【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第五話 タルタロス

4月5日(水)

昼――エルゴ研・食堂

 

 病院でのリハビリトレーニングのスケジュールを一応消化した八雲は、迎えに来た飛騨に案内されるまま被験者たちが昼食をとる食堂へとやってきた。

 配膳係りから食器の乗った盆を受け取った者から、長い二つのテーブルに適当に分かれて座って食べている。

 その中にはチドリの姿もあり、チドリは一人で食事をとっていた。

 

「おやおや、まーた少女は一人で食事を。確かに他の研究室の子らとは話した事がないから、自分から誘うのは難しいとは思いますが……。ああ、貴方は少女のところに行っていてください。歩けるようにはなりましたが、物を持って歩くのはまだ辛いでしょうから」

「うん、わかった」

 

 八雲の返事を聞いた飛騨は配膳係りの元へ八雲の分の盆を受け取りに行った。

 それを一瞥しながら八雲はゆっくりとだが、自分で歩いてチドリの座っているテーブルへと向かって行く。

 初めて見る子どもということで周りからいくらかの視線を集めているのは気付いているが、別に今はそんな事は無視する。

 そうして、無事に辿り着くとチドリの向かい側の席に座って声をかけた。

 

「よいっしょっと、ふぅ……久しぶり」

「え? ……ああ、八雲だっけ? もどってきたんだ」

「うん。一応、自分で歩けるようになるまでって予定だったらしいから」

 

 千切ったパンをシチューの様なものに浸しながら食べていたチドリは、急に話しかけられ驚いたようだが。直ぐに相手が数週間前に同じ第八研にやってきた相手と分かり返事をした。

 八雲も相手が自分を覚えていた事に安堵し笑みを返すと、そのタイミングで飛騨がやってきた。

 

「おー待たせしました。食べ終わった食器は向こうの食器返却口へと持っていけば終了です。その後は、少年は今日は見学ですが、少女や他の被験者たちは合同で戦闘訓練を行いますので一緒に行ってください」

「了解」

「なーんとも素っ気ない返事ですねえ。他所はもっとキビキビ返事をしたりすると聞くんですが……まぁ、良いでしょう。それでは、私はいきます。午後も頑張ってください」

 

 八雲の返事を聞いた飛騨は肩を竦ませていたのだが、直ぐにニカッと笑うと食堂を出て行った。

 後には、その後ろ姿を見ていた二人が残るが、直ぐに興味をなくし。食事に戻る。

 八雲にとってはここでの初めての食事だが、一応は栄養バランスが考えられた給食の様なメニューだった。

 なので、さっそく試しにスプーンでクリームシチューらしきものを食べてみると、薄味だが野菜が多く入っていてそれなりに美味しいと思えた。

 

「ふーん、結構しっかりしてるんだ」

「どういう意味?」

「ん? ああ、ここって沢山の子どもを殺してるし、食事とかも酷いのかなって思ってたから。味も栄養バランスも考えられてて少し驚いたって話」

 

 それを聞いたチドリは納得したようで頷きながら食事を続けている。

 頷いたということは、ここで長く生活しているらしいチドリも同様の意見を感じていたようだ。

 八雲はその事でこの食事関連が初期の段階から今の状況であるらしいことを理解しつつ、さらに食べ進めながら会話を続ける。

 

「合同の戦闘訓練ってどんなことするの?」

「えっと……武器をもって、子ども同士でたたかうの。たまに大人があいてのときもあるけど」

「ペルソナは?」

「みんな、そんなにうまく召喚できないもの。だから、武器と自分の身体だけでたたかうの」

 

 ペルソナの召喚にはある種の自己暗示のようなものが必要だと考えられている。しかし、ここにいる子どもたちは皆、まだ未熟でそれらが上手くいかない。

 そんな事では実戦で召喚出来ずに終わり、ただ黙って殺されてしまうことになるので体術を教えているのだ。

 加えて、召喚が上手くいったとしてもシャドウが一体だとは限らない。

 その場合は味方がいなければ他の敵から身を守りながら戦うことになるため、どちらにせよ体術は重要になってくるという訳だった。

 

