【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百六十八話 新たな契約者

――ベルベットルーム

 

 寮全体に響くほどの音と衝撃に飛び起き、異変を察知して寮の一階へ向かうとそこには傷ついた仲間と黒い装備に身を包んだ少女がいた。

 突然開いた地下への扉から現われたという、メティスと名乗った対シャドウ兵器の少女との戦闘で意識を失ったアイギスは、暗闇の中で不思議な浮遊感に包まれていた。

 風を感じている訳でもないのに、自分がどこかへと移動しているのが分かる。

 何が出来る訳でもないため、その感覚に身を委ねていると目的地が近いことが分かった。

 暗闇の中でぼんやりと光る青い扉。

 アイギスがそれに近付くと勝手に扉は開き、扉を潜るとアイギスの意識も浮上してそこで目を覚ました。

 

「ん……ここは……?」

 

 目を覚ますとアイギスは自分が見知らぬ場所にいる事に気付く。

 竪琴のようなデザインの椅子に座る自分、群青色のクロスが掛けられた大きなラウンドテーブル、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰掛ける鼻の長い不気味な老人、その傍に控えている三人の美男美女。

 最後の美男美女とは少しだけ面識があったため、今居る下へ下へと降っているこのエレベーターが何と呼ばれる場所なのか少女は理解する。

 大きな本を脇に抱えるように持った女性が小さく笑いかけてきているため、相手もしっかりとアイギスの事を認識しているようだ。

 

「ここはベルベットルームですか?」

「フッフッフ、その通り。ここは精神と物質、夢と現実の狭間に存在するベルベットルーム。ようこそお越しくださいました。私はこの部屋の主であるイゴール。歓迎しますぞ、新たなお客人」

 

 先ほどの不思議な夢と違って今度は物に触れている感覚がある。

 だというのに、不気味な老人はここが夢と現実の狭間だと言った。

 アイギスたちが活動していた影時間も、ある意味では似たような性質を持った世界だったように思う。

 ただ、影時間が現実世界をベースに異界の理を限定展開した物なのに対し、このベルベットルームは夢の世界で現実世界を模倣しただけの物のように思える。

 湊は肉体ごとベルベットルームに入れていたが、七歌は意識だけ移動して肉体は現実世界に残っていた。

 アイギスも現実世界で意識を失ってからここを訪れたので、やはりここは夢を通じて訪れる事が出来る世界なのだろう。

 その予想が当たっているかの確認のため、自分を歓迎すると言った老人イゴールにアイギスは話しかける。

 

「八雲さんは自由に出入りしていたようですが、他の人間は七歌さんのように意識だけがここを訪れるという認識で合っていますか?」

「基本的にはその通りです。ですが、条件次第では他のお客様でも肉体を持って訪れる事は可能でございます」

「その条件というのは?」

 

 聞き返しながらも、肉体を持ってここを訪れることのメリットは特に思い浮かばない。

 意識だけが訪れているはずのアイギス自身は、しっかりと椅子に座っている感触を感じているし、相手との会話が成立している事も理解している。

 意識だけ、つまり魂だけが訪れているのだとすれば、魂の得た経験が肉体に反映される事は本来あり得ない。

 しかし、七歌はベルベットルーム内での活動をしっかりと記憶したまま、意識を肉体に戻した後もちゃんと記憶が連続しているようだった。

 これで魔法的な不思議な力で記憶を保持出来ると言われたら首を傾げるが、湊のように限られた者しか肉体を持って訪れる事が出来ないのなら、肉体を持って訪れる事のメリットがあるはず。

 どういう訳か彼と同じようにこの部屋に辿り着いたのだから、今更かもしれないが少しでも彼に近づけるよう色々と情報を持って帰ろうとアイギスが言葉を待てば、イゴールはどこか楽しそうな様子で答えた。

 

「最も簡単なところで言えば素質です。影時間の適性のように、この部屋のような“異界”への高い親和性を持っていると部屋の住人になる事すら可能となります。事実、彼は一時期ここに住んでいました」

「八雲さんがこの場所に?」

 

 椅子とテーブルしかないこの部屋は、どう考えても人が生活するには適していない。

 だが、周りを見渡してみると、壁際にそれぞれデザインの異なるいくつもの扉が並んでいる事に気付いた。

 背後にある扉は意識が覚醒する前に潜った扉と同じデザインなので、背後の扉はアイギスたちの暮らす現実世界からここへ来るための扉で、他の扉はそれぞれ別の場所に通じるゲートの役割を持っているのかもしれない。

