【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第五百二話 現実世界への帰還

4月1日(木)

夜――巌戸台分寮

 

《以上、明日の気象情報でした。それでは、まもなく深夜零時をお知らせします》

 

 遠くでそんな声が聞こえ、続けて時報の音が鳴る。

 一体何だと思った七歌が目を開くと、自分も含め特別課外活動部のメンバーたちがラウンジのソファーやキッチン前の椅子に座っている姿が映った。

 

「えっと、私たちベルベットルームに……」

 

 時の鍵を使って元の世界に戻ろうとしたところ、自分たちは別れの挨拶にと呼ばれたベルベットルームにいたはずだ。

 そこで別れたメティスだけはいないが、他のメンバーは無事に揃っている。

 ならば、自分たちはちゃんと元の世界に帰ってこられたのか。

 いまいち不安を拭いきれずに点いていたテレビに視線を向けると、そこには四月一日と“0:03”の表示があった。

 瞬間、七歌は座っていたソファーから勢いよく立ち上がり、徐々に目覚めて動き出す仲間を置いて入口へと走り出す。

 ずっと不思議な力で出来た透明な壁に阻まれて扉に触れる事が出来なかった。

 けれど、無事に三月を越えたのならいけるはず。そう思って伸ばした手は扉の取っ手を掴むことが出来た。

 勢いよく押して開き、さらにもう一つある扉の取っ手も掴んで押し開ける。

 すると、これまで感じる事が出来なかった春先の冷たい空気が七歌の頬を撫でた。

 空に視線を向けると明るい東京の夜でも見ることが出来る星と月が確認出来る。

 そこまでしてようやく元の世界に戻ってきた事を実感した七歌は、両手を突き上げるように挙げて夜中である事を無視して叫んだ。

 

「やったー! 戻ってこられたぞー!」

 

 七歌の叫びが聞こえたからか寮の中からも足音が聞こえて仲間が次々と出てくる。

 いくらダンジョンや過去の世界に行っていたとは言え、思えば一月以上も寮に閉じ込められていたのだ。

 久しぶりに見る事が出来た寮の外の景色に意味もなく感動してしまう。

 

「おっし、今度こそ帰ってきたぜ!」

「フフッ、ただの街の景色に感動する日が来るだなんて思わなかったよ」

 

 順平と綾時も七歌と同じように日常でさんざん見てきた風景に感動し、その足下ではコロマルが尻尾を振りながら飛び跳ねている。

 寮かダンジョンにしか行けなかった綾時は勿論、散歩を日課にしているコロマルにとっても寮での生活は辛かったようだ。

 そんな風にはしゃいでいるコロマルを見て、風花やラビリスは良かったねと笑顔で撫でてやっている。

 一方、喜び合う後輩たちを眺めている先輩組のリアクションはどことなく控えめだ。

 何だかんだと上級生として後輩たちに気を遣っていたらしく、誰も欠けることなく元の世界に帰ってこられた安堵の気持ちの方が強いらしい。

 もっとも、喜んでいない訳ではないようで、天田が無事に戻ってこられましたねと話しかければ、真田も荒垣も笑って頷いている。

 帰還の喜びを全身で表現していた七歌も、仲間たちの喜ぶ姿を眺めて改めて本当に良かったと何度も頷いた。

 そうして、全員が戻ってきた事を一頻り喜び終え、そろそろ寮の中へと戻ろうとしたとき、足音と共に人影が近付いてくるのに気付く。

 誰だろうかと他のメンバーもそちらに視線を向ければ、人影の正体は特別課外活動部の顧問だった栗原とEP社の人間であるソフィアと医者のシャロンだった。

 

「どうやら無事に三月を抜けられたみたいだね。帰還おめでとうと言っておこうか」

「え、栗原さんも事件の事を知ってたんですか?」

「まぁ、湊から話は聞いていたからね。大人たちは全員知ってたよ」

 

 時の空回りについては大人たちが集まった時に彼から聞いていた。

 それなりに大変な事件に巻き込まれるとの事だったが、彼女たちが自分で解決する必要があると聞いていたため何も手助けする事が出来なかった。

 ただ、当人たちにすれば心身共に負担の大きな事件だっただけに、顧問として知っていたなら密かにヒントなり忠告なりを出してくれても良かったのではと美鶴が冷ややかな視線を向ける。

 

