【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百六十話 卒業式

3月5日(金)

午前――巌戸台分寮

 

 三月の上旬。冬の寒さも薄れ、春の訪れを感じられるようになってきた。

 本日は月光館学園高等部の卒業式があるという事で、寮生は天田を除き全員が学校へ行っている。

 だが、今日は自分たちが学校に行っている間、コロマルを預かっていて欲しいとラビリスに頼まれた事で、珍しく天田とコロマルが揃って留守番をしていた。

 朝食を食べ終えた天田は、ソファーの近くで寝転がっているコロマルを視界に入れつつ、特にやる事もないためテレビをぼんやりと眺めている。

 朝でも昼でもない中途半端な時間という事もあり、ニュースというよりはゴシップ色の強いワイドショーしかやっていない。

 世の母親たちは子どもたちを学校へと送り出した後、少し遅めの朝食を食べながらこういったものを見るのだろうか。

 そんな事を考えながら天田が見ている番組では、昨年大ヒットした特撮映画にもゲスト出演していたアイドルの少女が、ハリウッド映画に出演する事が決まったという内容が流れている。

 好きな特撮シリーズだった事で天田もその映画は劇場でしっかりと見たが、確かに彼女の女優としての演技は素晴らしかった事を覚えている。

 日本の特撮は海外でもコアなファンが多く、今回の出演オファーを出した監督もわざわざ日本でその特撮映画を見て、彼女を次の映画で使いたいと思ったそうだ。

 

「特撮映画のゲスト出演からハリウッドかぁ。すごいよなぁ、コロマル」

「ワン!」

 

 本気で感動して言っている訳ではなく、何となくすごいなと思ったため、天田は脱力したままコロマルに話しかけた。

 寝転がっていたコロマルは返事をするため顔を上げると、テレビの方を見ながら一鳴きし、ちゃんと返事をしてくれた事に小さく笑って天田はコロマルの頭を優しく撫でる。

 番組の方では特集を組んでいるようで、特撮映画の中から彼女の演技が光るシーンが流される。

 主人公たちを未来に送り返すための術を使用する超常的な迫力を見せるシーンや、もう一人のゲスト枠のキャストとのコミカルな会話シーンなど、本当に同一人物かと疑ってしまうほど雰囲気が異なっている。

 それを見ながら映画の内容を思い出し、DVDの発売はいつだったかなと携帯で調べようとしたとき、天田は何故かテレビ画面から視線を外せなくなった。

 アイドルの少女と若手俳優の青年が、作中の人物を演じて会話をしているだけのシーン。

 別に重要なシーンという訳ではなく、本人たちの掛け合いを見せて両者の関係性を観客に理解させるための説明パートのようなものだ。

 だが、どうしてだが天田はテレビ画面から視線が外せず、少女と会話している金色の瞳の青年を見つめてしまう。

 この俳優の名前は何だったかと、携帯電話で映画のキャスト一覧を検索し、画面をスクロールして目的の人物を探す。

 そして、見つけた。

 

「有里、湊……?」

 

 口に出して見るもほとんど聞いた事がない名前で、特撮映画しか俳優として出演した作品は無いと書いてある。

 けれど、天田はどうしてだか、その若手俳優に見覚えがあるような気がしてしまう。

 知らないはずなのに知っているような、何とも説明しづらい感覚に天田が難しい表情をしていれば、

 

「ワン!」

 

 突然コロマルが一鳴きして、見ればいつの間にか寮の入口前に移動していた。

 

「コロマル、どうかしたのか?」

「ワンワン!」

「もしかして、外に出たいの?」

「ワン!」

 

 ずっと寝ていて暇になったのか、コロマルは入口の扉前で天田を呼んでくる。

 その様子から外に行きたいのかと尋ねれば、天田の言葉を理解しているかのようにはっきりと返事をしてみせた。

 別に真冬のような凍える寒さという事も無く、反対の真夏のような暑さという訳でもないため、散歩に行きたいならついて行ってもいい。

 ただ、それには着替えなどの準備が必要なので、天田は少し待っててと声をかけると、出掛ける準備してからコロマルと共に寮を出た。

 

 

――月光館学園

 

