【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百八十六話 珍しい組み合わせ

――古美術“眞宵堂”

 

 残る扉も二つだとダンジョンを攻略したゆかりたちが恒例の報告にやってきた。

 店番がてら仕事をしていた湊にすれば、数時間前にも似たような話を聞いたばかりという感想なのだが、あちらの人間にすれば数日ぶりの報告とのこと。

 一応、向こうのメンバーたちも別れる事を考えているのか、出来るだけ湊との接触を控えようと自重しているらしい。

 だが、彼女たちはダンジョンを攻略した時だけじゃなく、物資の補給名目で来る事もあれば、攻略しているダンジョンの進捗状況を伝えに来る事もある。

 別にこちらの世界に来た時には挨拶しなければならないという事もないのだが、時の空回りから抜け出すという本来の目的を見失いつつある者にすれば、会いに行くための理由さえ用意できれば会いに行っても良いと思っているようだ。

 そうして、今回もまた話を聞いてやる事で彼女たちのメンタルケアを果たせば、少し時間を置いて今度は別の人物がやってきた。

 

「おーっす、やってるかい? ……なんちゃって」

 

 言いながら笑顔で入って来たのは天田を連れた順平だった。

 全員でやって来た時以外には見ない珍しい組み合わせだなと考えつつ、湊はパソコンの画面から顔をあげると順平の方を向いて口を開く。

 

「……生憎とたった今閉店したんだ」

「いやいや、閉店の札ならオレらが過去に来た時からずっと出しっぱなしだろ。女子たちはよく来てんのにオレたちはダメとか男女差別はよくないぜ?」

「店側にも客を選ぶ権利はあってな。いくら客が差別だと騒いだところで、店側が出ていけと言って出ていかなければ不退去罪で警察の厄介になることになるんだ」

 

 表向きの話をするならば順平たちは閉店の札を出した営業時間外に入って来ている事になる。

 そんな状態で店の人間が帰れというなら客は指示に従わなければならない。仮に店側に非があってトラブルになっていたとしてもだ。

 実際は順平のノリが面倒だったから帰らせようとしているだけだが、あちらの世界の湊も同じような態度を取っていたのか順平たちは構わずカウンターの方までやってきて出したままの椅子に腰掛ける。

 そして真っ直ぐ湊の方を向いた順平は僅かに苦笑を浮かべると、帽子を脱いで頭を掻きつつ静かな口調で話し始めた。

 

「あー、まぁ、今回は割りと真面目な話なんだ。相談に乗ってくれ」

「さっきの順平さんのノリは真面目な話をする前の照れ隠しなんですよ。まぁ、逆に空気読めてない感じになりましたけど」

「うっせぇ! 小学生には分かんねぇだろうけど高校なら爆笑の渦に包まれてたからな!」

 

 かなり滑っていたと天田に冷静にツッコまれた順平は、お子様な小学生には理解出来ない高尚な笑いだったと自分の来店時の台詞について語る。

 だが、滑った事を必死に否定する順平を天田は疑いの目で見ており、どうやら精神年齢の高い天田少年には嘘がバレているらしい。

 二人の会話をほとんど聞き流していた湊だが、高校なら爆笑の渦だったという言葉を聞いた時には心の中で俺の世界とは笑いのセンスが違うらしいと感じていたので、天田の疑いの眼差しによって湊も別世界線だと勘違いせずに済んだ。

 高校生が小学生に対してくだらない見栄を張り続けている光景を眺めていた湊は、まだ地続きの世界線だと認識した上で相談内容を予想して釘を刺す。

 

「……先に言っておくとお前からの恋愛相談は受けない。見込みがないからな」

「ちげーよ!! つか、見込みあるわ! 天田も笑ってんじゃねえ!」

 

 誰も恋愛相談などしようと思っていない上に、勝手に見込みがないと言われ順平は立ち上がって猛抗議する。

 順平だって年頃の少年だ。異性とのキャッキャウフフな関係には興味があるし、ヘコんでいた時に立ち直る切っ掛けをくれた少女には望みはないと分かっていても少しだけ淡い想いを抱いたりもした。

 湊から勉強法を教えて貰った事で成績がマシになったり、影時間の戦いを経て雰囲気が変わった事で前より良い感じだと特別課外活動部以外の女子からの評価も上がってきている。