「知っていたなら少しくらい教えてくれていても良かったのでは?」

「湊から口止めされていてね。必要な事だったらしいが、あんたらの様子を見る限りじゃやり遂げられたみたいだね」

 

 事件と無関係な大人たちの情報源が湊なら、それを口止めしてきたのもまた湊だった。

 本人はご丁寧に回復アイテムやちょっとした伝言程度の手紙を残していたので、彼なりに自分たちでしっかりと始末をつけてこいと考えていたのだろう。

 湊が口止めしていたなら話せなくともしょうがないと美鶴も一応の納得を見せ、続けて栗原の後ろにいる二人に視線を向けると今度はゆかりが口を開いた。

 

「それで、どうしてEP社の人たちも一緒にいるんですか?」

「わたくし達は仕事の報酬代わりに同席を求めただけです」

「……同席?」

 

 ソフィアの話に出た同席とは一体何のことだろうか。心当たりのないゆかりが首を傾げると、栗原がハンドバッグに手を入れてある物を皆に見せてくる。

 それは透明なケースに入った一枚のディスク。ディスクの表面には変わった紋様が描かれているが、そこを除けばこれといって特別な部分は見られない。

 ただ、先ほどの話はこれに関係している事だけは分かるため、ゆかりは改めて栗原に尋ねた。

 

「栗原さん、それって何のディスクですか?」

「内容は分からない。でも、無事に戻ってきたあんたらに見せろと湊が遺した物だ」

 

 預かっていた本人もその中身は確かめていないようで、これは無事に戻ってきた七歌たちに見せるためのものだと説明する。

 もしや、栗原の持って来たディスクが彼の言っていた“希望”とやらなのだろうか。

 事件に巻き込まれる七歌たちのため、貴重な回復アイテムを大量に用意していた彼の事だ。

 自分が戦いの後に封印となる事が分かっていたなら、後々にその状況を解決する方法を残していてもおかしくはない。

 チドリを助けて死んだ時はエリザベスの助力があって復活出来たと聞いている。

 今回の封印についても外部からの協力が必要ならば、ここにいるメンバーは全員が力を貸すに違いない。

 他の者たちもそう考えて作戦室で内容を確かめる事を提案しようとすれば、その前にと栗原がEP社の二人が同席する事は事前に許可を得ていると説明してきた。

 

「ああ、先に言っておくと人数が増えても問題ないと言われてる。だから、この二人の同席は認めて貰うよ。EP社側で把握している月の門の情報っていう手土産もあるらしいからね」

「月の門?」

 

 月の門という単語を聞いても七歌たちには覚えがない。

 だが、それが彼の施した封印の扉の事であれば、一体どこでその存在を知ったのかという疑問が出てくる。

 確認の意味も込めて聞き返した七歌の言葉に、栗原に代わってソフィアが触りの情報だけですがと説明してきた。

 

「貴女たちが確認しているかは不明ですが、影時間側の月の近くに金色の扉が発見されました。決戦前にはなかった物なので、恐らくは湊様の力によって出現したものだと思われます」

「因みに、うちで月の門と呼んでる扉は現実世界には影も形も存在しないから、影時間に入れないと費用的にも観測に必要な材料的にも継続しての観測は難しい状態よぉ」

 

 地球上では消えたはずの影時間を観測可能な設備とはどういった物なのか。

 七歌たちには方法も含めてまるで予想がつかない技術なのは間違いないだろう。

 ただ、説明を聞いた限りではやはり月の門は湊の封印の事を言っている事が分かった。

 あの日の真実を知るために過去へ行った時には、エレボスとの戦闘もあった事で封印がどんな物かどんな状態であるか詳しく調べる余裕がなかった。

 封印の詳細についてはデスだった綾時にすら分からないため、そこに関してはEP社でも分かっていないはずだが、観測した範囲のデータであっても情報を貰えるのはありがたい。

 七歌たちはすぐに栗原たちを寮へ招き入れると、そのまま四階の作戦室へと案内した。

 

***

 

 何もない状態で話すというのもあれなので、七歌たちは栗原たちを作戦室へ通すとお茶の準備をした。

 過去の世界の湊から貰ったクッキーやチョコレートもテーブルに並べ、全員に温かいお茶が配られるとどういった順番で話すかという事になった。

 アイギスやチドリは先に栗原の持っているディスクの中身を確認したいに違いない。

 けれど、そちらを先にしてしまうと内容によっては視聴後にまともに話せなくなる可能性がある。

 そのため、ここは先にソフィアたちが持って来たという封印についての情報を聞くことにした。

 

