【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第七十九話 真田の入寮

8月28日(月)

昼――巌戸台分寮

 

 真田は美鶴に仲間になるよう誘われ、ラボでペルソナに目覚めてから、少しばかり忙しいときを過ごしていた。

 ペルソナ使いとしてシャドウと戦ってゆくため、“特別課外活動部(S.E.E.S)”なる部活に所属し、本部である巌戸台分寮への入寮が決まったことで、まず、その入寮理由を考えることになり。

 元々、ボクシングで優秀な戦績を残していたこともあって、入寮を条件に高等部から特待生として迎えたい意向を理事長である幾月が真田夫妻に伝えることで、入寮自体は許可を取ることが出来た。

 だが、問題はその後で、真田は美紀も一緒に入寮するとばかり思っていたらしく。美紀はすでに成績優秀者で特待生扱いとなっているので、自宅通いのままであることを知らされると、

 

「では、話しは全てなかったことに。フッ……危うく、有里の策略に嵌るところだったが、やつも詰めが甘いな。俺の目が黒いうちは美紀の部屋に上がる事など絶対にさせん」

 

 などと、勝手に全ては湊のせいだという事に脳内変換し、周囲の者をぽかんとさせた。

 正直なところ、今回の件に湊は全く絡んでいない。仮に絡んでいるとすれば、それは真田の適性をペルソナに覚醒するレベルまで無自覚に引き上げたくらいなもので、むしろ感謝しても良いくらいである。

 最終的に美紀が頑張ってと応援したことで、爽やかに「ああ、行ってくる」と一人でどこかへと去っていったりした一幕もあったが、夏休み終了間際の本日、真田は実家から必要な荷物を桐条グループの引っ越し業者に運ばせ、無事に入寮を迎えた。

 

「アキ、ダンボールかたしといたぞ」

「ああ、済まない。こっちも終わったところだ」

 

 荷物の運び入れ自体は業者にやってもらったが、箱詰めされた物の荷解きは自分たちで行う事にしたため、入寮日を聞いていた荒垣が手伝いに来ていた。

 無論、ただ働きという訳ではなく、昼にはがくれを奢ることでしっかりと契約を結んでいる。

 そうして、午前中から行われていた作業も、丁度昼頃に終わったことで、真田はそろそろ昼を食べに出ようかと提案した。

 

「結構いい時間だな。休憩が必要ないなら、このままはがくれに行くつもりだが、どうする?」

「問題ねえ。すぐ出れる」

「そうか。なら、一応、桐条に出掛けてくることだけ伝えていこう」

 

 片付けに使っていた軍手を外し、ドライバーなどの工具類を入れている引き出しに仕舞うと、真田は財布と携帯を持って部屋を出る。

 真田の入寮日は美鶴たちにも伝えてあり、幾月は仕事があるからと来ていないが、寮生の美鶴には色々と騒がしくなることを先に謝罪しておいた。

 謝罪を受けた相手は、引っ越しはバタバタするものだ、と言って笑いながら気にしていないことを告げてきたものの、それでも残り少ない夏休みの一日をゆっくり過ごせないのは面倒に違いない。

 なので、最初は手伝いにきてくれた荒垣のみ誘って食事に行くつもりだったが、部屋を出てラウンジに降りて行く途中、真田は美鶴にも昼を奢ってやろうかと考えていた。

 階段を下りている時点で、ソファーで本を読んでいる相手の姿はすぐ捉えることが出来る。

 女性に興味が無いわけではないが、あまり女性と接する機会のない真田でも、美鶴は同年代の中では突出して優れた容姿をしていると思っている。

 もっとも、それが恋愛感情に発展するかと言えば答えはNOだが、そうだとしても相手が目立つ容姿をしていることには変わりない。

 つい先日、美鶴から声をかけられるまで相手を知らなかったのは、欠片も興味を持っていなかったという、無関心による無知が原因だが、知ってしまえば接してみた印象と見た目に対して素直な評価を下すことが出来た。

