【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

47 / 504
第四十七話 中華な夕食

夕方――巌戸台駅

 

 美術館を出て、電車で巌戸台に戻ってくると、空は暗くなり始め、時間は既に夕方となっていた。

 お土産として、とある錬金術師が持っていたとされるアゾット剣を模した、長さ二十センチほどのペーパーナイフを貰い、風花はとても充実した気持ちで駅から出てきた。

 後ろを行く湊は、肩に布袋をさげ、右手に二つの桐箱の入った包みを持っている。

 

「なんか知ってる景色に戻ってくると安心するよね。あ、晩御飯はどうしようか? 一応、友達と食べてきても良いよって言われてるんだけど」

「……別に食べても構わない。食べたい物は?」

「んーと、中華料理とかかな」

 

 本当のことを言えば何でも良かった。流石にファーストフードは遠慮したかったが、ファミレスでもラーメンでも気にしたりはしない。

 ならば、何故、ここで中華料理を選んだのか。

 それは先ほどまで一緒にいた紅花の顔がふと頭を過ぎり、彼女の国の料理が思い浮かんだからだ。

 そうして、自分の意見に対するリアクションを待っていると、隣に立っていた湊は背を向けて歩き出した。

 

「こっちに知ってる店がある。料金は普通だから安心して良い」

「そうなんだ。でも、こっちの街にも詳しいんだね。昔からよく来てたの?」

 

 自分は地元の人間だが、自分が普段から利用する様な服屋や本屋を除けば、映画館や少し遠くにあるジュネスくらいしか案内する事は出来ない。

 中学生になったことで以前よりも活動範囲は広がったが、それでも、この料理が食べたいから美味しい店を教えてくれ、と言われても答える事は出来なかった。

 そのため、隣の市に住んでいる湊が詳しい事は少々意外だった。

 確かに相手は色々な知識を有しているが、どこか普通とは違う雰囲気を纏っているせいで、そもそも庶民的な買い物や外食をするイメージすら湧かない。

 それを踏まえると、相手の金銭感覚にも疑問が出てくる。相手と自分では料金における“普通”の感覚がずれているのではないか。財布の中身は普段より多いが、風花は少し不安を感じながら相手の返事を待った。

 

「両親が生きていたときは、こっちに住んでた。桜さんの家で暮らす様になってからも、知り合いがこっちにいたから、よく出てきてはいた」

「ふーん、じゃあ、もしかしたらどっかですれ違ってたかもしれないね」

 

 相手がこちらの街に詳しい理由を理解すると、風花はにこやかな表情を浮かべて湊の隣を歩く。

 流石に、湊のような人間を見たことがあれば記憶に残っていてもおかしくない。金色の瞳に黒いマフラーというかなり特徴的な姿をしているのだ。

 チドリもセットならさらに目立つだろうが、やはり噂にも聞いておらず。欠片も記憶にないということは、会った事はおろか、すれ違ったことすらないのだろう。

 

(やっぱり、会ったのは中学校に入ってからだよね。でも、なんか美紀ちゃんが有里君を知ってるかもしれないって言ってたし、私もただ忘れてるだけですれ違ったりはしてたのかも)

 

 以前、美紀から聞いた言葉を思い出しながら、風花は湊に続いて目的地へ向かって歩き続けた。

 

***

 

 湊の案内で着いたのは、明らかに周囲の店から浮いている高級そうな中華料理店だった。

 店の外観は赤を基調とした、まさに中国といった印象なのだが、外にはメニューや食品サンプルなどといったものを一切置いておらず。この店の平均的な値段も分からない。

 

(う、うそつきー! 絶対、普通の料金じゃないよ、ここー!)