「えーと、栗原さんの持ってるディスクについても気になるけど、その前にEP社の方で把握している情報を教えてください。ああ、金色の扉については私たちも知ってるし、あれが八雲君が施した封印というのも分かってます」

 

 出された紅茶のカップに口をつけていたソフィアに視線を向けると、相手はカップを静かにソーサーの上に置いて姿勢を正して全員の顔を見渡す。

 その間にシャロンが持っていた鞄からファイルを取りだし、プリントアウトされた写真をテーブルに並べながら説明し始めた。

 

「我々が月の門と呼んでいる扉は、先ほども申しました通り裏の世界である影時間に存在します。EP社では湊様の指示もあって決戦前からニュクス本体である月の監視を行なっていましたが、決戦当日まで扉が確認された事など一度もありませんでした」

 

 シャロンが並べた写真は少し粗い画質だったが、月を背にした状態で佇んでいる金色の扉が写されていた。

 その外観は彼女たちが過去の世界で見た物に酷似しており、いくら画像が粗くても見間違えようがないので同一の物だろうというのが分かる。

 この扉は湊がニュクスを心の海へと送り返した時に出来たため、決戦の前日まで確認出来ていなかったという説明から考えてもまず間違いない。

 その確認も含めてアイギスがこれは自分たちの知る封印で間違いないと伝える。

 

「この写真に写っている扉は、わたしたちが確認した八雲さんの封印で間違いありません」

「そうですか。この写真は桐条グループから提供された限定的に影時間を発生させる装置を元に作ったミサイルを使って撮影したものです」

「というと、月に向けて影時間発生装置を撃ち出したのですか?」

「ええ。事前にどの程度の範囲まで展開出来るか地上で試しているので、再び世界中に影時間が現われるようになるという心配はありません」

 

 桐条グループの発明品が元になったと話題に出たとき、何人かの視線が美鶴に向けられる。

 その装置については美鶴も把握していたらしく、知っていると頷いて返せば再び皆の視線はテーブルの写真に向けられる。

 だが、元の装置を知っている美鶴だからこそ、桐条グループで保管されている装置には致命的な欠陥があった事を覚えている。

 もし、元の装置の欠陥が残ったまま運用されていれば大変危険なため、美鶴は写真から視線をあげてソフィアとシャロンに話しかけた。

 

「あの装置については私も知っています。ですが、あれは出力のコントロールが安定しておらず、場合によっては想定を超える範囲と時間に展開してしまう事もあったはずです」

「そこら辺は把握してるから心配ないわぁ。基礎設計を坊やがやり直して、電力の供給量で範囲指定出来るように改良してあるの。ていうか、大元の神様を坊やが抑えている以上、坊やが消滅しない限りは大丈夫だって言ってたわよ」

 

 美鶴が心配していた問題点など設計図を見た時点でEP社側でも気付いていた。

 アイギスたち対シャドウ兵器を作る技術があれば、その程度の改良くらいは出来たはずだが、エルゴ研の主だった研究員らが死亡し、影時間が永続的に発生するようになった事で改良品は作られずに終わったらしい。

 それを知ったシャロンは勿体ないと思ったそうだが、既に使っていないなら好きにいじって良いのだろうと湊と一緒に改良型を作るだけでなく、それをミサイルに搭載して月の封印を発見するまでに至った。

 EP社の方ではそんなシャロンの功績を皆で賞賛していたようだが、ここで話を聞いていた男子たちはぶっ飛んだ才能を持つ者はやはり変わり者が多いと引き気味だ。

 とはいえ、懸念していた問題点が取り除かれているなら安心だと、美鶴も写真を見ながら再び会話に参加する。

 

「それで、これは今も月の近くに存在しているんですか?」

「そうよぉ。今日の報告のために三月三十日にも撮影したから特に変化もなく健在みたいね」

 

 宇宙空間に装置を持っていくのも大変だが、装置は基本的に使い捨てになるので得られる結果に対して黄昏の羽根の消費が激しいという問題点がある。

 それを今日の話し合いに参加するからと追加で観測してくれたEP者側には感謝しかない。

 どうやらまだ新たなエレボスが現われた様子もないようなので、七歌や美鶴はこのまま彼を休ませてあげて欲しいと思わず祈ってしまう。

 だが、時の狭間のようなオカルトな手段を使わずに封印まで行けると聞いて、急に瞳を輝かせたゆかりが顔をあげるととんでもない事を言い始める。

 