 故に、部屋の端の方だろうと、そんな相手が座っていれば自然と目を引き、すぐ見つけることが出来るのも当然と言える。

 真田は後ろに荒垣を連れてソファーに向かうと、二人がやってきたことで顔を上げた相手へ声を掛けた。

 

「桐条、引っ越しの片付けを終えたから、これから昼にしようと思うんだが」

「ああ、君たちの分もちゃんと頼んである。少し待っていてくれ、お茶を淹れてから食事にしよう」

『……は?』

 

 真田が「お前も一緒にどうだ?」と続けようとした途中で、美鶴は読んでいた本をぱたんと閉じ、テーブルの上に置いて立ち上がりキッチンへと向かっていった。

 後に残された二人は話しの流れについて行けず、ぽかんと口を開けてしばらく佇んでいたが、キッチン側にあるテーブルの方へ視線を送ると、どこか重厚な輝きをした平たい円形の漆器がいくつも置かれていることに気付く。

 いくら貧しい児童養護施設の出身とはいえ、それが何であるかくらいは知っている。

 実際のところ、真田たちの知っている物は、漆器ではなく安い樹脂製の容器だろうが、それでも中身の料理名は同じだ。

 そう、二人の視線の先にある本物の漆器の中には、値段が想像出来ないほど、ネタの輝きが次元を異とする『江戸前寿司』が並んでいた。

 

「……アキ、お前あんなの頼んでたのか? 随分と奮発したサプライズだな」

「馬鹿をいうな。あんなのお年玉と一年分の小遣いを溜めても一人分がやっとだぞ」

 

 寿司を目にするまで、頭も舌も胃袋も完全にはがくれのラーメンを食す状態となっていた。

 常連だけが食べることを許される裏メニューが存在するという噂も耳にしているので、寮生活で自炊しない日に通っていた荒垣は、そろそろ自分も裏メニューにあり付けるのではという期待も持っていた。

 だが、まるで宝石箱のような色取り取りの眩い輝きを放つ寿司を見た瞬間、本能が思考を凌駕し、自分は今日この寿司を食べるためにここに来たとすら今は感じている。

 しかも、白い御屋敷のテラスで紅茶を飲んでいそうなイメージを持つ、見目麗しい桐条グループの御令嬢が自分たちのためにコンロでお湯を沸かし、味が均一になるよう急須で緑茶を注いでくれている。

 となれば、いくら硬派を気取っていようと荒垣も思春期の男だ。当然、悪い気はしなかった。

 そうして、二人は軽口を叩きながらテーブルまで移動する。

 片方の列に二つ、向かいの列に一つ、この場合は男子が並ぶべきかと考えている間に、お茶を並べ終えた美鶴が二人席の正面に誰もいない方に座ってしまった。

 

「ん? どうした、ネタが乾いてしまうぞ」

 

 ならば、同じ寮生の真田が美鶴の隣へ座り、来客の荒垣が一人席に座ろうとアイコンタクトを即座に交わして、二人もすぐに席に着くとラップを外し、割り箸を手に取った。

 二人や美紀が揃ったときには、児童養護施設時代の癖が出るのか、真田たちは箸を持ったまま手を合わせ、全く同じタイミングで口を開く。

 

『いただきます』

「ふふっ、いただきます」

 

 美鶴にしてみれば、こんな風に同世代とテーブルを囲んで食事をするのが珍しいのか、真田たちの食事の挨拶を面白そうに眺め、自分も彼らの作法に合わせてみる。

 それで料理の味が特別変化する訳ではないが、誰かと共に食事をしているという、一種の共有感は味わえるため。

 家では父とは中々時間が合わず、女中らに囲まれながらも独りで食事を取り。学校でも自分の傍には基本的に誰も座らないので、こうやって誰かと食事をするのは本当に久しぶりだった美鶴は、仲間が増えた以上にどこか嬉しそうに見えた。

 

「ん、なんという名前か知らないが、美味いなこの魚」

「それはイサキだ。春の終わりから夏にかけてが旬だが、産卵期の終わった冬頃も脂が乗っていて中々美味しいぞ」

 

