Muv-Luv Alternative ーthe guardian of universeー   作:天秤座の暗黒聖闘士

11 / 43
 長らく更新できずに申し訳ありませんでした。急ぎ更新したので少々短めになってしまいましたが、どうにか最新話を更新できました。
 少々中途半端なところで終ってしまいますが、それは作者の文才の無さ、ということで…。


第9話 病棟にて

 国連軍横浜暫定基地モニタールーム。

 

 元来は基地間近に存在するBETAの根城、横浜ハイヴの状況及びBETAの動向を監視することが主であるそこのモニターには、横浜ハイヴではなく全く別の場所の光景が映し出されている。

 そこは一面灼熱の炎で覆われた大地、先程までは蟻の這い出る隙間すらない程のBETAの軍勢で覆い尽くされていた孤島。日本帝国が初めて本土に建設を許してしまったハイヴであり、その後横浜ハイヴの建設によって攻略そのものを絶望視された場所…。

 

 その名を佐渡島ハイヴ、通称『甲21号標的』。そこが今燃えている。灼熱の業火が大地を焼き尽くし、まるで異星の如き不毛の大地を一瞬のうちに罪人を責め苛む焦熱地獄の如き世界へと変貌させていく。先程まで地上を這いまわっていたBETAは一匹残らず炎に呑まれ、その身を炭も残らず焼き尽くされてこの地上から姿を消していた。 

 そして、その生物すらも存在できぬ灼熱地獄にただ一つ屹立する巨影があった。

 その姿は両足で立ちあがった亀のような姿をしている。が、その山の如き体躯は80メートルを越え、太く逞しい両腕両足には触れれば如何なるものも切り裂くであろう鋭利な爪が生え、その裂けた口元からは長く鋭い二対の牙がむき出しになっている。大地を覆い尽くす業火の中で立つその巨体は、まるで地獄に住まい死者を責め苛む鬼か悪魔の如く恐ろしく、荒々しいものであった。

 その“怪獣”は燃え盛る灼熱の大地を一歩一歩地響きを響かせながら進んでいく。その視線の先にあるのは、この灼熱の地獄の中で唯一燃え残っている建造物、佐渡島ハイヴモニュメント。金属質な輝きを放つ歪な形状をしたそれへと接近した怪獣は、何の前触れもなくモニュメントの天井へ向かって火球を叩きつけた。

瞬間、火球が直撃したモニュメントは轟音と共に大爆発を起こす。原形を留めぬほどに砕け散ったモニュメント、その真下には地の底まで続くであろう巨大な縦抗がポッカリと口を開けている。巨大な空洞を見降ろして高らかな咆哮を上げた怪獣は、突然脚部を甲羅へと引き込むとそこからジェットを噴射し、目の前の縦抗へとその身を投げ込んだ。

 いきなり投身自殺の如き行動をとった怪獣の姿に一瞬モニタールームは騒然となる、が、次の瞬間……。

 

 

 

 ドオオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!!!!

 

 

 

 まるで原爆でも爆発したかのような爆音と共に地面の穴から炎が噴き出し地上に残ったモニュメントの残骸を炎上させたのだ。さながら火山が噴火し火口からマグマが噴き出しているかのような光景に、モニタールームの人間達は唖然として声が出ない様子であった。

 

 …ただ一人、満面の笑みを浮かべてモニターを眺める香月夕呼副指令を除けば。

 

 地面から噴出していた炎は一瞬で収まったが、炎で焙られ、焼かれたモニュメントはもはや原形も留めぬ瓦礫と化している。辺り一面紅蓮の炎で包まれた大地と、そこにぽっかりと空いた地の底まで続く大穴、それはさながら地獄への入り口とでも言うべき光景であった。

 そしてその地獄の光景を作り出した張本人であるあの怪獣は、先程の爆発に巻き込まれたのか一向に出てくる様子はない。

 いかに光線属種のレーザーには耐えられても、流石にあの大爆発には耐えられずに息絶えたのか…、謎の大爆発から10分経過しても何の反応もないことからスタッフ達がそんなことを囁き始める。

 が、次の瞬間、大穴から噴き出す煙を切り裂いて出現したそれを見て、夕呼を除く全員は再度驚愕に顔を歪めることとなった。

 ジェット音に似た轟音を上げながら地上へと出現したもの、それはまるでUFOの如く高速回転しながら飛行する、巨大な亀の甲羅だった。亀の甲羅はそのまま空高く上昇すると、空の彼方へと飛び去って行った。怪獣が飛び去った後に残されたもの、それは焦土と化した佐渡島の大地と、完膚なきまでに破壊された佐渡島ハイヴのモニュメントだけであった。