 もしも、そうであれば、イゴールの言った通り湊が暮らせるような居住区が存在する可能性もある。

 アイギスがそんな風に周りの扉を眺めていれば、これまで笑みを浮かべたまま黙っていたエリザベスが会話に参加してくる。

 

「十年前、デスと戦い意識を失った八雲様の精神はここへ辿り着きました。その時は精神のみで訪れましたが、だとしても異界に馴染めなければ暮らす事は出来ません。数日こちらに滞在し、その間にペルソナやシャドウに関する知識を私共で授けたのです」

「……エルゴ研で目覚めた時点でペルソナについて知っていたという記録が残っていましたが、そういう理由だったのですね」

「ええ、八雲様は最初から我々の存在を桐条側に匂わせる事で牽制していたようです」

 

 当時のエルゴ研は手段を選んでいられない状況にあった。

 湊が天然のペルソナ覚醒者である事は分かっていても、人工ペルソナ使いらの性能を上げるために、最悪彼の脳を解剖する事も検討されていたほどだ。

 その実験はあくまで会議の中で一つの案として挙げられただけで、総帥に就いたばかりの桐条武治が彼に対する実験のほとんどを禁じていた事で流れるも、各研究室の室長たちはそれを無視して貴重なサンプルを使った実験を画策していた。

 悪意や敵意に敏感だった湊本人も、自分が狙われている事には気付いていたのだろう。

 そこで彼は、自分の背後に影時間やペルソナについて知る別の組織がある事を匂わせる策を取った。

 エルゴ研の者たちが非道な人体実験を繰り返していたのは、“影時間を知る自分たちしか出来ない”という前提条件で、“人類のため”という大義名分を持っていたからこそ出来た事だ。

 しかし、湊はその前提条件をぶち壊した。エルゴ研の者たちよりも影時間やペルソナについて詳しい者たちがいるという爆弾まで投げつけて。

 人類のためだからと心を凍らせて実験に取り組んでいた研究員にすれば、自分たちよりも詳しい者たちがいるのならこれまでの研究は無駄だったのではないかと思っても無理はない。

 実際、湊の助言によってエルゴ研の研究は進んだが、その裏で心を壊して職場を去った者たちもいた。

 湊は無事に生き残り、研究の被害者も減ったことから湊の狙いは成功したと言える。

 エリザベスらも湊のした事を責めるつもりはないようなので、この話はここまでにして本題に移ろうとアイギスは切り出した。

 

「それで、どうしてわたしはここに呼ばれたのですか?」

「フフッ、ここは契約を結んで訪れたお客人を手助けする場所。ここに呼ばれる者は皆何かしらの形で契約を果たしています」

「契約ですか?」

 

 言われたところでアイギス自身に契約を結んだ覚えなどない。

 いつ、どこで、誰とどんな内容で結んだのか。アイギスは何とか思い出そうと考え込むが、やはり何も思い浮かばない。

 これではその契約とやらも果たせそうにないため、正面に座る老人に知っているなら教えて欲しいと素直に頼んだ。

 

「すみません、わたしが結んだ契約の内容は分かりますか?」

「おや、身に覚えがありませんかな?」

「はい。申し訳ない事に本当に分からないんです」

「そうですか。では、こちらで確認したお客人の契約は彼の青年への“誓い”ですな」

 

 言いながらイゴールが右手を水平に振るえば、テーブルの上に光が集まり一枚の紙が現われる。

 湊の結んだ契約も契約書の形で外部出力される事があったので、現われた紙も契約内容を確認するための物だろう。

 手を伸ばして紙を受け取ったアイギスが内容に目を通していると、イゴールはその契約が結ばれるに至った経緯も含めて本人に説明する。

 

「彼が命懸けで守った物、生きた証を、守りたい、奪わせない。その誓いによって契約は結ばれております。そして、気付いておりますかな? ご自身の力が変化している事に」

 

 ベルベットルームはただ契約を結んだだけでは辿り着くことは出来ない。

 ここは契約を結んだ者が訪れる場所ではあるが、契約者として訪れる場合にはこの部屋にいる者の手助けが必要な状況にあるという別の条件もある。

 それこそがイゴールたちの役目であり、未だ自分に目覚めた新たな力への理解が追い付いていない少女にイゴールは静かに語りかける。

 