 

 顔の筋肉を引き攣らせながら風花が固まっていると、湊はすたすたと中に入ってしまった。

 案内をして貰っておきながら、やっぱり別の店がいいとも言い出せず、風花は肩を落としながら後に続く。

 すると、店に入ってすぐ、スリットの入った膝丈の青いチャイナドレスを着た女性店員がやってきた。

 

「にゃにゃっ、湊がまた女の子を連れて来たね! 媽媽(母さん)、湊が新しい女の子連れて来たよー!」

 

 頭の高い位置で二つのお団子を作った髪型の女性は、どこかイントネーションのずれた日本語で店の奥に話しかけている。

 急にそんな反応を見せられ風花は驚くが、同時に、店の人間に名前と顔を覚えられているのだなと、本当に相手の行きつけの店であったことを実感する。

 そして、ただ立って見ていると、湊は風花を手招きして店員の横を通り過ぎた。

 

「……無視して良いぞ。あれ、紅花の妹だから」

「え? あ、そうなの?」

「ここ、あいつの実家なんだ」

 

 言われて振り返って相手の顔を確かめれば、どこか愛嬌のあるニコニコとした表情は姉の紅花と通じるものがあるかもしれない。

 ならば、ここは本場の中国料理を食べることの出来る店なのだなと思い。同時に、馬鹿高い料金を請求されたらどうしようかと不安にもなる。

 店は内装も綺麗で、紅花の妹以外の店員も皆が綺麗なチャイナドレスを着て、忙しそうに働いていた。

 そして、湊が向かった先はテーブルの横に龍など中国らしい柄の仕切りがある場所で、他の客の姿はあまり見ることが出来ないが、少し見えただけで歳のいった裕福そうなスーツ姿の男たちが確認出来る。

 平均的な客層が男たちのような人間なら、まず間違いなく高級中華ということになるだろう。

 しかし、先を歩いていた湊が壁際の席で椅子を引いて待っていたので、礼を言ってそこに座ると、後は注文するだけだと覚悟を決めるしかなかった。

 

「ややー、本当に新しい女の子と一緒とは、湊も隅に置けないな。おばさんにも紹介してよ」

「学校のクラスメイトで、チドリの友達の山岸だ」

「あ、山岸風花です。どうもはじめまして」

 

 水とおしぼりを持ってやってきた、モデルの様にすらっとした長身の女性に風花は自己紹介をする。

 先ほどの二十歳前後の女性が妹なら、このショートの髪型をした四・五十代の人物は紅花の母親だろうか。

 そんな風に推測していると、女性は風花に笑顔で挨拶を返してくる。

 

「あははー、はじめまして。この店の主人の花琳(ファリン)よ。こう見えて、二児の母ね。さっきのが下の娘の鈴音(リンイン)よ。上の娘は仕事でもう少しで帰ってくるな」

「あ、紅花さんには美術館でお会いしました。それで、帰りにご飯を食べることになって有里君に案内してもらったんです」

「おお、売り上げ貢献とは偉いな湊。杏仁豆腐サービスするよ」

「いいから、先にメニュー持って来てくれ」

 

 言われたところで気付いたのか、手をポンと一度打って花琳はメニューを持ってきた。

 受け取った風花はメニューを開いて値段を確認する。どうか良心的であってくれと願いながら目を向けると、そこには普通の店よりかなり安い価格が書かれていた。

 

「あれ、すごく安い」

「お、見た目に騙されたな? ここは食を楽しむ店だからね。メジャーなものは安く、一部だけリッチに高級志向よ。おすすめは点心の食べ放題な。七十種の点心がドリンクとセットで九十分、千七百円也!」

「俺はレタスチャーハンに天津ラーメン」

「お前にはがかり(ガッカリ)だよ……。御嬢さんはどうするか?」

 

 明るく元気にオススメを紹介した直後に、感情の籠もらない声で単品の商品を湊は注文した。

 それに花琳は呆れたように深いため息を吐いているが、すぐに笑顔に戻り、風花に尋ねてきた。

 メニューを見ていた風花はどれを頼むか迷ってしまう。表記は日本語で写真付きなので分かり易いが、その記載されている写真の時点でとても美味しそうなのだ。

 そして、一品物も魅力的だが、花琳がオススメと言った点心食べ放題にも心惹かれる。どちらも食べたいが、自分はそんなに大食ではない。

 よって、風花は小食でも様々な料理を楽しめる、相手のオススメを注文する事にした。

 

「じゃあ、私はその食べ放題でお願いします」

「はいはい。ドリンクはどれがいいか?」

「えっと……この鉄観音ってなんですか?」

 