「そういえば、今日の夜は新月だからタルタロスにいかないといけないんだけど、あなた行けるの?」

「入院中に窓の外に見えてた塔がタルタロスだよね。どうかな……戦闘なんて一回しかしてないし。何より今の身体で召喚に耐えられるかも分からないな」

 

 それは知能と共に精神年齢も上がっていた八雲の率直な意見だった。

 客観的にみれば今の自分は歩くことがやっとで戦闘なんて出来る訳がない。

 だが、他の者と違い八雲はペルソナを安定して召喚できる。

 召喚さえすれば、あとはペルソナを操って戦闘すれば良いので本人が戦闘を行う必要はないのだ。

 だからこそ、八雲は自分が戦うのではなくペルソナが戦う事を前提にして、その戦闘を自分が操り続けられるかと心配していた。

 

「結構歩くからむずかしいかもね。けど、わたしもいっしょだから一人よりはマシよ」

「チームごとで探索?」

「チーム……じゃないけど、そんな感じ」

 

 初めてのタルタロス探索が個人でやれということなら厳しいと思っていた八雲も、チドリの言葉を聞くと笑顔になった。

 いくら精神年齢が高くなったとは言え、碌に信用できる相手もいない状態は精神にかなりの負担をかける。

 しかし、目の前にいる少女はぶっきらぼうで素っ気ない言い方だが、しっかりと八雲を見て気遣う言葉をかけてくる。

 エルゴ研に敵対すると決めているため、精神的に孤立状態の八雲には、それが途轍もなく嬉しかった。

 そんな笑顔を見せる八雲をチドリは少々怪訝そうに見ていたが、苦笑して「なんでもない」と告げた事で興味を失ったのか、その後は普通に適当な雑談をしながら食事を続けた。

 そうして、二人は一緒に昼食を取り終えると、合同訓練所まで行って午後の訓練とその見学をして過ごしたのだった。

 

影時間――タルタロス・エントランス

 

 深夜零時丁度に存在する影時間。その、日常と日常の間に存在する非日常な時間に、八雲とチドリの他、多くの被験体と研究員が集まっていた。

 今夜は新月でシャドウらの動きが普段よりも少々大人しくなる。

 そのタイミングを狙って、この謎の多いシャドウの巣である奈落の巨塔を少しでも攻略しようというのだ。

 

「では、第一研アルファチームは行け。五分後にベータチーム、さらに五分後にガンマチームが続く。探索目標は五階以上だ。それ以下の階層では戻ってくるな」

 

 第一研の室長である松本がデータ収集用の機材の前でそう言うと、五人一組となった子どもらは順に時計の様な形をした入り口へと入っていった。

 そして、続くように第二・第五・第六研からも人数はバラバラだが一チームずつが送りだされた。

 残るは第八研に所属している八雲とチドリだけである。

 既に自分らの管理している被験体たちが探索を始めたことで、他の研究室の者らは忙しそうにデータを採っているが、どこか落ち着かない様子で八雲の事をチラチラとみていた。

 そんな大人たちの様子に気付いたのか、チドリは隣に立っている八雲の手を握りながら問いかける。

 

「ねえ、なんでわたし達見られてるの?」

「僕がいるからじゃないかな。ほら、僕の能力はまだよく分かってないし」

「あぁ、そういうこと。でも、うちは別にダメだと思ったら帰ってきていいってハカセに言われてるし。敵から逃げておけば出さなくても済むわよ」

 

 そう言って他のチームで計測されているデータを見ている飛騨に視線を送ると、それに気付いたのか飛騨は顔を挙げてパッと見、かなり胡散臭い笑みを浮かべて二人に手を振った。

