【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百九十六話 時の鍵

――王居エンピレオ・最深部

 

 番人として現われた湊。彼が本物なのか偽物なのかは分からないが、それでも言葉を交わすことが出来て記憶を持っているなら殺す事は出来ないと一部の仲間は考えた。

 だからこそ、七歌たちは彼女たちが妨害してくる前に彼を倒そうと思った。

 恨まれてもいい。憎まれたってしょうがない。それだけの覚悟を持って一気に畳み掛けて彼を殺すつもりでいたのだ。

 しかし、そうして彼を討伐しようとしていた者たちは彼個人の強さを見誤っていた。

 ペルソナを倒してからすぐに仕掛けたというのに、彼はかなりの余裕を持って七歌たちのペルソナを次々に屠ってゆく。

 思えば彼はペルソナを使わずに全力のデスに勝っていた。さらに、自我持ちのペルソナを自力で倒せるからこそ主なのだとも言っていた。

 そんな人間を相手に普通の連携程度で勝てる訳がなかったのだ。

 ペルソナを全て倒され、彼を殺そうとする限りゆかりたちも今度こそ妨害を仕掛けてくる。

 どうやっても彼に勝てない。そんな絶望的な状況に陥ったタイミングでそれは突如現われた。

 ここにいるはずがない。存在するはずがない。目の前に敵としている彼が過去に使役していた青い天使。

 その天使の姿を見た瞬間、今まで余裕の表情をしていた湊が驚愕しながらもすぐにペルソナを呼び出そうとしていた。

 けれど、青い天使は敵のそんな行動を許したりはせず、極光の一撃で呑み込み完全に消滅させてしまった。

 彼を殺させまいとしていた少女たちも、流石に過去から送られて来た彼のペルソナがした事には何も言えないのか微妙な表情を浮かべつつも取り乱したりはしない。

 というよりも、本来なら自分たちで解決しなければならなかったことを、過去の本人に尻拭いさせてしまったことを申し訳なく思ってしまったのだろう。

 寮にいた風花の話では過去へと繋がる扉の前は大量の血で汚れている上に、寮の一階エントランス全体に肉を焦がしたような臭いが漂っているらしい。

 

「こっちを優先した方が良いと思ってお掃除はしてきてないの」

「うん。後で寮に戻ったら全員で片付けようか」

 

 転送装置を使ってやってきた風花は一階の様子を説明するなり謝罪してくる。

 だが、彼女一人にそんな血濡れの床を掃除させようとは誰も思っていない。

 風花も仲間たちが怪我をするところは見ているし、過去にはチドリや桐条武治が血濡れで倒れている姿を目にしている。

 おかげで一般人よりは大量の血を見ることに耐性はついているが、そうはいっても見ていて気持ちの良いものではないし、独特な鉄臭さは長時間嗅いでいると体調にも影響してくる。

 なので七歌もそっちは全員で一気に掃除してしまおうと伝えれば、他の者たちも分かっていると頷いて返してきた。

 きっと過去の湊は無茶した事を怒っても自分は何もしていないと誤魔化してくるに違いない。

 だが、流石の彼も反動でダメージを負っている状態では掃除など出来なかったようで、こちら側の世界には彼が世界の壁を越えてきた証拠が残っている。

 その事実を突きつけてしっかりと説教をしようと心に決めつつ、全員が揃ったことで七歌たちは最後の扉の前に立った。

 この扉に触れれば事件の切っ掛けが分かる。自分たちの持つ過去への未練が原因だとは分かっているが、何が引き金となって今回の事件が起きたのかは知っておきたい。

 全員の顔を見渡して準備を出来ている事を確認すれば、メンバーを代表して七歌がその扉に触れた。

 扉に触れた途端に何かの力が広がって全員を包んでゆく。

 そして、脳裏に自分の知らない光景が浮かんでくる。

 暗い闇の中、機械の身体をしたアイギスが一人座っている。

 周りは真っ暗だというのにどうしてだか彼女の姿だけはハッキリと見えていて、おかげでそれがどういう状況なのか余計に分からなくなる。

 そんな状態がしばらく続いていると、今度は少し離れた場所に光が集まって輪郭を浮かんできた。

 一体何なのか。そう思っていると光は徐々に人間の形になり、最後にはここにはいない彼の姿を取った。

 ずっと座っていたアイギスはそれに気付くと立ち上がって彼の許へ向かおうとする。

 だが、どれだけ走っても彼との距離は縮まらず。どれだけ呼びかけようとも一瞥することなく去って行く。

 遠く離れてゆく背中を見送るしかなかったアイギスは途中で立ち止まり、疲れ切った表情でその場に蹲るとそこで映像は終わってしまった。

 

