【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百五十二話 絆の力

――ベルベットルーム

 

 湊の言葉で七歌が視線を机へ向けると、そこには虹色に輝く光の珠が浮いていた。

 輪郭がぼやけているため、それは実体を持った何かではない事は分かる。

 不思議な光だ。小さく淡い七色の光は、どこか頼りなくて手で触れれば簡単に散ってしまいそうですらある。

 だが、そうはならないのだろうなと感覚で分かる。七歌の視線の先で浮かんでいる光の珠は、見た目ほど弱いものではない。

 七歌がそんな風に考えていれば、楽しげに口元を歪めたイゴールが声をかけてきた。

 

「フフフ、こうも自然に人々の心が集まるとは不思議ですな。さて、ワイルドの力に目覚めたお客人たちは、ご存じの通り築いたコミュニティによってその力が変化します。自分の内側にこれまで知らなかった領域がある事に気付くこともあれば、他者との触れ合いによって影響を受ける事もある」

 

 ここには二人のワイルド能力者がいる。だが、湊と七歌では力の手に入れ方が異なる。

 七歌は他者と触れ合い。絆を深めて、お互いに影響を与えあってコミュニティを築いてきた。

 その力は心の成長によって可能性を広げ続け、新たに呼ぶ事が出来るペルソナの種類を増やしていった。

 コミュニティの成長によって呼ぶ事が出来るペルソナの種類と数は増えても、それはキャパシティの増加であって七歌自身の力が増強された訳ではない。

 故に、彼女は自分の持っているペルソナを掛け合わせて新たな力を手にしていた。

 一方の青年は自分が人の環から外れた存在であることを理解していた。

 人に限りなく近い別の種族。故に、普通の人ではそれが人に似た別の存在であることすら理解出来ない。

 だから、真の意味で分かり合うことも出来ないのだと可能性を切り捨てながら、それでも相手のことは理解しようとしていた。

 その結果得られたのは、自分の内に持っていた力の解放である。

 変化ではなく気付き。最初から自分の中にその欠片があったのに、湊は持っている物に気付いてすらいなかった。

 だが、他者を理解しようとする中で、相手に近しい似て非なる性質を自分も持っている事に気付くなどして湊は自分の心の欠片を覚醒させていった。

 最初から持っていたから、湊は自分の持つ力を自覚しただけですぐに使えるようになる。

 イゴールたちが行なうように自分の力を掛け合わせることもできるが、数多の力を宿している湊は本来そういったものを必要としない。

 七歌のように困難に向けて準備などせずとも、彼の中にはあらゆる困難に対応出来るだけの数多の仮面が初めからあるのだから。

 そんな別の性質を持った同じ力を持つ二人をずっと見ていたイゴールは、こんな彼らが同じ時期にやって来たからこそ、人の心が勝手に集まってきているのだろうと考える。

 

「お客人が感じられているように、この光はコミュニティを築いてきた人々の心。一つ一つはごく小さな力。しかし、こうして集まり確かに貴方へと向けられているのです。届いておりますかな。彼らの声は?」

 

 ここに集まっているのは大勢の心の欠片。一人一人が七歌や湊に声を届けようとしている。

 七歌たちのいるこの場所は上昇するエレベーターの音と振動しか聞こえないが、現実世界に戻れば奈落の塔を目指して街中からシャドウが集まり、宙よりやってきた神が今にも地上へと降りてこようとしている。

 あれだけ世界の滅びについて聞いていたのだ。そんな状態になれば諦めてもしょうがない。

 なのに、ここへ集まってきた人々の心はまだ戦っていた。今にも恐怖に押し潰され、心が折れそうになっているのに、それでも彼らは諦めずに信じてくれている。

 敵がどんな存在か分かっている自分たちですら折れそうなのに、どうしてただ見ている事しか出来ない一般人が心を強く持ち続けられるのか。

 七歌はこんなにも諦めない者たちがいることが不思議でしょうがなかった。

 

「……どうして皆、こんなに諦めずにいられるんだろう?」

「さぁな。簡単に諦めるよりは、多少生き汚い方が生物としては正しいのかもしれない」

「生物としてなら、あんな恐ろしいものを見たらすぐに諦めると思うけどね」

 

 湊がこれまで出会ってきた者たちも、七歌がこの街に来てから出会った者たちも、まだこの瞬間も諦めずに心を強く持とうとしていた。

 それは単なる意地なのかもしれないし。湊たちが勝つことを心から信じているからかもしれない。

 湊は生物の生存本能ではと冗談めかして言ったが、彼もそんな物ではないと分かっているようで、少し呆れたように口元を歪めていた。

 