 メニューにはジュースなどのソフトドリンクだけでなく、ジャスミン茶やコーヒーも書かれている。

 だが、鉄観音や東方美人という名前は初めて目にしたため、それが何であるか気になった。

 もしも、中華料理ではメジャーな飲み物だとすれば、自分の無知さを恥じるところだが、風花の質問には湊がすんなりと答えてくれた。

 

「ただの烏龍茶だ。色は山岸が想像する烏龍茶よりも普通のお茶っぽいと思うが、味は別にそこまで変わらない。というか、日本の烏龍茶では割とポピュラーなんだ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、こっちの東方美人は?」

「それもくせあるけど烏龍茶の一種だよ。ちゃんと選んで仕入れてるから、味と香りは抜群で美味しいな。ただし、ジュース以外は鈴音が淹れたときは外れだから、そのときは運悪かったと諦めてね」

「そ、そうなんですか。えと、それじゃあ、鉄観音でお願いします」

「はいはい。料理は最初の何個はこっちでオススメを出すから、食べながら追加の点心選んでね。そっちの馬鹿たれは、御嬢さんの会計も払えば一緒に点心摘んでも良いよ。それじゃあ、待ててね」

 

 言うだけ言って、花琳は手を振って去って行った。メモも何もしていなかったが、湊の分の注文がちゃんと通っているか少し心配になる。

 自分があれこれと悩んで話しているうちに忘れられてはいないかと、風花は小さな声で湊に話しかけた。

 

「有里君のもちゃんと注文されたのかな? 花琳さん、何も書いてなかったけど」

「ああ、一度に三十種類の注文を受けても間違えずに覚えておける人間だから、そういったことは気にしなくていい」

「す、すごいね。ていうか、そんなに注文するって、パーティーでもしたの?」

「いや、俺らの保護者が面倒みてる人らと一緒に食べに来たんだ。桜さんとチドリもいたけど、男が十五人もいればそれくらいの数にはなる」

 

 湊らの保護者とは鵜飼のことで、その鵜飼が面倒を見ているというのは、つまり桔梗組の組員ということである。

 今のところ、教師を除けば誰にも家が極道だとは話していないので、その部分を伏せたまま説明したが、納得したとばかりに相手が頷いていることから、伏せたままでも話しに影響はなかったらしい。

 風花は、疑問や分からない事は素直に質問してくるが、相手のプライベートにはあまり踏み込まない性格のため、こういった場面での会話はスムーズに進むのだった。

 

我回來了(ただいまー)。あや? 湊、風花、また会ったですね。まぁ、ここ私の実家だから、夜に来たなら会うが当然ですけど」

「あ、紅花さん。どうも、お邪魔してます」

 

 正面の入口から店内にやってきた紅花。相手は客の入りを確認しながら進んでいる途中で二人の姿を捉えると、まっすぐ歩いて通路を挟んだ隣のテーブルに腰を下ろした。

 仕事中はスーツを着ていたが、今はジーンズに上は黒のTシャツと薄いピンクのシャツを羽織っているというラフな格好なので、オンオフのギャップに風花は目をパチクリとさせている。

 だが、風花のそんな様子も気にせず、荷物を置いたままグラスを取ってくると水を注いで、紅花が話しかけてきた。

 

「湊は良いとして、風花は夜に男といて大丈夫ですか? 一応、ここらへんは都会で物騒だからね。親御さんも心配しますですよ」

「えと、友達とご飯食べてきて良いって言われてるので、メールもしましたし大丈夫です」

「あははー、でも、男と二人とは思ってませんですよ、きっと。湊は、ちゃんと風花を家に送り届けるが良いです」

 

 うんうん、と頷いて言ってくる紅花の笑顔からは何の裏も読めず、素直に風花を心配して親切で言ったらしい。

 昼間は車谷に対して、かなり黒い部分を見せていたため少し意外に思うが、思い返してみれば、湊には刀を無償で渡していたりもしたため、基本的には善人であるのかもしれない。

 そんな風に考えている間に、入り口で先ほど会った鈴音が湊のラーメンと一緒に四段の蒸篭を持ってやってきた。

 

「はいはい、お茶とラーメンと点心おまち。炒飯は次に持ってくるよ。紅花は何か食べるか? 言っても私作らないけど」

「なら、聞くんじゃねえです。適当にご飯もので良いから、食べる伝えておいてよ」

「わかたよ。湊、あとでその子の紹介してね」

「……仕事しろ」

 

