【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百五十四話 大いなる封印

影時間――港区上空

 

 仲間たちの制止の声を振り切ってタルタロス上空まで移動した湊。

 頭上にはニュクスの重力波を遮断するため展開した神鏡が存在し、透明なレンズの向こう側には今も重力波を放ち続けるニュクスの赤い瞳が見える。

 黒き蛇神“无窮”が変じた神鏡は街一つを覆うほどに巨大だ。

 そんな神鏡でも赤い瞳の瞳孔より小さく、これを一人で相手するなど正気では無いなと湊は心の中で笑った。

 だが、それでも自分は勝たねばならない。勝ってみせると誓ったから。

 青年の背後で長大な銃を構えた天使は覚醒し六本に増えた腕で銃を持ち、結合した七枚の黄昏の羽根“七熾天”のよって増幅されたエネルギーを溜め続ける。

 相手は死の権能を司る神だ。生命エネルギーを当てたところでシャドウのように実体を維持出来なくなったりはしない。

 それでも効果はある。対極の性質を持つエネルギーだからこそ、純粋な力としてぶつける事が出来る。

 

《数多の予言にて記された人類史の敗北、その光景を記憶せよ!!》

 

 人類への宣戦布告は終えた。これを為せば自分の人類への復讐は終わる。

 時間ギリギリまでチャージした生命エネルギーが銃口から放出される。

 以前、月から帰還した際に地上を薙ぎ払った光の柱。それと同じタルタロスを遙かに超えた太さを持つ巨大な蛍火色の光線は、展開していた神鏡で拡散され開花した花のような形でニュクスに襲い掛かった。

 重力波など神が持つ最も基本的な力の一部でしかない。そのような力など容易く蹴散らし、空に咲いた巨大な花は宙に浮かぶ瞳を直撃する。

 瞬間、大地まで届くほどの衝撃が発生し世界を揺らした。

 相手は巨大な質量の実体を持つ神。それを迎え撃つ形で放たれた光線が拡散した状態でありながら敵の降下を止めようとする。

 完全には止まっていない。けれど、ニュクスの降下する勢いは確かに減衰し始めている。

 衝突時に発生した衝撃で倒れた者たちも、そのあり得ざる光景に僅かな希望を抱く。

 だが、神も攻撃を受けてただ黙っている訳ではない。降下を妨げられ己の目的を阻む存在を初めて認識した神は、異なる神の系譜に連なるその矮小な存在を“敵”と定めた。

 己が司る権能である“死”を叩き付けるべく、赤い瞳の正面に力場が発生すると、そこから赤と黒の光が混じり合う奔流が放たれ蛍火色の光を押し返し始める。

 流石は外宇宙より飛来し地上に命を満たした神か。人から昇華して神格を得ただけの存在との格の違いを見せつけるように死の奔流が押してゆく。

 既に上限いっぱいまで力を使っている青年は、自身の放つ命の光が死の奔流に押し返される様を見て、汗を滲ませ歯を食い縛りながらも嗤った。

 

「……動きを……止めたなっ!!」

 

 セイヴァーが放つ光線は七熾天の力で生成出来るエネルギーをフルに使って放ち続けている。

 それでも押し返されている以上、それは湊とニュクスの格の違いその物であり、このままではどうあっても勝ち目が無い事を表わしている。

 だが、彼はこの不利な状況の中であっても瞳に強い光を宿したまま嗤った。

 ニュクスはどういう訳か地球の引力を受けていない。超常の存在だからか、神の権能の一部に重力を操る物があるからか、理由は分からないがニュクスの降下は自力によって起きている。

 敵の状態を探知能力で視続けていた湊はそれを理解していた。

 部分的に崩壊していようとほぼ原型を保っている月が落ちてくれば、相手が神で無くとも地球は滅びる。

 しかし、引力の影響を受けずに自分で飛びながら地上を目指すのであれば、敵を迎え撃つ上でいくらでもそれを防ぐ方法はあった。

 手段によっては犠牲を払うことになるが、最初から自分一人で戦うつもりだった湊にすれば、正面から攻撃を仕掛けるだけで十分目的を達成出来ると分かっていた。

 何せ、正面から来る自分を止めかけるほどの攻撃に対抗するなら、それ以上の力でその方向へ向けて攻撃を放つ必要があるのだ。

 特別な推進器でもあるならともかく、宙という踏ん張りの利かない空間で進行方向に攻撃を放てば、少なくともそちらには進む事が出来ない。

 相手が動きを止め地上到達までの猶予が出来たなら、次はこの押し合いに勝つだけでいい。

 神の討伐よりも難度は低いが、それでも本来なら人間には不可能なほど困難な戦いだ。

 だが、可能性の申し子たる彼にとってはどれだけ困難であっても不可能では無い。

 その背の後ろには、地上には、命を賭して守りたい物があるのだ。

 彼自身のペルソナであるセイヴァーとはそのための力あり、彼と一つとなった神も青年自身を“願いを叶える存在”へと変じさせるものである。

 これまで自我を残すため部分的に力を引き出すか、力の使い方を知っているベアトリーチェの人格で顕現することはあれど、湊の自我を完全に残したまま“阿眞根産巣日神”になった事はなかった。

