【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百八十二話 夜の路アンテノラ

――巌戸台・長鳴神社

 

 影時間の中、長鳴神社に続く石段の前で一匹の犬と巨大なシャドウ“鋼鉄のギガス”が対峙している。

 鋼鉄のギガスが距離を詰めて巨大な腕を振り下ろせば、犬は素早い身のこなしで回避し、背後に回って敵の足を爪で引っ掻いた。

 しかし、敵はシャドウだ。ただの爪程度では大した傷は付けられない。

 攻撃を受けたギガスは鬱陶しいとばかりに振り返りながら足を振って、犬は攻撃範囲から逃げるように距離を取る。

 逃げた犬を追ってギガスは駆け出し、今度は蹴りで倒そうとするが犬は身体を捻りながら跳んで躱し、相手の軸足に数秒噛み付くと再び距離を取った。

 戦っている犬にとってここは自分の家であり、飼い主との思い出が詰まった大切な場所だ。

 自分と同じようにこの不可思議な時間に迷いこみ、今戦っている敵の仲間らしき化け物に襲われて飼い主は死んだ。

 あの時は自分が盾になってでも飼い主を守ろうと思ったが、逆に飼い主に庇われて守る事が出来なかった。

 だからこそ、今度こそ化け物たちから大切な場所を守ってみせる。

 そうして、犬は速さを活かして避けながら攻撃を仕掛け、ギガスも犬からの攻撃をほとんど無視して攻め手を緩めない。

 両者の戦いは犬が紙一重で敵の攻撃を躱して反撃する形で続いてゆく。

 だが、両者には明確な体格差があり、小柄な犬の方が当然のように先に体力の限界を迎える。

 

「きゃうんっ」

 

 足に限界が来ていたのか、これまでならば躱せていた敵の拳が犬の胴体に掠り、犬は固い路面を転がると泡が混じった涎を垂らしたまま起き上がれない。

 ようやく犬の足が止まった事でギガスはゆっくりと近付くと、これまで以上に力を込めた大振りの拳を振り下ろす。

 倒れたままの犬が巨大な拳に潰されようとした時、両者の間に影が割り込み振り下ろされた巨大な拳を受け止めた。

 

「こんな時間に随分と変わった縄張り争いだな」

「くぅーん」

 

 攻撃を受け止めた青年は敵の方を見ずに顔をしっかりと犬の方に向けて話しかけていた。

 助けて貰った犬は相手が自分に首輪をくれた人間だと認識し、敵が受け止められたのとは逆の手を振りかぶっていたのが見えて危険だと知らせる。

 どういう訳か彼ともう一人の少女は自分の言葉をしっかりと理解してくれていた。

 故に、弱々しい声でも気付いて貰えるはずだと考えていれば、相手は掴んでいた敵の拳を弾くように離すと回し蹴りで腹を蹴って大きく敵を後退させた。

 犬に比べれば青年の方が敵との体格差は少ないが、それでも敵の方が倍近く巨大だ。

 それを身体を捻る勢いを利用した蹴りだけで大きく後退させた事に犬は驚かされる。

 もっとも、敵は大きく後退したもののダメージは軽微なようで、現われた青年を警戒しながらも攻撃のチャンスを狙っていた。

 犬からすれば恐ろしい敵だ。それがまだ近くにいるというのに青年は犬の傍でしゃがむと話しかけてきた。

 

「なるほど、お前は適性者じゃなく覚醒者か。少し手を貸してやろうか?」

「……わんっ」

 

 この青年の手に掛かれば犬にとっては脅威だった敵も簡単に屠れるに違いない。

 しかし、彼は犬の瞳がまだ諦めてないのを見て、自分の力で敵を倒すかとわざわざ尋ねてきた。

 今回の敵は飼い主の仇ではないが、可能ならば自分の力でこの場所を守りたいと思っていた犬にすれば、彼の申し出は何よりもありがたいものだ。

 怪我の痛みを我慢しながらはっきりと頷けば、青年は小さく笑いながら拳銃のような物を取り出す。

 人間ならばそれの形を認識した時点で逃げるだろうが、犬にはそれがどういった道具なのか分からない。

 青年の握っている部分の青い光を見ると本能的な恐ろしさは感じるが、それでもそれは自分を害するためのものではない事は分かる。

 