 天田たちが寮から出掛けた頃、七歌も参加している卒業式は終盤に差し掛かっていた。

 学外の偉い人たちからのありがたいお言葉で始まり、先生たちから生徒への激励のお言葉、一人一人名前を読み上げて校長先生から手渡しされる卒業証書授与に、在校生から歌とスピーチの贈り物など、都内でも有名な進学校にしては普通な内容だった。

 しかし、それに参加して在校生の席で静かに座っていた七歌は、式が始まる前から何とも落ち着かない気分を味わっていた。

 卒業式が終わったら三年生の知り合いたちと少し話して、それから寮に帰るだけの予定である。

 それ以外には何も予定は入っておらず、どうしてこうも落ち着かない気分になるのか本人も理由が分からない。

 

(まぁ、卒業式自体は後は美鶴さんの卒業生答辞くらいで終わりだから、多分、気のせいだったで済むと思うけどさ)

 

 最初は七歌が在校生代表としてスピーチをしないかと誘われていたのだが、寮の引っ越しやら何やらがあるからと断っていた。

 知り合いの卒業生たちとは個別に挨拶をすれば良いので、わざわざ在校生代表になって苦労する必要はない。

 何より、先ほどまで若干涙声になって読んでいた在校生代表のスピーチはとても良い物だった。

 こちらへ来てまだ一年しか経っていない七歌よりも、一年生の頃から通っている生徒の方が先輩との思い出も多いだろう。

 その思い出一つ一つが宝物だという言葉には、しっかりと心が籠もっていたと七歌も認めるほど素晴らしいスピーチだった。

 この変に落ち着かない気分がなければ感動して泣いていた事だろう。そう思ってしまうくらいに、七歌は他の者たちと感動を共有出来ないこの状況に苛立ちを覚えていた。

 

(本当に何なんだろ。なんか、ずっと心がざわついてるって言うか。……そういえば、講堂に移動してくる時に、美紀さんがなんか言いたそうな顔でこっち見てたけど。この前の話と関係してるのかな?)

 

 特に根拠はないものの、七歌のこの落ち着かない感覚と、美紀の視線の意味は繋がっているように思える。

 美紀は前に話した時に時間がないと言っていた。期限までに何かを思い出さなければならないと。

 もし彼女の言葉が正しいのであれば、この心のざわつきは忘れてしまっている記憶が今の自分に何かを警告している証なのか。

 七歌が難しい表情で顎に手を当てて考え込めば、プログラムが卒業生答辞に移って美鶴が壇上へと移動していた。

 大勢の前で話す事に慣れているはずの美鶴も、学園生活での締めくくりという事もあって普段より力が入っているように見える。

 講堂中に視線を送ってからしっかりと前を見つめて、堂々とした姿を皆に見せながら彼女は口を開く。

 

《学園で過した最後の年は、私にとって大役を拝命しての一年となりました。生徒会長の任を果たすにあたり、私は考え、一年前のこの壇上で皆さんに言いました。未来の時間には限りがあるという事から、目を逸らしてはいけないと》

 

 それは七歌がこの学校へ来たばかりの頃、本年度の生徒会役員挨拶で行なった所信表明演説の事を言っているのだろう。

 当たり前に思って過しているこの平和な日常が、実はとても貴重な時間だということ。

 人生におけるモラトリアムを今しかないからと全力で楽しんで過すのか、それとも望む未来を手に入れるための準備期間として有効に使うのか。

 別にどちらが正しいという訳ではなく、本人がしっかり考えた結果であればどちらも間違っていないとも言える。

 この場合ダメなのは、休日を無駄に寝て過すような、何も考えず無意味に貴重な日々を過してしまうことだろう。

 ただの高校生が言えるような内容ではないなと心の中で苦笑しつつ、しかし、美鶴の話を聞くにつれて七歌の中にある違和感が増してゆく。

 

《思えばこれを考える機会を与えられたのは運命だったのかも知れません。ご存知の方もあると思いますが、私は昨年、父が病で倒れるという、試練に……》

 