 自分達の上司にあたる人間のそんな行動に少々呆れながらも、それならば力をわざわざ見せずに済みそうだと八雲は安心する。

 研究員らが知っているのはアイギスのメモリーに残っていたオルフェウスで戦う自分。

 しかし、今の自分の力はそれだけではない。

 止められているが、オルフェウスよりもかなり強いタナトスもいれば、高い同調率での召喚も扱える。

 エリザベスの言っていた自分の力を悪用しようとする者というのが、今ここにいる大人たちである事は先ず間違いなく。そんな相手に手の内を晒したくなかったのだ。

 

「それじゃあ、いきましょ」

「うん。って、チドリ。武器はそのナイフだけ?」

「そうよ。他のは重くてもてないもん」

 

 チドリが自分と繋いでいない方の手に刃渡り十五センチ程度のナイフを持っている事に気付き、装備はそれだけなのかと八雲が尋ねると、チドリは淡々とそう返した。

 確かに小学校二年になったばかりの少女に普通の剣など持てる筈がないとは思うが、それでもそんな短いリーチの武器よりかは子ども用の金属バットの方がマシなように思えた。

 だが、今この場に無いものについて言っても仕方がない。

 そうやって気持ちを切り替えると、八雲はチドリに案内されながらタルタロスの探索を始めた。

 

――タルタロス2F

 

「ここが、タルタロス……」

 

 時計型の入り口を抜けて出た先で、八雲はその内部の様子に少々驚く。

 床や壁には血の様なものが付いており、また別の場所では壁の一部が崩壊して通路を歩き辛いものへと変えていた。

 ただでさえ、歩くのがやっとで体力に不安が残るというのに、敵が出るだけでなくただ歩きまわる事ですら楽にはいかないのかと大きくため息を吐く。

 

「はぁ……やれやれ、ままならないね」

「……? よく分からないけど、こっちよ。今は敵も遠いからだいじょうぶ」

「分かるの?」

「それが第八研にいる理由だから」

 

 表情を変えずに答えたチドリは八雲と手を繋いだまま先へと進み始める。

 確かにこんな機械もまともに動かない状況において、地形や敵の位置情報を知覚できるのはかなりのアドバンテージだ。

 そんな能力など八雲の持っているペルソナらは持っていないし。稀少な能力を専門としている飛騨の研究室に所属している理由としては十分に信用できた。

 

「……けど、八雲がうちにいる理由が良く分からないのよね」

「僕が? 天然のペルソナ使いだからじゃないの?」

「そうだけど、それってわたし達が安定したらあんまり違わないでしょ?」

 

 言われてみれば、天然ペルソナ使いであることやペルソナを自由に呼べることなど、他の被験者らが安定化してしまえば大して意味がない。

 存在が稀少なのであって能力が稀少とは言えない八雲は、チドリの言う通り第八研の専門とするテーマとしてはずれていた。

 

(ワイルドの能力に気付かれた? いや、あれは使わなければばれないとエリザベスが言ってた。だとすれば、本当に研究の為だけに?)

 

 召喚しない限り、かなり高精度な感知型のペルソナでもなければ、その人間の持つペルソナの種類など分かるはずがない。

 故に、ワイルドであることはばれてないはずと考え込んでいると、隣をゆくチドリが話しかけてくる。

 

「わたしから言った事だけど、そんなに考えこまなくていいわよ。前にいた人たちも珍しい能力って言っても、そこまで使える力じゃなかったし」

「え? あ、うん。そうなんだ。また、戻ったら飛騨さんにそういうのも聞いてみようかな」

「答えないかもしれないけどね」

 

 確かにいくら八雲が年齢不相応な知識と精神年齢をしていても、そういった研究データに関しては見せないかもしれない。

 しかし、その時には自身の研究に対する対価として要求しようと考えながら、八雲は先へと進んでいった。

 

――4F

 

 現在二人がいるのは四階。他のチームには出会わずにやってきたので、最後発の自分たちが一番遅いのだろうと思いつつ八雲は壁に背を預け座りこんでいた。

 

「はぁ、はぁ……ぐっ……はぁ」

「だいじょうぶ? 戻るにしても脱出装置まで少し歩かないといけないんだけど」

「ゴ、メン。もう、少しで、立つから……」

 

