【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第七十四話 誕生日会

8月12日(土)

朝――チドリ私室

 

 一学期が終了し、現在は夏休みの真っ最中。

 しかし、山の上という少し高い場所にあり、風通しもよい桔梗組では、窓を開けていれば昼頃まで冷房をつけずとも快適に過ごす事が出来ていた。

 九時ごろまで惰眠を貪っていたチドリは、寝ている間に(はだ)けたのか、胸元が見えてしまっている随分と色っぽい姿で目を覚まし、のそのそと緩慢な動きで身体を起こした。

 

「んー……はぁ」

 

 寝ている間に固まった身体を解す様に大きく一度伸びをする。

 起きて直ぐに伸びをするかどうかで、背丈の成長にも大きく影響があると言われているが、現在身長153センチのチドリとしては別に長身でなくとも構わないと思っているため、単に本人の気分でそのような事をしていた。

 しかし、伸びをしても直ぐには目が覚めないのか、ベッドに座ったまましばらくぼーっとしている。

 そうして、三分ほど経ってようやく周囲を見る余裕が出来たのか、チドリが自分の部屋の学習机の方に視線をやると、そこには全身黒づくめの服を着た湊が座っていた。

 どうして部屋主が寝ている間に入ってきているのか。その服はどういった趣向の戯れなのか。

 色々と聞きたい事はあるが、徐々に覚醒しつつあるチドリに相手も気付いたようで、読んでいた本から顔を上げ、視線をチドリの顔よりやや下に落として話しかけてきた。

 

「……襟元、乱れてるぞ」

「……え?」

 

 言われてチドリは自分の服装に目を向けた。

 帯は解けていないが、浴衣の前が大きく開いており、発展途上のなだらかな双丘がほとんど見えてしまっている。

 着物や浴衣を着る時には和装下着を身に付ける事にしているが、寝ているときには苦しいからと付けないようにしていた。

 そんな状態で、胸が見えているということは、当然、双丘の山頂までも相手は目にしている訳であり。その事実に気付いたチドリは、直ぐ様襟元を正して、耳まで真っ赤にしながら湊に渾身の飛び蹴りを見舞っていた。

 

***

 

 顔を洗い、歯を磨き、髪を梳かし、着替えなどの身支度を済ませると、鵜飼と渡瀬は仕事で出ているため、チドリは湊や桜と一緒に朝食を摂っていた。

 しかし、普段は湊の隣に座っているというのに、今日は湊の正面にいる桜の隣に座って距離を取っている。

 原因は先ほど胸を見られたことであり、年頃の女子ならば、恥ずかしさからこういった態度をとるのも当然と言えた。

 むしろ、同じ食卓を囲めているだけマシな方だろう。これが真田兄妹であれば、美紀は兄としばらく顔を合わせずに、食事の時間もずらしているところだ。

 だというのに、久しぶりに帰って来た家族への気遣いで、耳を赤くしたまま羞恥に耐えている少女の気持ちもどこ吹く風と、見た張本人は普段通りの様子で黙々と箸を進めており。

 母親役である桜もどのように慰めればいいのか分からないようで、どうにも異様な朝食風景となっていた。

 しかし、自分がこれだけ我慢しているというのに、相手の態度があまりに普段通り過ぎることが気に触ったのか、堪えきれなくなったチドリは小さく呟く。

 

「……変態性食者」

「……この司祭服(キャソック)はイリスの悪戯だ。夏祭りの会場が神社だと伝えたら喧嘩を売ってこいと言われた」

 

 全身黒づくめの湊の服、それは上着が足の付け根辺りまでの丈をした、改造されながらもシンプルな司祭服であった。

 普段巻かれているマフラーはケープとなり、ご丁寧に首からは金色のラテン十字を下げ、世捨て人な雰囲気も相まって厳粛な『聖職者』のようにも見える。

 相手がそんな服装をしていたからこそ、チドリも『聖職者』に掛けた同音の蔑称を付けたのだが、言葉の音だけで字面が分かる訳もなく、湊は桜の隣にいるチドリに視線を向けて返した。

 だが、そんな服装の説明などどうでも良くなっているチドリは、構わずに不満を相手にぶつけ続ける。

 

「勝手に部屋に入ってきて、人の胸を見ておきながら謝りもしないとか非常識」

「……何度も謝っただろ」

「誠意が感じられない」

「そういう顔付きなんだ」

 

 確かに、湊はチドリに言われるまでもなく、既に五回以上謝罪の言葉を述べていた。

 変な言い訳もせず、どこまで見えていたか聞かれれば、「完全に」と答える正直ぶりである。

 けれど、そこは嘘でも良いから角度的に見えていなかった、と返して欲しかったのが乙女心。

 チドリは湊が中性であることは聞かされていないが、女性としての思考も出来るはずの湊が、今回どうして相手の気持ちを汲んでやれなかったのか。

 それは、正直に答えて謝ることこそが誠意であると考えて行動したためであった。

 湊のその想いが今回は裏目に出ただけで、決して、口だけで謝って許して貰おうとした訳ではない。

 朝食の準備を終えるまでに、傍らで理由を聞きながら事態の動向を見守っていた桜も、その点は理解しているので、湊がチドリに反論しても何も言わなかった。

 もっとも、桜がここで仲介して話しを収めなかったために、へそを曲げてしまっているチドリによって会話は徐々に脱線を始める。

 