 そう。確実に流れは来ているのだ。結果がまだ出ていないだけで。

 自分でも少し気にしているその部分について、見るからに女には困った事がありませんという面をした青年に見込みがないなどと言われれば順平も声を荒げずにはいられない。

 将来間違いなく湊や真田と同じモテ組になるであろう天田に対しても、お前はどっちの味方なんだと順平は噛み付いてゆく。

 そんな怒っている順平の横で口に手を当てて笑いを堪えていた天田は、思わず笑ってしまった事に流石に失礼だったかとすぐに謝罪した。

 

「ふふっ、すみません。有里さんの方から場を和ませる冗談を言ってくれるとは思ってなかったのでつい」

「言われたオレにしたら冗談じゃすまねーけどな!」

「元はと言えば順平さんがふざけたのが原因じゃないですか。それより本題に入りましょうよ。他の方が来たら話しづらい内容ですし」

 

 未だ純潔を守っている順平にすれば多数の美少女と関係を持っているイケメンは敵である。

 そんな相手から遠回しにお前は一生モテないと言われれば戦争しかない。

 だが、天田の言う通り今回は自分たちから相談を持ちかけた形なので、ここは自分が大人になって引いてやると偉そうな事を心の中で考えつつ冷静さを取り戻す。

 ふうっと深く息を吐いて心を落ち着かせ、今度こそ本来の相談内容を伝えようとしたタイミングで再び湊が先に口を開いてきた。

 

「一番簡単な解決法を先に提示するなら、俺の魔眼で俺への未練を一時的に封じる事が出来る。完全な記憶の書き換えはリスクがあるからな。短期的、寮の出入り口から外に一歩でも出たら解けるという条件付けならノーリスクで暗示を掛けられるだろう」

 

 仕事の手を止めた湊はコーヒーカップに手を伸ばし、一口だけ飲むとカップを置いて二人の反応を見る。

 まだ内容を告げていなかったというのに、見事に的中している助言を聞いた二人は、何でも分かるんだなと青年の優秀さに苦笑を漏らす。

 

「はぁ……やっぱ気付くよな。ま、悩んでる内容はお察しの通りだ。ゆかりっちたちの雰囲気がおかしいっつーか。何人かが“このままでも良い”と思い始めてんだよ」

「幸いな事に七歌さんや真田先輩たちは事件解決派なので、恐らくは次の扉のダンジョンを攻略する時も問題なく活動出来ると思います。ただ、問題は扉が最後の一枚になった時です」

 

 順平と天田の予想では次の扉のダンジョンを攻略するまでは問題ないと思っている。

 しかし、最後の扉のダンジョンを攻略するタイミングでゆかりたちが事件の解決に反対し、戦力的にそれほど余裕がある訳でもない探索その物に参加しない恐れがあった。

 一ヶ月以上戦って来た事でブランクは大分解消されたが、それでもニュクスとの決戦時ほど力が戻っている訳ではない。

 これまでのダンジョンで出てきたシャドウの強さを考えれば、ゆかり一人が抜けただけならまだ何とかなるかもしれない。

 だが、同じように事件解決によって湊と再び別れる事を恐れた者が賛同し、二人、三人と抜けられたら間違いなく探索はままならなくなる。

 順平たちはそれをどうやってか避けようと相談に来た訳だが、湊が挙げた一番簡単な解決法について聞いた順平は少し考えて申し訳なさそうにその案を却下した。

 

「悪ぃけど別の方法はねぇかな。その、なんだ……記憶をいじる系は無しで頼みたいんだ。オレら一回経験してるからさ。忘れたのが大切な物の記憶であればあるほど記憶取り戻した時キツいんだ。あんだけ言っといてなんで忘れてたんだって自分を許せなくなるっつーか」

 

 ニュクスとの戦いの後、順平たちはこれまでの戦いの記憶だけじゃなく“有里湊”という青年の存在自体を一ヶ月ほど忘れていた。

 卒業式の日に思い出した時には一人で決着をつけにいった青年への怒りと同時に、どうして大切な仲間の事を忘れていたんだと己の不甲斐なさに気が狂いそうになった。

 その時の事を思い出し陰のある表情で話す順平の様子に、成程と全てを察した湊は静かに頷く。

 

「……そうか。やはり俺の存在はあちら側に含まれている訳か」

「よく今の会話だけで気付けますね。心を読んだりしてないですよね?」

「興味も無いのにお前らの頭の中なんぞ覗く訳ないだろ」

 

