【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百五十話 宙にて開く瞳

影時間――タルタロス・頂上

 

 自分たちの戦いを終えてから頂上まで走ってきたゆかりたちの目の前で、空に浮いていたニュクス・アバターが落ちてくる。

 かつて七歌たちが桔梗組に襲撃をかけた際、湊が振るった金色の剣から放たれた炎に匹敵する威力の斬撃が、攻撃を放った直後の無防備な状態で全て自分に返ってきたのだ。

 流石のニュクス・アバターも耐えきれなかったようで、タルタロス頂上の誰もいない場所に墜落した敵からは何の気配も感じられない。

 

「何とかやり遂げてくれたようだな……」

 

 これまで倒してきたアルカナシャドウ全ての能力を持つシャドウの王。

 そこに綾時の心が残っていれば、もし危機的状況になっても一瞬躊躇ってくれる可能性が残っていた。

 だが、湊がデスから望月綾時の心を切り離した事で、デスは人の心を持たぬ宣告者のままニュクス・アバターへと変じてしまった。

 綾時の心もデスの一部だったため、心の一部が欠けたニュクス・アバターは完全体とならず倒す事は出来たが、たった三人で倒すには荷が重い相手だった事は間違いない。

 それを一人も欠ける事なく成し遂げてくれた七歌たちを見て美鶴は思わず安堵の息を吐いた。

 敵を倒し終えた七歌たちも、仲間が全員無事に辿り着いてくれた事を喜び合流する。

 

「おっす。皆も無事なようで何よりだよ。そっちは色々と清算出来たかな?」

「……どうかな。ただ、相手にも背負うものがあったのだろうが、我々も譲れないものがあって既に選んだ以上他の道はなかったと思うしかない」

 

 七歌に問われて美鶴は少し考えて苦笑しつつも、選択自体に後悔はないとやり遂げた表情を浮かべる。

 美鶴やゆかりにしてみれば幾月との因縁は親の代から続くものだ。

 相手にも譲れないものがあったと分かっていても、簡単には許せないし、望む未来が対極にある以上は相手の願いを踏み躙ってでも自分たちの望みを叶えさせて貰う。

 ここに来るまでに散々悩んだのだ。直接言葉を交わしたところで定めた目標は揺らがない。

 他の者たちの顔を見渡しても同じで、簡単には受け止められずとも心に折り合いを付けながら彼らなりに決着を付けてきたようだ。

 

「そっか。ま、皆が無事で良かったよ。それで綾時君。この後はどうなるの?」

 

 七歌が振り返れば後ろに立っていた綾時が沈黙したニュクス・アバターに視線を向ける。

 メサイアがニュクス・アバターの一撃を受けた際のフィードバックダメージで動けなかった綾時も、回復薬を飲んでどうにか動けるようになっていた。

 であれば、敵の様子からこれからどうなるか考える余裕も出来ているはずだと、七歌が相手の言葉を待っていれば綾時は静かに武器を持つ手に力を込めた。

 

「……皆も戦闘の準備を。まもなく、ニュクスの封印が完全に解けてここへ降りてくる。そうなれば、街中のシャドウがタルタロスに集まり、奈落の塔を上ってきたシャドウは降臨したニュクスと一つになるべくここへ集まってくる」

「ニュクス降臨までの猶予は?」

「マーカーとしての役目を果たしたニュクス・アバターがあちら側に還るだろう。そうなればすぐだ」

 

 シャドウは通常力を使い果たせば黒い靄になって消滅する。それはアルカナシャドウも一緒だった。

 だが、何の気配も感じなくなったニュクス・アバターは、今もこの頂上で倒れたまま沈黙している。

 そう。本来なら黒い靄になって消滅していなければならないはずなのに。

 他の者たちも綾時の言葉でこれからが本番だと理解し、すぐに武器を構えて周囲に警戒する。

 すると、これまで一切動いていなかったニュクス・アバターが突然宙に浮き始め、上から糸で吊られているかのように空に浮かぶ月に背中を向けた。

 何をしようというのか。黙って見ているしかない七歌たちが警戒を強めると、ニュクス・アバターの背中から赤い光が放たれ、影時間の空に煌々と輝く月に向けて真っ直ぐ伸びてゆく。

 雲に届く塔の頂上だ。宇宙までなんて大した距離ではない。

 頭の片隅でそんな事を考えている間に、真っ直ぐ伸びていった赤い光が月へと辿り着けば、月の表面がひび割れてソレが姿を現わした。

 

