【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百四十八話 戦う姿

影時間――港区

 

 理と玖美奈を下した湊は、セイヴァーと共に飛び立つとすぐに索敵を開始した。

 魔眼の覚醒によって死の概念を理解していた湊は、魂の一部が常にニュクスに触れていたようなものであり、その縁もあってニュクスの気配は敏感に感じ取る事が出来る。

 降臨までもう少しだけ猶予がある。感覚としてそれをはっきり理解しているものの、ニュクスの力は思っていた以上に地上の生物に影響を及ぼし易いらしい。

 戦闘中に一般人の象徴化が解け始めたことには少し驚いたが、事前に配置していた自我持ちのペルソナたちやEP社の人間達の協力によって何とか混乱は抑えられている。

 しかし、訳の分からない状況ということもあって、どうしても不安に押し潰されてしまう者たちも出ていた。

 避難所へ向かう途中や避難所でシャドウが抜け出てしまい。それが原因で混乱や怪我人が出ている場所がいくつかある。

 彼らには何の罪もない。あくまで巻き込まれただけの被害者だと言いたいが、シャドウが抜け出るのは本人の心の弱さが原因だ。

 飛行型のシャドウの相手は空に残したセイヴァーに任せ、湊は高同調状態を切って地上に向かって落ちてゆく。

 EP社の敷地内にある公園で突如牛と人間の特徴を持った巨大な化け物が出現した。

 これまで化け物たちは道路の方からやってきて人々の集まる公園を目指していたので、EP社のスタッフやそれに協力していた者たちはそちらばかりに集中してしまっていたらしい。

 だが、人が集まっていた公園の方から悲鳴があがり、そちらに視線を向けると“ミノタウロス種”のシャドウが空に向かって吼えていた。

 周りにいた者たちは叫びながら逃げるが、中には腰が抜けて逃げ遅れてしまった者もいる。

 スタッフらはすぐに光線銃を向けて引き金を引こうとするも、逃げる人たちが邪魔になって射線を維持出来ない。

 そうして対処が遅れている間に、腕を振り上げたミノタウロスが逃げ遅れた人に襲いかかろうとする。

 逃げ遅れた者を何とか助けようとした者もいたが、相手の許に辿り着くのが限界で逃げるだけの時間は無い。

 せめて庇おうと覆い被さるようにして抱きしめ、迫り来る攻撃の衝撃に備えれば、空から青い光を纏って現われた青年が一刀の下に切り伏せ敵を消滅させた。

 

「……思っていたよりも多いな」

 

 ミノタウロスの出現によって他の者たちも影響を受けたのか、公園内で何体かのシャドウ発生を湊は感知する。

 恐らくギリギリ耐えていたところで、化け物に襲われそうになって限界を超えてしまったのだろう。

 種類はバラバラだが同時に数ヶ所でシャドウが現われて再び人々が混乱を見せようとする。

 けれど、他の者たちが動くよりも速く駆け出した湊は、青い光の尾を引きながら人々の間を走り抜けて全てのシャドウを一撃で倒した。

 逃げ出そうとしたのに、逃げる前に全ての脅威が排除されてしまった事でその場にいた人々は思わず呆けてしまう。

 もっとも、湊にすればこの場はスタッフに任せていたつもりだったので、こうやって自ら対処に回る必要が出たのは想定外だ。

 任されていたスタッフも申し訳なく思っているのか、指揮を執っていたビアンカが駆け寄ってくるなり湊に謝罪してきた。

 

「すみません、代表」

「……謝罪はいい。これから俺は掃討に移る。あと少しだ。保たせてくれ」

「はい。必ず」

 

 突然現われた化け物を簡単に屠って見せた青年。

 それが自分たちに避難を呼びかけた有里湊だと分かり、この場にいる者たちは青年にずっとこの場にいて欲しいと思っている。

 だが、先に伝えていたようにこの現象は世界中で起こっており、化け物の出現は都内のいたるところで起きている。

 他の場所では逃げるしかないが、ここはEP社の用意した光線銃で化け物を撃退する事が出来るだけマシであり、それを思えば他者を救いに行こうとする彼を引き止める事は出来なかった。

 上空のシャドウを倒していたセイヴァーが彼の許に戻ってくる。

 先ほど現われた化け物と同じ超常側の存在。けれど、その姿は天使であり、見る者を圧倒する神々しさがあった。

 それを従えた青年が天使と共に去ろうした時、彼にこの場を任された学生たちが彼に向かって大きな声で呼びかけた。

 

「湊君、がんばってねー!」

「会長! 俺、信じてますから! 絶対大丈夫だって、信じてますから!」

「今度こそここは守ってみせるから、他の人たちを助けてあげて!」

 

 天使と共に空へと上がっていく湊に向かって声援が飛ぶ。

 今戦っているのは彼のようなすごい人たちなのだと、公園に避難していた者たちに伝わったのだろう。

 大声を出すことで自分に言い聞かせながら不安を吹き飛ばそうとしているのもあるだろうが、大声を出して手を振っている者たちの瞳には確かな希望が宿っていた。

 それに気付いた青年は小さく口元を歪め、一定の高さまで来るとすぐにその場から飛び去った。

 

