【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百八十九話 認識の違い

――古美術“眞宵堂”

 

 順平と天田から報告を受けた後、七歌と美鶴は帰ってきたゆかりらに最後のダンジョンについて助言を貰ってくると告げて湊の許を訪れていた。

 帰ってきた彼女たちは湊と言葉を交わしたからか普段通りの落ち着いた雰囲気になっていた。

 あれだけをみれば彼女が過去改変を望んでいるようには見えない。

 最初に気付いたのは湊のようだが、やはり彼には色々と話していてそこから少女が何を目指しているのか察したのだろうか。

 過去のポロニアンモールについた七歌たちは喫茶店シャガールでチーズケーキをテイクアウトし、それを手土産に眞宵堂を訪れる。

 彼はいつも通り奥のレジカウンターでノートパソコンを広げ、いくつかの書類を眺めながらキーボードを叩いていた。

 

「八雲君、こんにちは。オヤツもって遊びにきたよ」

「……ああ。また面倒な相談に来たのか」

「へへっ、まぁね。ゴメンね、厄介なネタばっかりで」

 

 シャガールでテイクアウトした箱を見せながら挨拶するも、湊はまた面倒な相談事を持って来たのかと呆れた表情を浮かべる。

 実際に彼にすれば言った通りだと思うので、七歌も申し訳ないと謝罪しながら彼の許へ向かう。

 七歌と美鶴が席に座り、広いカウンターの上に置いたケーキの箱を広げ始めれば、湊も無言でマフラーから食器とカップと紅茶のポットを出してきた。

 紅茶のポットは既に中身が完成している状態で、受け取った美鶴がそれぞれのカップに紅茶を注いで置いてゆく。

 その間に七歌も湊が出した皿にケーキを載せてフォークを添えてから並べ、全ての準備が整った所で満足げに頷いた。

 

「よしっと。で、今回は前に八雲君が順平たちに話した過去改変について聞きに来たの」

「一応、こちらでも最低限の知識は得ている。過去改変は我々のいる未来を変化させる訳ではなく、別の選択肢を採ることで別の未来に分岐させる……という認識で良いんだな?」

 

 こちらの世界に綾時が来られない事もあって、現時点ではこの世界にいないはずの綾時の事は話せない。

 なので、どういった筋からその情報を得たのかは伏せたまま、美鶴は自分たちの持っている過去改変の認識に誤りがないか確認した。

 ここで湊の口から過去改変で変化するのは元いた世界だと聞く事が出来たなら、恐らく七歌たちも含めて積極的にその案に乗れないか検討する事だろう。

 しかし、綾時が言っていたようにあくまで別世界への分岐でしかないとなれば、元いた世界に残される存在のことを思って選べない者も出てくる。

 どちらの考えも分かるし、それぞれにメリットデメリットが存在するからこそ、七歌たちも簡単には否定も肯定も出来ない。

 今日の相談はそういった諸々を考えるための叩き台や判断材料を求めての事だ。

 あくまで彼ならば自分たちよりも情報を持っているだろうと思っての事であり、彼が過去改変に関して情報を持っていない可能性も十分に考えられる。

 自分たち以上に時の概念について知識を持ち、神に挑むため力を付けている彼が過去改変に手を出していないのだ。

 彼ほどの力があっても出来ないのか、それとも出来たとしてもやる意味がないと思っているのか。

 何でも良いから情報が欲しい。そう思って七歌と美鶴が彼の事を見つめていれば、湊は自分の前に置かれたケーキをフォークで一口分に切りながら口を開く。

 

「……過去改変に関する認識はそれで間違っていないはずだ。俺も自分で過去改変をしてみた訳じゃないからな。あくまでそうなる可能性が高いという認識でいて欲しい」

 

 切り取ったケーキを口に運ぶ湊の話によれば、過去改変については綾時が説明していた通りの認識で良いらしい。

 どちらもニュクスと同じ神側の存在だけあって、やはり人間達には理解出来ない概念に関する知識を持ち合わせているようだ。

 綾時に聞いていた事に加えて湊から説明を受けたことで、過去改変が別の未来への分岐でしかないのは理解したが、ではゆかりたちが求めている自分たちの世界の結末を変える方法はないのだろうか。

