【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

487 / 504
第四百八十七話 業の路ジュデッカ

 封印処置から解放された少女が目を覚まし、目の前にいる新型機の青年から現在地が東京だと聞いて戦闘に突入した。

 少女が以前いた場所は孤島だった。どうあっても脱出不可能な場所にいたことで、最後に海が見られただけでも良かったと封印を受け入れた。

 しかし、都心に近い都内であればいくらでも逃げる事が出来る。

 同型の姉妹機から聞いた、自分の人格の基になった少女に会いに行くことも出来るのだ。

 それさえ済めば後はどうなっても構わない。最後にその願いだけを叶えさせて欲しい。

 そう願ったが脱走を阻んだ新型機の青年は強かった。搭載された武装だけではない。あらゆるスペックで負けていて、この青年がいる限り自分の願いが叶うことはないとハッキリ理解出来た。

 だが、その青年は少女が口にした願いを聞いた途端、推進器付きの戦斧による一撃を無抵抗で受け入れた。

 表面の装甲だけでなく、内部の骨格パーツすらも容易く両断出来る攻撃だ。

 四肢の一部を切り飛ばす程度の損傷で行動不能にしようと思っていた少女は、このままでは拙いと思ったが振り下ろした攻撃は止められない。

 そうして戦斧が青年の装甲に衝突すると思った直後、戦斧は柔らかな肉を切り裂き骨を断ち切った。

 噴き出す鮮血、赤い血溜まりの上に青年が倒れ込む。

 全身に温かな鮮血を浴びた少女は、一体何が起きたのかと混乱する。

 すると、戦っていたケージ内に白衣を着た女性や大勢のスタッフが入って来て、青年の容態を確認すると同時に手術室の手配をするよう命令している。

 未だ状況が飲み込めていない少女が立ち尽くしていると、白衣の女性は倒れている青年が生身の人間で、桐条グループとは敵対関係にある少女らの味方だと教えてくれた。

 その事実を知った少女の胸は恐怖と罪悪感で埋め尽くされ、運ばれていく青年の無事をただただ祈り続けた。

 

***

 

 倒れた青年がなんとか一命を取り留めてから丸一日が経った。

 どうか彼の病室にいさせて欲しいと少女が願えば、その願いはすんなりと受け入れられて何かあれば呼んでくれと告げられ、病室内に彼と二人きりになってしまう。

 相手を殺しかけた人間をこんな風に放置していて良いのか。少女の中にそんな疑問が浮かんだが、肩から脇腹にかけて斜めにつけられた痛々しい刀傷を見れば、どうやって謝ろうかという事ばかり考えてしまい。自分の置かれた状況に対する思考はすぐに消えていった。

 そうして、少女が黙って眠り続ける彼を見ていれば、さらに数時間が経ってから彼が静かに目を覚ました。

 まわりを見た彼はすぐに状況を把握したようで、丸一日以上意識を失っていたと伝えても驚いた様子は見せない。

 相手がどんな人物なのか、どうして最後になって自分の攻撃を無抵抗で受け入れたのか。気になった情報については、彼の手術が終わるまでに医者の女性や施設の職員らしき少女に聞いている。

 彼は少女の姉妹機に恩があって、その関係で桐条グループの施設で封印処置を受けていた少女を盗み出して起動させたのだという。

 無論、ただ助ける事が目的だった訳ではなく、研究への協力を頼みたいという思惑もあるそうだが、どちらにせよ責任者である青年を殺しかけたのだ。廃棄処分は免れまい。

 それが分かっている少女は自分の勘違いと危害を加えた事を謝罪した。

 あの時は精神的な余裕がなかった事で敵対を選んでしまったが、そもそも青年に戦闘の意思がなかったのは明確だった。

 だというのに、少女は敵だと判断して攻撃を仕掛け、本来守るべき存在である“人間”の青年を殺めかけた。

 ずっとその事を謝りたくて傍にいさせて貰ったのだと説明し、謝罪を終えた少女はこれで思い残すことはないからスクラップにして構わないと告げる。

 すると、青年は急に鋭い視線になって誰かがそう言ったのかと少女を問い詰め、少女が自分自身の判断だと返せば、少女の腕を引っ張りベッドで組み敷して怒気を孕んだ言葉で本気で言っているのかと尋ねた。