 八雲が座りこんでいる理由は単純に体力の限界に達したため。

 今の八雲は歩けるようにはなったが、走れもしなければ押されればそのまま倒れるなど、筋力も体力もまだ衰えたままである。

 それをチドリと手を繋いだまま、歩き辛い道を2フロアも歩き続けたことが原因で体力に限界が来てしまい。いまもガクガクと震える足を押さえながら呼吸を整えようとしていた。

 

(くそっ、本当に情けない。自分よりも小さな女の子が息も切らさずに待ってくれてるって言うのに)

 

 本来ならば敵もいるこんな危険な場所で座り込むなど危険極まりない行為だ。

 しかし、今の八雲はそれすらも考えられない程疲弊していた。

 喘息のようにやや掠れた呼吸音をさせながら座りこんでいる八雲を、チドリは傍らで心配そうに見守る。

 だが、そんな風に八雲のみに意識を持っていっていた事が、突然現れた敵への反応を遅らせたのだった。

 

《キュララッ!》

「シャドウっ!? 八雲、逃げるわよ!」

「わかっ!? ぐっ……」

 

 現れたのは、長髪の頭に王冠を被り浮遊した女性の生首のようなシャドウ、女教皇“囁くティアラ”。

 チドリは敵を見ながら持っているナイフを強く握るが、八雲は立ち上がろうとしてそのまま倒れてしまう。

 そして、痛みで顔を歪めはしているが、そのまま起き上がろうとしないことで、チドリは相手がまだ動けない状態だと理解する。

 

「……待ってて、わたしが倒すから」

「チド、リ」

「はあっ!!」

 

 ナイフを持ったチドリは身を屈め、地を蹴り敵へと接近する。

 今までの探索で同じ相手とは何度か遭遇した。

 だからこそ、敵の行動パターンは理解できている。

 

《キュララッ!》

 

 ゴォオオッと、燃え盛るシャドウの放った炎弾は敵へと向かうチドリに直撃する。

 だが、

 

「きか、ないっ!!」

 

 それはぶつかった瞬間に霧散してしまった。当たった筈のチドリは服にも汚れすらついていない。

 そう、チドリの持つペルソナは火炎属性に無効の耐性を持っていたのだ。

 まさか、己の放った攻撃が一切ダメージを与えられないと思っていなかったシャドウは動揺するが、その間に接近していたチドリはナイフを横に一閃した。

 

「はあっ!!」

 

 一閃されたナイフは躱そうとしていた敵の髪を斬りつけ、見事数本の束を斬り飛ばすことに成功し敵にダメージを与える。

 

《キュルウ!?》

 

 攻撃を喰らったシャドウは大きく後退し、喰らったダメージが大きかったのか現れたときよりもいくらか弱っているようだった。

 ならばと、一気に敵を倒すため着地したチドリは再び駆け出す。

 敵へと向かう途中、チドリは今の自分の事を考えて、おかしさに口元を歪めたい衝動にかられていた。

 ここまで積極的に戦う事は初めてで、今までは自分の身を守るためにしか戦った事はなかった。

 それが、今の自分は急にやってきたメンバーを守るために戦っている。

 

「これでっ!!」

 

 思い入れは特になかったつもりだが、独りでいる期間が長かったため、久しぶりに得た親しい人間に情が移ったらしい。

 それも、今まで危険を避けてきた自らを危険に晒してまで守るほどに。

 

「終わり!!」

 

 チドリは言葉と共に振り下ろしたナイフを、ドシュッ、とシャドウの仮面に深く突き刺し、そのまま両手を使って地面に縫いつけるようにナイフごと敵を地面に叩きつける。

 

《キュルゥ……》

 

 すると、走った勢いの乗せられたナイフによる刺突で攻撃を喰らったシャドウは、地面にぶつかるとそのまま黒い靄になって消え去った。

 敵を無事に倒せたことで、チドリは戦闘で乱れた呼吸を整えながら八雲の元へ戻り始める。

 その表情はどこか嬉しそうで、疲れている筈の八雲も思わず見惚れてしまっていた。

 そう、新たなる敵の出現に気付けぬほどに。

 