 遠いところから順に食べてゆくという、几帳面なのかズレているのか分からない食べ方をしていた真田が、直前に食べた寿司が美味しかったと感想を漏らす。

 すると、ネタの並びを覚えていた美鶴が、隣からネタの名前を教えながら、ついでにどの時期に食べれば美味しいかという情報も与えた。

 自分でも料理を結構する荒垣にとっては、自分が普段使わない食材の情報は素直にありがたい。

 だが、肉とプロテインがあれば良いといった、少しばかり変わった嗜好を持った男は、魚よりも仲間となる美鶴自身に興味を持ったらしく。口の中の物を飲みこんでから、雑談がてら軽い質問をぶつけた。

 

「なんだ、桐条は食材にも詳しいのか?」

「父に連れられて食事に行く以外にも、接待等を受けていれば、自然と覚えるようにもなるさ。こちらが訊かなくとも、相手が勝手に旬だから美味いと薦めてくるんだからな」

「なら、時期が重なれば、一ヶ月にカニばかり食べるという事もあり得る訳か」

「カニはあまり食べないな。あれは冷凍技術が進んで年中食べられるからか、旬の方が美味いと分かっていても、家の関わりで会う人たちは大してありがたがらない。それなら経験上、フグの方が重なり易いように思う」

『…………』

 

 カニをありがたがらないと聞いた途端、『カニ=高級食材』というイメージを持った少年らは固まる。

 美鶴の言う通り、カニ専門店やカニで有名な観光地などでは、シーズン中に大量に水揚げして、それを冷凍しておいた物を提供していることが多い。

 別にそれは悪いことではなく。輸入品の缶詰カニとは比べ物にならないほど美味しいので、それを年中安定して提供するための方法だと考えれば、安くて美味しい物を求める消費者からは何の不満も上がらないだろう。

 だが、それで希少性が薄れたために有り難がらないとは、随分と我儘で贅沢な考え方だと、庶民派の彼らが思ってしまうのも無理はない。

 さらに、フグなど生まれてこの方一度も口にしたことがないので、フグに飽きそうだと肩を竦めるように言外に告げた美鶴に対しても、少しばかり思うところがあった。

 それが嫉妬だと気付いていない少年らは、やや言葉に棘を持たせながら会話を続ける。

 

「俺たちでは一生味わえそうにない感覚だな」

「ああ、飽きる以前にフグなんて食ったことねぇしな」

 

 俺たちとお前は住む世界が違う。暗にそれをアピールしながら、男子二人が一人の女子を仲間外れにしているという状況は、かなり子供染みていて、この場に美紀がいれば二人の頭をお盆で叩いて激怒しているところだ。

 けれど、人と少しずれた感覚の持ち主である美鶴は、男子らの小さな意地悪にも気付かず、綺麗な微笑を浮かべて二人にあることを告げた。

 

「ん? 君たちの器の右端に並んでいるそれはフグだぞ。一般的に冬が旬と思われているが、種類によっては春から初夏までが産卵期であったりするからな。この店では夏フグも提供しているんだ」

 

 美鶴が話し終わるかどうかのタイミングで、荒垣は既に言われたフグの握りを箸で掴んでいた。

 透き通るような透明感のある白さでありながら、しっかり噛み切ることも出来るギリギリの厚さに下ろされた身の上には、鮮やかな色のもみじおろしが存在感を放っている。

 

「……悪ぃな、アキ。俺は一足先に大人の世界に突っ込むぜ」

「ま、待て! 早まるな、シンジ!」

 

 上から順番に食べていた真田はまだそこまで辿りついていないので、ランダムに食べていた荒垣の方が当然、先にフグを味わうことになる。

 幼馴染に先を越される悔しさと、誘惑に負けてここで順番を変えるかという二択で本人は悩んでいるらしいが、食通でもある荒垣は、真田の声など全く耳に入らないほど意識を味覚に集中していた。