 今までの戦いではそれで足りた。狭間の世界で出会ったクロノスも神ではあったが、特定の役割を与えられただけの機能神で、阿眞根の力を引き出して神殺しの力を使えば勝つことが出来た。

 しかし、今回はそれでは足りない。相手を殺せないため、純粋な出力で上回る必要がある。

 

「さぁ、いくぞベアトリーチェ……!!」

 

 故に、青年は内なる神に呼びかけ他次元神の力を真の意味で取り込み、その肉体の輪郭が一瞬ぶれると淡い光を纏った状態で再び輪郭を取り戻して、過去の名切りたちが目指し続けた神へと至った。

 人から神へ変じた事で出力が上がり、押し返されていた力が拮抗し始める。

 人としての心から生まれる力をエネルギーに変換し、それを七熾天で増幅させることで更なるエネルギーを生み出す。

 自分の自我がハッキリと残っているというのに、自分の心がエネルギーを生み出す生成炉になっているというのは不思議な気分だ。

 だが、これでもまだ足りない。力の生成速度が上がっただけでは、最初から膨大なエネルギーを持っていた相手に追い付けない。

 生成速度では劣っていない以上、ここから勝つには攻撃の発射台の性能を上げるしかないだろう。

 

「……正も負も、どちらも俺の心だ。矛盾すら内包した陰陽の調和、両儀こそが俺の本質ならば、その力をここに顕現させよう」

 

 チャンスは一度、タイミングを間違えればニュクスの攻撃で押し切られる。

 それを肝に銘じながら湊はセイヴァーと无窮をカードに戻した。

 二体をカードに戻せば当然、これまでセイヴァーの攻撃で対抗していたニュクスの放つ“DEATH”が真っ直ぐに向かってくる。

 街一つを簡単に飲み込むほど巨大な死の奔流を前に、湊は“世界”を司る二つの力を束ねながらコートから九尾切り丸を抜いた。

 月面に深く刺していた事で黄昏の羽根を喰らった九尾切り丸は、それ単体で死を与えることが可能な魔剣と化している。

 そして、その魔剣に認められた青年も死を与える魔眼を持っていた。

 迫るのは死を司る神が放った死の概念。けれど、この世に現われた以上は“殺せる”という確信があった。

 数秒後には直撃するタイミングで剣を構えた湊は、荒れ狂う死の奔流に向けて真っ直ぐに剣を振り下ろし、ただの一撃でその攻撃を殺し尽くした。

 自分が力を注ぎ続けて放っていた攻撃が根元まで全て消失し、完全な形で消し去られたニュクスは何を思っただろう。

 その心境は湊には分からないが、生まれたその僅かな時間で二つの力は一つの“世界”として生まれ変わった。

 正と負、善と悪、生と死、あらゆる対極な性質を調和した状態で持って生まれた青年は、これまではその力を別々のものとして使ってきた。

 それぞれを五十パーセントの出力で二体を出してもニュクスには勝てないと分かった。

 だからこそ、湊は二つの力を一つにして百パーセントの出力でそれを呼び出す。あらゆる対極の概念を内包した存在、混沌の神を。

 

「来い、カオスっ!!」

《グオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!》

 

 弾ける白雷と迸る黒炎の中から現われたのは、黒銀の外殻を持ち金色の瞳と蛍火色の翼膜を広げた巨大なドラゴンだった。

 街一つを覆う无窮が変化した神鏡よりも尚巨大な竜の体躯を持つ混沌神。

 その背に乗った湊はカオスの口元に蛍火色のエネルギーを集め、再びニュクスに向けて攻撃を放った。

 セイヴァーが神鏡で拡散した光と同じだけの太さを持つ光線は、湊によって“DEATH”を消し去られた状態で止まっていたニュクスに直撃する。

 拡散して何とか受け止めていたセイヴァーの攻撃とは密度が違う。

 カオスが放った攻撃は湊の生命力由来のため物理的な破壊力は見せぬものの、相手が異形の存在ならば純粋な力として効果を発揮しニュクスを押しやり僅かにだが後退を始めさせた。