 湊が受け取った天津ラーメンの卵を箸で摘みながら返すと、鈴音は手をひらひらと振って厨房へ入って行った。

 その間に、風花の前に置かれた蒸篭を紅花が広げてやっている。

 中華風おこわ、大根餅、小籠包、焼売(シューマイ)、出来たての料理は食欲をそそる香りをさせており、風花は口の中に唾液が溜まるのを感じた。

 早速、箸を持って取り皿に小籠包を一つ乗せる。食べる前に紅花が「熱い汁が出るから気をつけるですよ」と言っていたので、かぶり付くのをやめて箸で半分に割ることにする。

 だが、箸を刺した瞬間に中から、湯気の立つ肉汁がジュワリと流れ出てきた。せっかくの汁が勿体ないと思ったが、それは最後に飲めばいいと湊も助言をしてくるので、気を取り直して一口大になった小籠包を口に含んだ。

 

「っ、おいひい! ふわ、あついけほ、すごくおいひいです!」

「あははー、それは良かたけど。口に物入れて喋るは行儀良くないね」

「あっ……はふ……あ、あはは、美味しくてちょっと興奮しちゃいました」

 

 指摘された風花は照れて頬を染めて身体を小さくする。しかし、こういった本格的な中華料理を食べたことがなかったため、意識はいまも料理に向いており。

 残り半分と溢れ出た汁を飲み干すと、すぐに別の料理に箸を伸ばした。

 

「これは何て料理ですか?」

「ん? ああ、大根餅よ。うちでは広東風ので出してますが、簡単に言えばおろし大根に椎茸やソーセージにエビとかも混ぜて固めて蒸して焼いたものね。蒸篭で出てきたのは、冷めないためだから、実際は最後に表面を油で揚げるように焼いてるですよ」

「へぇ、あ、表面はサクサクしてる。でも、中はもっちりして柔らかい。ふふっ、なんか不思議な食感かも」

 

 初めて食べる料理の楽しい食感に笑顔になり、続けて風花は他の料理も食べ続ける。

 追加の分は炒飯を持ってきた鈴音に湊が勝手に注文したので、温かいお茶を飲んでホッとしながら、風花は何がくるのだろうかと心を躍らせながら料理を待つ。

 すると、次にやってきたのは、チャーシュー、中華粥、餃子、生春巻き、胡麻団子、上海焼きそば、酢豚の計七品で、料理は花琳と鈴音が二人で持ってきた。

 実を言えば、この中のいくつかは本国でいう点心には含まれない。しかし、日本では中華のおかずが点心だと思っている者もいるので、この店でも気にせず出しているのだ。

 それを知らない風花は、テーブルいっぱいに並ぶ料理にただ驚いているばかりで、花琳たち店員もその様子に和んだように笑みを漏らしている。

 

「御嬢さん、いい反応するな。遠慮しらないそっちの馬鹿たれも、少しは見習えな。お前の分の料金も取るぞ」

 

 終始笑顔で食べ続けている風花に笑いかけ、続いてその正面で自分の頼んだ料理を完食して点心を食べている男に花琳が言葉を投げる。

 やってきた料理の三分の二を湊が食べているため、鈴音が忙しそうに厨房に追加注文しに行き続けていることを見かねての発言だ。

 だが、チャーシューを箸で取っていた湊は、いつも通りの表情で素っ気なく返す。

 

「娘の治療代でお釣りくるだろ」

「あははー、原因つくた人間の言う事じゃないな。次に仕事でかち合ったら、遠慮なくぶっ刺してあげるですよ」

「え? 有里君、紅花さんとお仕事で会った事あるの?」

 

 隣のテーブルで賄い食を食べていた紅花の言葉に引っ掛かる物を感じ、食べていた手を少し止めて風花は尋ねた。

 自身の知っている湊の仕事は骨董品屋のバイトだけだ。そして、紅花は車谷の秘書が仕事なので、車谷が刀か何かを手に入れようとした際に、骨董品の仕入れをしにきた湊と同じ品をめぐって争ったのだろうかと想像を巡らす。