 

 

 

 

 「「「「………」」」」

 

 モニターに映し出された光景、例の怪獣、仮称アンノウンによる佐渡島ハイヴにおけるBETAとの戦闘、否、もはや戦闘とも呼べない一方的な虐殺(ジェノサイド)と焦土と化していく佐渡島の光景に、誰ひとりとして声が出なかった。自分たち人類が幾度攻略を試みようともハイヴの中核たる反応炉の破壊どころかBETAの圧倒的物量という壁とレーザーという対空砲火の前に接近することすらも許されなかったハイヴが、たった一つの強大な力の前に圧倒され、屈服され、殲滅されていく……。幾多の英霊を犠牲としてそれでもなお攻略できなかったハイヴの陥落を目の当たりにし、モニター室の面々は喜びも悲嘆も憤りもなく、ただただ唖然とする以外になかった。

 一方夕呼は他の面々とは違いモニターに映る映像を眺めながらクックッと喉を鳴らして笑っている。それはさながら今すぐにでも爆笑してしまうのを堪えているかのようであり、モニターに移された地獄が、さながら極上の喜劇の場面であるかのような反応であった。

 

 「……BETAの生体反応およびハイヴの内部の様子は…?分かる範囲でいい」

 

 夕呼の隣で同じくモニターを見守っていたラダビノッド司令は、彼女の輝くような笑顔に引きながらもオペレーターに問いかける。オペレーターはチラリと背後の司令と副司令へと視線を向けると、一拍置いて口を開く。

 

 「……地表に展開したBETAの生体反応は無し、地中およびハイヴ内部に残存している可能性もありますが……ほぼ全滅したと思われます。ハイヴおよび最深部の反応炉については不明。現在佐渡島の地表の殆どが高温の炎に覆われているので戦術機でも接近が難しいかと……」

 

 「……成程、分かった。それで、アンノウンの行方は…?」

 

 「アンノウンは佐渡島から日本海へ向けて飛行中、このままの進路をとれば………あ、アンノウン日本海に落下!!」

 

 「な、何!?」

 

 オペレーターの上げた大声にラダビノッド司令は思わず身体を乗り出した。見ると、軍事衛星から送られてくる映像、そこには辺り一面の大海原と、その大海原に没していく巨大な亀の甲羅が映し出されていたのだ。

 何の前触れもなく海面に落ち、沈んでいく怪獣…、その場に居た人間は黙ってそれを見ている事しか出来ない。

 

 「海面から10メートル、50メートル、100、120………目標の反応、ロストしました。アンノウン補足できません……」

 

 「………そうか、ご苦労だった…」

 

 オペレーターの報告を聞いたラダビノッド司令は何所か疲れ切った表情で溜息を吐くと、隣で変わらず満面の笑顔を浮かべている副司令へと視線を向ける。

 

 「……香月博士、少しよろしいかな?」

 

 「あら?どうなさいましたの司令?どうやらお疲れのようですけれども、少し休まれてはいかがですか?」

 

 声を掛けられた夕呼は笑みを崩さぬままラダビノッド司令へと視線を向ける。彼女にしては珍しく司令を心配するかのような言葉を掛けてくるところをみると相当機嫌が良いようだ。

 

 「……ああ、ありがとう、心配はいらない。それよりも、だ。日本海に沈んでしまったアンノウンについてなのだが……」

 

 「アンノウンの生死に関することでしたならば、恐らくアンノウンは死んではいないと思われますわ。第一、あれほどのレーザーが直撃して火傷一つ負っていないところから見てもそう簡単に死ぬ生命力であるはずがありませんわ」

 

 「な、成程…。言っていることは確かにもっともだが、ならアンノウンは何故日本海の底へ…?」

 

 「恐らくエネルギーの回復のため、あるいは戦闘で受けた傷を癒すためでしょうね。硫黄島近海で目覚めてから一日も経過していない間にハイヴで二連戦、たとえBETAから受けた傷が浅くとも肉体的には相応に疲労していたとしてもおかしくはありませんわ?海の底で眠りながら消耗した体力を回復し、次のハイヴ攻略に備えるつもりなのかもしれませんね」

 