 ここまでムラサキウニやスズキ、イワシにカツオなど、どれも旬と思われるネタの寿司を食べてきた。

 その全てが荒垣の想像を超えた味で、今まで自分が食べてきた寿司は素人が握ったのではないかと正直思ったくらいである。

 実際、回転寿司やスーパーでは、素人どころか、寿司ロボットがせっせとシャリを生産し、それにパートやバイトの人間がワサビを付けてネタと合わせているので、荒垣の想像は当たっていたりする。

 けれど、老舗の寿司屋と回転寿司では、客層や顧客ニーズが異なっているため、一概にどちらが優れているとは言えない。

 しかし、少年らにとって一生のうちに一度でも食べられれば幸運だと思っていた食材が、さらに高級な『回らない寿司』として現れたのである。

 本日食べた寿司はどれも想像を超えた味だったため、これで期待しない方が嘘だろう。

 騒ぐ幼馴染を無視し続け、しっかり見た目も楽しんだ後、荒垣はゆっくりフグ握りを口へと運んだ。

 

「……んだよ、夏でも王様じゃねぇか」

 

 言われてみれば、成程、冬の味覚の王様と呼ばれるのも納得がいく。何せ、相手は夏でも確かにキングなのだから。

 あまりの美味しさに知らず口元が緩んでいる荒垣を、傍に居た二人は頭上にクエスチョンマークを浮かべて眺めているが、今の荒垣にはそんな物はまるで気にならなかった。

 弾力のあるプリッとした食感、ピリッと辛みの利いたもみじおろしがアクセントとなり、噛んでいても飽きがこず。むしろ、このまま弾力が消えるまでずっと食べていたいとすら思える。

 こんな美味しい物に飽きそうになるとは、これ以上に美味しい物を知っているのか、もしくは、美鶴の舌がお子様で味を理解できていないからだと荒垣は感じた。

 そうして、じっくり咀嚼を続け、名残惜しいが最後にごくりと飲み込むと、人生初体験のフグの余韻を味わいながら、美鶴の淹れてくれた少し濃いめの緑茶で一息つく。

 

「はぁ……フグ、良いもんだな。大金払ってでも大人が食いに行きたがる気持ちが、今ようやく分かったぜ」

「気に入ったのなら何よりだが、君たちはフグを食べたことがなかったのか?」

 

 美鶴は二人もよりも量の少ない握りを食べていたようで、完食してお茶を啜りながら荒垣に尋ねる。

 尋ねられた相手は、自分の独り言に返事をされると思っていなかったらしく、少し驚きつつも食事を続けながら、美鶴が何故自分たちもフグを食べたことがあると思っていたのか問い返す。

 

「逆に、お前はなんで俺らが食べたことがあると思ってたんだ?」

「真田の妹さんがいるだろ。彼女は部の課外活動で天然フグを食べていたようなので、君らも食べていると思っていたんだが、どうやら私の思いこみだったようだな」

『……は?』

 

 まさかの返答に固まる二人。真田も荒垣も、美紀というより美術工芸部の面々が、たまに課外活動と称して休日に出掛けていることは知っていた。

 けれど、活動内容は美術館や博物館巡りであったり、ゴールデンウィークに行っていたサクランボ狩りのような事も極稀にしているくらいで、基本は芸術鑑賞のような事だと認識している。

 それがどうすれば、天然フグという高級食材を食べることに繋がるのか不思議でならない。

 何より、妹が自分に部のことを話していなかったという事が信じられず、真田は明らかに動揺しながら口を開いた。

 

「ま、待て。俺はそんな話を聞いてないぞ」

「冬の話しだからな。有里と君が疎遠になっていたこともあって、妹さんも気を遣ったんじゃないか?」

「有里も一緒だったのかっ!?」

 

 信じられない。そう言いたげに目を大きく開いて、急に立ち上がる真田。

 美鶴は相手が突然大きな声を出して立ち上がったことに驚いたらしく、肩をびくりと揺らして真田をジッと見ている。

 だが、やけに相手がギラギラとした疑いの視線で見返してきているため、フム、と少し考えてから、

 