 けれど、品物をめぐって治療が必要になる状況が想像できない。いや、美術館でのナイフ投げを考えれば、荒事でも起きたのかと考えることも出来るのだが、本格中華に舌鼓を打っているときに想像したくないだけだった。

 そんな“一般人”である風花に気を遣ったのか、答えた紅花はにっこりとしたまま掻い摘んで説明を始めた。

 

「ある品を手に入れるって仕事がかち合ってね。早い者勝ちだたから、ちょっと手荒な方法で湊を黙らせようとしたですよ。けど、小さかったくせに喧嘩に慣れてて、私も自分じゃ動けなくされてしまった訳です。その間に、もう一人が私の仲間をボコボコにして手に入れて、こっちは怪我した上に儲けもなく散々だたでした」

 

 実際に二人が出会ったのは二年前の裏の仕事でのことだ。普段は車谷の秘書をしている紅花も、ときには依頼を受けて様々な悪事に手を染めている。

 元々、父親がチャイニーズマフィアの幹部をしていて、そっちの道に進む様になったのだが、七年前に本国で起こった組織同士の抗争で父が殺されてからは、日本に永住する事を決めた母と妹がこの店を始め。紅花は父の知り合いだった車谷の秘書の仕事をしつつ、裏の仕事も継続して行うようになっていった。

 出会ったのは、対立する組織にそれぞれが雇われ、相手の組織の幹部を殺すという依頼で、つまり、ある品を手に入れるというのは、敵対組織の幹部の命の事を指す。

 そして、偶然にも実行の日取りが重なり、雇われ同士で潰し合った上で幹部を殺すはめになり。湊は紅花と、イリスはもう一人敵に雇われていた男と交戦した。

 美術館で言っていた通り、剣や槍捌きは紅花の方が上だ。けれど、湊は銃火器も使える。

 結局、湊は身体中を切られ、足や腹部を刺されてもいたが、銃弾を肩や足に撃ち込まれ失血で倒れた紅花が敗北する事になった。

 もう一人の男も、イリスから早々にヘッドショットを喰らって死亡していたため、まだ息はあっても紅花に勝ち目はない。

 依頼も失敗し、勝負にも負けて、そのとき紅花は死を覚悟した。

 

「え、でも、じゃあ、なんで治療代って話になるんですか?」

「んー、まぁ、湊の気紛れとしか言いようがないです。助ける代わりに、色々と教えて欲しいと交換条件出して来てね。私も死にたくなかたですから、その条件で治療受けて、ここに運んでもらたですよ」

 

 そう、死を覚悟した紅花に、湊は近接武器や刃物の使い方を教えてくれるのならば、治療を施し生かしてやると伝えた。

 当時、刀の使い方は鵜飼から習っていたが、型にはめない方が強い湊の剣は、剣道における邪剣の類いであり。投げナイフや、柄にワイヤーを結んで剣を投擲するような、紅花の型の方が近いものがあった。

 そのため、自分の技術を伸ばすのに適した人物を見つけたと、イリスにも相談せず勝手に交渉を持ちかけたのである。

 当然、紅花は相手の言っている意味が理解出来ず困惑したが、簡単に言えば槍に投げナイフ、さらに曲芸剣や他の武器も教えて欲しいと言い直すと、失血で半分朦朧とした意識の中で笑って承諾した。

 その後、止血剤を射たれ、包帯などで傷口周辺を覆われたが、最後に緑の光を胸に注がれながら口に指を突っ込まれて血を舐めさせられ、そのおかげか何とか無事に家に帰ってこられた。

 最後の行為が何であるかは今も分かっていないが、敵は殺すというのが当然の世界で、命を拾われたことに変わりはない。

 故に、紅花たちは湊に恩を感じているし。死にかけた原因を作ったのだとしても、恨む様なことはないのだ。

 

「本当なら助ける必要なかたからね。自分も血だらけのくせに、私を担いで家まで届けたのは驚いたですよ。まぁ、勘違いした鈴音は湊を蹴り飛ばしたけど、別に勘違いでもなかたから、気にしないな」

 

 言って紅花は、あははー、といつも通りの笑い声を響かせる。

 蹴った人間と蹴られた人間は複雑そうな表情をしているが、それは紅花には関係ない。紅花は助けて貰う条件を守り、湊に自分の技術を教え、さらに武器を扱っている車谷を紹介した。