 いかにアンノウンが頑強な身体と圧倒的なパワーを持っていようとも、数十万ものBETAを相手に連戦を繰り広げれば流石に消耗は免れられない。恐らく日本海の底に沈んだのも海底で休息して体力を回復し、次なる戦いへと備えるためであると夕呼は推測した。

 アンノウンの狙いが地球上のハイヴの破壊であるとするなら、次はユーラシア大陸に点在するハイヴを目指すことは間違いない。だが、ユーラシア大陸に存在するハイヴは全て日本帝国に存在したハイヴのフェイズを上回るフェイズ2以上、横浜、佐渡島のときとは比べ物にならない程の激しい戦いとなることだろう。ならばこれからの戦いのためにも身体を休め、傷を癒し、体力を回復させておくのが定石だ。わざわざ海底深く潜った理由は不明だが、元々あの怪獣は硫黄島近海で発見されたとのことだから恐らく出身地は海なのだろう。ならば己の生まれた場所である海の底に潜って回復を図ることには何もおかしなところはないだろう。

 夕呼の推測にラダビノッド司令は納得したのかしていないのかあいまいな表情で頷いた。

 

 「それはそれとして、だ。横浜ハイヴの件なのだが…」

 

 「そうですね、明日にでも調査隊を編成して横浜ハイヴの調査に向かわせては。佐渡島の反応炉は見たところ破壊されたようですが横浜ハイヴの反応炉はまだ健在な可能性がありますわ。ならば調査隊を向かわせれば何かを見つけることが出来る可能性もあり得ます」

 

 横浜ハイヴのBETAはどうやらアンノウンによって完全に一掃されたらしく、今のところはハイヴから地上にBETAが出てくる様子はない。とはいえハイヴの内部は非常に広大であるためにまだハイヴ内部のどこかにはアンノウンの襲撃を逃れて生き残ったBETAが存在しうる可能性もあり、さらにアンノウンはハイヴ内に囚われた人質を救出することが優先だったためか、見たところ横浜ハイヴ中枢の反応炉には手をつけていないようでもあった。

 故に夕呼は早期のうちに横浜ハイヴへと調査隊を派遣し、残存BETAの一掃および横浜ハイヴ内部の調査を行う事を提案した。アンノウンによって光線属種を含むBETAが全滅、あるいは激減した今ならばハイヴの攻略もそこまで難しいものでもないはずだろうし、もしかしたら無傷の反応炉を手に入れられる可能性もありうるのだ。

 それでなくともハイヴ内部に関するさらなる情報を入手できるのは大きく、その調査のためだけでも調査隊を派遣する理由にはなるだろう。

 彼女の提案にラダビノッド司令は頷いた。

 

「無論調査隊は派遣する。早ければ明日にでも出撃が出来るだろう。…まあ問題は帝国と米国にどう説明するか、だが……」

 

 「そこは私の専門外ですので司令にお任せいたしますわ♪では私は研究が残っておりますので……。ああそれと例の件もお忘れなく♪」

 

 「う、うむ……、承知した…」

 

 にこやかな、それでいてどこか凄味を感じさせる笑顔にラダビノッド司令は少々顔をこわばらせながら頷いた。夕呼は上司の反応に満足した様子で頷くとそのままモニタールームの扉から出ようとする。と……。

 

 「……ん?アンタは……」

 

 「あ、こ、香月副司令!こちらにいらっしゃると聞いたものですから……」

 

 ドアを開けた夕呼の目の前、そこには赤十字の腕章をつけた国連軍専用BDUを着た衛生兵らしき女性がこちらもドアを開けてモニタールームに入ろうとしていたのか棒立ちしていた。

 女性、国連軍所属の衛生兵穂村愛美はドアが開いた瞬間目の前に己の上司、実質この基地の最高権力者ともいえる人物が立っているのを見て、慌てて直立不動の姿勢で敬礼する。

 一方夕呼はドアを開けた瞬間目の前にいた愛美に対して、僅かに眉を上げただけで特に気にした様子もない。

 

 「ん、いいわよ別に。で、私に何か?」

 

 「は、ハイ。横浜ハイヴから救出された生存者の二人が目を覚ましましたので報告に上がったのですが……」

 

 「…へえ…そう…」

 

 愛美からの報告を受けた瞬間、夕呼の唇がつり上がり、もしも幼い子供が一目見ようものなら瞬時に泣きだすであろう不気味で奇怪な笑顔が浮かんだ。そんな夕呼の笑みを真正面から見てしまった愛美は一瞬に顔を引きつらせて身体をガタガタと震わせ始める。

 