 どうして彼がこんなに怒っているのか少女は分からない。自分が口にしていた夢は諦めたのかとまで聞いてくる始末だ。

 諦めたのかと聞かれれば少女だって諦めたくはない。自分の人格の基になった母親のような存在である少女に会って感謝の言葉を伝えたい。

 けれど、人間を守るために作られたロボットが、守るべき人間に危害を加えてしまった以上廃棄されなければならない。

 その事を説明すれば何を思ったのか青年は自身の胸に勢いよく腕を突き刺し、傷口から鮮血を噴き出しながら心臓を引き抜いた。

 混乱しながらも少女は彼を助けなければと手で傷口を押さえて出血を少しでも防ごうとする。

 こんな事をしたところで心臓を破壊した以上彼に助かる道はない。

 ただ、それでもどうにかしなければと思っていれば、少女の目の前で彼の胸の傷が勝手に塞がっていくのが見えた。

 まるで映像の逆再生のように徐々に傷が塞がり、全ての傷が消えたところで青年が少女の頭部を自分の胸に当てて、失ったはずの心臓の音を聞かせてくる。

 彼の話によれば普通の人間と違って傷が自然治癒し、臓器を失っても他の細胞から造り出せる体質なので、戦斧で斬られたくらいでは死なないことを説明したかったらしい。

 実際に目の前で見せられた以上は信じるしかないが、どうしてそこまで自分の事を想ってくれるのかが分からない。

 それも自分の姉妹機に助けられた事が関係しているのかと考えていれば、青年が少女の口から直接過去の実験内容について聞きたいと言ってきた。

 実験その物は楽しい思い出ではないし、思い出せば胸が締め付けられるくらい悲しい別れもあった。

 だが、彼は単なる好奇心で聞いている訳ではない。それが分かったため自我を確立してから封印されるまでの流れを全て説明した。

 自分のことを話すのは照れくさかったが、実験の犠牲になった姉妹機たちの事を自分以外の誰かにも覚えていて貰えるのは嬉しかった。

 そうして、全てを話し終えると少女は青年に抱きしめられ、桐条グループの人間が行なった非道な行為について謝罪し、自分を助けた少女の姉妹機はそれらの犠牲のおかげで生み出されたのだと感謝してきた。

 あの実験は単なるデータ収集ではなく、繋がる形で人々の助けになっていた。決して無駄は犠牲ではなく、姉妹機全ての命に意味があったことを知って少女は喜びの涙を流す。

 その時、少女は自分の中で何かが変化した事を自覚し、少女の頭上にそれが姿を現わす。

 現われたのは銀色の鎧を纏った女性型ペルソナである、運命“アリアドネ”。

 自分が手に入れた力を見つめた少女は、胸の奥から感じる熱い想いによりこれは犠牲になった姉妹たちから青年に向けた感謝の気持ちなのだと理解する。

 ならば、自分を、姉妹たちを救ってくれた青年のためにこの力を使おうと少女は密かに決意するのだった。

 

 

――業の路ジュデッカ

 

 過去の映像と光が消えて視界が元に戻ると、先ほど見た光景のインパクトによって誰も口を開けずにいる。

 今回はEP社の研究所でラビリスが封印から解放され、そして、湊との戦闘後にペルソナを得るまでの一連の映像が見えた。

 これまでと違って最初の戦闘とその後のペルソナ獲得の場面の間に丸一日以上の時間が開いている。

 確かにペルソナ覚醒の場面だけを見ても流れが分からなかっただろうが、見ている側に配慮するような事まで出来たのかという驚きと戸惑いがあった。

 だが、メンバーたちが口を開けずにいるのは、桐条グループがラビリスたち五式のテストベッドの少女らに行なった実験の内容を知ったからだ。

 心を持った姉妹同士を殺し合わせ、その戦闘データを集めているだけだと思っていた。

 しかし、実態は戦闘に負けて破棄される姉妹機の記憶を残った機体に引き継がせ、姉妹機の記憶という刺激を受けて情緒面の成長を促しながらペルソナ獲得のアプローチを探るという物だった。

 戦闘データを集めつつ、人工的にペルソナを獲得する手段を模索していたからこそ、同時に済ませられる方法を取ったのだろう。

 自我を持つラビリスたちの気持ちなど一切無視して、ただ効率的だったからというだけの理由で。

 美鶴は過去の研究内容に目を通し、ラビリスからも話を聞いて知っているつもりになっていた事を強く恥じて、改めてラビリスに向き合うと深く頭を下げて謝罪した。

 

「ラビリス、本当に済まなかった。今更謝ったところでどうにもならない事は分かっている。だが、そこまで非道な実験を君たちに行なっていたなど……本当に申し訳ない。私には謝ることしか出来ない」

「あー……まぁ、美鶴さんが聞いたらそう思ってまうんやろなってのは分かってたわ。だから前に聞かれた時とかは話を濁してたんよ」

 