 けれど、そうなれば当然ニュクスも再び敵を滅するため反撃してくる。

 ニュクスの放つ赤と黒の奔流、カオスの放つ蛍火色の奔流、二つの力が宙でぶつかり合い。

 地上には黄昏の羽根と同じ青白い淡い光の雪が降り始めた。

 

***

 

 黄昏の羽根と同じ光を放つ雪が降り始める中、タルタロスの頂上から湊とニュクスの戦いを見ていた者たちは、ここで何も出来ない自分に強い怒りを覚えていた。

 何故、どうして、この大事な場面で彼の力になれないのかと。

 彼はこの戦いは人類に対する復讐だと言っていたが、そんなものは他の者に責任を感じさせないための詭弁だと分かっている。

 彼は一人で片を付けようと挑み、ニュクスとカオスの力は拮抗しているが、このままの状況が続けば恐らく湊が先に限界を迎えるだろう。

 今の自分たちでは何も出来ない。肩を振るわし血が出るほど拳を握り込んだ真田は、せめて想いよ届けと叫ぶ。

 

「有里、お前一人に背負わせはしないっ!! 俺の想いも持っていけっ!!」

「そうです。有里先輩が世界のために戦うと言うのなら、僕たちだって先輩の力になりますっ!!」

「テメェがどんだけ俺たちを突き放そうが、ここまで来た以上はこっちも勝手に支えさせてもらうぞ!!」

 

 真田、天田、荒垣の三人がペルソナを呼び出すように強い意志を込めて叫ぶと、黄昏の羽根と同じ光を放つ雪がその感情の発露に反応し、湊の許へと温かな白い光を運んでゆく。

 宙で死と命の力がぶつかり光の雪が降るという不思議な光景と、その雪が変化した温かな白い光が湊の許へ向かうという未知の現象。

 どうしてそんな事が起きたのか彼らには分からない。ただ、彼の許へ向かってゆく光が自分の心の力である事だけはすぐに理解出来た。

 仲間たちもそれに気付いて視線を交わし力強く頷くと、残った全ての力を彼に送ろうと大きな声で呼びかける。

 

「例えこれで力を失おうとも構わない。だから、どうか頼む。私の全ての力を八雲へ届けてくれ!」

「有里君、こんなお別れなんて絶対に認めないから! 絶対に無事に戻ってきて!」

 

 美鶴とゆかりの心に反応した雪が白い光になって空へと昇ってゆく。

 神同士の戦いに人間の力がどれだけ影響を与えるかなど分からない。

 それでも、何もせずにはいられない。竜の背に乗り空で戦う湊に向けて順平は拳を突き出して叫んだ。

 

「一人でかっこつけてんじゃねぇよ!! お前だけに戦わせたりなんかしねぇ、オレの力も使え!!」

「どうかお願い。皆の想いを届けて有里君を助けてっ!!」

「ワンワンッ!!」

 

 順平に続けて祈るように風花とコロマルも湊を助けようと力を送る。

 だがその時、空が急に明るくなり顔上げれば、ニュクスの放つ攻撃がより巨大になってカオスを押し始めた。

 かなりの距離があるというのに湊が全力を振り絞って攻撃を放ち続けているのが伝わってくるだけに、この状況がどれだけ拙いかというのも分かる。

 まだ足りないのか。自分たちは本当に彼の力にはなれないのか。

 そんな湧き上がる不安を無理矢理に押さえ込んで、綾時は友のため声を張り上げる。

 

「湊、君がいたから僕はこうやって人として生きる道を選べるようになった! だから、君も皆と共に生きることを諦めちゃいけない!」

「ウチらシャドウ兵器に助けられたっていうんやったら、ちゃんと戻ってきて一緒におってよ! 戻ってこんかったら許さへんから!」

 

 彼は世界の存続においてずっと自分が助かる事を計算に入れていなかった。

 自分の命を使ってそれが可能なら簡単に切り捨て使い潰そうとしていた。

 けれど、自分たちには彼が必要だ。いくら世界が存続しようと彼を犠牲の上に成り立つのでは意味がない。

 想いの強さが影響するのであれば、これ以上の気持ちなどない。

 二人の言葉に反応するように強い輝きを持った光が空へと昇る。

 

「八雲っ、貴方が守ろうとしてくれた私の世界には貴方が必要なの! 桜も、皆も待ってるから、絶対に勝って帰ってきて!!」

「八雲さん、前に戦った時に交わした約束覚えてますよね。わたしを貴方の傍にいさせて欲しいと。約束はちゃんと守ってください。もし、破ったら一生許しませんから!!」

 