 その事を疑問に思った七歌は、ゆかりたちが本当に望んでいるのは別物だと思っていたため、別のアプローチなどで今いる世界に既に起こった結末を変えられないのかと尋ねる。

 

「うん。でも、それじゃあ私たちの世界の結末を変える方法とかはないの? ゆかりたちが過去を変えようとしてるのって八雲君が死なずに済む未来を望んでの事だからさ」

「ある訳ないだろ。結果が出た以上それは確定した過去だ。科学の実験だって何だっていくら条件を揃えて同じ結果が出ようと実験結果は毎回別の物として記録するだろ。それと一緒で結果が出たならその時点で世界の記録として保管される。そこに手を加える事は出来ない」

 

 湊と他の者では時に対する認識が違っているためしょうがないことだが、青年はケーキを食べながら呆れたように無茶を言うなと溢す。

 彼も七歌の話で出てきたゆかりたちの願いについては理解出来ている。ニュクスには勝利したものの、仲間の一人を犠牲にして手に入れた未来に納得がいっていないのだろうというのは分かる。

 ただ、ゆかりたちが何を思っていようと、彼はそれが未来の自分の事だからこそ“納得した上での選択”だと理解している。

 誰一人欠けることなく新しい未来に辿り着く事を望んでいたとすれば、それは確かに望んでいた未来ではないかもしれない。

 しかし、未来の自分は最後まで最善の結果に辿り着く事を諦めてはいなかったはずだ。

 それでもダメだった。どんなに考えても最善に辿り着く道はなく、だから未来の自分は求め得る中での最良の結果を選んだはずだと青年は話す。

 

「……未来の俺の選択はお前たちにとっては認められないもの、納得しきれないものなんだろう。だが、敵は真性の神だ。矮小な人間たちが命を懸けたって普通なら勝てるような相手じゃない。それは分かっているんだろ?」

 

 彼の問いに七歌と美鶴は僅かに目を伏せながらも頷いて返す。

 心では納得出来なくても、頭ではしっかりと分かっているのだろう。

 二人はこちらの湊と違って封印が解かれこの世に顕現したニュクスを実際に見ている。

 タルタロスの頂上で宙に浮かぶ巨大な赤い瞳を見た時、どう抗っても人間が勝てるような存在ではないと本能で理解してしまったのだ。

 ゆかりたちが彼も共に生きられる未来を望んで動くのは分かるが、惑星を滅ぼせる力を持った神を相手にたった一人の犠牲で済んだと考えれば、それ以上の結果を望むのはあまりに強欲と言うものだろう。

 過去とはいえ本人から諫められれば七歌たちも冷静になって考える事が出来る。

 七歌は紅茶で喉を潤すと改めて自分がすべき事を見つめ直す。

 

「じゃあ、やっぱり私たちはゆかりたちに過去改変を諦めさせる必要があるみたいだね」

「伝え方も含めてある程度の配慮は必要だろうが、私たちの世界は私たちのために八雲が繋いでくれたものだ。そこで生きることに意味があると私は思う」

 

 過去改変に希望を持っているゆかりたちには残酷な事だが、仮に過去を改変しても彼女たちが望んでいる結果にはならない。

 無論、別の未来を目指すことで彼も生き残る事が出来るのならば、過去改変の真実を理解した上でそちらを選ぶ可能性もある。

 ただ、彼から話を聞いた二人はそれに同意することはない。自分たちが生きる世界は湊が自分たちのために命を懸けて繋いだ未来だと知っているから。

 そうして、七歌と美鶴も改めてゆかりたちを説得する方向で行くことに決めケーキを食べていれば、紅茶を飲み終えて一人だけコーヒーを飲んでいた湊が直前の美鶴の言葉を聞いて訂正を入れてきた。

 

「……別にお前たちのためって訳でもないだろうけどな。俺は我欲で動いている。極論を言えばチドリとアイギスとラビリスが安全に暮らせていれば良いんだ。その周りの世界も守る範囲には含まれているが二、三個の取り溢しがあっても別に気にしない」