 そう。美鶴の父親は去年の秋に病気で倒れて、しばらくはとても危険な状態にあったらしい。

 七歌も知り合いだったため美鶴と一緒にお見舞いにも行ったが、今は順調に回復して杖などの補助を使えば自分の足で歩けるほどになっていた。

 受験を控えた状態であんな事があれば誰だって動揺するだろう。

 けれど、美鶴は動揺しつつも自分のやるべき事を考え、なんとか立ち直って試験にも臨んでいた。

 あの経験があったからこそ、彼女はそれを乗り越えて一回りも二回りも成長出来たと話そうとする。

 だが、七歌はそこでこれまでで最も強い違和感を覚え、桐条が倒れた原因は病気なんかじゃなかったという確信を持っていた。

 どうしてそう感じたのか。理由は分からないのに絶対に違うという確信がある。

 頭に手を当てて七歌は真実はどうだったかを思い出そうとする。

 それと同時に話していた美鶴も、何やら困惑した表情を浮かべて言葉に詰まっていた。

 

《病に……倒れた……?》

 

 七歌と同じように、話していた本人も突然自分の言葉に違和感を持ったらしい。

 会場にいる者たちは美鶴がスピーチで詰まるなんて珍しいとしか思っていないようだが、彼らはこういった場だから色々と当時のことを思い出してしまったのだろうと勝手に納得している。

 けれど、そうではない。今の美鶴は自分と同じように何かに気付きかけているのだと七歌には分かっていた。

 周りを見てみれば、先日寮に集まった他の者たちも何やら動揺をみせている。

 彼らもまた何かに違和感を覚えて、自分たちが忘れてしまった何かに辿り着こうとしていた。

 

《そ、それまで当たり前だと思っていた日常が突然崩れ。不安や、絶望に押し潰されそうになったとき……私は大勢の人たちに支えられ、助けられ、一人で抱え込む必要はないのだと教えられました。そして、失って初めて当たり前だと思っていた日常の尊さに気付き…………》

 

 なんとか続けようとしていた美鶴の言葉がそこで止まる。

 違うのだ。支えたのも、助けたのも、順序が違う。

 美鶴の父親を助けてくれたのは大勢の人間なんかじゃなかったはず。

 焦燥感に駆られながら必死に“何か”の記憶を七歌は取り戻そうとして、どこかにヒントはないかと周りに視線を向ける。

 美鶴が急に黙り込んだ事でざわついている生徒や教師たちに視線を走らせ、答えに繋がるものを求めて七歌の視線が講堂の側面にある窓ガラスに向いた時、外で風に巻き上げられた桜吹雪が舞い散った。

 

「…………あ」

 

 ざわついているはずの講堂の中で、不思議と七歌の声はよく響いた。

 その声の主に気付き、彼女の視線の先を追った他の者たちも、太陽の光を浴びてキラキラと輝く桜吹雪を見た。

 そして、思い出す。自分は、自分たちは、冬の間に光る雪を見ていたと。

 死が降りかかり、絶望に飲まれそうになりながらも、命の光に守られながら滅びに抗った事を。

 

「あ、ああっ……」

 

 あの日の事を思い出した途端、失っていた記憶が次々と蘇ってくる。

 寮に集まったのは単なる友人や知り合いなんかじゃない。命を預けるに値する掛け替えのない大切な仲間だった。

 未来に辿り着き、取り戻した日常の世界でまた会おうと約束を交わした。

 絶対に、誰一人欠けることなく、約束を果たそうと誓ったはずなのに、自分たちはこの場にいない彼のことを存在ごと忘れてしまっていた。

 記憶を取り戻した瞬間から涙が溢れて止まらなくなる。

 

「なん、で……っ」

 

 自分たちが望んだのはこんな未来じゃなかった。

 せっかく辿り着いたというのに、滅びに抗うことが出来たというのに、奇跡を手繰り寄せ明日に繋いでくれた本人がいない。

 前回命を使い果たした時とは違う。上手く説明出来ないが、彼が帰ってこなかった事で七歌は不思議ともう彼はこの世界にいないのだと解ってしまった。

 壇上にいる美鶴も記憶を取り戻し、全てを理解したことで涙を流している。

 だが、この学園における自分の役割を果たすため、何度も詰まりながらも用意していた原稿を彼女は何とか読み切ってみせた。

 他の生徒や保護者たちには別れを惜しむ涙だと思われているのだろう。彼女の涙につられて他の生徒たちも感動し涙を流している。

 しかし、俯き肩を震わせながら泣いている七歌たちは、美鶴の流す涙の意味をちゃんと理解していた。

 種類は違えど、講堂内は多くの涙に溢れながら式が進み、そうして、その日三年生たちは無事に学園を卒業したのだった。

 


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