 湊が最も大切に想っていた少女たちが彼の無事を願い祈る。

 世界が無事なだけじゃ自分たちは救われない。そこに彼がいるからこそ、自分たちは幸福に生きられる。

 本当に自分たちを光の当たる温かな優しい世界で生きさせたいなら、最後まで諦めず絶対に勝って戻ってくるように二人は祈った。

 そんな仲間たちの想いや祈りが光となって彼の許に向かうのを見ていた七歌は、その場から駆け出して頂上の縁まで向かうと、ペルソナを召喚する時のように力を振り絞って眼下の街に向けて大声で叫んだ。

 

「お前ら、私ら人類が起こした事の後始末を八雲君一人に押し付けてんじゃねぇっ!! 生きたいと願うなら八雲君に力を貸せっ!!」

 

 ニュクスの降臨は人類が引き起こした事態だ。幾月やニュクス教の人間たちのように、自覚を持って関わった者は少ないだろうが、それでも原因は自分たち人類にある。

 なのに、死を理解しているが故にニュクス降臨に無関係でいられた青年が、たった一人でその始末をつけるのはおかしい。

 彼が言っていたように、ある意味でこれは彼一人と全人類の戦いだ。

 だが、少しでもそれに責任を感じるのなら、生きたいという想いがあるのなら、代わりに戦ってくれている彼に力を送れと七歌は命じた。

 もっとも、遠く離れた塔の上から叫んだところでその声は届かない。

 七歌のペルソナに通信機能を持っている者などいないため、いくら彼女が叫んだところで意味はない。

 しかし、ペルソナを召喚する時のように七歌は心の力を振り絞って叫んだ。

 彼女の声と共に放たれた心の力は光の雪に干渉し、干渉を受けた雪の近くの雪にも影響が伝播してその想いの込められた声が次々と広がってゆく。

 そして、その雪を通じて彼女の声は街中の人々にも届いた。

 

***

 

 既に出来るだけの手を打っていた湊は、突如ニュクスが放つ攻撃の威力が上がった事で劣勢に立たされていた。

 完全な形で神としての力を解放して阿眞根に到り、神クラスのペルソナ二体を束ねて一つの力にした。

 それによってニュクスと単体で拮抗出来る状態に持ち込んだというのに、やはり真性の神は格が違ったようで更に攻撃の出力を上げてきた。

 まだ完全には押し切られていないが、徐々に死の奔流が迫ってきている事が分かる。

 もう切れる手札などない。手に入れたユニバースは戦うための力ではなく、それを使うには力で押し勝って相手の許まで向かう必要があるのだ。

 なのに、それが途轍もなく難しくて遠い。

 敵は人類全てだと言ったが、実際にはこの惑星で生きる全ての生命と同等以上である。

 いくら神の位階に到ろうとも、名切りたちが積み重ねてきたのは人の生であるため、人類全てには対抗出来ても全ての生命が相手では荷が重かったらしい。

 また魔眼で敵の攻撃を消し去って、その間に進んでという事でも繰り返してみようか。

 攻撃の手を休めずにそんな風に湊が考えていると、ふと何かがカオスの翼に触れるのを感じた。

 

(……あぁ、そうか)

 

 それが何であるかを理解して湊は思わず苦笑を浮かべる。

 触れたのはとても小さな心の欠片。ニュクスの重力波やカオスの羽ばたきで容易く消し飛ばされてしまいそうなほど、それは本当にちっぽけな心の欠片だった。

 だが、カオスに触れたその心の欠片を通じて湊に想いと力が流れ込んでくる。

 届いたのはタルタロスの頂上に置いてきた仲間たちの想いと祈り。

 恐らくは衝突したニュクスと湊の力に当てられて、地球全体に適性の増幅効果が掛かっているのだろう。

 それが雪のような形で世界へと広がり、彼らはそれを使って託すしかないと諦めるのではなく、まだ自分にも出来る事があるはずだと心の欠片を届けてきた。

 ジャック・ザ・リッパーやアリスを己のペルソナとしたように、アベルが持っていた楔の剣で他人の力を奪ったように、湊は他者の力を受け入れて自分の物にすることが出来る。

 おかげで届いた心の欠片は彼らの望み通りに湊の力になっていた。

 しかし、いくらペルソナを得るほどに適性が高くとも、激しい戦いを終えて残った分では大した量にはならない。

 気持ちはありがたいがやはりこれではどうにもならない。

 そう思って湊がタルタロスの頂上へと視線を向けた時、仲間たちだけでなく街中から温かな光が昇ってくるのが見えた。

 

(……何が起きているんだ?)