《グララッ》

「てきっ!?」

 

 チドリは新たに背後から敵が現れたことに気付き振り返る。

 だが、背後からこられたことで反応が遅れ、敵の攻撃を許してしまう。

 

《グララッ!!》

 

 シャドウは振り上げた拳で、振り返りかけていたチドリの肩を強く殴打する。

 

「きゃあっ!?」

 

 攻撃を喰らい悲鳴を上げたチドリは、転倒しながらズザァッ、と地面を転がり滑った。

 

「チドリ!!」

 

 突然現れ少女を殴りつけたのは水色の仮面をつけたシャドウ、魔術師“臆病のマーヤ”。

 倒れたチドリを心配した八雲が声をかけるが、攻撃を喰らって地面を転がる少女に向かって、敵はさらに魔法を放った。

 

《グララッ》

「あぐっ……」

 

 敵の放った魔法は氷結属性の初級スキル『ブフ』。

 周囲の空気を凍らせて氷塊を作り、それをチドリに向けて放つと、そのまま倒れていたチドリの腹部へと直撃した。

 子どもの頭ほどもある氷塊を身動きの取れない状態で喰らえばどうなるか、考えるまでもなく大きなダメージを受ける。

 胃の中の物がせり上がってくるような感覚を覚えながらも、幼いチドリはそのあまりの痛みに、吐くより先に脳が痛みから守るよう意識をシャットダウンしたため、そのまま気を失った。

 

「チド、リ?」

 

 一方で、離れた場所でそれらを見ていた八雲は驚きと戸惑いに目を見開く。

 自分がこんな場所で倒れていなければこんな事にはならなかった。

 チドリの後ろから敵が来ていることを指摘出来ていれば、チドリが攻撃される事もなかった。

 何故、無茶をしてでもペルソナを呼び出し盾となる事をしなかったのか。

 そういった後悔が自分の中で渦巻いてゆく。

 しかし、今は何よりも少女を助けることが先だった。

 敵が憎い、彼女を傷付ける全てを殺したい。

 それら心の奥底から湧いてくる感情を糧に、八雲は死の神を呼び出した。

 

「こい――――タナトス! あいつのとこまで飛べッ!!」

 

 高い同調率で召喚することにより浮き上がった八雲は、ペルソナと共に敵へと向かってゆく。

 何故か、あのベッドで目を覚ましたときのように、周囲の壁や床に黒い線の様なものが見えていることに気付くが、今の八雲にそんなものを気にしている暇はない。

 

――パシッ!

 

 途中で、チドリの手を離れ地面に転がっていたナイフを掴み、敵へと狙いを定める。

 黒い線はシャドウにも同じよう見えており、八雲はその最も太い線の走る仮面へとナイフを突き立てた。

 

「はあっ!!」

 

 今まさにチドリに襲いかかろうとしている敵は、深々と仮面にナイフを突き立てられると、声すら上げずにそのまま弾けるように黒い靄となって消滅した。

 その光景を見ながら、この線の正体におよその見当を付けつつも、八雲は優先すべき事があるとしてタナトスにチドリを抱かせた。

 

「全速力で飛べ、途中の敵は俺がお前を操って殺す」

《グルル……》

 

 八雲の言葉に短く答えながら、死の神は脱出装置の元まで急いだのだった。

 

――タルタロス・エントランス

 

 被験体らを探索に向かわせると、残った研究者たちは持ってきていた計器類を操作しながら待っていた。

 本来ならば、影時間では全ての電子機器が停止するのだが、黄昏の羽根というものを内部に組み込む事によって使用可能となる。

 そして、現在使用しているのは探知機の一種で探索を行っている被験体らとシャドウの位置を把握できるようになっていた。

 しかし、難点があってタルタロス自体を構成している床や壁は、現実のそれと性質が少々異なっており。探知機が上手く通らないため精々十階程度までしか探知できないようになっている。