「クマモンが言ってたけど、貴方、胸が大きい人が好きなんだってね。悪かったわね、小さい胸なんか見せて」

「いや、別にそんな性的嗜好は持ってない。それにチドリの発育は中学生なら普通くらいだろ」

「発育って……女子たちを見ながら、普段からそんなこと考えてたの?」

「なんでそうなる。そもそも、俺はアナライズで数値も知って……」

 

 言いかけている途中でチドリが怒り形相に変わっていたため、湊は最後まで言い切らずに言葉を止めた。

 索敵とアナライズはチドリのメーディアも使う事が出来る。むしろ、その能力に関してはチドリの方が先輩だ。

 けれど、チドリが生体反応を感じ取るタイプの能力者であるのに対し、湊は自分の知覚を拡張してゆくタイプなので、その機能にもいくつか差異があった。

 チドリのアナライズに対象の身体情報の数値を読み取る機能など存在しない。

 今までチドリが気付かなかったのは、相手の能力との差異を気にしていなかっただけであり、気付いてしまえば怒らずにはいられない。

 身長と体重だけならば許せたが、スリーサイズまで知られていると分かれば、女子ならば当然の反応だろう。

 湊も自分が口を滑らせたことに気付いたのか、立ち上がって跳躍してきたチドリの蹴りを素直に受けることにした。

 

「この変態っ!」

「うぐっ!?」

 

 浴衣から覗いた、透き通るような白い肌のしなやかな足から繰り出された蹴りを受けた湊は、全く踏ん張りもしなかったため、畳を転がりながら三メートルほど移動する。

 無抵抗を貫く湊へさらなる追撃をしない辺り、チドリも相手に悪気や下心があって身体情報の数値を読み取っていた訳ではないと理解しているのだろう。

 そうして、僅かな思いやりを残していたチドリによって、不幸な事故から始まったいざこざは、この一撃を罰とすることで幕引きとなったのだった。

 呼吸を整え、自分の座布団へと戻って朝食の続きを食べるチドリ。

 一方、畳の上で仰向けに倒れていた湊は、よろよろと起き上がって同じように席に戻ると、食事を再開した。

 何とも不思議な喧嘩の終わり方だが、当人同士がそれで良いのなら自分は何も言うまい。そんな風に思いながら、桜は湊の茶碗にご飯のお代わりをよそって手渡した。

 それが終わるのを待ってから、味噌汁を啜っていたチドリは、お椀から口を離して湊に話しかける。

 

「……そういえば、何で部屋にいたの?」

「起きて直ぐに誕生日プレゼントを渡すつもりだったんだ。まぁ、色々あって流れたけどな」

 

 そういって最後に自嘲的な声色で小さく漏らしながら、湊は湯呑みに口を付ける。

 チドリの私室にいた理由を話した本人は、自分の用事を未だに済ませていないことを苦笑しただけで、相手に嫌味を言ったつもりはないのだろう。

 それを理解していながら、久しぶりに会ったことで構って欲しいのか、敢えてチドリは嫌味を言われて拗ねたように言い返す。

 

「得したでしょ。学校のやつらなら悔いなく死ねるくらいよ」

「そうか。……ありがとう?」

「なんで、疑問形でお礼なの?」

「他の人間は悔いなく死ねるんだろ。なら、感謝するのが正解かと思ったんだが、正直、感謝が正しいのか悩んだ。まぁ、確かに綺麗だったよ」

 

 珍しい事に、湊は美しい微笑を浮かべそんな事を言ってのける。対照的に、言われたチドリは再び耳まで真っ赤にして隣にいた桜の膝に顔を埋めて抱き付いた。

 もしや、湊はわざとやっているのではないか。そう思いたくなるほど、自分が見た事をはっきり認めた上であっさり褒めてくる。

 褒められて嫌な気はしないので、嬉しい事には嬉しいのだが、多感な時期だけあって、喜びよりも羞恥が勝ってしまう。

 流石にこれ以上はチドリが可哀想だと思ったため、桜はチドリを抱きしめたまま別室へ連れてゆくと、不思議そうに食事を続けていた湊の元に一人だけ戻ってきた。

 そして、隣に座り真っ直ぐ湊を見つめながら、どこか困ったような怒り辛そうな雰囲気のまま、最後には真剣な瞳でもって窘めてくる。

 

「あのね、みーくん。女の子は男の子に裸を見られると、それが家族相手であってもとても恥ずかしいの。ちーちゃんもそれは一緒で、綺麗って言われて嬉しかっただろうけど、やっぱり恥ずかしさに耐えられなかったみたい。だから、今度からは素直な感想を抱いても、当たり障りのない言葉で濁して別の話題にしてあげてね」

「……わかった」

「うん、お願いね」

 