 

 一瞬、何が起きているのか分からなかった。

 いくら力が増幅しても街中にいるのは一般人だ。仲間たちと同じ方法で心の欠片を届けるにしても、こんな状況でその方法に思い至ることなど出来ないはず。

 だが、現に今も街中から、いや街の外からも温かな白い光が空へと昇ってカオスに届けられていた。

 一つ一つは極小さな力。しかし、こうして集まり確かに湊へ向けられている。

 ベルベットルームでは“ユニバース”を手に入れる事だけを考えていて、その力の奥にある相手の心を深く見ようとはしていなかった。

 こうやって実際にその力を感じる事で、湊もその力の奥にある人々の持つ強さを改めて理解する。

 

(……なるほど、強いな人は)

 

 彼らはまだ諦めていない。死の恐怖に負けそうになりながらも、必死に心を奮い立たせて湊が勝つことを信じてくれている。

 一人で決着をつけようと思っていた湊にすれば、あれだけ無礼な事を言われても信じてくれている人の優しさに申し訳なく思ってしまう。

 

(まぁ、それは結果で返せば良いか)

 

 人々の想いを受け取ったカオスの全身に光の紋様が浮かび、蛍火色の翼膜から虹色の光が激しく噴き出す。

 受け入れた他者の心の力で湊自身の力の上限が上がる。その増した心の力を七熾天で増幅させ、さらに続けて集まってくる心の力で再び上限が上がり、それを七熾天でさらに増幅させるという工程が何度も何度も繰り返される。

 すると、カオスの放つ攻撃は力の増したニュクスの攻撃に徐々に対抗し始めた。

 押される勢いが少しずつ弱まり、まだいけるばかりに威力が増し続けるカオスの力とニュクスの力が拮抗し、今度は逆に相手を押し始めた。

 ニュクスは確かに強大な力を持つ神だ。ただ、それは規格外の力と規格外の容量のエネルギータンクを持っているだけで、湊のようにエネルギーを循環させて増幅させるという馬鹿げた機能を持っている訳ではない。

 増幅させた力をさらに増幅させるなどという事を繰り返せば、本来はその力を扱い切れずに暴走させて消滅してしまう。

 しかし、心から生み出される無限の力を扱うことを前提に造られた阿眞根は、その上限が最初から存在していない。

 “そういう神”として求められ生み出されたが故に、純粋な力押しという形のこの勝負では湊にも勝機があった。

 押し始めたカオスは翼を羽ばたかせて虹の光を放出しながら宙を目指す。

 ニュクスが攻撃中に動けない事を理解していたため、湊は攻撃をしながらでも動けるようにカオスを創造したのだ。

 命の光を纏う竜が宙に浮かぶ死の神に向かって行く姿は、地上からも見えている事だろう。

 強く羽ばたいた竜は雲を抜けて大気の層を越え、ついにニュクスの待つ宙へと辿り着く。

 敵との距離は数キロ程度、街を覆うほど巨大な神たちにとって、すぐに詰められるその距離で攻撃を撃ち続けても意味はない。

 ほぼ同時に攻撃を放つのをやめると、竜が鋭い爪を持った巨大な腕を使ってニュクスに組み付いた。

 組み付いたまま翼から虹の光を噴き出して相手を地球から遠ざけてゆく。

 当然地上を目指すニュクスも押し返してこようとするが、推進力はカオスが勝っていて地球との距離が少しずつ開いてゆく。

 星の海を進み、生まれ故郷、青き星が徐々に小さくなってゆく様を、竜の背に乗っていた湊は一度だけ振り返って見つめた。

 そして、小さく笑ってから視線をニュクスへと戻し、地球と十分な距離が開いたところで人差し指を伸ばした左手を頭上へ掲げると、湊は穏やかなやりきった笑顔のまま呟いた。

 

「さぁ、眠ろうニュクス。俺もちゃんと付き合うから」

 

 言い終わると同時に湊を中心に光が広がり、カオスを呑み込みニュクスに触れる。

 すると、光が触れたニュクスの身体が崩壊を始め、赤い瞳に十字の亀裂が走った直後に大爆発を起こした。

 崩壊を始めたニュクスの身体は爆発の光に呑まれて次々と消滅してゆき。

 地上からも見えていたその爆発の光と衝撃は、遠く離れた地球にも届いて全てを覆い尽くし、そうして世界は真っ白な光に包まれた。

 


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