 だが、それを見ていた研究員の一人がある異常に気付き、声をあげた。

 

「な、なんだこの速度!?」

「ん? どうかしたのかね?」

 

 その声に反応したのは第二研究室室長の幾月であった。

 幾月は声をあげた研究員の見ていた画面を見ながら、どこかおかしい点があるのかを探していると男が口を開いた。

 

「ここです。第八研の被験体二人を見ていたら、急に信じられない速度で移動を始めて」

「っ!? 確かに。それにどうやら脱出装置へ向かっているようだ」

 

 男の指差した場所には確かに二人を示すマークが信じられない速度でフロア内を移動しているのが映っていた。

 そして、その先には脱出装置があり、もうすぐ到達する。

 マークは二人を表す物だが何故そのような速度が出ているのか分からない。

 警戒するに越したことはないとして、緊張した面持ちでエントランスの脱出装置を見つめた。

 すると、シュインッと音を立てて起動した脱出装置から何か飛びだした。

 

「治療班を! 今すぐ治療班を呼べ!」

「あれは、エヴィデンス? しかし、あのペルソナは……」

 

 突如、ペルソナを召喚したまま現れた八雲に研究員たちは驚く。

 しかし、いまの八雲はその僅かな時間でさえも惜しかったのか、ペルソナと共に飛び上がると腕を一閃させ、連動するように振るわれたペルソナの剣から斬撃を飛ばした。

 放たれた攻撃で、エントランスの壁に深い傷が出来る。その様子に恐怖を感じている研究員たちに八雲はさらに命令する。

 

「さっさと言う通りにしろッ! 殺されたいのか!」

「ま、待ちたまえ! 先に理由を言ってくれないと、こちらも対処できない」

「チドリが怪我をした! だから、早く治療できる者を呼べと言ってるんだ!」

 

 言われて視線を向けると、確かに力なくぐったりしたチドリがペルソナの左腕に抱かれていた。

 それが分かった第四室長の沢永は研究員を走らせ、外に待機している治療班を呼びに行かせた。

 研究員が呼びにいった治療班が中へと来るまでの間も、八雲はペルソナと共にエントランスの天井近くで研究員らを見下ろしている。

 何故、ペルソナと共に宙に浮けているのか?

 何故、アイギスのメモリーに残っていた映像とペルソナの姿が違っているのか?

 そんな風に疑問はいくつもあるが、不用意に八雲を刺激しては拙いと全員が動けずにいた。

 そうして、一秒が数倍にも感じられるような緊張感の中で治療班が担架を持ってやってくると。

 天井近くから下りてきた八雲が連動しているペルソナをゆっくりと動かし、優しくその上にチドリを寝かせた。

 

「シャドウに殴られて、その後に腹部に氷塊を喰らったんだ。頭とかは打ってないけど、骨にひびが入っている可能性がある。少しの揺れが痛みに直結するかもしれないから、慎重に運べ」

「わ、分かりました。では、失礼します」

 

 見た目は小学校低学年にしか見えない八雲の、明らかに異常な雰囲気と言葉使いに少々驚きながらも、治療班の一人が返事をすると気を付けながらタルタロスの外へとチドリは運ばれて行った。

 それを見守り終えると、八雲は来るときに持って来ておいた車椅子をタナトスでセットし、自分が座りながらペルソナを消した。

 そうして、周りで緊張した面持ちで傍観していた者らも、ペルソナが消えた事で危険が去ったと思い。今さっきの事を尋ねようと八雲へ近付いて行く。

 だが、その誰よりも早く飛騨が八雲の車椅子の後ろに移動しており、持ち手を掴むと笑顔で出口へと向かいながら話し始めた。

 

「フッフッフー、少年も今日は疲れたでしょう。少女も治療班に任せましたし、我々も帰るとしましょう」

「ま、待ちたまえドクトル・飛騨! 先ほどのことをエヴィデンスにっ」

「宣言通りに脅すためにペルソナを使っただけでしょう。その他の事については彼は何も話しませんよ。我々は信用されていませんから」

 