 そうして、今は友好な関係を築けたことで、このようにふざけた事も言い合えるのだ。

 加えて、あまり暗い雰囲気で話すと風花に自分たちの仕事がばれてしまう。湊がクラスメイトと紹介したことで、裏の仕事どころか極道の家の人間であることも伝えていないだろう。

 親の職業を隠す苦労は、自身も父親がマフィアだったことで知っている。故に、紅花は気を利かせて笑い話に話題を変えたのだった。

 桃饅頭を食べていた風花は、納得したとばかりに首を縦に振り。口の中の物を飲みこむと、二人の出会いを聞いて思った感想を告げる。

 

「なんか、面白い出会いですね。チドリちゃんとは病院で会ってから一緒だって言ってたし。普通に学校くらいしか出会いのない私と違って、有里君のまわりってすごいドラマチックかも」

「んー、仕事柄分かるですが、一番良いのは結局普通なことね。日常は尊いよ。だから、風花はいまが楽しいなら、その感覚を大切にするべきな。これ人生の先輩としてのアドバイス思って良いです」

「は、はい……?」

 

 言われてもよく分からないらしく、風花は返事をしつつも首をかしげている。向かいの湊は黙って食べ続けているが、同業者にはその胸中もある程度の想像が付く。

 なので、敢えてそちらには触れず、風花に笑いかけて「いつか分かるよ」とだけ返した。

 その後、風花が満腹になってからは、あまり遅くなるのもよくないからと、時間よりも少々早めに店を出て湊と風花は帰って行った。

 二人が帰ってからも席に残り、お茶を飲みながら仕事の手帳に何かを書きこんでいる紅花は、独り静かに呟く。

 

「……風花、衝撃的な出会いは、衝撃的な別れを生むですよ。物事は釣り合いが取れるようなってますから。小狼はそのこと知らないけど、湊は本能で理解してるです。因果応報も釣り合いの一つ。あの子は誰かに大切な物奪われるか自分が殺される運命背負ってるよ。私も人がこと言えないけどな」

 

 自嘲的な笑みを浮かべ手帳を閉じると、鞄にそれを仕舞って、紅花は二階にある自宅部分へと上がって行ったのだった。

 

夜――駅前

 

「お土産も貰っちゃったね」

 

 本来、テイクアウトは行っていないが、また来て欲しいということで、風花は胡麻団子と桃饅頭を持たされていた。

 店の場所は覚えたので、家に帰れば両親にとても良い店だったと伝えるつもりだが、お土産まで持たされると流石に恐縮してしまう。

 さらに、風花の分を払わないのなら食べ放題の料金も取ると湊が言われたため、どちらにしろ湊の支払う値段が固定ならと、苦しくなるほど食べたというのに風花はご馳走になってしまった。

 店を出てからこっそり代金を渡そうとしたが、相手は受け取ってくれなかったので、もう一度しっかりとお礼を言って駅まで戻ってきたところで、偶然にも知った顔に出会う。

 

「あれ、風花じゃん。てか、有里君も。珍しい組み合わせだね。もしかして、デート?」

 

 そう言って近付いてきたのは、弓道着を着ているゆかりだった。彼女の後方には、同じように弓道着を着ている集団がいるため、どうやら試合の応援の帰りらしい。

 相手がこの場にいる理由は把握できたが、風花はデートという言葉に反応して顔を赤くして手をブンブンと振って否定する。

 

「ち、違うよ。今日は皆がいないから、私たちだけで美術館に行ってたの。ちゃんと部の活動だよ」

「えー? いや、待ち合わせして、美術館行って、時間的にご飯でも食べてきたんじゃないの? カップルかどうかはともかく、それって一般的にデートって言うと思うんだけど」

「美術館では館長さんと秘書の人も一緒だったし。ご飯を食べたのは秘書の人の実家で、一緒にお話ししてたの。だから、で、デートとかじゃないから」

 

 瞳を潤ませ耳も真っ赤にして否定する風花に見かねたのか、ゆかりは苦笑しながら「わかったわかった」と相手を落ち着かせた。

 例え実質デートだったとしても、“友達と遊んだ”と“友達とデートした”では本人の受け取り方も違っているらしく。別に相手をいじめたい訳じゃないゆかりは、今後、風花と話すときは言葉に注意しようと軽く心に留めることにする。

