【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百六十二話 桐条からの報告

3月13日(土)

午後――EP社

 

 EP社の社長室でソフィアが書類に目を通していると、ノックの音と共にシャロンから声が掛かり、書類から顔を上げた彼女は入室を許可した。

 現在の会社のトップはソフィアだが、彼女自身が判断を下す必要がある事柄は限られている。

 湊がいた時も同じような形で進めており、EP社では基本的に事業ごとに責任者を置いて、彼らの判断だけでそれらの事業は回せるのだ。

 それ以外の会社の福利厚生であったり、新しく事業を立ち上げる時にはトップの人間が動きもするが、現在の会社規模だと新しい事業を立ち上げることはほぼない。

 だとすると、シャロンの来訪は個人的な理由か、もしくは影時間に関連する事柄だと思われた。

 

「はーい。お仕事頑張ってるぅ?」

「別に頑張るほどの内容ではありません。それで、今回やって来た理由は?」

 

 白衣をポケットに手を入れたまま入って来たシャロンは、軽い調子で挨拶をしながらソフィアの座る机の前までやってくる。

 会社のトップを相手にしているとは思えない態度ではあるが、元々シャロンは湊が雇う形でEP社にやってきた人材だ。

 そして、湊がいなくなった現在では、お互いの仕事のために必要な存在だと認めているため、両者は同盟相手という認識で協力し合っている。

 外向きや社内での立場はソフィアが上だが、現場での判断等ではシャロンが上。

 だからこそ、ソフィアも相手の態度を特に咎めたりはせず、今回はどういった理由でこちらを訪れたのかと尋ねれば、シャロンはポケットから小さく折り畳まれた書類を取り出した。

 

「そっちにも報告は上がってると思うけど、アイギスちゃんたちの記憶が戻ったらしいわよ。で、ニュクスをよく知る望月綾時の推測だと、坊やはあっちの世界でニュクスを抑えて封印の役割をしてる可能性が高いんだって」

「……なるほど。ですが、あの扉の存在には気付いていないのでしょう?」

「まぁね。月の近くで影時間を展開しなきゃ見えないわけだし、偶然にも一時的に影時間がこっちで開いたとして、それを観測出来るような機器を持ってる組織がどれだけあるのかって話だもの」

 

 ソフィアたちEP社の一部の人間は湊が起こした奇跡の痕跡を知っている。

 ニュクスと共に消えた青年は、ニュクスを再び封印してあちら側の世界に残ったのだろう。

 それを示すように影時間側の月の近くに金色の扉が現われ、金色の扉は今も何かから月を守るように存在し続けている。

 特別課外活動部の者たちが記憶を取り戻したと言っても、既に影時間その物がこちらの世界から消えているため、扉の存在には気付いていないはず。

 けれど、ニュクスの子である綾時は、ニュクスそのものについて詳しい知識を持っている事で、湊があの戦いの最後にどうやってニュクスに勝利したのか予想出来たらしい。

 加えて、消えた湊がどういった状況かまで推測出来たのなら、恐らくはその通りの状況下にあるのだろう。

 ソフィアやシャロンも影時間に関わる事柄への知識はかなりのものだが、あくまで人間としてはという括りの話になる。

 最初からあちら側だった綾時が特殊な存在であることは分かっていても、やはり彼に関わる事となると自分以上に理解している者の存在は複雑なのか、シャロンの報告に僅かに表情を歪ませたソフィアが口を開く。

 

「それで? あちら側から何か協力要請でも来たのですか?」

「あくまで桐条側からの報告だから、別に何かしてくれって要請はないわねぇ。っていうか、現時点でこっちが協力出来る事なんて別にないし」

 

 桐条グループは現在EP社の傘下なので、影時間に関する情報は特別課外活動部に所属するメンバーのその後の様子も含めて報告させている。

 しかし、EP社は桐条グループを自分たちの味方だとは思っていないため、影時間の月付近に出現した金色の扉について報告していない。

 特別課外活動部のメンバーだけでなく、桜や英恵も湊に関係しそうな情報ならば何でも欲しがりそうなものだが、湊がニュクスと共にいるとすれば情報を伝える事に躊躇してしまう。