 八雲の車椅子を押しながら第五室長ヘーガーに返す飛騨の言葉に、同じように尋ねようとしていた者らの表情が歪む。

 しかし、それでは諦められないとして、第一室長の松本が外へと向かおうとする車椅子の前に立ち塞がった。

 

「あのペルソナの名は? どうして、さっき宙に浮いていた? 答えなければ、先ほどの被験体の治療は最低限の生命維持しか行わない」

「…………」

「っ!? がっ、あぐっ!!」

 

 苦しさから足をばたつかせ逃れようとする松本。

 いま松本は、八雲から浮き上がるように現れたタナトスの左手で首を掴まれていた。

 カードではなく、高同調状態で呼びだしたペルソナの動きは基本的に召喚者の動きである。

 即ち、今、松本の首を掴んでいるのは八雲の意思だった。

 ペルソナを使って松本の首を掴んでいる本人は、冷たい目で苦しんでいる相手を見ながら静かに口を開いた。

 

「お前、殺されたいの? 良いよ、別に。そんなに死にたいんならさ。ねぇ――どうして欲しい?」

「わが、わがっだ! だがあ!!」

「…………ふん」

 

 必死の懇願の末に解放された松本は、ドサッと、鈍い音をさせながら落下すると地面に尻餅をつきながら咳き込む。

 強く掴まれていたことで、首には指の形に痣が残っていた。

 しかし、それらに対して怨み言を言おうものなら、顕現し続けているペルソナによって今度こそ殺されるため、松本は八雲へ殺意を抱きながらも黙っている事した。

 

「もーう、行ってもよろしいですか? 少女も既にエルゴ研の治療設備のある区画へと運ばれているでしょうから、少年も同じく治療を受けに行った方が良いでしょう」

「俺はいい。けど、飛騨さんには少し話があるから、第八研に向かって」

「んんー? よーく分かりませんが、まあ良いでしょう。では、我々は先に戻りますので。皆さん、ごきげんよう」

 

 それだけ言うと、飛騨と八雲はエントランスから出て行った。

 後には、怒りに震える男や、明らかに非力な存在である筈の子どもが自分たちの生殺与奪を握っていた事に対する恐怖を感じている者などが残っていた……。

 

深夜――第八研

 

 タルタロスから戻った八雲と飛騨は、気を失ったまま治療を受けているチドリを見舞うと、そのまま第八研へと戻ってきていた。

 車椅子に座っている八雲の真剣な表情から、かなり真面目な話なのだろうと飛騨も正面のソファーに座り言葉を待っていると。

 意を決したように八雲は話し始めた。

 

「話って言うのは飛騨さんにある頼みごと聞いて欲しいってことなんだ。今日、チドリが怪我をしたのは、体力が尽きて動けなくなった俺を守ったからなんだ」

 

 正面から真っ直ぐ見つめる八雲の瞳に、影が射すのを感じながら黙って聞く飛騨。

 足手まといの自分を守って怪我を負わせたとなれば、当然、責任を感じてもしょうがないからだ。

 

「エントランスのことで分かっただろうけど、俺にとってペルソナを呼ぶのは呼吸をするように自然に出来る事なんだ」

 

 それはペルソナを研究している者としては非常に驚きの光景だった。

 言葉を発する事も無く極自然に自身の動きと連動させてペルソナを呼び出す。

 これが自然適合型の力なのかと、エルゴ研にいる人工ペルソナ使いらとは埋めようのない性能の差を感じた。

 しかし、そんな誰よりも優れた能力を有している八雲も万能ではなかった。俯いていた顔を上げると、その声色に強い怒りと悔恨を宿し叫ぶ。

 

「……けど、チドリが戦っているとき、俺は一人で床に這い蹲ってただけだった!」

 