「なに今の?」

「あれが、あんなのが今回の事件の切っ掛けだと言うのか?」

 

 ゆかりと美鶴がどういう事なんだと困惑した表情を浮かべて、先ほどの映像に出てきた少女を見つめる。

 これまでの扉はそれぞれの過去を見せていたのだが、今回はどう考えても現実に起きた事には見えなかった。

 となれば、先ほどの映像に一切心当たりがない者たちは、唯一何か知っていそうな本人に尋ねるしかない。

 全員の視線がアイギスに集まれば、どこか気の抜けた様子のアイギスが口を開いた。

 

「先ほどの映像は過去にわたしが夢です。卒業式に記憶を取り戻してから、何度かあんな風に八雲さんが離れて行く夢を見ていたんです。でも、一回だけという訳ではないので、どうしてあれが事件の切っ掛けになったのかと聞かれてもわたしも分からなくて……」

 

 彼女の話を聞いて他の者たちも確かにそうだろうなと一応の納得を見せる。

 大切な人がいなくなったのだ。寂しさや後悔などが夢に影響し、あんな風にある種の悪夢を見たところでおかしくはない。

 ただ、だからこそ何故あれが事件の切っ掛けになったのかという謎が残る。

 アイギスの夢の映像を見た事で最後の扉も消えてしまった。これで本当に事件は解決なのか。

 そんな風に思っていると全員の手元で何かの力が収束し、光り輝く鍵のような物が現われた。

 

「なんだこれはっ」

「別に危険な物じゃないと思いますよ。まぁ、言ってしまえば寮から出るための通行証のような物じゃないですかね」

 

 急に現われた鍵に驚きながらも警戒する真田に、メティスが他の者たちの手にある鍵を見ながら警戒しなくても大丈夫なはずだと声を掛ける。

 先ほどの戦闘で“湊”という自分たちを現在に縛り付けていた楔は倒した。

 ならば、アイギスたちはこの世界から自由に移動する事が出来る訳で、現われた鍵を使って扉を開けて外に出れば元の世界に帰れるはずだった。

 ようやく事件が解決すると分かってメンバーたちの顔にも安堵の色が浮かぶ。

 一ヶ月以上も以前のような戦いに身を投じる生活をしていたのだ。それが終わると思えば彼女たちの気が抜けるのも当然と言える。

 しかし、これでようやく外に出られると思ったところで、順平はどうして外に出るための鍵がこんなにもあるのかと首を傾げた。

 

「あれ? けど、これって誰の鍵を使えばいいんだ?」

「確かに人数分……ってメティスは持ってないの?」

「私は今回の事件に関係ありませんからね。あくまで事件の原因となった方たちが原因を取り除いた証みたいなものです」

 

 この場にいるメンバーで鍵を持っていないのはメティスだけだ。

 犬であるコロマルですら持っているのに、人型のロボットであるメティスが持っていないのはとても不思議だが、確かに事件の原因となったメンバーのみ入手出来るとなれば彼女は無関係なので対象外で当然と言えるだろう。

 もっとも、彼女一人が持っていなかったところで、他のメンバーだけで十本以上の鍵があるのだ。

 これのどれを使えば正解なのか、どれを使っても良いのか。七歌たちが考え始めたところでメティスが再び話し始める。

 

「どれが正解というより一つに集めないと使えないと思います。全員が原因だった訳ですから、それの対処も全員分の力でって感じですね」

「ほーん。そういうシステムなのね。けどまぁ、全員揃ってる訳だし大丈夫だろ。んで、これで玄関の扉を開ければいい訳か?」

「はい。もしくは屋上への扉でもいいですけど」

 