 ある一定の人格者に対しては湊も素直なものだ。しっかり、こくこくと頷いて返し、今後は発言等にも注意しようと考えている様子も確認出来る。

 色々と海外で危険な事をしているとイリスから報告も受けているが、基本的な善性は変わっていない事を確認できて、桜も嬉しそうに顔を綻ばせた。

 その後、結局、チドリは心の整理に時間が掛かるからと戻って来ず。傍らで桜に見られながら食事を続けた湊はご飯三合と用意されていたおかず類を完食した。

 そして、部活に行く時間だからとチドリが制服に着替えて部屋から出てくるまで、居間で医学書を読みながらゴロゴロと過ごし、二人は揃って学校へと向かうため家を出た。

 

昼――美術工芸部部室

 

 今日はチドリの誕生日であり、長鳴神社の夏祭り初日でもある。

 そのため、部活メンバーらは夕方頃まで部室でチドリの誕生日を祝い。一度帰宅して着替えてから、第二ラウンドとして夏祭りに行く計画を立てていた。

 もっとも、着替えるメンバー内で一人だけ隣の市に住んでいるチドリは、家に帰ってから巌戸台に戻ってくるのでは時間が掛かり過ぎてしまう。

 他の者の家や部屋で着替えさせて貰うことも考えたが、最終的に荷物を置いておける場所としてバイト先である古美術“眞宵堂”で着替えることを選んだ。

 祭りで着る浴衣を眞宵堂に置いてからやってきた二人が部室に入ると、先に集まっていた他のメンバー+佐久間と櫛名田の視線が集まる。

 クラッカーを手に持っていた事から、来るのと同時に「誕生日おめでとう」と祝いの言葉をいうつもりだったに違いない。

 けれど、主役のすぐ後ろにいる少年の服装が、どこから突っ込めば良いのかというほどツッコミ所があり過ぎるせいで、一同は微妙な表情で固まってしまっていた。

 他の者たちのそんな様子に構わず、部室に入った二人は適当な場所に荷物を置いて、部屋の真ん中に置かれた料理の並ぶテーブルへと進む。

 上座はチドリが、下座には湊がそれぞれ座り終えたところで、湊の斜め右に座っていたゆかりが口を開いた。

 

「ひ、久しぶり。えっとぉ……改宗したの?」

「いや、神社の祭りに行くなら喧嘩を売ってこいと、知り合いに着せられたんだ」

「へ、へぇー。まぁ、似合ってて、その、格好良いと思う、よ?」

 

 明らかに引き攣った表情で服装を褒めてくるゆかり。

 異様に伸びる速度が速く、もうすぐ腰に届きそうな長髪は縛りもせずに垂らしたままで、瞳は普段通りの何の感情も籠もらない金色。

 それが湊から現実感を奪う要因となっているため、日本では馴染みのない司祭服と組み合わせれば、純粋なルックスの良さに神秘性を付加させることとなり、ゆかりの言う通りに不思議な魅力を放っていた。

 だが、本人は何度も着替えるのが面倒だからと、制服に着替えずにやってきただけに過ぎない。

 なので、一応、礼は返したものの、自分のことは気にせずチドリを祝ってやれと皆に視線で促した。

 他の者もそれで再起動を果たし、湊からチドリの方へ向き直ると、テーブルの料理にゴミが入らないよう気を付けながら、手に持ったクラッカーを鳴らす準備をした。

 

『Happy Birthday to You, Happy Birthday to You』

 

 続けて、佐久間が櫛名田と共に作ってきたホールケーキのロウソクに火を灯し、「せーの!」の掛け声で定番のバースデーソングを歌い出す。

 

『Happy Birthday, Dear Chidori, Happy Birthday to You』

 

 そうして、全員での合唱が終わると、チドリは深く息を吸い込み、自分の前に置かれたケーキに灯ったロウソクの火を一息で吹き消した。

 

「すぅ……フゥッ!」

『誕生日、おめでとうー!』

 

 見事一発で全てのロウソクを吹き消すことに成功した途端、全員が口々に祝いの言葉を述べてクラッカーを鳴らした。

 カラフルな紙吹雪とテープを頭から被り、少し面倒そうにしながらも、チドリも祝って貰っていることに感謝しているようで、素直に「ありがとう」と言って他の者に手伝って貰いながらそれらを取り除いている。

 去年は風花が父方の実家に帰っていたこともあり、どうせ翌日の祭りで会うからと、祝いのメールは受け取りつつも誕生日は家族だけで祝った。

 だからこそ、こういった友人たちにして貰う誕生日パーティーが初体験だったチドリは、表情にこそ出していないが、内心ではそれなりに喜んでいるようだ。

 

「さーて、ケーキは最後に食べるから一回仕舞っておくね。部室の飾りつけは岳羽さんと山岸さんにお願いして、料理は先生たちと真田さんでほとんど作ったんだ。味は大丈夫だと思うから、ジャンジャン食べちゃって!」

「今日の主役はお前だからな。料理もこっちで取ってやろう。ほれ、どれが食べたい?」

 

 席はチドリから見て右斜め手前から順に佐久間と櫛名田が座り。左斜め手前から奥に向けて美紀、風花、ゆかりの順で座っている。

 テーブルはどこからか持ってきた大きな長方形タイプで、湊が大食いなこともあり、敷かれた白いテーブルクロスの上には、十人前は優にあるであろう料理が所狭しと並んでいた。