「貴女が新たに手に入れたのはワイルドの力。貴女のよく知る彼の青年と未だ契約の半ばにある少女が持つ力と同じ物です」

「八雲さんと七歌さんと同じ力がわたしに目覚めたんですか?」

「ええ。今はまだオルフェウスしか持っておられませんが、戦いの中で新たな可能性の芽を手に入れる事でしょう。その時にはここを訪れなさい。手に入れた可能性の芽同士を掛け合わせて新たな力を生み出す等の手助けをいたします」

 

 七歌に聞いた話では、シャドウを倒すとペルソナを手に入れる事があるらしい。

 そして、ここベルベットルームでは、複数のペルソナを合体させる事で新たなペルソナを生み出す事が出来るという。

 メティスという謎の対シャドウ兵器が現われ、アイギスは既に自分たちが何かの事件に巻き込まれている自覚がある。

 となれば、湊のマフラーに通じているリストバンドの中身だけでは対応しきれない可能性もあるため、未だ使い方を把握しきれていないワイルドを使いこなすためのサポートが受けられるのは、アイギスとしても非常にありがたかった。

 

「アイギス様の担当はこの私エリザベスが務めさせて頂きます」

「エリザベスさんは八雲さんの担当だったのでは?」

「ええ、確かにその通り。ですが、八雲様は全ての契約を果たされたため、私と姉は現在担当がおりません。つまり、アイギス様の担当になる事に問題はないのです」

 

 これまで湊はエリザベスとマーガレットの二人を担当にして活動していた。

 契約を増やし担当者を二人にしなければならないほど、力もサポートも必要だったための処置だったが、その契約者だった青年は無事に全ての契約を果たして旅立って行った。

 契約を終えて担当から外れた直後であればリフレッシュ期間も設けるが、エリザベスもマーガレットも十分に休んで新たな担当を持てる状態になっている。

 そのため、今回は自分が貴女の担当になるとエリザベスが手を挙げたのだが、エリザベスが担当になることを受け入れたアイギスは、もし知っているのなら教えて欲しいと契約外の事を尋ねた。

 

「すみません、エリザベスさんは八雲さんが現在どのような状態か分かりますか?」

「……申し訳ありませんが、お答えする事は出来ません」

「知ってはいるのですね?」

 

 今度の質問にエリザベスは感情の籠もらない笑みを顔に貼り付けたまま答えない。

 ただ、その表情や雰囲気からすると、知っているけど理由があって話せないという事らしい。

 自分たちもニュクスの子である綾時の予想を元に様々な可能性について考えたが、ベルベットルームの住人が知っているなら、やはり湊はまだニュクス側の世界に存在するのではと思ってしまう。

 相手が質問に答えられない以上、ここで真実を知る事は出来ないものの、“死んだ”という明確な答えが返ってこなかったのは希望が持てる。

 そうして、アイギスが気持ちを切り替えたところで“ガチャンッ”と頭の中に響く不穏な音が聞こえた。

 それは昨夜のニュースを見ていた時の感覚と同じ物のようで、また、世界が影時間に切り替わる時の感覚にも似ている。

 どうしてこちらの世界でそれが聞こえたのかは分からないが、アイギスが驚いているとイゴールが再び手を水平に振ってある物を渡してきた。

 

「そろそろ時間のようですな。こちらをお持ちなさい。青い扉にその鍵を使えば今度はご自分の意思でここを訪れる事が出来ます」

「あの、さっきの音は一体なんなのですか?」

「それはご自分の目でお確かめください。一つ助言をするとすれば、“心の力が一つに集うとき、いかなる扉も開かれる”この言葉をよく覚えておくと良いでしょう」

 

 アイギスの手に小さな金色の鍵が収まると、徐々に瞼が降りてきて意識を保てなくなる。

 イゴールの助言の意味は分からないが、自分たちが巻き込まれた事件に関わる事なのだと不思議と理解出来た。

 

「では、またのご来訪をお待ちしております。それでは、ごきげんよう……」

 

 挨拶を返したいが既に身体の自由が効かない。

 突然の異変に少しだけ驚いたが、何となく現実世界の目覚めが近付いているのが分かった。

 契約者の鍵は手に入れた。なら、またここを訪れた時に話を聞けばいい。

 そんな事を考えながら、アイギスは椅子に座ったまま意識を手放し現実世界へ帰っていった。

 

 


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