「おい、本気で言ってんのかそれ……」

「確かに話では聞いてたけど、こんなのどうやって相手すればいいんだよ……」

 

 まだ相手は宇宙にいる。そんな事は分かっているのに、荒垣と天田は想像を遙かに超えた存在を目にしたことで自然と身体が震えそうになる。

 湊と綾時は月その物がニュクスの身体だと言っていた。その言葉の意味は理解出来ても、どういう事なのかは想像出来ていなかった。

 巨大な眼だ。視界いっぱいに広がるほど巨大な赤い瞳が、遠い宇宙から自分たちを見つめている。

 雲に届く塔にいる事で、宇宙が近いと思っていた。

 ニュクスを迎え入れる祭壇であるこの頂上を含めた最上層が新たに出来る前、その時点では頂上だった場所に辿り着いた時には、まるで星に手が届きそうなどと思ったりもした。

 しかし、それはあくまでそんな気がしていただけだ。宇宙どころかオゾン層までだって数十キロの距離がある。

 今自分たちを見つめている赤い瞳までは、数十キロどころか百キロ以上離れているに違いない。

 それなのに、単眼の赤い瞳は自分たちの視界いっぱいに広がって見えている。

 桁が違うなどという話ではない。自分と相手のスケールを比較することなど出来ない。互いの存在するステージがまるで違うのだ。

 この場所を目指して徐々に近付いてくる巨大な赤い瞳を見て、順平やゆかりが思わず武器を取り落としかける。

 相手は本当にただ近付いて来ているだけなのに、自分たちのいるこの惑星全体が揺れているような錯覚を覚える。

 封印が解かれた事によって砕けた月の表面が、アメリカの原子力空母ですら比較にならないほど巨大な塊のまま地球に落ちてこようとしているにもかかわらず、彼らは唖然としながらニュクスの姿を見つめることしか出来なかった。

 

***

 

 幾月が意識を取り戻すと、周りの景色が変わっている事に気付いた。

 真冬にもかかわらず生温い影時間特有の風が潮の香りと波の音を運んでくる。

 自分はタルタロスで戦っていたはずなのに、どうしてそんな物が聞こえるのか。

 そう思って痛みを我慢して身体を起こせば、傍にいた玖美奈が声をかけてきた。

 

「お父さん、気がついた?」

「玖美奈……それに、他の皆も……」

 

 いつの間に移動したのか海の傍にいた幾月は、自分の周りに玖美奈やストレガたちが座っている事に気付く。

 気を失う直前に美鶴とゆかりに負けた事は覚えていたので、もしや、ここは死後の世界なのだろうかと考える。

 だが、道路に直接腰を下ろして座っているストレガたちが、静かに一つの方向を見ていた事で、つられて幾月もそちらに視線を移してここが死後の世界ではないと確信する。

 都心に存在するはずのない、不気味な緑色に光る異形の塔。

 そして、その上空に現われた巨大な赤い瞳。

 気を失って目覚めたばかりだが、幾月はあれが自分の求めたニュクスだとすぐに分かった。

 

「神だ……ニュクスが現われた! そうだ。神が人如きに敗れるはずがない! 我々の夢はまだ終わっていない!」

 

 自分たちは特別課外活動部のメンバーに敗北した。全員がボロボロの格好でここにいる以上、それは事実なのだろう。

 けれど、個人の勝敗などどうでもいい。ニュクスの降臨と世界の改変。それさえ為されれば自分たちの勝利なのだから。

 目覚めてすぐに興奮した様子を見せるそんな幾月に視線を向けたタカヤは小さく口元を歪めると、再びニュクスに視線を向けながらこの場にいるとある人物に声をかける。

 

「それで、貴方はアレに勝てるのですか?」

「……勝てないと思っているのか?」

「どうでしょうか……。先の無い私たちは自分の死に方を選んだ。貴方のお仲間に負けた事は悔しいですが、“滅び”が起これば確かに私たちの勝ちです。この終末の光景を目に焼き付けながら逝けるのであれば後悔はありません」

 

 この場に存在するはずのない声が聞こえ、幾月は驚きと共に視線を声がした方に向ける。

 そこには上着のポケットに手を入れたまま、静かにニュクスを見つめる湊が立っていた。

 どうして敵である湊がここにいるのか。玖美奈と理は黙って湊を見つめてタカヤと彼の会話に耳を傾けている。

 あれほどこの男を憎んでいたはずなのにその瞳には敵意を感じず、この影時間の間に何があったというのか。

 状況が分からず幾月が一人で驚いていると、何やら少し考え込み間を置いてからタカヤが再び言葉を続ける。

 