 「…で、話とかはできそうかしら?」

 

 「ハ、ははははははハイ!!幸い命にかかわるような障害や傷は負ってはいませんので問題はないかと思われます!!」

 

 「了解したわ。その二人の尋問に関しては私と伊隅と……そうね、ピアティフも連れて行こうかしら…。その三人でやるわ。ああそれから部屋に呼ばなくても結構よ。自分でそっちに行かせてもらうから。怪我人に無理させるわけにはいかないしねえ?」

 

 「りょ、了解しましたあ!!」

 

 悲鳴のように叫びながら敬礼した愛美は、まるで逃げ出すかのようにその場から走り去って行った。脱兎の如く走り去っていく彼女の後姿に夕呼は心底可笑しげにクックッと笑い声を上げている。

 

 「ああ、いい、いいわねえ…、こんなに心底哂ったのは何時ぶりかしらねえ…。うふふふふふふ♪ああ楽し過ぎて狂っちゃいそうだわァ!!」

 

 まるでどこぞの童話で出てくる魔女の如く、否、もはや魔女そのものといっても過言ではない笑い声を上げる夕呼。その余りにも不気味極まりない姿に通りがかった人間は例外なく全て、顔を引きつらせながら見て見ぬふりをして通り過ぎて行ったという…。

 

 

 武SIDE

 

 夢を見ていた。今自分の鋳る世界とは全く違う、どこか騒がしいけど温かい世界の夢を―。

 

 そこは、今まで自分が過ごした世界ではない。そしてこれがすべて夢であるという事。分かる事はただそれだけであった。

 

 純夏がいて、己の両親が生きていて、何よりあの忌々しいBETAが影の形も有りはしない―。

 

 自分と純夏はただの学生で、一緒に高校に通い、同年代の友人たちと共に学び、遊び、そしてふざけ合う毎日を送っていた。

 

 眼鏡が特徴的な規律にうるさい少女、榊千鶴。

 常に何を考えているのかも分からず時折学校を無断欠席する一匹狼な少女、彩峰慧

 気弱であがり症な性格ながら実は努力家な一面も持っている小柄な少女、珠瀬壬姫。

 能天気な性格で度々父親に連れ去られて学校を欠席する親友、鎧衣尊人。

 自分達の担任である教師、神宮寺まりもに彼女とは腐れ縁らしき物理教師、香月夕呼…。

 

 彼ら彼女らと共に過ごす毎日…、それが夢を見ている武にとっては、何よりも眩しく、羨ましく感じられる光景だった。

 現実の世界ではもはや見ることも、味わう事も出来ない光景。変わり映えもしないけれど、だからこそ尊い日常……。

 

 何故こんな夢を見るのか、何故今まで見たこともないようなこんな映像が、まるで現実にその世界に居るかのように見れ、感じられるのか…。

 

 分からない、何も分からない…。武には未だ分からなかった……。

 

 

 

 

 「……ん…?」

 

 ふと夢から覚め、うっすらと目を空けた武。その視界に飛び込んできたのは全く見覚えのない真っ白な天井であった。

 

 「…ああそうか、俺、純夏と一緒に国連軍に……」

 

 暫くボーっと天井を眺めていた武は、段々と自分が何故ここに居るのかを思い出し始めた。

 あの時、自分と純夏があの亀のような巨大な怪獣に救出された後、自分たち二人はその場に居た国連軍兵士に必死に事情を説明し、国連軍に保護してもらうこととなった。 と、その瞬間に緊張の糸が切れたのか、傷が治癒していても身体の疲労までは治っていなかったからなのか武はその場で意識を失ってしまったのだ。その後の事はさっぱり記憶にないものの、天井を見る限りBETAの巣でないことは間違いない。恐らくは横浜にある国連軍の基地、その一室なのだろうか…。

 ぼんやりとした頭で考えながら、武は頭だけを動かして視線を左側へと動かした。

 そこには己の寝ているものとは別にもう一つベッドがあり、そこには赤い髪の毛と黄色い大きなリボンが特徴的な少女、鑑純夏が穏やかな寝息を立てて寝入っていた。あまりにも暢気なその寝顔に、武は呆れると同時に安堵した。

 何であれ純夏が無事ならそれでいい。寝息を立てているのなら生きている事は間違いない。武はホッと溜息を吐くとゆっくりとベッドから上体を起こした。

 長い間寝ていたからなのか起きようとして身体を動かそうとすると身体の節々が強張って上手く動かない。上体を起こすだけでも一苦労だ。なんとか身体を起こすと己の左腕に点滴用の針と管が繋がっているのが見て取れた。そして隣に眠る純夏の腕にもまた同じく点滴の管が繋がれている。