 先のタルタロスを含めると、八雲が飛騨に強い感情を見せるのはこれで二度目。だが、その両方がたった一つの事柄に起因していた。

 そう、全てはチドリを助ける事が出来なかったということ。

 そして、筋肉の衰えたその非力な拳を色が変わるほど強く握りしめ、八雲は続ける。

 

「両親を失って、それから力を得たときに決めた筈だったっ。もう二度と目の前で大切な物を奪わせないと、殺してでも守るって! でも、また守れなかった。力を持ってたのに、あんなに近くにいたのに!!」

「……それで、少年は私に何を望むのですか?」

「力が欲しい。俺を戦える身体にしてくれ。寿命を削ろうが、死ぬような目に遭おうが耐えてみせる。だから、この身体を戦えるようにして欲しい!」

 

 八雲の身体はこのままリハビリを続ければ、半年後にはある程度回復する事が分かっている。

 衰えた筋肉を鍛え、体力を徐々に付けていく。身体への負担などほぼ皆無と言っていい方法だ。

 しかし、八雲が求めているのは『戦える身体』。

 八雲の言う戦える身体とは、事故前の状態と言う意味ではなく、戦闘に適した改造を施した肉体と言う意味だろう。

 確かに、桐条の技術を使えばそれは不可能ではない。

 実際に、第一研の行っている研究の中に、被験体の運動性能を上げてペルソナに耐えられるようにするという実験もある。

 だが、それには大きな欠陥があり。運動性能を上げた被験体には共通して戦闘依存症のような症状が報告されているのだ。

 八雲がそうなるとは思えなかったが、殺人への躊躇いを持っていない事を考えると、もしもの時の対処が出来ない以上、簡単には承諾できなかった。

 

「ふーむ……何故、会ったばかりの少女のためにそんな自殺行為をしようというのですか? 貴方は年齢不相応の精神の成熟度です。知識に関しても同様の事が言えます。だからこそ、『大人』なら選ばない選択をしようとする意味が分かりません」

「……理由なんてない。会って、接して、それでもう俺はあの子を守りたいと思った。理屈じゃないんだ」

 

 嘘偽りない言葉だけに飛騨は少々面食らってしまう。

 

(やれやれ、少女も少年が入院しているときは、頻りにいつ戻ってくるかと聞いていましたし。たった数度の邂逅でどうしてこうなったのやら)

 

 八雲が本気で言っていることが分かってしまった。

 だが、色々と異常な部分の多い八雲が、まさかそんな理由で自身の寿命を削ってでも戦おうとするとは思っていなかったのだ。

 

「見返りとして、ペルソナの制御法を教える。改造後の戦闘データが欲しいなら、それの採取も協力する。……だから!」

「はいはい、そーこまで言わなくても分かりましたよ。その話、お受けします」

 

 両親を失った事を発端として大切な者がいなくなることへのトラウマを持っている事は分かったが、八雲がチドリを守ろうとする理由は、それとはまた違ったものだった。

 これがもっと別の理由であれば、精神がペルソナに対しどのような影響を与えるかというデータが採れたのだが、その目論見が破綻したにもかかわらず飛騨の表情は楽しそうだった。

 

「実際に始めるのは明後日からにします。今日のことで各室長が貴方に目を付けているので、改造等はここの最奥にある隠し部屋で行います。それが始まれば、改造が終わるまで何ヶ月経とうが出せませんのでご注意を」

「それはやっぱり部屋にカメラとかがついてるから?」

「ええ、人体の改造はうちの研究テーマから外れていますからね。専門としている研究室よりも素晴らしい物を作っては怒られてしまうのですよ。で・す・が! こう見えて、私は医者でもありますから、中途半端な作品など作りません。やるからには、貴方のその肉体のスペックをフルに使えるようにしてみせます」

「作品、か。じゃあ、そのための名前も考えておいてね」

 

 そう言って笑って返すと八雲は車椅子から立ち上がり、飛騨に被験体らの寝室のドアを開けてもらって眠りについた。

 飛騨も八雲と別れた後、徹夜で改造の為の計画書や機材を集めてまわり。万全な状態で計画を始めたのだった。

 

 


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