 なにせ、今回の滅びは人類が死を意識し、死を求めた結果起きた事なのだ。

 人類史が始まってからの蓄積だとすれば、個人が考えたところで影響は皆無かもしれないが、影時間が出現してからの期間で滅びが起きたとすれば、個人の意思がどれだけの影響を及ぼすか分からない。

 湊があちら側の世界にいると知れば、死後の世界を意識する者が大勢現われる可能性がある。

 多数の犠牲を出し、大勢が苦労してようやく取り戻した平和を、そんな形で再び失う事になればあちらに留まった青年に申し訳が立たない。

 

「……桐条グループは定期報告で十分でしょう。引き続き子どもたちの監視を続けて、問題があれば接触して諦めさせなさい」

「まぁ、どっちにしろ事件に巻き込まれるみたいだしねぇ。それで坊やの未帰還について納得してくれれば良いけど」

 

 時の空回り、終わらない三月の事件が起きる事について報告は既に受けている。

 湊が未来人と接触していた事は流石に驚いたし、時の流れが一方通行ではないという情報は受け入れるのに時間が掛かった。

 あくまでペルソナ等超常の力を借りての限定的な時間移動であり、実際には時間軸を無視して過去と未来にそれぞれの出入り口を作って繋いだ形だ。

 影時間で現実の時間が止まり、湊のセイヴァーが空間転移をしていた事を考えれば、時間と空間に干渉してもおかしくはない。

 そう考える事で理屈としては納得したものの、ソフィアはそんな事が起きる原因となる少女らについて愚痴をこぼす。

 

「タルタロスや影時間の消滅で残ったエネルギーが原因でしたか? まぁ、どちらにしても迷惑な話にしか思えませんが」

「別にこっちには影響ないし。子どもらがそれで納得出来るなら良いと思うけどねぇ」

「未練は分かります。ですが、湊様がどうして一人で戦いを終わらせたのか。それを考えれば再び滅びに繋がりかねない事は慎むべきでしょう」

 

 元々は湊の敵だったソフィアだが、今ではある意味最も彼の事を理解した存在になっている。

 彼が何を求め、何のために戦ったのかを傍で見続けてきた。

 アイギスたちには見せなかった苦悩する様子も知っているだけに、全てを台無しにしようとする特別課外活動部の者たちの事が許せないらしい。

 感情的になって机にドスンと拳を下ろしながらそう話すソフィアに、シャロンは同じ条件なら納得出来たかもしれないねと苦笑する。

 

「フフッ、あなたが怒るのは分かるけどさぁ。あの子たちとこっちじゃ持ってる情報量が違う訳じゃない。坊やはあの子たちを遠ざけ続けた。わたしらは共犯者としてその後の話まで伝えられていた。その差を無視して納得しろってのはフェアじゃないでしょう?」

「それは……」

 