「動物であるお前なら当たり前のように死を受け入れられるだろう。受け入れて尚生き続ける強さを見せろ。さぁ、行くぞ」

 

 だから、犬は青年の言葉に従って敵を睨み付けると、自分の内に眠る敵を屠るための力を解放した。

 

「 ペ ル ソ ナ 」

「アオーンッ!!」

 

 青年が持っていた拳銃の引き金を引くと、犬の頭の中でパリンとガラスが割れるような音が響いた。

 直後、頭上に水色に光るガラスの破片のような物が回転し、その中央に三頭を持つ獣の輪郭が浮かび上がり纏っていた光が弾けると実体化した。

 呼び出された三頭の獣は炎を吐いて敵を牽制し、相手の足が止まったところを妖しく光る魔法陣を出現させて呪殺した。

 しっかりと敵を倒した事を確認した犬は嬉しそうにしながら青年を見つめ、青年もそれに頷いて返すと戦闘音に誘われて現われた無粋な化生共へと振り返る。

 青年は首に巻いていたマフラーからカードホルダーを取り出すと、それに嵌まっていたカードを握り砕いた。

 すると、先ほど現われた三頭の獣と同じように、青年の前に黒衣を纏った女性が顕現し、女性はその手に魔槍を呼び出すと地を蹴って敵の集団へと飛び込んでゆく。

 魔槍が振るわれる度に敵が吹き飛び消えてゆく、ものの数秒で地上の敵が掃討されれば女性は槍を手に構えたまま背の反らし、上空の敵へと狙いを定めると槍を投擲した。

 手を離れ一瞬にして赤い軌跡となった魔槍は上空の敵を貫き、一帯から敵が全て消え去ったところで女性の手に戻ってくる。

 敵を全て倒し終えると女性は青年の方へ向き直り、まるで歯ごたえのない戦闘に少しばかり不満そうな顔を見せると消えていった。

 

「犬、怪我の治療をしてやろうか」

「わふっ」

「よし。じゃあ行こう」

 

 全ての戦闘が終わると青年はマフラーから取り出したカゴに犬を入れて運んでゆく。

 そうして、一人と一匹がその場を立ち去ると、神社の前には普段と変わらぬ静けさが戻っていた。

 

 

 

――夜の路アンテノラ

 

 連休を終えてから四つ目の扉の探索を開始し、数日で最奥まで辿り着いた七歌たち。

 これまでは別の過去に行く可能性があるからと綾時だけ戻っていたが、恐らくもう別の過去と繋がる事はないはずという事で今回は彼も一緒にいた。

 一つ目の扉は過去と繋がり、二つ目と三つ目の扉はメンバーの過去の映像を見せてきた。

 ならば今回も誰かの過去だろうと思われていたが、コロマルがペルソナに覚醒した過去を見たことでメンバーたちは何故コロマルがあれほど湊に忠義を尽しているのか理解した。

 自分の過去を他の者に見られた事で、どことなく恥ずかしそうにしているコロマルの背を撫でながら七歌が口を開く。

 

「コロマル、影時間に八雲君に助けて貰ってたんだね。どういう経緯で飼われるようになったのか知らなかったから、さっきの見たらその忠義っぷりに納得しちゃった」

「そういや、コロマルって元は神社の飼い犬だったんだっけ? だから、一人でああやって影時間でも大切な場所を守ってたのか。無茶にもほどがあっけど有里ってそういう真っ直ぐなやつは好意的に見てたとこあるよな」

 