 それだけに、遠くにある料理は届かないだろうと、風花と美紀がコップにドリンクを注いでいる間に、櫛名田が取ってやろうと欲しい物を尋ねてきた。

 並んでいるのは、ピザやフライドポテトと言ったパーティーの定番物から、シソや大根の入ったさっぱりとしたサラダ、手鞠寿司、だし巻き卵など、中華を除いた様々な種類の料理たちだ。

 中華料理が無いのは、教師二人も大人の女性として、男子生徒に実力で負けている分野の物は作りたくなかったのだろう。

 桜や鵜飼の知り合いの料亭での指導により、和食も中華同様プロ級の腕前を持つ湊だが、和食の中でも家庭料理ならば家の味として競わずに済むため、そちらは気にせず作ったらしい。

 櫛名田に言われてテーブルの上を眺めていたチドリは、自分が最初に食べなければ他の者が食べ始められないと思ったため、どうせ後でお代わりすれば良いと簡単に何種類か決めた。

 

「じゃあ、サラダとピザと煮込みハンバーグ」

「ドレッシングはいるか?」

「梅ドレッシングで」

「ん、わかった。……ほれ、好きなだけ食べろ」

 

 料理の盛り付けられた紙皿を受け取り、自分の前に置かれていた割り箸でハンバーグを一口大にして口に運ぶ。

 夏で冷房の効いた部屋に置かれていた料理だというのに、料理はまだ温かいままで、口に運んで一度噛むだけで酸味の利いたトマトソースの味とジューシーな肉汁が口一杯に広がった。

 チドリもレシピがあれば簡単な物は作れるが、このレベルに達するにはレシピ通りに作っていても無理だろう。

 そんな風にやや屈折した思考で、教師らと美紀の腕前を認めながら、口の中の物を呑みこんだチドリは一言感想を述べた。

 

「……美味しい」

「フフッ、お口に合って良かったです。まだ沢山ありますから、チドリさんも有里君もいっぱい食べてくださいね」

「ええ、どうもありがとう」

 

 煮込みハンバーグを作ったのは美紀だったようで、チドリが素直に美味しいと言った事で、安心したようにホッと息を吐いている。

 主役が料理に手を付けたなら、続けて他の者たちも各々好きな物を皿に盛って食事を開始する。

 これだけあっても誰も残ることを心配して無理をしないで済むのは、誰も湊が満腹で苦しそうにしているのを見たことがないからだ。

 学校へ来る三時間程前まで一人で米三合と大量のおかずも食べていたというのに、ここでも気にした様子もなく食事をしている湊に、本当に限界などあるのだろうか。

 心の中でそう思いながら、チドリは自分のために作って貰った料理に舌鼓を打った。

 

「そういえば、有里君はもうチドリにプレゼントは渡したの?」

 

 しばらく料理の感想を言い合いながら食事を続けていると、ゆかりが湊に話しかけてくる。

 今日は、この後にお祭りにも参加するという事で、チドリへのプレゼントは誕生日パーティーで渡す事になっている。

 けれど、帰りの荷物を増やすのも悪いと思って、もしや家で渡しているのではないかと思い、ゆかりは湊に尋ねたのだ。

 聞かれた湊は、ゆかりに紙皿を渡して離れた場所の料理を取って貰いながら、質問に素直に答える。

 

「いや、渡そうと思ったけど、ごたごたがあって結局渡せてない。まぁ、持って来てないから渡すのは帰ってからだな」

「そっか。有里君って珍しい物くれるから、チドリも楽しみだね」

 

 去年の自分らの誕生日のことを思い出しながら、ゆかりは湊に皿を渡しつつチドリに笑いかけた。

 この場に居るメンバーはほぼ全員が秋と冬生まればかりだ。

 唯一の例外は夏生まれのチドリで、今の戸籍で四月生まれとなっている湊も元々は秋生まれである。

 そちらの誕生日を基準に考えれば、早い順に十月生まれはゆかりが十九日、湊が二十五日、その一日違いで美紀が二十六日。少し飛んで風花が十二月二十二日。年を明けて櫛名田が一月六日、佐久間が二月二十七日といった具合だ。

 湊は実にマメな性格で、そのメンバー以外にも高等部一年になった時任亜夜やアイギスの人格形成プロジェクトに参加していた水智恵、マリアたち元被験体の女子らにも、しっかり誕生日祝いとして贈り物をしていた。

 去年の誕生日にゆかりが湊から貰ったのは、湊作のウサギの編みぐるみ+同じピンク色のベルトをしたカルティエのパシャCという時計で、2003年クリスマス限定モデルだったのだが、貰った本人はそんな詳しい事は知らず、色とデザインが気に入っているからと今でも愛用している。

 因みに、美紀にはパンダの編みぐるみ+茶色いベルトのティファニーの時計、風花にはビーグル犬の編みぐるみ+白いベルトのブルガリの時計など、他の女子にも自作の物と一緒に差を付けないようそれなりの物を贈っている。