「待っててくれ」

 

 と言い残し、席を立って階段を上がって行ってしまう。

 それから三分ほど待つと階段を下りてくる足音が聞こえ、何やら分厚いファイルを持った美鶴が現れた。

 テーブルに戻ってきた彼女は、自分の席にあった寿司桶を横にどけると、二人に見えるようにファイルを開いて中身を見せる。

 そこに収まっていたのは、美術工芸部の女子らの写る写真と課外活動における報告書であった。

 

「これは去年の彼らの活動報告をまとめた物だ。本来は学校に保管しておくんだが、報告書として非常に素晴らしい出来でな。私も参考にさせてもらうため、特別に許可を貰って持ち帰らせてもらっている。そしてほら、これが言っていたフグを食べたという証拠だ」

 

 言って美鶴が開いたページには、美術工芸部のメンバーと引率の佐久間と櫛名田で一泊旅行に行ったことが書いてあった。

 夕食には下関でフグを食べたらしく、美紀もゆかりに腕を掴まれて、フグ刺しを贅沢に大皿半周分取らされている写真もばっちり残っている。

 別の写真では、ポン酢の入った小皿に山盛りになったフグを前に、写真でもはっきりオロオロとしている事が分かる美紀の姿が中々コミカルだが、寿司一貫のフグに騒いでいた事に妙な敗北感を覚えた荒垣は沈黙していた。

 しかし、真田の方は自分の妹が湊と一緒に旅行に行っていた事が許せないらしく、生徒会長である美鶴に抗議の声をあげる。

 

「何故、有里も一緒に行かせたんだっ」

「生徒会に提出された報告書を見る限り、基本的に彼らの課外活動は、彼が計画しているようだしな。どう考えても部の予算で賄える額を超えているし。部員らが会費を払っている様子もないので、多分だが、費用は彼が個人で負担しているんじゃないか? それで本人に行くなと言うのもおかしいだろう」

 

 一泊する旅行自体はこの冬の一回だけで、他は全て日帰りとなっている。

 だが、美術工芸部に配分された予算は、基本的に画材道具などを買い集めることでほぼ使い切っていたはずだった。

 発足されたばかりだったので、足りなくなっても申請すれば追加予算もいくらか払われることになっていたにも関わらず、去年は、最後までそんな申請はなされていない。

 それで二ヶ月に一度は必ず課外活動を行い、冬には夕食だけで十万円を超える旅行を行うなど不可能。

 ならば、どこからその資金が出ているかを考えたとき、引率の教師がポケットマネーから出していないのであれば、これは立案者が自費で賄っているとしか思えなかった。

 私立への進学を考えて学費等を準備していたのであれば、全額免除となって浮いた分から払う事は出来るだろう。

 そう考えることで資金の出所を納得していた美鶴は、金を払っている人間が参加することの何が悪いのかと真田に聞き返した。

 しかし、それでも妹の身の安全から納得出来ない真田は、自身が心配に思っている事を素直に叫ぶ。

 

「美紀が襲われたらどうするっ!」

「……引率に教師が二人いる上に、参加メンバーには彼の家族もいる。そんな状況で不埒な真似などするはずないと思うがな。さらに言うなら、女性陣は旅館の同じ部屋に泊まっているが、彼は一人で別の部屋に泊まっている。君の考えは杞憂だ」

「一人で、別の部屋?」

 

 てっきり同じ部屋に泊まっているとばかり思っていた真田は、湊が一人で別の部屋に泊まったと聞いて、ようやく冷静さを取り戻す。

 相手が冷静さを取り戻したことで、今なら話しも聞くだろうと、美鶴は聞き返してきた相手に頷きながら、妹のことになると少々過剰に反応する真田を諌めておく事にした。

 

「ああ。食事は一緒に取っていたようだが、その後は部屋に帰って翌朝まで誰とも会っていない。思い出作りに金銭の話しはしたくないが、君の妹も含めて部員らを楽しませるため、彼は総額数十万を個人で負担している。部屋もわざわざ別に取ったのだから、これ以上を求めるのなら君が払うべきだ」