「ってことは、影時間を発生させる装置と一緒に月まで行けば私たちもまた封印まで行けるって事だよね?」

「あー、諸々の問題点を無視して結果だけで言えばね。ただ、前回は過去への扉経由だったから生身で行けたけど、次は現実世界経由で宇宙服が必要だから多分八雲君が出てきても会話出来ないよ?」

「加えて、我が社はそんな馬鹿げた事に協力しませんので、桐条グループの旧式の装置を使っての無謀な挑戦という事になります」

 

 ゆかりの言う通り封印の許に行くだけなら辿り着ける可能性は十分にある。

 しかし、行ったところでどうしようと言うのか。今の世界では封印を解けばエレボスの呼びかけによって再びニュクスが現われる恐れがある。

 その問題を解決する手段を七歌たちは持っておらず、さらに言えばEP社は別に七歌たちの味方ではないので協力する義理がない。

 故に、意味のない挑戦をしたいのなら桐条グループの力を借りて勝手にやってくれと、ソフィアはカップに手を伸ばしつつ冷めた視線を向けながら告げた。

 身内だけでなく情報提供者からも冷たい態度を取られたゆかりは肩を落として落ち込む様子を見せる。

 まぁ、ある意味ではそれもいつもの事なので、他の者たちが触れずに流していると、これまで会話にあまり参加していなかったチドリがソフィア達に質問をぶつけた。

 

「……それで手土産ってこの写真だけなの?」

「ええ、メインはその写真になります。湊様の痕跡が影時間側に発見されたというのは大きな情報ですから」

 

 手土産というから期待していたが、自分たちが既に知っていた封印の扉の写真だけでは大した収穫はない。

 それが分かったチドリが目に見えて会話に興味を失った反応をすれば、ソフィアは薄い笑みを浮かべて小さなネタならまだあると続けた。

 

「それと、これはあの日以降に無気力症から回復した患者たちへの聞き取りで判明した事なのですが、無気力症から回復する際に自分の中に何かが戻ってくるような感覚を覚えたそうです」

「……自分のシャドウが戻ってきたのを覚えているって事?」

「そうです。さらに興味深いのが“若い男性のような何か”が自分を送り返してくれたような気がすると言っていた者が多数確認されています。あの日以降、世界中の人間が湊様の存在を忘れているにもかかわらずです」

 

 ソフィアが語った無気力症患者たちの情報は桐条グループでも一切把握していないものだった。

 どうして彼らしき存在が無気力症患者のシャドウを送り返したのか、どうして全て忘れているはずの彼の存在をぼんやりとでも覚えているのか。

 話を聞いただけでは分からない事は多いが、彼の事を覚えている者たちがいるならそれが切っ掛けで記憶を取り戻す者が現われてもおかしくないのではとアイギスが質問した。

 

「それは世界中の人々が八雲さんの事を思い出す可能性があるという事ですか?」

「どちらかと言えば、皆さんが潜在的に覚えている可能性が高いという話ですね。思い出すかどうかは未知数です」

 

 奇跡を起こして世界を救った代償に彼は世界中の人々から存在を忘れられた。

 けれど、皆の中に彼の記憶が欠片でも残っているのなら、自分たちのように彼の事を思い出してくれる者が現われるかもしれない。

 蜘蛛の糸のようにか細いものだが世界と彼の繋がりは断たれていなかったという事実は、彼が世界に切り捨てられたと思っていたアイギスたちにとっては何よりの朗報だった。

 そんな風に喜んでいるアイギスたちをしばらく眺め、彼女たちが落ち着いたタイミングでソフィアはこちらの情報は以上だと伝えた。

 

「こちらから提供出来る情報は以上です。では、今度はそちらの情報をいただきましょうか」

「えっと、じゃあディスクを見る前に簡単にだけど時の空回りで起きた事を説明しますね」

 

 栗原の持って来たディスクを見るにも、時の空回りについての知識が必要かもしれない。

 そう思った七歌はそもそも発端から事件解決までの出来事を知って貰うため、紅茶のお代わりを用意しながらソフィア達に語って聞かせた。

 


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