「……ただ、被験体達にとって貴方は特別な存在でした。自分たちに出来ない事を為し、逃れようのない運命すらも変えてしまう。そんな憧れであり、希望でもあったのです」

「俺はお前らの望みを潰した側だぞ」

「フフッ、確かにそうですね。ですが、ストレガの一員ではなく、元被験体の一人として言わせて貰えば。貴方には勝って欲しい。我々が憧れたミナトという少年は、相手が神だろうと負けないのだと証明して欲しい」

 

 タカヤたちにとって湊の存在は常に特別だった。

 今回の戦いでも倒すべき敵であると同時に、自分たちに負けて欲しくないという想いが心の隅にあった。

 実際に刃を交えることはなかったが、自分たちよりも強い玖美奈と理が同時に挑んで負けたと聞いても、やはり勝てなかったという感想が最初に浮かんだほどだ。

 恐らくこの想いは同じ被験体だった者たちにしか分からないだろう。

 エルゴ研において単なる実験動物でしかなかった被験体達に人間としての立場を取り返し、絶対的な強者だった研究員らを力で従え、未来の存在しない監獄から被験体たちを逃がしてくれたのだ。

 どれだけ人として道を外れようと、その精神が歪もうと、幼い頃の彼らにとってミナトという少年は自ら運命を切り開く英雄だった。

 故に、タカヤたちは相手を敵として倒そうと思いながらも、湊個人には誰にも負けないで欲しいという矛盾した想いを持っていた。

 これまで同盟を組んで動いていた幾月は、そんな話は初めて聞いたと驚愕のあまり何も言えないでいる。

 すると、状況が分からず混乱しているのだろうと考えた玖美奈が、どうしてタルタロスにいた者たちがここにいるのかを説明した。

 

「お父さん。有里君がお父さん達をここに運んでくれたのよ。私と理がいたこの場所までペルソナの力で送ってくれたの」

「何故だ。どうして、敵であるこの男がそんな事をする!?」

 

 湊に敗北した玖美奈と理は浜辺から僅かに移動し、道路に座ってタルタロスを見つめて戦いの結末を見届けようと思っていた。

 タルタロスの頂上で激しい爆発の光が見えたりもしたが、それが治ると街の上空を飛んでいたセイヴァーがタルタロス内部に突入し、しばらくしてからストレガと幾月をつれてこの場に転移してきた。

 どうして湊がそんな事をしたかは分からないが、本人が教えてくれるのではないかと玖美奈が見つめれば、ニュクスから視線を外して幾月を見ながら湊が答えた。

 

「邪魔だから送り届けただけだ。ニュクス・アバターが倒された時点でシャドウたちの動きも変わるからな。一般人を守る必要はもうない。だから、タルタロスで寝ていたお前達をこいつらのところにつれてきた」

「私たちがどうなろうとお前には関係ないはず。一体何が目的なんだっ」

「……お前、娘のために妻を取り戻そうと戦っていたくせに、その娘を置いて死ぬつもりだったのか?」

 

 湊からぶつけられた言葉に幾月はハッとして何も言えなくなる。

 幾月は事故で殺された妻の茜を取り戻し、再び彼女と生きられる世界を創ろうとした。

 だというのに、戦いに負けたくらいで自暴自棄になって、大切な娘を残して死んでも良いと考えたなら呆れて何も言えないぞと湊が冷たい視線を向ける。

 敵であるはずの相手から最も大切な事を指摘された事がショックだったのか、幾月が呆然としながら項垂れると、玖美奈の隣で座っていた理が湊に声をかけた。

 

「それであっちに行かなくていいのか? 七歌たちじゃ、アレには勝てないんだろ?」

「いや、そろそろ行く。まぁ、その前に寄るところがあるけどな。お前たちはここでゆっくりと影時間の結末を見ているといい」

 

 幾月とストレガを届けた事で、後で玖美奈と理から文句を言われる事もなくなった。

 仮に死んでいたところで湊がやったとは思わないため、彼女たちが彼に文句を言うことはなかっただろうが、無駄に命を散らす必要はないと思っていたのは事実。

 ある種の寄り道を終えた湊がこれでやる事は終わったとタルタロスへ向かう準備を始めれば、セイヴァーを呼び出したところで何かを思いだしたようにストレガたちの方を向く。

 