 今自分達が寝ている場所は白い壁で覆われた病院の一室のような雰囲気の部屋であった。否、もしかしたら本当に病院の一室なのかもしれない。どうやら国連軍の兵士の人達が倒れた自分と純夏を此処に連れてきてくれたようだ。

 

「……うう、ん……たけ、る、ちゃん…?」

 

と、隣のベッドから純夏のうなされ、呻くような声が聞こえてくる。ふと武がそちらへ顔を向けると、先程まで寝息を立てていた純夏が大きく欠伸をして目を両手で擦っているのが見えた。

 

 「よ、純夏おはよう」

 

 「う……ん、武ちゃん……?此処、どこかな……。私、武ちゃんが倒れた時に、いきなり、眠くなっちゃって……」

 

 寝ぼけながら話す純夏曰く、どうやら純夏も武と同じく国連軍に保護されることとなった際に突然意識を失ってしまったようである。彼女も武同様張りつめていた緊張が緩んだのか、あるいは疲労がピークに達していたようである。

 

「…よく分からねえけど此処はどこかの病室みたいだな。あの国連軍の人達が俺達を此処まで連れてきて治療してくれたみたいだ」

 

 「そっか……。じゃあ、会ったらお礼言わなきゃね…。ふわ~あ~あ~」

 

 のんきに大きな欠伸をする純夏に、武は呆れたように笑みを浮かべる、が、次の瞬間に己の腹から鳴る音を聞くや否や顔を僅かに曇らせた。

 

 (……にしても、腹減ったなあ…)

 

 自分と同じくベッドから身体を起こす純夏を眺めながら、武は空腹を訴える腹を押さえながらそう呟く。

 それも無理はない。純夏と一緒にBETAから必死に逃げ回り、その後BETAに捕らえられてからはあの怪獣に救出されるまで何日も飲まず食わずで監禁されていたのだ。いかに点滴が栄養を補給してくれているとはいえ、空腹が満たされるわけではない。

 何でもいいからとにかく飲み食いしたい…、せめて、せめて水だけでも欲しい…。武の頭は一瞬で食欲によって埋め尽くされる…。

 

 「うう~…、た、武ちゃ~ん。お、お腹すいちゃったよ~」

 

 そしてそれは隣の純夏も同じな様子であった。起き上ったはいいものの、こちらも腹部を押さえながらまるで地獄の餓鬼の如く餓えた表情で武を見ている。かく言う武も空腹のせいで口から溢れそうになる唾液を必死に飲み込みながらなんとか喉の渇きを潤す有り様だ。

 

(チクショ~!!折角命助かったってのに飢え死になんて笑えねえぞ~!!ああ、頼むから誰か食べ物を………というかいつまでも此処で寝てないで食い物を探しに行くしか……)

 

 ついにはベッドから降りて食料を探しにでも行こうかとも考え始める武。と、その時、突然部屋のドアが二回ノックされて開かれた。

 部屋に入ってきたのは眼鏡をかけて髪をお下げに結った軍服姿の女性だった。腕に赤十字の腕章をつけているところからどうやら衛生兵らしい女性はベッドから上体を起こしている武と純夏を見るとパアッと表情を明るくした。

 

 「あら、二人とも目が覚めたようね。よかった。二人とも何の前触れもなく突然倒れたみたいだから…。ああそれよりも何か食べられそう?ちょうど食事持ってきたんだけど…」

 

 「……!!い、いただきます!!」「ご、ご飯!?食べたいです!!」

 

 「…え、あ、だ、大丈夫そうだね?うん、良かった……」

 

 食事と聞いた瞬間に顔色を変え、まるで餓えた獣の如く目を光らせて身を乗り出してくる武と純夏。そんな二人の鬼気迫る姿に衛生兵、穂村愛美は顔を少し引きつらせながらも見たところ元気そうな二人の姿に安堵するのだった。

 

 

 

 

 「……で、こういう状況になっている、と…」

 

 「は、ハイ…。なんでもハイヴ内で何日も飲まず食わずだったそうですので…」

 

 その後二人の居る病棟を訪れた香月夕呼は、目の前で必死に食事をがっつく二人の姿を半ば呆れた様子で眺めている。そのすぐ後ろには国連軍専用の軍服を着た女性二人が二人揃って何がどうなっているのか分からないと言いたげな顔をしている。