 これまでの付き合いの中でラビリスも美鶴がどういった性格なのかは把握している。

 おそらく他の者たちも気付いている事ではあるが、美鶴は湊に似て自分の責任ではない事にまで強く責任を感じてしまうタイプだ。

 当時小学生でしかなかった美鶴はエルゴ研の研究には一切関わっていない。

 彼女が口を出したところでそれが通ることはなく、従って仮にラビリスたち五式の実験を知ったところで彼女に出来る事はなかった。

 けれど、自分たちの一族が主導していた実験によって、多くの犠牲を生み出し、深く傷ついた者がいると知ってはなにかせずにはいられないのだろう。

 ラビリスとしてはペルソナを獲得する際に交わした湊との会話で全てが報われている。

 確かに今思い出しても辛い気持ちはあるのだが、自分に宿っている姉妹機たちの記憶が強く影響したシャドウラビリスの人格が湊に強い信頼を寄せている以上、姉妹機たちも湊の存在に救われている事は間違いない。

 なので、自分の中にいる姉妹機たちも既に彼に救われているのだと素直に伝える事にした。

 

「謝ってくれるのは嬉しいけど、実験についてはウチも他の姉妹機らも既に湊君の言葉に救われとるんよ。ウチの中にいる皆が湊君の手助けするために力を使いたいって思ってたから、ニュクスを倒した事でそっちの願いも叶ってるし。ホンマに気にせんでええよ」

「しかし……いや、君がそう言うのならそうなのだろうな」

 

 自分たちは既に救われており、彼のために力を使うという誓いもなんとか果たすことが出来た。

 彼も共に生きるという最善の結果は得られなかったものの、それならそれで彼の望んだ通り自分は彼が繋いでくれた未来を生きる事が何よりも恩返しになるとラビリスも気付く。

 救う手段があるのなら、過去を変える手段があるのなら悩みもするが、そのための行動は彼自身の想いや誓いを裏切る行為になるかもしれない。

 ならば、自分がこれからすべきは彼が望んだ平和な世界で幸せになる事だろうと考える。

 

「改めて湊君の無茶苦茶な行動見て思ったけど、変なところで不器用にウチらの幸せを全力で叶えようとしてくれてたんやな」

「……八雲は最初からあんな感じよ。八雲が一緒にいてくれたらそれで十分幸せだったのにね。本人は自分を平和な世界にとって異物と見てたから、そこの認識のズレが正されない限り共に生きる未来はなかったのかもしれないわ」

「フフッ、ウチら自身の考える幸せと湊君の考えるウチらの幸せのズレの大きさに驚くわ」

 

 今の世界は彼の考えるラビリスたちの幸せの世界に近いのだろう。

 善意の押しつけのような形なので、少女らにすれば素直に納得は出来ないが、先ほどの過去の映像を見ていたことで彼の不器用さに苦笑してしまう。

 彼だって少女らと一緒にいるのは嫌じゃなかったはずだ。それでも彼女たちの幸せに自分は不要だと最初から離れるつもりでいた。

 一緒にいたところで誰も彼を責めたりはしないというのに、どうして彼はそこまで自分に罰を与えようとしていたのか本当に謎である。

 今更それについて考えても無駄なのかもしれないが、もしも、彼と再会することが叶うのならラビリスは自分の思う幸せの形を彼に伝えようと思った。

 少女がそんな風に密かな決意を固めていると、話が一段落着いたと判断した七歌が扉が消えた場所に視線を向けて口を開く。

 

「さてと、これで時の狭間に残る扉は一つだね。今まで通りに行けるのか、それとも最後に何か罠が仕掛けられているのか。こればっかりは入ってみないと分からないよね」

「注意すべきは兄さんが言ってた寮を三月三十一日に繋ぎ止めている楔の存在ですね。タルタロス消滅のエネルギーが膨大だったのかもしれませんが、限定的にでも範囲内の時間の流れを操作し続けられる訳ですし。しっかりと準備しておいた方がいいと思います」

 

 最後の扉でどんな存在が待ち受けているのか、七歌も一部のメンバーと意見を交換して予測している。

 恐らくはこれまでの探索でも度々見ていた湊の姿をした影が待っていると思われる。

 だが、姿が彼の物だからと言って、その能力までもが彼のコピーだとは限らない。

 むしろ、彼の完全なコピーだった場合の方が、戦闘で勝利出来るか怪しくなってくるのだ。

 そういった最悪の事態を考えるのならどれだけ備えても足りないくらいなので、メンバーたちは今回は少し長めに休みをとって最後の扉の攻略に行くことに決める。

 ダンジョンの中に限らず、何が起きても良いようにしっかり準備をするため、七歌たちは転送装置まで移動すると全員で揃って寮へと戻っていった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。