「目を閉じ、耳をお澄ましなさい……微かですが、感じるでしょう?」

 

 イゴールの言葉に従うように七歌は目を閉じて耳を澄ませてみる。

 すると、目を閉じているのに知り合った者たちの姿が頭に浮かぶ。

 彼らだって恐いだろうに、七歌がどこかで頑張っているはずだからと、彼女が諦めるまで自分たちが諦める訳にはいかないと必死に恐怖と戦っている。

 そうだ。自分はこんな彼らだから守りたいと思ったのだと七歌の心に再び熱が戻ってくる。

 そして、七歌が瞳を開くと湊はじっと光を見つめていた。

 湊は十年前からベルベットルームを訪れコミュニティを築いていたのだ。

 たった一年しか絆を紡いで来なかった七歌と違い。量も質もかなりのものになっているに違いない。

 聞けばベルベットルームの住人たちも湊とコミュニティを築いているという。

 誰かのために戦って来た湊だからこそ、届く声も多くそれがまた彼の力になっている事だろう。

 

「皆、すごいね。やっぱり、抗うことを選んだのは間違いじゃなかった」

「フッフッフ、これらは全て絆を胸にお二人の力にならんとする願いの声。それぞれは微かな力でも、その集まりが大きな変化をもたらすのです」

 

 イゴールの言葉に反応するように、光の珠が徐々に明滅を繰り返し始めた。

 消滅するのかと一瞬考えるも、力はまだそこにあって何か別の物になろうとしているのだと気付く。

 彼らの声が、人々の想いが、湊や七歌に向かうという指向性を持った事で束ねられ新たな形を取ろうとする。

 

「さあ、今こそ、“絆の力”の真価をお目にかける時です!!」

 

 組んでいた手を大きく広げ、イゴールが高らかに唱える。

 束ね、重なり、収束する。想いよ集え、その願いの真なる姿を見せよ。

 激しい輝きを放った光の珠は、七歌たちの目を焼くように一際眩く光を発すると、最後には弾けるようにして消える。

 だが、集まった光が弾けると、光を纏い輝く一枚のカードがテーブルの上へ降りてきた。

 そのカードを見たマーガレットたちは瞳を大きく開いて驚愕し、イゴールもまた驚きながらもどこか感動しているように見える。

 

「よもや、このカードをこの目で見る日が来ようとは……これは本当に……驚くべき事です」

 

 現われテーブルの上に浮かぶカードには、中央に描かれた人を囲むように天使、鷲、牛、ライオンが描かれている。

 七歌も隣にいる青年がその力を使っていた事で、二十一番目のアルカナの存在は知っていた。

 だが、彼が使ってきたカードと同じ絵柄であっても、視線の先に浮かんでいるカードから感じる力は全くの別物。

 湊の持つ神クラスのペルソナのカードから感じる気配が“強大さ”であるとすれば、浮かぶカードから感じるのは“無”。

 なにか途轍もない力を持っていることは分かるのに、七歌はそのカードのある空間だけが位相がズレているかのように何も感じる事が出来ない。

 たかがカード一枚。だが、見ているだけで冷や汗が頬を伝う。

 

「なに、これ? 普通じゃない。八雲君が言っていたのってこれのこと?」

「……あぁ。狙い通りだ」

 

 言いながら椅子から立ち上がった湊はカードに手を伸ばす。

 カードから“無”の気配を感じていた七歌は、もしかしたら伸ばした腕が消えるかもしれないと不安を覚えた。

 しかし、彼女のそんな予想を裏切って湊はしっかりとカードを手に取ると、それを自分の胸元へと近づけてカードを自分の中へと吸収してしまった。

 あんな異質な力を自分の物に出来るなんてすごいと素直に感心すると同時に、七歌はあれが一体どういう力なのか気になる。

 湊がその力を得た瞬間から嫌な予感がするのだ。何かは分からないが途轍もなく嫌な予感が。

 望んでいたカードを手に入れた湊がその力を確かめるように自分の手を見つめていると、イゴールがその視線を彼に向けて語りかける。

 

「これは私にとっても、貴方にとっても、最後の力。全ての始まりの力であり、そして、全てを終える力でもあります。貴方が手にしたのは“ユニバース”の力。文字通りの“宇宙”……もはや何事の実現も、貴方にとっては奇跡ではない」