 

 「……それで、彼らがあの横浜ハイヴの生存者で間違いないのか?」

 

 「は、はい…。それに関しては間違いありませんが……」

 

 夕呼の後ろに立っていた女性のうち、赤味がかった短髪が特徴的な女性がいぶかしげに眉をひそめながら愛美に問いかける。

 彼女の名は伊隅みちる。香月夕呼直属の特殊部隊、A-01連隊第9中隊、通称伊隅ヴァルキリーズこと伊隅戦乙女中隊の中隊長であり、階級は大尉。その隣の金髪の女性は夕呼専属のオペレーター、イリーナ・ピアティフ臨時中尉。

 上官である夕呼の命によって共に横浜ハイヴからアンノウンによって救出された少年少女の尋問に同席することとなった二人は、最初こそ横浜ハイヴからの生存者都の尋問という事で少なからず気を張っていたものの、目の前で必死に食事をがっつく二人の姿に完全に毒気を抜かれた様子であった。そんな己の部下達の様子に夕呼は可笑しそうにクックッと含み笑いをする。

 

 「ククッ、二人とも中々面白いリアクション出来るじゃない?…んじゃあ、お食事している二人には悪いけど……」

 

 「は、ハイッ。二人とも、食事しているところ悪いんだけど……」

 

 「ハムッ、アグッ………、ふへ?えっとどうかしたんですか?」

 

 「ムグッ、ゴクッ……、あれ、この人達、何時の間に……………」

 

 「貴方達が食事に夢中になってるときにこっそり、ね。ま、それはいいとして………、ん?どうしたのよそこの坊や、そんなボケーっとした顔をして」

 

 夕呼の言葉に純夏はキョトンとして武へと視線を向ける。

 夕呼の言うとおり、武はポカンと口を空けたまま茫然と夕呼を凝視していた。それはまるで死んだ人間と突然再会したかのような反応であったが、当の夕呼は目の前の少年とは全く面識もなく、背後の部下二人と衛生兵からまるで問い詰められるような視線を向けられても、お手上げとばかりに肩を竦めて首を振る事しか出来ない。

 

 「あ、あの~…、武ちゃん?どうしたのボーっとしちゃって…」

 

 少しばかり重くなった空気に耐えられなくなったのか、純夏が恐る恐る武に話しかける。と、突然武はハッとして一瞬純夏の方へと振り向くと、改めて夕呼へと向き直る。だが、その顔は先ほどとは違ってまるで夕呼を見ながら何か昔の記憶を思い出そうとしているかのようであった。

 

 「?一体どうしたの坊や。私の顔に何か付いてる?そ・れ・と・も、お姉さんにみとれちゃってるのかな~?」

 

 「え!?ち、ちちちち違いますよ!!えっと…その、な、なんていうか……」

 

 ニンマリと意地悪げな笑顔を浮かべながら武をからかってくる夕呼に、武は必死に頭を振って否定しながら、所在なさげに視線を左右に巡らせる。暫く口ごもっていた武は夕呼に向かって恐る恐るといった様子で口を開く。

 

 「え、えっと……、何所かであった事ってありましたっけ…?」

 

 「ん?何?そんなかわいい彼女がいるのにナンパ?浮気は駄目よ~?」

 

 「な!?武ちゃん!?」

 

 「ち、違う!!違うっての!!お、俺は別にこの人に見とれていたんじゃなくて、ただ何所かで見たような感覚がしただけでそれで気になっただけだって!!イヤこれ本当!!本当だからベッドの上に立つな!!その拳引っ込めろ!!」

 

 夕呼の一言に激昂しベッドの上に仁王立ちする純夏、そして今にも自分に殴りかかろうとしている幼馴染をベッドに横たわりながらも必死に説得する武の姿に、夕呼はさも可笑しげにニヤニヤと笑いながら眺めている。

 

「クックックック~♪初々しいわね~お二人さん♪私好みね♪ま、このまま痴話げんかが始まったら尋問どころじゃなさそうだし………。度々ご苦労だけど、ちょっと二人を宥めてもらえるかしら?」

 

 「は、はあ………、す、純夏ちゃん落ち着いて。ベッドから立ち上がるのは危ないしそれに武君もああ言ってるし、ね?」

 

 完全に観客気分な夕呼の命令(お願い)に、愛美は軽く溜息を吐きながら烈火の如く怒り狂う純夏を宥めに入るのだった。

 




 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。