 湊の読心能力について彼らがどこまで知っているのかこちらの湊は知らない。

 知っていたところで防げるような物でもないのだが、能力のオンオフが可能になった時点でつまらない人間の頭の中身など見ないようにしているため、今のは複数の会話のピースから予想して答えに辿り着いただけの事だと伝えた。

 

「……最初から可能性としては考えられていたんだ。で、お前たちはニュクスとの戦いの後に影時間の記憶を失ったんだろ? それで俺の事も忘れていたなら予想通り俺の存在も影時間側として認識されたと思っただけだ」

「改めてお前がどこまでも先の事を考えてんのが分かって恐くなったわ。普通、自分の事を忘れられるってなったら防ごうとするもんじゃねーの?」

「チドリやアイギスが平和な世界を生きるのなら、殺人鬼が身内にいるなんて記憶は失った方がいいだろ」

 

 世間にそれがバレているならしょうがないが、自分たちしか知らないのであれば人殺しの身内の存在など忘れてしまった方が良いに決まっている。

 湊を影時間の戦いに巻き込んでしまったと思っているアイギスは勿論、エルゴ研から自分たちを助けるため彼に手を汚させてしまったと後悔しているチドリも、彼の事を忘れない限りその心の傷が消える事はない。

 ならば、自分の存在など忘れて幸せに生きてくれた方がいいと、本心からそう思っているのだとハッキリ分かる瞳を二人に向けて彼は答えた。

 もっとも、少女たちにとってそれはただの傷でないのだが、順平と天田はそれはこちらの世界の彼女たちが彼に告げる事だと敢えて何も言わなかった。

 

「んで、話を戻すけどさ。オレ的にはゆかりっちが一番危険な状態だと思うんだよ」

 

 湊がマフラーから出したクッキーに手を伸ばしつつ、順平は一番精神的に追い込まれているのはゆかりだと思うと答える。

 他にも警戒すべき対象は何人かいるのだが、そういった少女らと違ってゆかりは感性が一般人寄りといえば良いのか普通過ぎた。

 

「チドリんとかアイちゃんもまぁ現状維持が可能ならそれを望むと思うけど。ゆかりっちは何か追い詰められてる感があるんだよ」

「その……話せない範囲の話なんですけど、ある事があった時にチドリさんとアイギスさんはしばらく落ち込んでたんです。でも、ゆかりさんは落ち込みつつも学校とかは休んでなくて、その時の経験もあってお二人は何とか今回の事も乗り越えられても、ゆかりさんは長く引き摺るんじゃないかって思ってて」

 

 湊からニュクスとの戦いより前の事は話すなと言われているため、天田は言葉を濁しながらなんとか事情を説明しようとする。

 湊がチドリを蘇生して死んだ時、チドリとアイギスは何日も学校を休むほど落ち込んでいたが、ゆかりは落ち込みながらも日常を過していた。

 おかげで立ち直ったチドリとアイギスは精神的に一回りも二回りも成長出来たのに対し、ゆかりは二人ほど彼の死と向き合う事が出来なかった。

 別にゆかりが薄情だという訳ではない。これは彼女の過去に原因があり、父親の死のショックで塞ぎ込んでいる時期に世間からのバッシングを受けた事で、大切な人の死を悲しみながらも自分の心を守ろうと脳が感情に制限をかけるようになってしまっていただけなのだ。

 だが、父が遺していた本当の言葉を知り、彼の意志を継ぐと決めた事で幼少期の枷から解放され彼女の心は自由になった。

 その結果、ニュクスとの戦いではそれがプラスに働いてペルソナの力が増していた。

 しかし、戦いから離れた場合はそれがマイナスに働く事もあり、今回のように予想外の方向へ暴走してしまう事もある。

 完全には無理でも彼女の気持ちを理解しようとした順平は、別に彼女の想いその物を否定する気はないんだと話す。

 

「結局のところは死んだ有里への気持ちが理由なんだよ。大切な人と二度と会えないと思ってたのに会えちまったからゆかりっちも混乱してるだけでさ」

「僕らも先輩たちも問答無用で有里さんの死を受け入れろって言いたい訳じゃないんです。ただ、今のこの状況に甘えるのは間違ってるって。有里さんが繋いでくれた明日を生きるべきなんじゃないかって思っているだけで」

 