 シャドウと戦って来た順平から見れば、ただの犬が牙と爪だけでシャドウと戦って勝てる訳がないと断言出来る。

 だが、同じように自分の大切な物を守るために拳一つでシャドウに挑めるかと聞かれれば、自分では絶対に真似出来ないのも分かっている。

 無謀な自殺行為ではあるものの、命懸けで大切な物を守ろうとしていた姿を笑うことなど出来ない。

 湊もコロマルのそういった姿を知っていたからこそ、メンバーの中で唯一仲間として連れて行ってもいいと認めていたに違いない。

 研究所で再会した時に研究所にやってきた経緯を本人から聞いていたラビリスも、実際に映像として見ると違った印象を受けたのかコロマルの許にやってきて話しかける。

 

「湊君がコロマルさんの事を認めてたんはあの戦いを見てたからなんやね」

「……そういう意味では八雲と似てる部分があったんでしょうね。勝ち目がなくても、例え差し違えてでも守ろうとするなんて普通出来ないわよ」

 

 湊もコロマルも大切な物を守るためなら文字通りに命懸けで挑むようなタイプだ。

 七歌たちは最後の決戦に向けて、そういった覚悟を決めるのに一ヶ月以上の時間を必要とした。

 恐らくは死生観の違い。いつかは死ぬものと死を身近な存在として認識しているからこそ、二人はスイッチを切り替える事なく大切な物を守るためなら当たり前のように命懸けで挑めるのだろう。

 もっとも、それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。

 平和な日常を送っている現代人なら、七歌たちのようなタイプの方が圧倒的に多数派なのは間違いない。

 ただ、お互いに似たような部分があり、それが切っ掛けとなって強者である湊がコロマルを認め、一方のコロマルも恩義に報いるため忠義を尽そうとするのを見ると、同じような関係性を築けなかった者たちは羨ましく思ってしまった。

 過去に妹を助けてくれた存在を目標に守るための力をつけてきた真田も、目標としていた人物の求める水準の高さに思わず苦笑を浮かべる。

 

「美紀を助けてくれたのが有里だと知るまでは、鍛えながらも目標としていた人物に近づけているのだろうかと不安を感じる事もあった。だが、コロマルの戦いを見て分かった。あれは日常に身を置いたままでは手に入らない類いのものだ」

「なんだ。それじゃあ、美紀を守るのはもうやめにするのか?」

「馬鹿を言うな。あいつが嫁に行こうがそれは生涯やめるつもりはない」

「いや、嫁に行ったら旦那に任せろよ。流石に結婚後も嫁の兄がしゃしゃり出てくる家庭なんて嫌だろ」

 

 美紀を守るのはやめるのかという荒垣のツッコミに、真田は呆れた顔で冗談でもあり得ないと否定で返す。

 まわりで聞いている者にすれば、なんでズレているお前が呆れた顔をしているだと言いたいところだが、ここで口を挿むと厄介な絡まれ方をするので黙っていた。

 そして、ではコロマルの戦いを見て彼が何を考えたのか答えを待っていれば、どこか肉食獣のような獰猛さを感じさせる挑戦的な笑みを浮かべ彼は言った。

 

「決めたぞシンジ。俺は大学に進学後、ある程度学びながら準備をすれば、武者修行の旅に出る」

「あー……つまり、有里みたいな海外留学をするって事か?」

「そうだ。俺は平和な日本の事しか知らん。だから、海外で武者修行し野生と呼ばれるものを身に付けようと思う。といっても勿論、殺しは無しだがな」

 

 急にこいつは何を言い出すんだと思った荒垣だが、今の真田の表情はボクシングに出会って貪欲に強さを求めていた最初の頃の雰囲気にそっくりだった。

 元々強さを求める事に対してストイックなタイプなので、真田は目標を定めるとしっかりと計画を組んだ上で実行に移そうとする。

 勉強も出来ることから分かる通り地頭は良いのだ。

 そんな彼がしっかりと計画を立てて挑戦するというのなら、本気でそれを成し遂げるだけのヴィジョンも見えている事だろう。

 相手がどれだけ本気で言っているのか探るように見つめる荒垣に対し、真田は視線を逸らすことなく正面から向き合って続ける。

 