 現われた“時の鍵”を使って鍵の掛かった扉を開いて外に出れば、晴れて七歌たちは時の空回りから脱出出来る。

 最後の番人との戦いは精神的にも辛い物があったが、ようやく終わりだと言われれば頑張った甲斐があったという達成感が湧いてくる。

 中には少しばかり心残りを感じているメンバーもいるようだが、彼女たちも全員が無事だった事には喜んでいるに違いない。

 そうしてメンバーたちの中に明るい空気が漂い始めれば、一応聞いておくかと先ほどの開ける扉の違いについて荒垣が質問した。

 

「そういや、屋上への扉でも効果は一緒なのか?」

「いえ、そっちはエントランスにある扉に近い性質なので過去に出ます」

「……は?」

 

 メティスから返ってきた言葉に荒垣は呆けたように聞き返す。

 確かに過去改変についての話は前にしていたが、まさか選ぶ扉の違い程度で起こせるとは思っていなかった。

 最後の敵を倒せば元の世界に戻るだけ。そう思っていたからこそ荒垣も気が抜けてしまっていた。

 まさかここでその話が出てくるとは思うまい。

 当然、今の話は他の者たちも聞いており、案の定、過去改変を望んでいたゆかりが会話に参加してきた。

 

「過去にって……本気で言ってるの?」

「ええ、そこに関しては兄さんも言っていたはずです。まぁ、楔が消えた以上は寮も現状を維持出来なくなっていきますし、物資補給の扉と違って一方通行なので行けば戻って来られませんけどね」

 

 先ほどアザゼルによって倒された扉の番人が寮を現在に繋ぎ止めている楔だった。

 それが倒された以上は寮を包んでいる力も徐々に消滅していき、現世から隔離されている寮は力が消えると同時に放り出される事になる。

 上手く元の世界に繋がれば問題ないが、どちらの世界かを選ばない限りは安全な状態で現世に復帰させることは難しいだろう。

 そう。自分たちが無事に生き残る事だけを考えるなら、現在と過去のどちらを選んでも問題はない。

 恐らくそれは他の者も気付いており、だからこそ美鶴は先に扉の選択で重要な部分について確認を取ることにした。

 

「もし……もしもの話だが、過去に行くとしたらそちらも鍵は全員分必要なのか?」

「はい。というか、皆さんの鍵は元は一つなんです。その力が人数で割られている状態なので、大前提として完成品しか使えないと思ってください」

「なるほど、選べるのはどちらか一つというわけだな」

 

 希望者だけが過去改変に旅立つ。そんな事が可能であればゆかりたちは間違いなく希望者だけで屋上の扉を潜っていた。

 だが、彼女たちの持っている鍵は他の者たちの分も合せないと使えない。

 現状ではどうやれば一つの鍵に出来るのか分からないが、彼への強い執着を見せているゆかりが暴走しないとも限らない。

 折角ここまで無事に来られたというのに、最後の最後で仲間割れなど御免被りたい。

 ならばと七歌はアザゼルの助力への礼を含め、彼女たちのガス抜きと自分たちの今後の行動に対するアドバイスをもらうため彼に会いに行こうかと提案する。

 

「んー、メティスに聞きたいんだけど、まだ一応の時間はあるんだよね?」

「そうですね。二、三日でどうこうなったりはしないと思いますし、探索の疲れを取るために休んだりは十分出来ると思いますよ」

「そっか。んじゃ、寮に戻ってエントランスの掃除してから一回休もうか。それで起きたら全員で現状報告も兼ねて八雲君に会いに行こう」

 

 ここまでの探索と番人との戦闘で皆も疲れている。そんな状態で話し合っても良い結果にはならない。

 また、湊はあえてゆかりたちに過去改変の可能性を伝えていたようなので、こうなってからも何か話すことを用意している可能性がある。

 出来ればゆかりたちも納得した上で元の世界に戻れると良いのだが、その辺りは湊が何を語るかによって変わってくるだろう。

 彼は時たま変に煽ったりもするので安心出来ないが、少なくとも自分たちだけで話し合うよりは良い結果が生まれるはずだと信じたい。

 そんな淡い希望を抱きながら寮に戻った七歌は、他の者たちと協力して過去への扉前に広がる血溜まりを掃除してから部屋に戻って休むのだった。

 

 

 


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