***

 

 湊が世界に向けて声を送った時、佐久間文子は彼と行なった進路相談の内容を思い出していた。

 ああ、そうか。彼はこの事態を解決するために命を使おうとしているのか、と。

 気付いた佐久間はすぐに外に出る準備を済ませて、家の近所にある広域避難場所の運動公園へ向かった。

 何かあったとき用に動ける格好を選び、軍手なども用意していたが、次々増えていく避難者たちの多くが不安そうな顔をしていた。

 それはそうだ。こんな訳が分からない事態に直面して普通でいられる方がおかしい。

 湊に指示を聞いただけでやる気に燃えているプリンス・ミナトのメンバーらの方がこの場合はおかしいのだ。

 けれど、佐久間もこれで一応は教師である。合流してきた櫛名田姫子と共にプリンス・ミナトのメンバーをまとめて避難誘導を行なっていた。

 今のところは大きな混乱はない。何が起きているのか分からず、何にどう備えればいいのか分かっていないも静かになっている原因だろう。

 状況が分からない事で逆に静かになっているのはありがたいが、湊が言っていた化け物とやらが出てきたときが恐いなと佐久間は櫛名田に声をかけた。

 

「これ、間に合いますかね?」

「有里が言っていた化け物の登場までにか?」

「はい。その化け物に何が出来るのか分からないし、どういった姿かも分かってないでしょ? だから、もしかしたら大パニックになるんじゃないかなって」

 

 話ながら佐久間は今も続々と人が入って来ている敷地入口の方へと視線を向ける。

 化け物が現われると分かっているなら、近くにあるベンチなどでバリケードを用意しておくべきか。

 相手が見上げるほど巨大なら意味はないが、人間に近い大きさならある程度は侵攻を遅らせる事が出来るはず。

 時間を稼げばここに避難してきた者たちを逃がすか、湊が配置したという化け物対処要員らが来るまで粘れるかもしれない。

 携帯や無線機が使えればもっと情報を共有して上手く避難誘導する事も出来るのだが、こういった状況である以上は自分たちに出来る事をするしかない。

 これで本当に湊の役に立っているのだろうかと小さく溜息を吐きかけたとき、敷地入口の方が騒がしくなり、怯えて顔色が悪くなった者たちが駆け込んで来た。

 

「化け物が出たぞー!!」

「何体も追って来てる。急いで逃げろ!!」

 

 入口付近にいた者たちが傍にあった石を拾って外に向かって投げている。

 どうやら避難者を追いかけて化け物が接近しているらしい。

 佐久間達も敷地入口の方へと向かえば、必死な表情で走って逃げてくる夫婦の後ろに水色の仮面をつけた黒い粘体性の身体を持った化け物が追いかけてきていた。

 気付いた他の者たちが石をぶつけるも効果はなく、作業着姿の男性が金属バットを持って助けに向かおうとする。

 けれど、湊は言っていたはずだ。化け物を見つけても必死に逃げるか隠れるかしておけと。

 そう。一般人ではシャドウに勝てない。攻撃してもダメージなど与えられないのだ。

 

「くらいやがれ!」

 

 飛び出した作業着姿の男性は思い切りバットを振り下ろして仮面を殴りつける。

 会心の一撃を繰り出せた。そう思って敵の反応を見ようとしたとき、化け物の腕が伸びて男性を殴り飛ばした。

 予想外の反撃を喰らった男性はバットを手放して地面を転がる。

 呻きながらも立ち上がろうとしているため、命に別状はないようだが敵はまだすぐ傍にいる。

 

「すぐに立て! 急いで戻ってこい!」

 

 化け物はまだ男性を狙っているようで、追いかけていた夫婦ではなく倒れた男性に向かってゆく。

 先ほど男性が殴って与えたはずのダメージは一切見られず、鍛えた成人男性の一撃でも化け物には効果がないと理解する。

 櫛名田の声で自分の置かれた状況を把握した男性は慌てて立ち上がって戻ってきた。

 どうやればこんな相手を排除出来るのか、戻ってくる男性と、それを追いかけて敷地に入ってこようとする化け物を見ながら佐久間は焦りを覚えた。

 そして、男性が敷地内に戻ってきて、続けて化け物も敷地に入ろうとしたとき、空から氷の槍が降ってきた。

 ガガガガガッ、と連続で振ってきた氷の槍が化け物を貫いてゆく。

 それらによって地面に縫い付けられた敵は、耐久限界を超えたのか黒い靄になって霧散した。

 何が起きたのか分からない。ただ、誰かが助けてくれたのだと氷の槍が振ってきた方へ視線を向ければ、漆黒のドレスを身に纏い空に浮かんでいる少女がいた。

 

「っ、座敷童子ちゃん!」

 

 佐久間にはその相手に覚えがあった。その時の相手は霊体状態で今とは服装も違っているが、湊に似た髪色をしている少女は間違いなく以前見た“座敷童子”であると確信が持てた。