「結局のところ死生観が違いすぎるのが問題なんだ。なら、荒療治かもしれんが自分の中の常識を一度壊して再構築するしか近付く方法はない。そうすれば、ペルソナだって召喚器無しで召喚出来るようになるはずだ」

「……勢いだけって訳じゃねぇみてぇだな。お前なりに考えての事なら俺に止める権利はない。ただ、海外での活動資金も含めて準備だけはしっかりして行けよ」

「分かってるさ。それに、別に半年とかで旅立つ訳じゃないからな。美紀の卒業を見届けてから、大学二年で行くってのもあり得るんだ。そこまで心配するな」

 

 召喚器は死を意識するための補助装置であり、理屈の上では召喚器無しのペルソナ召喚は誰だって出来るとされている。

 実際に巌戸台に来るまでは七歌も召喚器無しで呼び出していたし、ストレガのリーダーであるタカヤも召喚器無しでペルソナを使っていた。

 それが出来ないのは自分の覚悟が弱いからだと真田は認識しており、海外に渡って心身共に鍛えてくれば自分も召喚器無しでペルソナを召喚出来ると思っている。

 本当にそんな風に成長出来るかは分からないが、真田が本気で目標を定めた事を理解した皿書きは準備だけはしっかりするよう忠告するだけで止めたりはしなかった。

 卒業式の日に記憶を取り戻してから以降、真田は前に進んでいると自分に言い聞かせようとしながら、まるで何かを振り払おうとするようにトレーニングと新生活の準備にばかり集中していた。

 今回もまた力を求め、その準備を始めるという宣言ではあるが、これまでと違って新たな目標を設定した彼の瞳の奥にはやる気の炎のようなものが見えた。

 それはこれまでとは違う健全な形での変化であり、真の意味で新たな一歩を踏み出そうとしているのがハッキリと理解出来るものだ。

 無論、その内容が海外への武者修行であることはツッコミ所しかないが、目標としていた人物に近付くため、同じように力を求めて海外へ行くというのはあながち間違いではない。

 思い切りが良すぎる仲間に美鶴は苦笑しながら、必要な物があれば言ってこいと彼女のなりのエールを送る。

 

「明彦、海外へ行くなら英語は必須だぞ。大学の講義とは別に実践的な英会話を習った方が良い。あてがないならグループの者を紹介しよう」

「ああ、その時は頼む。まぁ、その前に有里の行きつけの喫茶店で修業先でオススメがないか情報を集める予定だがな」

 

 いきなり紛争地域に行くつもりはないが、平和な観光都市ばかりを巡るだけでは求めるものは手に入らない。

 ならば、そういった目的に合った場所を知っていそうな者から情報を集める必要がある。

 湊が通っていた喫茶店“フェルメール”のマスターや常連客は、そんな真田の求める地域の情報を集める上では最良の場所だ。

 真田が既に色々と考えて計画を練り始めていると分かり美鶴も頷いて返し、他の者たちもこの場所での用事はこれ以上ないと答えると、コロマルの過去や真田の武者修行計画について話ながら寮へと戻ることにする。

 仲間と共に現在に囚われ、ダンジョンの奥では過去ばかりを見ていたはずだが、それによって未来に目を向ける者が現れ始めた。

 この変化は一部の者にとっては望んでいたものであり、また一部の者にとっては自分を否定されているように錯覚してしまう望んでいなかったものだ。

 だが、両者が何を思っていようと既に変化は始まった。今はまだ気持ちの変化でしかないが、その変化は傍にいる仲間たちにも影響を与えるだろう。

 期待や不安、それぞれを胸中に抱えながらメンバーたちは寮へと帰っていった。

 

 


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