 ブランドにも詳しい教師陣からすれば、入学祝いに最初から高級時計をつけていたチドリも含め、どうしてこの部活メンバーは自分たちよりも良い時計を付けているのかと落ち込んだりもした。

 また、身に付けている本人たちが、貰った物の価値を理解していないことも悩みの一つとなっていた訳だが、そういう二人も、湊から誕生日にはブランド物のバッグやパンプスを買って貰っているので、現在ではあまり気にしていなかったりもする。

 そういう経緯があって、最近では湊が海外にいたことで、また珍しい物を買ってきている可能性がありそうだと言った訳だが、サラダを食べていたチドリは気にせず答えた。

 

「ちゃんと考えて選んだのなら、貰う側だし割と何でもいいわ。まぁ、良識の範囲内っていう制限は付くけど」

「良識の範囲内って、例えば、なんだったらアウトなの?」

「例えば? そうね。送り主を湊に限定するなら、下着とかは貰っても困るわね。一体どうやってサイズを知り得たのかっていうのも気になるし」

 

 最後の部分だけ声のトーンが僅かに下がり、普段の数割増しで視線に力が籠もった状態でチドリは湊を見つめた。

 他の女子はチドリの変化に気付かず、確かにそれはそうだと同意して苦笑しているが、見つめられた湊だけは食事を続けながらも視線を逸らしている。

 確かにこの場でチドリの口から、湊が全員の身体データを知っていることが暴露されれば、今後の活動にもかなり影響が出るに違いない。

 最低でも、風花との『女教皇コミュ』、ゆかりとの『恋愛コミュ』、佐久間との『塔コミュ』、美紀との『星コミュ』がブロークンしかねず。そこからさらに、学校中に拡散すれば、高等部の亜夜の耳に入ったりもするだろう。

 別に嫌われること自体は慣れているので構わないが、方法を聞き出そうと付き纏われるのは鬱陶しい。

 他人が思っているよりもずっと優しいチドリが、そんな湊の不利に働くような事をするとは思わないが、それでもチドリにアナライズの機能がばれたのは迂闊だったと、口を滑らせた今朝の自分の愚かさを呪わずにはいられなかった。

 だが、不幸というのは時に続けて起こるものだ。

 

「ほわぁっ!?」

 

 もしも、学校の者らに事態がばれたときの解決法を考えていた湊は、現実世界の情報をどうやってかリアルタイムで把握出来ている者たちの事を思い出し。その内の最凶の姉妹にも自分のことがばれたことに気付く。

 普段のクールなイメージからは想像も出来ないような変な声を急に出したことで、他の者らの視線が集まっていることも構わず、今現在、自分が最もすべきことは何かを考え、立ち上がった湊は席を離れた。

 後ろでは佐久間たちが「どうしたの?」と心配そうにしているが、相手をしていられる余裕はない。

 二人同時か一人ずつか、それは相手の気分次第なので分からない。けれど、次に向こうに戻るためベルベットルームを訪れたとき、鍛錬という名目で自分が殺される確信があった。

 

(クソっ、早く電話に出てくれっ)

 

 他の者にEデヴァイスを使っているところを見られる訳にはいかない。

 そのため、緊急時には携帯で連絡が取れるよう、15ケタ以下と国際的に定められた電話番号計画を無視した、27ケタというかなりデタラメな番号を教えて貰っていた。

 携帯を取り出し、とりあえずエリザベスに電話を掛けた湊は、呼び出し音が五回を超えたところで、壁に突いていた手を焦りから強く握り締める。

 すると、八回目のコールに差し掛かった時、電話が繋がる際の「プツッ」という小さな音が聞こえ、受話器から目的の女性の声が聞こえてきた。

 

《はい。こちら、エリザベスでございます》

「エリザベス、聞いてくれ。悪気も、隠す気もなかったんだ。ただ、昔からそういう物だったから、ずっと気にせずいただけで」

《……一体の何のお話しでしょうか? ご説明いただかないことには、要領を得ないのですが》

 

 客人の周辺で起きた出来事は把握しているはずだが、エリザベスは本当に湊が何を言っているのか分からない様子の声で返してくる。

 知らないのなら好都合。余計なことは言わずに、隠し通せば生き残る道が拓ける。

 そう思いかけた瞬間、これが相手の用意したブラフならば、不安が消えて軽くなった心のまま向こうに帰ろうと部屋に着いたところをメギドラオンされるかもしれないと思った。

 シラを切ったことでさらに罪が加算される可能性すらある。

 浅はかな考えを持った湊は、その愚かな思考を振り払い、生き伸びるために必要なのは誠実さだと、直ぐに真剣な声で続けた。

 

「アナライズのことだ。鍛錬のときに三人に対して使ったことで、身体データを俺は知っていた。それを謝ろうと思って電話したんだ」

《はぁ、そうですか。しかし、身体データとはどういった物でしょうか? 別に自分の背丈を八雲様に知られたところで、私たちは気にしませんが》

 

 確かに力の管理者の姉弟の限らず、自分の身長を他人に知られても気にしないという者は大勢いるだろう。

 だが、湊のアナライズで知ることが出来るのは、たったその程度の情報ではない。

 