「ああ、そうだった。お前らにこれをやる」

 

 いいながら湊はマフラーを変化させた黒い上着から、掌に収まる程度の青く光る六角水晶をいくつか取り出して見せてきた。

 呼ばれた事でストレガの五人が集まってくれば、湊の掌に乗っていた六角水晶が青白い光の粒になってそれぞれの胸の中へと吸収されてゆく。

 突然の事態に当人たちは驚き動揺するが、六角水晶が変化した青白い光の粒が身体に入ってくるほど身体が心地よい温かさに包まれるのを感じる。

 そう言えば、かつてマリアは湊から結合した黄昏の羽根を貰ったと言っていた。もしかすると、これもそういった何かなのかもしれない。

 そう思いながら、それぞれの胸に全ての光の粒が吸収されるのを待つと、作業を終えた湊が何を渡したのかを説明した。

 

「今、渡したのは月の欠片と言って黄昏の羽根の結晶みたいなものだ。これでお前らは制御剤を飲む必要がなくなる。生命力も増幅してくれるから、もう少しだけ生きられるはずだ。……悪いな。結局、お前達の寿命を取り戻す事は出来なかった」

 

 湊が彼らに渡したのは綾時のコアに利用した物と同一の品であり、現在、彼の右腕の骨としても利用されている黄昏の羽根の上位種だ。

 ストレガたちにすれば、そんな物をどこで手に入れたんだという疑問が湧くが、説明してから青年は申し訳なさそうに謝罪した。

 本当はもっと早く渡すつもりだった。この世に戻ってきてすぐに渡していたとしても、恐らくほとんど違いは出なかっただろうが、それでも今渡すよりは少しでも長く生きられるはずだった。

 制御剤の長期間の服用により内臓がボロボロになっているにもかかわらず、それらをある程度回復させて数年程度寿命を延ばすだけでも奇跡には違いない。

 ストレガの中で本当に自分の死を受け入れているのは召喚器を必要としないタカヤだけだ。あとの者たちは死を恐れ、だからこそ“滅び”という救いを得るために戦っていた。

 そも、制御剤はペルソナを制御するための薬だが、暴走したペルソナに殺されないための物という部分が大きい。命を削ると分かっていながら、自分の力に殺されないための薬を飲む理由など“死にたくないから”以外にない。

 そんな思いを持ちながら、この戦いが終われば一月と保たずに寿命を迎えるはずだった者たちにすれば、たった数年だろうとまだ生きられるというのは確かな希望だった。

 静かに涙を流している仲間たちを見ながら、どこか吹っ切れた表情を浮かべたタカヤはセイヴァーと共に飛び立とうとしている湊に返事を返す。

 

「いえ、十分です。世界が滅びるなら我々の望み通りですし。続くというのなら与えられた寿命が尽きるまでもう少しだけ世界を見て回るとしましょう。貴方がいなくなった後の世界をね」

 

 言われて湊も苦笑を浮かべる。どうやら分かる者には青年の狙いが分かってしまうものらしい。

 湊もタカヤも目的のためなら自分の命を平気でベット出来る人種だ。

 タカヤは湊がどうやってニュクスと戦おうとしているのかは分かっていないが、自分の命と引き替えに何かをしようとしているのは察することが出来たのだろう。

 そうして、湊がストレガたちと最期の別れを告げて去ろうした時、泣いていたメノウが立ち上がって彼に声をかけた。

 

「ミナト君! その……ありがとう。ボクは、これでも幸せだったよ」

「…………そうか。ありがとう、メノウ。じゃあな」

 

 被験体だった少女から贈られた感謝の言葉に、青年も感謝の言葉で返して飛び去って行った。

 少女と彼の道は時折交わることはあっても一つに重なる事はなかった。

 けれど、それでも彼の心に自分の姿はしっかりと残り、最後までこうして考え続けてくれていたことが嬉しかった。

 チドリを羨み嫉んで戦いを挑んだが、彼女とは違う形で彼の心に残れた事を支えに少女は残りの人生を生きていこうと決意する。

 降臨した神を相手にどう抗うのか。少女とその仲間たちは遠く離れてゆく彼の姿を見つめながら、世界の行く末を決める最後の戦いを見守ることにした。

 


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