 

 七歌が知っていた二十一番目のアルカナは“世界”だった。

 解釈によって言葉が変わる事はあるが、湊もこれまで神クラスのペルソナは世界のアルカナだと言っていた。

 それなのに、イゴールは先ほどのカードを“世界”“ワールド”ではなく“宇宙”“ユニバース”と呼んだ。

 わざわざ異なる呼び方をしたのであれば、占いなどにおける解釈の違いではなく、恐らく全く別の力なのだろう。

 宇宙から来た神が相手だからこそ、宇宙のアルカナを持つ力で対抗する。きっと湊はそう考えていたに違いない。

 だが、カードの名前は分かったが、その後に続いたイゴールの言葉には不穏な響きの物が混じっていた。

 先ほどから感じている嫌な予感もあって七歌はすぐに問い直してしまう。

 

「待って、最後の力ってどういう事? 八雲君、その力でニュクスを倒せるんだよね?」

「……ああ、これで勝てる」

 

 そう答えた青年はどこか楽しそうな様子で笑っていた。

 勝つための力が手に入って喜んでいるのかと一瞬考えるも、この笑顔はそうではないと自分の考えを即座に否定する。

 分かる。分かってしまう。彼から感じる嫌な予感の正体が何なのか。

 

「間もなく、最上階でございます」

 

 焦った七歌が湊に声をかける前にエリザベスの声が耳に届く。

 確かにこの部屋は上昇するエレベーターだったが、そういう物だとばかり認識していたため、最上階と言われても「どこの?」という疑問が頭に浮かぶ。

 しかし、最上階に到着すると告げたエリザベスの表情は暗かった。

 嫌な予感が確信に変わる。このエレベーターは湊の旅路に連動していたのだとも同時に理解する。

 彼が目的地へと辿り着こうとしているから、このエレベーターも徐々に減速し間もなく最上階へ辿り着こうとしている。

 行かせては駄目だ。自分たちではニュクスに勝てなかったが、だからと彼の選択を受け入れる事など出来ない。

 七歌が彼を止めようとするも、そちらが出入り口なのか、湊がテーブルを迂回してイゴールたちの背後へと移動していく。

 

「“デス”を宿したのが運命なら、“ワイルド”の力を得たのもまた運命……貴方は自身の運命を受け入れなくてはなりません」

「受け入れられないから足掻き続けたんだ。そして、その甲斐はあった」

「フフフッ、それは良かった」

 

 湊とイゴールが言葉を交わし終えると、減速していたエレベーターが静かに停止した。

 格子状になった見上げるほど巨大な扉の向こうに、徐々に地上へと降下してきているニュクスの姿とタルタロスの頂上に群がるシャドウたちが見える。

 一階のエントランスに扉があったので、そう考えれば最上階がタルタロスの頂上なのもおかしくはない。

 しかし、このまま湊を行かせては駄目だ。そう思って手を伸ばそうとするも、七歌は急な眠気に襲われて湊が直前まで座っていた椅子に座り込んでしまう。

 これは自分が現実で目を覚ます時の兆候だ。だとすれば、シャドウの群れに呑まれた七歌の肉体が意識を取り戻そうとしているのかも知れない。

 目覚めたらすぐに湊を止める。絶対に行かせては駄目だと強く念じながら、七歌は徐々に降りてくる瞼を出来る限り開けて彼の背中を見続ける。

 そして、扉が完全に開いた事で湊が外へ出ようとすると、その背中に向けてイゴールが言葉を贈る。

 

「私の役目はこれで終わりです……貴方は、最高の客人だった」

 

 部屋の主から贈られた最大の賛辞に、青年も口元を楽しげに歪めながら足を踏み出す。

 契約は果たした。もうここへ戻ってくる事はない。

 思えば随分と長い付き合いになったが、ここでの出会いも悪くはなかった。

 何度も助けられたし、逆に彼らにも何かしらの良い影響を与えられたのだと信じたい。

 だから、彼も別れの言葉は告げる気はなかった。縁があればまた会える。

 旅路の終わりに向かいながらも再会を信じて彼はこう返す。

 

「ありがとう――――またな」

 

 ベルベットルームの住人たちにそう告げて、静かな足音を残して青年は去って行く。

 その背を見つめ一人の女性は静かに涙を流し、振り返る事もなく去って行った青年はそんな彼女の涙に気付くこともなかった。

 

 

 


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