 湊は最初から自分だけでニュクスと戦い影時間を終わらせるつもりでいた。

 実際にはそんな事は不可能で、大勢の力を借りて戦いに臨んで滅びを回避した訳だが、アイギスたちを戦いから遠ざけようとするスタンスは最後まで変わらなかった。

 復活してすぐに起きた桐条グループとの戦い。年末に行なわれたデスとの戦闘。

 そちらについても詳しい話を誰にも漏らさず、EP社の者たちには色々と説明して準備を進めていた。

 人生を歪められて戦いの中で育ったからこそ、湊は他の者たちは平和な日常の中で暮らしておくべきだと考えて何も伝えなかった。

 そして、最後の戦いで自分が死ぬことだって大人やEP社の人間には伝えておきながら、一緒に戦った仲間たちには結局何も話さないまま消えた。

 アイギスたちは守護対象で、ソフィアたちは共犯者。

 立場の違いから共犯者となったソフィアは全てを伝えられ、彼に別れを告げるだけの時間もあった。

 だが、何も知らされていなかったアイギスたちは、詳しい事情を伏せられたまま彼と突然別れる事になり、影時間に関する記憶を取り戻すのにも時間が掛かった。

 彼との別れを前提に動くのは辛かったが、ろくに言葉も交わせずに唐突な別れを経験した者たちに比べれば恵まれていたと言える。

 その事を指摘されたソフィアは言葉に詰まったが、すぐに余計な考えを振り払うとそれでも許せないものはあると言い返す。

 

「それでもです。あの方がどれだけ悩んでいたのか彼女たちは知らない。あちらの世界でご両親と話した事で人間性を取り戻した。ですが、そのせいで湊様は自分の選択と行動に世界の命運が掛かっているという重圧を背負うことになりました」

「それを知らずに坊やの事を想っているフリをするなって? むしろ、逆でしょ。あんな状態になっても隠し通した坊やが異常なのよ。そんで、そのまま世界を救ってみせた事を褒めるべきね」

 

 ソフィアは湊の理解者として何も知らないアイギスたちの態度に苛立ちを覚えているようだが、シャロンはそれは気持ちの押し付けに過ぎないと諭す。

 湊はそれでいいと考え、どれだけ自分が苦しんでもそれをアイギスたちには漏らさなかった。

 その青年の行動が特別おかしいのであって、そんな状態でも少女らに隠し通した湊の覚悟を褒めるなら分かるが、それで何も知らないくせに少女らを責めるのは八つ当たりでしかない。

 医者という職業柄多くの別れを経験してきたシャロンは、相手を諭しつつ目の前の少女も彼との別れにまだ納得出来ていないのだろうと察する。

 青年が特別課外活動部の者たちに頼らず遠ざけていたからこそ、彼らを使えばもっと別の結末もあったのではと思ってしまうのだろうと。

 指摘を受けたソフィアは図星を突かれたからか鋭い瞳でシャロンを睨む。

 だが、普段通りの微笑を浮かべた余裕を見せている相手に突っかかっても意味がないと気付いたのか、深い溜息を漏らすと幾分か冷静さを取り戻した。

 

「……この話はまぁ良いでしょう。時の空回りはあの方たちだけで解決すべき問題ですから」

「そうねぇ。ま、あの子らも停滞するつもりはないみたいで、分からないなりに動こうとはしてるみたいだけどね」

「よく聞く“前に進む”というやつですか?」

「そうそう。痛々しいから大人としては見てられないんだけどね。悩むのも経験だから存分に悩んだら良いと思うけどさぁ」

 

 桐条グループからの報告によれば、特別課外活動部の二年生組は進学先のパンフレットを集めたり、予備校への入所を考えたりしているらしい。

 助けられるのなら湊を助けに行きたいのだろうが、その方法が分からず手段もない。

 だからこそ、彼が守ったこの世界で生きていこうと、頭を切り換えたつもりになっているようだ。

 シャロンからすればちゃんと悩んだり悲しんだりした方が良いだろうにと思うのだが、そうやって無駄な寄り道をするのも若者らしい生き方の一つ。

 アイギスやラビリスとはそれなりに付き合いはあっても、他の者とはあまり付き合いもないため、シャロンは報告を聞いて若者の悩み藻掻く様を楽しむつもりだった。

 医者のくせに悪趣味な事だと呆れながらも、ソフィア自身それを止めたりはしない。

 そういった経験から湊の数百分の一でも苦しみを味わうべきだと考えているためだ。

 そうして、特別課外活動部のメンバーの近況について話した二人は、監視を継続して干渉は避けるという方針を決め、桐条グループにも同じ方針で進めるよう連絡を入れると、彼が消えた世界で生きていくべくそれぞれの業務へと戻っていった。

 

 


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