 

 文句があるなら金を出せと言われても、今までは親から貰った小遣いで過ごしてきた真田に、そんな数十万などパッと出せるはずもない。

 今後は、特別課外活動部に協力すれば、危険手当と出来高で報酬を桐条グループが払ってくれることになっているが、まだ何回か召喚しただけでへばってしまうため、その稼ぎも当分宛てには出来ないだろう。

 

「……まぁ、同じ部屋に泊まらず、他の女子も多数いるなら少しは認めてやろう」

 

 そうして、まぁ、別の部屋ならば少しくらいは許してやるかと、冷静になった真田は小さく溢しながら食事を再開する。

 話しが一段落した事で、美鶴は汚さないうちにファイルを片付けに戻ったが、いつの間にか立ち直っていた荒垣が、話しを終えた真田にずっと気になっていたことを訊いてきた。

 

「そういや、何でまたお前は寮暮らしになったんだ? いくら特待生つっても、美紀と一緒にいることを優先すると思ってたんだが」

「ああ。まぁ、確かに美紀より優先することはないが、これも美紀のために必要なことでな。お前、深夜零時に変な体験をしたことはないか?」

「深夜零時に、変な体験だぁ?」

 

 問われた荒垣は湯呑みに手を伸ばし、熱いお茶を飲みながら深く考え込んでいる。

 突然、こんな変な質問をされれば、何の話しだと聞き返すところだが、真田は自分の命よりも大切な妹のためだと言った。

 ならば、この質問にもしっかりとした意味があるのだろうと考え、茶化すことなく、真剣に何かあったか思い出そうとしてみる。

 

「ん? 荒垣はどうかしたのか?」

 

 ときどきお茶を飲み、さらに腕まで組んで考え込んでいる荒垣を見て、戻ってきた美鶴が真田に何かあったのか尋ねる。

 

「ああ、俺がここで暮らす理由を聞かれたんでな。深夜零時に変な体験をしたことはないか、少し聞いてみたんだ」

「っ……真田、この事は相手が家族や親友であっても軽々しく口にしないでくれ」

「まぁ、待て。こいつはガキの頃から俺と一緒にいるんだ。なら、同じように適性があってもおかしくないだろう?」

 

 鋭い視線で睨んでくる美鶴に、真田は笑いながら物は試しだと告げる。

 ペルソナの覚醒条件は未だ不明だが、確かに同じ生活環境にいた者ならば、通常よりもペルソナに目覚める可能性は高いかもしれない。

 真田もそう考えて話したようだが、身体測定等で行った適性の検査結果に目を通していた美鶴は、実際に荒垣もある程度の適性を有していることは既に知っていた。

 だが、彼はまだペルソナに目覚めるほど高い数値ではない。

 これが切っ掛けで完全に適性を有してしまい。真田が戦っているのなら、自分も戦うと無理矢理に力を引き出そうとしてしまえば、少し間違えればペルソナの制御を失うかもしれない。

 そんな事にならないよう、美鶴は数値が上昇してきている候補者であっても、一定のラインを越えた者以外には声を掛けないようにしていたというのに、どうして回りの男はこんなにも話しを聞かないんだと美鶴は頭が痛くなった。

 そして、ずっと考え込んでいた荒垣が、ようやく顔を上げて口を開いて来る。

 

「……変っつうか、夢だったかもしれねえ。だが、妙にリアルな夢でな。窓の外にデッケェ塔が見えたり、空が緑色っぽくなってる夢を何度か見たことがある。その夢で時計を見たら、深夜零時頃だった気がするが、何か関係あるか?」

「ああ、まさにそれが理由だ! 聞いたか桐条っ。やはりシンジにも適性があったんだ!」

 

