の進化で誕生した生物ではなく、誰かが何らかの目的の為に生みだした生物、と考えられるわね」

 

 「何らかの目的……、そ、それって……」

 

 「そのヒントは既に此処に書かれてるし、貴方も言っているはずよ?白銀」

 

 夕呼はそう言ってプリント用紙に書かれた石板の訳、その後半部をゆっくりとなぞる。

 “禍の影 ギャオスと共に目覚める”。夕呼の指し示す文章にはそう書かれていた。

 

 「禍の影、ギャオス……」

 

 「貴方の夢に出てきた鳥、だったかしらね……。それがもしもギャオスだとしたなら、ガメラはそれに対抗するために生み出された可能性があるわ」

 

 「禍の影……、コレって一体……」

 

 「さあ…、そこまでは私にも…。ただ一つ言える事があるとすれば…」

 

 この世界に何かが起きようとしている。BETAとは違う何かが…。夕呼はまるで独り言を呟くようにそう呟いた。

 




 ちなみにジンギスカンには羊肉だけでなく山羊肉も使うんだとか。ついでにジンギスカンは北海道以外にも岩手、長野等でも食べられていますが……少なくともモンゴルでは食べられていません、マジで。
 …どうでもよかったですね、ハイ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。