「身長だけじゃない。体重やスリーサイズも同時に把握出来るんだ」

《はて……申し訳ありませんが、よく聞き取れませんでした。ですので、もう一度、大きな声で、ゆっくりと言っていただけますか?》

「だから、俺はエリザベスたちの身長・体重・スリーサイズ等々を把握して……っ」

 

 ほとんど言い切ったところで、湊は自分の周囲の状況を思い出す。

 他の者が座っているテーブルは部室の中央に置かれているとはいえ、普通の教室よりも一回り小さな部屋だ。

 そんな場所で冷静さを欠き、相手の言う通りにゆっくり大きな声で話せば、当然それは他の者の耳にも届く。

 チドリは朝の時点で知っているから大丈夫だろう。

 櫛名田も面白がりはするだろうが、彼女は第三者の立場で見物する方が好きらしいので問題にはならない。

 佐久間は基本的に行動が読めないのでよく分からないが、しっかり説明して頭でも撫でてやればどうとでも出来る。

 問題なのは他の三人で、美紀と風花は距離を取るようになり、ゆかりは今朝のチドリのような対応を取ってくるに違いない。

 取り返しのつかない状況に陥ってから、自分がこうなるよう誘導されたことに気付いた湊は、今日は厄日だと内心で吐き捨てた。

 

「……お前、嵌めたなっ」

《まぁ、人聞きの悪い。私はよく聞き取れなかったので、もう一度しっかり聞こえるよう言ってくださいとお願いしただけでございます》

 

 確かにそうだ。エリザベスの言う通り、彼女は聞こえなかったから、ちゃんと聞こえるように言ってくれと頼んできただけだ。

 部室内で電話をしたのは自分で、まわりの状況の確認を怠ったのも自分。さらに言えば、能力について昔から伝えていれば、こんなややこしい状況にもなっていないはずだった。

 原因が己にあるだけに、何も言い返せない湊は、色が変わるほど拳を握りしめて震わせ。ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。

 

《ああ、言い忘れておりましたが、次の鍛錬のときには私と姉上の二人がかりでお相手いたします。久しく多対一ではしていませんでしたから、八雲様も新鮮な気持ちで臨めますでしょう?》

「……ああ、そうだな」

 

 エリザベスとの付き合いは長いので、声の調子から薄い微笑を浮かべていることがありありと想像できてしまう。

 しかも、その微笑は自身を嬲るのを楽しみにしているためだ。

 そんなドSな姉妹を相手にすることが確定した時点で、湊はファルロスに苦労を掛けると先に謝罪しておいた。

 一応、夢から現実に戻った際、肉体にダメージが残らないよう鍛錬を終えれば、鍛錬に参加していなかった姉弟の誰かが回復してくれる手筈になっている。

 けれど、今回は姉二人が同時に敵になるため、自身の失敗を痛みで覚える事もときには必要だと言って、テオドアに回復スキルを使わせない可能性がある。

 そうなれば、自分でも回復スキルを使いはするが、最低限動けるようになるところまではファルロスの蘇生や治癒に頼る事になる。

 治療のエネルギーは湊の生命力が使われるにしても、ファルロスも全く疲れない訳ではないので、唯一の友人へ心中での謝罪を終えた湊は、まだ繋がっている電話の相手へ低い声で呟いた。

 

「……そういえば、謝罪はもうしない事にした。そもそも、力を管理しているくせに、餓鬼の能力を防げない方が悪いんだ。姉の方にもそう伝えておいてくれ」

《……ええ、特別にハードな鍛錬をお望みだと伝えておきます。では、私も準備をする必要が出来ましたので、これで失礼させていただきます》

「じゃあな」

 

 静かに通話を切って、湊は最凶の姉妹との鍛錬で時流操作を使ってしまおうと決意した。

 自分の時の流れを周囲の数倍にして、あの美しい顔面にタナトスを部分顕現させた拳をしこたま叩き込もうと。

 そうして、一つの戦いに向けて覚悟を決めた湊は、続けて背後で待っている戦いにも心の準備をする。

 何を聞かれても正直に答える必要はない。風花や美紀には淡々とそれらしい理由を告げて、最後には情に訴えるのが有効だ。

 勝つ方法はないだろうが、無事にこの場をやりすごすくらいは出来るはず。湊は自分が仕事で得た技術と経験をフルに使う事に決め、振り返って自分の席に戻った。

 まず、他の誰かに話しかけられる前に自分から喋る事でペースを掴みたい。そんな思いから口を開きかけたところで、残念な事にチドリから声を掛けられた。

 

「墓穴、掘ったわね」

「……まぁな」

 

 やや楽しそうに不敵な笑みを浮かべているチドリに出端をくじかれ、自分を陥れようとする敵はこちらにもいたことに気付く。

 その間に何か聞きたそうな他の者たちの視線も集まり、やはり今日の自分は様々な不幸に見舞われる運命にあることを湊は悟った。

 

「有里君さ。もしかして、本当にチドリに下着を贈ったの?」

「……贈ってない。さっきも言ったがプレゼントはまだ渡してないんだ」

 