 そして、次にもう一人の部活仲間に視線を向けると、相手の持っている物が気になったようで、軽いノリで尋ねていた。

 

「有里君、荷物多いね。肩のは竹刀入れっぽいけど、そっちの包みは何が入ってるの? もしかして、部の備品に絵でも買った?」

「いや、今日行った美術館は絵じゃなく武器を置いている場所だ。時代だけでなく地域ごとにも冶金(やきん)技術に違いがあって、同じ時代のものでも全く異なった装飾が施されていたりする。実用性を無視すれば、美術品としての価値が高いものも数多く存在するから、ああいうのは、見てるだけで勉強になる」

「そ、そうなんだ(解説系以外でこんなに話してるの初めて見たかも。もしかして、武器とか好きなのかな? うーん、やっぱりよく分からない人だわ)」

 

 饒舌な湊には違和感を覚えるが、それほど相手を理解している訳ではない。引き気味に返事をしたゆかりは、こういう面もあるのだろうとだけ思う事にした。

 続いて、包みの中身を聞くことが出来なかったので、事情を知っていそうな風花にこっそりと尋ねてみる。

 

「風花、風花。有里君の荷物ってなに?」

「えっと、包みはばらばらな状態の刀が入った木箱が二つで。布袋は組まれた? 状態の刀が一本入ってるんだよ。私、刀って初めてみたんだけど、薄っすらと青くて綺麗だったなぁ」

「か、刀っ!? それも三つって何に使うのよ。買ったの? 刀って一本で何百万もするんじゃないの?」

 

 いくら武器が好きだったとしても、流石に三振りも一度に買ってくるのはおかしいだろう。さらに言うのならば、どこにそんな金があったのだとゆかりはツッコミを入れた。

 対して、風花はキョトンと首をかしげ不思議そうにゆかりを眺め、湊は興味なさげにジッと遠くを見ている。

 相手のそんな様子に、これだから天然少女とツッコミ所満載の人間はとゲンナリするが、ゆかりはめげずに質問を続けた。

 

「有里君、刀っていくらくらいする物なの? その、木刀とか偽物じゃなくってさ」

「物による。作られた年代とか、その刀工の作品が何振り残ってるかで付加価値もつくから一概には言えない。どこの誰が作ったかも分からない数打ちなら、古くても十万以下で手に入ることもある」

 

 刀の価値を知らないゆかりと風花は、湊の話を聞いてそうなのかと頷いている。

 だが、そうなると次に気になるのは、湊が持っている刀の価値だ。こんなにも武器が好きなのであれば、そんな十万以下の安物は買っていないだろう。

 そう考え、ゆかりは驚かないぞと心構えをした上で尋ねた。

 

「じゃあ、君がいま持ってるのは?」

「……総額なら一千万は超える。ただ、それは保存状態が極めて良いからだ。同じ刀工のものでも、百万以下だってざらで、俺が持ってるこのランクに出会う事はまずない。お前がどこで刀は馬鹿高いなんて聞いたか知らないが、刀の価値はいまかなり落ちてきてる。買うつもりなら、もう少し待った方が良い」

「だから、お前って言うなし。ってか、買わねーよ。君は私にどんなイメージを持ってるのよ。刀振り回して街中闊歩するように見える?」

「…………」

「何か言えよ! 無言は肯定と取るからね?! 月夜ばかりと思うなよ!」

「ゆ、ゆかりちゃん、それじゃあ有里君のイメージ通りだよ……」

 

 憤慨するゆかりと、困ったような顔で宥める風花。怒られている本人はどこ吹く風と澄ました表情をしているが、数年後に本当に刀や武器を買う事になるとは誰が予想しただろうか。

 その後、怒っているゆかりに湊がお土産に持たされた物を譲渡して機嫌を直させ、他の部員と一緒に寮に帰ると言って別れた後は、風花を家まで送って行った。

 風花と別れた後、湊は新しい刀の使い心地を試すためタルタロスに挑み。問題なく手に馴染んだことで、今後のメインの刀は春夢に決めてから桔梗組まで帰って行くのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。