 親友にも自分と同じように適性があった。それはつまり、彼も自分たちの仲間になるという事だ。

 それが余程嬉しいのか、真田は美鶴の気も知らずに、瞳を輝かせて早速仲間に誘おうと訴えかけてきている。

 自分の話した変な夢のことで、真田がどうしてここまで喜んでいるのか分からない荒垣は、美鶴とは違った意味で置いてきぼりをくっている状態だが、美鶴が話さなければ、そのときは真田が勝手に話してしまうだろう。

 にわか知識というのは恐ろしい物で、それが原因で二人の身に危険が及んでも大変だ。

 しょうがなく諦めた美鶴は、深い溜め息を一つ吐いて、真田に氷のような冷たい責める視線を時折送りながら、荒垣に説明する事にした。

 

「はぁ……まぁ、単刀直入に言うと君が体験したそれは夢ではない。同じ現象を私も真田も実際に毎日体験しているんだ。名前は影時間。毎日深夜零時に約一時間ほど発生する非日常だ」

「あぁ? かげ、じかんって、何だそりゃ。何でンなもんがあんだよ?」

「七年ほど前に起きたポートアイランドインパクト。あの事故が原因で発生するようになったらしい。その影時間にはシャドウという異形の化け物が現れ、影時間に迷い込んだ人々を襲う。シャドウに襲われた人は最悪殺され、運がよくても心を食われて無気力症になってしまうんだ」

 

 突然の話しについて行けていないようで、荒垣は見るからに何を言っているんだコイツはといった表情をしている。

 けれど、幼馴染が御令嬢に何も言っていないので、もしや、新手の宗教か何かに勧誘され、一時余裕を無くしていた真田は嵌ってしまったのではとすら考えていた。

 

「シャドウには通常兵器が効かない。倒すにはペルソナという力に目覚めなければならない。ペルソナを手に入れる事が出来れば、生身だろうと補整が付与されてシャドウとも戦えるようになるんだ。そして、ここ巌戸台分寮は力に目覚めた者、目覚める可能性のある者たちを集めた特別組織の基地という訳だ」

「……アキ、まさかこんな話を信じてんのか? 化け物を不思議な力でぶっ倒して人を救う。確かにそりゃ格好良いかもしれねぇが、ヒーローごっこに憧れるにしても限度があっぞ」

「君が信じないのも無理はない。だが、こちらには直ぐにでもペルソナを見せる用意がある。ロビーでは外から見えるかもしれないからな。真田、君の部屋で見せてやるといい。実際に見て、存在すると理解してから、さらに詳しく話しをしよう」

「ああ、シンジ来てくれ」

 

 美鶴が指示すると、真田は直ぐに席を立って荒垣を自室へ来るよう誘った。

 既に食べ終わっていたことで、荒垣も渋々ついて行ったが、実際にペルソナを見れば直ぐにでも信じるようになるだろう。

 残った美鶴は空になった寿司桶を重ねて、お茶を新たに淹れるためにキッチンへお湯を沸かしにゆく。

 

(まぁ、仲間が増えるのはいい事か。当分は訓練ばかりで実戦は行わないんだ。それまでに、彼も適性が伸びればいいだけだ。何も問題はない)

 

 ペルソナの暴走は、召喚者自身にも危険が及ぶ可能性が指摘されている。

 自分たち桐条の尻拭いに協力してくれる者たちを、そんな目に遭わせたくはない。

 同じペルソナ使いになったとしても、最も経験を積んでいる自身が、二人を指導する立場になろうと決心した。

 先ほどまでは真剣な表情で、肩にも力が入っているようだったのに、お茶を淹れなおす美鶴はいつの間にか口元を綻ばせている。

 新たに仲間が増えることを密かに喜んでいた美鶴は、ばたばたと走って戻ってくる二人が、どうすれば理解しやすいだろうかと考えながら、お茶をテーブルまで運ぶ。

 そうして、新しいお茶と共に戻ってきた二人を迎えると、詳しい説明と荒垣の入寮についてを話し。相手が仲間になることを承諾した翌日、すぐに男子寮から分寮への引っ越しを済ませ。

 夜には、歓迎の意味も込めて、都内のフグ料理専門店へと二人を連れて行ってやったのだった。

 

 

 

 


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