 チドリが先ほど下着を贈られても困ると言ったことが、現状を招いたことは明白だ。

 故に、ゆかりは呆れた顔で湊に尋ねたが、本当にそんな物を贈ったことはないので、湊はしっかり否定した。

 すると、今度はチドリの傍に座っていた美紀が質問をぶつけてくる。

 

「では、女性のスリーサイズを知っているという話しは? もしかして、お付き合いしてる方がいらっしゃったんですか?」

「いない。エリザベスはチドリに会う前に出会った古い知り合いで、今も親交が続いてるだけだ」

「その、エリザベスさんとは、有里君の絵に描かれていたヘッドフォンの女性のことでしょうか?」

「……何で絵の事を知ってるかは聞かない。ただ、彼女の名前はアイギスだ。エリザベスとは関係ない」

 

 絵の事を知っているか聞かないと言いつつも、湊はどうせチドリが見せたのだろうと想像出来ていた。

 栗原がわざわざ無関係の人間に見せる筈がないので、そもそも、美紀がそれ以外に知る方法はない。

 湊があの絵の人物の名を告げたとき、チドリが僅かに目を見開いていたことが気になるが、今度は風花がおずおずと質問してきた。

 

「えっと、その、有里君って女の人のスリーサイズとか興味あるのかな? あんまりそういうの想像が出来ないんだけど、エリザベスさんたちって言ってたから一人じゃないんだよね?」

「興味はない。ただ、そういった情報を知る環境にいただけだ」

 

 これは嘘ではない。湊が相手の身体データを把握したのは、鍛錬でアナライズを発動したとき、勝手に頭に情報として流れ込んできたためだ。

 邪まな思いで知ろうとした訳ではなく、むしろ、準中性である湊が考え方によっては同性とも言える相手のそういったデータに興味を持つ事など、よっぽどの理由がない限りあり得ない。

 しかし、そんな事は知らない風花は、どこか不安そうにしながらさらに質問を続けてくる。

 

「も、もしかして、私たちの情報は知らない、よね?」

「知ってるわよ。服の上からでも見ただけで身長・体重・スリーサイズに、その他諸々をおよそで計測できるのが湊の特技ですもの」

「そんな特技はない!」

 

 世の中の男子らが揃って欲しがるような、そんな夢の能力を特技として所持してたまるか。

 テーブルに手をついて立ち上がった湊は、自分の名誉を守るため、珍しくチドリに対して声を荒げて反論した。

 だが、驚いている女子たちとは対照的に、どこか状況を楽しんでいる様子の櫛名田が、ニヤニヤと口元を歪めて、ある問題を出してくる。

 

「第一問、四月に計測した岳羽の身長は155センチですが、では体重は何キロだったでしょうか?」

「44.3キロ」

「即答っ!? てか、細かっ、それになんで知ってんのっ!?」

 

 日本に戻ってきたことで気が抜けているのか、今日の湊は墓穴を掘るのが仕事らしい。

 身体測定の数値は小数点一ケタまで確かに記入されているが、身長ならばともかく体重について雑談する際に、わざわざ小数点以下の数値まで口にする者はいない。

 まして、それが知るはずの無い女性のものであるならば、尚の事、湊はそれを口にしてはいけなかったのだ。

 女性からの質問はなるべく答える癖が悪い方に働き、先ほどのチドリの言葉に真実味を持たせてしまった湊を、体重を暴露された少女が鋭い目つきで睨む。

 

「本当に見ただけで分かるの? こっそり、保健室に置かれた用紙を盗み見たとかじゃなくて? ってか、勝手に人の体重とか言いふらしたら絶交だから」

「……ああ、わかった」

「あ、見ただけで分かるって部分も否定しないんだ」

「否定しても信じないだろ」

 

 もう全てを話してしまった方が楽になる。そう思った湊は、不機嫌になっているゆかりの言葉を否定せず、深く息を吐いてからペルソナの部分を伏せて、どういった系統の能力かの説明を始めた。

 

「はぁ……絶対音感のように“分かってしまう”タイプの能力で、空間認識能力の延長だと思ってくれればいい。知っている事を黙っていたのは謝る。悪かった。だが、悪用する気も口外する気も全くない。勝手に知られている時点で気分は悪いだろうがそこは信じて欲しい」

「え、えっちぃのはダメだと思います……」

 

 説明を終えた湊に、今まで顔を赤くして黙っていた佐久間が小さな声で言ってくる。

 彼女は普段からいやらしい事は駄目だと言っていたので、いくら好きな相手だろうと、スリーサイズを把握されているのは恥ずかしかったのだろう。

 というよりも、この場で気にしていないのは櫛名田くらいのもので、湊から説明と謝罪を受けた他の者たちも、許してやりたいが複雑な心境でどう返していいか分からないといった様子だ。

 油断した湊が墓穴を掘り、それにチドリが乗っかってきたからこそ、こんな事態になっている訳だが、このままでは何も好転せず、微妙な空気のまま誕生日会が終わってしまうのは明らか。

 ならば、この状況を打破するには、彼女たちに今以上の衝撃を与えてやればいい。

 湊は深く悩んだ末に、これで相手もいくらか安心するのではないかという期待も込めて、自分の身体についての話しをする事にした。

 