「え、私は? お姉ちゃんだよ?」

「従姉は他人だろ。結婚だって出来るんだぞ。国も他人だと認めている証だ」

 

 チドリたちは悲しんだり心に傷を残すかもしれないが、湊からすれば三人の安全などがしっかりと確保されていれば仲間が数人欠けたところで気にしない。

 彼目線で言えば同じワイルドの力を持っていてアルカナシャドウを倒してくれてもいるが、裏で色々と実験や準備を進めるために任せているだけで、アルカナシャドウなど自我持ちを一体送れば勝手に倒せる。

 なので、別に途中で退場しても構わない。その気持ちもあって彼女たちが桔梗組にやって来た時は最後に殺そうとしていたのだ。

 六月の時点では湊も彼女たちを殺そうとは考えておらず、邪魔なら別に切り捨てても問題ないくらいの認識だろう。

 そんな風に冷たく突き放すような言葉を吐かれた七歌だったが、彼女は都合良く従姉なら結婚も出来るという部分のみを拾い上げて笑顔を浮かべた。

 

「ヒヒッ、美鶴さん聞いたかい? 八雲君から遠回しに結婚しようって言われちゃったぜ」

「君にとっては残念な事にそういった内容の言葉は聞いていないな。八雲は無慈悲に従姉など赤の他人だと告げただけだ」

「……は? 血の繋がった家族である私が他人なら、美鶴さんなんて視界の端に映ってるだけの石ころみたいなもんですよ?」

「存在が認識されている以上、そこまで酷くはないだろう……」

 

 美鶴が七歌に厳しい現実を突きつければ、言われた七歌は理不尽な言葉のカウンターパンチで美鶴を打つ。

 湊と言葉を交わすようになったのは修学旅行からなので、大して話した事もないクラスメイト以下の扱いでもおかしくはない。

 けれど、彼女の母親は湊も懐いている桐条英恵だ。その娘として存在も認識されているため、いくらなんでも路傍の石よりはマシなはず。

 理由があろうと何年も口を聞いて貰えなかった事もあり、自信なさげに美鶴がそれだけ呟けば、目の前にいて二人の話が聞こえていた湊が口を挿む。

 

「……まぁ、認識はしてますよ。おばさんとの約束もありますしね」

「あぁ、こちらの君もそんな事を話していたな。私はその約束がいつ交わされたものか知らなかったが」

「何年か前のおばさんの誕生日です。誕生日プレゼントを用意する時間がなかったので、代わりにいつか美鶴さんを一度助けるって約束しました」

「君は影ながら何度も助けてくれているだろうに、それで約束を果たした事にはしないのか?」

 

 荒垣が離脱していた時期に悪魔型シャドウから助けてくれたように、直接的に助けてくれることもあれば、裏で色々と動いて手助けしてくれた事もあった。

 英恵との約束は一度だけという事だったので、それで行けば湊はとっくに約束を果たしている事になる。

 だが、この六月時点でも湊は約束を果たしたと思っていないらしく、美鶴はどうして果たした事にしないのかと理由を尋ねる。

 聞かれた青年は作業を再開してパソコンを見ながらも、話は聞いているのか素直に答えた。

 

「……別に片手間で出来る事しかしてませんから。落とした消しゴムを拾ったくらいで恩着せがましく礼を強請ったりしないでしょう?」

「君にすればその程度の労力かもしれないが、こっちは命を落としかけている状態だったこともあるからな。素直には納得しづらいところだ」

 

 美鶴にそう返されても湊は肩を竦めるだけで、そのまま何も返さずにキーボードを叩き続ける。

 どうやら本気で大した事はしていないと思っているらしく、本人がそう思っているならいくら言おうと無駄だと分かっている美鶴も苦笑を浮かべるだけでそれ以上は何も言わなかった。

 そうして、聞きたかった事は聞けたことで話に一区切りが着くと、その後はお茶をしながらしばらく雑談を続けた。

 彼とこうやって会える機会も残り僅かだ。それが分かっている二人は事件解決までという期限を理解しつつも、その限られた時間を大切にすごそうと湊との会話を楽しむのだった。

 

 

 


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