 今回の事件は特別課外活動部のメンバーらの心が過去に囚われているから起きたものだ。

 それについては個々で思い当たる節があったようで、最初はそんな事はないと否定していた者らも確かにそう思っている部分はあったと今では受け入れている。

 けれど、過去に囚われていた自分を自覚したのであれば、尚のことしっかりと未来に目を向けなければならないのではないか。

 一人の青年が命と引き替えに繋いでくれた明日なのだ。生き残った自分たちにはその世界で生きていく義務があるはずだと順平も天田も思っていた。

 彼らのそういった心の内を聞いていた湊は、お茶請けのクッキーを食べながらどう答えたものかと少し考える。

 色々と言いたい事はあるが彼なりに言葉を選んだ上で、まずは方針を決めるべきだと提案する事にした。

 

「……お前たちの言い分は分かった。ただ、それが岳羽に通じるかは分からない。チドリやアイギスまで向こうにつく可能性もあるなら、お前たちがまずすべきは方針の決定だ」

「方針ですか? って言っても、僕らは事件を解決すべきって方針で一致してますよ」

「そこじゃない。もっと前の段階だ。お前たちはどういう話の持っていき方で岳羽たちを説得したいんだ?」

 

 天田たちが事件を解決すべきと思っているのは分かっている。

 湊が聞きたいのはそこではなく、ゆかりたちを説得するだけの言葉をお前たちは持っているのかという話だ。

 

「お前たちの言い分は生かされた自分たちは、そちらの俺が命懸けで救った世界を生きるべきって話だろ。だが、ここで岳羽の話を聞いている限りだとあいつは過去改変の手段を探っている感じだったぞ」

「…………は? いや、つか、そんなの出来んのか?」

「その時点で分岐した世界になると思うが、一年くらい遡っての過去改変ならエネルギーの問題をクリアしたら可能性はある」

 

 順平たちはゆかりが現状維持を目標としていると思っていたのか、過去改変という新たなワードが出てきて頭を抱えている。

 

「いやいやいや、それってアレだろ。桐条先輩のじぃさんがやろうとしていた事と同じ事だろ」

「ていうか、過去を改変したところでニュクスに対抗出来る切り札がなきゃ、結局は有里さんが命懸けでニュクスに挑む事になると思うんですけど」

「……俺に言われても知らないさ。まぁ、岳羽が本気で過去を変えてやると言い始めれば、それを言いくるめるくらいは出来るけどな」

 

 順平の言う通り、ゆかりの計画は桐条鴻悦が目指した“時を操る神器”の発想に近い。

 周りの者が心配になるほど様子がおかしいというのなら、魔眼でも使わない限りゆかりの心を変えることは難しいが、ゆかりが執着している“有里湊”だからこそその言葉で相手の心を揺らがせる事くらいは出来る。

 どうしてもダメならそういった形で協力する事を湊が提案すれば、順平たちは申し訳なさそうに礼を言って席を立つ。

 

「ゆかりっちの計画が予想外だったんで、こっちも少し先輩や七歌っちらと話してくるわ」

「すみません、僕らの方から相談に乗って欲しいと言っていたのに」

「まぁ、あくまで話を聞いている限りの予想だ。あいつが実際にそう言った訳じゃないってのは頭に入れておいてくれ」

「おう、了解。んじゃ、また色々と決まったら伝えにくるわ。今日はありがとな」

「じゃあ、今日は失礼します」

 

 今日は湊に助言を貰うつもりでやって来たが、前提条件が間違っている可能性が出たことで順平らは一度情報を持ち帰って仲間と話し合ってくると言った。

 自分たちから相談に乗って欲しいと言っていたのに、こんな中途半端な事に愚痴を聞かせただけになった事を天田は謝罪し、順平もそれについて謝罪すると二人揃って店を出て行った。

 二人が帰ったことで時流操作を解除した湊は、これでようやく仕事の続きが出来ると小さく嘆息してパソコンに視線を落とす。

 

「……はぁ、未来の俺は何で“俺を頼れ”なんて伝言を残したんだか」

 

 未来の自分か別の世界線の自分かは分からないが、あちらの湊が残した伝言が原因で自分の仕事が増えているのは間違いない。

 ポロニアンモールでは手に入らない物資の補給が目的なら別に構わない。

 しかし、そういった形の協力がメインだと言っていたのに、実際は相談事や愚痴を聞かされてばかりでメンタルケアのカウンセラーとしての役割が強くなっている。

 仮にも世界を救った人間ならもっと心を強く持てよと心の中で愚痴を溢しつつ、湊は再び彼らが来るまでの間に出来る限り仕事を進めようと気持ちを切り替えるのだった。

 

 

 


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