「……一ついいか? お前たちは全員俺を男だと思っているだろう。だが、それは間違いだ。俺は半分女だぞ」

『……え?』

 

 最大級の秘密の一つを暴露すると、案の定、チドリや櫛名田も含めた全員が、何を言っているんだコイツは、という表情でポカンとしている。

 これで場の空気の流れは変わった。あとは、予定通りに証拠が存在する事も含めて、素直に話せばいい。

 

「岳羽、少し匂いを嗅いでみろ」

「ちょっ!?」

 

 そう考えながら湊は、一番近くに居たゆかりの手を引っ張って自分の方へ引き寄せると、以前、蠍の心臓でナタリアがしたように自分の首辺りに相手の顔を寄せさせた。

 相手は驚いて暴れようとしているが、首の後ろをキュッと掴んでいるので逃げる事は出来ない。

 その間、相手は呼吸のついでに匂いも一緒に嗅いでいると思われるので、ゆかりを傍に置いたまま、湊はさらに説明を続けた。

 

「桜さんに確認すればすぐ分かる。この身体は染色体に異常があって、男の染色体を持つ細胞と女の染色体を持つ細胞が混在しているんだ。だから、生殖機能等々の肉体のベースは男だが、脳構造も含めて男だとも言えるし、女だとも言える部分も持ってる」

「……本当だ。なんだろう、普通に女の子みたいな良い匂いがする」

「俺が佐久間のスキンシップに反応を返さないのも、そういった事が原因だ。女が女にアピールを受けている訳だからな。それで反応しろという方が難しい。まぁ、一時的に思考を男女どちらかに一元化する事も出来るが、そうしない限りは“どちらでもある”状態なんだ」

 

 スンスンと匂いを嗅いで何故かリラックスした表情をしているゆかりを無視して、湊は佐久間の方を向きながら今までの反応の理由を話した。

 別に佐久間に魅力が無いわけではない。ただ、湊側に相手を受け入れる気がないだけだと。

 それはそれで酷い話しだが、同性からアピールを受けているという前提で考えれば納得出来たため、佐久間は残念そうにしながらも湊のことを知ろうと質問をしてくる。

 

「じゃあ、有里君は有里ちゃんでもあるの?」

「……呼び方の違い以外の意味はよく分からないが、月経や妊娠以外は女性として過ごす事は可能だ。実際、身体がホルモンのバランスを整えるために、一月に数日くらい強い眠気やだるさを感じる期間が周期的にある」

「うわ、それ女の子の日と同じ症状じゃん。男子でそれって大変じゃないの?」

「……二次性徴が始まってからなったからな。戸惑いがなかったといえば嘘だ。けどまぁ、痛みと貧血はないから、俺個人としては女性の方が何倍もすごいと思ってるよ」

 

 お互いの顔が数センチしか離れていない状態で尋ねてきたゆかりを解放し、湊は肩を竦めて素直な感想を述べる。

 疑似月経は湊のホルモンバランスを保つために必要な、身体が勝手に行っていることなので、湊にはそれを防ぐ方法はない。

 仮にその機能がなくなれば、自分の身体のホルモンバランスが崩れて、何かの病気を発症するかもしれないので、様々な薬物に対して免疫を持っているせいで薬が効かない湊にすれば、少し面倒だとしても身体が自然なサイクルで調整してくれるなら、それに任せる方が良いだろうと思っていた。

 そうして、保護者である桜に訊けば真実だと分かると説明し、普段の印象からくだらない嘘は吐かないと信頼されている湊だからこそ、体育は見学で学校を休むことが多かったのも手伝い、他の者たちも湊が身体に異常を抱えていると一応は信じたようだ。

 突然の湊の身体についての大暴露に驚いたものの、話しが治まればお互いに顔を見合わせ苦笑し、ゆかりが他の者たちに話しかける。

 

「まぁ、完全には信じられないけどさ。今日はチドリの誕生日会なんだし、この話しはこれくらいにしようか」

「そう、ですね。この件は有里君を信用しますから、くれぐれも私たちの情報は他言無用でお願いします。さっきみたいに問題を出されても、決して答えないようにしてください」

「あ、そうだった。さっきのは別件で扱うから、ちゃんと覚えておいてね」

「……ああ」

 

 美紀に言われて思い出したゆかりに言われ、湊は諦観の表情で素直に頷いた。

 自分が原因で起こった事態にしろ、今日はもう心が休まる事はないに違いないと悟ったのだ。

 その後は、ゆかり達が言ったようにチドリの誕生日を全員で祝い。佐久間やゆかりからの無茶ぶりで湊がダンスを踊らされたりなど、祭りの準備で解散するまで一同はとても賑やかに過ごしたのだった。

 

 

 

 




原作設定の変更点
公式に存在しない主人公・チドリ・真田美紀の誕生日を、それぞれ十月二十五日(四月五日)、八月十二日、十月二十六日に設定。


補足説明
今話で部活メンバーが歌っていたバースデーソングの『Happy Birthday to You』は、元々、『Good Morning to All』という曲のメロディを利用した替え歌であり、日本国内に置いて歌詞・メロディ共に既に著作権が切れていることを確認済み。

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