 呼ばれた少女はチラリと佐久間に視線を向けると、自分が呼ばれた理由を察したのか無言で静かに一度頷いた。

 それから再び視線を街中の方へと向け、少女が手をかざすとその手から氷の槍がいくつも生み出される。

 逃げてきた夫婦を追っていた者以外にも敵が何体かいたのだろう。

 しばらく撃ち続けると排除が完了したらしく、少女はその場から飛び去っていった。

 後に残された者たちは、大人でも倒せない化け物とそれを簡単に倒して見せた魔法使いの少女の存在に困惑し、しばらくの間は何も言えなくなる。

 だが、少ししてようやく立ち直ると、何やら少女について知っている様子だった佐久間に櫛名田が質問をぶつけた。

 

「佐久間先生、さっきの子どもは知り合いなのか?」

「はい。有里君の守護霊をやってた座敷童子ちゃんです」

「守護霊? 明らかに実体だったと思うんだが……」

 

 守護霊が現実に存在するかは疑問だが、佐久間が守護霊だと言った相手は確実に実体を持っていた。

 少女が放った氷の槍は今も地面に刺さっていて、先ほどの光景が夢でない事は間違いない。

 空を飛んでいた事、一瞬にして氷の槍を生成して放った事、それらを考えると守護霊というより魔法使いだと思えるのだが、相手の正体は何にせよこの場の被害は避けられた。

 

「何にせよ、大きな被害が出なくて助かったな」

「そうですね。あ、さっき化け物に攻撃された人は、奥で診察を受けてください。学生たちが案内しているので、場所が分からなかったら聞いてくださいね」

 

 攻撃を喰らった後でもすぐに起き上がって走れていたため、男性は打ち身程度の軽傷で済んでいると思われる。

 それでも、機械や病院の機能が止まっているこの状況で何かあれば大変なので、言われた方も理解しているのか素直に指示に従い去って行く。

 敵も排除され、避難している者たちの被害も軽微、敵を排除して回ってくれている存在も把握出来た事で、僅かに心に余裕が戻ってきた佐久間は外への警戒を続けながら話しかけた。

 

「姫子先生。私、さっきの座敷童子ちゃんを見て大丈夫だと確信が持てました。有里君たちは諦めてない。大勢の人間を助けるために全力で戦ってくれていると分かりましたから」

「そうだな。しかし、魔法使いが実在したとは驚いた。子どもの頃にそれが分かっていれば、医学の道には進まなかったかもしれん」

 

 櫛名田もいい歳だが幼い頃には魔法に憧れていた時もあった。

 空を自由に飛んで、得意の魔法で人々を助けて、自分の正体は明かさない。

 まぁ、この場には相手の素性を少し知っている佐久間もいたが、人を助けた少女は何も言わずに去って行ったため、自分では正体を明かしていないとカウント出来る。

 そんな幼い頃に憧れを抱いた存在との遭遇は、夢を諦めて社会と折り合いをつけながら成長してしまった櫛名田の心をそれなりに揺さぶった。

 

「しかし、魔法使いの少女と知り合いとは有里もその類いか?」

「さぁ? でも、有里君の目ってたまに金色から蒼になってた事があるので、何かしら特殊な力は持ってるんじゃないんですかね」

 

 湊本人もそれほど隠していなかったこともあり、彼の瞳の色が変わっているのを見たことがある人間はそれなりにいた。

 佐久間も実際に目の変化を見たことがある一人だったことで、魔法はともかく変わった体質をしているのは確実だと断言する。

 愉快な事態に巻き込まれやすいタイプだと睨んでいた櫛名田にしても、ここまで驚きの秘密を持っているとは流石に思っていなかった。

 全てが終わって無事に平和な日常へ戻れた時には、先ほどの化け物や魔法について聞くことが出来るだろうかと考えた時、蛍火色の光が空を横切った。

 

「え、すごーい。有里君、天使と一緒に空飛んでる!」

「……魔法使いとは別の力か?」

 

 天使が上空を高速で飛び去っていったが、佐久間も櫛名田もそれと共に湊がいるのを見逃さなかった。

 時折、上空を蛍火色の光線が走っているので、恐らくは先ほどの少女と同じように敵を排除しているのだろう。

 どこまでも想像を超えてゆく光景だが、それが自分たちを守ってくれているとなれば心強い。

 呆けてしまっている一般人と違い。青年のことをよく知っている者は、感心する佐久間、呆れる櫛名田、集団で祈りを捧げ崇めるプリンス・ミナト会員たちのように勇気づけられていた。

 何がどうなっているのか分からず不安を感じても無理はない。

 ただ、滅びの時が近付こうともまだ諦めずに戦っている者たちがいる。

 彼らが実際に戦う姿を目にした者を中心に、その事実は確かな情報として広まってゆく。

 絶望に押し潰されそうな状況に置かれても、抗う者の姿を見た人々の心はまだ完全には死んでいなかった。

 

 


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